その筋書きは、ありきたりだが
役者が良い 至高と信ずる
ゆえに面白くなると思うよ
コズミック変質者より
織斑一夏という青年は、どこにでも居そうな15歳の青年だった。
少年と言わず青年と呼んだのは、彼の雰囲気が大人じみていて、どこか達観していたように周りからよく見られていたからである。
そんな大人じみていた織斑一夏であったが、この状況に戸惑っていた。さすがの一夏でも、最近まで普通の共学出身の中学生だったため、キツい…いや、キツ過ぎる。
なんせ、入学した高校のクラスメイトが自分以外すべて…
女性だったのだ。
ISという十年前に開発されたパワードスーツがある。
開発目的は宇宙での活動を目的に作られたのだが、とある理由から開発目的を完璧に達成できなかったため、現在では競技目的として使用されている。
そのとある理由というのがこの場に女性しかいないことと関係している。
なぜなら、ISは女性にしか反応しないからである。だから、ISの操縦者は必然と女性だけとなる。そして、一夏が入学した高校はIS学園というISの操縦者育成を目的に作られた学校なのだ。
では、何故、一夏がそんなところに居るのか?
それは一夏が人類史上初の男のIS操縦者だからだ。
「では、次は織斑君。」
どうやら、自分の自己紹介の番が来たらしい。一夏は立ち上がると自己紹介を始める。
「織斑一夏です。趣味は剣道と料理。ISに初めて乗ったのが最近だから、勉強が皆より遅れているので、分らないところだらけで迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
一夏は後ろを振り返り、クラスメイトの方を見て、愛想笑いをする。
ただ一人の男性クラスメイトを周りの女生徒は観察するように見てくる。一夏は女生徒から観察されるのが趣味ではないため、この状況をなんとか打開しようと、女生徒たちの警戒心を解こうとしての行動だった。
ズキューン!!
何処からともなくそんな音が聞こえた。
その直後、ある女子は頬を染めてモジモジし、ある女子は鼻を押さえ、ある女子は下を向き、ある女子は満足そうな顔をして気絶していた。
クラスが機能停止したことで、副担任の真耶もパニックになった。
クラスメイトの警戒心を解こうという一夏の考え方は間違っていなかった。
だが、一夏は場所と、笑顔を向ける相手を間違えた。
此処は女子高IS学園で、此処に来る学生のほとんどがIS操縦者を夢見て、猛勉強して入学してきた女性が多い。
ISに関わるとなると当然女生徒接する機会が多くなり、男性と接する機会は少なくなるので、自然と男性に対する免疫力が付いていない。そのため、顔の良い一夏が優しく微笑んだだけで、それがクラスメイトの心を撃ちぬいてしまったのだ。
織斑一夏は天然のジゴロだった。
端正な顔立ち。穏やかな声。誰にも優しいように見られる。そんな3要素の所為で、適当にあしらうつもりでした行動でほとんどの女子は一夏に落ちてしまうことがある。
一夏はよくラブレターを貰っていたし、逆ナンパをされたり、デートに誘われたりもした。そのせいで、一夏は周りから好意が向けられていることには気が付いているが、自己嫌悪している一夏は何故周りの女子達が自分なんかに好意を向けているのか、その理由が分らない。理由が理解できなれば、原因もわからないので、自分の悪いところを直したくても直せない。結果、織斑一夏は、フラグを無自覚で建てるが基本放置男という称号を得てしまったというのは中学時代の同級生の間では有名な話だ。
「お前はもっと普通の挨拶ができないのか?」
そう言って一人のスーツ姿の女性が教室に入ってきた。
女性は誰もがその姿に見とれてしまうような凛々しい姿だった。だが、凛々しい姿とは正反対な、まるで親戚に声をかけるような口調で、女性は一夏に向かってため息交じりに言う。突然、声かけられた一夏は予想外のこと過ぎて、驚いている。
なぜなら、その女性は一夏の…
「ね、姉さん!?」
「学校では織斑先生だ。」
「す、すみません。織斑…先生。」
事態が把握しきれていない一夏はとりあえず実の姉である織斑千冬に頭を下げて謝る。
千冬はそんな一夏に軽くチョップをすると教壇の上に立つと、軽く自己紹介をする。
教師としては最初に教師という立場を生徒に知らしめる必要があるため、ビシッと言う必要があったのだが、クラスメイトのほとんどが正気を失っていては仕方がない。
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。これから君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。」
千冬の形だけの自己紹介を聞いて一夏は驚いた。
自分の実の姉はIS学園の教師で、自分の担任だったのだ。
第1回モンド・グロッソ総合優勝及び格闘部門優勝者である姉のことだから、ISの関連するところで働いているのだろうとは思っていたが、その勤め先がまさか自分が通うことになるIS学園だとは予想だにしてなかった。
「時間か。後は各自自己紹介をしておけ。次の授業の準備を怠るなよ。」
そう言うと千冬は機能停止したクラスを放置し、副担任の真耶を連れて教室から退室していった。数分後、千冬と真耶は教室に戻ってくると、正気に戻った生徒たちが黄色い声を上げたので、千冬に呆れられる。
最初の授業が終わり、一夏はISの教本を読んでいた。
ISの勉強が周り比べて遅れているので何とか追い付く必要があるというのもあったが、休み時間になって周りから観察されている所為で落ち着けないので気を紛らわそうとしたのだ。だが、教室や廊下の至るところから自分のことを話している声が聞こえてくる。
そのせいで、全く落着けなかったが、かといって、反応したところで、騒がれてしまうので、無視しておくしか方法はなかった。
あまり人との関わりを作らず、一人で居たかった一夏はこうやって観察される息苦しい日々が続くのだろうなと落ち込む。そんな時だった。
「少し、良いか?」
「え?」
声をかけてきたのは6年ぶりに再会した幼馴染、篠ノ之箒だった。
自己紹介が始まる前から、同じ教室に居るということに一夏は知っていた。
ただ、人が多いので、自分から声をかける気に成れなかったが、向こうから声をかけてきたのだから、反応しようとは考えていた。だが、一夏は箒の方から声をかけてくるとは思っていなかったため、間抜けな声が出てしまった。
「何かな?箒?」
一夏が返事をすると、一瞬だけ箒はたじろいだが、『此処では落ち着いて話ができないから、屋上に行こう』と小さな声で言うとそそくさと教室から出て行った。あっけを取られた一夏だったが、箒についていく。教室から出ると、まるでモーゼが海を渡るときのように、廊下を埋め尽くしていた女生徒たちが両端に避けた。
一夏は苦笑いしながら、真ん中を通り、箒を追いかける。
屋上に着くと、箒だけが居た。誰にも邪魔されないと箒は安心したのか、手すりに手を置いて、深呼吸をしている。深呼吸し終わった箒に、一夏は声をかけた。
「久しぶりだね。箒。」
「う、うむ。久しぶりだな。一夏。しかし、よく私だと分ったな。」
「それはわかるさ。昔から髪型を変えていないよね。それに、そのリボン、7年前の誕生日に僕があげたものだからね。大事に使ってくれてありがとう。渡した方としても嬉しいよ。」
「そうか。覚えていたか…そうか。」
箒は指先で髪を縛っているリボンを弄りながら、言葉を返す。
自分に関する昔のことをここまで正確に一夏が覚えていてくれて、箒は嬉しかった。
少し気恥ずかしい箒は一夏から目を逸らす。おそらく目を合わせたら、ニヤけてしまう。そんな変な自分の顔を箒は一夏に見られてしまいたくなかったのだ。
「そうだ。箒。」
「どうした?一夏?」
「剣道の全国大会優勝おめでとう。」
「どうして知っている!」
「それは僕もあの会場に居たからね。」
さきほどの自己紹介で言っていたが、一夏は剣道が趣味だ。
剣道を始めたきっかけは姉の影響で通うようになった箒の実家の篠ノ之道場だった。
その篠ノ之道場である感覚を知った。…既視感。
自分はこれを知っている。体験したことがある。記憶が正しければ、竹刀を持ったのは初めてで、姉の竹刀を触ったことすらないはず。それにも関わらず、知っている。
そんな感覚が一夏にはあった。
そして、その既視感の正体が知るために、一夏は剣道をしたいと思った。
剣道を始めると、一夏は才能が開花し、自分より長く剣道をやってきた同い年ぐらいの先輩たちに勝つほどの腕前となっていた。
だが、中学生になると、家事やバイトで忙しくなり、剣道に集中できなくなってしまい、腕が落ちてしまった。その結果、なんとか去年の中学生の全国大会に出場はできたものの、2回戦で敗退してしまう。試合が終わったため、帰ろうとしたところ、女子の部で箒が出場していることに気が付いたという。
「そうか。……では、私の試合を見たのか?」
「うん、見たよ。」
「無様だったろ。優勝したと言っても、あんな暴力的な剣道で勝ったところで。」
「確かに、あの時の箒の剣は、僕と一緒に剣道をしていた時と比べて、濁っているように、僕には見えた。……でも、良かった。」
「何がだ!私はあんな勝ち方をしたのだぞ!私は最低だ!」
「そう、箒、君は後悔している。正しく力を振るい、勝ったのではないのだと。だから、これから自分がどうありたいのか、箒には見えているとはずだ。それを箒は目指せばいいんじゃないかな?箒なら絶対に自分の望む在り方にたどり着けると思うよ。」
「……そうだな。ありがとう、一夏。少し楽になった。」
「それは良かった。」
一夏はそう言うと、爽やかに微笑んだ。一夏の笑顔に見とれてしまった箒は顔を真っ赤にし、慌てて下を向き、両手の人差し指の先をぶつけあう。
箒を安心させるための笑顔という薬は、目的通り箒を安心させると同時に、一夏に対する好感度を上げるという大きな副作用をもたらしてしまった。
やはり自分は一夏に惚れているのだと再認識した箒はこの場で6年間抱き続けてきた想いを告白しようとした。だが、踏ん切りがつかず、箒は下を向いたままだった。
一夏と赤くなっている箒の様子を覗き見ていた数人の女生徒が二人のことを様々な人に言いふらしたものだから、数日後に新聞部が発行した『IS学園新聞』の第一面の記事に箒と一夏が載ってしまい、その影響で、IS学園女生徒間で一悶着があるのだが、それは後々の話である。
「チャイムだね。戻ろうか、箒。」
「え?」
下を向く箒に一夏は声をかけ、手を差し出してくる。
箒の調子が悪いのかもしれないと心配したからだ。
急に声をかけられた箒は顔を上げると、心配そうな一夏の顔が飛び込んできたことに驚いてしまい、一夏から顔を背けた箒は手を握らず、足早に教室へと戻っていった。
「色々と大丈夫かな?」
箒を心配しながら、一夏は小走りで自分の教室へと戻っていった。