魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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最終決戦なので、気合を入れたらボリュームがすさまじいことに……。
ついでに、VS”闇の書の闇”以来となる主人公&メインヒロインの王道コンビ。

後編も八割方完成しているので、数日中には投稿できるかと。


終焉へのカウントダウン

《極神》

 

無限に存在する並行世界の中で根幹を成す、十二の根源世界(オリジナル)を統べる存在。

人々の信仰を得て神格を得る神話や伝承で語り継がれる《神》とは根幹から隔絶したチカラを有する、神々の頂に立つ者共。

《神々の最高位》、それが《極神十二柱》だ。

《黄金神》 スペリオルドラゴンや《破壊神》 ビルスらと肩を並べる《極神》が一角にして《邪神》を統べる者。

それが、《原初邪悪神》 アザトースの正体だった。

ありとあらゆるものに干渉するチカラを持つ《邪神(カレ)》に運命を捻じ曲げられた者は、《神》の候補者であっても歪みを宿してしまう。

そう、例えば……、

 

彼の産み出した〈暗き闇《もの》〉の干渉を受けて、光に連なる者に相応しい真名を得るはずだった“Ⅰ”が、『(ダークネス)』という名を得てしまったように。

気高き戦乙女である“Ⅵ”が、彼を象徴する異能……破壊の極致たる“消滅”のチカラに目覚めてしまったように。

 

ただ、そこに在るだけで悪意ある改変を行う悍ましきモノ……故に彼は、《原初邪悪神(はじまりのあくい)》と呼ばれている。

 

 

――◇◆◇――

 

 

思う存分に嗤ったことで満足したのだろう。

耳障りな哄笑を止めたアザトースは、ぴっ、と人さし指を天空に浮かぶ月へ向けて立てる。

 

《それじゃ、ラストバトルと洒落込もうか。舞台は空の果て。どうせやるなら派手に逝こうよォ♪》

 

不遜な笑みを貼りつけたまま、余裕に満ちた視線を向けてくる。

そこに、警戒の意志は感じられない。

自らの勝利を微塵も疑っておらず、これから起こる戦いも、勝利が確定している出来レースのようなものにしか感じていないのだろう。

返事も効かず、天高々と飛翔していく。上着のポケットに両手を差し入れ、鼻歌を口遊む様に軽いノリで。

アザトースの姿が見えなくなると、硬直の解けた一同が力無く崩れ落ちた。

歴戦の強者であるヴォルケンリッターですら額を濡らす冷や汗を拭う事も出来ず、呼吸を整えることに意識を集中させている。

そうまでしなければならないほどの威圧感を感じたと言うことなのだろう。

難しい表情を浮かべたダークネスは、周囲一同が揃って立ちくらみを起こした様にふらつく中、一番身近にいたアリシアを支えるように抱き締める。

 

「大丈夫か?」

「うん……でも、疲れた~。なんなの、アレ。威圧感って言うかオーラ? ハンパなかったんだけど」

 

しな垂れかかってきたアリシアを抱きとめ、汗に濡れた額にへばり付いた前髪を整えてやる。

口調こそ何時ものままだが、発汗や動悸の乱れまでは隠せないらしい。

見れば、震えるヴィヴィオを抱きしめたシュテルも同じような状態に陥っている。

《神》に近しい己と触れ合ってきた彼女たちですらこうなのだ。

殆んど耐性の無いなのはたちは……と視線を向ければ、やはりというか消耗しきった様子の魔道師一同の姿が。

立っているのは花梨のみ。“能力”を封じられたのか、雪菜も宗助も顔色が極めて悪く、フェンリルも現界を維持するのがやっとな様子。

なのはたち魔導師組はほぼ全員がグロッキー。

ウィンドウに移るクロノも似通った状態らしく、椅子に深々と身を沈めてしまっている。

超越者との対峙は、それだけで人間の精神を蝕んでいたと言う事なのだろう。

 

「空の色が……!」

 

悲鳴じみた誰かの叫びが聞こえた。

導かれるように空を見上げた皆の視界が、黄昏時の赤から宵闇の黒へ塗り潰されていく。

術者が本性を現したからだろう、どこまでも暗く、冷たい、闇色の黒に世界が呑み込まれる。

 

「なるほど、準備は万端。いつでもかかってこいと……そう言いたいわけか」

 

闇に侵食されていく太陽と月を見上げながら、不機嫌顕わにダークネスが吐き捨てる。

アザトースの愉悦を満たすために自分たちは利用されていたという事実に湧き上がる殺意を押さえることが出来ない。

 

「往くの?」

「ああ。もはや奴は監察官としての役目を放棄した。なら、俺の……俺たちの“敵”だ」

「そうですか。“敵”ならしょうがないですね。――ご武運を」

「ダークパパ! ヴィヴィオ、頑張って約束を果たしたのです。勝利を掴んだのです! なのでご褒美が欲しいとおねだりしてみたりっ」

「そうか。じゃあ、ご褒美をやるためにも絶対に生きて戻らないとな」

 

ジャンプして抱きついてきた娘の頭を優しく撫で、両脇に身を寄せて己を支えてくれる愛しい妻と嫁と笑みを交わして、《新世黄金神》は誓いを立てる。

必ず戻ってくるという、絶対厳守の誓約を。

他の何者でもない、自分自身の魂と信念に賭けて。

 

「じゃあ、選別なんだよ。【ヴィント】、ダークちゃんを助けてあげて」

【わかりました、お嬢様っ!】

「【ルシフェ】、貴方もお願いします」

【了承】

「【クリス】っ、ダークパパに勝利を! ってね」

【……!(ぴこぴこ)】

 

愛する家族の【デバイス】を受け取る。

右手に【ルシフェリオン】、左手に【ヴィントブルーム】、胸元に【セイクリッドハート】を携えたダークネスが数歩前に進み、目を閉じて意識を集中させる。

 

(『お館様――ご武運を!』)

「ああ、任せろ。……神滅武装(コード)”アルタード”――起動」

 

実体化を解除したインペリアルワイバーンの鼓舞を受け、ゆっくりと意識を沈めて、己が内にある《神》の領域へ通じる扉を開け放つ。

ルビーより簒奪した新たなる“因子(ジーン)”という鍵を得て、ダークネスの存在は根本的な進化を果たす。

【デバイス】を通して感じる託された想いを胸に抱き、黄金の神は限界をも超えたチカラを呼び起こす!

 

神風(かぜ)が吹き荒ぶ。

世界が慄き、果ての世界に生きる竜種が歓喜の雄叫びを上げた。

己らの頂に立つ王を超えし者……創世にして破界のチカラを秘めた偉大なるモノの降臨を感じとって。

吹き荒れる神風(かぜ)を薙ぎ払う様に片腕を振るう。過剰魔力粒子の光が霧散した中に立つのは、黄金の龍神。

 

右腕に手甲と一体化した『炎の剣(【ルシフェリオン】)』。

左腕に十字盾と大砲が融合した『力の楯(【ヴィントブルーム】)』。

首元に兎のマークが印された真紅のマフラーに変化した『霞の鎧(セイクリッドハート)』。

 

三種の神器と一体化した【デバイス】を装備することで『無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)』の発動限界値が解除され、展開・拡張された鎧から無限の“魔法力(マナ)”を放出する姿はまさしく無幻と無限を内包した究極なる戦神。

 

《新世黄金神》スペリオルダークネスSR-X(ソーラレイカー・エグゼ)

 

決戦前(・・・)の肩慣らしだ。今まで出せなかった全力を出させて貰おうか――クソ邪神」

 

獣の如き凶笑を浮かべたダークネスが天空に座す敵を睨み付け、飛翔しようと膝を曲げ――るよりも速く、アリシュヴィトリオに羽交い絞めにされてたたらを踏んだ。

 

「……なんだ?」

「ちょーっと待とうね、ダークちゃん。あっちもやる気十分みたいだからさ」

「あっち?」

 

ん、と指差された方に視線を向ける。

意識の外に追いやっていたが、どうやら花梨も戦うつもりだったようだ。

輸送ヘリらしきものが降りてきたかと思えば、開かれたコンテナの中から運び出された兵器のようなものの調整を始める六課関係者。

操作パネルに指を走らせながら技術士官のシャリオによる兵装について説明を受けている花梨の会話に耳を傾けると、何やら物騒な単語がちらほらと。

聞き間違いと言う訳ではないらしく、花梨の頬も引き攣っている。

 

「えーっと、つまりこれは、対AMF兵装として設計された魔導兵器の試作品で……ぶっちゃけ非殺傷設定が使えない欠陥品ということ?」

「欠陥品なんてこの世に存在しません! どんな機体()だって、使い方次第で理論値以上の能力を発揮するものなんです! だからこそ、花梨さんにはこの子を使って欲しいんです! ていうか、花梨さんくらいじゃないと扱いきれないって言いますか……」

 

視線を彷徨わせながら口籠る技術官に不安にかられる。

「こんな事もあろうかとォー!」 と胸を張りながら『とっておき』とやらを押し付けてきたくせに、今更不安そうにもにょもにょするのは如何なものかと。

頬をが引き攣るのを自覚しながらも、出来る限り優しい口調で問いかけてみた。

こういう輩は、勢いに任せて大事な事を有耶無耶にしてしまう“うっかり者”な可能性が高いことを知っているからだ。

 

「で? それどう言う意味?」

「い、いやー、そんな睨まないでくださいよ、お姉さん……。あ、あのですね、この子――試作型武装端末【フォートレス・ゼロ】――は魔道師個人によって自立稼動する複合兵装を統率・制御を行うっていうコンセプトで開発が進められてきた機体なんですが、現在の技術力では演算処理と情報伝達回路に致命的な欠陥を抱えてまして。並みの魔道師では兵装を自立浮遊させることも出来ないんです」

「じゃあどうやって動かせばいいのよ」

「そこで鍵となるのが花梨さんの超並列演算処理能力ですよ! 個々の兵装に受信機となる【デバイスコア】を搭載し念話による情報伝達回廊を生成すれば、兵装の遠隔操作を潤滑に行えると言う訳です。ま、まあ、用意する【デバイスコア】も量産品では演算が追いつかないんですけど」

「駄目じゃないの……。あ、もしかして六課メンバーから何か回収してたのって?」

「お気づきになられましたか? そう、【フォートレス・ゼロ】の兵装には六課の皆から預かった【デバイス】をコアシステムとして組み込んであるんですよ! これで問題点は解決な上、性能は折り紙付き。十全に能力を発揮できますよ」

 

眼鏡を指先でくいっ、と押し上げて不敵な笑みを浮かべるシャリオにドン引きしつつ、改めて花梨は自分に取り付けられていく兵装に視線を落とす。

腕や腰に追加装甲型の統制システムを装着し、両腰に【レヴァンティン】型刀剣デバイスと【グラーフアイゼン】型鉄槌デバイスを搭載したブースターユニット。背面にもブースターの役割を果たす翼状の飛翔ユニットがあり、中心部に金色の十字架――【夜天の書】の待機形態――が備え付けられている。

周囲を旋回する様に浮遊する自立機動兵装は、内部に大砲や刃を内蔵した“多目的盾(アクティブシールド)”とジェット機の船首を彷彿させる自立浮遊砲台(ビット)

それに加えて、花梨の“能力”で生み出した『仙界共鳴神獣鏡(シェンショウジン)』も同時展開。

個々のユニットに【レイジングハート】や【バルディッシュ】たちが搭載されているらしく、右手に持つ【ルミナスハート】と通信回廊のセッティングを行っている。

六課メンバーから託された【デバイス】を搭載したこの兵装は、まさしく全戦力を集結させた最終決戦兵器と呼べるだろう。

 

「だが、出力値が不安定なのはいただけないね。【デバイスコア】間のリンクもうまくいっていないようだ……やれやれ、口先だけのお嬢さんには荷が重いのではないかね? 何なら私が力を貸してあげてもいいんだよ?」

「シャラップ! 簀巻きにされた欲望さんは黙っててください! だいたい、なんでそんなに友好的なんですか!?」

「高町 花梨君とスペリオルダークネス君が《邪神》とやらに敗北したら、問答無用で我々も消滅してしまうのだろう? 生憎、自殺願望など持ち合わせていないのでね。だったら、まだ世界存続の可能性がある彼らの勝利を援護しようという、この世界の住人として当然の考えに行きついた訳なのだよ」

「うっわ、ムカつくくらいのドヤ顔しやがりましたね……。八神部隊長、このおじさん蹴り飛ばしていいですか?」

「ええよ~」

「こらこら、軽くないかね八神 はやて君? ちょっぴり欲望に走ってしまっただけの善良な一般市民が無機物(デバイス)こそが恋人(ドヤァ)! な喪女に理不尽な暴力を振るわれそうになっているんだよ? スタイルが貧相なのだから、せめて心は大きく持ちたまえよ」

 

ぷふぅ~♪ と失笑せざるをえないと言わんばかりにイイ笑顔なスカリエッティ。

子狸から筆舌しがたいナニカへと超進化を始めた部隊長を止めるべく、若き魔導師たちが死地へと赴いていく。

【デバイス】が手元に無いため魔法が使いにくいためか、足元に転がっていた拳大の瓦礫を握り締め、ユラユラと身体を揺らしながら地面に転がっているスカリエッティに近づいていく姿は、まさに鬼気迫るとしか言いようのない有様。

悪党の兆発を受けて、自分が犯罪者に成りかけていることに気づいていないのだろうか?

 

「……なるほど。確かにアリシア、シュテルはもちろん、『聖王姫』のヴィヴィオや花梨の方がある(・・)な」

「どうして言いきれるんすか、ファーストの旦那?」

「八神 はやては海鳴の露天風呂でエンカウントした時の記憶から予測値を推算した。で、アリシアたち(こいつら)のは、こうやって抱きつかれるからなんとなくわかる」

 

左腕でアリシアの腰を抱き寄せ、右腕でシュテルの肩を抱き、正面から抱きついてきて首に手を回し、ぶら下がるヴィヴィオのつむじに顎を乗せてぐりぐりと。

えへへ~♪ うふふ♪ にゃ~♪ と可愛らしい三重奏に包まれながら、物凄くナチュラルにいちゃいちゃしているスペリオルダークネスがヴァイスの疑問に即答する。

 

「……モゲちまえばいいのに」

「こいつらといちゃつくのに必要だから却下」

「「当たり前のようにセクハラ発言しないでっ!」」

「ぬぐ!? ……おい、コラ。だからなぜ貴様らが怒る?」

 

ぷくぅ、とぶーたれたなのはとフェイトに後頭部をドツかれ、半眼で睨む。

そもそも、フェイトの方は自分やアリシアを嫌っていたんじゃなかったか? と疑問符を浮かべつつ、妙になれなれしい彼女らの態度に違和感を覚える。

最も、そっぽを向く当人たちは口を割りそうにないが。

 

「あのエロバカドラゴン……ん? どしたの、宗助?」

 

両手と胸に美女・美少女を侍らせた挙句、明らかに嫉妬心丸出しの妹&友人といちゃついているダークネスを睨み付けていた花梨がふと気配を感じて振り返ると、どこか覚悟を決めた表情の宗助と雪菜が近づいてきていた。

両者とも、相棒に支えられておぼつかない足取りであったが、とりあえず命の危機とかそう言うものではないらしい。

アザトースから役目は終わったと斬り捨てられたことで“能力”を封印されたらしく、宝具を具現化することも出来ないでいる二人だったが、幸いと言うべきか、問答無用で消滅するという類の呪いは受けていなかったので、それぞれの相棒が安堵の息を吐く。

 

「母さん……その、ゴメン。大事な時に役に立てなくて」

「すまねぇ姉御。炎も出せないし、俺の中にいる“相棒”の声も聞こえねぇ……。完全に異能を封印されちまった」

 

二人はアザトースが選別し、送り込んできた“手駒”。

目論見通り、どちらかがダークネスを倒して最後の勝者となった場合、無抵抗で嬲り遊ぶつもりで仕組んでいた細工なのだろう。

肝心な時に役に立たなくなった自分を恥じる様に俯く二人を、笑顔を浮かべた花梨が抱き寄せる。

眼を瞬かせる愛息子と仲間の想いも一緒に背負っていくと、彼女の瞳は静かに告げていた。

 

「任せなさいな。あんな性格のひん曲がったガキンチョなんて、お姉さんがコテンパンにしてあげるから」

「……わかった。じゃあ、これを持って行ってくれ。きっと役に立つ」

 

そう言って自分の胸に手を当てた雪菜から光が溢れ、何かを引き剥がす様に腕を振るう。

すると、彼の手の中で眩くも幻想的な球体が具現化した。魂を引き裂くような激痛と虚脱感に耐え、荒い呼吸を整えながら花梨に差しだしたのは、嘗て親友の想いと共に託された事もあった『カタチ在る幻想』。

 

「ちょっ、これってまさか……“因子(ジーン)”!?」

「ハァ、ハァ……そうだ。俺と坊主は後天的に“因子(ジーン)”を埋め込まれた。だからこうやって引き剥がすことも出来るってわけさ――まあ、めちゃくちゃ痛え上に、出来るかどうか半々だったけど」

「バカ! 無茶し過ぎ――宗助!?」

「か、母さん……コレ……」

 

思わず雪菜に掴み掛ろうとした花梨を制する様に、宗助も己から引き剥がした“因子(ジーン)”を母に差しだす。

絶対に勝って、戻ってきてほしい。息子として、仲間として抱く願いを込めて。

やっぱり、どこまでいっても“男の子”だった息子たちの覚悟を理解し、柔らかに微笑んでソレを優しく受け取った。

 

「まったくもう……しょうがないんだから」

 

痛みに抗いながら親指を立ててくる少年たちに呆れつつも、胸の奥から溢れ出す嬉しさを滲ませて“因子(ジーン)”を抱きしめる。

瞬間、力強く輝いた“因子(ジーン)”が光りの粒子となって花梨の中へ取り込まれていった。

胸の奥で脈動する熱い想いを感じながら、表情を『母』から『魔導師』のソレへと替えた花梨が確かめる様にダークネスを見る。

返答は無言のうなずき。

膝を屈め、大地を蹴るように浮かび上がったダークネスは、刹那に音速を超えた速度へと達し、まるで機先を制するように天空目掛けて飛翔する。

黄金の残光が描く道筋をなぞる様に、具現化させた蒼炎(・・)の翼を羽ばたかせた花梨が後に続く。

目指すは遥かな天空、邪神を名乗る“敵”の打倒。

不退転の覚悟と共に、龍神と戦乙女が天空の闘技場目指して飛翔した。

 

 

――◇◆◇――

 

 

《さーて、そろそろ来る頃合いかにゃ~?》

 

クラナガンの真上、星の輪郭が見えるほどの超高々度に浮かびながら、毛髪、瞳、衣服総てが漆黒に染まった少年……アザトースは近づいてきているだろう標的を思い浮かべる。

本当の“儀式”で誕生するはずだった新たなる《神》。

ダークネスが……人間が高次存在である《神》へと進化した《人神》と呼ばれる存在であるのなら、こうもややこしい事態にならなかったなと不満を零す。

そもそも、過去から繰り返されてきた《神》を造り出す“儀式”は今回が始めてと言う訳ではない。

《神》が恋い焦がれたり友情を感じたりして《神》ならぬ者を自らと同じ存在へ強引に引き上げるという事例はいくつもある。

純粋な《神》として誕生した者共と違って転生体であるために下位存在としてのチカラしか持たない彼らは《人神》と呼ばれ、上位神の下っ端として遣われている。

 

そう。

アザトースもまた、人間から《人神》へと神化したものの一人。

数億年、いや、それ以上に長い年月をかけて、とある世界に生きる人間に自分を強大な存在としてしる記した物語を執筆させることによって、自らの存在を間接的に知らしめ、信仰心を集めるなど気の遠くなるような努力を行った。

結果、《邪神》にカテゴライズされる存在のトップとして神々の最高位……《極神》の一柱の称号を手に入れることが出来たのだ。

だが、此度の“儀式”で選ばれた候補者のことを知った時、彼の胸中に殺意に似たどす黒い感情が生まれ出てしまった。

享楽的思考を持つ普段の彼なら、他人事として流していた筈だ。

しかし、己と同格の《極神》が一柱、〈混沌〉と〈破滅〉を司る《邪神》の対になる〈創造〉と〈生命〉の体現者……《黄金神》 スペリオルドラゴン。

奴自らが後継者だと判断したダークネスという存在が新たなる《極神》候補として他の神々にも周知され、特別視されているという事実が、昏い嫉妬を宿らせたのだ。

 

自分と同じ『人間』だったくせに。

 

自分は、気の遠くなるような年月をかけて今の立場を手に入れたと言うのに。

 

ソイツは資質(さいのう)があるという理不尽な理由だけで、あっさり(極神)《自分と同じ》称号を手に入れるというのか。

 

『人間』であったが故に深く醜い嫉妬の心を持ち合わせていたアザトースは、あまりにも身勝手な理由からくる激情を押さえることなく、“儀式”への介入を決意した。

胸に渦巻くどす黒い嫉妬からくる激情の溜飲を下げる玩具として利用し、最後の最後に希望が砕かれて絶望に苛まれながら消滅していく。

そんな救いようのない終焉をくれてやるために。

ダークネスが必要以上にチカラをつけないよう、戦闘に関して制限を付けたこと。

転生時のデメリットを改変し、他の人間から敵視されやすくなるよう仕向けたこと。

他の“参加者”と同盟を結ばないよう、彼と正反対の思考を持つ者を中心に“参加者”として選別したこと。

《神》へと至りつつある彼を排除するために、“神殺し”の概念を持つ英雄、神獣、聖女を用意したこと。

希望としては、全人類に敵視されて孤独の中で朽ち果ててくれたら一番嗤えたのだが……何事も、うまくいかないモノだ。

 

《まあ、どっちにしろ終わりだけどねェ~。ボクが支配しているこちらに、他の《神》は、ほんのちょっぴりしか干渉できない。直接手を下すってのもたまにはいいか♪》

 

《極神》であり、《邪神》を統べる己が成りたて如きに後れを取るなどありえない。

不遜なまでの傲慢とそれに裏付けされた実力と“能力”、自身を最強と疑っていないが故の自信がアザトースの傲慢な態度に現れていた。

 

《んぉ?》

 

ちかり、と何かが光った。

ほぼ真空状態にあるこの場所で聞こえるはずの無い羽ばたきのような音に、アザトースは人さし指と親指で円をつくり、望遠鏡のように覗き込む。

すると、なにも無い筈の指の間にレンズのような力場が形成され、遠見の鏡となって音源の姿を映し出す。

何やら形相な武装を身に纏い、白と蒼の二対四枚の翼を羽ばたかせて迫り来る戦乙女――高町 花梨。

標的の片割れを確認し、小細工なしに正面から突っ込んでくる愚行を選択した小娘を嘲笑う。

《バカだねェ~、どうして“参加者”の認識可能領域……五感や思考レベルが人間の領域に収まるよう仕組んでいたと思ってるんだか。わざわざ同じ領域に合わせてやるつもりなんざ更々ないんだって気づかなかったのかにャ~? ま、所詮はこの程度って事か》

五指を開いた掌を突き出し、術式に沿って“魔法力(マナ)”を練り上げる。

産み出されたのは恒星を彷彿させるマグマを高密度圧縮させた魔力弾。

噴きあがる膨大な“魔法力(マナ)”を全身に循環させ、少年の見た目からは想像もつかないエネルギーが具現化する。

 

《まずは一手。……【ディヴァイディングコロナ】》

 

開戦の宣告と共に撃ち放たれる『太陽の輝き』が超音速の速さで飛来し、大気圏を離脱しようとしている花梨へ襲いかかる。

だが、ふと気づいた。

なぜ、花梨がいるのにダークネスは見当たらないのだ? ……と。

その疑問に対する答えは、首を傾げたアザトースの左頬に突き刺さった拳だった。

高次元術式兵装(エイン・フェリア)』を用いて星の反対から大気圏離脱を成し遂げたダークネスは、そのまま惑星の外周をなぞる様に飛翔。

星の重力に自身の加速力を上乗せした超光速の拳を、囮にした花梨にばかり意識を向けていた【ディヴァイディングコロナ】発動直後のアザトースへ叩き込んだのだ。

ダークネスの黒炎を纏った剛拳が少年の柔らかな頬肉を焼き焦がして、押し潰す。

隕石の落下(メテオインパクト)にも等しい一撃で殴られたアザトースは、冗談のように回転を繰り返しながら吹き飛ぶ。

体勢も立て直せないまま隙だらけの体を晒す邪神に、魔力場を足場にして踏み込んで距離を詰める。

一足で追いつくと、アザトースの片足を左手で掴んでそのまま圧殺せんばかりに力を込める。

ガジェットの装甲すら純粋な握力で粉壊できる強力がアザトースの襲い掛かるが、攻撃側であるはずのダークネスの表情は苦々しい物。

幼子を思わせる邪神の肉体そのものに、何らかの概念による加護が掛けられているのだろう。五指に全力で力を込めても、ビクともしない。

ならばと黒炎を纏わせたままの右腕をもう一度叩き込んでやろうと振り被るが、振り向いたアザトースの双眸がダークネスを見据え、両腕をハンマーのように組み合わせた。

その仕草に悪寒を感じて投げ飛ばそうと左腕を振り被るが、一瞬早く邪神の両腕が振り下ろされた。

瞬間、ダークネスの後頭部に巨岩が叩きつけられたかの如き衝撃と痛みが襲いかかる。

痛みよりも困惑に思考を揺さぶられたことで拘束が緩み、アザトースの離脱を許してしまう。

常人ならば頭蓋を叩き割られておかしくない衝撃に、しかしダークネスにとってゴム球をぶつけられた程度のモノの影響しかない。

ニヤニヤと不快感しか感じられない笑みを貼りつけた邪神が拳を振りかぶる。先のお返しのつもりなのだろう。

暗い炎を拳に纏わせている。構えも、重心移動もなにもなう、腕を振るっただけで見え見えなテレフォンパンチ。

しかし、己へ迫る小さな拳と偽装の炎による攻撃は、ダークネスの本能に最大級の危険信号を鳴らせた。

カウンターを狙っていた攻撃思考を切り替え、回避行動に移行。

放たれた拳に手を添えることで軌道を変えることに専念、攻撃を捌けたことを確認すると全力で離脱を図る。

本来ならば、重心を崩されて体勢の整っていない標的の脇腹なりこめかみなりに一撃を叩き込むらいはしていた。

だが、直撃を受けたらその時点で終わるという確信じみた予感が胸中に渦巻いたのだ。

何故、そんな予感を感じたのか。その理由は、違和感を感じて下方に視線を落としたことで理解することとなった。

 

「な、に――?」

 

突如として響き渡る轟音。続いてありえないレベルの衝撃波に煽られ、体勢を崩しそうになる。

龍翼でバランスを保ち、マフラーから放出した粒子状の防護障壁【ミストウォール・パワード】で飛来する岩塊を弾き飛ばしながら、眼下に広がる光景に思わず呆れ声を零してしまう。

 

「……おいおい」

 

そこにあったのは地獄としか表現のしようがない姿へと変貌した凄惨なる大地の成れの果て。

地殻が抉り取られた様に露出して、赤熱のマグマの流動が目視出来てしまっている。

幸い、クラナガンとはかなり距離があるため曲折的な影響は及んでいないと思いたいが、普段と違って人外でない者は除外されている筈の人々が取り込まれていることをようやく思い出す。

 

「やべ」

「やべ……じゃないわよ!」

 

空気の様に軽い後悔の言葉を吐くダークネスの後頭部をぶっ叩くのは、【ディヴァイディングコロナ】を消滅魔力砲で凌いだ花梨だった。

仰々しい機動攻殻を纏い、幻想的な翼を生やす姿は、神話で語られる熾天使を彷彿させる。

だが、麗しき美貌も今や、憤怒で歪んで見える。

右手で握りしめた【ルミナスハート】の杖先が小刻みに震えているあたり、周りの被害をコロッと忘れていたおバカに大層ご立腹のようだ。

 

「街には皆……アリシアたちもいるってコト忘れてんじゃないの!? もうちょっと考えて戦いさないよっ」

「無茶言うな。明らかに俺と同格、あるいはそれ以上の強敵だぞ。手加減なんぞしたら、瞬殺されるのがオチだ」

「だからって……」

「グダグダ言い争う余裕なんてない――そら、来たぞ!」

「え――きゃっ!?」

 

鎧に包まれた胸板をつついていた花梨の手を引き、後方へ飛び退がる。

可愛い悲鳴を上げた花梨の疑問に答える様に、目の前を通り過ぎていく極太のエネルギー砲を指差した。

《夫婦漫才は見てて楽しいけど、無視されるのはあんま好きじゃないんだよねェ~》

腹立たしい笑みを貼りつけたまま、翳していた掌をプラプラと振りつつダークネスたちを見下ろす(・・・・)

両者のいる高度はほぼ同じ。目線で言っても、同一平面上に立っているのと変わらない。

だが、それでも『見下ろされている』のだ。

どちらが強者か否か、微細な仕草からも漠然と感じとれる不遜すぎる態度。

しかし、対峙したからこそ現実が理解できる。

奴は、アザトースは、ダークネスや花梨(じぶんたち)とは比べようも無い実戦経験と実力を兼ね揃えた格上の存在であると。

しかし、たかが気あたり程度で怯え越しになる程、彼らは繊細な神経の持ち主ではない。

 

「気圧されるなよ花梨……往くぞ」

「はいはい。わかってるって――のっ!」

 

不敵に笑うダークネスが魔力を練り上げていくのを察し、花梨が飛び出す。

距離を詰めながら【ルミナスハート】を大型“多目的盾”に納め、腰のバインダーから片刃の直剣を引き抜く。

 

【フォートレス・ゼロ】固有兵装がひとつ、【バラム・レーヴァティン】。

 

柄に装着された魔力資質変換システムにカートリッジからロードした魔力を注入。

花梨の魔力がシステムというフィルターを通して炎に変換、反物質化した粘性の高い紅蓮のエネルギーが刀身を包み込んでいく。

烈火の将の愛機たる【レヴァンティン】による演算補助によって彼の主をも超える炎を具現化させると、正眼に構えた刃を突き出し、灼熱の劫火を解き放つ。

 

《おお!》

 

迫り来る炎を前に、警戒心を微塵も感じていないアザトース。防御行動はおろか、防御障壁すら発動するそぶりを見せない無防備な身体に、灼熱の奔流が襲いかかる。

 

「まだまだ!」

 

紅蓮に呑み込まれるアザトースへの接近を続けながら、刃に纏った炎を散らせるように軽く振るわせると、今度は斬閃を描く様に炎剣を振り抜く。

直線状の炎を撃ち出した先ほどと異なり、刃が振るわれる度に切先が描く軌跡に沿って三日月状の炎刃が形成され、射出された。

放たれた飛来刃は炎に包まれたアザトースに直撃し、間合いを開いているダークネスのところまで感じられる爆風を産み出す。

超高々度の上空では酸素が薄く、炎の燃焼現象は発生しない。しかし、花梨は【デバイス】の補助を受けているとはいえ、ごくごく当たり前のように炎を生成して見せた。

つまり、無意識下で常識という“概念”を自身の意志で上書きしているということ。

彼女の真骨頂である“消滅”以外にも“概念”を操作する概念魔法を何気なく発動していることに本人は気づいているのかどうか。

きっかけになったであろう英雄(雪菜)騎士(宗助)を思い浮かべながら、魔力の集束が完了したことで意識を切り替える。

 

「準備できたぞ。離れろ!」

「わかったわ――よっ!」

 

アザトースの脇をすり抜ける様に飛び、すれ違いざまに直接斬撃を叩き込む。

だが、やはり奴が纏っている概念の鎧を切り裂くには至らなかったのだろう。

腕に残る痺れと亀裂の刻まれた刀身に表情を苦く歪めていた。

だが、この程度は想定内。元より、あの程度の小細工で如何こうできるとは思っていない。

指を開いた両手首を合わせて腰横に構え、炎の中心で揺らめく影を見据え、圧縮させた魔力を極大の魔導砲として撃ち放つ。

 

「――『希望を司る金色の神蛇皇(リミットブレイク・ヨルムンガルド)』ーーーー!!」

 

世界を呑み込む金色の神蛇が、紅蓮の炎と共に《邪神》を呑み込んだ。

手加減無しの全力。

銀河そのものを消滅させるに留まらず、世界を隔てる次元の壁すら崩壊させるほどの莫大なエネルギーが解放されて発生した余波の嵐に、あわや巻き込まれそうになった花梨が悲鳴を上げる。

 

「ちょ、自重しろバカーー!?」

「出来るか」

 

少女の悲鳴を斬って捨て、必殺の意志を込めた魔法の構えを解く。

だが。

 

《お見事お見事~♪ いや~、物凄い神代魔法だったねェ。現実空間だったら、問答無用でミッド終焉のお知らせ状態だったのは間違いないよ》

「チッ。どこまでも頑丈な」

 

パチパチパチと賛美するように拍手して見せる敵を睨み付け、忌々しげに呟く。

まるで存在の無い虚像を相手しているような徒労感が身体を這い上がってくる。

だが、実体がないわけではない。

何らかの“概念”で守られた絶対防御能力に近い魔法を使っている筈なのだ。

しかし、そのカラクリが見抜けない。

“概念”はより強い“概念”に上書きされる。

“絶対破壊”の“概念”を籠めた『希望を司る金色の神蛇皇(リミットブレイク・ヨルムンガルド)』は、ダークネスの神代魔法の中で最大の攻撃力を持つ。

無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)』によって、理論上は天上知らずに威力を上昇させられるアレを受けて、無傷でいられるというのはどうにも納得できない。

アザトースがどれほど強大な《神》かは知らないが、いくらなんでも非常識すぎる。

ならば、何らかの仕掛けが隠されていると考えるのが自然……。

 

「もう少し仕掛けてみるか。――花梨、前衛頼む!」

「はいはい! まったく、人使いが荒いわねっ。――全機、展開!」

 

請われ、了承する。

推進装置をフル稼働させ、瞬く間に距離を詰めるよう飛翔しながら、周囲を旋回する自立機動兵装を展開。

花梨の命令と内蔵された【デバイス】の意志に従い、不規則な機動を描きながらアザトースに迫る。

 

《おおゥ?》

「ストライカーズ・フォーメーション!」

 

多彩な魔力刃を形成させた自立機動兵装が縦横無尽に空を駆け、光速の砲弾を放つ。

桜、金、白……幾条にも重なり、交叉するように放たれる極彩色の閃光による乱舞が無防備を晒す《邪神》へと叩き込まれていく。

反撃の暇すら与えぬ猛攻。一機が閃光のように集束された砲撃で狙撃(スナイプ)すれば、それをフォローする様に標的の背後へまわり込んだ別の機体が拡散型射撃を行い逃げ場を塞ぎ、上下に旋回し、魔力刃を展開させた二機で挟み込むように突撃、斬撃を叩き込む。

縦横無尽としか言い表せられない猛攻は、人間の思考限界速度を遥かに超えた処理能力を必要とする。

花梨は、『高次元並列演算思考(ノルニル)』によって遠隔操作の精度を高レベルで維持しつつ、各【デバイス】との意思共有を果たすことで、複雑な機動兵装を十全に使いこなしているのだ。

 

「これはすごい……とは言え、黙って傍観に徹するのも性に合わんな! 【ヴィントブルーム】、砲身展開」

【了解っ! バレル解放ォ!】

 

左の突撃盾に声をかけつつ、見えないマントを振り払うように左腕を振るう。

瞬間、盾が中央から左右に展開され、内部に収納されていた砲塔が顕わになった。

【ヴィントブルーム】ライフルモードよりも幾分巨大化した魔導砲の砲口を閃光の牢獄に捕らわれたアザトースに向ける。

注ぎ込まれた魔力によって砲身が光り輝き、吹き荒ぶ魔力粒子が砲口内部へ集束されていく。

万物を撃ち砕く破壊の概念(想い)を籠めた魔法が生成され、標的を見据えて躊躇なく引き金を引く。

 

「【ドグマスマッシャー】」

 

放たれた漆黒の閃光は紫電の稲光を纏って光速へと至り、無防備なアザトースの側頭に直撃する。

だが、やはりダメージを受けた形跡はない。それどころか、魔法を受けた衝撃すら感じていない様に平然と、悠然と、超然とそこに在り続けている。

 

「――これは……? ああ、なるほど。そういうことか」

 

しかし、黄金の龍神の感覚は魔法の着弾の瞬間、僅かにアザトース周辺の空間が揺らめいたことを感じとっていた。

 

「魔法無効化能力などで攻撃を無力化された類の感じとは違う……だが、ダメージどころか余波の煽りすら感じていないということは――」

 

アザトースと交わした会話を思い出す。

苛立ちと不快感しか感じさせない口調で言葉を発する奴の性格は、他者を見下す傲慢なもの。

“儀式”の真相を事細かく語ったのも、こちらが真実に打ちのめされる様を眺めてほくそ笑むためだった。

ならば、攻撃を無力化して空虚感と疲労感に苛まらせる程度(・・)の悪意で満足するようなタマか?

 

――否。

 

愉快そうに歪んだ笑みを浮かべ続けているのは、それ以上に大きな愉悦の理由が存在しているに他ならない。

意識を停滞させず、思考を回転させ続けることで理論を構築する。

理解などしたくも無い悪意の塊を打ち倒すため、人間の強さたる鋼の意思を以て、《邪神》の総てを分析する――!

 

「――そういうことか。チッ! どこまでも苛立たせる野郎だな!」

 

吐き捨てると同時に飛び出し、右腕を振るって【ルシフェリオン】の刀身に破邪の炎を顕現させる。

邪悪を祓い、魔を滅する退魔の極致たる神炎を纏わせた聖剣が、閃光の合間をすり抜ける様に振り下ろされた。

不浄を赦さぬ破邪の焔が、《邪神》の細首を斬り落とさんと叩き付けられる。

だが。

 

《ん~、無駄な足掻きって言葉の意味知ってるかなァ~?》

 

刃を跳ね返すでもなく、斬撃の威力を無力化するでもなく、確たる手ごたえを感じながらもダメージを与えられないという矛盾。

しかし、ダークネスの顔に苛立ちや悲壮感は無く、むしろしてやったりと言わんばかりの不敵な笑みがそこにあった。

眉根を顰ませたアザトースに『炎の剣』を叩きつけたまま、砲身を収納させた左腕が伸ばされる。

それは打撃や関節技の掴みでなく、見知った相手への友愛の仕草でもある『肩を叩く』という行為。

何をやっていると鋭い剣幕を言葉の節々に滲ませながら、標的と密着状態にあるダークネスに当たらないよう兵装の制御に集中する花梨。

彼女とて、自分たちの攻撃が何ら意味を成せていないことは理解していた。

だからこそ、伸ばされた腕も何故か(・・・)触れることも出来ないだろうと思い込んでいたのだが――

 

「え?」

《ぬ?》

「やはりか。譲渡(・・)できるのは攻撃(・・)だけのようだな」

 

掌に感じる生命の鼓動。

《邪神》の肉体に直接接触できている己の左腕を見下ろし、ダークネスの唇が獣のように歪む。

と同時に、少年の姿をした《邪神》の表情が、初めて愉悦以外のものに変わった。

 

「砕けろ……!」

《あが……!? ――っの、ムシケラがぁ!》

 

渾身の力を籠めてアザトースの左肩を握りつぶしにかかる。

ようやく掴み取った機会を逃してはならないという空気を察し、疑問符を頭に浮かべた花梨もダークネスの援護に向かう。

掴み上げた《邪神》の肩に指先を沈み込ませたダークネスは、虫を掃うかの様に叩き込まれる拳を顔面に浴びながら、近づいてくる花梨に突き出す様に左腕を掲げる。

見た目からは想像もつかない重い打撃に頬の内側が斬れ、流れ出した鮮血の鉄臭い味を噛みしめるダークネスの視線と天空を翔ける花梨の視線が重なり合った。

 

――やるわよ!

――了解。

 

刹那の交叉で互いの考えを共有した二人は、瞬時に行動を起こした。

アザトースを拘束した左腕を限界まで伸ばして、引き剥がす。

暴れる《邪神》打撃が、当然のように左腕に収束され、黄金の装甲へ瞬く間に亀裂が刻み込まれていく。

それでも五指の力を緩めず、拘束を外さない。

その合間に自由になった右の掌を上向きに構え、チカラを練り上げる。

 

「万物を原初の虚無へと還す超重力の檻……味わってみるか?」

 

宝玉に納められたジュエルシードが眩い輝きを放ち、次元を振動させる超重力エネルギーを生成した。

胸部の宝玉が一際輝きを増した瞬間、そこより生まれ出でる破壊の結晶体。

顕現した宇宙の深遠の如き漆黒の球体に惹かれるように、創造主たる龍神を崇めるが如きたゆたっていた重力球が集い、ひとつに重なっていく。

胸部から右の掌へと泳いだ強大なる重力球を頭上に掲げ、両肩の龍咢から放出された紫電を纏っていく。

龍のチカラを注ぎ込まれ、質量を増していく漆黒の球体を恐れるかのように、空間が歪み、光が途切れる。

あらゆる事象を崩壊へと導く破壊の具現に恐怖して、世界が揺れる……!

 

対角線上にまわり込んだ花梨は、拳を握りしめた右腕を掲げ、剣を呼ぶ。

 

「来なさい、【バルディッシュ】! コード・ライオット!」

【Yes.sir!】

 

求めに応え、【バルディッシュ】コアを搭載した機動兵装が花梨の左腕に装着される。

コアが戦意を滾らせるかのように輝きを放つと、装甲が展開した機動兵装と手甲が合体して【バルディッシュ・ザンバー】の意匠を持つ両刃の剣へと変形した。

魔力変換システムによって雷へと変質した魔力が刀身を生成。金色の稲光を纏う光の剣が生成される。

二度、三度と感覚を馴染ませるように振るい、切っ先を足元へ向けて振り下ろす。

 

「《邪神》だか何だか知らないけど、アンタに私たちの未来を決める権利なんてないわ! そんな、ふざけた幻想抱いてんなら……因果律の果て(アカシックレコード)までぶっ飛びなさい!」

 

切っ先を起点に波紋のように広がる魔力波動。淡い純白の風が巻き起こり、描かれた光の六芒陣に剣を突き刺すと、刃を核とした悪邪必滅の炎凰が誕生する。

魔法陣を足場にして跳躍。

守護するかのように羽ばたいた炎凰が彼女を包み、闇夜を切り裂く蒼炎の不死鳥と成る。

右脚の追加装甲が展開し、不死鳥のエネルギーが注ぎ込まれていく。

その蹴りは、因果すらも蹴り砕く破壊の鉄槌……!

 

「【Black Hole Cruster(ブラックホールクラスター)】……発射!」

「蹴り……穿つ! 【Akashic Buster(アカシックバスター)】!」

 

叩き付けられた重力球がアザトースを呑み込んで吹き飛ばし、解き放たれた漆黒の闇が膨張を開始した――瞬間、闇夜を切り裂いて舞い降りた不死鳥が重力の檻を貫通する。

嵐のように渦巻く重力力場に因果を歪めるほどのエネルギーが叩き込まれたことでいとも容易く臨界を超え――爆散。

破壊エネルギーが内部へ向けて爆縮するはずの術式が暴走を起こし、天地開闢にも等しき超絶エネルギーの奔流が《邪神》を滅するべく荒れ狂った。

解き放たれた炎風と超重力が混ざり合った結界の中で、悍ましき《邪神》は魂の一欠けらまで滅されるまで逃れることはできない!

 

……筈だった。

 

《あいててて~、ちょっぴり痛かったよォ……》

「うっわ、アレを喰らってほぼ無傷って……ないわー」

「うむ。ここまで来ると、スゴイを通り越してキモイな」

 

衣服についた埃を払う様な仕草と共に平然としたアザトースが暴虐の牢獄から抜け出した。

結界など、なんら意味を成さないということか。マイクロブラックホールに変わりかけていた術式を霧散させつつ、注意深く観察する。

掴みかかった際の傷も回復済みのようだ。先ほどは上着の肩部分が出血で滲んでいた筈なのに、今は痕跡の欠片すら見当たらない。

畏怖を隠せない二人の視線に気を良くしたのか、アザトースはへらへらと笑いながら語りかけてきた。

 

《いやぁ、さっきのはなかなか良かったよ? 僕の守りの仕組みに気づいたのかな?》

 

推測を確定させるには情報が足りない。あえて、会話に合わせることで新しい情報を引き出す方が適切な行動だと判断。

激昂しそうになる花梨を抱き抱える様にして口を塞ぎ、軽口を合わせた。

 

「まあ、半分くらいはな。最初は攻撃の無力化かと思ったんだが、どうにも辻褄が合わなくてな。で、いろいろ試している内に、攻撃は通っている、けれどダメージが与えられていないんだと気づいた。で、お前の口ぶりから自動で発動するタイプの術式だと考え、敵意を乗せない攻撃を仕掛けてみたわけだ」

《なるほどね。うん、よく出来ました。ぱちぱちぱち~……でも、もう一押しが足りないなァ~。ボクを守っている術式の真髄を見抜くには経験値が足りないようだねェ~》

 

怒りで拳が震えるのを押さえられない。

硬く握りしめられた拳に手を添えながら小声で宥める花梨がいてくれなかったら、激情に後押しされるままに殴りかかっていたかもしれない。

他の相手ならば、この程度の兆発にいちいち反応するような事は無い。

しかし、悪意を練り固めたかのような《邪神》は、そこに在るだけで他者の抱く負の感情を刺激する性質を持っているらしい。

ギリギリのラインで抑え込んでいる殺意が、隙あらば溢れ出しそうになってしまう。それは、花梨も同様なのだろう。

ダークネスの抑え役を任されてくれた彼女は、視線を合わせないように顔を伏せている。

眼を合わせてしまえば、彼女も敵意に支配されてしまうと感じているからだ。

己を強く自制するため無言になった二人の姿に嘲笑しつつ、気分が乗ったアザトースが手の内をバラシ始めた。

どうやら、説明癖があるらしい。

 

《いいかね。君らのミニマム(ブレイン)と節穴(イヤー)でちゃんと理解するんでちゅよ~ォ? ボクには二つの“能力”が備わっているのさ。一つ目が守りのチカラ、『感染する悪意(シグルズ・アンドヴァーリ)』。効果は、『ボクの受けたダメージを、眷属である《邪神》に分散して譲渡する』のさ。君たちも攻撃の手ごたえを感じていただろう? 要するに、攻撃は届いていたんだよ。でもダメージは総て、眷属共へ譲渡していたからボクへのダメージはゼロってワケさァ!》

「肉体の損傷すら他人に譲渡すると言うのか……!?」

「最っ低な“能力”ね! 《邪神》って呼ばれる理由がよくわかったわ」

 

明かされた“能力”の正体に、ダークネスは瞠目し、花梨は嫌悪顕わに吐き捨てる。

他人の力を借りるというのに文句は無い。

自分たちも、家族や仲間、戦友のチカラを借りてこの場に立っているのだから。

だが、コイツは違う。

自分の受けた痛みや苦しみをそのまま無関係の他者に押し付け、自分だけへらへらと笑っている。

戦闘開始から現在に足るまで、奴が防御をとったことはない。それはつまり、痛みを譲渡された他者の苦しむ様を想像して愉しむためにわざとやっていたということい他ならない。

 

 

例えば――とある異世界のとあるお宅にて、アザトースの悪意にのたうち回る被害者の姿が。

 

「うぎぇえええええ……な、なんですかこの全身をフルボッコにされたかのごとき激痛の嵐は……はっ!? まさか上司(あんちくしょう)がどっかの宇宙でヒャッハーしてやがりますね!? ――ウゲフゥ!? こ、今度は鳩尾に通背拳を喰らったかのような衝撃が……てか全身の筋肉が引き裂かれるように痛いんですけど。あのバカ上司、どんな化け物とバトってやがるんですかぁ!?」

「あうう……モロに延髄蹴り受けたみたいに首が曲がっちゃった……。角度は90度? 少年、痛いの痛いの飛んでけ~を所望する。おてての代わりに、少年のしっとりザラザラな(ぺろぺろ)で舐めしゃぶる様にしてくれると効果が倍プッシュ♡」

「真尋くぅ~ん、背骨が“ぼきぼき”ってなってる僕にもお手当してほしいなぁ~。膝枕してナデナデしてくれたらすっごく元気になれる気がするんだ。――できれば、「ハス太、僕の愛を捧げるからがんばれって」愛を囁きながらほっぺたに“ちゅっちゅ”してくれると凄く嬉しいの♡」

「ってちょっとお!? 何サラリと私の! 私の!! わ・た・し・の・! 真尋さんに嬉し恥ずかし素敵イベントをおねだりしてやがるんですか!? そーゆーのは正妻である私にこそふさわしいご褒美でしょう! アンタらはうち上げられたザトウクジラのように無様な姿を晒してればいいんですよ! 

さあ、真尋さん! 痛みで身動きのとれない私を組み伏せてもいいんですよ!? 飢えた獣のように! 飢えた獣のようにッ!!」

「鯨保護団体の詰所に正面から殴り込みをかける様な危険発言してんじゃねー!? つか、痛い痛い言いながら、結構余裕あるなお前ら!?」

 

 

――と、このように。

 

フローリングの床で身悶える銀髪、赤神、金髪の《邪神》と家主の少年がえらい迷惑をかけられるのを引き換えにして、アザトースは絶対的な防御能力を保有しているのだ。

元を辿れば、己の意志で戦いを選択したはず。だというのに、実際傷を負うのは無関係であるはずの他者。

つまり、世界の命運をかけたこの戦いすら、アザトースにとっては娯楽の一つでしか無く。

どんなに傷ついても、無様に倒れ伏そうとも、全力で勝利を手繰り寄せようとする信念を賭していないということ。

“自己”以外の“他”総てを有象無象と扱き下ろすが故に、アザトースは理解できない。

不快に目を細ませる龍神と犬歯を剥き出しにして震える戦乙女の怒りが、《邪神》の理解の外にあるモノであるが故に。

 

《おんやおやァ~? 何を憤っているんだい。君らだって、他人を殺して消滅()して潰し続けてココにいるんだろォ? 一応、人間を超えた存在――『神成るモノ』に至ったくせに、なんで人間っぽい反応返してんの君ら? あ、ひょっとしてアレェ? 愛玩動物に心許しちゃった的なモン? うっわ、気ッ色悪ゥ♪》

 

己が定めた【ルール】……“参加者”の思考が、人間と呼べる領域の範疇に留まる様に制限を掛けていたことを棚に上げ、心底理解できないと言わんばかりに眉を顰める。

ただし、細められた瞳は、もがき苦しむ虫を観察するかのような愉悦で染まり、口元は堪えようのない哄笑で歪みきっていた。

 

「ああ、もういい。これ以上の会話は不愉快だ。――貴様はここで、俺が滅ぼす」

「ちがうでしょーが、バカダーク。……ヤルのは、『私たちが』よ」

 

肩を並べ、堪えようのない殺意を解放させた龍神と戦乙女が《邪神》を睨む。

 

「こういう能力を破る方法といえば、ダメージの蓄積を狙って、他者に譲渡しきれない位の連続攻撃を叩き込むという案があるんだが……他に策はあるか?」

「……思いつかないわね。しょうがない、被害者になる眷属さん? たちには気の毒だけど我慢してもらいましょっか」

「黒くなったもんだ……だが、そう言う考えは嫌いじゃないな!」

 

両腕を交差(クロス)させて魔力を練り上げる。

全身を炎の如き闘気が包み、ダークネスの鎧を真紅に染める。

 

「リミット解除……」

 

静かな宣告と共にダークネスが動く。

眼前の空間を引き裂く様に展開された両腕から飛散した闘気の欠片が、真紅の龍神の幻影を産み出す。

赤き閃光の軌跡を描いて飛び出した幻影が質量を持つに至り、アザトースに拳を、蹴りを叩きこんでいく。

自らの守りに絶対の自信を持つアザトースは無防備のまま打撃の嵐を受けて吹き飛び、追随した幻影に殴り飛ばされて闇夜を切り裂き、星々の煌めく暗黒の海原に奔る閃光となる。

 

《あは、あははははっ! 無駄無駄無駄無駄無駄ァ! 分身の術、いや、影分身かな? 忍法の真似事まで出来るとは恐れ入ったけど、ボクにダメージを通す事なんて出来る訳ないんだよォ! ――およ?》

 

幾重にも交叉する赤き閃光の乱舞を受けて尚、いまだ健在の態を見せるアザトースが背後に何かの存在を感じとり、振り返る。

そこにあったのは、視界一杯に広がる無骨な岩石に埋め尽くされた大地。

ミッドチルダの衛星たる月のひとつだった。

 

《うわぁお♪ 生身で星間旅行しちゃったのかァ……誰得だろね》

「軽口はそこまでだ。ファイナルコード――“麒麟・極”!」

 

幻影ではないダークネス本体の拳が、星の内側へと向かう重力の理を“概念の改変”によって逆転させ、速力に上乗せした亜光速の流星がアザトースの胴体に直撃し、拡散した衝撃が月の地殻を粉砕し、極大のクレーターを形成する。

だが、それでも尚、ダークネスの勢いは止まらない。

岩盤を撃ち砕き、凍結した地殻を突き破り、星の核にまで達してようやく勢いが止めた。

岩石が圧縮を繰り返して形成された金属核に貼りつけにしたアザトースを踏みつけて拘束し、殺意を沈めた掌を額に押し当てる。

 

「無限の力……ここで極める!」

 

足首のひねりから生まれる反発力が螺旋を描きながら肉体という無限増幅器を通して伝達していく。

アザトースに押し当てた掌に収束されるのは、無限回廊を経て超常へと至った闘気。

万物撃ち貫く鉄杭をイメージして繰り出されるのは、真紅のマフラー(セイクリッドハート)に記された聖剣。

 

「“総て撃ち貫く破界の鉄杭(リボルビング・ブレイカ―)”!」

 

裂帛の気合いと共に炸裂した、星をも砕く破壊衝撃。

内部へ直接衝撃を叩き込む発頸の六連撃を受け、アザトースの表情が初めて苦悶に歪んだ。

 

《……!? ダメージを譲渡しきれない? おやおや、ダメージを受け流された眷属どもが瀕死になれば術式の対象外になるってルールが裏目に出たか~。まさか力ずくで全《邪神》をノックダウンさせるなんてね。いやはや、脳筋極まれりだねェ》

「まだまだ終わりではないぞ! いつまで軽口を叩いていられるかな!?」

 

咆哮と共に身を屈め、技を撃ち込んだ掌底に体重を乗せながら全力で振り抜き、金属核ごと粉砕する勢いで頭部を叩きつけた。

手ごたえは十分。だが、ダークネスの追撃はさらに続く。

頭上に掲げた右腕に眩いばかりの極光が収束し、次元を揺るがす刃と化した。

核の残骸を塵芥と化しながら星に沈むアザトースの懐へ転移するかのごとき神速で迫り、宇宙をも両断する次元の凶刃が振り下ろされる!

 

「一闘両断……【Akashic Zunber(太極・斬)】!」

 

咆哮一閃、振り下ろされた次元剣が肩口を捉え、鋼を幾重にも重ね合わせたかのような錬鉄を切り裂いていくような感覚に襲われながらも、全力で振り抜く。

肩の付け根から両断された《邪神》の右腕が勢いよく吹き飛び、切断面からどす黒い靄のようなものが噴き出した。

太極をも斬り裂く手刀は月という惑星を真っ二つに両断し、崩壊へと導く。

かつて衛星と呼ばれた惑星の残骸の合間をすり抜けながら、見失ってしまったアザトースの姿を探す。

だが、大技を連発したため注意力が散漫になっていたのだろう。背後から忍び寄ってくる『漆黒の槍』の存在に気づくことが出来なかった。

 

『ダーク、右後方から敵っ!』

「な!?」

 

後方で大技の準備(チャージ)に専念していた花梨の念話による警告。

咄嗟に振り返り、斬り落とされた右腕が変容した槍の存在に気づくと、上体を反らして首を斬り落とそうとした槍の一撃をギリギリのところで避ける。

顎先を掠めていった狂刃に冷や汗が流れ、思わず動きを止めてしまったダークネスの後方から迫る黒い影。

残された左腕に黒い靄のようなオーラを纏わせた両刃剣を具現化させたアザトースが、凶悪な笑みを浮かべ――ソレを振るう。

 

「『終焉を約束された勝利の鍵(カオス・エクスカリバー)』」

 

放たれる邪悪なる光。星が鍛えし神造兵器である最高位の聖剣が、悪意に呑まれて変容した最悪の魔剣。

聖の頂にあるはずの剣が、対極の闇に属する《邪神》に揮われるとはなんという皮肉な事か。

襲いきた漆黒の斬撃に対し、ダークネスは回避ではなく防御を選択。

その場で反転する様に身を翻すと、真紅のマフラーが面積を増して彼を覆い隠す赤き防壁となった。

赤と黒が激突し、月の残滓を消し飛ばすほどの爆発が起こる。

 

「っ! ダーク!?」

「大丈夫……だっ」

 

花梨の叫びに応え、粉塵を切り裂きながら現れる黄金の龍神。

布端がボロボロになって全身の鎧もおびただしい亀裂が走っているものの、どうにか五体満足でいることを確認し、花梨から安堵の息が零れる。

 

「アイツ、さっき【エクスカリバー】って言わなかった?」

「ああ。刀身がどす黒く染まっていたが間違いない。アレは本物の聖剣だ……属性は反転しているようだがな」

 

ダークネスが指し示す通り、粉塵を切り裂いて姿が顕わになったアザトースの左腕には、漆黒よりも深い混沌の闇に染まった聖剣……いや、邪剣が握り締められていた。

剣の作りは彼らの記憶にある聖剣……聖杯をめぐる戦争で召喚された、“セイバー”と呼ばれる少女の相棒たる宝具そのものだ。

我が物のようにソレを振るっていると言うことは、アザトースの語ったもう一つの“能力”――口調から推測するに、攻撃型の異能によるものだと考えられる。

 

「まさか聖剣を造り出す“能力”なんて、小技じゃないわよね?」

「だろうな。万物を創造できる俺と消滅できるお前を同時に相手取れる輩を支える自信が、そんな浅い底を見せるような訳ないだろ」

「じゃあどうする? 準備(チャージ)はまだ済んでないから、私が仕掛けるのはナシよ?」

 

浮遊する自立機動兵装の展開装甲が放つ魔力光は未だ弱々しく、魔力伝達回路を通して全兵装に魔力充電を完了させなければ『切り札』を放つことはできない。

並列演算に思考の大部分が奪われてしまうため、“多目的盾”による自立防御に護りを一任せざるを得ない。

まさに今の花梨は、砲弾の搭載を待っている固定砲台そのもの。

攻撃を受けてしまえば、棒立ちでソレに曝されることになってしまう。

だからこそ、ダークネスに囮も兼ねた前衛を任せていたのだが……。

 

「だからと言って考えなしに突っ込むのは危険になったぞ。どうやら、片腕を斬り落とされたことが多層ご立腹なようだ。見ろ、奴の顔。俺たちを見下す目線は相変わらずだが、抑えきれない殺意をばら撒いてやがる」

 

左腕の治療を行いながら指摘した通り、右の肩口から溢れ出た黒い霧が《邪神》の体躯を軽々と超える巨大な怪腕となり、刃のように伸ばされた爪が太陽光を反射して煌めく。

あれで襲いかかってくるのかと警戒し、身構えたダークネスと花梨の反応を愉快そうに眺めながら、《邪神》の唇が上下に震え、二人には理解できない言霊……祝詞を口遊んだ。

瞬間、《邪神》の背後の空間に波紋のような揺らめきが無数に生じ、なにも無い虚空から存在を持つ〈兵器〉が世界を侵食する様に姿を現した。

『知識』を持つダークネスたちは、目の前の光景に『王の財宝』と呼ばれた宝具を連想した。

しかし、その考えは現れたものが歴史上に存在したとされる武具でなく、凶悪なまでの〈兵器〉であることを理解した瞬間、霞の如く霧散した。

 

宝具の原点? 

ありとあらゆる武具や宝が収められた蔵?

 

――それがどうした(・・・・・・・)

 

コレは、そんな生易しいシロモノではない。

現れたのは、人智を超えた超科学の産物たち。

 

宇宙戦艦ヤマトの次元波動爆縮放射機(波動砲)

 

呪われた光(ソーラ・レイ)の炭酸ガスレーザー。

 

進化する怪物(ゲッターエンペラー)のゲッタービーム。

 

憎悪の極致(GENESIS)のガンマ線レーザー。

 

破滅の魔獣(デスザウラー)の荷電粒子砲。

 

超広域殲滅型要塞兵器(ズフィルード・エヴェッド)のジーベン・ゲバウト。

 

天上の存在の箱舟(ソレスタルビーイング)の大口径ビーム砲。

 

等々……その数、もはや数えることも叶わない。

数多の世界で、人の命を刈り取った最悪にして最強の巨大兵器が所狭しと顕現した様は、ある意味壮観だと場違いな感想を抱いてしまうほどの絶望の具現。

 

《全機、主砲発射体勢ェ~♪》

 

現れた規格外の超弩級兵器を前に仲良く頬を引きつらせる小さな標的目掛け、禍々しい破壊エネルギーより舞い散る燐光が世界を照らす。

 

《発射ァ~!》

 

意気揚々と掲げられた邪剣が一気に振り下ろされた瞬間、脆弱な抵抗をあざ笑うかのように解き放たれた破滅の光が、龍神と戦乙女を呑み込んだ。

 

 




・作中登場した魔法解説
神滅武装(コード)”アルタード”
使用者:スペリオルダークネス
『三種の神器』と融合した【デバイス】の同時発動形態。
この形態になると、『無限の輪廻』の発動限界時間の制限が解除され、アリシアたちのレアスキルも使用することが出来るようになる。
また、この状態になると『とある魔法』に秘められた真の能力が解放される。


●試作型武装端末【フォートレス・ゼロ】
使用者:高町 花梨
管理局技術部が開発を進めていた対AMF用機動武装。
三機の『多目的楯』と複数機の自立機動兵装(ブラスタービット)、【バリアジャケット】の追加装甲(アーマー)によって構成されている。
試作型であるため、自立兵装と装着者間のリンクが不安定なため、高性能なAIを搭載したデバイスを兵装に組み込まなければまともに操作することも出来ないピーキー仕様なのが欠点。
高性能デバイスを多数用意できたこと、常人を超えた並列演算思考能力を有する花梨を装着者が現れなければデータ取りもまともにできなかったであろう紙一重な機体。


●『感染する悪意(はいよるこんとん)
使用者:アザトース
受けたダメージや疲労感を、自身の眷属たちに譲渡させる『神代魔法』。
術者本人はダメージを無力化する代わりに、眷属の誰かに自分が受けるはずだった傷を負わせると言う悪辣な魔法。
攻撃に対する自動防御のため、不意打ちなどにも有効。
ただし、敵意の込められた攻撃ではない場合、或いは譲渡先の眷属が総て瀕死状態に陥ると、能力の効果が無効化される。
理由は、己の信者でもある眷属を失ってしまったら、信仰心……しいては《神》としての力を喪失してしまう事を嫌ったためと思われる。

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