IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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熊本

       電波先輩より




「ここが僕の部屋か。」

 

一夏は寮の鍵に書かれた『1025』の部屋の前に立っていた。

さっきまで夕食を食べていたため、今は7時ごろだ。

先に荷物を寮の部屋に置いてきた方が、荷物を持ったまま、食堂を行かずに済んだのだが、混み合う時間帯は避けたかったので、少し強引だが、早めの夕食にしたのだ。

食堂には数十人ほど夕食を取っている女学生が居たが、数百人に比べれば、まだマシである。だが、基本一夏は一人で食べることに慣れてしまっているため、一人で落ち着いて食べられる席を見つけ、そこで素早く食べて、寮の自室へ来た。

 

一夏は寮の部屋の扉をノックする。

だが、数度ノックしても、部屋の中から返事がない。

普通、入室が嫌なら、『待ってくれ』などの返事があるのだが、それすらないということは、部屋の中に人がいない。もしくは、部屋の中の人はノックに気づかない状況にある。

この2つのどちらかだろうと一夏は考えた。

この時間帯を考えるなら、夕食に行っていると考えるのが、妥当だろうと考えた一夏は、部屋の中には誰もいないと考え、部屋の中に入ってみた。

部屋に入ってすぐ左手にある扉の隙間から明かりが漏れている。トイレがないと真耶から聞かされていた一夏はこの左手の扉の向こうは洗面所と考え、同居人はシャワーでも浴びていたのだろうと推測した。

となると、此処で鉢合わせというのは不味い。

自分がこの部屋に来るということを知っているのならば、大丈夫であろう。だが、自分が来ると相手が聞かされていないとなると、タオル一枚で出てくるかもしれない。

タオル一枚巻いただけの女子が男子の自分と会って、叫ばないとは限らない。

叫ばれたら、IS学園中にその話が広がり、ネタにされるかもしれない。

それだけは回避したかった。

 

一夏は部屋に入ってすぐのところに、鞄を置き、部屋から出ていこうとした。

 

「あ。」

「え?……一夏?」

 

一夏が鞄を床に置こうと屈んだ時に、タオルで髪を拭きもう一枚のタオルを体に巻いている女性が開いた扉から出てきた。一夏は女性が出てきた瞬間、自分の最も恐れていたことが起きたと諦め、思わず声が出てしまう。

そして、そんな一夏の声に女性は気付き、髪を拭く作業を止め、頭のタオルを取りながら、一夏の方を見る。

洗面所から出てきた女性は箒だった。

 

「ご、ごめん。」

 

一夏は顔を逸らし、箒に背を向け、すぐに部屋から出ていこうとする。

だが、かすかに聞こえたそれが、一夏の足を止めた。

 

「何故、お前が此処に居る?」

「いや、僕もこの部屋なんだけど…もしかして、千冬姉が言っていた同室になる僕の知り合いって箒なのかい?」

 

一夏が箒に質問した直後、室内から連続的な音が聞こえた。

何かが駆けるような音で、今この部屋には自分と箒しかいないことを考慮すると、その足音は箒のモノだとすぐに分かった。また、音の間隔から箒が走っている音で、しかも、一度遠のいたが、またこちらに向かって来る音ということも理解できた。

聞こえてくる箒の足音で、一夏はあることを思い出した。

箒には何か嫌なことがあるとすぐに竹刀を振り回すという習性がある。その習性は照れ隠しによるものか分らないが、竹刀を振り回すというのは、照れ隠しの領域を逸脱している。

思い出したくなかった箒の習性だが、このタイミングでこんなことを思い出すということはやはり…と一夏は後ろを見た。

後ろを振り向くと、竹刀ではなく木刀を持って迫ってくる箒が目に飛び込んできた。

このままでは入学初日の夜を保健室で過ごさなくなってしまうと思った一夏は部屋から飛び出し、扉から離れる。

部屋から出れば、タオル一枚で廊下まで追ってこないだろうと一夏は考えた。

事実、部屋から出た一夏を追って来る箒の姿はなかった。

 

「これって単なる問題の先送りだよな?」

 

そう、確かに緊急避難にはなっているが、根本的な問題の解決になっていない。

だが、一夏は

 

「適当に時間を潰すか。」

 

そう言って、夜風でもあたりに行こうかと、廊下を歩く。

一時間もすれば、箒も落ち着くだろう。その間自分はどこかに居よう。

だが、一時間、時間を潰せる場所となると選択肢は少なくなる。何せここはIS学園の寮だ。敷地は広いが、人も多い。人気がなく、ゆっくり落ち着ける場所なんて限られてくる。その結果、外に行くのが良いという結論に達した。

IS学園の規則上、IS学園の敷地内で許可されているところで、就寝時間前なら、夜中でも出歩いても問題ないとなっている。夜中に人が来ないとなると、寮から離れた砂浜が良いだろう。

数分歩けば、目的の砂浜に来ていた。

 

「ん?」

 

どうやら、砂浜には先客が来ていた。

日も暮れていたが、砂浜に設置された街灯がその先客を照らしていたおかげで、先客の一人が誰なのか、一夏はすぐ分ったが、もう一人が誰なのか分らない。

二人は何やら話し込んでいるようだ。

場所が悪いなと判断した一夏は移動しようとするが、千冬と目が合った気がしたので、大人しく、千冬の方へ歩いて行く。

 

「こんばんは。織斑先生。」

「今はプライベートだ。いつものように呼べ。」

「分かったよ。こんばんは。千冬姉。」

「あぁ、こうやって、話すのは久しぶりだな。一夏。」

「そうだね。でも、たまにしか、家に帰ってこないから、仕方がないよ。」

「寂しくはなかったか?」

「千冬姉は頑張って働いているんだから、仕方がないと思えば、辛くはなかったよ。」

「そうか。」

「それで、そちらの人は?」

「あぁ、そうだったな。紹介が遅れたな。クラリッサ、自己紹介をしろ。」

「はい。」

 

千冬に『クラリッサ』と呼ばれた女性は千冬の斜め後ろから一歩出る。

 

「ドイツIS配属特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』所属、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です。貴方が織斑一夏さんですね。噂は常々千冬さんから聞いています。」

 

ドイツと聞いて一夏は一年ほど千冬がドイツに行っていたことを思い出す。

ドイツでISの教官をすると聞かされていたので、たぶんその時の知り合いだろうと、一夏は推測した。

 

「よろしくお願いします。」

 

クラリッサはそう言うと、右手を差し出してきた。一夏は千冬姉の知り合いに失礼なことはできないと思い、クラリッサの手を取り、握手をする。

 

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。ハルフォーフさん」

「クラリッサと呼び捨てにしてください。その方が呼びなれていますから。後、敬語もいりません。」

「そうですか…そうか。じゃあ、こんな感じで良いかな?クラリッサ。」

「はい。よろしくお願いします。織斑君」

「僕も『織斑君』という呼び方じゃなくて、『一夏』って呼び捨てにしてくれないかな?お互い名前で呼び合った方がフェアーだろ。」

「はい。では、改めて、一夏、よろしくお願いしますね。」

「あぁ、よろしく、クラリッサ。」

 

一夏は自分でも内心驚いていた。

初対面の人と、名前で呼び合うほど距離を詰めたことはこれまで一度もない。

適当に相手をしていたら、相手が勝手に自分を一夏と呼ぶことはあったし、一夏からすれば苗字だろうが名前だろうが好きな方を読んどけという感じだった。

だが、クラリッサという女性に名前を呼ばれたことが一夏は少しばかり嬉しかった。

それに一夏の方から、クラリッサを名前で呼べてうれしいと思っていた。

そんな経験が一夏にとって初めてだったのだ。

相手に一目ぼれして、名前で呼ばれて嬉しかったのだろうと最初は思ったが、一目惚れとは違う。何せ、一夏は、クラリッサと初めて会った気がしなかった。つまり、惚れたどうこうはおいておくとして、初めて会って惚れたのでは無いのだから、一目惚れではない。

というわけだ。

 

あり得ない。

 

一夏はドイツに行ったことはないし、ドイツ人に会ったのも今日が初めてだ。

では、この感覚はいったい、なんだ?

一夏は本当にドイツ人と会ったことが無いのか思い出す。だが、それでもドイツ人の友人は一人も思い出せない。だが、あることを思い出した。

この感覚は、何度も味わっている。そう……

 

既知感だ。

 

一夏は『もしかして、何処かで会ったことありますか?』と聞きたかったが、一昔前のナンパみたいなので、勘違いされないためにも、言葉を出さなかった。

 

「おい、いつまで握手している?」

 

千冬の横やりで一夏とクラリッサは慌てて手を放す。

そして、何事もなかったように一夏は千冬に質問しようとする。

 

「そ、それで、千冬姉、どうしてクラリッサは此処に?」

「あぁ、近々クラリッサの上官が此処に入学するのでな。その手続きだ。」

 

IS学園は入学する際に様々な手続きが必要であるため、入学者本人もしくは代理人が必要となる。なぜなら、書類が偽造されないようにするためと、違うところに届かないようにするためという理由から、入学手続きの書類は手渡しとなっている。郵送で送らないのは、以前間違ったところに届き、問題になったことがあったからだ。

そして、クラリッサの上官は特殊部隊を統括する身であるため、入学までドイツから離れることが出来ない。そのため、入学書類の受け取りにクラリッサが来たというのだ。

 

「クラリッサの上官がね。そうなんだ。」

「はい。私の上官が転校してきましたら、とりあえず、廊下でぶつかってください。」

「え?クラリッサ、それはどういう?」

「日本のゲームに、廊下でぶつかれば、その後の選択肢を間違えなければ、仲良くなれるというイベントがありました。」

「……はぁ。」

「私としてはパンを咥えた隊長が交差点で貴方とぶつかる方が高い確率で好感度を抱いてもらえると考えたのですが、全寮制のIS学園ではそのイベントが難しいようなので、廊下でぶつかるイベントを考えました。」

「…そ、そうなんだ。」

「隊長は真面目すぎて少し気難しいところがあるので、IS学園でも、おそらく浮いた存在になってしまうと思われます。ですが、せっかくの学生生活なのですから、部下としては上官である隊長に良い思い出を残してもらいたいのです。」

 

クラリッサは変わっている人物だったが、とても優しい人らしい。

さきほど、クラリッサの上官はIS学園で『も』浮いた存在になってしまうとクラリッサは言っていた。ということはクラリッサの特殊部隊でも浮いた存在なのだろう。だが、少なくともクラリッサは上官を慕っているようだ。だから、

 

「分かったよ。廊下でぶつかるかどうかはちょっと考えさせてもらうけど、気にはかけておくよ。」

「そうですか。よろしくお願いします。」

 

その後、一夏と千冬とクラリッサは砂浜で話していると就寝時間になったので、一夏は寮に戻った。するとそこには部屋の真ん中で竹刀を持って仁王立ちしている箒が居た。

そうやら、時間を置いたせいで箒の怒りが熟成してしまったようだ。

怒り狂うバーサーカーになす術の無い素手の一夏は一瞬で気絶させられてしまった。


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