屑霧島
とある大講堂に人が集結していた。
講堂に居る人たちは三角帽子のような白い頭巾を被り、白装束を纏っていた。顔がすっぽり覆われるような頭巾で誰が誰なのか分らないが、全員が険しい表情をしているのはこの講堂を包む空気から誰もが察するだろう。
憤怒、嫌悪、狂気、悲壮等、様々なマイナスな空気が漂っている。
『I5』の、会議という名のサバトが行われていた。
司会進行を務めるのは『I5』委員長、更識楯無だ。
ぶっちゃけると、楯無は今この場から逃げ出したかった。発言に一欠けらでも彼女たちを刺激する言葉を含んでいたら、自分に敵意を向けられかねないからだ。
あらゆる武術に精通している彼女だったが、この大講堂を埋め尽くすほどの人数をISなしで相手をするのは無理だからだ。ISを使えば、楽勝なのだが、ISを使えば、騒ぎになり、教員たちに見つかり、『I5』が解散させられてしまう恐れがある。
そうなれば、ストーカー達のコントロールが不可能になり、IS学園は混沌化してしまう。IS学園の平和のために、生徒会長である自分が逃げ出すわけにはいかなかった。
「静粛に!」
楯無は勇気を振り絞り、叫ぶ。こうなったら、ヤケクソだ。
「皆さんが気になっていることがあると思われますので、この場で3つの議題について討論を行いたいと思います。まずは、一つ目です。」
楯無はまるで核ミサイルのスイッチを押すかのように、パソコンのあるボタンを押した。
すると、一人の顔がモニターに映し出された。
IS学園の男子制服に身を包み、括られた金髪のロングヘアーが印象的な人物だ。
その顔を見た瞬間、サバトに参加しているストーカー達の表情が黒いものへと変化した。
その人物の名前はシャルル・デュノアだ。
「『I5』に籍を置き、『I5掲示板』を見て、一夏様に関連する情報を一通り耳にしている皆さんならご存知かもしれませんが、シャルル・デュノアは男装したシャルロット・デュノアという女子です。」
『I5掲示板』というのは『I5』のメンバーが一夏の情報について書き込む掲示板である。この掲示板は一夏の観察データを会議のたびに話していては、時間が足りなかったために楯無が作成したのだ。
『一夏様起きた、なう』や『一夏様と腕を組んでいる毒蟲発見』などと書かれている。
当然、四六時中、一夏を観察『監視』しているのだから、シャルロットのことも知っているストーカーは多い。だが、『I5』は表に出てはならないという規則があり、今までシャルル・デュノアが女だということを誰にもばらしていない。
その結果、ストーカー達は鬱憤がたまっていた。
『シャルロット』という名が出された瞬間、『I5』のストーカーたちは、死臭を放つストーカー(以後:デス・ストーカー)へと変貌する。デス・ストーカー達は出刃包丁や、柳刃包丁、鎌、斧、薙刀などを装備している。中に数人ほど、立って素振りを始めた。
彼女たちの理性は爆発寸前だ。
一夏と同室の男装した女子。一夏と距離を詰め、恋仲になる可能性が最も高い彼女を排除しようとするつもりらしい。
これは不味いと思った楯無はデス・ストーカーを止めようとする。
「シャルロット・デュノアにはどのような事情があるか分りませんが、一夏様はシャルロット・デュノアが男装した女子であることを隠そうとしているのです。ですから、一夏様の意を我々が汲んで、一夏様の手助けをするべきではないでしょうか!それが一夏様のハーレムを作ろうとしている『I5』の愛の形だと皆さんは思いませんか?」
大講堂は静まり返った。
賽は投げられたと、楯無は自分の無事を祈る。
パチパチ
拍手が聞こえた。
最初は拍手の音は小さかったが、拍手は次第に大きくなり、座っていた椅子から立ち上がり、拍手を送る。楯無の言葉に感動したらしい。
こんなにうまくいくとは思っていなかった楯無は、言葉では言い表せないような安心感から腰が抜けそうになる。その表情はまるで、裁判で無罪を言い渡された被告人のようだった。
なんとか、『I5』のデス・ストーカー達がシャルロット・デュノアを火あぶりにせずに済んだが、その代わり特別要注意人物に認定されてしまった。
楯無はもうこのまま生徒会室に戻って、ゆっくりお茶でもしたかった。
だが、この議題はあくまで前座中の前座。
次の議題も前座であり、本題ではないが、それでもその議題は間違いなく、さきほどより危険だ。対人地雷が無数に埋まった地雷原を裸足でナイフ一本だけ持った状態で歩くより危険だと言っても過言でもないと思われる。
なぜなら、ナイフがあれば地雷を解体することはできるが、逆鱗を触られようとしている数百人を話術で丸め込めることはかなり難しい。
一応最終手段はあるが……。
ここは、ストーカーが出来るだけ暴走しないように、ある程度、方向を決めるために、自分から提案した方が良いと考えた。
「では、次の議題です。特別要注意人物候補にあったクラリッサ・ハルフォーフがIS学園に1年4組の副担任として転勤してきました。クラリッサ・ハルフォーフを特別要注意人物にするべきだという意見がありますが、採決を取りたいと思います。特別要注意人物に指定するべきだと考える人はご起立お願いしm」
楯無が言葉を言いきる前に、全員が立ち上がった。
自分の立ち上げた『I5』が楯無は怖くなってきた。
と、言っても特別要注意人物など形式上の物。
名前だけで、これと言って何らかの措置を取っているわけではない。だから、今日だけで、シャルロットにクラリッサの二人が載ってしまったが、さほど問題ではない。
「さて、最終の議題です。」
楯無がそう言った瞬間だった。
この講堂に居る楯無を除く全員が武器を手に立ち上がった。
先ほどにはなかった杈、槍、弓矢、鋸、鉈、釘バットがある。
これはもう詰みだと、楯無は分かった。
「1年1組に転入してきたラウラ・ボーデヴィッヒが一夏様にビンタをしました。これについて議論を行いたいと思いmッヒ!」
全員の眼が血のように赤くなり、光出す。
この部屋の微かな光が血涙に反射して赤く光っているのだと楯無は分かった。
「……一夏様万歳」
「…一夏様万歳!」
「一夏様万歳!!勝利を我が手に!!一夏様万歳!!」
「突撃!!!!」
楯無は気が付いた。ストーカーをガス抜きして、コントロールして、抑制させるつもりが、実は成長させていたということに。
デス・ストーカー達は武器を手に、講堂から出ていこうと扉へ向かう。
数百人が一斉に走り出したため、地鳴りで講堂が揺れる。
あれはヤルつもりだ。
IS学園で殺人者を出すわけにはいかない。
楯無は最終手段を実行するために、ポケットに入れていたスウィッチを押す。
直後、講堂の扉はロックされ、クーラーから白い煙が噴き出した。危険を察知したデス・ストーカー達はロックされた扉をこじ開けようと、扉にタックルする。
だが、扉は固く、ビクともしない。
扉にデス・ストーカーたちがぶつかる音は次第に聞こえなくなってくる。
「はぁ、本当に用意しておいてよかったわ。」
催眠ガスが充満した講堂の中、ガスマスクを被っている楯無はため息をつく。
最後の手段とは催眠ガスによる制圧だった。
煙が晴れてきて、自分以外に立っている人が居ないことを確認した楯無は再びスウィッチを押し、扉の鍵を解除し、講堂から出ようとする。
かなり効果の強い催眠ガスを使用したため、数秒、ガスを吸っただけでも、2日は起きない。そのため、不意打ちを喰らうことはないだろうが、それでも注意するに越したことはない。周りを見ながら、講堂から出て、鍵を閉める。
「お疲れ様です。お嬢様。」
「虚ちゃーん、疲れたぁーー。変態って本当に怖いわ。もう、無理ぃって言いたい!」
「でも、止めるとは言わないんですね。」
「そりゃぁ、だってねぇ。…虚ちゃん、お水頂戴。」
「はい。」
楯無の胸ポケットには胃薬がいつも入っている。
翌日、原因不明の学級閉鎖がいくつものクラスで発生した。
この学級閉鎖がIS学園の七不思議に入ったのは言うまでもないだろう。