ドヤ顔でマキナを足止めしたけどアッサリやられた人
三人は武蔵に連れられて武蔵の工房へ向かった。
道中、先ほどと同じような刀で斬られたと思しき死体が数十体転がっていた。武蔵が言うには全て自分が切り殺したものだという。こういう作品や化学の為なら人の命などどうとも思わないところは元科学者のシュピーネと共通するが、その殺人における快楽の有無を見れば、やはり武蔵とシュピーネは異なる。
武蔵に何故死体を放置しているのか問うたところ、さきほどの簪のように試し切りの材料が悲鳴を上げるのを待っていたからだという。
「座れ。応急処置をしたら、茶を淹れて来てやる」
工房の隣にあった藁ぶき屋根の建物の囲炉裏のある居間に通された三人を残し、武蔵は部屋から出て行った。
「はー、疲れた」
「お姉ちゃん、怖かったよ」
武蔵が出て行ったことで、緊張の糸が切れてしまった更識姉妹は横になる。
つい十数分前に自分たちを襲撃した男が抜身の刀を持った状態で、自分たちと数分間行動を共にしていたのだ。緊張しない方がおかしい。
緊張感から一時的に解放された更識姉妹は床の冷たさを数分間堪能する。
「ハルフォーフ先生、彼が櫻井武蔵ですか?」
「えぇ」
「相当な変わり者だと聞かされていましたが、百聞は一見にしかずですね」
「えぇ、黒円卓は私を除けば頭に虫が湧いたような思考が狂った人間の集団でしたからね」
「聞こえているぞ」
竹の切って作っただけの粗末なコップとは言えないような入れ物を4つほど乗せた盆を持った武蔵が部屋に入ってきた。工房で飲むように作っていた茶をコップに入れてきただけであったため、すぐに戻ってきたようだ。
武蔵は囲炉裏の空いている席に座ると、右隣に座っていたクラリッサにクラリッサと簪の茶を渡し、その後、左隣に座っている楯無に茶を渡した。長時間歩きクタクタの三人は武蔵の出した茶をいっきに飲もうとしたが、普通の茶ではありえない独特な匂いに思わず手を止めた。
「何ですか、これは?」
「俺特性の野草茶だが」
「普通、緑茶か麦茶を出すでしょ、貴方馬鹿でしょ」
「貴様こそ阿呆だろう。こんな辺鄙なところに茶が生えているとでも思ったか?」
「刀鍛冶ならお金ぐらいあるでしょ。なんでお茶を買おうとしないんですか」
「玉鋼を買ったら、そんな金などすぐに消える」
「そもそも、これ飲んでも大丈夫なお茶なんですか?」
「愚問。酸性体質改善、脂性肌改善、胃腸病予防、安眠・快眠効果、風邪予防、肩こり解消、腰痛改善、花粉症対策、関節痛鎮静、滋養強壮、血液浄化、冷え症改善、消化促進、ニキビ改善、消化促進、リラックス効果、紫外線対策。効能は幾らでもある」
「……腰痛改善」
「……紫外線対策」
「……安眠……リラックス…I5」
武蔵の野草茶の効能を聞いた三人は茶をいっきに飲み干す。それぞれ抱える問題をいっきに解消してくれるお茶だ。彼女らに飲まないという選択肢は無かった。
飲み終えた三人は苦い漢方薬を飲んだような表情を浮かべる。
「貴方、なんてもの飲ませるんですか!」
「味については何も言っていない」
「確かに、そうでしたね!!」
「それで、俺に何の用だ?ヴァルキュリア」
「そうでした。あまりのお茶の不味さに我を忘れていました。…武蔵、貴方は此度の生を受けてから黒円卓の聖槍を作りましたか?」
「いや。前世の記憶と試し切りの感覚を頼りに作ろうとはしているが、どれも完成品にほど遠い駄作ばかりだ。何故そのような事を聞いてくる?」
「実は……」
クラリッサは武蔵に黒円卓の聖槍を搭載したISの存在を伝えた。
さらに、黒円卓の聖槍の持ち主が一夏であり、武蔵の子孫の転生者であることも。
クラリッサの話を聞いた武蔵は顎に手を当てて黙る。そして、数分後彼は呟いた。
「まさか、誰かがアレを持っているのか?」
「アレとはなんですか?」
「俺が黒円卓の聖槍を作る際に用いた材料や製法を事細かに殴り書きした書だ。俺が万が一忘れた時のためにと書いておいたのだが」
「そんなものがあったのですか。随分はた迷惑なものを残してくれましたね。それで、その本があれば誰でも作れると?」
「ある程度の施設を持ち、武器づくりに精通する者ならば可能だ。……クソ」
武蔵は眉間に皺を寄せると、野草で出来た茶を一気に飲むと、叩きつけるように湯呑を床に置く。武蔵から滲み出る殺気に似た怒気に当てられた簪は涙目になっている。
そんな不機嫌の極みの状態となった武蔵に楯無は臆することなく提案を持ちかける。
「櫻井武蔵様、貴方に提案があります」
「何だ、小娘」
「貴方が現存する黒円卓の聖槍を上回るモノを作ったことを証明したいのならば、私たちに協力していただけませんか?」
「もっと詳しく話せ」
「今貴方は怒りを覚えているはずです。今の自分には作れない刀より素晴らしいものを誰かが作った。それも相手が作った作品は嘗ての自分の作品なのですから、貴方の刀鍛冶としての誇りを汚されたと思っているでしょう。でしたら、貴方が今から現存する黒円卓の聖槍を上回るような刀を作ればいい。そして、貴方の作った刀で私たちが織斑一夏を倒せば、貴方こそがもっともすばらしい刀鍛冶として証明されるはずです」
「なぜお前らに渡す必要がある?」
「ISにはISでしか勝てない。それは先ほど貴方が身を持って分かったでしょう。そこで、IS操縦者が貴方の刀を持つ必要がある。でも、貴方は男でISに乗れません。だから、貴方一人では貴方の刀鍛冶としての技量の高さを証明できません。貴方の技量でできないのなら構いませんが、如何でしょう」
「確かに、俺は黒円卓の聖槍を完成させたという誇りがある。俺の偽槍を模倣されたことに対して憤怒が俺の中から沸々と湧きでてきていることは確かだ。お前の言っていることは外れではない。だが、随分と言い方が気に食わない」
「交渉とは相手に如何に飴を与えられるか、鞭を打つことができるかです。貴方の場合、飴を渡すより、鞭を打った方が効果的だというのは明らかだったので」
「……良いだろう。お前らに協力してやる。ただし条件がある」
「条件?」
「条件は二つ。一つ目は俺をお前らの拠点、IS学園に連れて行くこと」
「理由は?」
「ヴァルキュリアに合った刀を作ろうと思えば、俺の作った試作品を何度もヴァルキュリアに試し切りしてもらいその感想を聞かせてもらう必要があるからだ」
「試し切りはISで良いんですよね?」
「無論。相手はISであり、俺が作るのはお前のIS装備だ。人を斬る必要はない」
「分かりました。ただしIS学園に来る以上、IS学園の関係者で自作の刀の試し切りは禁じます。それで良いですね」
「俺が作るのはIS装備だ。人を切ったところで何も得られんからな。二つ目は俺にお前らは直接的または間接的に不利益になることをしないことと、万が一俺を拘束すような団体が発生した場合その対処をすること。約束してもらうぞ」
「良いでしょう。織斑君が助かるのならそれで」
「契約成立だな。……それで、俺はいつからIS学園に行けばいい?」
「IS学園の運営者とも話は着けています。こちらの受け入れ態勢はできていますので、武蔵様の用意が出来次第」
「俺は引っ越す準備をする。その間、お前らは工房に置いてある冷えた刀と機材をすべて運び出す準備をしろ」
武蔵は立ち上がり、大き目の麻袋を箪笥から引っ張りだし中に衣類を詰め込んでいく。
クラリッサと更識姉妹は工房に行きISを部分展開すると、床に散乱している足の踏み場がないほどの数の刀を慎重に集め始めた。下手に触れば自分たちの指が減ってしまいそうになるほどの切れ味を持った業物が多いからだ。拾い集めた刀全てISの拡張領域に収納する。そこへ武蔵がやってくると、刀作りに必要な道具を鞄の中に入れていく。
道具の運び出しの準備が終えると、四人は武蔵の屋敷を出る。
女性陣は森の中でISを展開し先行し、武蔵は走って彼女たちを追いかける。
「森の木で邪魔されているとはいえ、ISの速さについていけるなんて化け物ね」
「剣術では私の前世には及びませんでしたが、古武道の体術と持ち前の筋力を駆使して剣の試合で私に勝ち越していたぐらいですからね」
「刀匠なのに戦えるの?」
「刀の斬り方を知らねば、刀に求められる性質を理解できんからな」
「要するに、一人の剣術家として欲しい刀を自分で知る必要があるから剣術家になったと…ですよね?」
「あぁ。だが、本業は刀匠。剣術家として所詮片手間の副業のようなものだ」
「副業でこのレベルとは…」
「だが、通用しないような相手が無数にいるようでは所詮この程度と言わざるをえない」
「いやいや、そんな化け物ゴロゴロいたら困りますから」
「黒円卓にはいたぞ。特に、ベイやシュライバーは性質が悪い。武術に通じていないにも関わらず、野性的な勘と動きで武道をねじ伏せたのだから、自分の武術など半端なものであるとしか言えん」
「まー、あのろくでなし達は元から半分人間辞めてしまっていましたからね」
その後、四人は更識家のリムジンを停めていた駐車場に到着し、車に乗るとIS学園と向かった。