根暗鉄面皮
「人の寝顔を見るのはあまりいい趣味と言えないよ。鈴。」
一夏は目を覚ますと目の前にはセカンド幼馴染の顔があった。
鈴は慌てて、飛び退き、口笛を吹いて誤魔化す。
そんな鈴を見て、一夏はため息を吐きながら、体を起こした。
「大丈夫?無理しちゃ駄目よ。」
「分かっている。僕はマゾじゃないから、痛ければ素直に横になるよ。」
「それなら良いけど…、あ!そうそう、アンタがアイツを倒してくれたおかげで、アンタ以外にけが人なしよ。皆がありがとうって言ってたわ。」
「そうかい、それは良かった。」
その後、一夏と鈴は他愛無い話をした。
クラス代表戦は中止となったらしい。あれだけの騒ぎと損害があったのだ。
試合は続行不可能とIS学園の運営側が判断したのだろう。
その話が終わった直後、セシリアと箒が乱入してきて、病室で喧嘩を始めた。
そんな時だった。
「お前らは病室で静かにできんのか?」
千冬が病室に入って来て、騒いでいた3人に出席簿アタックをする。
3人は頭を抱え、しゃがみ込むが、千冬によって病室からつまみ出された。
なんでも一夏と話をする必要があるからということらしい。
千冬は3人をつまみ出すと、ベッドの近くにあったパイプ椅子に腰かけた。
そして、真剣な目で一夏を見ると、こう言った。
「織斑、お前は何を隠している?」
千冬は一夏が何を隠しているのか、分らなかったが、何かを隠していることは確信していた。長年連れ添っていた弟だ。頭が良いのは分っている。
だから、あの時、鈴より早く、襲撃者が無人機であると洞察できたはずだ。
それにも関わらず、一夏の考察はその結論にたどり着いていない。
何故たどりつけなかったのか、考えられるとしたら1つだけ。
一夏は襲撃者が無人機であると事前に知っていた。
元から知っているのだから、考察の必要性がそもそもない。
知っていたから、恍け、愚者を演じていた。
では、何故そんなことをする必要があったのか……
そもそも、この襲撃を事前に知っていたのなら、黒幕は一夏なのか……
それが千冬は分らなかった。
他にも黒円卓の聖槍とはなんだ?という疑問があった。
なぜなら、白式は雪片弐型を乗せるために、バスロットを大幅に使ってしまったため、他の武装が後付けで乗せられるはずがないと知っていたからだ。
だが、あり得ない話ではない。
白式が二次移行したのなら納得がいくが、白式の装甲の形が変異した様子はない。
そのため、二次移行の可能性はない。
他にも鈴から武器を借りているという可能性があるが、鈴と一夏はさきほどまで、試合をやっていた。そして、試合は中断し、共闘を行っている。
そのため、鈴が一夏に武器を貸したという可能性もない。
では、あの武器はなんだ?まったく予想がつかない。
……千冬は分らなかった。
「何も隠していませんよ。」
「……嘘をつくな。」
「嘘なんかついていませんよ。織斑先生。」
「…私が頼りないか?織斑?」
「……。」
「分かった。お前が私に言いにくい事情があるのだろう。だから、私は待つ。お前が姉である私に自分の抱えているモノを話してくれる時をな。」
「此処で、姉という言葉を使うのは卑怯と思いますが?」
「知っている。だが、それほど、お前が心配なのだ。」
千冬はそう言うと立ち上がり、病室から出ていこうとする。
少し歩くスピードが遅いのは、気落ちしているからだろう。
そして、病室から出ていき、扉を閉めようとする。
「学園を守ってくれてありがとう、一夏。今はゆっくり休んでくれ。それと…もう少し姉を頼ってくれ。」
千冬は扉を閉めた。
扉の向こうから聞こえてくる足音は次第に弱くなっていく。
聞こえなくなったとなれば、もう千冬は遠くに居るのだろう。
誰も居なくなった病室で一夏はポツリと独り言を漏らす。
「頼ってほしい?無理だよ。もう、僕は千冬姉と一緒に居られなくなるのだから。」
夕暮れで赤く染まった窓の外の誰もいない風景を一夏は眺めていた。
鈴の話によると、襲撃者の関係でIS学園は現在建物の外に出ることが禁止されているらしい。誰もいないため、誰かの声すら聞こえない。
そのせいか、まるで時が止まっているように見えた。
だが、そんな時間が停止した風景は突如さえぎられた。
誰かが、一夏の両目を両手で覆ったのだ。そして、剽軽な声が聞こえてきた。
「だ~れだ?」
一夏にとって聞きなれた恩人の声だった。
「束さん」
一夏がそう答えると、視界は開け、光を取り戻した。
「よく入って来れましたね。」
「天才の束さんにかかれば、この程度のセキュリティなんか無いのと一緒だよ。」
「そうでしたね。」
一夏は振り向くと、ある女性が立っていた。
機械のウサ耳を付けた、不思議の国のアリスにでも出てきそうなファンタジーな洋服を着た大人の女性だった。
篠ノ之束。
箒の実の姉であり、千冬の親友であり、ISの開発者だ。
現在各国が躍起になって探している人間、ある意味、国際指名手配人物だ。
「いっくん、アレは使っちゃダメって言ったよね?」
「ですが、あそこで使わなかったら、僕や箒が危なかった。ね、束さん。」
「うぐっ。それを言われたら、『ゴーレム』を作った束さんとしては辛いよ。いっくん。ごめんね。」
束は上目づかいの涙目で一夏を見つけた。
「別に良いですよ。僕にはそもそも時間がない。だから、いまさら時間が減ったところで気にしていません。それに、今という時間を作ってくれたのは束さんだ。感謝することはあっても恨むことはないですよ。」
「そう言ってくれると嬉しいな。…それで、黒円卓の聖槍はどうだった?」
「手に馴染じみすぎる。というのが第一印象ですね。」
「馴染みすぎる?馴染むじゃなくて?」
「はい。雪片弐型は握った時に思ったんですよ。シックリくると。でも、黒円卓の聖槍はそれを超えるモノだった。僕はこれを使ったことがある。そんな感じがしました。」
ISの武器である黒円卓の聖槍の方が一夏より後にこの世に生まれた。だが、一夏にはあの剣が自分より先に存在し、その剣を操るために自分が存在しているように感じたのだ。
「…束さん、あの剣をどうやって作ったのですか?」
「んーっとね。確か、古い本屋で見つけた刀の作り方が掛かれた本があってね。それを見てちょっと真似してみた。作り方が無茶苦茶だったから、多少のアレンジはしてる。名前はそのまま同じ銘を付けてみたよ。」
「本の題名は?」
「ボロボロの和紙でできた本だったから、題名が擦り切れて読めなかったけど、著者の刀匠の名前は残っていたから、覚えているよ。」
「刀匠の名前は?」
「櫻井武蔵。人の名前なんてすぐ忘れる束さんだけど、箒ちゃんが憧れる剣道家の名前が一緒だったから一応覚えていたんだよ。」
「…櫻井…武蔵ですか。」
櫻井武蔵という人の名前に一夏は何かが引っかかった。
聞いたことがある気がした。
別に刀について詳しい訳じゃない。
剣道を少し齧ってはいるが、真剣や刀匠について詳しい訳じゃない。
他にも何かが一夏の頭の中で引っかかっている。
黒円卓の聖槍という銘だった。
ヴェヴェルスブルグというのは束さんの話によるとドイツの古城の名前らしいが、それとロンギヌスの槍とがどうつながっているのか分からない。だが、それでも何かが引っかかる。一夏は頭の片隅にその名前を入れておくことにした。
「あ、そうそう。『ゴーレム』どうだったかな?」
「悪くはないですよ。ただ、格闘武器があればというのと、もう少し装甲を固くした方が良いのでは?と思いましたね。」
「ふんふん。なるほど。いっくんが急に今日の試合で乱入させてくれなんて言ったから急ピッチで作って今一のモノが出来たから、改善点は多いとは思っていたけど、どこから手を付けようか悩んでいたから、参考になったよ。」
今回の襲撃の黒幕は一夏と束だった。
一夏がクラス代表戦の時間を指定して、束が作った無人機の襲撃者を襲わせたのだ。
自分の通っている学校を襲わせる話なんて誰かに聞かれたらまずい。
学校内では直接束に電話ができないと判断した一夏は、先日自宅に帰った時に、家の近くの公衆電話から束に頼んでいる。
束も一夏からオーダーを受けて、急いで無人機を作った為、中途半端な仕上がりになってしまったと束本人は悔やんでいた。
何故、一夏が束に頼んでIS学園を襲わせたのか、それは一夏がある試験をしたかったからだ。束は一夏に試験の結果を尋ねる。
「昔に比べて成長している。でも、千冬姉は……というのが本音でしょうか。」
「ふーん。……じゃあ、いっくん、束さんは帰るよ。あ、それと、この会話は盗聴されていないから、安心してね。それじゃ、バイニー♪」
束はそう言うと病室の窓からジャンプした。
一夏が今いる病室は5階で、何の準備もない普通の人が飛び降りれば、たんぱく質の塊になってしまうような高さだったが、束は迷いなくジャンプをした。
どうせあの人のことだろうから、何かの準備はしているのだろう。
「さて、寝るとしようか。」
一夏は再び横になった。
その頃ドイツ。
「――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です。」
「これはこれは、お久しぶりです。」
「はい。ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長は明日、出立です。」
「え?」
「はぁ……。しかし、急な話ですね。」
「分かりました。」
「では、準備をいたします。……それでは、失礼します。」