IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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地獄を知れ、テレジア



       地獄の心臓


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「一夏の体は死んでいるが、一夏の意識がある」

 

箒達5人の専用機持ち達が入院しているIS学園の病室に訪れた千冬は五人にそう告げた。

 

「それはどういう意味ですか?」

 

病棟のベッドで上半身を起こした箒が千冬に尋ねる。

セシリア・鈴・シャルロット・ラウラも体を起こし千冬の方を真剣な表情で見ている。

あの騒動から数日しか経っていないため、五人の体に痛みが残っている。だが、痛みを無視してでも、一夏の置かれている状況を彼女たちは知りたかった。

 

「ISには対峙したISの操縦者の状態を見る機能が備わっているのは知っているな?」

「はい。銀の福音戦で操縦者が生きていると判明したのはこの機能によるところだと作戦会議の時に千冬さんから聞かされたので…」

「山田先生が束を連れてIS学園から逃走する一夏をその機能で解析した。残念ながら一夏の詳細な状態については不明だったが、それによると、操縦者で一夏の体からバイタルサインの心拍が無いということと一夏の体が体温から著しく低かったことだけは分かった。当然、この状態なら普通の人間は死んでいる。だが、一夏は一部の者と会話している」

「会話ができるということは意識がある。だから、体は死んでいるが、意識はあると?」

「そうだ」

「「「「「……」」」」」

 

五人は複雑な表情を浮かべていた。

一夏と再開することができ彼を抱きしめたとしても、彼の鼓動や体の暖かさを感じることができない。体が死んでいるということは、体が腐敗していくのかもしれない。それはあまりにも悲しすぎる。だが、彼と会うことができたのならば、彼と話すことができる。彼にまだ伝えていない想いを伝えることができるのならば、それは喜ぶべきことなのだろう。

歓喜と悲愴、五人はその二つの板挟みにあっていた。

 

「お前たちの気持ちは分かる。だが、ここは喜ぶべきところだ」

「どうしてですか?」

「会えば話ができる。だから、一夏が抱えているモノを知ることが出来る。あの馬鹿がなにをしたいのか、束に何時救われたのか、何故死んでいるのに意識があるのか、第零世代自立思考人器融合型ISとは何なのかとかな。場合によっては一夏に何かしてやることができるかもしれない」

「それは、一夏を生き返らせられるということですか!?」

 

箒はベッドから立ち上がろうとするが、体を動かしたことで全身を激痛が襲ったため腕や腰から力が抜けてしまい、ベッドの上で倒れてしまう。

千冬は箒を起こし、元のベッドに座っている状態に戻す。

 

「落ち着け、篠ノ之。 “場合によっては”と私は言ったはずだ。だが、このまま一夏に会いに行かなければ、一夏の抱えた問題は解消されない。たとえ私たちが介入すれば解決するような些細な問題だったとしてもだ。だったら、今やるべきことは分かるな?」

「治療に専念し一夏さんとの戦いに備える」

「正解だ、オルコット。だから、無理して座らなくていい。横になれ。若いうちに無茶をすれば、後々ガタがくる」

 

千冬はそう言い残すとクラリッサを連れて五人の病室から出て行く。その後、千冬は騒動で将棋倒しになり負傷した生徒の所へ見舞いに行く。数人ほど重傷の生徒が居たが、箒達に比べれば軽傷であるため命に別状はないということが分かり千冬とクラリッサは安堵した。予定していた時間より見舞いが早く終わった二人は、この後の仕事のことを考え早めの夕食を取ることにした。

 

時間が早かったということもあるが、夏季休暇期間に入ったため、食堂で今夕食を取っている生徒はいなかった。そのため、注文して三分と掛からないうちに注文した料理が出てきた。千冬は和食のセットを、クラリッサは茶そばのセットを受け取るといつもの奥の席に行く。上座のソファーに千冬が座り、下座の椅子にクラリッサが座る。二人は席に座ると料理に手を合わすと黙々と食べ始めた。温かい白飯を最初にゆっくり噛みしめて味わうのが日本人だと普段から豪語している千冬は白飯を一口食べた後、野菜、魚の順に食べていく。一方のクラリッサは蕎麦の麺を汁に付けず一口食べ蕎麦の風味を楽しむと、次からは麺を少し汁につけて食べ始めた。十数分後夕食を食べ終え席から立とうとするクラリッサに千冬はある質問をした。

 

「クラリッサ、どうして私がいつもこの席に食事を取ろうとしているのか知っているか?」

「いえ。……何故ですか?」

「少しは考えてみろ」

 

クラリッサは食器の載ったトレーを机の上に置くと、食堂を眺める。

ここから見ている限り食堂のどの席にも学生が着席していないということが分かる。さらに、この席は料理を受け取るところから離れており食堂の職員から見えない位置にあることも分かった。

 

「もしかして、生徒たちを監視するためですか?」

「そうだ。食事の遅い者や遅刻しそうになっている者を見る為ということもある。これでも一年の寮の寮長だからな。だが、私がこの席を愛用するのはそれだけではない」

「では、他の理由と言うのはいったい?」

「この席は他の席から少し離れた隅にある。つまり生徒を監視しやすくこちらが見られにくいということだ。だから、生徒から見られてはならないことをする時に便利だと私は考えている」

「生徒から見られてはならないこと、ですか?」

「テストの採点とか、生徒の内心表の作成とか……密談だ」

「!」

 

この時、何故千冬が早めの夕食を取ろうと自分に持ちかけてきたのかを理解した。それが誰にも邪魔されないように自分と話をするためだということを理解したクラリッサは再び着席し、千冬の顔を見た。

千冬は真剣な面持ちでこちらを見ている。

 

「クラリッサ、お前は誰だ?」

「私はクラリッサ・ハルフォーフです」

「では、一夏の言う“ベアトリス”とは何者だ?」

「……」

「頼む。これまで私を支えてくれた弟の力に私はなりたい。私は一夏のことで知らないものなどないと思っていたが、そうではないとアイツの部屋の整理をしているときに気付かされた。私の知らない服、私の知らない靴、私の知らない置物、私の知らない写真。だから、私は私の知らない一夏を知らなければならない」

 

そう言って千冬は靴を脱ぎ、クラリッサの方を向き正座をすると、地面に付けた両手の甲に額が当たるほど深々と頭を下げた。

 

「教えてくれ。この通りだ」

 

千冬の土下座にクラリッサは言葉を失った。

最初は何が起こっているのか全く理解できず、思考が停止したが、頭を下げながら必死に自分に頼み込む千冬の言葉でクラリッサは思考を取り戻し、状況をもう一度把握することに努めた。何時も毅然とした態度で凛々しい姿の千冬が自分に頭を下げている。クラリッサが知る限り、千冬が誰かに土下座どころか頭を下げたところを見たことがない。

 

「頭を上げてください」

「お前が話してくれるまで、私はここを動くつもりはない」

 

千冬は一度口にしたことは絶対に曲げないと知っているクラリッサは知っている。

こうなった千冬は梃子でも動かない。自分が事情を話さない限り何時間…いや何日も土下座し続けるだろう。嘘をつくことも思い浮かんだが、千冬の嘘を見抜く力と自分の嘘をつく下手さは病的であり、誤魔化しは効かない。放っておくということも選択肢の内にあったが、千冬に絶対に知られてはならないという内容でもない。だから、仮に千冬を放置していたら、どうせ最後には自分の良心の呵責に負けてしまうため、結局は同じだ。

よって、クラリッサに選択肢は一つしかなかった。

 

「分かりました。話しますから土下座は止めてください」

「そうか」

 

千冬は立ち上がり元の席に座った。

 

「……本当に、私の周りは頑固と言うか、真っ直ぐと言うか、意固地と言うか、そんな人ばっかり。おかげで私はペースを乱されっぱなしです」

「それはお前もだろう」

「そうでしょうか?」

「ボーデヴィッヒから愚痴を聞かされているぞ。訓練をサボって日本デーに参加したり、軍上層部と掛け合って軍服をセーラー服にしようとしたり、部下に同人誌の制作を手伝わせたり、戦闘訓練用の資料として経費でアニメのDVDを購入しようとしたり、他には…」

「私の場合は欲望に忠実なだけです」

「変わらんだろう。むしろそっちの方が性質が悪い。論理的に諭し方向性を整えるのに手間が掛かり過ぎる。しかも下手に言えば変な方向に拗れ余計に性質の悪いモノになる場合もある……いかん、話が脱線した。それで、ベアトリスとはお前の何だ?」

「その話をするのでしたら結構時間が掛かるのですが……」

「だったら、仕事を終わらせてからだな。お前の仕事はどれぐらいある?」

「数時間で終わります」

「だったら、お前の方が早く終わりそうだな。私の方は結構仕事量がある。終わるのはおそらく7時ぐらいになる。夕食を取ってからということも考えれば8時頃か、それぐらいの時間にお前の部屋に行く。良いか?」

「はい。部屋の掃除でもして待っています」

 

二人は食器を返却すると、IS学園の職員室へ向かう。

千冬とクラリッサは午後の仕事を淡々とこなしていく。だが、いつもより仕事の消化スピードが著しく悪い。というのも一夏に関することが頭の片隅にあり気になって仕方が無かったからだ。そのため、当初の予定より仕事を終わらせた時間が一時間遅れてしまい、夕食を取らないままクラリッサの部屋に行くことになった。

 

「クラリッサ、私だ、入るぞ」

 

数回ノックをし部屋の主に問いかけた千冬はドアノブを回し、部屋の中に足を踏み入れた。

 

「相変わらず凄い部屋だな」

 

扉を開けると、暖簾が千冬の目に入ってきた。

その暖簾は普通の暖簾ではなく、黒地にゲームのキャラがプリントされた暖簾だった。この暖簾は千冬がドイツで教官をしていた時に見せられた。記憶が正しければ、確か何とかこれくしょんの戦艦ビスマルクを擬人化したキャラクターだったはずだ。

そして、その暖簾をくぐると、その先には所狭しとポスターが貼られフィギュアが家具の棚に置かれていた。ベッドにはキャラクターがプリントされた抱き枕と変わった形の枕があった。変わった形の枕とはアニメのキャラクターが正座しているような形の枕で、膝の部分に頭を置けばそのキャラクターに膝枕されている気分を味わえるという代物らしい。何でもクラリッサが独自に開発した痛膝枕らしく世界に一つしかないらしい。

 

「だが、いつもと雰囲気が違うな」

「雰囲気ですか?」

「部屋の主が嬉々としていない所為か、物寂しい感じがする」

 

千冬は部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台の傍にあった座布団に座る。

座布団に座ると、クラリッサは千冬に一冊のノートを手渡してきた。何の変哲もない大学ノートで、表紙にはドイツ語で “Beatrices' Tagebuch”と書かれていた。

 

「ベアトリスの日記?」

「これは私が見た夢の内容を記録したものです。読んでいただけますか?」

「これを読んだら、お前の知っている一夏が書かれていると?」

「全てとは言いませんが、一夏の抱えているものの一端や私が呼んだ”戒”という青年のことについては分かるはずです」

「分かった」

 

千冬はクラリッサから大学ノートを受け取ると表紙を捲った。




次回はベアトリスの日記編です。
ドラマCDではベルリンが堕ちてから数十年単位でベアトリスは日記を書いていませんでしたが、今回のベアトリスの日記はクラリッサが夢で見た内容を綴った日記ですので、別物です。あしからず。

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