血で錆びついたあなたの理想に、再び輝きを灯せるように
■■ト■ス・キ■■■イ■ン
クラリッサはIS学園のアリーナの誰もいないトイレで泣いていた。
涙で目は真っ赤で、まぶたが腫れ上がり、化粧が崩れてしまっている。クラリッサはそれを自覚していたが、今のクラリッサに涙腺を閉じ、涙を止めることができなかった。
彼女の抱える問題は彼女の心を激しく苦しめた。
彼女が何故泣いているのか。
自分の異性の友人が同時刻に別の会場でISの試合をするということを知っていたが、彼女は自分の上官の試合を見学した。というのも、彼は非常に友好的であるため、パートナーとうまくやり、勝利すると信じていたからだ。だが、自分の上官は初対面の人間に合わせるということができないため、不安であった。そんな性格であるからこそ上官は組む相手を決めていなかった。そのため、抽選で決めた人と組んだが、相手を下し、二回戦に進出した。上官の二回戦の相手は同時刻に別の会場で行われていた友人だった。トーナメント表を見て初めてクラリッサは友人が一回戦を勝ち抜いたことを知る。
いったいどのようにして勝ったのか、気になったクラリッサは友人の試合を見た。
異性の友人の試合をハイライトで見た。序盤は友人が押されており手汗握る展開となった。友人は一瞬の隙を突き、対戦相手への攻撃に成功したが、一撃で倒すことができなかったため、窮地に陥る。発想力のある彼のことだから、何かしらの奇策によって逆転したのだろうと彼女は推測し、この後の展開に期待していた。
彼は確かに逆転に成功した。だが、彼女が愕然としていた。
彼女の最も見たくないものを彼は使うことで、対戦相手を倒したからだ。
黒円卓の聖槍
見間違いであってほしい。
夢であってほしい。
だが、それは希望で、現実逃避でしかなかった。
彼がそれを持っていることが事実だと知ったクラリッサは涙を止めることができなかった。
泣いてばかりじゃ、何も解決しない。奇跡が舞い降りて苦難が消え去るなんてありえない。
だから、自分でなんとかしないと……
彼女は立ち上がると、涙を拭い、自分の大事な人が戦うアリーナへと向かった。
悲しむことも、嘆くことも、後悔することも、全部後でできる。
でも、彼を救うことは今しかできない。
「一夏…貴方は戒じゃないかもしれない。ただ偶然アレを手にしてしまった別人かもしれない。でも、私には貴方が戒に見えて仕方がないんです。家族思いで、温かくて、優しい。そして、私の大事な人だ。だから、私は貴方を救うんです。……絶対に、絶対に貴方を死なせません」
廊下の途中に設置されていたモニターにアリーナの状況が映し出されていた。アリーナの中心に居るのは、友人と彼の幼馴染、そして、上官とその相方。全員が武器を展開し、睨み合っていた。
『二回戦で当たるとはな』
『そうだね。僕も君とは早い段階で当たりたいと思っていたからね』
試合のカウントが始まる。
クラリッサは試合が始まる前に、一夏に伝えておかなければならないことがあった。だから、カタパルトから出る前に会いたかったのだが、それが叶わなくなった。だが、ISの試合ではアリーナの管制室からのアドバイスは認められている。クラリッサは方向転換し、管制室へと向かった。
「叩き潰す」「君を倒す」
カウントが0になり、試合が開始される。ラウラはワイヤーブレイドを展開し、一夏に攻撃をしかける。ワイヤーブレイドの刃先を脅威と感じた一夏は雪片二型で弾く。だが、ワイヤーブレイドは蛇のように縦横無尽に不規則な動きで、一夏に迫ってくる。一夏は急上昇し、ワイヤーブレイドから逃げる。一夏の間近に居た箒が狙われないことから、ラウラの標的が一夏だけに絞られていることは明白だった。
これは一夏や箒も臨んだ試合展開だった。
ラウラは圧倒的に強い。軍に所属していたことから連携技の心得があると一夏たちは予想していた。だからこそ、下手な連携は命取りになりかねないと考え、初めは連携を取らず相手の様子を見ることにしていた。
ラウラが一夏と自分の同時に相手し、連携技で自分たちを倒してくるかもしれない可能性を考慮し、箒はラウラから距離を取り、ラウラの相方である鷹月静寐の相手をする。
箒は太刀を展開し、静寐への接近を試みる。
「篠ノ之さん、そう簡単に近づけたりしないわよ」
静寐が迎撃を行っているにも関わらず、箒は静寐との距離を真正面から詰めようとする。これは明らかな失策であったが、IS操縦の経験が少ない箒に回避行動を取りながら、距離を詰める技術を要求することはあまりにも酷である。
「やっぱり打鉄は使いやすいわね」
静寐が使っている機体は打鉄であり、訓練機体を少し改造したものだ。改造といってもそう大それたものではない。装甲を薄くすることで機動性を向上させ、射撃武器としてライフルを搭載させただけだ。このような機体を使うのならば、ラファールを使った方が良いのではないかと最初は静寐も考えた。ラファールは射撃には適しているが、近接戦闘では微かに使いにくいように静寐は感じた。何故ならラファールは射撃の反動制御を容易にするために関節を固めに設定している。そのため、近接格闘には少し向かないのだ。
剣道を得意としている箒に万が一近接戦闘に持ち込まれたら、ラファールではなす術がない。だが、打鉄は安定性が非常に高いため、ラファール程ではなかったが、射撃の反動制御を行いやすい。そこで安定の面で非常に優れた打鉄を改造し、使用した。
静寐は迎撃を続けながら、逃げ続ける。静寐の打鉄はカスタマイズしたことで、箒の打鉄より機動力が高くなったため、箒との距離を取ることは容易だった。箒が遠距離攻撃できない限り、静寐が箒に敗れるはずはなかった。そして、箒は主義に反すると言って射撃武器を使わない。このまま続けていれば、勝てる静寐は確信していた。
「武士らしく戦え!」
「篠ノ之さん、剣道の全国大会で優勝しているんでしょ。そんな人と真っ向から勝負っていうのはちょっと遠慮したいな。だから、射撃戦に合わせてくれないかな?」
「断る。射撃武器は一切持ち合わせていない。アレは簡単に性に合わん。簡単に命を奪える道具に頼っていては、命の重みを忘れてしまう」
「篠ノ之さんの言い分は分かるけどさ。負けたら、所詮負け犬の遠吠えだよ」
「……そうだな。たっだら、これを使わさせてもらう!」
大きさ1mにも達するIS用四方手裏剣を箒は展開し、右手で持つと、大きく振りかぶり、静寐に向かって投擲した。放たれた手裏剣は高速回転をし、静寐に向かって飛んでいく。
「え?……きゃ!」
完全に虚を突かれた静寐は回避が遅れ、手裏剣を喰らってしまう。巨大な手裏剣の威力は凄まじく、たったの一撃で、静寐の打鉄のシールドエネルギーの5%が奪われた。
静寐が反応に遅れたのには二つの理由がある。
一つ目は、箒が射撃武器を使わないことから、遠距離攻撃できないと思い込んでいたからだ。そして、二つ目が、箒の使った手裏剣に理由があった。IS用の手裏剣は射撃武器に比べて圧倒的に試合向きではないことから、これまでの試合で誰も使ったことがなかったため、箒が使ってくるとは思っていなかったからだ。
「『射撃武器はない』とは言ったが、遠距離攻撃の手段がないとは言っていないぞ」
箒は少し得意げな顔で静寐を挑発する。
当たると思っていなかった手裏剣による奇襲攻撃が命中したことが箒は嬉しかったからだ。
箒がまだ投擲用の武器を隠し持っていると考えた静寐は箒との距離を広げ、様子を見ながら、射撃を行う。だが、静寐は距離を取り過ぎたため、射撃の命中率が低下し、箒に攻撃が当たらなくなる。
距離を大きく取ってまで自分に攻撃してくる静寐を見た箒は、静寐が自分を引き付けようとしていることで、試合の展開を一対一にしようとしていることに気付く。
「一対一の試合展開になることで得をするのは鷹月か、ボーデヴィッヒか」
鷹月の攻撃が当たっていない為、この試合展開で得をしているとは言い難い。
となると、この試合展開を望んだのが、ラウラということになる。
では、具体的にラウラはどのような得をするのか。
考えられることはラウラが連携技を苦手としているとしか考えられない
「ならば」
箒は静寐の追撃を諦め、ラウラに急接近する。
ラウラはAICを作動させ、一夏の動きを止め、ブリッツによる砲撃を行おうとしていた。
一夏の危機だと察した箒はPICの出力を上げ、ラウラに突っ込む。
静寐は箒を追いかけるが、距離を取り過ぎたため、射撃は当たらないし、追い付けない。今の静寐に箒を止める方法はなかった。
「はああ!」
箒のタックルが当たる直前、ラウラは箒の咆哮に気付き、横から突っ込んでくる箒を見た。
すぐに、ラウラはAICを止め、咄嗟にプラズマ手刀でガードする。回避に成功すれば、シールドエネルギーは減らずに済むが、ラウラが箒に気付くのが遅すぎた。あとコンマ数秒でもあれば、完全に避けることができたが、このタイミングでは回避の成功確率が低すぎる。そのため、ラウラは防御姿勢を取った。
箒の打鉄によるタックルを受けたラウラは体勢を崩してしまう。箒の打鉄のPICの出力が全開だったということもあったが、ラウラのガードが不十分だったこともある。これら二つの要因により、ラウラに隙が出来てしまう。
一夏は零落白夜を発動させる。
「いけ!一夏!」
一夏は零落白夜の渾身の一撃をラウラに叩き込んだ。