IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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僕は■■■■■が大事だ。その通りだよ、間違いない。
  ◆も彼女も、絶対不幸にはさせないと誓っている」



       櫻井■


26

バリアー無効化攻撃零落白夜の一撃を受けたシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは急激に減少する。

だが、決定打とはならなかった。静寐がラウラを助けたからだ。静寐は箒に対し射撃を行いながら、一夏に体当たりをし、一夏と箒からラウラを引き離すことに成功した。

 

「ボーデヴィッヒさん、大丈夫!?」

「篠ノ之を引き付けておけと言っただろ!」

「ごめんなさい」

「まあ、良い。私の部隊の隊員と同等の活躍を貴様に期待した私の落ち度だ」

 

ラウラは静寐を睨みつける。

怒りを含んだラウラの眼孔に睨みつけられた静寐は震え、萎縮してしまう。一般的な日本の家庭で育った彼女にとって、軍人の殺気に近い憤怒は恐怖でしかなかった。

 

「さっさと、行って、私があの木偶を倒すまで篠ノ之を引き付けておけ。時間を稼げるなら、シールドエネルギーは減っても構わん。次はないぞ…分かっているだろうな」

「う…うん」

 

怯えた静寐は返事をすると、箒の方へと向かった。

ラウラはプラズマ手刀を使い、一夏に接近戦を挑む。ラウラがAICを使わないのは、彼女が静寐を信用しておらず、再び箒を逃してしまうと考えていたということもあるが、AICが無くとも一夏に勝てると思っていたからだ。

 

「私が負けるはずがない。負けるわけにはいかない」

 

自分がISに注いできた心血と努力によって得たIS操縦技術を持ってすれば、ISに乗り始めて数か月の男に後れを取るはずがない。そして、己の敬愛する教官の顔に泥を塗り続けるこの男に負けるわけにはいかない。

 

ラウラは右腕を振り上げ、立ち上がれずにいた一夏を渾身の一撃で下そうとする。

零落白夜と静寐の不意打ちによりシールドエネルギーの大半を失った一夏にとって、ラウラの一撃は脅威というには充分だとラウラは知っていた。

だが、それは一夏も知っている。

一夏は仰向けの状態のまま雪片二型でラウラのプラズマ手刀を防ぐ。

 

「無様だな」

 

ラウラは血に伏している一夏に勝利宣言をする。

 

「いや、無様なのは君だ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「どう見ても、貴様の負けにしか見えないが?」

 

ラウラを見返す。

その表情に一切の敗色がなく、勝つのは自分だと一夏の目が言っている。

 

「いや、君の無様さは、この試合の勝敗と関係ない」

「では、私の何が無様だと言うんだ。遥かなる高みから貴様を見下ろしている私の何が?」

「妄想を理想と履き違え、偶像に飲み込まされそうになっている君の姿が無様だと言っているんだ」

「……何?」

「君の過去は千冬姉とクラリッサから聞いている。敗北と絶望を知る君だからこそ、圧倒的な強さを持つように見える千冬姉に憧れた。『自分も強くなりたい』と。その点において論議するなら、君は僕と同種だ。でも、各々の渇望の根源を見れば、やはり僕と君は別物だ」

「……渇望の根源だと?」

「君の『強くなりたい』って気持ちは『負けたくない』という気持ちから来た。何故なら、敗北者に価値はない。勝たなければ、私は死んでいるのと同じだ。それが君の渇望の根源。だから、君は自分を捨てることができない。そして、自分の理解の範疇を越えた現象や思考に対して排他的になる。だから、それが自分の大事なものだとしても刃を向けてしまう。そして、君は大事なものに勝手に傷つけられている。自分が自分でなくなることに恐怖しているから」

「己を失うこと、死ぬことに恐怖することは生物の本懐だ!当然であろうが!自分の縄張りを作り、犯す侵入者には容赦しない。まさか、貴様は自分を見失うことが怖くないとでも言うのか、だったら、それは生存本能が無いという証明に他ならない。貴様は人間いや、生物ですらない。歪な何かだ!」

 

ラウラは嫌悪の眼差しで一夏を見下し、歯を食いしばり右腕に力を込め、PICの出力を上げる。力を込められたプラズマ手刀によって、雪片二型は押され始める。

 

「君の言う通り、生存本能の無い僕は欠陥品だ。でも、そうだとしても君はやはり無様だ。君は自分を失うことを極度に恐れている。だから、現実逃避するか現実を妄想で塗り替えるしか君にはできない。駄々をこねている子供と変わらない」

「…妄言だな」

「自分のことしか考えられないという点では一緒だよ」

「では、貴様は、違うとでも言うのか?

「あぁ、僕には君と違って、守りたいものがあるからね。そして、命を賭ける覚悟がある」

「それが教官とでも言うのか。はっ、貴様に守られるほど教官は軟では」

「違う。僕は千冬姉を守り続けることができない。だから、僕が守るのはたった一つの……約束だ」

 

一夏は黒円卓の聖槍を左手に展開し、振るう。追い詰めた一夏の展開した武器による不意打ちを受けたラウラは、一夏の体の上から逃れ、後退する。ラウラは思わぬ反撃に一瞬戸惑うが、新しい武器が出てきたところで一夏は虫の息だと知り、自分の優位性を確信した。

だが、それは次の瞬間、崩れ去る。

 

「『君に敗北を与える』…それが僕の守りたい、千冬姉と交わした約束」

「……教官、私の敗北を望んでいるだと……」

 

自分を手塩にかけて訓練してくれた敬愛する人間が、自分の敗北を望んでいるという言葉はラウラにとってあまりにも重たい言葉だった。彼女の頭の中は真っ白になってしまい、まともな思考が出来なくなってしまった。

一夏は雪片二型を消し、黒円卓の聖槍の柄を両手で持つ。

これを使ってはならない。束からそう聞かされていた。だが、それでも構わない。あの姉が初めて自分に頼んできたのだ。だから、その願いを叶えたい。

 

「血の道と 血の道と 其の血の道 返し畏み給おう」

 

一夏は頭に浮かんだ詩を口にする。一夏自身、この詩が表現しようとしている描写を理解していない。それでも、一夏の詩は続く。

 

「禍災に悩むこの病毒を この加持に今吹き払う呪いの神風」

 

掠れた呪怨のような一夏の声で紡がれる詩が宣誓の言葉のように、観客には聞こえた。

 

「橘の 小戸の禊を始めにて 今も清むる吾が身なりけり」

 

白式から放たれる禍々しい瘴気が純白の白式の機体を覆う。

瘴気は毒々しく、生気がなかった。だが、闘気に満ちていた。

故に、歩く死体にも、体を失った亡霊にも、一人の騎士にも観客たちには見えた。

 

「千早振る 神の御末の吾なれば 祈りしことの叶わぬは無し」

 

恐れるものも……失うものも、彼には無い。何も持っていないのだから。

だから……どんなものが彼の障害になったとしても立ち向かえる。

 

「単一仕様能力発動――― 許許太久禍穢速佐須良比給千座置座」

 

この試合を見ていた観客は驚きを隠せなかった。

単一仕様能力は原則IS一機に一つであり、白式の単一仕様能力は零落白夜である。故に、一夏が零落白夜以外の単一仕様能力を使用できるはずがないからだ。

二つ目の単一仕様能力にはさすがのラウラも動揺する。

 

「なんだ……それは」

「そう聞かれて、『素直に教えてやる敵がどこに居る?』だったっけ?」

「くっ!」

 

ラウラはブリッツの照準を一夏に合わせると、砲撃を行った。

最大出力で発射された砲弾は一夏へと飛んで行ったが、白式の纏う黒い瘴気に触れた瞬間得体のしれない何かに変質し、一夏に着弾しダメージを与えることができなかった。

砲弾の不可解な現象を暴くために、ラウラはワイヤーブレードを射出する。ワイヤーブレードの刃先が瘴気に触れた瞬間、ブリッツの砲弾と同様に変質してしまう。ラウラはワイヤーブレードを引かせながら後退し、ワイヤーブレードの刃先を観察する。

すると、ワイヤーブレードの刃先は融けており、腐敗臭を放っている。

 

「ISが……腐っている」

 

ラウラは腐敗の浸食を防ぐために、腐っているワイヤーブレードのワイヤーをプラズマ手刀で切り離す。砲撃も格闘も腐敗させる瘴気の対策方法をラウラは考え、実行する。

ブリッツによる砲撃で一夏に砲弾が着弾したが、砲弾が一夏に触れた瞬間溶けて無くなってしまい、数度砲撃を行った後砲身も腐敗し始めた。ラウラは最後の砲撃を地面に行い、砂埃で一夏の視界を奪い、プラズマ手刀で死角を突いたが、一夏に触れた瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲が融け始めた。

だが、ラウラは諦めていなかった。ここまで強大な力を一夏が出し渋っていたことから、この力は長時間使うことができないという欠点があると推測した。一夏の腐敗能力がISのシールドと相性が悪く、発動中はシールドエネルギーが減少するのではないかとラウラは考察した。ならば、長期戦に持ち込めば倒せる可能性は十分あると考えたラウラは一夏との距離をとろうとする。

 

「今の僕は君程度じゃ止められない」

 

時間を稼ぐには後退しながら、銃器による足止めが必要である。

だが、腐敗毒を纏った一夏に銃器は効かないため、銃器による足止めが不可能である。となれば、後は、機体の速さ比べとなる。だが、近接戦闘に特化した軽量化された白式とAICとブリッツなどを搭載した重量型のシュヴァツェア・レーゲンでは勝負にならない。

ものの数秒で一夏はラウラに追いつき、シュヴァルツェア・レーゲンのスラスターを腐敗させ、ラウラの動きを封じた。

 

「何故、止めを刺さない?」

「千冬姉が何故、君の敗北を望んだのか、それをちゃんと伝えるべきだと思ったからだ。単に負かしただけじゃ、君は勘違いしそうだからね」

「呑気なやつだ。向こうでは、篠ノ之が戦っているというのに。だが、まあ、良い。勝者に従うのが、敗者の義務だ。…なにを呆けている?」

「いや、あっさりと敗北を認めたことに驚いているだけだよ」

「損傷レベルがDだ。ISは動かせない。それだけでも、ここから逆転できる要素が無い。さきほどから、私に力が欲しいかと言っている奴がいるが、力とは自分で得る物だ。与えられるものではない。だから、私は今の敗北を受け入れている。それで、教官は何を言っておられた?」

「『何のために力を手に入れたいと思ったのか考えろ』だってさ」

「…力を求めた理由」

「これは、僕の見解だから、軽く聞き流した方が良い。君に守りたいものがあったのか、掴み取りたいものがあったのか、僕は知らない。でもね……見えてこないんだ。君は大儀名分を掲げて、それらしい言葉を連ねて自分なりに合理的に動いている。だから、君という人間の気持ちが見えてこない。そして、君は自分の気持ちを言わなかった結果、自分も自分を見失ってしまった。だから、自分が何をしたいのか、どうして自分が力を求めたのか、自分で理解できていない」

「だったら、私は何をすれば、私は私を理解できるのだ?」

「これから、君の人生は長いんだ。色んなことを経験して、知って、自分の気持ちに正直になって、感情的になって良いから、自分の気持ちを相手に伝えた方が良いよ。そうしたら、自分が何をしたいのか分かるはずだ」

「私の気持ちに正直にか」

「あくまで、僕の見解だけどね」

「お前は?……お前は何のために力を手に入れた?」

 

 

 

「僕は『千冬姉の泣いている姿を見たくない』ただそれだけだよ」

 

 


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