ーーー弱者の意気込みも、嘆きも、強者の前では無価値。
ハヤトの眼前でヨルノズクは吹き飛ばされた。それは野生の大型ポケモンではない。
ナユタのリオルだった。
「アマタ、よろしく」
平然と、ただ突っ立っているだけのナユタが言った。あまりに平坦な表情は、切られ削られ冷たくなった、まるで生気の無い木偶だ。だが、その口から溢れる言葉が確実にヨルノズクを敗北へ追いやって行った。
アマタは軽い身のこなしで木々の間を駆ける。
雪辱を果たすためヨルノズクが暗闇から奇襲を仕掛けるが、全て予測通りといったふうにかわされてしまう。
夜、すなわち暗闇は本来ヨルノズクの独擅場であるはずが何故か。それこそまさに、アマタがリオルであることの最大の利点だ。
三半規管すら操ることができる【さいみんじゅつ】といえど、弱点はある。
『目を合わせること』が発動条件ということ。相手(ヨルノズク)とこちらの位置を計らなければ、こちらはただ無鉄砲に四方八方へ技を打ち続けなくてはいけなくなる。
ヨルノズクを攻略するには視界を犠牲に、他神経を尖らせて戦うしかない。
だがアマタは『波紋』を読み取ることで、本来のアンフェアをフェアな状態へ持ち込めたのだった。
いや、身体能力をも考慮すればアマタの方が遥かに有利である。
アマタが木の枝から地面へ降りたのを見計らい、ヨルノズクは【つばめがえし】で空気を裂く。アマタは僅かに身体を右方に逸らし第一撃を避けた。
第一撃、というのは、【つばめがえし】には名の通り『返す刀』である第二撃が存在するからだった。地表すれすれのところでヨルノズクが旋回をすると、長い草丈がたちまち薙がれ視界がぱっと開かれる。
丸裸になった地に立つアマタに、第二撃が襲いかかった。
だが、アマタの磨き抜かれた反射神経がそれを許さない。
瞬間的にアマタはヨルノズクの進行方向とは逆の方へ飛び、第二撃を躱した。当然事態の理解が遅れたヨルノズクは対応しきれず、素早い動きが一瞬緩慢になる。
それをアマタが見逃すわけがない。
弧を描いて飛んでいったアマタの先には木の幹があり、彼はそれを足場として蹴り、こちらに背中を向けているヨルノズクに接近しーーー
「…………っ‼︎」
やっとの思いで振り向いたヨルノズクの鳩尾に、強力な【はっけい】を叩き込んだ。
ヨルノズクはくちばしを大きく開いて空気の塊を吐き出し、やがて墜落した。
「…………な、」
なんだと?
ハヤトの言葉が、一気に冷え固まった空気に溶ける。恐ろしい程信じがたい先のバトル、いや、圧倒的強者による暴行に近い光景が、烙印が如く瞼に焼き付き離れなかった。
***
何だかよく分からないが、アマタが野生のヨルノズクを倒してくれたようだ。良かった。
とはいえ肝心な戦闘描写は、双方の動きが速すぎて何が何だかといった感じだった。まさにヤムチャ視点。まあ俺はただの凡人だからしょうがない。
「アマタ、お疲れ様」
アマタを労って、ひとまず休憩しましょうかと言いかけたとき、ハヤトさんに声を掛けられた。
「君は……。いや、………」
……ん? 続きは?
イケメンから声を掛けられれば同性だって嬉しくなる。男としてのステータスが上がった気分になるからだ。が、言葉がそれ以上続かなかった。
多分、『君はトレーナーなのにポケモンに指示すら出来ないの?』と言いたいんだと思う。全く仰る通りでございます。
そういえば、不思議と音が篭って聞こえる。こう、変なものが膜を張っているような……。気のせいと言えばそれまでかな。
結局返す言葉も見当たらなくて、そっと目線をヨルノズクの方へ逸らす。
まだダメージから回復出来ていないのか身体がぴくぴく痙攣していて、とても可哀想に見えた。攻撃を仕掛けた俺が言えることでは無いんだけれども……。
「離れて、アマタ」
今からポケモンセンターにでも連れて行って介抱してあげないと。
そう思ったら、ヨルノズクがむくりと身体をおこした。
***
ーーーギイイイイイッ‼︎
闇を引き裂く不気味な声が響いたのは、ナユタがアマタに離れろと言った後だった。
「ぐっ‼︎」
脳を直接ぐらつかせるような気味の悪い騒音に、ハヤトは耳を塞いだ。
これが住民達の悩みの種、【さわぐ】に違いない。
さすがのアマタも驚いたのか、反射的に後ろへ下がる。そこでハヤトは、ナユタの言葉の真意を掴んだ。
だがいくら思い起こしても、先ほどの細い時間の中でヨルノズクがこんな行動に出るなんて。そんなことを予測できるような兆候は、ハヤトには見えなかった。
(『オレには』、か……)
そう、ハヤトには。
ナユタには解っていたのかもしれない。
幼い体に秘めた莫大な才能と知識を畏怖すると共に、彼が一体どうやってそれらを得たのかに興味が湧いた。
兎にも角にも今は逃げる他道がない。
「アマタくん、ナユタくん‼︎ ………え?」
ナユタに旨を伝えるべく呼びかけたが、何とも間抜けな声が抜け出てしまった。
仕方の無いことだ。
何故ならナユタは『耳を塞いでいない』のだから。
更にしっかりとした足取りでヨルノズクの方へと向かっている。
一体全体どういうことなのか。
わけも分からずハヤトが「何をしているんだ⁉︎」だとか「早く戻るんだ‼︎」だとか叫んでみるも、ナユタは聞く耳持たず(というよりかは、この爆音で声がかき消されてしまっているのだろう)。
一歩一歩、着実にヨルノズクとの距離を詰めていく。
驚いているのはヨルノズクも同じで、何故自分の技が効いていないのか。又、効かないことに対する焦りや恐怖が目に見えてわかった。
声を最大出力まで上げるもナユタは立ち退きはしない。腰が抜けているのかもしくは意地か、ヨルノズクもその場を離れなかった。
両者の距離はぐっと縮まり、やがて、ヨルノズクの前まで行くと、ナユタは足を止めた。
「ナユタくん、まさか……! やめろ‼︎」
状況を素早く読み込んだハヤトは、ナユタがヨルノズクに手を上げるのではないかと危惧し、叫んだ。通常の縄で縛るなりモンスターボールで捕まえるなりして斡旋所にほっぽり出すもの、とはいえナユタは違う。
ハヤトとの戦闘を邪魔立てしたヨルノズクを、ナユタが少なからず憎んでいるならかなりまずい。如何なるバウンティーハンターでも、必要以上の攻撃は違反だ。
しかし、事態はハヤトの予測とは全く別な方向へ展開する。
ナユタの左腕は確かにヨルノズクへと伸びた。
だがそれは攻撃のためではない。
「……もう、いいよ。大丈夫だよ」
白く細く、幼い姿に似合わぬ運命を果敢に受け止めてきた腕が、ヨルノズクを包み込んだ。相も変わらず抑揚の無い声には暖かな響きがあり、冷たい闇を空気ごと溶かす。
丁度東端から現れた太陽が朝を告げた。ヨルノズクが心に抱えていた夜の終わりを知らせる合図だ。
ハヤトは自分が何か神聖な、しかし見覚えのある光景を見たような気がした。きっとそれは誰しもが幼い頃に受けた、見返りを求めない優しさである。
ものの数分前は憎悪していた相手にこんな感情を向ける自分。不思議な気分だった。
いつの間にかヨルノズクは【さわぐ】ことをやめ、場に沈黙が戻る。
ハヤトは気付く。
きっとヨルノズクは寂しかったのだ。
トレーナーに捨てられても持ち続けていた微かな希望を心ないバウンティーハンター達に踏み躙られ、気づいて欲しいがための【さわぐ】も、結局は空回りしてしまう。もてあました力ゆえに野生にも馴染めず、当の主人は未だ現れず。
(オレじゃ、ヨルノズクの心を解ってやれなかっただろうか)
答えは既に出ていた。
他人を出し抜きたいという不純な意識を持っていた、ナユタの強襲はそんなハヤトを諌めるためだったのだ。人間としてもトレーナーとしても格上の相手に、何も理解せず挑むのは籠の中で粋がっている小鳥くらいである。
***
恐ろしい爆音に意識が途切れ、やっと覚醒したとぬか喜びしたら何故かヨルノズクに抱きついている自分がいるでござるの巻。
なんとなく理由はわかる。
夢だ。
夢の内容はというと、俺が久々に実家へ帰っておふくろから夕飯をご馳走になっているというものだった。
おふくろは俺の帰省に狂喜してくれて、その場のノリと勢いに任せ大量のおかずを作りまくった(刺身、天ぷら、唐揚げ、カレーetc)。当然俺は食べ切れず、「もう(ご飯は)いいよ」とか「(ちゃんといつも食べてるから)大丈夫だよ」とか、そんなことを言ってベッドイン。
さしずめベッドと思っていたものがヨルノズクだったのだろう。やけに柔らかかったのはこういう事か。
恐る恐るハヤトさんを見れば、なんと目尻に涙が!
感情が昂ぶり、涙が出てしまったらしい。それほど俺のふざけた行為が気に入らなかったと見える。
すみません、悪気はなかったんです。文句は夢の中の母に言ってください。
「ナユタくん……」
「わかっています。もう、十分ですから。ね、アマタ」
「うおんっ」
もう十分です。十分理解したので、どうか俺の愚行をお許しください。アマタもこう言っていることですし。うん。
「……それで、この子は」
左腕に収まって……収まりきってはいないヨルノズクくんはどうするのだろうか。既に痙攣は止んだようだから、一度ポケモンセンターで診察してもらえば良いのかな。
ハヤトさんは少し間をおいて言った。
「これはオレからの頼みなんだが、どうかそのヨルノズクを預かっていて貰えないか?」
えっ。
出掛かった声を抑えることには成功したが、一体全体なんてこったい?
「預かる……」
「ああ。本当のトレーナーが見つかったら君に連絡する……と言っても、悲しいがこのヨルノズクは『逃がされた』と思う。だからつまりは、君にこの子のトレーナーになってもらいたい、そういうことになるかな」
「どうだろうか」だなんて言ってくるハヤトさんである。ジムリーダーから懇願されて断れる奴がどこにいるのか。こう言うのを無言の圧力というに違いない。
「わかりました」
「ありがとう! それじゃあ……」
承諾以外の選択肢はないからしょうがない。
生憎、理由は謎だがこのヨルノズクは俺に好意をもってくれているようだし。
結果、ヨルノズクは俺の手持ち(仮)になった。ハヤトさんはジムの仕事があるとかで、ポケギアに電話番号を登録した後現地解散ということに。
この番号をファン達に言いふらせば……なんて邪な考えはない。多分。
「さてと」
俺は改めてヨルノズクを見つめる。
アニメだとヨルノズクは無表情なイメージがあったのに対し、こちらの子は表情豊かだ。現に嬉々とした顔でこちらを見つめ返してくれている。
「うーん……」
ハヤトさんの口振りからすると、この子は『逃がされた』、つまり野生のポケモンであるからして、別にニックネームを付けても文句は言われないはず。
「確か……【つばめがえし】と、【シャドーボール】……だっけ?」
「ホーホー」
しっかり返事まで出来るとは、以前のトレーナーには中々良い躾を施されていたようだ。せっかくこうまで立派に育てておいて逃がすなんて、いったいどうしたんだろうか。
とにかく、彼は優秀。
確か先ほど見たのは、通常では覚えられない技だから。特殊と物理の両刀……いうなれば万能型になるよう鍛えられていたのかもしれない。ゲームにおいての種族値やら努力値などが実在するのかは謎だが、あれだけ強そうに技を打てるのなら、ぽんぽん技をおしえるのも納得できる。
「万能かあ、……あ」
ピコーン。
頭に豆電球が灯く要領で、我ながらナイスなアイデアが浮かんだ。
「『万能』からとって、【ヨロズ】。どうかな」
『ホホー!』
優秀な人材にはかっこいいニックネームが似合う。そのままに『万能くん』とかじゃ可哀想だもんなあ。
多少中二病くさくたって、ヨルノズクはイケメンだから大丈夫。
「よし。……アマタ、あいさつして」
俺の呼びかけに、アマタは渋々と言ったご様子でヨロズに近づく。ヨロズは仲間同士よろしくねぇといった感じで鳴いたのだが、アマタは少しだけぐるる、と鳴いただけだった。……人見知りめ。
「おれはナユタ。よろしく」
『ホー』
和やかな雰囲気の中、俺は耳に違和感を感じて小指を突っ込むと何かを発見。取り出してみると草の塊で、驚くことに左右の耳に入っていた。
いつ混入したのか謎で、まったく恐ろしい限りだ。
そういえば、俺はまた何かを忘れている気がする。
だがまあ、忘れるということは大事なことではないのだろう。
なにはともあれ、新しい仲間が増えたことは祝わないとな。美味しい食べ物でも皆で食べに行こう。
調査が終わったら、だけど。
彼は健忘症のきらいがある気がします。
【ヨロズ】(ヨルノズク)
性別:♂
性格:さみしがり・ものをよくちらかす
技:シャドーボール、つばめがえし、さわぐetc
ヨロズはまさに『万』です。
でっかい数字ってやはりかっけぇですね!
何故ナユタの鼓膜が破れなかったのかというと、チョロっと出てきた草の塊のおかげです。
ハヤトさんを巻き込んで転んだときに混入したものと思われます。悪運つよし。