IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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…ロリータかな



      練炭


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胡蝶の夢という言葉がある。

この言葉は荘子という古代中国の戦国時代の宋の思想家は夢の中で蝶としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、という説話に基づいた言葉である。

その言葉が一夏の頭の中を過ぎった。

 

何故か?

それはさっき見てしまった夢が原因だった。

そう、既知感を覚えた時に見る、1人の男と2人の女性が出てくる、あの夢だ。

だが、いつもと夢は違っていた。

いつもは暖かい、優しい夢であったのに…、今日の夢は恐ろしかった。

それだけではない。一夏が生きている現実にあったものが、夢に出てきた。

 

「……黒円卓の(ヴェヴェルスブルグ)聖槍(ロンギヌス)。」

 

どうして、あんなものが夢に出てくる?そもそもあれはなんだ?ISの武器?ありえない。20世紀にISなんて存在しないのだから。では、あれはなんだ?……分らない。

 

現実に存在する黒円卓の聖槍を、自分が…織斑一夏が手を取り、

夢に存在する黒円卓の聖槍を、自分が…■が手に取った。

夢現、2つの世界に存在する武器。

とするならば、織斑一夏の結末も、■の結末もおそらく同じ。

夢は現実ではありえないから、幻想的だから、夢であり、それを人は自覚できる。

であるなら、夢と現が同じである場合、どちらが現実か夢か分らない。

 

「僕は…■なのか?…それとも、織斑一夏なのか?」

 

息絶え絶えの一夏は自分に質問をした。

名前なんてものは、所詮自分の誕生の際に、親が勝手につけたものだ。

親が予知能力を持った超能力者でもない限り、自分の本質をとらえたものではなく、名前が変わったからと言って、自分の何かが変わるわけではない。

自分の名前なんて、精密機器のシリアルコードのようなものだ。

シリアルコードの数字やアルファベットが変わったからと言って、誰も気にしない。

精密機器を使用する際の手続きが少し面倒になるだけで、実のところどうでも良い。

人間と精密機器とではまったく違うが、一夏は自分にそう何度も言い聞かせた。

そうでもしないと、何が現実で何が夢なのかが、分らなくなってくる。

 

「ま、そのうち、僕は名前で呼ばれなくなるのだけど。」

 

気持ち的に落ち着いてきた一夏は水を飲み、胸の中の不快感を流そうとする。

何杯か水を飲むと、すっきりしたような気がすると思い込む。

 

寝汗で気持ち悪かった一夏はシャワーを浴びると、夢の日記を書き、学校へ行く準備を始めた。

今日はクラリッサの上司が転入してくる日だ。

クラリッサが慕っている人物というだけあって、一夏としては結構興味があったりする。

学校の準備が終わった一夏は食堂に向かい、朝食をとる。

見慣れたいつも通りの朝だ。だいたい皆同じ席で、だいたい同じものを食べている。

一夏も同じように、同じ席に着き、朝食を取り始める。

だが、一夏の朝食はいつもと違う。いつもより量は少なめだ。

というのも、やはり自分のモヤモヤ感が残っている所為で、食欲がわかないのだ。

だが、食べなければ、昼までもたない。しんどくなって保健室に行くという手段はナシではないが、クラリッサの上司に挨拶ぐらいはしておきたいと思っているから、体力が持つようにしておく必要がある。

そのため、一夏は無理やり胃に食べ物を入れていく。

 

「おはよう。一夏。」「おはようございます。一夏さん。」「おはよ、一夏。」

「あぁ、おはよう。」

 

良いところに、箒とセシリア、鈴が来てくれた。

会話をしていれば、気がまぎれるだろう。

 

「一夏、知っているか?どうやら今日1組に転校生が来るらしいぞ。」

 

箒は一夏に話を振った。

昨日の夕方、クラリッサと一夏は電話をしたが、一夏の言った言葉しか、箒の耳には届いていない。そのため、クラリッサの上司が転校してくることを知らないのだ。

一夏はそれを箒、セシリア、鈴に伝える。

 

「昨日のハルフォーフさんの電話はそういうことか。」

「……また、女性の知り合いですの。」

「アンタ、弾と数馬以外に男の友達いんの?」

 

3人とも刺々しい口調だ。

いちいち、突っかかっても、喧嘩になりかねないため、一夏はスルーする。

 

「いないことはないけど……。」

「でも、女の知り合いの方が多いでしょ?」

「それは否定できないね。ファースト幼馴染が可愛いからって男連中から人気で、いつも一緒に居る僕は目の敵にされ、セカンド幼馴染が人懐っこいから人気で、ここでも一緒に居た僕は目の敵にされていたからね。そうなると、男のクラスメイトとの交友関係も狭くなって、友人も幼馴染の知り合いに限られる。」

「私が可愛いだと!あり得ん!私が…その……可愛かったら、私は何故同年代の男子にいじめられることはなかったはずだ。」

 

箒は少しどもりながら、一夏の言葉を否定する。

 

「聞いたことない?小さい子供は、好きな異性に意地悪したくなる。」

「だから、私をいじめて、私に構ってほしかったと?」

「僕はそう思っている。事実、『箒と仲良くするな』と僕に喧嘩を売ってきたクラスメイトだって何人もいたぐらいだ。鈴の時も同じようなことあったよ。」

「そっか。そうなんだ。」

「それで、一夏は喧嘩を売ってきた奴になんて言ったんだ?」

「『そんな下らない理由で喧嘩を売ってくる男相手に箒や鈴が振り向くとは到底思えないよ』って言い返したよ。」

 

箒と鈴はため息を吐く。

二人とも『箒or鈴は僕の物だから君たちにあげるわけにはいかないよ』とぐらいのことを言ってほしかったと思っていたからだ。

セシリアは幼馴染というアドバンテージがないことを認識し、内心嬉しかった。

 

「で、アンタはそいつがどんな人なのか知ってんの?」

「いや、気難しい人だっていうことはクラリッサから聞いてはいるけど、本人と会ったことはない。だから、知っているのは名前ぐらいで、声も容姿も知らないな。」

「そうなんだ。だったら、もう一人の方は?」

「もう一人?」

「うん。転校生は二人らしいよ。アンタ知らなかったの?」

「あぁ、初耳だ。」

 

そんなことを話している内に、朝のSHRの時間が迫っていることを4人は知り、箸を速めて、朝食を取った。お蔭で慌ただしい朝になったが、話していた一夏本人は気分転換が出来て、少し気が楽になったと3人に感謝した。

 

朝のSHRの時間。

いつも通り、教卓には真耶が居る。だが、千冬が居ない。転校生と一緒に居るのだろうと一夏達1組のクラスメイトは判断した。

案の定、千冬は転入生と一緒に教室に入って来た。

 

転入生は鈴の言うとおり、二人だった。

片方の少し背の低い転入生は眼帯を着けていた。

眼帯のデザインから考えて、クラリッサの物と同じだと分かった一夏は彼女がクラリッサの上司、ラウラ・ボーデヴィッヒだと推測した。

もう一人は……。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。皆さんよろしくお願いします。」

「男?」

 

クラスメイトの一人がそう呟いた。

呆気を取られ、間の抜けた声になっているが、他のクラスメイトは声すら出ていないということを考慮すると、この質問を投げかけた女生徒はまだ冷静を保っていたといえる。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を…。」

 

直後、1年1組の女子の声が爆発した。

声の衝撃が教室を襲う。教卓前に座っている一夏はもろにそれを喰らってしまう。一応、耳を両手で塞いでいるが、それでも体にビシビシと伝わってくる。

故に、声が爆発したという表現が最も近いものだと思われる。

女が三人集まれば、姦しいと言うが、五十人も集まれば、姦しいどころの話ではない。

中性の美男というデュノアの姿がこのクラスの女生徒の心を掴んだようだ。

一夏と違い、守ってあげたくなるような、そんな風貌が良かったらしい。一夏のファンでの集団である『I5』に属さない女生徒たちの盛り上がりがすごい。

まるで有名なアーティストを生で見て、盛り上がるファンのようだった。だが、デュノアの存在がそこらの有名アーティスト以上の希少価値があるため、一人一人の盛り上がりは有名アーティストのファンの盛り上がりと比較できないほどのものだった。

そんな光景が予想外だったのかデュノア自身は驚いていた。

 

「男子!二人目の男子!」

「しかもウチのクラス!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

 

そんな盛り上がりに包まれるIS学園1年1組だったが、千冬の一喝で静寂を取り戻す。

そして、もう一人の転入生の自己紹介がなされた。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

「ここではそう呼ぶな。ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ。」

「了解しました。…ラウラ・ボーデヴィッヒだ。」

 

どうやら、一夏の予想は当たったらしい。

彼女がクラリッサの所属する部隊の隊長のラウラ・ボーデヴィッヒのようだ。

ボーデヴィッヒはしかめっ面で立っている。確かに、気難しそうな顔をしている。

そして、そんなしかめっ面のまま、一夏に近寄ってきた。

 

「!貴様が――」

 

ボーデヴィッヒは一夏を見下すような目で見ると、怒気を込めた口調で言う。

一夏に近寄ったボーデヴィッヒは右腕を振るい、一夏の頬に平手打ちをした。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

「……そう。」

 

 

その頃、

 

「うぅ、二日酔いで、頭が痛い。……すみません。IS学園の職員室ってどこですか?」

「それなら、あっちですよ。」

「ありがとうございます。」

「いえいえ、用務員なら当然のことをしたまでですよ。」

 


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