ナンバーズ!   作:ホッケ◎

6 / 12
No.6:旅立ちの朝

黒いアンダーシャツ、袖口が大きく開いたパーカー。歩きやすさで評判のエンジニアブーツに丈の短いズボン。帽子を被ったあとにナップザックを肩にかければ、どこからどう見ても旅する少年である。

 

翌朝、俺は研究所の玄関前に立った。博士の奥さんは料理上手であり、今朝のきのみブレッドは最高だった。

……それはさておき。

博士は俺にフィールドワークを任せたかったらしく、ならば早めに出発しようと言うことで今に至る。フィールドワークとはルビー・サファイア・エメラルドのオダマキ博士のように、研究テーマに即した場所で実際に調査することだ。

多忙と野生のポケモンに対抗する力が無いという理由で博士自身が出向くことはできず、ちょうど助手を探していたのだという。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

腕の怪我が治ってからでも良かったのだが、善は急げとも言うし、ジョーイさんの正確な治療のお陰で大分よくなったし。

安静・冷却・挙上・圧迫。これこそギプス固定の原則。内安静は守っていないものの、散歩程度に歩く分なら問題は無い。それに基本的には公道を通るので安全だろう。

 

「任せた僕が言うのも嫌な感じがするけど、気をつけて」

「はい。任せて下さい。ね、アマタ」

「うおんっ!」

 

博士は微笑む。柔らかく、優しい笑顔だった。

 

「よし! じゃあ、きみたちの目的は?」

「はい。『エンジュシティに伝わる伝説をの調査』、『エンジュシティまでの道のりで生活するポケモン・自生する植物の調査』です」

 

エンジュシティ。あちらの世界でいう京都だけあって非常にオリエンタルな気配が漂う街である。そこに伝わる伝説を調査するのが第1の仕事だ。おそらく伝説とは、ホウオウや3犬関連のものだと推測できる。

 

また、エンジュまでの道のりにはたくさんのポケモンが生活し、多種多様な植物が自生している。第2の仕事はそれをエリアごとに記録し博士までデータを送ることだった。

 

「使用器具は?」

「はい。『カメラ』と『記録用紙』です」

 

カメラとは、まあカメラである。デジタルカメラに近いが種類はよくわからない。記録用紙は、動植物を種類別に記録するノートを指す。ちなみにシルフカンパニー製。すごい。どちらも第2の仕事のためにある。

 

俺は一応前世(?)だと35歳の公務員だったからこういう地道な作業は得意だが、こちらではまだ10歳前後のいたいけな少年のはず。なにゆえこんな仕事を任せたのかいささか疑問だ。

 

「よろしい! それじゃ、最後にこれを」

 

博士の懐から腕時計のような物が出てくる。

おお、これはまさか!

 

「これ……」

「そう、ポケギア。タウンマップに通信機能、あとはラジオが聴けるよ」

 

紺色のポケギアは朝日を受けきらきらと輝いている。まさしく今の俺の気持ちで、これから見るであろう世界に思いを馳せた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

本物なんて初めて触った。腕に付けて色々な角度から見てみる。客観視すれば精神年齢にそぐわぬお子様な態度だ。と、同じように思ったらしい博士が目を丸くしてこちらを見つめた。

すぐに笑顔に戻ったが、何やら憐れみの念を感じて悲しくなる。

 

「気に入ってくれたようで嬉しいよ」

「はい。では……」

「うん、もう1度言うけど、気をつけて」

 

俺は博士に手を振りかえし、そして視線を前方に向ける。幾束もの風が俺とアマタに収束するように吹いていた。若葉の鮮やかな緑は、少しずつ空を登っている太陽の光を浴びている。俺とアマタはこの日を、この景色を忘れないだろう。

 

「……アマタ、行こう!」

「うぉんッ‼︎」

 

広い世界の片隅で、俺達は旅への第一歩を踏み出した。

 

 

***

 

 

『ムゲン・ジョウ』。

小さな2つの背中が遠ざかるのを見つめながら、ウツギはその名を思い浮かべていた。

 

昨夜ナユタとアマタが就寝した頃、彼はポケモン警察にアクセスした。警察は彼らだけでは到底集めきれない情報を、時には一般庶民から収集することがある。

『行方不明者』もその1つだ。現在の所在地どころか安否すらわからないために、こうして警察本部のサイトや貼り紙などによって情報提供を求める。

 

ウツギは、よもやナユタもそうなのではないかと考えていた。

 

《ぼく、は、一時期遠いところに住んで居まして。でも……》

 

あの、諦めと悲しみが入り混じった顔を思い出す。

おそらくナユタは仮称か愛称といったところなのだろう。『前に居たところ』とはさしずめ故郷。つまりは捨て子、もしくは孤児かーーー。

思い当たる節すら悲しく、それが自分の息子と同じ位の子供が置かれた状況だと考えると、更に苦しくなる。

 

画面をスクロールしていく。

『行方不明者』の一覧と、情報を絞り込んで再検索する。膨大なそれらを1つ1つ丁寧に開くが、ナユタに相当するデータは見当たらなかった。

 

安堵しながら心のどこかに納得していない自分がいるのをウツギは恨めしく思う。自己嫌悪もいいところだ。

ふと、『賞金首』の言葉が目に入った。何があるというわけでもないがページを開いて見る。私利私欲の為に人に害を与え、しかもしかるべき措置を受けないでいる輩を、ウツギはどちらかというと軽蔑していた。

 

「『ムゲン・ジョウ』……?」

 

赤い文字で『new』とついた(妙にポップな字体だ)記事名をクリックすると画面には概要が現れる。

 

 

『ムゲン・ジョウ』

手配警察署:シンオウ地方ナギサ警察署

罪名:殺人

本籍:シンオウ地方ナギサシティ

出生地:シンオウ地方

身長:150cm

事件内容:××年××月⚪︎×日ナギサシティ内の一軒家にて火災が発生。焼け跡からは家主であるムゲン・セイタロウさん(52歳)、その妻ムゲン・スキナさん(50)、長男のムゲン・ゴウシさん(20)の遺体が発見された。

検死より、3名は細い針のようなもので頸動脈を刺され失血死した後に焼かれたものと見られる。

ムゲン一家は4人構成で、唯一遺体が見つからなかった次男のムゲン・ジョウ被疑者(10)が犯人ではないかというのが警察の見解であり、××年××月⚪︎⚪︎日より全国に指名手配。

 

 

1番下にあるのは見慣れた少年の顔。

白い肌に群青の髪、写真の中の彼は今よりもずっと澄んだ瞳を持っていた。

 

ウツギは直後、背筋が凍るのを感じた。思わず受話器を握りしめる程度には驚愕もあった。自分が助手にしかけていた少年が人を殺めていたなどと誰が予想するだろう。

濁ったような、深淵を覗いているような目玉。幼いながらにして罪を犯し、穢れてしまった2つの宝石。

110。

ボタンを押す手が震えた。

 

ーーーそこにいるのは殺人鬼だぞ⁉︎

ーーー押せ‼︎

ーーー今すぐにでも警察に連絡しろ!

 

心の何処かにいるウツギは正論を言っていた。だが寸でのところで他の何かがブレーキをかけ続けている。

そうしているうちに、結局夜は明けてしまった。

やがてナユタも起きるだろう。

どうすれば良いのだろうか、と。

 

ウツギは考えた。ナユタに殺されず、間接的に彼を警察に引き渡す方法。

『フィールドワーク』と、それにはそう名付けた。エンジュ方面に出かけるよう促す。上手く賛同したナユタがフィールドワークに出かけさえすれば、後は自然に警察や一般庶民の目に晒されるはず。

 

最初のうちはそれが名案だとばかり思っていた。

だが……。

 

 

《あ、ありがとうございます》

 

 

新品のポケギアを渡した時の瞳は、皮肉にも写真とよく似ていた。ウツギはあのとき初めて『ナユタ』を見たのだ。

輝く瞳は磨き抜かれた黒曜石のようだった。白く、そして清廉な光をたたえたあの瞳はーーー。

 

ウツギが警察に連絡することはなかった。

たとえナユタが警察に捕まろうと、文字通りウツギは死ぬ気で彼の弁護に回ろうとしていたからだ。

暗い目玉に、明るく美しい世界を見せて上げたいからでもあった。

何かの間違いだと。たとえ本当でも、きっと理由があるのだと。昨夜の指の震えの正体はこれだったのだ。

 

ウツギは心の奥で、ナユタを信じていたかったのだ。

 

または、幼い少年の淀んだ目玉の最奥に隠れた悲しみを、本能的に感じ取っていたのかもしれなかった。

 

「ムゲン・ジョウ……いや、ナユタくん」

 

そして、その隣を歩く小さな相棒。彼がいる限り、ナユタは1人ではない。

せめて彼らの行く先に幸があらんことを。

あの年相応の笑顔の花が、この旅で咲き誇ることを願って。

 

ワカバタウンに風が吹く。

過酷な現在を生きる少年への贈り物だった。




殺人鬼にクラスチェンジしたナユタくん。
ええ、もちろん、勘違いですとも。

ちなみにムゲン・ジョウは『無限』と『浄(10の−80乗)』を由来としております。

※この話は近いうちに書き直そうと思っております。ですが内容が大きく変わることはございませんので、ご安心くださいませ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。