IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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ナマハゲはちげーだろ、馬鹿か?お前。




       寄ってくる女は大概変な女の吸血鬼


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日記はドイツ語で書かれていたため千冬は解読に時間が掛かったあげく完全に翻訳できなかったが、日記に書かれていた大まかなあらすじは理解できた。この日記の題名となっているベアトリスとは第二次大戦最中を生きた二十歳にも満たない女軍人らしい。そして、日記がベアトリスという人物の視点で書かれていることから、クラリッサは傍からベアトリスと言う人物を眺めているのではなく、ベアトリス自身になっているのだということが分かった。

 

最初は何の変哲もないどこにでも居そうな女子の日記だった。ベルリンの何処のレストランが美味しかったとか、ムカつく男上官にセクハラをされたから股間を蹴ったとか、幼馴染との剣の試合で勝ったとか、そういうありふれたものだった。

 

「1939年12月24日、クリスマスであり戦時中にもかかわらずお祭りムードとなっている。上層部から午後は数時間ほど警備をすれば、明後日まで休んでくれても構わないと言われた。青春真っ只中の自分のために気を使ってくれたようだ。彼氏と呼べる存在は居ないが、これを機に良い男をゲットしてやろうと考えていた。だが、残念ながら、私の春は当分先になりそうだ。私は鬼のような上官と二人寂しくベルリンを騒がしている猟奇的殺人者の捜索に付き合わされることとなった。正直言って私は乗り気じゃなかった。ディルレワンガー将軍とは面識がない上に上層部の許可を得ていないため越権行為として処罰対象となりかねなかったからだ」

 

この日から日記の内容が狂い始めてきた。

全てはラインハルト・ハイドリヒとカール・クラフトと会ってしまったがために。

ベアトリスは魔術を受けさせられ、人ならざる者へとなってしまい、術の影響で湧き出てくる殺人衝動に負け親を殺し、兄弟を殺した。

千冬はこの日記に書かれている内容がクラリッサの考えたおとぎ話だと思っていた。だが、おとぎ話にしては詳しく書かれている。いや、書かれ過ぎている。まるで、その場を眺めていたかのように風景が事細かに書かれ、その場の風景を見た者にしか分からないであろう苦悩や葛藤が書かれていた。しかも、話に全くの矛盾が無い。

 

そして、二冊目の後半に描かれていたスケッチを見つけた時、千冬は思わず目を見張った。装飾が赤色の一本の筋だけの武骨な黒曜石でできたような黒い石器のような剣が描かれていたからだ。それは一夏がクラス代表戦で無人機相手に初めて使った白式に搭載されていないはずの黒円卓の聖槍そのものだった。この剣を製作者の名前は櫻井武蔵と書かれ、武蔵がこの剣の最初の所有者となったと書かれていた。そして、その武蔵の能力がある一定の範囲内のモノを腐敗させるというものだった。

 

「まさか」

 

一夏の葬儀会場戦で一夏が使った武装と能力が類似し、名前が一字一句同じだった。それだけではない。黒円卓の聖槍の所有者の名前も束が一夏を呼んだ時の名前と同じだった。

続きが気になった千冬は日記をトバルカインに関する記述だけを掻い摘んで読み始めた。その後、櫻井武蔵の娘櫻井鈴という人物が出てきた。彼女は武蔵のように好んで黒円卓の所有者となったのではなく無理やり黒円卓の聖槍を継承させられた。鈴は黒円卓の聖槍の腐敗の能力が発動する前に、黒円卓の聖槍を押し付けることのできる人物を見つけ出す旅に出る。鈴は戦場を渡り歩き、譲渡先を探しながら、自分が黒円卓に利用されないように死ねる場所を探していた。だが、黒円卓の聖槍を譲渡する前に呪いが発動してしまい、鈴はカインと成り果ててしまう。

それから数年後、ベアトリスはある兄妹に会った。

 

「櫻井…戒」

 

この兄妹は二代目トバルカイン櫻井鈴から見て甥と姪にあたり、戒は12歳で妹の螢は立って歩くこともできない赤子だった。ベアトリスが櫻井兄弟に会わされたのは黒円卓の首領代行の命令によるもので、鈴が黒円卓から逃れようとしたという過去があったため櫻井の一族を完全に監視下に置こうというのが目的らしい。三代目の候補である戒と戒の足かせとなる妹である螢への監視は重要任務であるため、黒円卓の自分が任された。

 

戒と会ってから数年ほどはベアトリスと櫻井兄妹との日常が書かれていた。

戒の料理が美味しかった時の話や、釣りに行った時の話、普段の剣術の稽古の話。ベアトリスの日記は再び普通の少女が書くような日記になったかに見えた。だが、所々に“助けたい”や“時間がない”と書かれていた。それは時間が経てば経つほど増えてくる。戒がカインになってしまうと焦っているベアトリスの…クラリッサの気持ちの表れだと千冬は気づいた。

 

「双頭の鷲?」

 

ベアトリスは戒を救うことができるかもしれない存在と接触することに成功した。それが黒円卓と所縁のある人間で構成された団体である双頭の鷲だった。双頭の鷲の構成員は全員黒円卓の団員と会いたい殺したいという想いを持っていた。彼らの感情を利用すれば、不完全な状態での黄金錬成を達成させ、城から下りてきた双首領を倒す。双首領が存在しなくなれば、黒円卓の存在意義が無くなる。そうなれば、戒がカインになる必要がなくなり、黒円卓の聖槍の呪いから解放される。

 

「1995年12月24日、私は決断した」

 

黒円卓への反逆。

首領代行にはその意図を隠し、双頭の鷲の襲来を黄金錬成の切欠だと言い、黄金錬成の開始を提案した。だが、首領代行はベアトリスの提案を退けた。黄金錬成に欠かせない二つの条件を達成できていなかったからだ。ベアトリスは一瞬顔が青ざめるが、戒を救えないと決まったわけではない。このまま双頭の鷲を迎撃するだけというのなら、どさくさに紛れて黄金錬成の儀式を行ってしまえば良い。自分の真意を誰かに見抜かれたのなら、その団員を殺せばいい。

その策は不可能ではないだが、あまりにも無謀だった。

ベアトリスと同等の存在が6人居る。更に自身より格上の存在は双首領だけでなく、近衛の三人が居る。彼らを倒すことは客観的に見れば実現可能性が全くない。

ベアトリスの策は破たんしていた。

 

だが、それでも戒を救うにはその無謀な策を達成するしかなかった。

心を押し殺したベアトリスは剣を取り、双頭の鷲の構成員と戦った。

数十人を倒したところで、見覚えのある人物が現れた。

それは何度も剣を交えた年老いた幼馴染だった。

ベアトリスは親しかったその幼馴染に手を掛ける。雨で冷たく濡れた地面に倒れる彼への餞別の言葉は“黒円卓を滅ぼし貴方も救う”というものだった。その言葉が他の三人の団員の耳に入ってしまったため、黒円卓への反逆を宣言した。

三人の中で自分と因縁がある最も好戦的な団員が襲い掛かってきた。

現存黒円卓の最強決定戦と銘打たれた戦いは激しいものだった。

一対一の戦いにも関わらず、その場はまるで大軍と大軍が衝突する戦場のようだった。石畳の地面が捲れ上がり、太い街路樹が倒れていき、街灯が割れていく。その結果、戦場となった公園はたった数秒で荒れ地となる。そんな戦場の真ん中に乱入者が入ってきた。

 

ベアトリスが助けたいと思った青年、戒だった。

 

戒はベアトリスと戦っていた団員を一蹴すると自分を倒すと宣言した。

自分が助からないと言い切り、黄金錬成を発動させるための条件が揃うまでカインであり続けることで螢と今反逆の意を露わにしたベアトリスを制することで助けたいと戒はベアトリスに告げた。客観的に見れば、戒の提案は合理的で実現可能性があった。

だが、それでもベアトリスは引けなかった。

 

戒を救いたいベアトリスと、ベアトリスを救いたい戒は剣を交えた。

互いに相手を想う気持ちは強い。だからこそ引けない。

雨の中の泥仕合は両者の死によって幕を引いた。体が雨のように冷たくなっていく自分を抱きしめてくれた戒はベアトリスに何かを伝えようと囁いた。

だが、瀕死の彼女には彼が何と言っているのかよく聞こえなかった。彼が何を伝えようとしたのか分からないままベアトリスはそのままこと切れてしまった。

 

最後のページを読み終えた千冬は日記帳を閉じた。

 

「黒円卓の聖槍を持つ戒のカインになる姿を知っていたお前は一夏を救おうとした。だから、学年別トーナメント以降更識家の力を借りて黒円卓に関する文献を読み漁っていたわけか」

「えぇ。でも、いくら探してカインになるのを止める手段が見つからなかった。そもそもおかしいんです。何故なら、一夏が動く屍になる理由なんてありえないんですから」

「一夏を救う手段は見つかっていない。一夏が動く屍になった理由も不明。更には一夏の行方も分からないか。問題が山積みだな」

「えぇ」

「だが、二つほど分かったことがある。一つは一夏をカインにさせた人物だ」

 

黒円卓の聖槍が制作された理由は黒円卓の首領のコピーを量産するためだった。だが、現在一夏が黒円卓との繋がりと持っていないことは更識家の調査によって明らかになっているため、一夏がカインであることを強制する者がクラリッサの知る限り存在しない。黒円卓に関連する別の組織が一夏に対してカインであることを強制させたのなら納得はいくが、一夏が他の裏社会と精通する組織との繋がりを持っていないということも更識家の調査によって明らかとなっている。

 

「一夏の交友関係から考えれば、篠ノ之博士が一夏をカインにさせたとしか…」

「いや、束は一夏に何かを強制させるようなことはしない」

「その根拠は?」

「束の友人としての意見だ。アイツは自分の大事なものを私と一夏と箒の三人に絞り、それ以外を屑と断じ、まるで道端の石ころのように見下している。だが、アイツが決めた大事なものは何があっても守り抜こうとする。たとえ人の道を踏み外してでもな。だから、アイツが一夏に何かを強制させて窮地に追い込ませようとするなどありえんことだ。」

「なるほど。では、一夏が自ら望んでカインになったと?」

「正確に言えば、一夏が実行犯の束に依頼したという形だ」

「何のために?」

「それは分からん。だが、あいつは何かを守ろうとするためならば、自分を切ってしまっても構わないと考えている節がある。それこそ、この日記に出てきた櫻井戒のようにな」

「それで、もう一つは?」

「一夏はベアトリスを知っている。つまり、別視点でお前と同じ体験をしているかもしれないということだ」

「つまり一夏も日記をつけているかもしれないと?」

「アイツは几帳面だからな、何かあれば何かしら行動を取る。お前みたいに夢を見たのなら、日記をつけている可能性は十分にある。以上のことから、今後の方針は専用機持ち達を鍛えながら、一夏の遺品から櫻井戒に繋がる情報を探し出す。一夏と束の行方に関しては今まで通り調査を続けるが、束は逃げの天才だ。こちらから追いかけまわしても何の情報も入ってこないだろう。情報が飛び込んでくるのを待つしかない」

「それしかありませんね」


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