お嬢様の執事となりまして   作:キラ

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これもひとつのギャップ萌えか

 人には様々な顔がある。

 素直な性格、と言われる人は数多けれど、本当の意味で裏表のない人なんてほとんどいないだろう。

 場所や時間、周囲にいる人間、その時の自身の精神状態。そういった要因に左右され、同じ人物がいろいろな一面を見せる。それが普通である。

 もちろん僕だってそうだ。お嬢様に対する態度と、年下の同僚に対する態度とではまったく異なる。かといって、どちらかで仮面を被っているという自覚はない。どちらも本物の僕の顔なのだ。

 

「おや?」

 

 4月最後の日曜日。

 運良くというかなんというか、僕はとある人の休日の姿を目にすることができた。

 

「こんにちは。織斑先生」

 

 商店街の本屋の1階。女性用雑誌のコーナーに、彼女はいた。

 いつも見かけるスーツ姿ではなく、白のワイシャツにジーパンという動きやすそうな格好をしている。

 

「……マーシュ先生。こんにちは」

 

 雑誌を手に取ってなにやら悩んでいる様子だった織斑先生は、僕に気づくやいなや素早くそれを棚に戻した。

 表紙を見る限り、結構若い子、ティーンズ向けの物に思えたが……隠したということは追及されたくないのだろう。触れないことに決めた。

 

「奇遇ですね。学園の外でお会いするなんて」

「マーシュ先生は、なぜこんなところに? 本を買うにしても、駅前にここと同じくらいの規模の本屋がありますが」

 

 織斑千冬さん。年齢は僕のひとつ下だが、教員としては彼女が先輩。

 厳しい指導をすることで有名で、普段の態度もきびきびしていてクールである。その恵まれた容姿も合わさって、生徒達からはかっこいい女性として大人気。

 僕が冗談を言うと時折うろたえた様子を見せるものの、基本的には年下と思えないようなオーラを纏っている。

 ざっとまとめると、僕の知っている彼女はこんな感じの人だ。

 

「ここの商店街にある喫茶店に足を運んでみようと思っていまして。ついでに日本の本も見ておこうかと、先ほど思いついただけです」

「そういうことでしたか」

「織斑先生の方も、こちらに何か用事が?」

「用事というほどのことではないのですが、このあたりは私の地元なので」

「へえ、そうだったんですか」

 

 ということは、近くに織斑先生の自宅があるのか。どんな家なのか少しだけ気になる。

 

「ところで、今喫茶店と言いましたが……もしかすると、あの店ですか」

 

 さりげなく雑誌の棚を体で隠せるような位置に移動しながら、織斑先生は僕が訪ねる予定の店の名前を口にした。

 

「ああ、そこです。生徒のひとりからケーキがおいしいと聞いて、興味が湧いたんですよね」

「なるほど。確かに、あの店は他人に薦められるレベルでしょうね」

「織斑先生も行ったことがあるんですね」

「ええ、何度か。……それに、ちょうどこれから行こうかと考えていたところです」

 

 ほう、偶然も重なるものだ。まさか目的地まで同じとは。

 いい機会だし、ちょっとお誘いしてみようか。

 

「よかったら、これから一緒に行って相席しませんか?」

「相席、ですか」

「同僚の先生方とは、できるだけ親交を深めておきたいと思っているんです。もちろん、都合が悪いのなら断ってもらってかまいません」

 

 特に深い意味はないですよ、と付け加え、あちらの返事を待つ。

 仮にOKをもらえたとしても、嫌そうな顔をしていたらすぐに引き下がることにしよう。

 

「……では、そうしましょうか。よろしくお願いします」

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 いつも通りのクールな顔つきで、織斑先生は僕の提案を受け入れてくれた。

 ほっと胸をなでおろし、僕は彼女に軽く頭を下げた。

 

「どうします? 買いたい本とか残っていますか?」

「いえ、私はもういいです。マーシュ先生の方は」

「僕も大丈夫です。それなら、早速移動しましょうか」

 

 午後のティータイムにはちょうどいい時間だ。

 本屋を出た僕達は、商店街の道を並んで歩き始める。

 

「織斑先生の私服は初めて見ましたけど、似合っていますね」

「あ、ありがとうございます」

 

 外見を褒められるのは苦手なのだろうか。彼女は視線を逸らして返事をした。

 

「そちらは、休日でもスーツを着ているのですね」

「こっちの方が気が引き締まりますから。お嬢様から連絡があった場合、できるだけ早く駆けつけなければなりませんし」

「お嬢様……オルコットのことですか」

「はい。といっても、ここに来てからはできるだけ僕を呼ばないように努力なさっているようですが」

 

 他のみんなは使用人なしで生活しているのだから、自分も――そういう思いがあるのだろう。屋敷とは異なり、IS学園寮は共同生活だから。

 そういう背景があるからこそ、僕もこうして休日は自由に動くことができている。

 もちろん、有事の際は全力でお嬢様をお助けすることに変わりはないけど。

 

「おや、千冬ちゃんじゃないか」

 

 他愛のない話をしながら歩いていると、右手の八百屋から女性の元気そうな声が聞こえてきた。

 

「野本さん。こんにちは」

「はい、こんにちは。相変わらず綺麗な顔してるねえ」

 

 八百屋から出てきたのは、おそらくここの店員である見た目40代ほどの女性だった。

 知り合いであるらしい織斑先生と挨拶した後、彼女は僕に目を向ける。

 

「そこの金髪のお兄さんは外人さんかい?」

「あ、はい。ハーフですが、一応は」

「そうかいそうかい。千冬ちゃんもイケメンな彼氏捕まえたもんだよ」

「いえいえ、僕なんてせいぜい雰囲気イケメンってやつですよ」

「そんな謙遜いらないよ。うちの旦那の若い頃よりずっとイケてるからさ」

「そうですか? いやあ、うれしいな」

「……マーシュ先生。まず彼氏という単語を否定してください」

 

 僕が頭をかきながら照れていると、織斑先生が呆れた様子で声をかけてきた。

 

「野本さん。彼は職場の同僚です。特別な関係は何もありません」

「あら、そうだったのかい。並んで歩いているもんだからてっきり勘違いしちゃったよ」

「今時、男と並んでいたくらいで付き合っていると解釈していたらキリがありません」

「でも、私は千冬ちゃんが一夏君以外の男と歩いてるの見たことないけどねえ」

「………」

 

 どうやら痛いところを突かれたらしい。急に織斑先生が黙りこんでしまった。

 このままの空気にしておくのもアレなので、話題を変えておこう。

 

「ええと、野本さんでよろしいのですよね。はじめまして。カズキ・マーシュと申します」

「おやおや、礼儀正しい子だね。こちらこそ、はじめまして」

 

 そのまま野本さんと軽く世間話を行った後、僕達は再び喫茶店への道を歩き出した。

 織斑先生も、別れ際にはいつものペースを取り戻していた。

 

「恋人だと勘違いされてしまいましたね」

「すみません」

「織斑先生が謝ることではありません。それに、美人さんと付き合っているというのは、独り身の男にとっては光栄な勘違いですから」

「……そうですか」

 

 こんな感じで、無事話は収まった。

 ……と、なるはずだったのだが。

 

「うおっ! 千冬ちゃんが男連れてやがる!」

「ついに俺達の千冬ちゃんに彼氏ができたのか」

「一夏にいちゃんのおねえちゃん、けっこんしたのー?」

 

 結論から言えば、勘違いしたのは八百屋の野本さんだけではなかった。

 魚屋の男店主、道を歩いていた大工のおじさん、さらにはまだ学校にも通っていないくらいの小さな女の子。

 ただ商店街を通っているだけなのに、やたら多くの人達が僕と織斑先生に注目していた。

 どうやら、彼女が男を連れているという状況はそれだけ驚くべきことらしい。

 

「大人気ですね。先生は」

「本当に、申し訳ありません」

「いいじゃないですか。それだけここの皆さんがあなたのことを見ているという証拠です」

 

 彼らの言葉からは、なんとなく温かみを感じる。

 ここまで言うと大げさになるかもしれないが、おじさんおばさん達は織斑先生を娘みたいに扱っていたように僕には思えた。

 

「愛されているんですね」

「……そう、ですね。ありがたい話です」

 

 ずっと困り顔だった彼女の口元が、かすかに緩んだように見えた。

 

「この町には、優しい人がとても多い」

 

 目を閉じて、何か思い出に浸っているのだろうか。

 僕の言葉に返事をしながらも、彼女の意識は半分別のところにあるような、そんな気がした。

 

「………」

 

 過去に報道された内容が事実ならば、織斑家の両親は何年も前にいなくなっていたはず。

 その背景とこれまで目にした光景とを組み合わせれば、だいたい境遇の想像はつくが……。

 

「私の過去を推測しているのですか」

「……ばれてしまいましたか」

 

 いつの間にか、織斑先生の視線がこちらにじーっと向けられていた。考え事を見抜かれてしまったようだ。

 

「妙な勘違いをされても困るので、私から説明します」

「いいんですか?」

「別に、隠したいことでもありませんから」

 

 さばさばした態度で語り始める彼女の顔を、僕は歩きながらも見つめていた。

 

「10年以上前に、私は両親を失っています。死別ではなく、本当に忽然と姿を消してしまった。身を寄せるあてもなかったので、それ以降は弟とふたり暮らしになりました」

「その時期だと、まだ学生でいらしたはずですよね」

「ええ。そしてそんな私達を不憫に思ったのでしょう。商店街の人達をはじめ、たくさんの方々が親切にしてくれました。たとえば野本さんなんかは、野菜を買いに行くと必ずおまけをくれたんです。私がいくら遠慮しても」

 

 先ほど知り合った女性の顔を思い出す。

 いいですいいですと断る少女に、無理やり大根を押しつける光景が容易に思い浮かんだ。

 

「野菜を買っていたということは、料理もご自分で?」

「……はい。一応は、ですが」

 

 なぜか織斑先生の表情が曇ってしまった。何かまずいことを聞いただろうか。

 

「料理はどうも苦手なんです。昔は本当に失敗続きで、恥をしのんで近所の奥様にアドバイスをもらっていたほどでした」

「そうなんですか。なんだか意外ですね」

「結局今でも改善されてはいません。台所で苦労している私を見かねた弟が料理担当になって、気つけばすっかりあいつの方が上手になっていました」

「はは、一夏君には料理の才能があったんですね」

 

 料理が苦手といえば、お嬢様もそうだ。

 才能あふれる人というのは、どこかしら大きな弱点を抱えているものなのだろうか。

そう考えると、なんだか微笑ましい。

 

「………」

 

 僕の反応を『馬鹿にしている』と受け取ったのか、無表情を装いながらもどこか拗ねた様子の織斑先生。

 

「ああ、すみません。別に何が悪いとか、そういうことじゃないんです。ただ……そう、可愛らしいなと思っただけで」

「っ……可愛らしいなんて、本当に久しぶりに言われました」

 

 僕の言葉を聞いて、彼女は少しだけうろたえる。まあ、普段は可愛いよりもかっこいいと言われる機会の方が多いのだろう。

 

「以前、街中でナンパされた時以来です。確かその前もナンパだったような」

「それって、僕はナンパ男と同レベルということなんでしょうか」

「さあ、どうでしょう」

 

 普段からかわれていることに対する意趣返しのつもりだろうか。彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべて、あえて言葉を濁してきた。

 彼女のそんな表情を見たのは初めてだったので、少しは仲良くなれたのかな、なんて思ったりもする。

 

 

 

 

 

 

 その後、喫茶店に到着した僕達は窓際の2人席に腰かけた。

 

「いい雰囲気のお店ですね」

 

 木製の壁やレトロな小物が、適度な古風さを醸し出している。

 店内に流れるクラシックと相まって、心を静かに落ち着かせてくれた。

 

「一夏君も、ここに来たことはあるんですか」

「ええ。何度か連れてきたこともありますし」

「なるほど」

 

 実を言うと、僕がここに来た目的は単にケーキを食べるためだけではなかったりする。

 お嬢様がひそかに一夏君をデートに誘うプランを練っていたので、その際訪れる場所の候補としてどうかなと考え、確かめにきたという意味合いもあるのだ。

 商品の味が良ければ十分プラスなのだが、すでに相手方が訪れたことのある店というのは若干減点ポイントかな。よほどのお気に入りとなれば話は別だけれど。

 とりあえず、味をしっかり採点してみようかな。

 ウェイトレスさんを呼び、それぞれ注文を伝える。

 

「私はコーヒーとチョコレートケーキを」

「僕はエスプレッソとチーズケーキ、あとこのフルーツジャンボパフェをください」

「かしこまりました」

 

 注文を一通り繰り返した後、去っていくウェイトレスさん。

 僕が頼んだ3品目を聞いて、織斑先生は目を丸くしていた。

 

「ジャンボパフェも頼むんですか。結構大きいですよ」

「大丈夫です。僕、甘い物好きですから」

 

 それに、食べようと思えばかなり腹に詰め込めるタイプでもある。昔、食事の時間が面倒だった時、回数を減らして一度に食べる量を増やしたこともあるくらいだ。

 

「仕事に関する話とか、聞いてもいいですか?」

「かまいません。共通の話題と言えば、それくらいしかないでしょうし」

 

 教師としては、僕はまだまだ未熟な駆け出し者。

 彼女に限らず、先輩方からいろいろアドバイスをもらっておきたい。

 

「お待たせしました」

 

 あれこれ話しているうちに、続々と注文の品が運ばれてきた。

 コーヒーにエスプレッソ。ケーキ2つと、そして最後にジャンボパフェ。

 

「おお、ホントに大きい」

 

 でもおいしそうだ。フルーツたくさん乗ってるし。

 

「では、いただきましょうか」

「そうですね」

 

 手を合わせてから、僕はスイーツの山を切り崩しにかかった。

 

「うん、おいしい」

 

 チーズケーキはほどよくしっとりしていて口触りがいい。エスプレッソの味もなかなかだ。

 そして、個人的に一番の当たりはパフェかもしれない。生クリームとフルーツの配分が絶妙で、甘さと酸っぱさが混ざり合って本当においしい。

 鏡がないのでわからないけど、きっと僕の頬は現在緩みっぱなしだろう。

 

「………」

 

 ふと視線を感じる。

 顔を上げると、織斑先生が心なしか物欲しそうな目つきでジャンボパフェを凝視していた。

 

「よかったら、食べます?」

「っ!? い、いえ、結構です」

「でもなんだか食べたそうにしてますよ? 今まで頼んだことがなくて、いざ実物を見たら無性に味わいたくなったとか」

「……マーシュ先生は、エスパーですか」

 

 どうやら図星らしい。実は彼女、意外と感情が顔に出やすいタイプなのかもしれない。

 

「ほら、この辺とかまだ口つけてませんし。なんなら取り皿を持ってきてもらって」

「わ、わかりました。いただきます」

 

 テーブルに用意されていた予備のスプーンを手に取り、パフェの山の一部を削り取る織斑先生。クリームの上にオレンジ一切れが乗っている。

 しばらくそれを見つめた後、パクリと一口。

 

「………うん」

 

 うわ、今すっごい幸せそうな顔してる。

 

「………っ!」

 

 でも僕に見られていることを思い出して、必死に表情を取り繕うとし始めた。その反応がまた可愛い。

 

「織斑先生って、やっぱり可愛らしい方ですね」

「……う」

 

 人には様々な顔がある。

 同じ人物であっても、状況によって数々の一面を見せてくれるものである。

 そして今日。休日の昼下がりに、僕はクールビューティーな同僚の新しい顔を発見したのだった。

 




カズキの一人称で進行していますので、他のキャラの行動に謎が残ることもあります(千冬が雑誌を見ていた理由など)。この辺の要素に関しては後の話で回収する予定です。

千冬姉は町内だとわりと人気なんじゃないかという印象。束と知り合う前は結構荒れていたようですが、それ以降は普通にコミュニケーションとってるでしょうし。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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