「皆さんはじめまして、そして入学おめでとうございます。1年生の社会科の授業を担当させていただくことになった、カズキ・マーシュです」
入学式の後のホームルーム。1年1組の教室で、僕は30人の生徒を前にして挨拶を行っていた。
「ISに関する知識は、織斑先生や山田先生には劣ります。ですが一般教科についてはなんでも相談に乗るつもりなので、どしどし質問に来てくださいね」
IS学園では、もちろん授業の内容はISに関係することが大半を占める。他にも爆弾解体とかすごそうなことをやったりするので、いわゆる普通の学校で教わる科目にとられる時間はかなり少ない。
その割に期末試験で出題される内容は一般の高校と大差ないようなので、教員側がしっかりサポートしなければならない。
それが、僕に与えられたおもな仕事だ。あとは空いた時間に雑用したりとかである。
「それでは、1年間よろしくお願いします」
姿勢を正して礼をすると、生徒達から暖かい拍手をもらうことができた。
量的には、山田先生が挨拶した時と同じくらいだろうか。織斑先生の時は暖かいというか熱狂的な拍手だったので、比べるべくもない。
「何か質問のある人はいますか?」
「はーい。先生はどこ出身なんですか?」
「生まれはイギリスのマンチェスター。父がイギリス人、母が日本人なので、僕はハーフということになりますね。他には何かありますか」
「はい。今朝オルコットさんと一緒にいましたけど、お知り合いですかー?」
ふむ。早速尋ねられたか。
ちらりとお嬢様の様子を目でうかがうと、小さくうなずくことで返事をしてくれた。
もともと、僕達の関係を無理に隠す必要はないということで話はついている。
「実は、僕はオルコット家に仕える執事の仕事もやっていまして」
「し、執事!?」
質問してきたおさげの子が驚きの声をあげる。
他の生徒も同様で、教室全体がざわつき始めた。
それが収まるのを待ってから、僕は補足の言葉を続ける。
「とはいえ、教師として勤務している間は先生と生徒の関係です。もちろん贔屓したりはしません。というか、むしろ厳しめでいきます」
「ふぇっ?」
ニコリとお嬢様に向かって笑いかけると、予想外の発言にちょっと慌てている姿を見ることができた。
「日ごろの溜まり溜まったアレやコレを解消する手段として……」
「あ、あなたわたくしに何か不満を抱いていましたの? そんな素振り一度も」
「冗談です。イギリス紳士ジョークです」
「んぐっ……毎度毎度、あなたの冗談は笑えませんわ……!」
顔を青くしたり赤くしたりするお嬢様を見て、クラスのみんなも笑っている。
これでとりあえず、生徒達のお嬢様に対する印象が少し軟化したことだろう。一仕事完了である。
「他に質問のある人はいませんか」
「じゃあ次あたし! 先生彼女いるんですか?」
「はいじゃあ次の質問行きましょう」
「スル―された!?」
その後もちょくちょく笑いをとりながら、僕の自己紹介はつづがなく進行していった。
先生方の様子をうかがうと、山田先生はにこやかだったけれど織斑先生はなんだかむすっとしている。
生徒達との距離を近くとりすぎているとか、トークがぶっちゃけすぎているとか、そういうことを言いたいのかもしれない。
しかし忘れないでほしい。僕がこんなに時間をとって話しているのは、織斑先生の挨拶が二言三言で終わったせいで、尺が余りまくっているからなのだということを。
*
今日はIS関連の授業しかないので、午前中は雑用をやったり学園の構造を確認したりすることに費やした。
午後は山田先生に学園のシステムについていろいろと教わった。見た目通りの優しい女性で、ちょっとおどおどしながらも丁寧に説明をしてくれたので助かった。
「マーシュ先生。あの……ちょっと、質問してもかまいませんか?」
廊下を歩いてアリーナへ移動している途中、ためらいがちに彼女が尋ねてくる。
「ええ、大丈夫です。山田先生の方が先輩なんですから、もっと堂々と聞いていいんですよ?」
「い、いえ! その、お気持ちはありがたいんですが……」
顔をうつむけ、もじもじと手を絡ませる山田先生。
まさか僕に惚れた?
……なんて自意識過剰なことは考えない。おそらく男と話すのがあまり得意ではないのだろう。ホームルームの時、唯一の男子生徒に話しかけた際も笑顔がぎこちなかったし。
「それで、質問というのは」
「あ、はい。えっと、先生はどうしてここに勤めることになったんだろうって、気になったんです。執事と教師の兼業って、初めて聞きましたから」
「なるほど。そのことですか」
疑問に思うのもよくわかる。僕だって、半年前はまさかこんなことになるとは予想すらしていなかった。
「やっぱり、オルコットさんのためですか?」
「いえ、それは直接の理由じゃないですね。もちろん今は、贔屓にならない程度にお助けしたいと考えていますけど」
「では、どうして」
「あー……それに関しては、黙秘させてもらいます。お嬢様が話したがっていないので」
「はあ」
あの日の出来事を、お嬢様はいまだに恥ずかしがっている。だから、くれぐれも秘密にしておくようにと強く釘を刺されているのだ。
「僕から言えるのはひとつだけですね。経緯はどうあれ、精一杯頑張る……これだけです」
「わかりました。その、頑張ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
柔和な笑顔で応援してくれる山田先生に、僕の心は非常に癒された。
女性に年齢を問うのはタブーなので直接尋ねたりはしないが、おそらく僕よりは年下だろう。つまり生徒達と歳が近いわけで。
「ちなみにこれは僕の予想ですが、山田先生はひと月以内に新入生達の半数以上から可愛いあだ名で呼ばれるようになります」
「えっ?」
「今日一日、先生を見て感じたことです。的中率はほぼ100パーセントでしょう」
「そ、そうですか? 私、去年の反省を活かして今年はちょっと厳しめで行こうかと思ってるんですけど」
今年も普通に親しみやすさMAXっぽいのですが、去年はもっとすごかったのでしょうか。
「まあまず間違いないですね。なんなら今月の給料を賭けてもいいくらいです」
「そ、そんなにですかぁ?」
「はい。仮に予想が外れそうなら、僕がマヤマヤというあだ名を強引に流行らせるので」
「ええっ、それはずるいですよ!?」
さて、5月頭の答え合わせが楽しみだ。
*
そして放課後。
僕の住居については、教員用に用意された寮の一室をもらえたので特に問題はない。
生活に必要なものは一通りそろっているし、ベッドの質もいい。至れり尽くせりというやつだ。
「5時半か」
今は勤務時間外。荷物の整理もちょうど終わった。
となれば、お嬢様の様子をうかがいに行かない理由はない。
部屋を出て階段を下り、1年生の部屋がある1階へ向かう。
「4階から1階だと、そこそこ遠いな」
そんなことを考えながら、事前に確認しておいたお嬢様の部屋の前まで移動した。
ノックをして僕の名前を告げると、すぐに内側からドアが開かれた。
「し……」
「し?」
「失敗しましたわーー!!」
開口一番、僕のご主人様は涙目で感情を爆発させた。
*
「つまりまとめるとこうですか。緊張しながらも頑張って織斑一夏君とファーストコンタクトをとったところ、あまりにも無知でとぼけていたので腹を立ててしまい、その後も紆余曲折あってクラス代表を決める戦いを提案してしまったと」
「うぅ……危うく日本を貶す発言までするところでしたわ」
ルームメイトの下山さんに話を聞かれたくないとのことで、僕達は人気のない中庭まで移動していた。
「気を張りすぎてしまいましたか」
「確かにそれはそうなのですが……でも、向こうも悪いと思いますの。代表候補生が何かも知らない、ISのことも何も知らない。挙句の果てには参考書を間違って捨てたと言っていましたのよ! 信じられませんわ……」
「おやおや」
それはまた……お嬢様の嫌うタイプの男の子に思える。
でも、あくまで話を聞いた限りでの感想だ。
「ですが、彼がどんな人物なのか、1日ですべてわかったわけではないのでしょう?」
「それは理解しています! 理解していますけれど……やはり、殿方との距離感がうまくつかめないのですわ」
「そんな自分に対するイライラも手伝って、どうにも強く当たってしまうと?」
「……察しが良くて助かりますわ」
「執事ですから」
伊達にお嬢様と1年間付き合っていない。勤め始めのころは、僕もかなりきつく当たられていたしね。
「それなら、もういっそ喧嘩してしまえばすっきりすると思いますよ。勝負の約束、取りつけたのでしょう?」
「え、ええ」
「真っ直ぐぶつかりあえば、見えてくるものもきっとあります。殴り合いによる親睦の深め合いは、何も男同士にのみ適用されるわけではありませんから」
勝ち負けの問題ではなく、互いがどういう姿勢を見せるかが大事なのである。
僕の言わんとすることを理解したのか、お嬢様は悩む表情を見せながらもこくりとうなずいて、
「カズキがそう言うのなら、そうしてみますわ」
気持ちを切り替えたことを示すように、可愛らしい微笑みを浮かべてくれた。
「ん……?」
僕も微笑み返そうと思ったその時、ポケットに入れておいた携帯電話が振動を始めた。
「では、わたくしは部屋に戻ります」
「はい。ルームメイトの方と、仲良くできるといいですね」
「ええ」
寮に戻るお嬢様の背中を見つめながら、僕は震え続ける携帯を手に取った。
電話をかけてきたのは……なんだ、あの子か。
「はい、こちらマーシュです」
『きちんとつながったようですね。国際電話とは便利なものです』
電話口から聞こえてくるのは、落ち着き払った女性の声。
少々くぐもってはいるが、いつも聞いている彼女の声だった。
「そっちはまだ朝かな。チェルシーちゃん」
『そうですね。そう言うそちらは夕暮れ時でしょうか』
「うん。もうじき夕日が沈むところ」
チェルシー・ブランケット。
お嬢様の幼なじみにして、優秀なメイドさん。18歳とは思えないほどの大人の魅力を兼ね備えており、おまけに美人である。
「それで、何か用事かな」
『近況報告を求めたいのと、あとは通話の具合の確認です。きちんと会話できることがわかったので、この後お嬢様にも電話をかけさせていただきます』
「なるほど。こっちはとりあえず問題なしだよ。無事学園に到着して、お嬢様は入学初日の授業を終えられたところだ」
『そうですか。それは安心しました』
ほっとした息遣いが漏れていることから察するに、かなりお嬢様のことを心配してくれていたらしい。
「ちなみに僕のことは心配してくれてた?」
『……………ええ、まあ、心配? していました』
「今すっごく嫌な間が空いたね。しかも若干疑問形だし」
『仕方ありません。マーシュさんなんかよりお嬢様の身が第一ですので』
それはそうだけどさ。でもちょっとくらい優しい言葉をかけてくれると、僕としてはとてもうれしいんだけど。
「まあいいや。とりあえず、後でちゃんとお嬢様の話を聞いてあげてほしい。君との会話が一番の清涼剤だろうし」
『ええ、もちろんわかっています』
話す内容としてはこんなところかな。
お腹もすいてきたし、ぼちぼち食堂で夕食をとることにしようか。
「それじゃあ、僕はこれで」
『はい。……あの、最後にひとつ』
「ん、なにかな」
通話を切ろうとしたところで、控えめな声で引き止められる。
数秒待ったところで、ようやく彼女は口を開いた。
『先ほどの発言は嘘です。本当は少しだけ、あなたのことも心配していました。元気そうでなによりです』
「え?」
『では、失礼します』
……切れた。
「つ、ツンデレ?」
落としておいてから最後にちょろっと上げる。
不覚にもキュンときてしまった。
これが計算ずくでないのだとしたら、チェルシーちゃんは素で女子力が高い子なんだろう。
「あれで恋人いないんだから、優良物件だよなあ」
さすがは男の使用人の間で人気ナンバーワンの逸材だ。40越えたバツイチのおっさんですら狙ってるからな。
屋敷から離れた僕は、狙うことすらままならなくなったわけだけど。
「とりあえず、明日織斑君と話してみるかな」
チェルシーさんは学園外にいますが結構出番多い予定です。
というか彼女18歳なんですよね。若いです。
千冬姉は24歳ですが、これでもカズキより年下ですね。
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