朝食も食べたらゴンとキルアはひたすら『練』の修行。2人とも余裕が出てきたのか彼らの話し声が耳に届く。
僕の方はといえば、ビスケのブートキャンプが再開された。『流』を使っての攻防力変化の修行である。
「何その構えは!?ふざけてんの!
構えは上半身を常に半身にするのが基本!
腰はもう少し落としなさい!」
「押、押忍!」
僕の構えを見て早速ダメだしがされてしまった。
ビスケが僕の横に立って構えを実演してくれる。
「こうよ。私の構えを真似しなさい。
よし!それじゃあ私が言ったとおりに攻防力変化させること。」
「押忍!」
そういえば『流』はやったことなかったな。
攻防力とはどれだけオーラで攻撃力と防御力を強化しているかの指標みたいなものだ。
ビスケの話によるとMAXを100として『絶』で攻防力0、『纏』で攻防力10、『練』・『堅』で攻防力50らしい。これだとお互いが『堅』の状態では大きなダメージを与えられない。よって、攻撃・防御をする箇所に『凝』をすることによって攻防力に変化を与え効率よくダメージを与えるのに『流』が必須となってくる。
もうお昼を過ぎた。昼食も食べて修行再開すると攻防力変化の数値が段々と細かく、そして複数個所指定されることが多くなってきている。
「左足!攻防力73!全体27! 右肘!攻防力53!左手!攻防力30!全体17!
両膝!攻防力40!全体20! 左手!攻防力50!右足!攻防力40!全体10!」
ビスケの指示通りに攻防力変化を行うのも慣れてきたかな。
最初に比べれば格段にスムーズになっている。
しかし…
「なんでこんなに細かい数字なの?」
「あんたのオーラはただでさえ多いんだから微調整効かないとあたしと組手できないじゃない。
こんなところでいいわね。よし、次の訓練に行くわよ。」
またビスケが僕の隣に立ち構えを見せてくれる。
なるほどねー。そういうわけか。
「次は『流』をしながらの正拳突き。
拳を前に出しながら腕が伸びきったと同時に拳が『凝』になるようにオーラを集めること。
これを最初はゆっくりと、そして次第に速く。
最終目標は全力の正拳突きを出しても攻防力変化がついていけるようになること。」
おぉ、早い!というかツッコミは結構力を抑えててくれたんだね。
でも今の正拳突きも目で追えてしまうということは、まだまだビスケの全力には程遠いんだろうなー。
「『流』は念能力者同士の格闘戦において基本技術にして真髄よ。
ピトーの場合は高い身体能力と人とは隔絶したオーラの総量があるから最悪『堅』ができれば
すぐにでも戦えるわ。でも、『流』ができればそれ以上に戦える。覚えておいて損はないわ。
ピトーの持ち味は速さ。脚力は言うに及ばず腕の振りすらオーラも使わずにそこらの念能力者が
到達不可能な速度に容易に到達できる素早さよ。
その速さに攻防力変化が追いつかなければ武器にはならない。
時間はかかるでしょうけどしっかりやりなさい。」
「押忍!」
ビスケ直伝の構えをしながら拳を握りしめようとして気づく。
あ、そういえば強く握りこめないんだった。
「何で掌底突きになるのよ?」
「強く握りこむと爪が出ちゃって掌に刺さるんだよね。」
前に切ろうとしても切れなかったんだよね。
ビスケがこちらに手を差し出してきた。
「見せてみなさい。刺さらない程度に切ってあげるわ。
…『絶』はしなさいよ。」
掌を下にしてビスケに両手を差し出し爪を伸ばすと形状変化を利用してナイフ状のオーラで爪を切ってくれた。裁ちバサミで爪を切ろうとしても刃が欠けたのに…。
「ビスケなら爪の手入れに爪きりもやすりも不要だね。」
「これぐらいはピトーもできるようになりなさい。
強化系なら十分可能でしょ?」
ビスケが手早く正確に次々と爪を切っていく。
爪の手入れすらお手の物かー。
「はい、終わりよ。
それなら握りこめるでしょ。」
強く握りこんでみるとさっきのように掌に爪が刺さることはなかった。
なんでビスケがお母さんと言われるのかがわかったよ。
「うん、ありがと。
これなら握りこんでも大丈夫。」
ゆっくりと攻防力変化をしながら正拳突きをする。
ある程度でもいい。『流』はできるようになっておかなくちゃいけない。今のままではゴンとキルアの相手としては不十分だ。模擬戦を通して2人が何かを掴むきっかけくらいにはなりたい。
そのためにもこの修行は重要。よりいっそう真剣に取り組まないとね!
「そろそろあたしと組手の修行に入るわ。
ピトーは攻防力の総量を40以下にしなさい。
そうしないとあたしの体がもたないからね。」
2時間ほど正拳突きしていたらビスケに声をかけられた。
「押忍!」
「なんで『円』をしてるのよ?」
「その方がビスケの動きがよくわかるし避けやすそうじゃない?
これなら攻防力の手加減もできそうだし。」
「この組手では避けるのは禁止!『円』は攻防力なんてないに等しいわ。
体表から数mmから数cm覆われているオーラを薄く引き伸ばしてるのよ。
ただ『纏』をしてるみたいなものなの!
それに『円』をしながら『凝』なんて要求されるオーラの操作技術がかなり高いわ。」
なんと!そうなのか…。
「『円』しながらの接近戦闘は無理なの?」
「無理ってわけじゃないわ。でも実戦レベルで使う念能力者は達人級かただの馬鹿ね。
相手の攻撃を完璧に避ける自信でもなければ自殺行為よ。」
実はノブナガは強いってこと?それとも当時の2人をなめていただけ?
「さ、やるわよ。
気を引き締めて臨みなさい。」
今は組手だ。疑問は後に回そう。
「押忍!」
いつの間にか日が沈んでいた。
まだゴンとキルアは『練』の3時間継続を達成できていない。しかし、徐々に継続時間は増えている。今ではもう1時間15分も継続できている。『練』を10分伸ばすのに1ヶ月かかるとは何だったのか…。
それでもまだ2人とも倒れてはビスケの《
僕はと言えばビスケから寝るように言われているが能力をどうするべきか悩んでいる。
ん~、強化系なんだから治癒?それとも脚力の強化を図るべき?
…悩む。まずは、本来の
特質系能力者で能力はたぶん3つ。
1つは内容もわかるが、もう一つが原作で活躍しなかったので不確かな部分がある。最後に至っては原作で語られることすらなかったから予想になる。
・1つ目、
巨大な念人形を具現化し、生者・死者関係なくを治療させる念能力。
ただし、死者は生き返ることはない。下半身がなく、
・2つ目、
念人形を具現化し、
能力発動時間が0.1秒を切り、早い者勝ちである操作系能力を無効化できる。
自動型であるのか遠隔操作型であるのかも不明。
・3つ目、名称不明
上半身のみの人形を具現化し、他者を操る操作系念能力。
操った対象のオーラ操作もできる上に、物体を介さずに遠く離れてても操作できる。
簡単な命令のみで操作の精度は低い。しかし少なくとも40km以上離れてても操作可能。
特質系でありながら具現化系と操作系がメインか。
というか
コムギの負傷を治せるほどの医学に対する知識もそうだけど、特質系でありながら六性図の対角に位置する強化系能力の治癒力の強化を使ってない?
念人形の操作のみで胴体に穴があいた傷を傷跡すら残さないで治せるわけがない。それに、手術が終わってすぐに起き出したコムギは痛がる素振りすら見せていない。少なからず治癒能力も使われてるはずだ。
念人形に使われている操作系能力と具現化系能力で最大限に治癒のサポートをしているのはわかるよ。尻尾とつながってるから放出系能力は最小限なのもわかる。
でもオーラの消費が悪い程度で強化系能力が使えるって凄すぎない!?しかも念人形から視線外しても念人形が動いてなかった!?それって自動型ってことでしょ!?
特質系だから?いや、それでも3つ目の最大射程も恐ろしく広い。クラピカの《
うん、能力を作る参考にはならないってことはわかった。
僕なら念能力を3つ作れるかもしれないこと、ある程度燃費が悪くても高レベルで操作系能力と具現化系能力が使えるかもしれないってことぐらいしかわからない。
手数は多いにこしたことはないからありがたいんだけど、3つ能力を作るとしたらどうしようか?
1、切り札 2、戦術サポートor1以上の切り札 3、支援系
こんな感じだろうか。
「休めって言ってるのに何をウンウン呻ってるのよ?」
ビスケが岩に背を預けながら座っている僕の隣に立っていた。
ビスケの後ろに目を向けるとゴンとキルアはまだ起きて『練』をしている。
そんな2人が視界に入るように僕が寄りかかっている岩の上にビスケが座る。
「能力はどんなのにしようかなって思案中。」
「自分に合ってると思えるものを作ればいいのよ。
変に悩むと使えない能力を作っちゃうわよ?
直感よ。直感。フィーリングが大事なの。」
直感ねー。生まれてまだ一週間も経ってないのに思い入れのあることなんてない。前世というべき記憶もあやふやだ。
楽しいことでも思い浮かべればいい?う~ん、今も十分に楽しい。他には……産卵蟻の中にいたときが一番気持ちよかったぐらいか。
「お湯とか?温泉?それとも水球?
ビスケみたいな能力もたせて治癒力強化とかよさそうかな。」
僕が呟くとビスケが急に立ち上がってこちらを見下ろしてきた。彼女の目がらんらんと輝いている。
嫌な予感しかしない。ビスケの言う通り直感は大事。だから彼女から少しだけ距離を開ける。
「さすがあたしの弟子だわさ!
クッキィちゃんを全否定したあそこで倒れてるバカに聞かせてやりたいくらいよ!」
ビスケが跪き頭を垂れているキルアを指差しながら嬉々として告げてきた。
簡単に言うとorzしてる。いつの間にかオーラが尽きかけているようだ。
「そうと決まれば、あたしも能力開発に協力してあげるわさ!」
僕の中で予感が確信に変わる。
あかん。これはあかん。玩具見つけたってビスケの顔に書いてある!
「ちょ、ちょっとお花を摘みに…。」
「何言ってんのよさ!
それよりも能力の内容を詰めるわよ!」
気づくのが遅すぎた!
ビスケにパーカーの首元を掴まれ逃げられない!
「ぐびじま゛っでる゛!ぐびじま゛っでる゛っでヴぁ!」
「具現化した水を使うなら完全に再現しなければオーラを向けても増えることはないわね。
お湯にする熱は……軽い性質変化で……美容に関する知識も……
クッキィちゃんならオーラでも……いける!」
全く聞いてないし!
あぁ、今日も眠れない夜になりそう。
「あ゛ぁ゛~、生き返るわー。
これはこれで風呂とはまた違った気持ちよさがあるわね。」
空中に浮いた球体状に具現化させたお湯の中にビスケの体が浮かんでいて、顔だけ外に出している。朝日に照らされた水の中にビキニみたいにタオルが巻いてあるビスケの体が見えている。
本当なら扇情的に見えるはずなんだろうけど、能力に集中していてそれどころじゃない。
「そういう感想は後でいいから指先を傷つけてみてよ。」
「もうちょっと浸からせなさいよー。」
気だるげにこちらに顔向けるビスケ。ちょっとだけエロいかもしれない。
これはお湯に浸かった対象を治せるかの最終試験だ。さすがにまだビスケの能力には及ばないけれど、美容効果はある程度再現できた。
「早くしないとそろそろ2人が起きるよ?」
「おっと、それもそうね。
あの2人には刺激が強すぎるわさ。」
あの2人なら特に反応することもなく通り過ぎるだけな気がする。
そんなこと考えているとビスケが右手に形状変化させたオーラで左手首を斬った。
ん!?
「何してるの!?
指先だけでいいって言ったじゃん!」
「これなら本気で集中できるでしょ。
がんばんなさいな。」
手首が皮一枚でしか繋がってない!やりすぎでしょ!?
水流操作はまだ大雑把にしかできないのでビスケに手首をくっつけてもらう。
集中!治す!土壇場一発本番なんて関係ない!絶対治す!
両手を水球に添えてビスケを僕のオーラで包み込んでいく。
「うむ。ちゃんとくっついたわね。指もちゃんと動くし感覚も問題なし。
上出来よ。」
ビスケがお湯から左手を出して感覚を確かめている。
しっかり治ってくれたようだ。
「これで繋がんなかったらどうするの!?
残り少なそうな寿命が更に縮んだよ!」
「今のピトーなら治せると判断したからに決まってんでしょ。
指先程度の傷でどれだけ効果があるかなんてみみっちぃことやってらんないわよ。
痛い思いするなら1回で済ませたいの。それにここには《大天使の息吹》があるわ。」
気が抜けて脱力すると座り込んで能力も解除してしまう。
浮いたままだったビスケが空中に放り出されるが難無く着地した。
最後のほうが本音だとしても、無謀もいいところだよ。
「実体化を解けば乾かす必要もないわね。
でも、血が消えるわけじゃないのねー。ま、治癒の場合は仕方ないか。
傷を治すのにかかる時間も長いけど慣れればもっと早くなるわね。
よし、これならやっと及第点ってところね。」
「うへー、まだ及第点なのか。」
僕はそのまま前のめりに倒れこむ。
水に浸かりながらビスケに美容について熱く語られ、火にあぶられながら治癒力とは何かを語られ、時にはクッキィちゃんに癒され、時にはビスケに激しく叱咤されたりしながら能力を形にしていき今ようやく及第点になった。
カイトもこんな感じで作らされたのかな。
《
空中に球体状に具現化させた水の中で対象の怪我を治癒する。水の温度はある程度変更可能。
美肌、保湿、若返り効果のあるオーラを水に混ぜることで美容にもいい。
簡潔に言ってしまえば、持ち運びできる温泉である。
具現化できる水球の最大は今のところ直径2mの球体。水球を具現化するときは掌からになる。そのときに治癒効果のあるオーラか美容効果のあるオーラを水球に込めることになる。具現化してしまえば、ある程度離しても操作できる。今の最大射程は10m前後。対象を水球の中に浮かせるのは水流操作になる。まだ大雑把にしかできず訓練中だ。名前で分かるとおり命名はビスケ。
ビスケがタオルに手をかけたので後ろを向くと朝日が目に入る。
ああ、太陽がまぶしい。今なら気持ちよく眠れるだろうなー。
下に目を向ければ倒れ込んだままのゴンとキルアがいた。
結局一晩放置だったか。
「ごめんね、2人とも。」
着替え終わったビスケが僕の前に立つ。すごいご満悦の表情。
「ムフフフフフ、この依頼受けてよかったわー。
今まではどの弟子も教え甲斐はあってもいまいち満足できなかったのよね。
美容とは全く無関係な能力作るばかりで武術ばっかり。
あんたみたいな弟子がいないか探したこともあったわ。
しかし、その弟子が今あたしの元に!感無量だわさー。」
終いには目を閉じて感慨に耽っているビスケ。
ムフフって…。よほど嬉しいのかな。
ここまで言ってくれるなら悪い気なんてするはずがない。
「クッキィちゃん使っても能力に意識いっちゃって自分でやっても楽しめなかったのよねー。」
本音が漏れてます、ビスケ先生。
なんで上げて落とすかな。
「まだまだ改良の余地はあるし、実験は続くってことだよね。
もしかしてあの美容講習もまだやるの?」
「何当たり前のこと言ってるの?
この世に女がいる限り美容に終着点なんてあるわけないわさ。
…あたし今いいこと言ったわね。」
僕には全然響いてこない迷言でしかなかった。
「まずは水流操作の技術向上が第一ね。水流マッサージくらいはできるようになりなさい。
しばらくはゴンとキルアも実験体にするわよ。コレは師匠命令。」
「せめて被験者って言ってあげて。」