「せえい!」
「うわたた!? ちょっ、そっちがその気ならボクだってぇ……ておやー!」
雷と化したレヴィの踏み込みが音速を超え、一条の稲光に至る。
存在そのものが雷光と成ったレヴィから放たれる怒濤のラッシュ。
それはまさしく疾風迅雷。空気を焦がすほどの雷光が縦横無尽に戦場を駆け、姫騎士へと襲いかかる。
「ふむ……なかなかのスピードです。ですが、攻撃の軌道が直線的すぎますね。フェイントを織り交ぜればもっといいものになりますよ」
だが、雷の速度
何せ彼女は、電気変換資質を持つテスタロッサ一家に最も近い存在であり、彼女たちの特性や能力を熟知している使い魔なのだ。
電撃による攻撃など、飽きるほど経験してきた。
しかも、光速以上の速さで動ける存在を知るアリシアの蘇生術式の影響で、超速戦闘技術の知識や全能力の向上という恩恵を受けている今、ただ速いだけの魔導師などものの敵ではない。
上体を反らして避けた雷撃系斬撃魔法を装填させた左拳に極小の魔法陣を発動させながら掌を添え……解放。
【ジェットスマッシャー】
優れた弾速と貫通力を併せ持つ中距離砲撃魔法が生み出す衝撃波をゼロ距離から打ち込む事でレヴィの片腕を弾き飛ばす。
さらに中国拳法の要領で衝撃を内部に浸透させるように打ち込んだことで、跳ね上がったレヴィの左腕が魔力粒子となって破裂する。
片腕を失ったレヴィはダメージこそ感じないものの、肉体の一部を失ったという事実に幻痛を感じ、飛翔速度を緩めてしまう。
「はい、隙だらけのおバカさん発見です」
無拍子で懐に踏み込み、胸板へ肘打ちを叩き込む。魔力で強化された上、肘まで覆う手甲を装着したリニスの一撃は、雷化しているレヴィにも決して軽くないダメージを刻み込んでいく。
「くが……!?」
胸を抑えつつ左腕を再生させ、後方へ飛びさがろうとしたレヴィ。
しかし、地面を蹴った瞬間、足を何かに引っ張られる感覚を感じ驚愕で眼を剥く。レヴィの足首には本人も気づかない内に鎖状の捕縛魔法が絡みつき、床に縫い付けていたのだ。
完全雷化と言えど、霊体を現実の存在として固定するために魔力を用いている。
故に、魔力を直接縛り付ける術式をあらかじめ発動させていたリニスは、肘打ちを繰り出した瞬間に捕縛魔法も同時展開していたのだ。
レヴィの行動を完璧に予測し、逃げ道を塞ぐために。
動きが止まったレヴィに人さし指を伸ばした片腕を向け、あちら側で新たに習得した魔法を発動させる。
指先を中心に生成される魔力弾。螺旋回転により貫通力を強化した魔弾が、速射砲の如き勢いで射出された。
「【クロスファイア……マルチブルショット!】」
「くっ!? 【光翼斬】!」
大剣へと変形させた愛機を振り回し、迫り来る魔力弾を打ち払う。
だが、【デバイス】という物体に触れるため完全雷化を部分的に解除してしまう。
その隙をリニスは見逃さない。
足の裏で魔力を爆発させることで加速をかける。
コンマ数秒で最速に達したリニスが自ら射出した魔力弾を追い抜く速度で距離を詰め、レヴィの額に触れる。
瞬間、発動させるのは魔力の振動波を直接接触によって対象にぶつけ、物理的ダメージを叩き込む近接系振動魔法。
「【ブレイクインパルス】ッ!」
打ち込まれた衝撃で頭を揺さぶられて一時的に前後不覚に陥るレヴィに追撃を仕掛けるべく、誘導機能を付与させた斬撃系魔法【サンダースラッシュ】を発動。
チャクラムのように唸りを上げて高速回転する魔力刃を全方位に射出し、レヴィの逃げ道を塞ぐように周囲を旋回させる。
と同時に、直接触れたことでレヴィの身を包む放電に焼かれたはずの片腕に視線を向けてみた。が、白銀の手甲に覆われた手のひらには火傷の跡どころか焦げ跡ひとつ見当たらず、数度指を握ってみるも痛みは感じなかった。
どうやら、アリシアから与えられた『白銀の姫騎士』はかなり強力な防御能力を秘めているらしい。
リニス本人のスペックはプレシアの使い魔として存命だったころとさほど違いはない。
しかし、実際はSランク魔導師レベルの実力者であるレヴィを軽くあしらうほどの戦果を叩き出せている。
つまり、アリシアの魔力で作りだされた白百合の鎧によって、能力の底上げがされていると言うこと。
大魔導師の産み出した使い魔のポテンシャルを更に高める事が出来るレベルに成長したアリシアに喜ぶべきか、常識を置き去りにしそうな彼女らの将来に不安を覚えるべきか悩むところだ。
――本当に問題児しか生まれてこないのですか
役目を終えたらすぐに戻ろうと思っていたが、教育者として予定を引き延ばしてでも再教育していかなければと決断する。
もう手遅れかもしれないが、せめて純粋そうな
“玉座の間”で繰り広げられている超人大戦のことを知らされても覚悟が持つのか、非常に気になる所である。
それはともかく、これからの事をどうこうするのはやるべき事を終わらせてからだ。
気持ちを切り替え、ダメージから回復したレヴィに向けて魔法剣の切っ先を突きつけながら、凛とした意志と態度を以て宣告する。
「感覚、音、魔力の気配……雷の速度を読みきる手段はいくつかありますが、それでも動き回られたら厄介です。なので、ここで仕留めさせていただきます」
「くっ……! キミ、戦い方が上手だねっ」
頬が引き攣るのを自覚しながら、逃げ道を塞がれたレヴィは回避を諦め、全ての能力を攻撃に注ぎ込む事を決断する。
術式兵装によって鋭敏化された感覚が、二人を覆い隠す様に展開された不可視の設置型拘束魔法の気配を察知していたからだ。
蜘蛛の巣のように張り巡らされたアレをすり抜ける事は困難。ならば、圧倒的物量差を以て眼前の敵を打倒する以外に逃れる術は無い。
「
繰り出される拳一発が遠雷の如き轟音を鳴らしてリニスへ襲いかかる。
視界を埋め尽くす拳の壁を、時に体捌きで、時に密度を高めた最小限の障壁で受け流しながら反撃の機会を伺う。
だが、立ち向かう事を決断したレヴィに躊躇はない。
じりじりと後退していくリニスに追いすがる様さらに踏み込み、脚撃を加えた乱撃を見舞ってくる。
「……っ、これは、予想以上にっ!」
渾身の踵落としが床を粉砕し、振り抜かれた拳から放たれる雷撃が壁の一部を穿つ。
瓦礫の破片が飛び散り、焦げ臭い臭いが辺りに充満する。
一撃でも直撃すれば胴体に大穴が開きかねない程の剛拳を捌きながら、リニスの胸に浮かび上がるのは現状を悲観するネガティブな思考……などではなく。
「――ふふ」
「キミも楽しそうだね! すごくいい笑顔になってるよっ」
指摘するレヴィもまた、笑顔を浮かべていた。
「ええ、そうですね……この感じ、初めてかもしれません。しがらみも何もない、ただ純粋に武をぶつけ合う喜びを感じるのは」
リニスは自分がこの状況を楽しんでいることを自覚し、己の中で不謹慎だと叫ぶ理性ともっと楽しみたいという欲求がせめぎ合っているのを感じた。プレシアの補佐役として使い魔となり、フェイトの教育を完遂することで契約を成し遂げ、消滅した自分。
けれど、何のしがらみも無く己の全てをぶつけ合う機会に初めて巡り会えた奇跡を喜ぶ自分もいることを知った。
教え子そっくりの敵……レヴィは、戦争について抱く主義思想などは持ち合わせていなかった。
ただ純粋に、勝ちたいだけなのだ。大切な人と居場所を護りたい、ライバルを乗り越えたい。物事を深く考えないバカだからこそ、どこまでも純粋で真っすぐな魔法を使えている。拳を交え、魔法をぶつけ合う事でそれがよくわかる。
まるでお互いのことを理解し合う儀式のような、黒い感情の一切ない清廉な舞踏。
故に、
――負けたくありませんね。
――ぜったいに負けないよー!
テスタロッサの使い魔として。
愛しき闇統べる王を護る力として。
「「絶対に私(ボク)が勝つ!」」
裂帛の気合いと共に放たれた拳がぶつかり合い、拡散する衝撃で互いの身体が後方へ吹き飛ばされた。
土埃を上げながら着地し、間合いを取った両者が静かに呼吸を整えていく。
好敵手を見据えて杖を構え、拳を握り込む。
瞬間、今までの戦闘で撒き散らされ、床や壁で帯電していた魔力が稲光となってレヴィの元へと集束し始めた。
魔力集束技能……なのはが得意とする拡散された魔力を再利用する術式だ。
レヴィは自分に残された魔力を全て注ぎ込んだ次の一撃で決着をつけるつもりなのだ。
肌を焦がすほどの魔力密度が渦を巻き、腰だめに構えたレヴィの拳へ集まっていく。
「はぁああああああああ――ッ!」
雄叫び上げながら、本人の限界値を超えた魔力を集束させていくレヴィ。再吸収しているのは当人の魔力だけではない、主と同系統スキルを有するリニスから放たれた魔力――電気変換資質を宿した拡散魔力――すら取り込んでいるのだ。
掌に雷が収束し、身の丈を遥かに超える巨大な直槍を生成する。
核となっているのは大剣モードの【バルニフィカス】。
蒼き雷を刀身に纏わせ、雷光の刃が雷帝の巨槍へと姿を変える。
十メートルは下らない極大の槍を擡げ、投擲の構えを取る。
余剰魔力総てを推進力に変換させた巨人すら屠る飛翔槍が、今――解き放たれる!
「これでっ、終わりだよ! 最終奥義っ……【巨神殲滅雷王撃槍】――ッ!」
天を貫く雷の剛槍がリニスに向けて撃ち出された。
音速の壁を容易く突破し、空気の壁を貫きながら姫騎士へ襲いかかる。
「素晴らしい魔法です。ですが……テスタロッサの使い魔として、負けは許されないのです!」
迫り来る破壊の具現を前にして、リニスの心は不思議と落ち着いていた。
右手に握り締めた魔導剣。振り上げ、頭上で左手を添えながら魔力を注ぎ込んでいく。
刃が煌めき、穢れ無き魔力が刀身へ吸い込まれる。
どこまでも透き通る無色であり、光を司る黄金色でもある輝きを放つたゆたう魔力粒子を紡ぎ、確かなカタチと成して――至る。
顕現せしは星が鍛えし聖剣。彼女の勝利を疑わぬ、素直じゃない主と姉妹の問題児な方の祈りを胸に、想いを乗せた聖剣を振り下ろす!
「【
その瞬間、世界が光で満たされた。
熱は無く、音も無く、衝撃も無い。雲耀をも超える速度で振るわれた斬撃は、文字通り世界の総てを置き去りにしたのだ。
されど、刃を交えていた魔女と女王が、天女と巫女が確かに見たのだ。
星をも両断せしめる輝く斬撃が、雷を纏った巨人を割断する様を。
姫騎士の透き通るような刀身が砕け、輝く魔力粒子が雪のように舞い踊り、ボロボロになった床を埋め尽くしていく。
光のシャワーの中、柔らかな微笑みを浮かべながら意識を失ったレヴィを抱きとめるリニスの姿は、見紛うこと無き白百合の姫騎士だった。
――◇◆◇――
「うむうむ。流石はエースオブエースと呼ぶべきだね高町 なのは君。まさか私と娘たちが退けられるとは夢にも思わなかったよ。くっくっく……これもまた、不条理な現実という奴かな? いやはや、勝利の美酒を味わう事も良いが、敗北の味を噛み締めるというのも新鮮で悪くないねえ」
バインドで簀巻きにされてうつ伏せで転がっているスカリエッティが、床に頬を押し当てながら何とも呑気な発言を呟いた。
彼のトレードマークである白衣は見るも無残にボロボロな状態で、擦り傷からにじみ出た朱色の斑点が所々に見て取れる。
少し離れた所には、背中合わせに撓り上げられたトーレと の姿。
彼女たちは意識を失っているらしく、後ろ手に縛り上げられた痛みに身悶えすることも無く、俯いた体勢のまま微動だにしていない。
ここはアリシアたちが素通りした戦場の一つ。
スカリエッティ陣営と管理局のトップエースたちが雌雄を決めるべく死闘を繰り広げていた戦場だ。
いや、正確には『だった』と言う表現の方が正しいかもしれない。
なぜならば、すでに戦いを集束し、決着がついているからだ。
この場を制した勝者は管理局。どこか虚空を見つめる様に空虚な瞳をしたなのはと、管制室の残党を捕縛に向かったフェイト。
彼女たちコンビが、『無限の欲望』と『ナンバーズ』を退け、勝利を掴み取ったのだ。
だがしかし、敗者が屈する光景を見下ろす勝者が達成感に胸が満たされているかといえばそうではない。
それは何故か?
「いやあ、それにしても驚いたよ。まさかフェイト・T・ハラオウンの全力……確か、【真・ソニックフォーム】といったかね? アレすら凌駕するスピードを叩き出すレベルに成長したトーレとセッテのコンビネーションに加えて、ディエチとウェンディの支援砲撃。さらには無機物潜航能力を持つセインとシャッハ・ヌエラ君の奇襲すら対応して見せるとは! 全方位の壁にレストリック・ロックを網目状に展開させたときは何を見え見えの策を講じているのか、血迷ったのかと嘲笑ったものだが、まさか支援に徹していた支援組の油断を突く作戦だったとはね……。いやはや感服とはこのことかな?」
「……」
圧倒的有利な展開に運べていた戦局がひっくり返されたあの瞬間を思い出し、スカリエッティの口角が愉悦に吊りあがる。
それは、自らの予測を上回る判断と行動を起こしたなのはたちへの純粋な称賛を抱いたが故のもの。
実験対照的にしか評価していなかった彼女たちを、稀代の犯罪者たる彼が認めたという何よりの証だった。
「次の行動も実に良かった。捕縛したディエチとウェンディを気絶させるのではなく、意識を奪わないまま意図的に彼女たちの存在を自分の意識の外へ追いやることで油断を誘うことで、仲間意識の強いセインとシャッハ・ヌエラ君に救援行動をとるよう誘導させたね? 訓練施設も兼ねたこの部屋の壁は強力な魔法耐性を有した材質で出来ている。そのため、壁の中を自由自在に動き回れる彼女たちを炙り出すために、見え透いた餌を用意した訳だ。しかも、本人たちに気づかせないよう、ごくごく自然な流れで。私たちが気づいた時にはもはや後の祭。バインドで中空に貼り付けにされたディエチとウェンディを救助するために姿を現した二人を一撃で昏倒させたフェイト・T・ハラオウンの技量も素晴らしい! さすがはプレシア女史の遺産と呼ぶべきか」
「……」
装甲を薄くする代償に飛躍的に高まった速度を以て超高速機動を可能とするフェイトの【真・ソニックフォーム】。
トーレとセッテの連続攻撃を紙一重で捌くことに集中していたフェイトが、まさか防御をなのはに任せて攻勢に移るとは思いもしなかった。
あの時、あと僅かでもなのはのフォローが遅れていれば、セッテの【ブーメランブレード】で背後から真っ二つにされていたことだろう。
自らの命を賭け金にできる決断力となのはならば大丈夫という信頼。それが明暗を分けた。
トーレたちのコンビネーションをなのはが完全に防ぎ、フェイトの【ライオットブレード】二刀流がシャッハとセインを一刀のもとに斬り伏せたのだ。
「それでも我々の有利は揺るがない筈だった。何せ、君たちの動きは管制室のヴェロッサ・アコース君が読み取った思考を、私に念話で伝えてくれていたからね。格上相手の思考読み取りは準備が時間がかかったと言う事もあってギリギリまで使えなかった奥の手だったが、娘たちの粘りが揺るぎ無い勝利を引き寄せてくれた。まったく、私自身驚きだよ。まさか、スペック以上の能力を引き出し、戦闘機人の理論限界値を遥かに超える戦闘能力を発現させたのだからね。姉妹や友人が倒れたことが原因だったのかは私にも分からないが……だが、トーレもセッテも、間違いなく私の作品の中で歴代最高の能力を持つに至っていた。事実、超音速の速さで襲いかかる娘たちに、君ら二人はなすすべもなく切り刻まれていたのだから。――だが」
そこまで言って、スカリエッティは苦虫を噛み潰したかのような表情になり、口惜しげに歯軋りを始めた。
研究者として、理論を超えた理不尽すぎる暴論……奇跡などという言葉を口に出したくないのだろう。
それほどまでに、あの状況からの逆転劇は理不尽極まる物だったからだ。
「まさか彼が……《新世黄金神》が君たちにまで影響を及ぼすとは予想だにしていなかったよ。鮮血で全身を染め上げ、意識が朦朧としていた君たちへ止めを刺すべく襲いかかった娘たちを吹き飛ばした黄金の輝き。閃光の繭に包み込まれた君たちがその中から再び姿を現すと、新たなる力に覚醒したなどと……いくらなんでも出来すぎだろう。そもそも、どうして君たちが彼のチカラの一部を発現することが出来たのかね?」
疑問符を浮かべるスカリエッティから視線を逸らし、先ほどまでの無表情から一転して恋に恋する年頃の乙女の如き真っ赤な顔になったなのはは口を噤む。
――いっ、言える訳ないでしょー!?
そう。
圧倒的危機に陥ったなのはとフェイトを救ったのは、奇しくもアリシアとシュテルと同じ《新世黄金神》より授かったチカラによるものだった。
だが、『伝説の石板』というアイテムを授かった彼女たちとの決定的な違い。
それは、スペリオルダークネス自身も予想だにしなかった因果律の流入によるものだった。
ルビーとの決戦の最中、スペリオルダークネスは守護龍との
膨大にして莫大なるエネルギーは世界を隔てる時空の壁にすら干渉し、決して交わるはずの無い無限の並行世界へ通じるほんの小さな亀裂を産み出してしまったのだ。
世界が異なれども、同一の存在は互いを引きあう性質を持つ。
世界の修正力によってすぐに閉じてしまった亀裂を通して、あるものがこちら側の世界に流入していたのだ。
それこそ、並行世界の高町 なのはとフェイト・T・ハラオウンの
ここではない並行世界において、スペリオルダークネスと〈温泉でにゃんにゃん♡〉してしまった挙句、〈赤ちゃんできちゃう~♪〉的な想いを受け止めてしまったという記憶が、こちら側の彼女たちに流れ込んでしまったのだ。
ここで、誰もが予測できなかった奇跡が起こる。
古の神話時代より、超常エネルギーの塊である《神》や《ドラゴン》と交わった人間には特別な力が宿るとされてきた。
人間の枠を超えた文字通りの意味での『奇跡の能力』。
《神》候補であり《ドラゴン》でもあるスペリオルダークネスと交わったという記憶が彼女たちの中に定着した瞬間、それは過去に起こった事実であると世界の理が誤認し、『高町 なのはとフェイト・T・ハラオウンはスペリオルダークネスの
世界が事実だと認識したことで因果律が歪み、こちらの世界では繋がっていないはずの彼女たちに《新世黄金神》の加護……『危機的状況に陥ると理論を超えた進化を果たす』という概念を習得してしまったのだ。
それ故、絶対絶命の危機に陥っていたなのはとフェイトは計らずとも《新世黄金神》の加護を受けた進化を果たし(ついでに、未経験なのに“そう言う行為”に及んだという記憶だけ脳裏に刻み込まれて悶絶し)、スカリエッティたちを打ち倒したのだ。
なのはは新たに手に入れた力に目を向ける。
彼女の周りを浮遊する十二の自立機動兵装。
【レイジングハート・エクセリオンモード】の黄金の槍刃を彷彿させる杖先を模したこの兵器こそ、彼女が覚醒した人智を超えた力の断片。
【ブラスターシステム4】
肉体限界を超えた魔力増幅を行う【ブラスターシステム】の理論限界値であった『3』をも超える、強大なる力。
しかも、反動が凄まじい物だったシステムの筈なのに、こうして常時発動していても痛みや虚脱感を全く感じることがない。
自立兵装の統括を任している自立飛行形態の相棒に調子を確認しても、
【問題ありませんマスター。むしろ、調子が良すぎるくらいです。ヒャッハー! と叫びたくなるほどに。――ところで、いつの間に殿方のの初体験をご経験なされていたのですか? ぜひその辺りの事をちょっと詳しく】
という、物凄くアレはテンションになったおかしすぎる返答を返されてしまったのを見るに、コレは
(スカリエッティを逮捕できたことは嬉しいよ? この後、ヴィータちゃんの援護に行くこと考えたら結果的に強くなれたことは文句の言いようもないんだよ? でもね、なんだろう……このものすっごいやるせなさというか理不尽さというか)
十二の【レイジングハート】を変幻自在に操作してスカリエッティたちを縛り上げ、全方位からの十二門集束魔法【スターライト・エターナル・ブレイカ―】で勝負を決めるというフィニッシュとかいろいろ見せ場があったはずなのに……と項垂れるなのはの肩に手を置いたのは、ウーノとヴェロッサを拘束して戻ってきたフェイトだった。
彼女の表情もまた、どことなく影が差しているように見える。
「ただいま……」
「お帰りなさい……どうだった?」
「……うん。ガジェットの機能も停止させたし、念のために気絶させておいたよ。……ねえ、なのは。私たち、勝ったんだよね? なんか実感がないといいますか、結果だけぽーんと放り投げられたようなやるせなさを感じると言いますか」
「フェイトちゃんもそう思うんだ……。そうだよね。やっぱりこんなのおかしいよ」
「どこがだね?」
きょとんと惚けるスカリエッティにとうとう堪忍袋の尾が切れたのか、彼の襟首を掴み上げてがっくんがっくん揺らせながら吼える様に捲し立てる。
「いや、すごくおかしいでしょ!? どうしてダイジェスト風味で流されてるの!? 私たち、すごく頑張ったんだよ!? ピンチの連続を乗り越えて、覚えのない恥ずかしい記憶で悶えながら奇跡のパワーアップを果たして大勝利をもぎ取ったんだよ!? なのに、なんなのこの扱い!? フラグとか伏線とかサラリと流されてるんですけどっ!?」
「お、おお落ち着いてなのはっ!? スカリエッティ泡吹いてるから!? 目がぐるぐるし始めてかなりやばい感じに決まっちゃってるよ!?」
「放して、フェイトちゃん! 私はこんな現実拒絶するの! リテイクするの! だってアレだよ!? 結局、νガンダムになった私と人目を憚らず脱ぎ散らかして黒ビキニになったフェイトちゃんが勝ちました~ってノリで終わっちゃってるんだよ!? 魔導師人生の中でもトップ五に入る激戦だったのにっ!」
「そこにツッコんじゃ危険だよ、なのはっ!? ていうか私のコレ、ビキニじゃないもん! 極限まで防御力を削ることで音速を超えた光速の領域まで達した超絶機動形態【神・ソニックフォーム】なんだから! てか、人を痴女呼ばわりしないでよっ!?」
「傍目には違いなんて分からないんですけどっ!?」
「わかる人にはわかって貰えるもんっ!」
【【(それって、もしかしなくても“あの御仁”のことなのでしょうか?)】】
捕縛対象全員が気絶して床の上を転がっている部屋の中で場違いが口喧嘩を繰り広げるニュータイプ系白い悪魔と脱衣系黒い死神。
シュールすぎるやり取りは、【デバイス】たちが止めに入るまで続けられたという。
――◇◆◇――
【ゆりかご】内部、玉座の間。
聖王の玉座に腰を下ろし、目を閉じて瞑想に耽っていたヴィレオがゆっくりと眼を開いていく。
彼女の傍らでコンソールを操作していたクアットロが、ゆっくりと立ち上がる『真なる聖王』の行動を疑問に思い、問いかける。
「王様~? どうかされたんですかぁ~?」
間延びした、聞く者を不快にさせる口調で問われたヴィレオは無言。
羽織っていたマントを脱ぎ、蒼色のバトルスーツと純白のジャケットという戦装束の調子を確かめる様に身体を解し始めた。
一瞬だけ疑問符を浮かべたクアットロだったが、突風の如き勢いで放出されたヴィレオの闘気に気圧される様に口を噤む。
「お、王様……? いったうどうし――」
クアットロの言葉は重厚な扉が開かれていく音でかき消されることになった。
反射的に唯一の出入り口である扉へ視線を向け、悠然と歩を進めてくる『もう一人の聖王』の姿を確認し、言葉を失う。
動力炉への侵入者を排除すべく動いていた彼女は、スカリエッティたちの戦いの状況を確認し忘れていた。
それ故、無傷で玉座の間にまで到達したヴィヴィオに驚き……即座に、無謀な小娘がと嘲り、傲慢に満ちた眼で睥睨する。
「あららぁ~? 誰かと思えば選ばれなかった“保険”ちゃんじゃないの~? なぁにぃ?
「……はぁ」
悪意に満ちた嘲笑に対して、ヴィヴィオの返答は溜息。ウサギ型デバイス【クリス】共々肩を竦め、やれやれと言わんばかりに首を振る。
それは、まるで現実が見えていない……いや、見ようとしていない愚か者への憐れみに他ならない。
クアットロの頬が引き攣り、こめかみに血管が浮かび上がる。最強の手札があるからこその油断を抱いていることに気づかないまま、現実を理解していない小娘への怒りを罵倒に変えて吐き出す。
「生意気な小娘ね……。身の程を弁えなさい! 『真なる聖王』として覚醒された陛下に勝てる人間なんてこの世にいやしないのよ!」
参加者という規格外の中でも異常なごく一部を除けば、ヴィレオの戦闘能力は確かに次元世界最高クラスに相当するだろう。
強力な希少能力【聖王の鎧】からなる圧倒的防御力。古代ベルカ時代を終焉へと導いた伝説の騎士の戦闘経験を受け継ぎ、世界最高の頭脳を持つスカリエッティ兄妹によって調整された肉体は“人”という枠組みを超えるレベルに達している。
さらに彼女の相棒たる【デバイス】はルビーが産み出した最高傑作の一つ、【“
文字通り光速の機動力と対象の全能力を半減させることができる特殊能力を秘めた規格外の兵器。
これらを兼ね揃えたヴィレオに敗北の二文字など存在しない。
だが。
「貴方ならここまでたどり着けると信じていましたよ……ヴィヴィオ」
「そりゃどーもです」
微笑みを浮かべて語りかけてきた
ご機嫌斜めな様子の形式上は妹的存在の様子に首を傾げ、困ったようにはにかむ。
「えっと……どうしたんです? なんだかご機嫌がよろしくないようですね?」
「当たり前なのです。ヴィヴィオはダークパパから【ゆりかご】攻略の一番槍という大役を仰せつかったのです。なのに、スカリー博士もユーリしゃんたちも『通っていいよ』の一点ばりで……いきなりボス攻略に突入とか盛り上がりに欠けるとヴィヴィオ的にはガッカリなのです」
ゲーマーとしては残念といわざるをえませんと場違いな発言を繰り返すヴィヴィオに、からかう事はアリでもからかわれることが嫌いなクアットロの唇が酷薄に歪む。
「お前……! もういいですわ。陛下のお手を煩わせる必要もございません。私がこの手で――殺して差し上げましょう」
そう吐き捨てたクアットロが片手を振り上げると、自衛用に潜ませていたガジェットⅣ型がステルスを解除しつつ姿を現した。
その数、八機。
バリアジャケットも展開していない、裾にフリルがあしらわれた純白のワンピースという出で立ちの少女を囲む機械仕掛けの蜘蛛が、主の命を遂行すべく刃の如き鋭い腕部を振りかぶる。
「へえ? 中々速いじゃないですか」
驚いたとばかりにワザとらしく口元に手を当てるヴィヴィオ。
脆弱な獲物にしか見えない標的の愚行に怒りを覚えたのか、無機質なガジェットⅣ型のカメラアイが炎のように揺らめく。
瞬間、斬閃が煌めいた。
刃を突き出した体勢のまま硬直したように動きを止めるガジェットⅣ型。「は?」 と呆然とそれを眺めることしかできないクアットロへ見せつける様なゆっくりとした動きで、ヴィヴィオはガジェットⅣ型の隙間をすり抜けるように歩く。
包囲網を完全に抜け出した瞬間、育ての母の片割れを髣髴させる意地の悪い笑みを浮かべて指を弾く。
――パチンッ……。
その瞬間、鋼の肉体を
「な……!?」
「ほう……手刀で鋼鉄の騎兵を両断して見せるとは」
絶句するクアットロの無言の懇願に応じ、ヴィヴィオがしてみせた絶技を説明する。
なんと言う事はない、ガジェットⅣ型の攻撃が到達するよりも速く、ただの手刀でガジェットⅣ型総てを両断して見せただけだ。
ただし、魔力強化を一切行使していない、素の状態のヴィヴィオが、である。
鋼鉄を素手で引き裂くという異常を見せつけられ、完全に思考停止へと陥ってしまったクアットロを下がらせながら、不敵な笑みを浮かべたヴィレオが玉座より降りていく。
引きあう様に、歩みを進めるヴィヴィオ。
彼我の距離が数メートルにまで達したところで鏡合わせのように静止し、睨み合う。
「さて、念のために聞いておきましょうか。何をしに来たのですか?」
「回りくどい事を言うつもりはありません。単刀直入に、用件だけ済まさせていただきます」
ザワリ、と吹き出す闘気と威圧感。
とても年齢一桁の幼子のものとは思えないほどに濃密なソレは、彼女が父との修練で身に付けた“本物の殺意”だった。僅かな煩悶も見せることなく、告げる。
「私たち家族のために死んでください」
「これはまた……直球でこられましたね」
ストレートな物言いに、流石のヴィレオも呆れを見せる。だが、ヴィヴィオの本心を問いただすような真似はしない。
気づいていたからだ。彼女は本気で、
「私は、今、すごく幸せなのです。強くてかっこいいダークパパがいて、お茶目で優しいアリシアママがいて、頼れるしっかり者なシュテルママがいて、可愛いワイちゃんがいる。それに、【クリス】や【ヴィント】、【ルシフェ】たちもお話好きで大切な家族なんです。私は、このまま皆で生きていきたい。誰一人欠けることなく、未来永劫ずっと一緒に」
「永遠なんて儚い幻想でしかないわよ? 偉大なるベルカの王と呼ばれた『聖王』オリヴィエだって、命の終焉を迎えたのだから」
「それはあくまで『人間』だから、でしょ? ダークパパが《神》サマになれば、私たちは眷属? 使徒? それとも天使さんかな? ――まあ、とにかくそんな感じに進化して寿命とかいう括りを“ぽーい”っと出来るはずなんですよね」
「貴方は……人間としての自分にこだわりが無いの?」
あまりにも軽々しく人間止める発言をするヴィヴィオの姿が琴線に触れたのか、どこかやんちゃな妹を見守る姉のような表情を見せていたヴィレオが真顔になる。
雰囲気の変化を感じとったのか、ヴィヴィオが顔の横を浮遊していた【クリス】を胸元に抱き寄せ、いつでも起動させられるように身構えながら答える。
「別にどうとも。そもそも、私のパパとママたちは人間を止めちゃっているのです。だから、人間としてのしがらみとか知ったこっちゃありません。立ち塞がるヒトはブチ倒すのみ! です」
「大切な人たちを護るためなら、その他大勢の犠牲を強いる選択を良しとするというの? それでも貴方は『聖王』の血脈に連なる娘なの?」
「……矛盾してますよ? 言葉を交わしてもどうしようも出来なくなったからこんな状況になったんでしょ? だったら、問答なんて意味無しです。もう私は、想いを貫くために
「結局、貴方の言いたい事は“何事も力ずく”って一点で終息するようね。けれど、そんなものは思考の停止でしかないわ。無限にあるはずの選択肢を自ら斬り捨て、安易な手段に逃避する。そんな人に、世界の運命を背負う覚悟があるの? 私には
ヴィレオがここにいる理由はオリヴィエの意志を継ぐ者として、神々に仕組まれた闘争を終わらせるため。
【ゆりかご】機動の鍵と言う役目を望まれて誕生した彼女だが、愛するベルカの民を、平和な世界で生きていた人々の命を理不尽に奪われることを拒絶した。それ故、カリムやルビーたちに強力する選択をした。
自分勝手でバカげた儀式を瓦解させ、この世界の未来を自分たち“人間”のものに戻すために。
戦争で生まれてしまう少なくない犠牲を背負い、数多の人々の未来を護るために。
『真なる聖王』として両腕を真紅に染める覚悟を決めたのだ。
名も知らぬ人々の、世界のために……少の犠牲で生まれる怨恨を受け止め、“人間”として戦い抜く。それがヴィレオの
「ダークパパが言ってました。世界のため、力の無い人たちのために戦う
父の言葉が脳裏に過ぎる。
自分勝手な理由で他者の命を奪う自分は悪と断じられて仕方がない存在なのだと。
そんな自分と別の道を、自分のためだけでなく誰かのために戦う事が出来る英雄たちは、自分にない強さを持っているのだと。
掲げたワイングラス越しに夜空を見上げながら『誰か』を連想していたのかはわからない。
けれど、相容れない敵であるはずの『誰か』を思い浮かべるダークネスの表情は楽しげに弛んでいたようにヴィヴィオは思えた。
「でも、こうも言ってました。“皆”のために覚悟を決めた英雄は確かに強いけれど……本当に大切な唯一の存在を護るって『決断』した悪党も間違いなく強いんだって。あなたが皆のために自分を犠牲にしても戦おうとしてるのはなんとなくわかりました。でも私は、そんな生き方まっぴらなのです。私は、大切な家族と生きていきたい。その想いが間違っているっていうんなら――私は喜んで“
人間として間違った考えだと糾弾されるのならば、ヒトならざる者へと堕ちてみせよう。
本当に大切な人たちを護るためなら、いかなる代償を払う覚悟がある。
「私の願いは大好きな
「どこまでも平行線か……。それが貴方の――」
「はい! これが私の『決断』です! だから――!」
【クリス】……【セイクリッドハート】が輝きを放つ。聖王の戦装束に魔力が浸透し、背面に光の翼が出現する。
高まる闘気が空間を軋ませ、同じでありながら決して交わることの無い二つの“虹”がぶつかり合う。
ヴィヴィオの肉体が進化する。十全の能力を発揮できる年齢へと肉体が成長し、白き神衣が淑やかな四肢を包む込む。
非固定の浮遊肩鎧甲、真紅の機械翼は彼女の父を彷彿させる意匠のそれ。顕現した真紅の両手甲……【“
鋼の拳を左右に広げて眼を閉じ、世界を抱きしめるかのごとく威光を放つ鋼の王。
戦闘態勢を終えた両者の間に言葉はない。そんなものは不要だと、どちらの想いが強いか確かめるために必要なものがなんなのか。
それを理解しているからこそ、惹かれあう様にゆっくりと歩み寄っていく。
ヒトならざる龍神の娘――『聖王姫』。
ヒトを統べる王の後継者――『真なる聖王』。
相反する二つの想いがここに……ぶつかり合う!
「はぁああああああああーーっ!」
「やぁああああああああーーっ!」
〈歩〉は〈走〉となり、〈疾〉に昇りて〈突〉に至る。
駆け出しながら振りかぶり、大砲の如き勢いで放たれた拳がぶつかり合う。空気が破裂する。衝撃が大気の波となって拡散し、油断していたクアットロを壁際まで軽々と吹き飛ばした。頭をぶつけたのか、「きゃうっ!?」 と悲鳴を上げて眼を回す戦闘機人に目もくれず、拳を突き出した体勢のまま睨み合う。威力は互角。
両者は衝撃に弾き飛ばされて後方に吹き飛ばされ、数メートル後方でたたらを踏みながら着地する。
「まだまだぁ! 真覇・虚刀流 二の奥義――」
着地の勢いで半身となった状態から左の拳に魔力を集束。親指を除いた四指を伸ばして貫手とし、イメージするのは父の十八番たる最強の魔剣。
輝く虹色の魔力が揺らめく炎に変幻し、万物断ち斬る
「“龍神斬華”!」
気合い一閃、着地直後で体勢を崩したヴィレオ目掛けて駆け出し、渾身の力を込めた貫手を突き出す。
「甘い!」
ソレに応える様に、片足で着地したヴィレオから迎撃のハイキックが放たれ、交叉する。
ぶつかり合あった貫手と蹴りは互角の威力を秘めていた。互いに引けを取らず、攻撃を打ちあう様相を見せた。
「ちっ!」
ヴィヴィオから零れる舌打ち。
最強の剣と信じる【“
負けず嫌いな子どもじみた一面をみせる妹を微笑ましいものを見るような表情で見たヴィレオだったが、即座に緩みかけた意識を切り替える。
と同時に上半身を後方へ逸らしてスウェーバック。コンマ数秒遅れて、彼女のコメカミがあった位置をヴィヴィオの蹴りが通り過ぎる。
「油断も隙もないですね! 子供っぽい仕草は計算ですかっ!?」
「さあ~? 私、子どもだからわかんな~い」
某ショタ名探偵を彷彿させる舌ったらずな口調で反論しながら、ヴィヴィオの攻撃は息もつかせぬ連続攻撃となってヴィレオに襲いかかる。
真紅の翼によって重力から解放されたヴィヴィオは、相手のタイミングをずらす独特の歩法と瞬動を組み合わせて縦横無尽に室内を駆けて襲撃を繰り返す。呼吸の息切れなど存在しないのではと思わせるほど息つく暇もない攻撃に、防戦一方となるヴィレオだが、十字固めに硬く組み合わされた腕の奥で爛々と輝く双眸は冷静に迎撃のタイミングを計っていた。
目先の速さに同じぬ静かな心と人外のスピードにも対処しきる優れた動体視力。自らの才能を十全に引き出しているヴィレオにとって、ただ速いだけの攻撃など脅威にすら値しない。
事実、
「そこっ!」
背面から襲いきたスピード任せな見え見えの拳を一瞥することも無く腕の動きだけで受け流し、そのまま痛烈なカウンターを叩き込んだのだから。
「あぐっ!? く……今のって、たまたま? それとも」
「どうお思います?」
「余裕綽々な態度気に入らないです……ねえ!」
悠然と待ち構えるヴィレオの態度が琴線に触れたのか、左右に細かくステップを加えて動きに虚構を加え、最短距離で余裕顔に掌底を叩きつける。
だが。
「貴方が魔法で成長した姿は私とほぼ同じ。つまり、攻撃の射程距離も自分と同じということ。なら、見切ることなど造作もないですよ」
一切の無駄を省いた神速の一撃は首を傾けるだけで無残に空を切り、お返しと放たれた裏軒がヴィヴィオの頬に突き刺さった。
鋼の義手が齎す衝撃で脳を揺さぶられたヴィヴィオに、容赦なく叩き込まれる拳の嵐。
鳩尾、左胸、喉元と人体急所を的確に、シャープに撃ち抜く恐るべき技量は、流石聖王の記憶を受け継いだだけの事はある。
「ぐっ、はあああああ!」
込み上げる吐き気に、奥歯を噛み締めて抗うヴィヴィオが中空に浮かんだまま蹴りを放つ。
だが、重心の乗っていないただの蹴り程度など避けるまでもないと言う事なのか。
払い落とされることも無く乱打を撃ち込み続けるノーガードのヴィレオの頭部に突き刺さった蹴りは、しかし、彼女に何らダメージを与えることが出来なかった。虹色の防御障壁【聖王の鎧】が完全に防いでいたからだ。
両者が保有する希少能力【聖王の鎧】は、あらゆる攻撃を無力化する恐るべき異能だ。
元来、世界にたった一人しか発言しない筈のその能力は、何の因果か相対する姉妹それぞれに与えられた。
だが、同じ能力であるが故に異能を打ち消し合うなどという道理は、彼女たちに適用されない。
何故なら、【聖王の鎧】は超強力な防御障壁でしかなく、つきつけてしまえば魔導師の使う障壁の上位互換版のようなもの。
障壁同士がぶつかり合ったら魔力の弱い方が打ち消されるように、【聖王の鎧】を纏った
つまり、気を逸らせるフェイントとして放たれた魔力の込められていない蹴りなど、勝手に【聖王の鎧】が防いでくれるので迎撃する必要も無かったと言う訳だ。
肉体的スペックという条件が同じだからこそ、戦略と駆け引きが重要視される。
戦闘経験が少ないヴィヴィオと、ほぼ十全の状態で戦闘経験を継承したヴィレオ。
どちらが優勢に戦いを運べるかなど、考えるまでも無かったのだ。
「六の奥義“凰天双華”!」
両手同時に放たれた手刀が鳳凰の羽ばたきの軌跡を描き、ヴィレオの脇腹を狙う。
だが、刃のように鋭角化させた光翼で身体を覆う事で防ぎ、刃の表層を覆う魔力を振動させることで逆にヴィヴィオの両手の肉を削り取る。
籠手ごと削り落とされた血肉が宙を舞い、苦悶の声が放たれた。
「ぐっあ――」
「はい、隙だらけです」
美貌を歪ませるヴィヴィオの顔面に、ヴィレオの膝蹴りが叩き込まれる。
鼻の骨をへし折る感触に眉を顰めることもせず、蹴りの勢いで仰け反った彼女のツーテールの髪を掴んで拘束した状態で、今度は逆脚の膝が顎を蹴りあげる。
僅かな身体能力の差を隔絶した格の違いとなす、圧倒的戦闘技術がそこに在った。
髪を引き千切られながら吹き飛ばされたヴィヴィオの身体がバウンドしながら床の上を転がっていく。突っ伏した妹に、ヴィレオは攻撃の手を緩めない。
通常時の状態に戻した光翼の推力によって光速の速さで距離を詰めると、ヴィヴィオの背中に組み合わせた両腕をハンマーのように振り下ろした。
「が……っ!」
「まだまだ……」
苦悶の声と鮮血を吐き出すヴィヴィオの背中を踏みつけ、髪を掴んで身を反らされた彼女の喉元に、左の義手で触れる様に添える。
――瞬間、
ギュィイイイン! とけたたましい駆動音と共に左の手首から先が螺旋回転を起こし、ヴィヴィオの喉元を抉り始めた!
「が、ごぽっ!? っがぁぁああああああ!?」
真紅に染まった絶叫が木霊する。
喉肉を削り落とされていくヴィヴィオの耳元で囁く様に、ヴィレオの天使の如き優しげな声が言葉を放つ。
「『聖王』オリヴィエは両腕が欠損していたということはご存知ですか? 私も彼女と同じように両腕を失った状態で誕生したのですが、弧尾で問題が発生したんです。伝承では、オリヴィエは鋼の義手で戦争を戦い抜いたとありましたが、それが具体的にどのような技術によるものなのか詳しい情報が残されていなかったんです。なので、現代の技術で『聖王』に相応しい義手を作りだす研究が行われまして……。さて、もうわかるでしょう? 私の両腕が誰のデータを元に作りだされたのか」
自ら拘束を解除し、献血の水溜りに沈むヴィヴィオの足を片手で掴んで振り回す。
遠心力が乗った所で投擲すれば、極めて頑丈な内壁にヴィヴィオの身体がめり込み、痛々しいオブジェと化した。
喉元から流れ落ちる血液で純白の神衣を真っ赤に染め上げ、意識が朦朧としているのか焦点の合わない双眸から光が消える。
そんな妹を見つめながら近づいていくヴィレオ。
「機動六課にいるタイプセロシリーズ……確か、ナカジマさんでしたっけ? そもそも不思議に思いませんでした? 何故彼女たちの利き腕や【IS】能力は片腕、それも左右異なる腕を起点に発動することを前提に設計されていたでしょう。もちろん、利き腕でない逆の手でも能力を発動させることはできるでしょう。でも、特別な装備を用いない限りソレは不可能な様に設定されています。……答えは簡単。“私”の腕となる義手を完成させるための試作品のデータ取り用のサンプル。それが彼女たちの存在意義だったからです」
そもそも、戦闘機人を主戦力として扱っているスカリエッティ陣営が、試作型とは言え申し分ない戦闘能力を持つナカジマ姉妹を狙わなかったのは何故か?
それは必要なかったからだ。この世界の彼女の役割は、ヴィレオの義手に付与させる能力のデータ取り。
六課にヴィレオが保護されていた際にデータの回収を済ませていた以上、使用済みのサンプル如きに食指は動かなかったのだ。
【振動爆砕】と【
そして今、平和を願う管理局魔導師姉妹の人生が、
ヴィヴィオ、そしてナカジマ姉妹もまた、彼女にとって必要な“最小限の犠牲”という事なのだろう。
ヴィレオの腰だめに構えられた右腕から魔力が放出され、振動する魔力粒子が空間を歪ませていく。
物体の分子結合を分断・粉砕する【振動爆砕】発動の前兆だ。
「これは必然ですよ。
人間のチカラは幾星霜もの年月をかけて積み重ねられた〈知恵〉。
己が暴力を振るう事しか出来ぬバケモノを屠ってきたのは、いつだって弱者である
「さようなら、『もう一人の私』。【振動爆砕】術式付与……【アクセルスマッシュ】!」
大気が爆ぜる音と共に駆け出すヴィレオ。
【“
しかし……!
【Accel Boost!】
「むっ!?」
ヴィレオの拳が到達する寸前、【“
その瞬間、朦朧としていたヴィヴィオの双眸に意思の光が舞い戻り、迫り来る拳を振り上げた脚の裏で受け止めてみせた。
驚くヴィレオに生まれた隙を好機と見て、ヴィヴィオがダメージを受けているとは思えない体捌きで反撃に移る。
受け止めていた拳を逆脚で蹴り飛ばし、両拳を壁に叩き付けることでその場を離脱。すれ違いざまにヴィレオの首筋へ手刀を叩き込んだ勢いも乗せて飛び退る。
顔を苦悶にゆがめたヴィレオが振り返った時には、すでに真覇・虚刀流の構えをとるヴィヴィオの姿が。
喉元を抉り取られたはずの首筋は鮮血で染まるままだが、依然として平然とした様子の彼女を注意深く観察してみると、傷口が恐るべき速さで修復されていくのが見えた。
「回復力の強化……?」
「少し違いますよ。私の【“
「何そのインチキ」
思わずツッコんでしまったヴィレオ。だが、彼女の発言も当然のことだろう。
ヴィヴィオはサラリと流したようだが、能力を強化するという効果自体はそう珍しいものではない。
だが、最後の『能力限界値すら乗化する』というのはいただけない。
それはつまり、能力の強化を無限に重ね掛けし続けることが可能という事。
通常なら訪れる肉体の限界値の上限すら高めるなどと、どこかのおっぱいドラゴン涙目なチート能力であると言える。
しかし、ヴィヴィオからしてみれば、まさに『お前が言うな』である。傷口が完全に塞がった首元に貼りついた瘡蓋の残滓を払い落としながら、反論する。
「どの口が言いますか。あなたの能力だって十分反則でしょうに。『
「私は自重してるからいいんです! そもそも、あれだけのダメージから即座に回復って方がおかしいでしょう。いくら強化されたからといえ、納得できませんよ!」
【“
しかし、能力限界を超えた強化を施された今のヴィヴィオの力を奪えば、過剰エネルギーの放出が間に合わずにノックバックで自分を傷つけてしまうかもしれない。レベル差がある格下相手ならば問題はなかった。しかし、内包するエネルギー量で言えば明らかにヴィヴィオの方が上なのだ。
半減と簒奪が同一能力として設定されているが故に、自らの限界値を超えたエネルギーを半減させることは逆に危険。
故に、“全減”でなく“半減”を繰り返し重ね掛けすることでヴィヴィオの乗化を打ち消すのが精一杯。
そんなことをすれば、当然ヴィヴィオも気づく。
「あーっ! なんだかんだ言いながらちゃっかり私を弱体化させようとしてますね! こ狡いですよっ」
「立派な作戦と言ってください!」
「やなこった、です!」
“乗化”と“全減”、相反する能力は互いを打ち消し合い、必然的に当人たちの実力勝負へと戦いが移行していく。
同時の踏み込みからの拳の応酬。攻守が目まぐるしく入れ替わり、拳と拳、蹴りと蹴りが幾重にも交叉してぶつかり合う。
ヴィヴィオの貫手が頬を切り裂き、ヴィレオの前蹴りが神衣の一部を引き裂く。
互いに引けぬ意地と意地のせめぎ合いは、両者譲らぬ千日手のように続いていた。
だが、終わりは唐突に訪れるもの。
幾度目かになる拳のぶつかり合いで拮抗したソレの威力に押し出されるように互いが後方へ弾き飛ばされ、間合いが開いた。
「――ふぅ。強い、ですね……人間の矜持を捨てた者がどうしてこれほどの力を持てるのか理解に苦しみます」
「小難しい理論に捕らわれてたら見えるモノも見えなくなりますよ? 常識とか倫理とか、そんなものに拘るなんて無意味ですよ~だ」
「あら、言ってくれますね、責任を放り捨てた輩が」
「重っ苦しい物背負い込むあなたの方が私には理解できないです。私はやりたいようにやるだけなので」
遺伝子レベルで同一存在であるはずの両者の想いは、決して交わることの無い平行線を描き続ける。
ただ、“他がため”に総てを捧げると誓った『王様』には、己が欲望を満たすためだけに力を振るう姫君の独善が理解できない。
身近にいる大切な人たちを想い続ける『姫君』には、手が届く範囲にいる人から目を逸らし、他者のために身と心を尽くそうとする『王様』の自己犠牲精神が理解できない。
故に、平行線。
交わること無き思想と意志は互いを喰らいあう牙となり、勝者と敗者の間に明確な差を作る。それを決定づけるのは、確たる覚悟を秘めた想いのチカラ……。
「これで決めます」
静かな宣告。
前方へ突き出されたヴィレオの両腕が円を描き、輝く魔力粒子が王の号令に従うように集まり、ひとつになっていく。
生成されるのは虹色に輝く魔力球。周囲に満ちる魔力を集束させた必殺の魔導砲。
『聖王』を象徴する眩いばかりの虹色がひとつになり、王を害する敵対者を葬りさる最強の
「は……
対するヴィヴィオもまた、最強の聖剣を抜刀する。
迷いのない強き意志が膨大なる魔力を産み出し、腰だめに構えた拳へと集束していく。
ありったけの魔力を拳に乗せ、約束された勝利を掴みとる鍵と成す……これが『聖王姫』の切り札。
永久に語り紡がれる伝説の
「必殺技の撃ち合いと言う訳ですか……ふっ。
「やれるもんか……! 私の
対峙する『王』同士の間に緊迫した空気が流れる。勝負は一瞬、強き覚悟を持った方に軍配が上がる。
「「はぁああああああああああっ!」」
咆哮と共に放たれる魔力が臨界に達し、極限まで高められた必殺が撃ち放たれる。
「【セイクリッドブレイザー】ーーーー!」
撃ち放たれたのは、必滅の魔力を乗せた強大なる魔導砲。『聖王』の名を冠する者だけが使用できる、最強なる秘奥魔導。
「『
迎え撃つは、星をも斬り裂く輝く聖剣。
人々の祈りと家族の愛情によって鍛え上げられた至高の剣が、古き時代の遺産を屠らんと煌めく……!
「だぁあああああああああっ!」
「おぉぉおおおおおおおおっ!」
激突する魔力は互いに譲ることなく拮抗し、眼前の敵を葬り去るために総てを解き放つ。
民のために王とあらんとする少女の決意と、家族のために力を振るう幼子の覚悟がせめぎ合い、互いを打ち消し合って……双方の魔法が対消滅するという結果を迎えた。
「そんな……!? 私の聖剣が止められた!?」
必殺を疑わなかったヴィヴィオが明らかな動揺を覗かせる。
しかし、切り札同士が消滅するのを見たヴィレオは、すでに次の行動に移っていた。
千載一遇のチャンスを逃すまいと、過剰魔力で強化した脚を踏み出し、ヴィヴィオに迫る。
気づいたときには、すでにヴィレオはヴィヴィオの懐奥深くまで踏み込んだ後。
「本命はこっち! 【“
ヴィレオの闘志に応え、光翼と戦闘服の各部に取り付けられた
「せいやぁ!」
空気抵抗を“全減”させることで光速を超えた超高速の領域に達するスピードを維持したヴィレオの蹴りがヴィヴィオに叩き込まれ、吹き飛ばす。
だが、ヴィレオが本命と呼んだ攻撃はまだまだ終わりじゃない。
宙を舞うヴィヴィオの背後に空間転移の如き速度でまわり込むと、迫り来る彼女の背中に膝を叩き込み、打ち上げる。そして再びの加速。
蹴り飛ばされるヴィヴィオを見えない牢獄に閉じ込める様に、超光速のスピードにものを言わせた連続攻撃を放ち続ける。
大気が破裂し、部屋壁に亀裂が走る。
「せえええええい!」
踵落としで床に叩きつけ、衝撃で跳ねたヴィヴィオを上空に向けて蹴り飛ばす。
天空へと昇る彗星と化した勢いのまま天井を突き破り、【ゆりかご】の装甲を内部からぶち破りながら上昇し続け、遂に外壁すらも貫通して高き天空まで吹き飛ばされてしまう。
「光よりも速く! 強く! 熱く! 私の蹴りは、全てを撃ち砕く雷神の鉄槌となる!」
粉砕されて飛び交う瓦礫を足場に不規則かつ尖鋭な軌道を描きながらヴィヴィオへの攻撃を緩めない。
斬閃の如き残光を残しながら天へと駆け上がるヴィレオの蹴りがヴィヴィオの身体を玩具のように蹴り上げていく。
やがて、吹き飛ばされるヴィヴィオを追い越し、輝く陽光を背に浴びながら地上総てを睥睨するかのように見下ろす高みへ登り詰めたヴィレオの片足がゆっくりと振り上げられ……トドメとなる踵落としでヴィヴィオを地上目掛けて叩き落す。
これぞ、『聖王』オリヴィエが生み出した“蹴り技主体の戦闘スタイル”の秘奥。
「“ライジングメテオ”ぉぉおおおおーーーー!」
『聖王』オリヴィエは両腕が義手だった。
それ故、鋼の義手を用いて常人をも超える戦果を産み出した彼女は、偉大なる天才、王の中の王と呼ばれた。
しかし、考えてみて欲しい。
両腕欠損というハンデを持って成長した彼女の強みは、無敵の【聖王の鎧】や天賦の才、古代技術で生み出された強力な義手によるものなのか?
……答えは否。
腕が無いからこそ、彼女は足技を徹底的に鍛え上げ、極めた。
特殊能力や義手など付属品でしかない。彼女の強さの根幹にあるのは、己が肉体である脚を用いた戦闘術を極限まで昇華させた戦闘能力なのだ。
彼女の生まれ変わりであるヴィレオもまた同じ。魔法や【IS】能力を駆使した腕技よりも、純粋な足技のほうが威力は上なのだ。
ヴィレオは【ゆりかご】に開けられた大穴に向けて吹き飛ばしたヴィヴィオを見下ろしながら、確かな手ごたえに自分の勝利を確信した。
“ライジングメテオ”は完全に決まった。
骨を砕き、心をへし折ったと自讃する奥義を受けて無事でいられるはずがない。
それ故に、トドメを差したと言う思い込みで注意力を散漫とし、周囲への警戒が薄れてしまったのだ。
受け継いだ記憶という“知識”はあれども、実戦経験がほとんどない彼女は気づいていなかった。
こことは違う別の場所、空と【ゆりかご】で黄金の輝きが舞い降りていたことに。
魔女が『力』を、天女が『炎』を、そして……姫が『霞』を与えられたことに。
ヴィレオは垂直降下を敢行し、【ゆりかご】の中へ戻る。
光翼を羽ばたかせて、ふわりと着地する。
悠然とした表情でヴィヴィオの成れの果てを確認しようと辺りを見わたし、
「え?」
青く輝く細かい粒子を帯のように全身に纏わせ、時間を巻き戻すかのような速度で傷を癒しつつ自分に向けて突っ込んでくるヴィヴィオの姿を確認し、魔の抜けた声を零してしまう。
神器『霞の鎧』
装着者の傷を癒し、あらゆる害悪を跳ねのける聖鎧。
ヴィヴィオを護る様に展開された粒子こそ、『霞の鎧』が細分化して治癒の能力を最大限に発揮している状態だった。
母たちと同じく、意思の世界で父より受け取った神器によって絶体絶命の危機を乗り越えたヴィヴィオ。
これより撃ち放たれるのは、魔法ではない武術による奥の手。意趣返しの意味も込めた、真覇・虚刀流の最終奥義。
一の奥義“
二の奥義“
三の奥義“
四の奥義“
五の奥義“
六の奥義“
七の奥義“
一撃必殺たる七つの奥義総てを同時に叩き込む絶技。
その名を、
「“七花八裂・極”!」
一にして七の必滅を受け、ヴィレオの身体がくの字に折れる。
だが、ヴィヴィオは追撃を緩めない。ここで足踏みしてしまえば、次の瞬間、倒れ伏しているのは自分の方だという予感じみた確信を抱いていたからだ。
故に、ヴィレオを見据えたまま、聖剣発動前のように腰だめに構えた拳へ再度の魔力集束を開始する。
集まるのは乗化させた己の魔力のみならず。霧散し、漂っていた残留魔力総てを集束させる。
乗化によって天井知らずに高められた潜在能力が、膨大なる魔力を余すところなく受け止め、宿していく。
【
後はただ――
「これが本当のトドメッ!」
ヴィヴィオの姿が掻き消える。父より学んだ超光速移動術『
アッパー気味に放たれた拳がヴィレオの腹部に深々と突き刺さり、血飛沫が舞い、色違いの双眸が驚愕と戦慄で大きく見開かれた。
ゼロ距離の状態から集束された魔力が拳から撃ち放たれる。だが、一撃ではない。
【
ゼロ距離六連射の『
これこそがヴィヴィオ最大にして最強の『神代魔法』。
《新世黄金神》にすら膝をつかせた『聖王姫』の禁手。
「『
【聖王の鎧】も【“
そして……
【聖王陛下の意識喪失を確認。同時に、予備品への
という訳で【ゆりかご】戦はこれで終了。
白セイバーなリニスさん、聖王姉妹喧嘩の決着と一気に片づけました。
なのフェコンビの残念っぷりは、錆びてる剣士さんのお話をイメージ(笑)。
彼女たちも頑張ったんですがね~♪
まあ、違う意味で見せ場は残されているので、溜飲はそちらでという事でひとつ。
○ちょっとした補足
①バリアジャケットデザイン
ヴィレオの戦闘服:『Vivid』のヴィヴィオ防護服 + 白マント + ナイトメアなランスロ的光の翼装備。髪型も彼女と同じくサイドポニテ。
フェイトの【神・ソニックフォーム】:黒い布地に金色のラインが入ったビキニ + ツインテにまとめているリボン
●作中登場した魔法解説
○【巨神殲滅雷王撃槍】
使用者:レヴィ
大剣モードの【バルニフィカス】を魔力でコーティングして巨大な槍を生成・投擲する。
技イメージはソルヴリアス・レックスの【クリスタル・ハート・ソード】。
○【
使用者:リニス
自身を構成する”テスタロッサ”への想いを具現化させた輝く聖剣。
術者の魔力ではなく、仕える”テスタロッサ”への忠節や慈しみといったプラスの感情をどれほど抱いているかで威力が変化する。
現状、好感度がストップ高に達しているため、レヴィの切り札を打ち破るほどの威力を誇った。
○【スターライト・エターナル・ブレイカ―】
使用者:なのは
十二基の【レイジングハート】自立非行型ビットから放つ最大級の集束砲撃。
純粋な破壊力はダークネスの『
○【セイクリッドブレイザー】
使用者:ヴィレオ
正史のヴィヴィオが使用した集束砲撃と同じ。
虹色の魔力球に拳を叩きつけた反動で射出する極大の魔導砲。
○”ライジングメテオ”
使用者:ヴィレオ
超光速機動からの連続蹴りを叩き込む。モーションは第二次OGの雷凰。
○“七花八裂・極”
使用者:ヴィヴィオ
真覇・虚刀流の奥義すべてを同時に放つ最終奥義。
通常型や改型との違いは、奥義を組み合わせた連続技であるあちらに対し、極型は超神速による同時攻撃であるということ。飛天御剣流の九頭龍閃と同じ原理。
○『
使用者:ヴィヴィオ
アッパー気味の拳で対象を穿ち、そのままの状態で『神代魔法』六連射を叩き込む。
密着状態で放つことで相手の防御や特殊能力のほとんどを貫通・無効化できるため、極めて殺傷能力が高い。元ネタはもちろん、アルトアイゼン・リーゼのリボルビング・バンカー。