IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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与えられた地位をなくせば、それこそ市井の一角と変わらんだろう。その程度なのだ、いや、そうでなくてはならない。
殴れば倒れ、撃たれれば死ぬ。人はそうであるべきだ。いずれ訪れる死の時まで生き、そして朽ちればいい。



            ラインハルト・ハイドリヒ


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一夏と箒による銀の福音の奇襲は一夏の死亡により失敗に終わったため、一夏と同学年の専用機持ちへの精神的ダメージは非常に大きかった。IS学園一年の専用機持ちによる指令遂行は困難と判断し、IS学園に居た専用機持ちに移行した。IS学園に居た楯無と二年のサファイアと三年のケイシーによって銀の福音の無力化は達成された。銀の福音の操縦者だったナターシャ・ファイルスは無事に保護された。保護された時、ナターシャの意識は混濁していたが、目立った外傷はなく数日の入院により生活に支障がでないレベルにまで回復するという医師の診断を受けた。

銀の福音の暴走による一夏の死亡は世界中の報道番組でトップを飾るほど大きく取り扱われた。特に日本での報道は激しく、一夏が死亡した翌日はどのチャンネルでも朝から晩まで一夏死亡もしくはIS関係の番組が流れていた。それらの番組はIS学園の体制について議論をしている番組だった。銀の福音の暴走は極秘扱いだったため、海上での演習中の事故が一夏死亡の要因と報道されていた。

 

銀の福音暴走事故から数日後織斑一夏の通夜が、更にその翌日に葬式が執り行われた。

葬式はIS学園の大ホールにて仏教形式で行われた。式には一夏の友人、IS学園の教員生徒、各国の著名人など数千人が参列した。著名人の警護の為に、警備は厳重であった。

喪主は千冬がしている。パッと見ではいつも通りの彼女に見えたが、良く見れば彼女の目が充血しており、精神的疲労が溜まっていることが分かった。

その隣に座っていたクラリッサは一夏の遺影をボーっと眺めていた。

葬儀に参列していた箒は終始俯き「私のせいだ」と自分を責め泣き続けていた。あの時自分が戦意喪失しなかったならば、こんなことにはならなかったのだと。セシリアは箒の横で背中を撫で落ち着かせようとするが、まるで効果が無い。長年想い続けた初恋の相手との死別は十代半ばの箒にとって、精神的なダメージがあまりにも大きかった。

箒を支えるセシリアもまた涙ぐんでいた。男を情けない生き物だと思い見下していた自分の認識を改めさせ恋という経験を自分にさせてくれた一夏という存在は彼女にとってとても大きかった。たった数ヶ月しか一夏と一緒に居ることができなかったにも関わらずだ。だからこそ、箒の支えになってあげたいと思った。自分は一夏と触れ合った期間が数ヶ月だが、五年近く一夏を想い続けた箒は自分とは比較にならないほど精神的に参っていると思ったからだ。

鈴は一夏の死因の一端が箒であったことから箒を責めたかったが、作戦会議時に一夏を攻撃要員にすることに賛成してしまったため自分にも責任があると複雑な心境だった。やり場のない怒りと悔しさや箒と同じく初恋の相手を失った悲しみで鈴の顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。鈴は一夏に対し早すぎる死を責めながら、彼の名前を連呼し続けた。

シャルロットは下向き咽び泣いている。辛い家庭環境で育った彼女にとって初めて自分に優しく接してくれた異性の存在は大きいモノだった。彼さえいれば生きていける程彼女は彼を愛していた。だからこそ、彼女は自分の涙を止めることが出来なった。ラウラは隣で咽び泣いているシャルロットにハンカチを渡そうとするが、シャルロットはそれを断った。

なぜなら、ラウラが無言で涙を流していたからだ。

他にも一夏の死に涙を流す者は多くいた。

 

数人の僧の読経と木魚の音が大ホールに響き渡り、線香の匂いが充満する。

読経の半分が終わり、焼香が始まった。

最初は喪主である千冬が祭壇へ向かい、焼香を手向ける。一夏に親族は千冬しかいない為、その後は葬儀参列者の焼香となった。一夏の死を受け入れられない箒はパイプ椅子から立ち上がることができず、セシリアは箒に寄り添っているため、最初に焼香に向かったのは鈴だった。鈴に続く形でシャルロットとラウラが焼香を手向ける。その後、教職員の中で個人的に交友のあったクラリッサ、一年一組のクラスメイト、他学年の生徒、残りの教職員や著名人が焼香を行う。そして、最後に箒とセシリアが焼香を手向けるために席を立った。足元がおぼつかずセシリアに支えてもらってやっと歩けていた。最後の別れは今しかできず、今できなければ後々後悔することになる。箒が焼香を行ったのは、セシリアからそう説得されたからだ。涙を流し震えセシリアに支えてもらいながら箒は焼香を手向けた。

そして、箒とセシリアの焼香が終わった直後、葬儀会場に一人の女性が入ってきた。

 

「……姉さん」

 

シンプルな黒の喪服を着た篠ノ之束だった。束はトレードマークのウサ耳を着けていない。普段のメディアに映るメルヘンチックな束からは考えられない格好だった。

 

そして、彼女は無表情だった。

 

いつもの快活な笑顔から感じられる喜びも、楽しさも。

大切な人を失った怒りも、哀しさも。

彼女の顔からは感情を読み取ることが出来なった。

 

ただただ、無機質な死人のような顔色だった。

 

無表情の束はツカツカと祭壇へ行き、焼香を手向け手を合わせた。数秒間俯き手を合わせていた束は顏を上げると、祭壇から離れ空いている席に戻ろうとした。

 

「Don’t move!」

 

束が祭壇に背を向けた瞬間だった。

会場の天井から武装した十数人以上の黒装束の軍人が下りてきた。

声の高さや背丈体格などから男であることは推察できたが、全身を黒い布で覆っていたため、白人なのか、黄色人種なのか、黒人なのかも分からない。

そして、内の数人が束に、一人が離れたところから千冬に、残りの十人が参列者に銃口を向けた。

突然の乱入者に会場はパニックになり、多くの者が葬儀会場から逃げ出そうとする。

だが、会場の入り口から同じ格好の兵士が現れ、参列者たちの行く手を阻んだ。だが、後ろから走って来た者には黒装束の軍人たちが見えない為、将棋倒しになる。倒れた参列者に軍人たちは銃口を合わせる。

参列者を人質にされたことで、専用機持ちや教師陣は動くことができなかった。

束に銃口を突き付けた軍人の一人が前に出る。

 

「いっくんの葬儀中に襲撃って礼儀っていうのを弁えていないね」

「篠ノ之束だな」

「誰?」

「俺が誰でも良いだろう。俺たちに着いてきてもらう」

「ま、良いよ。その代わり、ちーちゃんたちには手を出さないでよ」

「良いだろう。Hey」

 

束と交渉を行っていた軍人が仲間を顎でしゃくり、指示を送る。

すると、二人の軍人が束に逃げられない様に手錠をかけ、もう二人が祭壇のほうへ歩き出す。参列者の焼香は終了しており僧侶も祭壇から離れているため、祭壇には誰にもいない。だが、祭壇にはISの研究者なら喉から手が出る程欲しいあるモノがあった。

 

それは織斑一夏の遺体だった。

 

世界中のIS研究者は死亡した一夏の遺体を解剖すれば、男性でもISを動かせる理由が分かるのではないかと考え、IS学園と千冬に一夏の遺体の引き渡しを願い出た。だが、千冬は全て拒絶している。今まで自分の傍に居てくれた弟に安眠してほしかったため、解剖されるというのは彼女にとって苦痛でしかなかった。

それは束も同じ気持ちだった。束は軍人に掴みかかる。

 

「待ちなよ。要求は私が君達について行くことだよね!」

 

だが、掴みかかられた軍人は力で振りほどき、束を蹴り倒す。

 

「要求?違うな。俺たちはお前に命令しているんだ。俺とお前が対等な立場だとでも思ったのか?馬鹿が。生殺与奪はこちらが持っていることに気付かないのか?それにな、お前は織斑千冬たちと言ったが、具体的に誰を指しているのか不明確にしなかった。だから、俺たちが織斑一夏の遺体をどうしようと関係ないはずだ。稀代の天才も案外馬鹿なんだな」

 

軍人はアサルトライフルのセイフティーを解除し、束の足を撃ちぬいた。

足を負傷させることで束が自分の元から逃走することを封じた。足を撃たれた束は鈍い激痛で顔を歪め、痛みに耐えるために顎に力が入る。激痛に慣れてきた束は倒れた状態のまま軍人を睨みつける。だが、手負いの羊など恐れるに足らずと軍人は余裕の態度だった。

そして、銃声が響き渡った会場はますますパニックに陥る。軍人たちは会場がパニックに陥り指揮系統が混乱している間に、一夏の遺体を回収し撤退するつもりだ。

 

参列者がパニックになっている間に、自分に何かできることはないかと専用機持ちは状況を判断し、軍人たちに見られない所に集まり、作戦会議を行い、状況打破のための行動に出た。一夏の死によって悲しんでいた彼女たちであったが、一夏ならこの状況に絶対対処したはずと奮起した。

箒は束へ駆け寄ろうとするが、束に手錠をかけた二人の軍人に止められた。セシリアと鈴と楯無の三人は入り口付近で銃を構えている軍人たちに怯えパニックになった生徒を演じながらゆっくりと近づく。シャルロットとラウラと簪の三人はそれ以外の軍人に死角から近づく。そして、全員が配置に着いたことを確認したクラリッサが合図を出した。

 

「今!」

 

クラリッサの合図とともに、専用機持ち達は一斉に動き出した。

箒は紅椿を展開し、軍人二人の腕を掴むと一度上に引き上げた後床に叩き付けた。ISのPICにより腕を急に引き上げられたことで彼らは脱臼、更に床に叩き付けられたことで腕の骨と頭蓋骨が折れた。

セシリアと鈴は入り口に突貫し、近接武器で軍人たちをなぎ倒していく。二人から逃げ参列者に向けて発砲を行おうとした者がいたが、楯無の専用機ミステリアス・レイディの水のヴェールによって弾丸は止められた。

シャルロットはCQCで、ラウラは軍隊仕込みの近接格闘術で、簪は日本の古武術で無力化を試みる。三人とも最初の奇襲には成功したが、途中から気付かれたためISを展開し近接武器やAICで制圧した。応戦された為、極僅かだがシールドエネルギーが減少しただけで、専用機たち全員は負傷していない。

さらに、銃口を向けられていた千冬もクラリッサの合図に反応し、近くにあったパイプを投げつけ、軍人が怯んでいる間に距離をつめ無防備な喉に渾身の一撃を叩き込んだ。専用機持ちと千冬の即興の連携により束に銃口を向けていた者と祭壇にいた計三人以外の全ての軍人の無力化に成功した。

自分以外の仲間が全員倒されたことに気付いた軍人は参列者に乱射しようとするが、楯無の水のヴェールやラウラのAICによって止められた。

 

「Plan B!」

 

参列者への射撃が効かないのならと、軍人は胸ポケットから拳銃を取り出すと束の頭に突き付けた。手を封じられ足を負傷している束に抵抗する力はなくなされるがままだった。

更に、祭壇にいた軍人たちは手榴弾を取り出し、ピンを抜く一歩手前で止まった。二人の持つ手榴弾は対装甲車用に開発された対人とは比べ物にならないほどの威力を誇る特別性の手榴弾であり、威力はたった一発で車を木っ端微塵にするほどであった。これが一夏の遺体の近くで使用されればどうなるかは誰でも分かった。

彼の言うPlan Bとは束を殺害し一夏の遺体を抹消することで他の団体が得をしない様にするという自爆覚悟の計画だった。葬儀後、万が一日本政府やIS学園の手に渡れば、軍人たちの所属する団体が損をする可能性があった。自分の得にならず、敵対する可能性のある他の団体の得が発生する可能性があるのならば、その団体が損をするような行動に出るというのは彼らにとって合理的であった。

 

「本当に世の中って思い通りにならないことだらけだね」

「あぁん!?」

「いっくんを助けたら、死んでも利用しようとする馬鹿が居て。いっくんのお願いを聞いてISを世界中にばら撒いたら、兵器として使われて。……本当世の中って馬鹿ばっか。皆いっくんみたいに優しくない。愚かで卑しくて汚らしい。こんな馬鹿どもにいっくんとISが利用される世の中なら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が人の道を踏み外してでも、世界中の馬鹿どもからいっくんを守って、いっくんの願いを叶えないと駄目だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「天が雨を降らすのも 霊と身体が動くのも

 Das sich die Himmel regen Und Geist und Korper sich bewegen

 

 

 神は自らあなたの許へ赴き 幾度となく使者でもって呼びかける

 Gott selbst hat sich zu euch geneiget Und ruft durch Boten ohne Zehl

 

 

 起きよ そして参れ 私の愛の晩餐へ

 Auf,kommt zu meinem Liebesmahl―」

 

 

 

 

 

 

 

束が詩を読み上げた直後、一夏の遺体が収められていた棺の蓋が飛び、中に供えられていた菊の花びらが宙を舞い花吹雪となる。白菊の花吹雪は葬儀が行われていた会場に華やかで幻想的な光景を作りだした。違う条件下ならば、全員が心を奪われただろう。それほど美しい光景であった。

だが、その幻想的な光景があまりにも不自然であったため、多くの者が青ざめた。ある者は祟りだと言って震え出し、ある者は気を失い、ある者は頭を抱え蹲った。何故彼らは怯えているのか。それは彼ら全員が共通する疑問を抱いたからだ。

 

 

そう……『どうやって棺の蓋が空いたのか』という疑問だ。

 

 

棺の近くにいた二人が明けたのか?

 ……二人とも手榴弾に手を掛けているため、蓋を開ける余裕がない。

 

糸か何かで釣り上げたのか?

……重い棺の蓋を持ち上げるだけの強度を持ち視認できない糸はこの世に存在しない。

 

棺の中に誰か入っていたのか?

 ……葬儀に出る直前に千冬が棺の中を見ていたため、誰かが入っているなどありえない。

 

つまり、棺の蓋が現状において開くなどありえないことである。

だが、ある現象を見た葬儀会場に居た全員が蓋の開いた理由を理解した。その現象を目にした彼らは『どうして棺の蓋が開いたのか』という疑問を解決することはできたが、我が目を疑う光景であったため彼らは新たな疑問を抱くこととなった。

 

ゆっくりと、遺体(一夏)が起き上がったからである。

起き上がった遺体(一夏)に生気はまるで感じられない。静止した状態で見れば、誰もが一夏は死んでいると思っただろう。肌は黒ずみ、潤いが全くなく、皺が多いように見える。呼吸をしていないのか、胸の上下運動が全くない。

だが、遺体(一夏)は動き、棺の中で立ち上がった。

死に装束を着た遺体(一夏)は鼻と目と額を隠す仮面を被っていた。その仮面は中央に赤い透明の石がはめ込まれているだけで、それ以外は何の飾りも無いくすんだ鼠色の仮面だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『第零世代自立思考人器融合型IS……トバルカイン、展開』

 

 

 

 

 

 

 

 

遺体(一夏)は棺から下りると、ISを展開した。

 


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