IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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私は貴方を救うと誓ったんです。



       ベアトリス・キルヒアイゼン


31

遺体(一夏)が起き上がりISを展開するという光景は全ての人間を停止させた。

一夏死亡後、専用機だった白式は倉持技研に回収されているため、一夏は専用機を持っていない。そのうえ、一夏は死んでおり、意識がない。

だから、遺体(一夏)がISを展開できるはずがないのだ。

そんなありえないの塊である遺体(一夏)のISは不気味な物だった。

ISは形体こそ白式と同じだが、受ける印象が全く違った。純白の白式は清く正しい姿をしており、日向の暖かさのような優しいモノがあった。だが、今の遺体(一夏)が展開したISは黒と紫が入り混じった汚濁に塗れ酷く歪んだ姿をしており、日陰の冷たさのような悲しさがあった。それでいてドブ川のような醜さがあった。

ISだけでもそのような印象を受ける為、遺体が動き遺体がISを展開する姿は見るに堪えない。その姿は凄惨な、低劣な、鄙劣な、邪悪な、不細工な、醜悪な化け物。

この世のあらゆるモノより劣り、この世のあらゆるモノより悍ましい化け物。

いや、死んでいるのだから、化け物と表現することすら憚れる……ナニか。

この存在は“生死”という概念を冒涜するナニかに見えた。

故に、大半の者が生前の一夏と遺体(一夏)を別物と認知し、死して動く遺体(一夏)と彼のISに対し嫌悪感を抱いた。

 

だが、一夏と親しかった専用機持ち達は違った。

愛する人間の死亡という事象を受け入れられなかった彼女たちは一夏が蘇ったと思った。

たとえ生気が全く感じられなくとも、それは一夏だと認識する。

おもわず箒は一夏に駆け寄ろうとする。

 

「動くな!言ってんだろうが!」

 

だが、束を拘束していた軍人が束の頭に銃口を押し付けながら吠えたため、箒は足を止める。さきほどまで優位に立っていたにも関わらず一気に形勢逆転されたあげく理解不能な状況に陥ったため軍人はパニックに陥っていた。

遺体を運び出そうとしていた二人の軍人は遺体(一夏)に銃口を向ける。ISに銃など無意味なのだが、彼らは長年の訓練で銃に信頼を置いていたため、咄嗟にこのような行動に出てしまった。

 

その行動が二人を地獄へ叩き落とすこととなる。

 

無表情の遺体(一夏)は展開した黒円卓の聖槍で二人の兵士を斬りつけた。

咄嗟の回避と防護服により、二人の軍人は致命傷を免れた。だが、一人は肩に、もう一人は腕に小さな切り傷を負ってしまう。本当に紙で指を切ってしまったぐらいの小さな切り傷だった。二人は自分の負傷箇所と負傷の程度を触れることで確かめると、傷が小さいことから問題ないと判断し、銃を構え距離を取りながら発砲する。ISのシールドにより銃弾は弾かれてしまい、遺体(一夏)は損傷を受けることはなかった。遺体(一夏)は二人の軍人を脅威と見ていないのか、何をすることも無く束を人質に取っている軍人に歩を進める。

 

「うぐっ」「っつ」

 

一夏に発砲していた軍人二人が数十発ほど撃ち終ると、腕や肩を抑えて苦しみだした。傷口が紫色に変色し、気泡が出来ていた。変色部位は次第に広がり、辺りに腐臭が漂う。ナイフで腐食部位を削ぎ落せば助かったかもしれない。だが、二人は傷口を抑え苦し悶え続けるだけで対処しようとしなかった。そして、二人の全身が一気に腐り、元が人間だったとは思えないようなゲル状の紫色の物体へと成り果てた。

その様子を一部始終見ていた専用機持ちたちは絶句し、そして恐怖した。トーナメント戦で見せた単一仕様能力が零落白夜に並ぶ強力なものだとは理解していたが、その力を向けられた人間が死んでいく様をまざまざと見せつけられたことで彼女たちの中で恐怖が生まれた。

二人の軍人が溶け終わった瞬間、遺体(一夏)は黒円卓の聖槍の刃先を軍人に向けた。

傍から見れば、遺体(一夏)が軍人に対し標的だと宣言しているように見える。だが、この時、軍人は標的宣言されるよりも恐ろしい体験をしていた。黒円卓の聖槍の刃先を向けられた瞬間彼の耳に言葉が聞こえてきたからだ。

 

『寄越せ……貴様の…その魂を。この槍の糧となれ』

 

人の言葉が聞こえて来るのに、人の声が聞こえてこない。

聞こえてくるのは低い掠れくぐもった何かにもがき苦しみ求める亡者の無数のうめき声。

その声が自分に向けられたものだったのかは分からない。

 

ただ、その声から感じられるのは―――ありとあらゆる負の感情。

常人なら耐え難い憾みが…嘆きがそこにあった。刃先を向けられただけでこれだけの感情の波が押し寄せてくる。ならば、あの槍に触れれば常人ならば心が壊れるのは必至である。先ほど彼らが己の身に起きた腐敗に対して何もできなかったのは彼らの心が壊れてしまったからだと推測できる。

 

この時、軍人はある言葉を思い出した。

持ち主が不慮の事故で死んだり、斬られた者が別の理由で死ぬなど、不可解な現象を起こすいわくつきの刀……『妖刀』。今自分に向けられているあの槍はまさにその妖刀だ。

こんな離れていても分かるような凄まじい怨念だ。普通の常人が扱うなどありえない。こんなものを使う者がいるとすれば、それは心の壊れた廃人か、もしくはこれを物ともしない魔人か狂人かである。

 

「なんだよ…それはよ。冗談じゃねえ! あんなのに、お前に殺されてたまるか!」

 

軍人は銃を捨て脇目も振らず逃げ出した。

槍の刃先から伝わる負の感情と、槍をもつ遺体(一夏)の異常性。

黒円卓の聖槍に斬られないのなら、任務を今まで失敗しことがないというプライドをドブ川に捨てても良いと思えるぐらいだった。

軍人は近くに居たラウラに泣きつき、助けてくれと求める。そんな軍人をラウラはISで殴り飛ばし、気絶させる。薄れゆく意識の軍人は自分が助かったのと安堵した。

 

先ほどまで自分たちを人質にしていた軍人が無力化したことで、参列者が一斉に会場から逃げ出した。正しく避難誘導しなければ、参列者に害が及ぶかもしれない。そう考えた千冬は十数人のIS学園の教員に訓練機を持ってきて一夏と対峙するように指示し、残りの教員と共に参列者の避難誘導を始める。クラリッサと更識姉妹は参列者の最後尾で、ISを展開し遺体(一夏)から参列者を守るように立つ。

 

その様子を見た束は床の上を転がって一夏のもとに行きながら、叫んだ。

 

「カイン、増援が来る前に、逃げるよ!」

 

 

『其泣状者 青山如枯山泣枯 河海者悉泣乾 是以悪神之神 如狭蝿皆滿

 

 追加装備――乃神夜良比爾夜良比賜也、展開』

 

 

低い声が遺体(一夏)から発せられた直後、遺体(一夏)の左肩部に筒状の砲撃武器が展開される。砲撃武器はバズーカのような簡素な筒状であった。このような形状の武器は数年の前の第一世代ISの武器にあった。武器の構造が簡素であったため、導入しやすかったからだ。だが、実用的でないことから、近年のISの兵装としてISに搭載されていない。故に、この形状の武器が今搭載させているなどありえないことである。

バズーカの砲口は天井を向くと、黒い矢を吐きだした。

砲口から放たれた矢は天井に突き刺さり、天井を腐らせていく。腐り落ちたことで天井に大穴が出来た。大穴という逃走経路を手に入れた遺体(一夏)は束を両手で優しく抱き上げると、腐敗によって出来た天井の穴に向けて浮上し始めた。

 

このままでは一夏と束に逃げられてしまう。

それだけは回避したかった。箒は一夏にも束にも聞きたいことが山ほどある。

 

“束が一夏をいつ助けたのか”

“何故一夏が束にISを世界中にばら撒くように頼んだのか”

“一夏の願いとは何なのか”

“何故ISを展開できるのか”

“トバルカインとは何物なのか”

 

これらのことを聞くためにも一夏と束を逃がしてはならない。

箒は一夏と束を囲み、行く手を阻む。

自分の行いは正しいことなのか分からない。万人から咎められる愚行を犯しているかもしれない。一夏を止めようとするのは要らぬおせっかいなのかもしれない。自分たちは一夏の思いを踏みにじっているかもしれない。

だが、それでも、彼女の内なる思いが彼女たちを動かした。

世間からどんな非難を受けても、どんな罵声を浴びせられても構わない。

一夏が救われるのなら、死んでまで体を動かされるような醜態を晒さなくて済むのなら、自分の持っている物など失っても構わない。

 

「一夏、銀の福音の時はすまなかった。あれでは、私がお前を殺したようなものだ。だから、償いとしてお前を救ってやる!」

 

十年近く一夏の事を想い続けた箒が瞬時加速で近づき斬りかかる。

だが、一夏は束を片手で抱き変えると、黒円卓の聖槍で空裂の斬撃を止めた。

箒は一夏に止められることを承知で斬りかかっていたため、斬撃を止められたことに驚くことはなかった。

何故なら、箒は一夏を本気で斬る気は無かったからだ。今の一夏は銀の福音の操縦者と似た状況にあると箒は考えた。そうでなければ、一夏が自らの意思で人殺しをするとは思えなかったからだ。そこで箒は一夏に近づき、語りかけることで一夏の意識を取り戻させようとした。一夏を切りたくなかったため、このような行動に出た。もし一夏の意識が戻らなかったら、一夏を切りたくないという気持ちを抑え、銀の福音の時と同様に無力化させ一夏を救おうということまで考えていた。

 

「なんだ、一夏、随分強くなったな。今剣道の試合をすればお前が勝つんじゃないのか?」

 

だが、箒は空裂を両手で持ち渾身の力を込めているにもかかわらず一夏は黒円卓の聖槍を片手で持ったまま無表情のままピクリとも動かないという力の差を見せつけられた箒は驚きを隠せなかった。これでは、万が一の時に一夏を無力化することができない。

鍔迫り合いをしていた一夏が急に引いた。箒は一夏を追おうとするが、一夏の居たところに一つの光がとおり過ぎたため、追撃が出来なかった。

その光の正体は……

 

 

「一夏さん、私二度と男性に失望したくありませんの。ですから、そんな無様な姿私に見せないでくださいまし!」

 

 

先ほどの光はセシリアのスターライトmk.Ⅲのビームだった。

 

「セシリア」

「箒さん、勝手に先走られては連携が取れませんわ」

「連携って、力を貸してくれるのか?」

「当り前ですわ」

「だが、私が一夏を死なせたから……」

「そうだとしても、一夏さんを救いたいという気持ちは私も後ろの御三方も同じですわ」

 

「一夏、さっさと目を覚まさないと、激辛麻婆豆腐食べさせるわよ!」

「一夏、僕をこんな気持ちにさせた責任取ってもらうよ!」

「一夏よ。お兄ちゃんとは常に妹に一緒にいなければならないという存在だと知らないとは言わせんぞ!」

 

双天牙月を構えた鈴。

シールドスピアーを展開したシャルロット。

レールカノンの充電を開始したラウラ。

三人は箒とセシリアと共に一夏と対峙する。

 

 

『種種ノ罪事ハ天津罪 国津罪 許許太久ノ罪出デム 此ク出デバ 

 

 追加装備―此久佐須良比失比氏罪登云布罪波在良自、展開』

 

 

くぐもった声が聞こえてきた次の瞬間、遺体(一夏)の付けた仮面の額にあった赤い宝石に不気味で怪しい輝きが灯った。追加装備の展開と聞こえたため、五人は一瞬身構えたが、遺体(一夏)の仮面の宝石が光っただけでそれ以外に変わった様子はない。そこで、五人は一夏への攻撃を開始しようとしたが、近接武器、射撃武器、砲撃武器、AIC、スラスター全てが急に不具合を訴えた。今のところ戦闘を続行させるには問題ないレベルだが、このまま放っておけば武器として機能しなくなるのは明白だった。更に、ISのシールドエネルギーの残量が徐々に減少していく。減少する量から考えて数分はシールドを展開した状態で戦うことができるが、それを越えれば身を守る物が無くなってしまうため、戦闘を続行させることが困難である。

 

「出鱈目な装備だな」

「ラウラ、どういうことよ!」

「一夏の黒円卓の聖槍に触れたら腐るって能力は近接戦闘向き、当たれば腐る砲撃は遠距離向きだ。だとすれば、あれは先ほどの二つの穴を埋める中距離向きの装備としか考えられん。さしずめ能力は一定の範囲内の任意のモノを腐らせるといったところだろ」

「つまり、近距離でも中距離でも遠距離でも一夏は僕たちに攻撃出来るってこと?」

「そうだ」

「勝つ方法はあるの?」

「こちらが腐る前に一夏さんを無力化させる。言葉で言い聞かせるっていうのは廃案にしたほうがよさそうですわね」

 

一夏の能力への対処法が分かり、この戦いの方向性も決まった。自分たちが腐る前に叩きのめす。五人は一夏と戦いたくないという気持ちを抑え込み、勝利への活路を見出した。

活路を見出したことで、同じ目的を持つ仲間を得たことで彼女たちは自信が湧いてきた。

今の自分たちなら、相手が誰であろうと勝てると信じていた。

 

 

 

だが、箒達は負けた。

 

 

腐り折れた空裂を手にしたまま箒は床にうつ伏せになっている。

セシリアは箒から見て右側の壁にもたれ掛かった状態で倒れている。

鈴はセシリアの傍で半壊した甲龍を展開したまま蹲っている。

シャルロットはラウラに覆いかぶさって一夏の足元で倒れている。

箒は紅椿を操作し、ピクリとも動かない5人が死んでいるのではなく気を失っているのがウインドウを通して分かり安堵する。

 

敗因を箒は理解できなかった。

何故なら、自分たちは気が付けば地に伏していたからだ。

 

自分たちを一蹴した一夏は束を連れて上昇し始めた。

 

「一夏…待って……くれ。行かないでく……れ」

 

箒は体に鞭を打ち起き上がろうとするが、体中から激痛という形で“それ以上動くな”という警告が発せられる。それでも、箒は体からの警告を無視し立ち上がろうとするが、更なる激痛によって邪魔される。

痛いが、骨が折れたような感触がないのは、不幸中の幸いだった。

一夏に止まってほしいと願い。手を伸ばす。だが、起き上がって動けない為左手を伸ばしたところで、数十メートル離れた一夏には届かない。

 

「その想い、私も同じですよ。篠ノ之さん」

 

届かない箒の手を誰かが掴んだ。

その掴んでくれた手はとても温かくて、とても心地よかった。

安心した箒は力が抜け、気を失ってしまう。

箒の手を握っていた人物は箒の手をソッと床におろし、遺体(一夏)の方を向いた。

 

 

「今度こそは…今度こそは貴方を救ってあげるから」

 

 

「戒」

 

 

 

 

 

『君ガ僕ニ気ヲ使ウノハ、有リ難迷惑ダト言ッテイルンダ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ベアトリス』

 

 




此久佐須良比失比氏罪登云布罪波在良自の能力を原作から少し変えました。
と言いますのも、問答無用で腐らせる能力だと、一夏の近くに居る束さんが腐ってしまうので。

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