……眠い。なんだか暖かいしすっごい居心地がいい。
でもなぜか起きなくちゃいけない気がする。
起きたくないなぁ。後5分だけこのままで。
まどろんでいると一瞬だけ僕の体を襲う浮遊感。
…落ちるっ!!
――――ベチャッ
び、びっくりした~。体がビクッてなったよ。
折角気分よくウトウトしてたのに眠気が吹きとんじゃったじゃん。
………ここどこ?
周りを見回してみると四方を土壁に囲まれていたどこかの洞窟の中のようだ。
何でこんなところにいるの!?拉致!?誘拐!?
不穏な単語が頭の中にドンドン浮かんでいき、この場の薄暗さも合わさって余計に不安になっていく。
この場に一刻も早く離れたくて立ち上がってゆっくりと後ずさると後頭部に何かぶつかった。
「ん?……ぎゃあああああああああ!!」
振り返ってみると1mもありそうな虫が天井にぶら下がっていた。
大きく膨れ上がった腹部が地上に向けて重そうに垂れており、頭部についている両顎が切れ味を自慢するかのように不気味に反射している。
あまりの大きさに驚きすぎて足を縺れさせ体を引きずりながら壁際まで後退する。
ひっぃいいいい!何あれ!?何あれ!!??
背中に泥が付着するがそんなことよりも目の前の虫から距離をとりたくて自分の体を土壁に押し付ける。
噛まれたら死んじゃう!何あの両顎!?腕どころか下手すると胴体だって挟めそうだよ!!
出口!出口どこ!?出口!
「おぉ、軍団長殿!
お生まれになったのですね。」
出口を求めて辺りを見回していると仙人のような立派な眉毛を貯えた二足歩行の亀の生き物がなぜか湯気を上げながらこちらに歩いてきていた。あまりにもツッコミ処がある生き物だが亀と天井の虫に交互に見比べて目の前の亀のほうがまだ安全そうだと判断し虫が動かないのを確認しながらおっかなびっくりこちらからも近づいていった。
「こ、ここどこ!?あれなに!?」
天井の虫を指差しながら虫の視界から自分の体を隠そうと甲羅の後ろに回る。
「おっとっと。混乱されているようですな。
ここは護衛軍専用の孵化場。
あれは女王様より卵を賜わり孵化するまで育てる産卵蟻でございます。
ご安心を。危険はございません。」
「あ、蟻!?
あんなデカイのが!?」
「えぇ、私達のように言語を話すことはできませんが私達と同じ種の蟻にございます。」
この翁のような亀は自分が昆虫だと言っている。
このおじいちゃん頭大丈夫だろうか。人選間違えたかもしれない。
「……何をなさっておいでですか?」
「いや、熱でもあるのかなと。
………あなたは亀の獣人とかじゃないの?」
「ホッホッホ!軍団長殿の冗談は面白いですな。
私も軍団長殿も同じ女王に仕える蟻ではございませんか。」
どこをどう見たら目の前の二足歩行をする亀が蟻と一緒だと判断ができるのだろうか。
見た目詐欺にも程があると思う。
「軍団長って誰のこと?」
「もちろんあなたのことでございますよ。」
驚愕の事実!僕はご大層な階級なっていたようだ。
二階級特進とかいうレベルではない。今から辞表出しても受け取ってくれるかな?
…………ん?
「僕も!?」
「なにがでございましょう?」
「僕も蟻!?
あなたは僕も節足動物だとおっしゃる!?
いつの間に節足動物がそんな面白おかしいカテゴライズになったの!?」
「ホッホッホッ、軍団長殿も私も正真正銘蟻でございますよ。」
孫に優しく間違いを正すような顔で亀が僕を見つめてくる。
そんな顔で見つめられると僕が間違っているような気がしてくるから不思議。
もしかして本当に僕が間違っているのだろうか。
あまりに異常な事態に直面してるからか僕が一般的な常識を持っていないのか不安になってきた。
「僕のどこが蟻なのさ?」
「どこからどうみても蟻ですな。
とりあえず何かお召し物をお持ちします。少々お待ちを。」
「へ?……カ、カリスマガード!」
自分が今まで裸族だったことに今更気づいて慌てて膝を抱えて丸くなる!
そんな僕を亀は気にした様子もなくどこかへ行こうとしていた。
「ちょ!待って!
僕も一緒に行くよ!」
膝を抱えたままヒョコヒョコと亀の後についていく。
後にこのときの僕は傍から見たら極めて滑稽な移動方法で亀の後についていったことに気づいて羞恥に悶えたことは言うまでもない。
亀に案内されてどこかの個室で着替えを渡されたんだけども……
「伝家の宝刀がお隠れになってるよ!」
股座を撫でるように触ってみるとツルツルとした感触しかない。
つっかえるモノがないのである。
「軍団長殿は雌ですからな。」
「せめて女性って言ってくれる!?」
着替えることになってやっと自分の体が寂しいことになってると気づいた。気づいてしまった。
手足は4本指でちょっと長めの尻尾までついていた。両足に至っては明らかに節足動物のような硬質な殻に覆われている。極めつけに股関節から下の関節は球体関節みたいだ。
太ももを軽くノックすると乾いた音で答えてくれる。
どうやら両脚の皮膚はご不在のようだ。ついていたはずの贅沢なお肉ももれなく行方不明。殻に覆われてはいるが見事な脚線美である。でも全然うれしくない!
明らかにホモ・サピエンスから逸脱している。主に下半身が。
こうなると自分の顔を確かめるのが怖い。
一体僕の顔はどうなっているのだろうか。ここには鏡もないし確かめるのは後に回しておこう。
先ほどの亀の話は確かに僕のほうが間違っていたみたいだ。さすがにこれだけ見せられれば認めざるをえない。
認めよう。僕は節足動物にジョブチェンジしたようだ。
これが所謂生まれ変わりというものなのだろうか。死んだ覚えすらないんだけどなー。
ようやく着替え終わった。ズポンを履こうにも尻尾が邪魔でちゃんと履けないし穴を開けようとしてもすぐ破れるのでスパッツに小さな穴を開けることで代用した。上は適当にタイトな黒のジャケット。
亀の言うがままに着替えたけどなんかどこかで見たことがあるような服装だ。
現状確認のために色々聞いてみることにしよう。
「僕たちの種族ってどういうものなの?
え~っと、名前なんだっけ?」
「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。
私は師団長参謀役のタドゥと申します。以後お見知りおきを。」
「うん、よろしくね。」
「こちらこそよろしくお願いいたします。
私達は女王を頂点とした階級制度のある蟻でございます。
軍団長殿は女王に次いで地位の高い護衛軍に属し、あなたが護衛軍初の蟻でございます。
じきに他の護衛軍もお生まれになるかと。
私めはその次の階級にあたる師団長の補佐を任されております。」
「女王様ね~。」
「このあと女王様から顔を見せるようにと仰せつかっております。
今からでもお目通りをいたしますか?」
「ん~、おねがいしようかな。」
「ではこちらへ。」
タドゥに連れてこられたのは偉く広い広場だった。
だが女王がいるにしては殺風景すぎた。あまりにも何もなくて中央に玉座のようなものがポツンとあるだけ。その玉座に2mはありそうな女王が座っており、玉座の後ろには肉団子が山となって積まれている。よほどお腹が減っているのか女王が肉団子をものすごい勢いで食べていき、数匹の働き蟻が忙しなく肉団子を運んでいる。
夢中で食べているけど蒸気が体からあぶれている。早食いの自己記録更新でも狙っているのだろうか。
タドゥが女王様の前に移動したのでその後についていくと女王は食事を止めて2人?でアイコンタクトを始めた。いきなり二人の空間みたいな感じを醸し出してくるので場違い感が半端ない。
居た堪れなくなってきて退室するべきなのか迷っていると数分見詰め合っていたとタドゥがこちらを向いて話しだした。
「女王様が軍団長殿のご生誕を祝っておられます。
これから生まれる王によく仕えるようにと仰せです。」
「え!?あ、ありがとうございます。」
今のって会話してたの!?見つめ合ってるだけで!?心が通じ合うってレベルじゃないよ!?
本当に会話が成立してたのか謎だがとりあえず無難にお礼を言っておくとタドゥが重々しく頷いて、また女王に向き合うと先ほどよりも短い時間を女王と見つめ合うとまたこちらを向いた。
「ホッホッホ、お喜びください。軍団長様は女王様直々に名をつけていただける名誉を賜わります。
これからはネフェルピトーと名乗るようにと仰せです。」
…………What's!?