お嬢様の執事となりまして   作:キラ

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今回短いです。



それもひとつの能力です

 ――俺は面倒が嫌いなんだ――

 僕が人生で一度は言ってみたいセリフのひとつである。超偉そうな感じで、ちょっと気だるげに言い放ったりしたらきっとかっこいいことだろう。

 もっとも、今の僕にはそこまで強く出られる相手もいない。なので自然に使用できる機会が全然来ないのがもどかしい。

 仮に僕がセシリアお嬢様の立場になったなら、おそらく3日に1回のペースで執事相手に口にするに違いない。お前どんだけ面倒くさがりなんだよと思われるレベルで言いまくるだろう。特に意味もなく。

 でも、実際そんなことしてたらひと月もしないうちに飽きが来そうだ。何かが欲しい欲しいと望み続けたくせに、いざ手に入るとあまり執着しなくなる、というパターンになりかねない。

 そう考えると、これに関しては『届かぬ憧れの言葉』のままでいいのかもしれない。

 一度しかない人生、本気で手を伸ばすべき対象は他にいくらでもあるだろう。

 

 さて。

 こんなセリフに憧れている僕に限らず、基本的に人間は面倒を嫌うものだ。

 なんでわざわざそんなことをしなくちゃいけないのか、とか、もっと楽なやり方ないのかー、とか。大抵の人は少なからず感じることの多い心情だろう。

 僕もそうだから、1年かけて屋敷での仕事の効率化を図り続けた。当たり前のことだが、仕事の質を落とさずに、である。お嬢様にご奉仕しようという精神はきちんとあるので、手を抜いて時間短縮などといった考えは許されない。というか、許す許さない以前にクビになる。

 少し話が逸れてしまったが、要するに人という生き物は面倒なことを好まないのが普通なのだ。

 だからこそ、面倒を率先して引き受けてくれる存在は貴重なのである。

 

「マーシュ先生。お茶をどうぞ」

「いつもありがとうございます」

 

 その貴重な人材のひとりが、今も僕の目の前で愛想の良い笑みを浮かべている山田真耶さんなのだろう。

 頼まれる前から多くの教員のためにお茶くみにいそしむ姿は、まるでどこかの給仕さんのようにも見える。

 

「立派ですね、山田先生は」

「はい?」

 

 隣の席に腰を下ろした彼女は、僕の言葉を聞いて首をかしげた。

 

「急にどうしたんですか?」

「唐突かもしれませんが、褒めたくなったので褒めました。いつも皆さんのために率先して動いているのは、本当に偉いと思いますから」

 

 お茶くみだけではない。荷物運びを手伝ったりとか、その他雑用を彼女は頻繁に引き受けている。誰かに頼まれれば基本的に二つ返事だし、頼まれなくても気を利かせることが割と多い。

 

「いえいえ、そんなことないですよ。偉いだなんて言いすぎです」

「謙遜することないと思いますよ。利益も義務もないのに行動できるのは、胸を張って誇れることです」

「大げさですって」

 

 わたわたと両手を振って否定する山田先生。日本人は謙遜することが多いと聞くが、どうやら彼女もその例に漏れないらしい。

 

「そもそも、それならマーシュ先生だって同じじゃないですか。ISいじり部を立ち上げたりとか」

「教師が生徒のために働くのは義務でしょう。山田先生の場合、同僚のために働いているんですから質が違います」

「うーん……」

 

 仕事の範囲内で努力を重ねるのであれば、僕だってそうだ。与えられた役目には完璧に応える。それが執事イズムである。

 

「私には、よくわかりません」

「そうですか。まあ、別に問題があるわけじゃないので大丈夫です。僕が個人的に評価しているというだけなので」

 

 先ほど淹れてもらった日本茶をすする。ほどよい熱さが体中に染みわたった。

 

「私はただ、少しでもお役に立てるようにと思っているだけですから」

 

 にこにこ笑いながら、机の上を整理し始める山田先生。

 

「昔からどんくさくて、みんなの足を引っ張ってばかりだったんです。でも、ISに関することだけは少し自信を持つことができて……だから、ここの教師になったんです」

「なるほど」

「でも、まだまだ失敗も多くて……ちょっとでも挽回できるように、他の部分で頑張ろうと」

 

 それが職員室での活躍につながっているというわけか。

 彼女の授業は生徒からの評判もいいというのに、本人としてはまだ納得がいかないらしい。

 きっと真面目で、おまけに優しい人なんだと思う。

 

「新入りの僕が言っても、説得力の欠片もありませんが……山田先生は、将来すごい先生になると保証しますよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 上を見続けることのできる人間は、強い。その向上心さえ失わなければ、もっと成長できるに違いない。

 ……彼女は、僕とは違うのだから。

 

「マーシュ先生? どうかされましたか」

「えっ」

「いえ、なんだかぼーっとしているようだったので」

「ああ……すみません。少し考え事をしていました」

 

 余計な感情を心の奥に追いやり、僕はごまかすための笑顔を作った。

 幸い、山田先生はそれ以上追及してくることはなかった。

 

「そういえば、マーシュ先生はどうして執事の仕事を?」

「僕ですか?」

「はい。教員になった理由は秘密と言っていましたけど、ひょっとして執事の方もそうなんでしょうか」

「いいえ。執事になった経緯なら、話しても問題はありません。といっても、たいしてストーリーがあるわけでもないんですけど」

 

 今度は僕が就職選びの話をする番になる。ただ、まとめてしまえば本当にあっさりしたものになってしまうのだが。

 

「簡単な話です。知り合いに貴族の屋敷で働いてみないかと勧められて、お給料もいいみたいだったので承諾した。以上ですね」

「お給料ですか」

「はい。とはいえ、今ではやりがいを持ってお嬢様にお仕えしています」

「その仕事を選んで正解だったというわけですね」

「その通りです」

 

 最初はお嬢様に何度も怒られて、クビを切られかけた回数は両手の指で数えきれるかどうかというくらい。

 現在はある程度信頼を置いてもらっていると確信しているが、考えてみればよくあそこから持ち直したものである。

 本当に、周囲の人達によく助けられた。

 

「頑張ってくださいね。執事の仕事も、教員の仕事も。助けが必要なら頼ってください」

「ありがとうございます。山田先生の方も、何かあった時は僕に言ってもらえれば力になりますので」

 

 席も隣なんだし、仲良く助け合いの精神を持っていこう。

 ……とまあ、真面目な話はこれくらいにして。

 

「ところで先生、僕が入学式の日にした予言を覚えているでしょうか」

「予言? いったいなんの……あっ」

 

 思い出した、という顔になる彼女を見て、僕はニヤニヤと笑いかける。

 

「あの時僕は、1ヶ月以内に山田先生は生徒から可愛いあだ名をつけられると言いました。あと1週間ほどで期限になりますが、どうでしょうか?」

「……その顔、もう答えはわかってるんじゃないですか」

 

 ジト目で口をとがらせる山田先生。僕の中の隠れた嗜虐心が思わず疼いてしまうような反応だった。

 

「正確なあだ名の数は把握してないので」

「……4つです。先生をあだ名で呼ぶのはどうかと思うんですけど。ヤマヤってなんですかヤマヤって」

「愛されている証拠ではあるでしょうけどね」

 

 珍しくぷんぷんしている彼女の姿を見ることになった。彼女の理想とする教師と生徒の距離感と、現実のそれとが異なっているのだろう。

 ちなみに僕の方は、男ということもあってさすがに可愛らしいあだ名なんてものはついていなかった。せいぜいファーストネームで呼ばれるくらいだ。

 

「私も織斑先生みたいに風格が身につけばいいんですけど」

「確かに、あの人は威圧感が違いますね」

 

 でも、僕としては今の状態がちょうどいいんじゃないかとも思う。少なくとも、現在の教員の編成を考えると……。

 

「あ、織斑先生」

 

 ちょうどその時、話題にあがっていた織斑先生が職員室に戻ってきた。

 山田先生は僕にぺこりと頭を下げてから、彼女のもとに歩み寄る。

 

「この前の職員会議で出た話についてなんですけど――」

「……ああ、そうだ。すっかり忘れてしまっていた」

 

 なんとなく様子をうかがっていると、どうやら織斑先生が担当している作業に関する話をしているらしい。

 

「すまないな。いつも君には助けられている」

「それはお互い様ですって。今から一緒に行きましょう」

 

 申し訳なさそうな表情をする織斑先生に対して、山田先生はいつもの柔和な笑みを返す。

 そして、そのままふたりは並んで職員室を出た。これからどこかに向かうようだ。

 

「担任と副担任。やっぱり、いいコンビなのかな」

 

 生徒に厳しめの担任と、逆に優しめの副担任。加えて、仕事上でも互いにフォローし合える。

 仮に山田先生まで織斑先生みたいになったら、1年1組の生徒達はプレッシャーが半端ないことになってしまうだろう。

 かといって、織斑先生が山田先生みたいになると、それはそれでクラスの雰囲気が緩くなりすぎる危険もある。

 だから、今くらいがちょうどいいバランスなんじゃないかと僕は思う。

 

「ん?」

 

 ふと隣の机に目をやると、束になった書類が無造作に置き去られていることに気づいた。

 ……確かこれは、先ほど山田先生が『すぐに提出しなくちゃいけないんです』と言っていたものだったような。

 実際、僕との話が終わったら持っていく感じの様子を見せていたし。

 

「忘れ物、かな」

 

 織斑千冬さんと山田真耶さん。

 いいコンビなんだけど、どちらも微妙にドジっ娘属性なのがたまに傷か。

 ……まあ、そこは僕や周りの人達がフォローしてあげればいい。

 とりあえずは、この書類を持ってふたりを追いかけるとしよう。

 




というわけで、山田先生とくっちゃべってるだけの回でした。でも切りどころとしてはこのあたりになると思ったので、短いお話になりました。

あと2人ほど原作キャラにスポットライトを当てたら、とりあえず第一章は終わりです。
日常ものに章とかつくの?という疑問もあるかと思いますが、僕の中でのひと区切りがそのあたりになる、という感じです。別にそこで最終回というわけではないので、読者の皆様は気にしなくて大丈夫です。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。

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