ナンバーズ!   作:ホッケ◎

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No.4:森のくまさん

獣道を進むこと体内時計で約1時間30分。道が続く茂みに飛び込んだ時それは起きた。

 

忘れていたことがある、PART2。

ここは獣道だが、獣っぽいポケモンには出会っていない。目立ったのはロケット団くらいだ。そうなれば俺が気を緩めるのも自然の摂理と言える。

が。

 

「グルルル……」

 

眼光で人を傷付けられるとしたら俺は即死だったろう。そのくらい鋭く光る下弦の月が二つこちらを見据えている。荒く不規則な息は俺の聴覚を支配し、蛇に睨まれた蛙がごとく体が縮こまってしまう。

とうみんポケモン『リングマ』が目の前に居るということは、この獣道は本当に動物(リングマ)が造った道らしい。

リングマは元いた世界でいうと森のくまさんであるからして、このままだと死ぬ。うん、死ぬね。小さい頃は祖父がいたから良かったが、今は居ない。アマタは指示に従ってくれそうにないし。

 

「……き、きみ。逃げた方が良い。このリングマは、今非常に興奮しているようだから」

 

声の方を見ると道端におじさんがいた。眼鏡がよく似合う優し気なおじさんだった。彼が先にリングマに遭遇していたようだ。服装から見てハイキング中?

って、今は呑気な事を考えている場合じゃなかった。

おじさんは震えながらもこちらを気遣ってくれているが、このままでは二人(と一匹)共お陀仏だ。如何に切り抜けるべきか。森の中熊に出会ったら、目を合わせながらゆっくり退行するのが得策である。だが今退けば餌食になるのはおじさんだ。

 

「アマタ」

 

どうしようか、とアマタを見やる。するとアマタは俺を見つめるだけで何もしようとしない。『お前がなんとかしろ‼︎』と言いたげな目線。流石ですアマタ様。

じり、とリングマが俺との距離をつめる。

 

「……アマタ」

 

ごめんなんとかして。

言おうとしたのにアマタはおじさんの方へ行ってしまった。リングマは動いたアマタよりも、動か(け)ない俺を標的としたらしい。一匹ずつ美味しくいただく気かよ。

竦む身体を必死に命令して、ようやく動いた左手をズボンのポケットに突っ込んだ。

何があるというわけではない。現状を打破出来る物がないか探す、言うなれば単なる悪足掻きである。

 

ポケットの奥深いところで人差し指に硬い物体当たった。求めるように五指をうねうね動かすと、物体は丸い形をしていることが分かった。

滑らかな表皮をしたそれを藁をも掴む思いで取り出す。

 

ーーーこれでも喰らえ‼︎

 

俺は物体をリングマに向かって投げつけた。俺としてはリングマの腹を目標としたのだが、左手は利き手ではなかったので軌道は大きく逸れ、

 

「んグッ⁉︎」

 

リングマの口の中へゴールイン。

そもそも自分は何を投げたんだ? もう一度ポケットの中を探ると、今投げた物と同じ感触を発見する。

 

「オレンの実……?」

 

おじさんが不思議そうに呟いた。はっとして、俺はあの出来事を思い出した。そういえばオレンの実の美味しさから5つほど戴いたのだった。

赤面どころじゃない。己のアホらしさにはむしろ感嘆してしまう。リングマが回復したらどうするんだよ、俺!

 

考えている内にリングマは目に見えるように回復していく。ゲーム内ではたかだか10のHPしか回復しないものの、ポケモン世界だとその10とは大きいのだと思う。

場違いな感心をしているとリングマが再び此方に近づいてくる。勝てる気がしません。こんなところで死ぬなんてごめんだ! 助けてじっちゃん‼︎

 

 

***

 

 

ジョウトではそれなりに名の売れたポケモン博士・ウツギは、コガネシティからの帰宅途中であった。ウツギは以前からコガネから南東に位置するワカバタウンまでの近道として、この林道を利用していた。

今回も例に乗っ取り茶色の地面を踏みしめる。

隣街のヨシノシティまではあと数キロといったところか。

 

博士という道を選んでからは運動などして来なかったものだから脚が痛い。しかしそれを差し置くには充分美しい自然が林道にはあった。

 

数多くのポケモン達が共存する様を間近で見られるのは、博士であるウツギには喜ばしい場所である。自生している植物も珍しいものばかりだ。

整備が行き届いていなかったり、ウバメの森や自然公園などの有名どころの影に隠れていたりして知名度自体は低いが、隠れた名所として名を馳せていた。

 

あと坂道を登り終える。

坂の先の景色が見えてきたときに、ウツギは最大の誤算と出会った。

 

「り、リン……グマ⁉︎」

 

驚きのあまり声を出してしまった。声を聞いて振り向いたのはリングマだ。

ウツギが驚くのも無理はなかった。ここ数年間の林道の調査書を見たが、リングマの名前など載っていなかったのだから。

通常リングマをはじめとする『害獣』に部類するポケモンは春に行動が活発になる。新たなテリトリーを構えるその頃に各地の森林や湿地帯には調査が入り、安全性を五段階に分けるのだ。

ここら一帯は最も安全とされる1であったのに、何故?

 

リングマは考える暇を与えてくれなかった。

乱れた息が顔にかかる程の距離まで迫ってくる。今ウツギのバッグの中には幼いポケモンを入れたモンスターボールが入っている。仮にウツギが殺されたら、彼らは餓死を待つだけになってしまう。何せここは『隠れた』名所。頻繁に人が通る道ではない。

それだけはなんとしても避けようと後ずさると、小さな助け舟が流れてきた。

 

がさ、がさがさ。

茂みから現れた顔は白く幼い。幾分か不健康な印象を与える顔を引っ込めることなく、次々と身体のパーツが飛び出してくる。

少しして、10歳ぐらいの少年と彼のポケモンだと思われるリオルの身体が完全に茂みから抜け出てきた。ジョウトでは出現記録がないポケモンなので、彼らは恐らく遠い地方から来たのだろう。

 

「グルルル……」

 

リングマは大きな歯の隙間から牙をちらつかせ二人(1人と1匹)を威嚇する。対して少年とリオルは物怖じもしなければたじろぎもしない。

 

「……き、きみ。逃げた方が良い。このリングマは、今非常に興奮しているようだから」

 

小さな声で少年に呼びかけた。黒い目玉が自分を映している。普通のことだというのに、少年の場合はやけにおぞましく感じられた。

だがそれも束の間で、少年はすぐに視線をリングマに向け直す。ウツギにはまるで興味がないといった風だった。

リオルとリングマは戦闘態勢を取る。お互いにいつ飛びかかってもおかしくはない一触即発の状態だ。

 

立場上色々なポケモンを見てきたウツギの見解ではリオルの圧勝だった。リングマは相当気が立っているとはいえ、鍛え抜かれたリオルの身体を見れば一目瞭然である。

小さな身体に強大な力を濃縮しているリオル。そのリオルと共に居るのがまだ年端もいかぬ少年だとは到底考えられなかった。

 

「アマタ」

 

少年の声が拡散する。

瞬間、アマタと呼ばれたリオルは地を駆けようとした脚を止めた。

一体どうしたと言うのだろう。

リオルにも意図は掴めなかったらしく、大きな瞳に疑問の光を宿しながら少年を見る。少年は何も言わず、リオルの顔を見つめ返した。

 

「……アマタ」

 

彼が再びリオルの名を呼ぶと、リオルはウツギの方へ素早く駆け寄って来た。今の呼びかけは、ウツギの安全をリオルに委ねるためのものだったらしい。

リングマはリオルが少年から離れたことにより戦力の低そうな彼を標的としたようだ。ウツギも、あんなに小さな少年が単独でリングマに立ち向かうなど気が触れているとしか思えずにいた。

 

リングマは少年に歩み寄る。

一歩、また一歩と距離が縮まっていく。

やがて、ただそこに立っているだけの彼の頭を食い千切らんと口が開かれーーー。

 

ウツギはそこで、少年が出た行動を見逃さなかった。

 

少年はズボンのポケットから何かを取り出す。

青く小さい球体だ。ウツギはその名を知っていたが何をしでかすかと思えば、それをリングマの口内へ放り込むではないか!

 

「んグッ⁉︎」

 

突然のことにリングマは対応しきれなかったのか、ごくりという音と共に大きな塊がリングマの喉を通って行った。

 

「オレンの実……?」

 

比較的温暖なジョウトではよく育つとされるオレンの実。ポケモンの体調を整える効果がある木の実だ。現にリングマの息は整い始め、身体中から満ち満ちた生命力が溢れ出すのを感じ取る。

何故自らを危険に晒すような真似をするのだろうか?

それは少年が錯乱していることに他ならないとウツギは考えた。

 

しかし。

 

リングマは少年に顔を寄せ、少年もリングマに目を合わせる。いくばくかの時間が流れたあと、事態は収束へと向かい始めた。

そして突如リングマが後ろへ下がり、完全にウツギ達に背を向けるたのだ。時折こちらを確認するように振り向いてくる。『ついて来い』と言いたげだった。

まずは少年が歩き始めた。次はリオル。最後にウツギが、つられるようにしてついて行く。

 

 

 

 

日が傾き始めた頃、リングマの動きが止まった。リングマは全員無事着いて来たのを確認すると横に避ける。

落ち葉や緑色の草花で作られた寝床にいるのは、小さく幼1匹のポケモン。

 

「……ヒメグマ」

 

少年が呟いた。

こぐまポケモン『ヒメグマ』が苦しそうにあえぎながら横たわっている。額には真一文字が刻まれた裂傷。傷口から見るに化膿してしまったのだろう。もしくは破傷風か。

何にせよ、早く処置しなければ危険な状態だ。

 

そこでウツギは、はっとして少年を見た。相も変わらず地面に立っているだけの彼の行動はこれにあったのだ。

何者かにヒメグマが襲われ傷を負い、リングマは気が動転してしまったらしい。リングマの息が荒かったり、酷い興奮状態に陥っていたりしたのはこれが原因だろう。

 

ーーーようやっと冷静になった自分ができた推測を、幼い少年が、しかもあの危機的状況下で行えるなんて。

 

ウツギは信じられなかった。少年の存在が夢幻だと言われた方が納得できるほどに。

 

「おじさん」

 

少年の声は、彼は現実のものだと告げる。妙に恐ろしさを感じる声音だった。

 

「早くポケモンセンターにつれていかないと」

「……っ、そうだね。待って、今ポケギアで連絡するから!」

 

大きくなる語尾は恐怖心を紛らわすため。

幻のような、だが確実に少年は生きている。




指示語が多い‼︎ だが仕方ない‼︎
『ついて来い』は書きながら某少年漫画の主人公を思い出しました。団長の手刀を見逃さなかった人が一番好きです。

追記 11月26日
誤字訂正致しました。

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