IS学園の校則では、生徒は全員何かしらの部活に所属しなければならないと定められている。
唯一の例外は男子である一夏君で、彼の処遇に関しては現在審議中とのこと。
「お嬢様。そろそろ部活動の仮入部期間も終わりますが、どこか興味のあるところは見つけられましたでしょうか」
「一応、テニス部に入ってみようかと考えていますわ。幼い頃から、ラケットに触れる機会はそれなりにありましたから」
時刻はそろそろ午後8時。
お嬢様のお部屋で紅茶とお菓子を用意する傍ら、僕は学園生活のあれこれについて話を聞いていた。
「私は茶道部かなー。おしとやかになって女子力アップを目指すの――うわ、この紅茶おいしい」
「口に合ったようでうれしいよ」
最近はこうして、お嬢様のルームメイトである下山さんも一緒におもてなしすることが多い。最初は執事らしく敬語で接しようかと提案したのだが、本人が断ったので今はフランクな態度をとらせてもらっている。
「当然ですわ。良い茶葉を使っているうえに、淹れているのがカズキですもの」
「へえ、先生ってお茶淹れるの上手なんだ」
「執事ですから」
恭しく一礼をすると、下山さんは『わー、本物の執事のアレだ!』と若干興奮した様子を見せる。珍しいものを目にして喜んでいるようだ。
「いいなー、私も執事欲しいなー。ねえセシリア、1日でいいからマーシュ先生貸してくれない?」
「それはかまいませんけど、カズキは結構高給取りですわよ」
「えー、お金取るの?」
「わたくしの執事ですもの、そう易々と貸し出すわけにもいきませんわ。一度無料で差し出したせいで、その後いろいろな方の間で引っ張りだこになっても困りますし」
「うう、貴族のプライドってやつ?」
「そんなところですわね」
すまし顔で答えながら、お嬢様はビスケットを口に運ぶ。下山さんは残念そうに肩を落としていた。
申し訳ないと思う反面、主人に大事にされていると感じられるのは素直にうれしい。
「……ふう」
「どうかされましたか?」
「いえ、先ほどの部活動の話に関係しているのですが」
悩ましげな表情をしながらお嬢様が語るには、どうやらテニス部に熱を入れるかどうか迷っているとのこと。
「最近、放課後は毎日一夏さんの訓練につき合っているので……そちらに集中すると、部活動の方にあまり顔を出せなくなるのは明白です」
「セシリア、織斑くんのこと大好きだもんね」
「そ、そういうわけではありませんわ! わたくしはただ、唯一の男性として恥ずべきことのないような実力を身につけてほしいだけであって」
「どーだかねえ」
「うっ……か、カズキぃ」
下山さんにからかわれ、涙目でこちらに視線を送るお嬢様。なんと庇護欲をかき立てられるお声だろうか。
咳払いで流れを切り、僕は個人的な考えを口にする。
「私としては、テニス部の活動にもきちんと参加なさった方がよろしいかと思います」
「理由を聞いてもいいかしら」
「お嬢様が織斑君との時間を大切になさっていることは十分承知しています。ですがそれとは別に、学生時代の部活動というのも大事なものです」
人と人とのつながり。他人と共通の目的を持って努力すること。学業以外のことにチャレンジしてみること。他にも挙げればたくさんある。
「大人になってからは、なかなか得難い物ですから。そのことに、学生だった頃の私は気づけませんでした。自分が失敗したからこそ、お嬢様には別の選択をしてほしいのです」
いわば反面教師というやつだ。後から振り返って、僕の青春時代はまさしく灰色って感じだったから。
「そうですか。……カズキに真面目な顔で言われると、なんだか逆らえなくなってしまいますわ」
「恐縮です」
「とりあえず、テニスの方にもある程度集中してみることにします」
柔和な笑みを浮かべながら、お嬢様はそう答えてくれた。
それを黙って見ていた下山さんが、ふと思いついたように口を開く。
「なんだか、先生ってセシリアのお父さんみたいだね」
「えっ」
「……はい?」
同時に目を丸くする僕達。その反応を面白がるかのように、彼女は笑って話を続けた。
「お父さんは失敗しちゃったから、娘にはそういう風になってほしくないって優しく言い聞かせる。で、娘も素直に納得する。これって親子じゃない?」
それは、確かに似ている部分もあるかもしれないけれど。
しかし、僕ごときがお嬢様の父親だなんて恐れ多い限りだ。
「しかし考えてみれば、25歳だと普通に子供を持っていてもおかしくない年齢か。はあ……」
「最近は晩婚化進んでるらしいし、そんなに落ちこむことないと思うけど」
恋人すらいない現実を改めて突きつけられてテンションの下がる僕と、それをやんわりとフォローする下山さん。
「……父親」
お嬢様だけは、しばらくの間上の空状態だった。
*
コミュニケーションは人間を形作る上で大切な要素のひとつだと、僕はそう考えている。
人間、ひとりでは生きていけない。ひとりでいた方が気楽だと言う人もいるけれど、彼らだってどこかしらで周囲の人間の助けを借りたりしているものだ。
もちろん、本当の本当に一匹狼なタイプも存在はするだろうが……そういう人達は、ほんの一握りにすぎない。
そして、そのコミュニケーションを育む場として部活動には価値がある。だからこそ、数日前にお嬢様に対して生意気言わせてもらったわけである。
「……今日もか」
そんな僕だから、部活動のあるはずの時間に毎日整備室に籠っている生徒を見かけると、どうしても気になってしまう。
「やあ。頑張ってるね、更識さん」
「………」
僕の陽気な挨拶に、彼女は機械的に頭を下げるだけ。そしてすぐにディスプレイとのにらめっこを再開させる。
10日前、初めて彼女をこの場所で見た。翌日も同じ時間にここを通りかかると、また彼女がいた。
翌々日以降は、意図的に第2整備室の様子をうかがうようになった。それと並行して、彼女に関する情報も少し仕入れた。
更識簪さん。1年4組のクラス代表で、日本の代表候補生。しかし国に選ばれたのが最近だからか、対外試合の資料などは残っていない。
文芸部所属。しかし部室にはほとんど顔を出さず、すでに幽霊部員化しかけているようだ。
「文芸部、行かなくていいの?」
「……今度、行きます」
キーボードを叩きながら答える彼女を見て、これは絶対部活する気ないなと僕は判断した。声の調子でだいたいわかるものである。
「専用機の調整?」
「………」
今のところ、部屋には僕と彼女の姿しかない。
隣に座って一方的に話しかけていると、突然彼女の手がぴたりと止まった。
ちらりとこちらの顔をうかがいながら、更識さんは気だるげな声で尋ねてくる。
「先生は……毎日ここに来るけど、仕事はいいんですか?」
「ふむ」
これは言外に『邪魔だから仕事に戻ったらどうですか』と言われているのだと推測される。
まあ、集中してる横でべらべらしゃべられたら鬱陶しく思うのも当然なんだけど。
「仕事ならきちんと早めに終わらせてるから、心配無用だよ」
「……そうですか。はぁ」
ため息をつかれてしまった。しかし、事実として割り当てられた仕事はこなしているので仕方がない。
「今日まで見ていて思ったんだけど、ひょっとして――」
「かーんちゃーん。やっぱりここにいたんだ~」
少し深めに切りこんでいこうとした矢先、部屋の入口の方からやけに間延びした声が聞こえてきた。
振り向くと、見覚えのある女生徒がぱたぱたと走ってくるのが目に入った。
「カズキ先生、かんちゃんと仲良しだったの~?」
……おかしいな。走っているはずなのに、近づいてくるのがやたらと遅い。
彼女は確か、1組の布仏本音さんだったか。寮や学校で何度か話しかけてくれていたので、名前は頭に残っている。
「はは、仲良しか。どうだろうね」
「……本音。それ、勘違い」
布仏さんの言葉をあっさり否定する更識さん。名前とあだ名で呼び合っているところを見るに、どうやらふたりは仲良しのようだ。
「かんちゃん、もしかして毎日ここにいるのー?」
「何か、問題があるの……?」
「うーん。私はー、あんまり熱中しすぎると身体が心配だなーって思うんだけど~」
「もう、決めたことだから……私には、必要なこと……」
ふわふわした口調ではあるが、布仏さんの眉間には少ししわが寄っていた。言葉の内容からも、更識さんを心配しているのだとわかる。
僕は僕で、先ほどの続きを言わせてもらおう。
「専用機、ひとりで完成させるつもりかい」
「………!」
これまでで最も素早い反応で、更識さんが僕の方を振り向いた。少し遅れる形で、布仏さんの視線もこっちに移動してくる。
「専用機がないって噂は聞いていたからね。加えて毎日必死に作業している姿を見たら、そのくらいの予想はつく」
「おお~」
歓声をあげる布仏さんとは対照的に、更識さんは黙りこんだまま。
とりあえず、ビンゴだったことは間違いないらしい。
「……自分の力で、完成させたいんです」
「だから、部活をやってる時間はない?」
「……はい」
はっきりとうなずく彼女の瞳からは、強い意思のようなものが感じられた。
少なくとも、返事の声は今までで一番大きかった。
「なるほど、わかったよ」
これ以上ここにいても、本当に邪魔になるだけだ。今日のところは引き上げることにしよう。
「布仏さん。ちょっとの間だけ、僕と話してくれないかな」
「うん、いいよー」
整備室を出たところで、彼女から更識簪という少女のことを教えてもらった。
もともと他人と関わるのが苦手なタイプで、学園でも必要以上のコミュニケーションをとらない。同学年でまともに会話ができるのは、幼なじみである布仏さんだけとのこと。
専用機絡みの込み入った話はさすがに聞けなかったけれど、更識さんの人柄自体はなんとなくつかめた気がする。
「君は、あの子が心配なんだね」
「そうだよ~。かんちゃん真面目すぎるところがあるから、サポートしてあげたいんだけどー、いつもってわけにはいかないしー」
彼女にも部活動などの用事があるから、常に張りついているわけにはいかない。当然のことだ。
……よし。
「布仏さん。少し、僕に協力してくれないかな」
「協力?」
「うん。ひとつ、考えがあるんだ」
*
4月もそろそろ終わりにさしかかってきた頃。
5日ぶりに訪れた第2整備室には、やはり彼女の姿があった。
「こんにちは。更識さん」
「……こんにちは」
やはり歓迎はされていないらしく、挨拶の声にも元気がまったく感じられない。
「今日も部活には顔を出さないのかい?」
「そうですけど……駄目ですか」
「この学園は部活動強制だからね。生徒に部活をしてほしいから、そういう校則を定めているわけだし。あまりいいことじゃないのは、君もわかっているだろう?」
「………」
無言でうつむく更識さん。僕のしつこさにイライラしているのかもしれない。
僕の発言は正論だ。けれど、正論だけで人が動くとは限らない。理性と感情、どちらも持っているのが人間という生き物だからだ。
「……何度言われても、私は文芸部には」
「そこで、だ。僕からひとつ提案がある」
だからこそ、妥協点を探さなければならない。
部活に参加しないのは問題だ。だけど部活よりもどうしても優先したいことがある。
ならどうするべきか。簡単な解が、ひとつある。
「だったら、そういう活動を行う部を新しく作ってしまえばいい」
「え……?」
「待たせてごめん。みんな、もう入ってきていいよ」
声を張り上げて外に呼びかける。
「やっほー、かーんちゃん」
元気よく入ってくる布仏さん。
そして彼女に続いて、さらに3人の生徒が室内に足を踏み入れた。
「はじめまして。1年2組のジェミー・カーターです」
「ウチは3組の福浦沙紀や。よろしくな」
「4組の石川裕子だよ。クラス同じだけど、話すのは初めてだね」
「……え、えっ?」
わけがわからないといった様子の更識さん。いきなり3人分の自己紹介をされれば、こんな反応を見せるのは当たり前といえば当たり前か。
「新規部活動を結成するための条件は3つ。部員を5人以上集めること、顧問を用意すること、活動内容が生徒会に認められること」
指を3本立てながら、僕は彼女にゆっくりと事情を説明する。
「顧問は僕がなるから大丈夫。活動内容も、授業でカバーしきれない部分をみんなで学習、実践するとでもしておけば認められるはずだ。そして部員に関しては、君が入ればちょうど5人になる」
専用機を組み上げるという作業は、さすがに授業の管轄外だ。活動内容に関しては何も嘘はついていない。
「ここにいる3人は、みんな更識さんと似たような気持ちを持っていた。部活動に参加こそしているけれど、ISの勉強がしたくて全然身が入らない。そうだね」
改めて確認すると、3人とも首を縦に振った。
そう、何も更識さんだけが特別ではないのだ。新入生だけで見ても、ISに対するモチベーションが高いがゆえに制御に困っている子がこれだけいる。
「私はー、かんちゃんのお手伝いがしたいって理由だけどね~」
にこにこと笑う布仏さん。彼女も山田先生と同じく、キャラとしては癒し系のようだ。
「で、でも、どうやってこの人達を……?」
「探し当てたかって? そうだね、さすがに授業中に『部活に対するやる気がない人はいませんかー?』なんて尋ねるわけにもいかないから、自分の足と目を存分に活用したよ」
部活中の姿勢や授業中の態度。そのあたりから目星をつけて、この部活動にばっちり適任な3人を見つけ出した。
「先生にはびっくりしたよ。いきなり職員室に呼び出されたと思ったら、こっちの考え見透かしたようなこと言ってくるんだもん」
「執事ですから」
「いや執事関係ないでしょ!」
石川さんにツッコまれてしまったものの、執事には人間観察の能力も必要だというのが僕の持論であることに変わりはない。
「更識簪さん。そういうわけで、部活動、やる気はないかい?」
「え、えっと……私は……」
「活動場所は主にここ。活動頻度は週2,3回を目処にしているけど、別に毎日集まってもかまわない。活動内容については、ISに関することなら基本的に自由だ。全員が同じことをする必要もない」
授業じゃないんだから、決められた内容を全員で行わなければならないということもない。
資料室にある本で勉強するのもいいし、専用機を完成させるために頑張るのもいい。
ただその過程で、少しでもいいから意見の交換とかを行ってほしい。
同じ部員として同じ場所にいるのなら、コミュニケーションもとりやすいはずだから。
「君にとっても悪いことじゃないと思う。なにより、もう僕が口うるさく注意することもなくなるよ?」
「かんちゃん」
僕達が見つめる中、更識さんは何度か口をぱくぱくさせては閉じてしまう。
それでも、最後にはなんとか返事を絞り出してくれた。
「……よ、よろしくお願いします」
ちゃんと僕達ひとりひとりの顔に視線を合わせて、彼女はそう答えた。
それを聞いて布仏さんは彼女に抱き着き、残りの3人もほっとしたような顔つきになる。
「決まりだね。それじゃあ早速、申請書を提出しに行こうか」
「これで却下されたらシャレにならないけどねえ」
「心配ないと思うよ。事前に生徒会長とはほとんど話をつけてるから。整備室の一部を占領することになるんだし、そのあたりは前もって許可がとれるか確かめておきたかったんだよね」
「……先生、本当に行動が早いですね」
「執事だからね」
「ウチ、執事っていうのがようわからんなってきたわ」
人と接することは大事なことだ。だから僕は、生徒が部活動にちゃんと取り組むことを望んでいる。
それには間違いなく、押しつけという側面もあるのだろうが。
「カズキ先生、ありがとう~」
「どういたしまして。幼なじみのサポート、しっかりしてあげるんだぞ」
子供にお節介を焼くのも、大人の仕事のひとつだと僕は思うのだ。
――こうして、IS学園に新たな部が誕生した。
その名も『ISいじり部』。
命名者は、眼鏡がよく似合う初代部長さん。……みんなに急かされた結果、投げやり気味に決めた名前なのだが、まあいいだろう。
学生の間に学生らしいことをしておけ、というのがカズキの持論です。
お嬢様のお世話をしたり一夏の素行調査をしたり簪にかまったりと、自分で書いてていろいろ忙しい男だなーと感じます。でも大丈夫、彼は執事だから。
次はようやく原作メインヒロインの出番を用意できそうです。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。