IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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俺たちは永遠になれない刹那だ。
どれだけ憧れて求めても、幻想にはなれないんだよ。


          藤井蓮


29

翌日、旅館近くの海岸に7人の生徒が集められた。

一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪である。彼らは専用機持ちであるため、この臨海学校中にISの野外での訓練をするために特別に呼び出された。生徒以外にこの場に居るIS学園関係者は千冬と4組の副担任であるクラリッサだけだ。彼女は副担任であったが、ドイツ政府から専用機を与えられていたため、こちら側に居る。クラリッサは簪を呼び、マンツーマンで打鉄弐式の実習を始めた。そして、千冬は残る6人の専用機持ちの面倒を見ることとなった。だが、現時点で箒は専用機を持っていない。そのことに気が付いたセシリアは指導教官である千冬に尋ねようとする。だが、甲高い声によって、セシリアの言葉は遮られた。

 

その直後ある人物が9人の居た海岸付近の崖を駆け下りてきた。

稀代の天才、ISの開発者、篠ノ之束だ。

彼女が現れたのは誕生日プレゼントとして第四世代IS紅椿を箒に与えるためだった。

束が言うには現在発表されているISの中において紅椿はスペック上最強のISという。第四世代である紅椿は第三世代ISと違い、装備換装無しで如何なる局面でも対処できるだけの初期装備を保持し長期間の戦闘に対応していることである。例を挙げるのならば、セシリアの遠距離型のブルー・ティアーズは近接戦闘に対応していない為、近接戦闘用装備を追加で搭載しなければ、近接戦で勝利を収めることができない。当然近接戦闘用装備を搭載すれば、遠距離射撃の性能が落ちる。そのため、BT兵器の実験並びにデータ収集を目的としたブルー・ティアーズには必要最小限の近接戦闘用装備しか搭載されていない。だが、紅椿は追加装備が無くとも、近接格闘戦闘から遠距離射撃戦まで全て対応できる。故に、紅椿は第三世代ISと区別するために、第四世代ISと分類している。

 

そして、束が箒の紅椿の試験運用のために設定を始めた。

束の設定は的確であり全くの無駄が無く、光速でありながらミスが無かった。たった数分で紅椿の初期設定は終わり、箒は紅椿の試験運用を始めた。最初に使用した武器は二振りの刀、雨月と空裂だった。箒が雨月で空を突くと放射されたレーザーにより雲を貫き、空裂を振るえば放出されたエネルギー刃が雲を切り裂く。圧倒的な機体性能に一同は言葉を失った。だが、千冬は紅椿を開発した束を鋭い眼差しで見ていた。もし第四世代ISが世界中に蔓延すれば、再び世界のパワーバランスが崩れると判断したからだ。

そんな時だった。

 

「織斑先生!」

 

一般生徒の演習の指導に当たっていたはずの真耶が千冬の元に走って来た。

真耶が手渡してきた小型のタブレットにはIS委員会から学園に送られてきた指令の詳細が表示されていた。指令内容を軽く読んだだけでも、早急に対策を取らなければ甚大な被害が生じるだろうと千冬は予想できた。

千冬は他の教員たちに実習の中止を専用機持ち達に旅館の大広間に至急移動するように指示すると、自分もタブレットに表示された指令の仔細を読みながら旅館へと向かう。千冬から只ならぬ空気を感じ取った専用機持ち達は言葉を発することができず、ただ千冬の指示に従い大広間へ足を運ぶことしかできなかった。

大広間に到着すると、超大型のモニターが数台置かれ、数人の教員がモニターに接続された機材を操作していた。モニターに証明が反射せぬように、部屋の電気は消されていたため、昼間にも拘らず部屋の中は薄暗い。部屋の中央に置かれた机型のモニターを囲むようにして、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、クラリッサが座る。

 

「では、現状を説明する」

 

専用機持ち達より上座に立っていた千冬がそう切り出した。

二時間前に、アメリカ・イスラエル共同開発の軍用ISシルバリオ・ゴスペル、通称銀の福音が制御不能且つ操縦者との連絡不能状態に陥り、監視空域より離脱したという連絡が両国の軍より委員会に連絡があった。臨海学校で校外に居たIS学園の一年の専用機持ち達のいた旅館付近を銀の福音が通過することを委員会は推測し、IS学園に銀の福音の無力化を要請した。

 

「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

「はい。目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「わかった。ただしこれらは二か国の重要機密事項だ。けして口外するな」

 

口外すれば査問委員会による裁判と監視が着くと全員に釘を刺し、千冬は真耶にモニターに銀の福音のスペックデータを表示するように指示する。

銀の福音はオールレンジ攻撃を可能とし、広域殲滅を目的とした機体であったため射撃能力並びに機動力が非常に高かった。さらに、特殊武装を積んでおり攻撃力が高いことがデータから読み取れた。

通常の第三世代の機動力では銀の福音の機動力に負けてしまう為、接触は一度しかない。銀の福音との接触ポイントまでは距離があるため、攻撃要員と運搬要員が必要であり複数で対処しなければならないということも判明した。

攻撃要員に一夏が立候補する。零落白夜は高機動の銀の福音の無力化にうってつけだったからだ。その場に居たほとんどの者が一夏の立候補に賛成する。次に、一夏を現場まで運ぶ運搬要員を決めようとする。高機動パッケージストライクガンナーをインストールすればブルー・ティアーズの機動力が上がり一夏を時間内に現場に送り届けることができることを理由にセシリアは立候補した。

 

「待った待―った。その作戦はちょっと待ったなんだよ」

 

作戦会議を行っていた大広間に束が乱入し、紅椿の性能を解説する。紅椿の機動力はブルー・ティアーズを軽く超え、展開装甲という装備によって攻撃力も他のISより大幅に高い。操縦者本人の訓練内容と機体性能を考慮した結果、紅椿の方が適任であると千冬は考え、箒を運搬要員に指名した。

その後、箒と束は近くの森で紅椿の最終調整を開始する。他の専用機持ちも箒の最終調整の様子を見ていた。

 

「クラリッサ、少しいいか?」

「何ですか、織斑先生?」

「いつも通り『千冬さん』で良い。それより、最近何かあったか?」

「何か…と言いますと?」

「最近お前の様子がおかしいとボーデヴィッヒから相談を受けた。何か悩み事があると。隊長のボーデヴィッヒを困らせるとはお前らしくない」

「……」

「その悩みというのはボーデヴィッヒにも私にも相談できないのか?」

「えぇ」

「対暗部用暗部の更識家には相談出来てもか?」

「苦肉の策です。本当なら私が解決するべきなんですけど私一人では限界だったんで…私としても生徒に頼っているのが心苦しいんですよ。」

「黒兎部隊。いや、ここ最近向こうで何かあったという話は聞いていないから…一夏か?」

「どうしてそう思うんですか?」

「先ほどの作戦会議で一夏を攻撃要員に指名したとき、お前の表情が微かに歪んだのを私は見逃していない」

「……」

「沈黙は肯定と見なすぞ」

「好きにしてください」

 

俯いたままクラリッサは作戦会議が開かれていた大広間へと戻っていった。

簪は旅館に戻ろうとするクラリッサを追う。

 

「はー、どうして私の周りは不器用な人間ばかりなんだ」

 

紅椿の最終調整が終了したことを確認した千冬は一夏と箒を指定の場所に向かわせ、残りの専用機持ち達を連れて旅館の大広間に戻った。

 

そして、作戦開始の午前十一時になった。

天候は良く雲が少ないため、空の様子がよく分かる。この天候だと銀の福音の発見は容易だろう。だが、それは銀の福音からも同じであるため、こちらが発見されてしまい奇襲に失敗してしまうという可能性があった。

大広間に映し出されたモニターには二機のISが映っている。白式と紅椿だ。操縦者の一夏と箒が雑談している。何事も無くISを展開したことを確認した千冬は二人に通信で作戦の確認を行う。作戦の確認後、一夏を送り届けた後は一夏の援護をしても良いかと箒は千冬に提案した。いつもと違う口調に千冬は一末の不安を覚える。だが、今さら作戦要員を変えるわけにもいかない。今からでは時間が無いからだ。そこで、千冬は一夏に箒に浮ついているように感じる為注意するように念を押す。一夏も同じことを感じていたいのか、千冬の言葉に頷いた。

 

そして、作戦は開始される。

超音速飛行で白式を載せた紅椿が大空へ舞い上がる。

その速度は瞬時加速とは比較できぬほどの速さで、大広間に居た専用機持ち達は驚きを隠せなかった。この調子なら予定のポイントで銀の福音と接触できそうだ。

 

「見えたぞ。一夏」

 

箒の指す先に銀色の機体のISが飛行していた。銀の福音の様子を見る限りこちらに気付いていないようだ。箒は更に加速し気付かれていないうちに、距離を詰め銀の福音を無力化させようとする。一夏は零落白夜を発動させ、紅椿の上で構えた。

だが、零落白夜の光の刃が銀の福音の背部に届くその瞬間、銀の福音は加速しながら急降下すると、反転しこちらを向いた。このまま押し切らなければ逃げられてしまうと考えた一夏は紅椿の上から下り、瞬時加速で銀の福音との距離を詰めようとする。

 

「敵機確認。迎撃モードへ移行。銀の鐘稼働開始」

 

だが、銀の福音は迫りくる一夏に対し迎撃を開始したため、エネルギー弾に行く手を阻まれた一夏は銀の福音との距離を縮めることができないでいた。銀の福音は白式に集中していたため、紅椿は銀の福音に近づくことができた。

 

「でやああ!」

 

空裂から放出されたエネルギー刃が銀の福音のシールドエネルギーを奪う。

絶対防御を突破した衝撃が銀の福音の体勢を崩す。銀の福音が体勢を立て直す一瞬の間に箒と一夏は簡易な作戦会議をする。

 

「一夏、左右から同時に攻めるぞ。右は任せた」

「了解した」

 

銀の福音の受けた被害は箒の最初の不意打ちのみ。不意打ち後の二人の攻撃は全く当たらず、ただ時間と二人のISのシールドエネルギーだけが削られていく。不利な戦況が箒の焦りを産んだ。普段ならここまで焦らない箒だったが、紅椿の性能を十分に発揮できていなかった現状が彼女にもどかしさをもたらしたからだろう。功を焦った箒は銀の福音の撃墜を自分の被害より優先させ、防御を捨ててしまう。その結果、紅椿のシールドエネルギーの大半を失ってしまったが、銀の福音のシールドエネルギーの約三割を削ることに成功した。二人の猛攻により、銀の福音は防御と回避に徹する状況に陥ったため、零落白夜を叩き込む隙が生まれやすい状況に好転した。

そして、その瞬間はすぐに訪れた。

紅椿の雨月の突きにより、銀の福音の片翼の一部が破損し、精密射撃が不可能となった。これを好機と見た一夏は零落白夜を発動させ、銀の福音に渾身の一撃を入れようとする。銀の福音は苦し紛れに全砲門を開き、全方向への無差別砲撃を開始しようとする。その砲撃による一夏と箒への予想される被害は微々たるものだった。そのため、一夏が銀の福音の砲撃を無視し懐に入り込めば、銀の福音を無力化することはできた。

だが、一夏は銀の福音の横を通り過ぎ、ある方向に跳んで行こうとしていた砲弾を雪片二型で弾いていた。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスに!」

「船がいるんだ。先生たちが海域を封鎖したはずなのに」

「密漁船か。馬鹿者!犯罪者などをかばって、そんなやつらは!」

「箒!……そんな悲しいこと言うなよ。らしくない……箒らしくない」

 

力に溺れた嘗ての自分を思い出してしまった箒の心が悲鳴を上げてしまう。

動揺のあまり戦意を失った箒は二振りの刀を手放し、両手で顔を覆う。箒の手から放れた二振りの刀は粒子となり、消滅する。

 

「具現維持限界か」

 

紅椿の二振りの刀が消滅した直後、銀の福音は損壊による誤差修正を終わらせ、再び砲撃を始めようとする。銀の福音の真正面に無防備な箒が居る。このままでは無事では済まないと判断した一夏は箒の前に出てわが身を盾にして銀の鐘から箒を守る。零落白夜によりシールドエネルギーを大幅に失っていたため、銀の鐘の砲撃を全て受け切れなかった。シールドエネルギーが底をつき、エネルギー弾が操縦者である一夏に直撃する。

生身でISの砲撃を受けた一夏は海へと落ちていく。

 

「一夏!」

 

涙を両の目に浮かべながら自分に手を伸ばそうとする箒を見たことで、一夏は箒の無事を確認し安心したのか気を失い、海の中に沈んだ。

千冬は訓練機を装備していたIS学園の教員たちに一夏の保護を、箒に万が一銀の福音が引き返して来た時のためにその場に留まり銀の福音の監視を命じる。箒が一夏の救助に当たった際に、銀の福音が引き返してきた場合、二人とも無事では済まないと判断したからだ。千冬はその場に残り、救援に向かった教員たちの連絡を待った。

 

数分後、海上警備に当たっていた教員が慌てて、作戦会議が行われていた大広間に飛び込んできた。障子を両手で開けた彼女は息を切らし、顔色が明らかに悪い。彼女の表情から事態が深刻であることは誰の目にも明らかだった。

 

「織斑先生」

「どうした?織斑は無事なのか?」

「それが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑君の死亡が確認されました」

 

IS学園の教員の報告に千冬は言葉を失った。


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