IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

40 / 43
私たちの代わりに、彼を斃して




        寂しがり屋の九九が出来ない人


38

午前0時、床についたばかりのクラリッサは千冬に叩き起こされた。

夢の中に片足を突っ込んでいたクラリッサの意識はぼんやりとしていたため、千冬が必死に何かを叫んでいるのだが、話している内容が全く頭に入ってこなかった。クラリッサが寝ぼけていることに気付いたのか、千冬は数発ビンタをする。おかげで、少し意識は少し覚醒したが、それでも半分寝ぼけてしまっている。次の攻撃を受ける前に、目を覚まさなければと思ったクラリッサは両目を手の甲で擦る。

意識が大分はっきりしてきたおかげで、テレビがついていることに気付いた。寝る前にテレビは見ていなかったから、千冬がテレビをつけたのだろうと推測する。テレビには一人の日本人リポーターが映っており、背景は夕暮れの都市の風景が映っている。そして、画面の端に(ベルリン・生中継)とあることから、リポーターの後ろの風景がベルリンであるとクラリッサは理解した。千冬がこんな時間に叩き起こしてまで見せようというのだから、よほど重要な内容なのだろう。クラリッサは意識をリポーターの声に集中させる。

 

「『日本時間11:45、ドイツのISの研究施設がISによる襲撃を受けました。犯行は複数のIS操縦者によるものということは判明しておりますが、身元は不明とされています。この襲撃に対し、ドイツ政府は相当数の一般の特殊部隊とIS配備特殊部隊のシュヴァルツェア・ハーゼを投入し対処に当たっていましたが、研究施設の大半は大破し、死傷者もかなりの数が出ています。現在の所一般市民への直接的な被害はありませんが、ベルリン市内は混乱しております』」

 

テレビから聞こえてきたリポーターの言葉のおかげで、クラリッサは完全に目が覚めた。

黒煙を上げる研究施設と、着の身着のまま建物から避難する白衣を着た研究者たち。

ひっくり返った戦車とアスファルトにばら撒かれた戦闘機の残骸。

黒いISを操るドイツの軍人と以前IS学園に襲撃してきた無人のISに類似したISの戦闘。

一分に満たないそんなシーンがループで映し出される。

 

そして、その戦闘の映像の中に、見たことのあるISが映っていた。

操縦者の鼻から額を覆い、怪しく赤い光を放つ宝石が一つだけ装飾された黒の仮面。

赤い模様があるだけの武骨な黒い大剣…黒円卓の聖槍。

黒と紫の二色に変色してしまった白式。

そして、生気が全く感じられない黒ずんだ肌をした世界に一人しかいない男性のIS操縦者…織斑一夏。

 

「…一夏」

 

映像の中の一夏は数機の無人機を率いて、ドイツの研究室を破壊し、クラリッサの部下たちをと対峙している。テレビのアナウンサーはクラリッサの部下たちが対処していると言っていたが、研究者たちを逃がすために時間稼ぎをしているようにしかみえない。

襲撃者は一夏と思われるISを含め十数機、だが、防衛する側のドイツ軍のISは数機しかない。戦力差は圧倒的であり、初めからドイツの負け戦は確定していた。故に、襲撃者を迎撃することは不可能だった。

 

「『え?…襲撃犯から犯行声明が出されました!襲撃犯は篠ノ之束博士。ドイツのISにアラスカ条約を違反するV.T.systemが搭載されていることから、ISに搭載されたシステムと研究施設ならびに研究結果が保存されている記録媒体の破壊を目的としているようです。現場からの中継でした』」

 

ドイツから中継が終わり、日本のテレビ番組の出演者が討論を始めた。

日本のISに関連する官僚が政治評論家から激しい追及を受けている。篠ノ之束をコントロールできていない政府が元凶であると非難している。

 

「…見ての通りだ」

「ボーデヴィッヒ隊長は?」

「今終わったところだ」

 

その時、クラリッサの部屋にラウラが入ってきた。

疲れ果ていたラウラはクラリッサのベッドの上に座ると、仰向けになった。

 

「オープンチャネルでシュヴァルツェア・ハーゼの指揮を取っていた。政府からは研究施設の防衛を命令されていたが、命令を無視してやった。我々のISに危険なモノを搭載させられていたのだから、政府の命令に素直に従う義理はないと言ってな。だが、完全に命令無視しては我々の評価が地に落ちる。だから、研究者たちの避難を第一とし、避難が終わり次第撤退するように部下たちに命令した」

「落とし所としては悪くないな」

「はい。政府高官も渋々でしたが、納得しました。私達の対応より外交問題が彼らにとって一番の問題ですから、時間を取っているのが惜しかったのでしょう」

 

V.T.systemはアラスカ条約でISに搭載することを禁止されている装備である。

条約の条文に、違反した国には他国から経済制裁が実施されるという罰則が設けられている。V.T.systemとはモンド・グロッソの部門優勝者であるヴァルキリーの動きを再現させるシステムである。このシステムをヴァルキリーが使用するならば問題ないのだが、普通の人間が使用すれば自身に過負荷を与えてしまう。自分ではできない動きを再現するのだから、当然である。怪我人をオリンピック陸上選手並みの速さで走らせているようなものだ。厳しい罰則が設けられているのはV.T.systemにこのようなリスクがあるからだ。

 

「それで、本当にV.T.systemは我々のISに搭載されていたのですか?」

「…残念ながら、今回の襲撃の戦闘中にV.T.systemを発動させた者がいた。発動直後、無人機の集中砲火を浴びたことでV.T.systemがすぐに解除されたため、操縦者への負荷は少なかったようだ」

「良かった」

「それに、今回の件が無くとも、私はV.T.systemが私のISに搭載されていたことは知っていた」

「え?」

「以前、一夏と試合で戦った時に発動しかけた。あの時、私はV.T.systemを拒否したため、表ざたにならなかった。試合終了後、私はドイツ政府に抗議をしたのだが、犯人や証拠が見つからなかったため、今も調査中となっていた。私のISにだけ搭載されていたのだと思っていたからお前たちに心配をかけまいと言わなかったのだが…」

「そうだったのですか…被害の方は?」

「先ほども言ったが、V.T.systemを発動させた部下は意識不明だが、生命に関わるほどの重症というわけではないらしい。他にも数人ほど負傷者はいたが、幸い死者はいない上に、負傷の程度もISの絶対防御のおかげか軽傷だ。我らの部隊以外の部隊で死者が数十名出ている。だが、戦闘が終了しているため、これ以上死傷者が増えることはないだろう」

 

顔や名前を知らない者とはいえ、自分と同じ国に住んでいた者が死傷したことにクラリッサは心を痛める。

だが、今のクラリッサの表情から感じられるものは悲壮ではなく、困惑だった。なぜなら、自国の兵士が死んだ悲しみ以上に、クラリッサは襲撃者の正体が気になって仕方がなかった。クラリッサの表情から何を考えているのか察することのできたラウラは、クラリッサの口に出ていない疑問に答える。

 

「IS装甲の形状や武装、操縦者の輪郭や骨格などのデータから検定を行った結果、あれは間違いなく一夏という結果が出た。部下には一夏の捕縛を優先するように命令したが、無人機に阻まれてしまったようだ。おかげで、最後まで一夏は無傷だった。その後、衛星を使い一夏や無人機の追跡を行ったが、衛星は謎のハッキングを受けてしまいシステムが停止してしまい、目標を見失ってしまった」

「…そうですか」

「だが、これで一夏と束の次の行動が分かったな」

「え?」

「教官、どういうことですか?」

「束はドイツのISにV.T.systemが搭載されていると言った。そして、今ここにドイツの専用機を持つドイツ国籍の操縦者が二人もいる」

「つまり、一夏の次の目標は私達と」

「そう考えるのが妥当だろう」

「だが、いつ、どういう方法で此処を奇襲してくるか分からん。私はこれより臨時の職員会議を行い、ここの警備について議論するつもりだ。ボーデヴィッヒ、ハルフォーフ、このことは他言無用だ。必要以上に周りにこのことが漏れれば、学生たちを不安にさせる」

「IS学園から生徒を呼び戻そうとすると思われますが、それについては?」

「IS特記事項を適用し、無視する。お前たちはIS学園で死守する」

「ありがとうございます」

「だが、問題はまだある。あの無人機の対処ができたとしても、一夏への対抗手段がない。なんとかあいつを倒すために手段を見つけ出さなければ…」

「『速報です。ドイツとは別の場所で、ISの襲撃事件が発生しました。場所はアメリカのコロラド州とイスラエルのIS研究施設です。戦闘は日本時間の11:55ごろから始まり、現在も続いているとのことです』」

 

テレビから流れてくるニュースによって、部屋から出て行こうとした三人はテレビの前に引き戻されてしまった。

テレビの画面には先ほどのドイツでの映像と同様の映像が流れる。研究施設から黒煙が上がり、その国のISが襲撃者と戦闘を行っている。そして、アメリカでもイスラエルでも襲撃者である無人ISが圧倒していた。

先ほどの映像との違いがあげるのならば、それはドイツの襲撃に居た一夏と思われる人物がいなかったことと、防衛を行っているISの機体の種類ぐらいだろう。

 

「『この襲撃の対処に当たろうとイスラエル軍が国境を離れたことで、パレスチナがイスラエルに侵攻。ですが、イスラエル側はパレスチナへの対処ができず、イスラエル国内は非常に混乱しております』」

ピリリリリピリリリリ

 

ニュースを食い入るように見ていた千冬の胸ポケットに入っていた携帯電話が鳴る。

千冬は部屋の外に出て、電話を取った。

 

「織斑千冬です。…………はい。……ですが、そんな事実は!……納得はできませんが、理解はしました。私にそれを反する権限はないので…はい、それでは失礼します」

「どうしたんですか?」

「IS員会が私に対し出頭命令を出した。襲撃犯である束や一夏と交友関係にあったことから共謀しているというタレこみがあったらしい。そのせいで委員会は私を疑っているらしい」

「ですが、そんな事実などありません」

「そうだな。抗議するつもりだが、被害の大きさを考えれば、すぐに推定無罪という訳にはいくまい。おそらく束の襲撃が終わるまで、私は拘束されるだろう。一夏の事を頼む」

 

千冬はそう言い残し、IS学園を去った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。