魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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めっちゃ久しぶりな投稿になっちゃいました。
なんとかGW中に更新できてよかった~。
熱中してたスパロボも無事クリアできたし、以前の更新速度に戻せるよう頑張りますか~。

教会編はこれでほぼ終結。次話あたりからクラナガン戦線に移行かな?
ちなみに今回は八神一家がいろいろ頑張っちゃうお話です。

次はR版の更新ですね~。GW中のup目指して頑張ります。


ぶつかり合う想い

「やるねぇ」

「貴様もな」

 

数合、あるいは数十合にも上る剣戟を交叉させた後、まるで照らし合わせたかのようなタイミングで放たれた一撃……鏡映しのように寸分の狂いも無く再現されたベルカ流剣術の技がぶつかり合った。

烈火に燃え上がる豪炎と紅蓮に輝く焔火が互いを呑み砕かんと咆哮を上げ、せめぎ合う。だが、それも一瞬。

魔力の練度、鈍い輝きを放つ刃に込められし技の力量共に互角。

互いに譲れぬ思いを胸に、眼前の敵を斬り伏せんと力を振り絞る二人の騎士が鍔迫り合う姿を、はやてとローラは、援護の動きを見せることも横やりを入れることも無く、ただ確信を以て見守っていた。己が騎士こそが最強。故に『彼女』が敗北するなどありえないと信じているから。

やがて、交叉する刃同士が行き場を失った魔力の爆発を巻き起こし、シグナムとローラの身体をそれぞれの後方へと吹き飛ばす。

 

「っとと……。ふぅ~ん、なんやかんやで殺し(ヤリ)合う機会が無かったわけやけど……うん、納得やねぇ。確かにこんだけの力量持っちょるんなら若手連中が教えを乞うのも頷けるとよ」

 

骨まで痺れる重い斬撃を受けとめた手をぶらぶら振りつつ、ローラが感嘆の声を零す。

彼女には珍しい、純粋な称賛の言葉だった。

対するシグナムは口をつぐみ、静かに息を整えている。

思考が戦闘のソレへと完全に移行したらしく、一振りの剣として勝利を掴み取るためだけに意識を集中させているようだ。

軽口をたたく余裕を見せるローラに比べれば、シグナムの態度はどこか余裕の無さを感じさせる。

もっとも、だからといって戦局がローラの方に傾いているかと言えばそうではない。

それは彼女(ローラ)の表情が、口は笑っているけど目が鋭く細められ、ビリビリと肌を差すほどの闘気を振り撒いていることからも証明できる。

トントンッと大太刀の峰で肩を叩きながら頭を掻いてシグナムを観察するローラ。

程なくして敵の戦力予想を上方修正を済ませたのか、八重歯を剥き出しにしてニヤリとワラウ。

 

「はっ、ええなぁ。やっぱ戦いはこうあるべきねぇ。ギリギリの命のやり取りを交わし、生と死の刹那の間を駆け抜けるこの緊張感。ゾクゾクするな。――ほんなら、そろそろマジで()り合おうか。……っと、そのまえに横やりが入らんように準備はしとかんとね」

 

息を構え、正眼の構えをとる古き騎士を前にしても不遜な笑みを崩さぬまま、ローラの右腕がゆっくりと持ち上げられ――

 

「じゃ、いくなりね――【縛鎖の牢獄】」

 

パチン、と、指を弾く。

瞬間、ゴウッ! と燃え盛る炎の如き魔力の波動が彼女を中心に溢れ出し、部屋の全てを包み込んだ。

 

「なん……!?」

「だと……ですっ!?」

 

シグナムとリインの目が驚愕に見開かれる。

ローラから魔力の炎が放出された刹那、世界が灰色に染め上げられた。

理が書き換えられ、異質にして異常な空間が現実世界を侵食する。

光が納まった後、はやてたちは自分たちの立つ場所が、万物の色彩を消失させた寒々しい灰被りの世界であることを理解させられた。

深い海の底……海洋生物の死骸が折り重なった白亜の墓地へ沈んだかのような圧迫感に襲われ、無意識に自分の身体を抱きしめてしまう。

未知への恐怖に押し潰されそうになる心を鼓舞し、はやては状況の分析を進める。指揮官として多くの事件の記録を閲覧する機会に恵まれた己の中に蓄えられた情報から、現状、最もふさわしい解答を導き出していく。

一般的な封時結界とは一線を成す異質な空間。逃走や周囲への被害を抑えるためだけではない。こちらを威圧するかのような圧迫感を兼ね揃えたコレと似通った術式の記録をどこかで見た覚えがある。

 

――思い出せ。思い出せ! 思い出すんや、私! 確か私らもかかわった事件で使用された特殊な結界で……っ!

 

「そうか! ダークさんの技か!」

 

十年前の闇の書事件のおり、ダークネスが地球に被害を及ばせない様に……そして、獲物を逃さない牢獄として使用した結界魔法【封鎖の刻印】。

彼女自身はそれを記録でしか知りえないが、画面越しにでも感じられるほどの異質な空気は、ローラの放ったコレと酷似していると直感する。

一瞬で術式の本質を見抜いたはやての聡眼に口笛を吹くローラ。彼女はまるで教え子の正解を喜ぶ保母のような笑みを浮かべて称賛の拍手を送った。

 

「ぱちぱちぱち~。だ~い正解! 私オリジナルの結界魔法なりよ。余計な邪魔者が入り込まない様にっていう気配りと思いなはれ」

 

内部に取り込まれた彼女らには知る由も無いが、冷たい結界は外界と完全に隔絶していた。それは雪菜の【固有結界】も言うに及ばず。

この【固有結界】すらも拒絶する半球状の結界魔法の名は【縛鎖の牢獄】。

『個』ではなく『軍』を以て対峙すると予測していた管理局勢を個別撃破するために編み出された決闘領域だ。

 

「小細工を……!」

 

肌を差す威圧感と背筋を冷たくさせる拒絶感に満たされた空気を振る掃うように、シグナムは裂帛の気合いと共に愛剣を横凪に揮い、刃に纏わせた炎から火の粉を舞い散らせた。一騎打ちを望んだ身として、援軍を防止するための小細工を繰り出したローラに不快感を感じたのかもしれない。

最も、当の本人は悪びれもせずニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべていたが。

 

「……疾ッ!」

 

不愉快な笑みを消してやろうと、シグナムが炎の魔剣をローラの脳天目掛けて振り下ろす。

怒りの感情によって増幅された炎は悪を捌く真紅の劫火となって刃と一体化、魔剣と呼ぶよりももはや炎の聖剣と称するに相応しい輝きを以て灰色の世界に煌めく。

だが、ローラは細身の見かけからは想像も出来ない重い斬撃を以てこれに応じる。

ぶつかり合う刃と刃。力量がほぼ互角の剣士たちの実力もまた拮抗し、激しい剣戟の嵐と火花を撒き散らす。

だが、両者の顔に驚きの色は無い。

むしろ、これくらいはして当然とばかりに平静を保っている。

実は彼女たち、以前にもこうして刃を交わした経験があったのだ。

もちろん、命をかけた殺し合いなどではなく、身体強化と炎熱系付与を封じた状態で執り行われる純粋な剣の腕を競い合う模擬戦という形であった。

だが、だからこそ互いの実力が拮抗していることを理解している。

古き戦いの歴史の流れを汲むベルカ流剣術の使い手同士、このままでは決着がつかず千日手となることも予想される。

故に、呼ぶ。実力伯仲だからこそ、わずかな差が勝者と敗者を分けると言う心理を理解していたから。

戦局を変える鍵となる人物の名を。

 

「リイン!」

「了解ですっ!」

 

先手を取ったのはシグナム。

交叉した刃が互いにはじけ飛んだ衝撃で後方に跳躍したシグナム目掛けて飛翔するリインの身体が純白の魔力光となって夜天の騎士を統べる将の胸へと吸い込まれ――光が爆発した。

眩い閃光の中から現れるのは炎と氷、相反する力を併せ持つ『氷炎の騎士』。

髪ちバリアジャケットを薄い紫色に染め、手首からは氷に、足首からは炎に変換された魔力翼が展開している。

この姿こそ、彼女たちが生み出したユニゾン形態。

氷雪系魔法を得意とするリインと炎熱系であるシグナムの長所を両立させた戦闘スタイルだ。

ユニゾンを果たし、勢いを増した炎を纏わせた炎の聖剣【レヴァンティン】を右手に携えるシグナムの放つプレッシャーは先程までの比ではない。

されど、相対するするローラの顔から余裕の色を奪わせるほどの脅威にはなりえない。

 

「へぇ~、話に聞いてた姿(カッコ)とは違うようなりね。そうかそうか、アンタらも決戦に向けて準備しとった訳か~」

 

気圧されるどころか、それがどうした? と言わんばかりの自信に満ちた笑みを浮かべたローラが納得したとばかりに頷きを繰り返し――今度は自分の番だとばかりに『彼女』を呼ぶ。

 

「じゃ、こっちも本気で行くとしようけりや。来やがりな――アギト(・・・)

「うっす!」

 

ローラの求めに応えたのはカリムの警護を務めていた赤髪のシスター。

真紅の髪をひと房覗かせていた頭巾を脱ぎ捨て、強い意志を宿す真っ直ぐな瞳の十六才ほどの見た目をした少女。

彼女こそ、カリム直轄の警護を務める護衛にして、ローラの相棒でもある【ユニゾンデバイス】。

カエデを保護した時と同様に、聖王教会が破壊した違法研究施設から助け出された純古代ベルカ時代の遺産。

 

“烈火の剣精” アギト

 

正史(げんさく)”において、勇猛にして気高き戦士の力となっていた少女が、強大な敵となってはやてたちの前に立ち塞がった。

はやてよりもやや小柄だったアギトの体躯が炎に包まれ、二つ名に相応しい炎と化し、ローラと一体化する。

燃え盛る炎の壁が舞うのように彼女らを包み込み……弾け飛ぶ。

灰色の世界に舞い散る火の粉の向こうから現れたのは、炎が物質化して形成したらしい漆黒の外套を纏ったローラの姿。

紅蓮の炎で形成された双翼を背中に生やし、金色の髪と翠の瞳を赤く染め上げている。

その姿はまさに――炎髪灼眼。

舞い散る火の粉を振り払い、大太刀の切っ先をシグナムへと突きつけるローラの灼眼が、真っ直ぐに強敵と認めた存在へと突き刺さる。

彼女の目がこう囁いている。

 

ただ――来い、と。

 

「……見事だ。だが、夜天の王を背にする我らに敗北は――ない!」

『そんなちゃっちい炎なんて、リインの氷でカッチカチですっ!』

 

肌を焦がす威圧感を受け止め、押し返す様にシグナムが吼える。

 

「はっ――ほざきや!」

『炎と氷の足し算よりも、炎と炎の掛け算の方がすげえってことを思い知らせてやるよ! 歯ァ食いしばりやがれ、このバッテンチビ!』

『なんですと――っ!? リインはチビじゃないです! 立派なレディです! 無駄に図体でっかくなったおデブさんが偉そうにしてんじゃねぇですよっ!』

 

文字通り“火と水”な関係にあるユニゾンデバイスたちが場違いな口論をしている間も戦局は目まぐるしく移り変わっていく。

炎を纏わせた【レヴァンティン】と、凍結魔法でコーティングされて氷の刃と化した鞘の二刀流を振るうシグナム。

これに対抗するローラは、デバイスを核に劫火の奔流と錯覚するほどに巨大な炎を剣を生成して対抗する。

幾度となく交叉する双方の剣閃。その激しさはまるで、炎の竜巻と氷の嵐が同時に暴れ狂うかのよう。

 

「「雄ォォォオオオオオオオッ!」」

 

口喧嘩しつつもユニゾンの制御をきっちりとこなす相棒に気を割く余裕も無いローラとシグナムが、刃を交えながら更にギアを引き上げていく。

巻き込まれない様にそれぞれ後方へ下がっていたはやてとローラが見守る中、異なる時代で生まれ、現代(いま)で出会ってしまった最強の騎士同士の戦いはさらに苛烈に、激しさを増していく。

……その一方、ユニゾンデバイスたちの口論もますますヒートアップしていく。

 

『ンだと、このチンクシャ!? 凹凸皆無な“ちんちくりん”の分際でオトナな“れでぃ~”のアギト様に勝てると思ってんのか! バーカ、バーカ!』

『むっきぃーっ! ゆるせないです! 怒り心頭です! 全身氷漬けな素敵オブジェにして街頭でさらし者にした上で念話のお説教してあげますよ!』

 

リインが叫んだ瞬間、突如【レヴァンティン】が連結刃へと変形した。

形態変化を命じていないシグナムは驚くよりも早く、リインの怒りに呼応して炎の鞭と化した【レヴァンティン】が自らの意志でローラへと襲い掛かる。

 

「な……!? これは!?」

『なん……だとぉ!?』

 

剣の使い手であるシグナムの意志によって制御されたものだったならローラも剣筋を予測できたかもしれない。

だが、使い手の意思に背いた【デバイス】の軌道を読むことは出来なかったようだ。

暴れ狂う蛇の如き刃を防がんと、咄嗟に左手を柄から放して腕全体に炎を纏わせ、巨大なる劫火の腕を具現化、受け止めようとするローラ。

しかし、腕の形成がギリギリ間に合わず、薙ぎ払うように振るわれた炎の鞭をまともに受けてしまう。

バリアジャケットを貫くほどの威力に呼吸が詰まり、意識が飛びそうになる。

 

『マスター!? くっ……この野郎!』

「くあっ!?」

「きゃあっ!?」

 

主を傷つけられたアギトの憤慨に呼応して、紅蓮の双翼がユーリの魂翼を連想させる鉤爪へと姿を変え、追撃を咥えようと迫っていたシグナムを弾き飛ばす。防御に構えた氷の刃が一撃で蒸発し、フェイトの一撃にも耐えられる鞘に罅を刻む。

 

「何と言う破壊力……! リイン」

『わかってるです。 【蒼穹の氷刃(フリーズンレイド)】を再構築します』

 

リインの魔力がひび割れた鞘へと流れ込み、再び氷の刃が形成された。

軽く振って調子を見、戦闘に支障が無い事を確認すると、体勢を立て直したローラと再び向かい合う。

――剣の技量はほぼ互角。まさかこれ程とはな……フ。私はつくづく運が無い。

志を同じくする味方と言う立場で、好敵手として、戦友として切磋琢磨することが出来たかもしれない……そんな“IF”の可能性を連想して苦笑しかえ――ふと、違和感を覚えた。

記憶の端に引っ掛かる違和感。以前にも素晴らしい友になれるかもしれなかった騎士(・・)と死闘を繰り広げた様な……。

 

(もしや、これが我らの中から消え去ったという参加者との記憶なのか……?)

 

花梨から聞かされた悲しき現実。友であったかもしれない騎士との思い出を忘れてしまっているという罪悪感が唐突に湧き上がり――嘆くのは今ではないと意識を切り替える。

冷酷かもしれない。いつか、冥府で再会した折になじられるかもしれない。それでも今は……己に出来ることをやり遂げなければならない!

「……リイン。アレをやるぞ」

『ッ!? ……本気、なんですね?』

「ああ。彼女たちに勝つためには、我々も切り札を使う必要がある。だから――頼む」

 

 

将の覚悟を感じとり、リインもまた覚悟を決める。身体は小さくとも、彼女もまた夜天の騎士。王のために勝利を掴む。それこそが――彼女たちの役目なのだから!

 

――何か仕掛けようとしてるなりね。それも相当の……ならば。

 

シグナムたちから放たれる気迫から奥の手を繰り出そうとしている事を察し、どうするべきか思案する。回避に全力を注ぎ、攻撃直後の隙を狙い撃つのがセオリーかもしれない。確実に勝利を掴み取りためには、冷静に、冷酷に鼓動することが求められる。

……だが、

 

「そう言うのは性にあわんのやねぇ、これが」

 

ローラは神算鬼謀の策士というよりも道理を力でねじ伏せる武闘派寄りの人種だ。

カリムが策謀をこらす役割を担っていたからこそ、彼女に足りない武力を身に付けたのだ。

親友の命と世界の未来を救うために全てを費やす覚悟はある。だが、同時にこう も思う。

相手の全力を受け止め、正面から打ち破る事も出来ない輩に、神の試練を乗り越えることなど出来るはずがないと!

ちらりと振り返り、カリムを見る。

 

「……(コクン)」

「は……流石親友。私の事よく分かってるねぇ。――アギト」

『わかってますって。――【天破壌砕】の発動準備は整ってるぜ……です』

「そいつは上々。んじゃ……やりますかねぇ」

 

大太刀を逆手に持ち代え、胸元で両手を重ね合わせる。

瞳を閉じ、心の内より紡がれる言葉を紡ぐ。

 

「『荒振る身の掃い世と定め奉る、紅蓮の絋に在る罪事の蔭』」

 

それは祝詞。

人ならざる灼熱の神を顕現させるための唄。

限界を超えた魔力を注ぎ込んだ反動で全身が激痛に苛まれる。

それでも想いは揺らがず、ただ勝利を求めて謡う。

 

「『其が罪という罪、刈り断ちて身が気吹き血潮と成せ』」

 

瞳を開く。

敵を見据える。

護るべき大切な人の想いを背中で感じ、口端が不敵に攣り上がった。

歓喜せよ。そして確信せよ。

勝利は――我らの元にあり!

 

「『天破っ、壌砕』――――!!」

 

炎が溢れた。

灰色の世界を暁色に染め上げ、吹き荒ぶ熱風が肌を焦がす。

顕現せしは異形にして猛々しい紅蓮の魔神。

ねじまがった角、龍を連想させる翼をもつソレは、禍々しい形相から想像も出来ないほどに神聖さを放つ。

 

「『覇ォォオオオオオオオオオオオーー!!』」

 

魔神が咆哮を上げる。あらゆる刃をも凌駕するほどに禍々しき牙が立ち並ぶ咢から放たれた咆哮は、凄まじい衝撃波となってはやてとカリムを吹き飛ばそうとする。圧倒的な存在感にひざを折りそうになる己を叱咤し、気丈にも前を向く少女たちが見つめる中、ただひとり闘志を萎えさせぬ剣士の閉じられていた眼が開かれていった。

 

「天の理すら破壊する断罪の紅蓮か……見事だ。心の底から思う。もし敵ではなく味方としてあったならば――と」

『ですが、事ここに至っては興味なしです。私たちの前に立ち塞がるのなら、全力で斬り捨てるのみ! なのです!』

「ああ、その通りだ。そして如何なる者であろうとも――我ら夜天の騎士の敗北の二文字はない!」

 

裂帛の咆哮と共にシグナムが飛び出し、高層ビルもかくやという強大なる魔神へと肉薄する。

緋色の世界を切り裂くほどの輝きを放つ魔神の剛腕が、迫る敵を押し潰さんと唸りを上げた。

振り下ろされた拳が大地を穿ち、そこに在るだけで空間を焼き尽くさんばかりの魔力炎を放出する。

 

「これで終わりにする! ッ覇ァアアアアーーっ!!」

 

限界まで魔力を集束させることで一回り巨大化した氷炎の双刃が撓り、紅蓮の魔神へと叩き付けられる。

伸びきった巨腕を中ほどから切り落とし、逆の刃で紅蓮の衣を切り裂きながら己を睨み付ける灼眼を目指す。

紅蓮の水晶を思わせる眼の奥、魔神の頭部にローラがいることに気づいていたからだ。

しかし、易々とそれを許すほど魔神は甘くない。千切れた腕が一瞬膨れ上がり、切り口から放出された炎の奔流が再び腕を形成、迫る小虫を払い落とす様にシグナムを横凪に叩き落とした。

 

「ガ……ぁ!」

 

最早原形をとどめていない教会の成れの果てを粉砕しながら地面に叩き付けられ、シグナムの意識が飛びかけた。

刹那の硬直を見逃さんと足を振り上げ、踏みつける魔神。だが、肉体のコントロールを一時的に掌握したリインによって攻撃は躱され、逆に無防備な姿を晒してしまう。

 

『シグナム! しっかりするですッ!』

「……っ、は。ぐ……す、すまん、助かった!」

 

頭を振り、瓦礫で切り裂いたのか額から流れ落ちる鮮血を手の甲で乱暴に拭い、足元で魔力を爆発させた反動を利用した加速で魔神の身体を掛け上がる。どこまでも抗い続ける姿に苛立ちを感じた二人にして一体の魔神が、禍々しい口を怒りに歪めた。

 

「『何度も何度も……無駄な足掻を! いい加減諦めろ!』」

「誰が諦めるものか!」

 

身体を捻り、引き絞った拳を突きだす魔神。足場を失った浮遊感に包まれたシグナムに直撃した拳は人体など容易く粉砕できる破壊の力を宿している。

だが、それでも小さな剣士は抗い続ける。交叉させた双刃で剛腕を受け止め、刃をいなすことで攻撃を受け流していたのだ。

 

「『無駄だって言ってるのがわからないのか! どう足掻こうと、お前たちに勝ち目なんて無いんだよ!!』」

『勝手に決めつけるなです! 私たち自身が諦めない限り、可能性はゼロじゃないんですよっ!』

 

相容れぬ思い。

反発し合う主張を体現するかのように、極大の紅蓮と氷炎の剣閃が幾重にも交叉、幾重に激突を繰り返す。

互いに後退はしない。ただ愚直なまでに勝利をめざし、想いと信念を貫き通す。

勝利の二文字をその手につかみ取るために。

だが、どれほど強固な信念を振り絞ろうと、どれほど限界を超えた魔力を引き出そうと、終わりは必ず訪れるものだ。

 

「【シュツルムファルケン】……!」

「『ッが!?』」

 

苦悶の悲鳴を上げて、巨躯を構成する炎の輝きがいくらか衰えを見せ始めた魔神が僅かに後退する。

剣戟の最中、何度目になるのか鉄槌の如き剛腕を避けたシグナムが双剣の柄頭を叩きつける様に合一化、弩弓形態へとデバイスを変形させたかと思いきや、彼我距離ほぼゼロの超至近距離で【シュツルムファルケン】を放ったのだ。

もちろん捨て身に近い蛮行を繰り出したシグナムの方にも少なくないダメージが発生している。

だが彼女は、爆風で吹き飛ばされそうになる身体をバインドで強引に空間に張り付けることで、その場に留まる事に成功した。

そう……胸部に風穴を開けられ、ノックバックで激痛に襲われたために隙を見せたローラの懐に。

 

「――勝機っ! リイン、往くぞっ!」

『りょうっ……かい、ですっ!!』

 

バリアジャケットの防御を貫き、血肉を焦がされる痛みを歯を食いしばって耐えきって見せたシグナムたちに訪れた最大の好機。

ここを逃せば勝利への道筋が途切れてしまうと本能で察し、残り総ての魔力を刃に流し込んだ。

 

「受けよ……星々の煌めきを!」

 

輝く光の刃と化した双剣が振り抜き、打ち付けられるたびにその威力は増し……やがて、目にもとまらぬ嵐の如き連撃へと昇華する。

腕の振りは音速を超え、幾重にも輝く閃光となって紅蓮の魔神を切り刻んでいく。

だが、魔神から飛び散る炎の残滓……それ一つ一つが太陽の如き熱量を秘めた神の炎。

降り注ぐ極大の火の粉に触れる度にバリアジャケットを焼き削られていく。

リインが残された魔力を全力で注ぎこんだ氷の膜でシグナムを覆うものの、焼け石に水……いや、まったく微塵も効果を発揮していなかった。

それでも攻撃の手は緩めない。全身を重度のやけどで傷つけられようとも、喉を焦がされて呼吸が出来なくても、烈火の将はただひたすらに剣を振るい続ける。

神や悪魔すら慄かせるほどの信念と覚悟を以て放たれた技の名は【スターバーストストリーム】。

防御の一切を考慮せず、ただひたすらに敵を切り刻み続けるだけの技とも呼べないかもしれない。

されど、『近づいて斬る』……余計な小技など必要としない達人の一刀はそれだけで強大なる奥義と呼べるもの。

即ち、達人の極みに限りなく近い彼女が振るうことで、単なる乱舞が必殺の奥義へと昇華される。

そう、不退転の覚悟を体現させたこの奥義こそ、彼女の覚悟の証だ。

 

「っセェイヤァアアアアアア!!」

 

とどめとばかりに二つの剣を重ね合わせ、逆袈裟に切り上げる。

信念、覚悟、渇望……遍く想いを乗せた一撃は、ついに炎の魔神を両断して見せたのだった――!

 

大気を震え上げる絶叫が木霊する。ダメージで威容を保てなくなったのか崩壊を始める魔神の燐光が降り注ぐ中、どうにか着地できたところで限界を超えたシグナムが崩れ落ちた。

ユニゾンが解除され、疲労で肩を揺らすリインとはやてが駆け寄る。

限界以上の魔力を振りしぼった反動か意識が朦朧としているらしく、瞳の焦点が定まっていない。が、最悪の事態は避けられたことに気づいたのだろう、はやてとリインの安堵のため息が重なった。

その一方で、深手を負いつつも意識を保てているローラがカリムに支えられながらも、未だ戦意の折れない眼光ではやてたちを睨んでいた。

さすがにあちらもユニゾンを維持する余力は残っていないらしく、分離したアギトが二人を庇うように前に出て、身構えていた。

 

「まさかロードの切り札をぶち破るなんてな……。ちっと驚いたぜ。だが、その様子じゃあ流石に限界だろ。なら、アタシが引導を渡してやるよ!」

 

両手に炎を顕現させ、突撃するアギト。

ネコ科を思わせる俊敏な動きは、ユニゾンのノックバックで彼女にも少なくないダメージが刻まれているとは思えない。

動けない家族たちを守ろうと、十字杖【シュベルツクロイツ】を構えるはやてだったが、近接技能を鍛え上げたアギトに叶うはずも無く、容易く片手で打ち払われてしまう。

 

「あ……っ!?」

「【ユニゾンデバイス】だからって甘く見んなよ、バッテンダヌキ! そんでもってぇ――終わりだ、夜天の主ッ!」

 

デバイスを弾かれて身体が泳いだはやてに、勝利を確信したアギトの炎を纏った拳が突き刺さる――瞬間、

 

 

――【鋼の軛】ッ!

 

 

地面を突き破って生まれ出た無数の剣山によって、拳が阻まれることとなった。

 

「んなっ!?」

「この魔法は……まさか!?」

 

驚愕と共に双方が振り向くと、地面に拳を叩きつけた体勢をとる男の姿があった。

青い衣と銀色の手甲を装着した褐色の肌と獣のように瞳孔が立てに割れた眼を持つ静かなる武人にして夜天の守護獣。

かの者の名は――

 

「ザフィーラ!?」

「バカな! どうやってローラの結界を抜けてきたというのっ!?」

「何と言うことはない。結界が発動する以前より、すぐ近くで潜んでいただけの事。……主、お叱りは後程。今はどうか――我が身の勝手をお許しいただきたい」

 

予想だにしない展開に動揺を隠せないカリムの疑問にそっけなく答えると、一歩を踏み出して赤き少女と向き合うザフィーラ。

必然的に相対する形になったアギトの瞳は、悲しみと困惑に染まっていた。

 

「……アギト」

「何でだよ旦那……。なんで来ちまったんだよ……」

「決まっている。お前と話をするためだ」

 

両拳を下げ、戦いの意志を欠片も感じさせない態を晒すザフィーラに気圧されたのか、後ずさるアギト。

知らぬ相手ではない――むしろ、よく知っている存在だからこそ、敵として対峙する決断を降せない。

動揺に揺れる彼女と距離を詰めながら、言葉を続ける。

 

「俺は不器用なのだ。だからこういうやり方しか知らないし、出来ない。……忠義に厚い汝が恩人である騎士カリムらを裏切ることが出来ないことは承知している。幾星霜の時を経て出会えた主との絆も本物だと理解している。だが、それでも我は求める。――アギト、【ユニゾンデバイス】であることを捨ててはもらえないだろうか」

 

一人を除いたこの場にいる全員が息を呑む。

唯一の例外であるアギトは、愕然と目を見開き、次いで感情が抜け落ちたかのような能面を浮かべ、ザフィーラを見た。

彼女の誇りであり誉れでもあった【ユニゾンデバイス】としての矜持……それを、『大切な人』であるはずのザフィーラが捨てろと言う。

自分がどれほど主との出会いに焦がれ、渇望してきたかを知っているというのに。

停戦を求めるでもなく、宣戦布告するでもない。

まさか彼は、己を己としている一番大切な根幹を奪いに来たと言うのか。

胸の奥から湧き上ってきたどす黒い激情を誤魔化す様に首を横に振るアギト。縋るように自分自身を抱きしめながら、引き攣った笑みを浮かべて、言う。

 

「は、はは……いくらなんでも冗談がすぎるぜ旦那。いくら敵同士になっちまったからってさあ……それはいくらなんでも――」

「いいや、本気だ」

 

きっぱりと、強い意志を込めて断言する。途端、緋色に燃える髪が激しく跳ねた。

 

「――ッ、ふっざけんなぁああっ!」

 

【ユニゾンデバイス】として生を受け、拷問じみた研究を受けても自我を保てていたのは、偏に、出会えたロードと共に戦場を駆け抜ける未来を夢描いていたからにほからない。

ようやく果たすことが出来た願いを捨てろと言うザフィーラの言葉は、彼女にとってけっして受け入れることのできないものだ。

怒りと共に放たれた火炎弾がザフィーラへと突き刺さる。爆炎に覆われた彼の姿にはやてが息を呑み、リインが両手で顔を覆う。

だが、アギトの想いが籠められた攻撃を避けようともせず、黙って受けとめるザフィーラが一歩、また一歩と彼女へ近づいていく。

 

「ち、近よんな……! こっちに来るなあっ!」

 

アギトの周りを包み込む様に生成された火炎弾が威嚇するかのように燦然と燃え上がる。それはまるでザフィーラの全てを拒絶しようとする彼女の想いが具現化したかのよう。

だが、この男の歩みは止まらない。

牽制とは言えぬ威力と熱量が籠められた火炎弾が立て続けに射出され、ザフィーラに殺到していく。

肉が焼ける臭いが辺り漂う。

外套に近いデザインの騎士甲冑が容赦なく削り取られ、ダメージが蓄積していく。

にも構わず、彼の歩みは止まらない。

 

「く、くるな……」

「断る」

「もう、近づくなよ……」

「それも断る」

 

一切を避けようとせず、かといって敵として一戦交えようという気配も無い。

ザフィーラが何を考えてるのかわからなくて思考が定まらず、混乱のみがアギトの中で積み重なっていく。

 

「何でだよ……! なんでそんなこと言うだよ! 私にとってロードの存在がどんな意味持ってるかなんて、あんたは知ってる筈だろ!?」

「ああ、知っている。お前が騎士ローラと契約を交わした事に歓喜する姿をすぐ近くで見ていたのだからな。……それでも俺は、お前に【ユニゾンデバイス】と言う生き方に捕らわれて欲しくないのだ」

 

彼女の想いは知っている。

辛い過去の反動で救い出してくれたローラのパートナーとして魂魄まで注ぎ、尽くしたいと言う願いも理解している。

だが、それでも――

 

「わけわかんねぇよ! 私から【ユニゾンデバイス】としての生き方をとっぱらっちまったら……何も残らないじゃねぇかよっ!」

「いいや、お前が残る(・・・・・)。『烈火の剣精』でも【ユニゾンデバイス】でもない、ただの『アギト』が」

「そっ、そんなモンに何の価値があるって言うんだ!?」

「価値ならある――」

 

 

 

 

 

(オレ)が愛しく想う女性という価値が。

 

 

 

 

「は……? ――ッ、な!? あ、う、ぁ、にゃ、にゃにいって……!?」

 

アギトの頬が『カアアッ』と見る見るうちに真っ赤に染まっていく。

戦場の真っただ中……しかも互いの主の信念を通せるかどうかという負けを許されない場で告げられたあまりにも唐突な――告白(プロポーズ)

 

「こんな時に……いや、こんな時だからこそ気づいた。お前と言うかけがいの無い存在を戦争で敵対し、永遠に失ってしまうかもしれないと恐れたのだ。それだけは嫌だと、絶対に放したくないと心から想えた。だから――」

 

口元を抑えて動揺に震えるアギトの前に立ったザフィーラは、黒く焼き焦げた片手をゆっくりと振り上げ――

 

 

壊れ物を扱うかのように優しく、アギトを抱き寄せた。

 

 

紅玉のようなアギトの瞳が限界まで見開かれる。

ザフィーラはもう片方の手を彼女の腰に回して二度と放さないとばかりに抱き締め、言った。

 

「共にいてほしい。(オレ)という存在が消え去るその瞬間まで――永遠(とわ)に」

 

これこそがザフィーラに主の命令――治療に専念せよという旨――に背いてまでこの場に駆け付けた理由。

寡黙な守護獣であった彼に芽生えた初めてかもしれない……欲望。

 

『大切な人と共にいたい』

 

溢れる涙を拭う事も出来ず、ザフィーラの腕の中にいるアギトがぎゅっと自ら抱きついた。

嗚咽まじりにザフィーラを見上げ、聞く。

 

「あ、アタシはっ……見かけによらないけどめんどくさいぞっ」

「ああ、知っている」

「しょっちゅうロードから食べすぎるなって怒られるくらい甘いもの好きな食いしんぼだし! 料理とか裁縫とか……女らしいスキルゼロなんだっ」

「うむ、それはこちらも同じことだ。でも、一人では無理でも“二人”なら何とかできると思うぞ?」

 

暗に愛の共同作業的な台詞に心臓が破裂しそうになってしまったが、緩みそうになる口端をどうにか堪える。

まだだ。まだ足りない。そう簡単に【ユニゾンデバイス】としての生き方とかロードとの絆とかを反故に出来る訳がないのだ。

だから、求める。

『烈火の剣精』でなくなる己を本当に求めてくれるのか、確信が欲しいから。

 

「アタシにだって信念ってのがある……絶対に(ロード)を守るってな。もし……もし、アタシが旦那のモノになったとして、夜天の王たちがカリムの姉御を傷つけないよう守ってくれるのか?」

「無論だ。信じろ。我が主は傲慢なる暴君などではない。あのお方はここに戦うために来たのではない。――過ちを犯そうとする“友”を救いに来られたのだ」

 

どれ程言葉を重ねても不安を隠せないアギトの頭を優しく撫でながら、ザフィーラは思いの丈を告げた。

 

「我は“盾の守護獣”。不安も恐れも怒りも……全て受け止めてみせよう。だから――信じてはくれないか?」

「……その聞き方、ずりぃよ」

 

拗ねたように唇をとがらせてしまう。

恋人の何時に無く真剣な表情に『きゅん』としてしまうのを抑えられない。

戦争開始の少し前、アギトとザフィーラの関係を知っていたカリムたちから、自分の好きな様に、愛しい殿方のところに行っても構わないという言葉を貰っていた。彼女は忠義を通すために教会側に残ったのだったが、その後も、もし心変わりしたら望む様にすればいいと言われている。

ここで恋人に身を委ねてしまっても、彼女たちは決して怒りはしないだろう。

人々を救い、手を差し伸べる――生きたいと言う彼らの願いを叶える――ために起ったからこそ、アギト自身の幸せを否定する真似は出来ないから。

 

「……しょーこ」

「ぬ?」

証拠(しょーこ)、見せてくれよ。旦那の言葉が嘘じゃないってさ」

 

夜天の主に確認するでもいいし、自分を大切にする証でもいい。

とにかく、信じるに足るという確証が欲しかった。

 

ザフィーラはしばし熟考した後、おもむろにアギトの顎に手を添えて――

 

「――っ!?」

 

唇を塞いだ。

もちろん――ザフィーラ自身の唇で。

無骨で、すこし硬さのある男の唇の感触。

鼻孔を擽る、嗅ぎ慣れた匂い。

不器用な己の想いをアギトに知ってほしい。そんな願いを込め、唇を通して己の想いを注ぎ込む。

 

「んっ……ふぁ……」

 

数秒後、ゆっくりと唇を離し、蕩けた様な表情のアギトをもう一度強く抱きしめながら、

 

「必ず幸せにする――これが、我の『覚悟』だ」

 

かつてない真剣な表情で告げたのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「カリム、見てみい。守護獣と【ユニゾンデバイス】、超異色のカップリングかて心を通じあわせることができるんや。それはアンタだって例外やない。参加者とか非参加者とか下らん枠組みにこだわるのはもうやめえ」

 

涙を流すアギトを抱きしめるザフィーラの懇願するような視線を受け止めたはやては、急展開についていけず呆然とした様子のカリムへ話しかけた。

 

「アンタは何でもかんでも抱え込みすぎたんや。世界が滅ぶって知らされ、自分に未来が無いから自分自身が絶望しないために戦う目的を求めた。人間の自分にしか儀式と無関係の人たちを救えないって思い込み、花梨ちゃんや宗助たち儀式反抗派すら拒絶したっ。アンタのやってることは、無関係だった人たちまで強引に巻き込み、いたずらに被害を増やしただけやろ!」

「なんですって……! 参加者でもない他人の分際で、知ったような口を利かないで! 何が儀式反抗派よ、彼女たちがどれほどの成果を出せていると言うの!? 日常を気ままに謳歌してるくせに、破壊の化身(ファースト)災厄の魔女(セカンド)の暴挙を放置しっぱなし! 怠惰に今を過ごす彼女たちこそ、敵わない幻想を口遊んで現実を直視していない非現実主義者よ! あまつさえ、旗頭であるはずの高町 花梨(シックス)は、破壊の化身(ファースト)にほだされてるじゃない! そんな輩の何を信じろと言うのっ!?」

 

カリムの言葉もある意味で的を得ている。

花梨たちは基本方針として儀式を監視しているであろう《神》側の何者かがこの世界に潜んでおり……しかも、戦いの経過を確認するために身近に潜んでいる可能性が高いと推測していた。

故に、表立った探索は相手側に気づかれる可能性が高いと判断、表向きは日常を謳歌するように見せかけつつ、その裏で地道な調査を行っていたのだ。

探索魔法のエキスパートであった葉月が敗退してからは捜査の効率が下がっていたのは否めないが、それでも何もしていなかったわけではない。

結果として監視者の特定には至らなかった物の、堂々と翠屋ミッド支店(要は花梨の住居)に来店してきた『さいきょ~一家』に監視者探索についてにみだが協力体制を敷くことにも成功しているので全く何もしていなかったわけではないのだ。

とは言え、確たる成果と言う結果を出すことが出来なかったのもまた事実。

裏仕事まで調べることが出来ず、事情を知らないカリムが、花梨たちを信用できないと考えるのもある意味当然の結果だったのだろう。

 

「アンタを追い詰めるきっかけを作った《神》さまとやらの言葉を信じ込んで、戦争なんておっぱじめた奴の言える台詞かいっ! どんな綺麗事を掲げた所で、人の命を奪う行使に走った時点で、正義を名乗る資格なんてないわっ!」

 

はやては厳しい表情で胸の内を吐露するカリムを見つめた。

花梨と自分の間には十年来の友人として積み重ねた信頼がある。

彼女が無為に毎日を過ごしている訳がないと信じることが出来てしまうからこそ、直接的な交流が無く、人伝にしか花梨たちのことを知らないカリムに『何も疑わずに信用しろ』というのは酷というモノかもしれない。

けれど、たとえそうだとしても……

 

「大体なあ、どうしてアンタは……ッ! 私に相談してくれへんかったんや! 一人で抱え込まんで、花梨ちゃんたちの事とか儀式の事を知っとる私を、どうして頼ってくれなかったんや!」

「頼る!? バカを言わないで。参加者の仲間を全面的に信用しろだなんて「アホンダラ!」 ッ!?」

 

はやての怒声がカリムの言葉を遮る。

何時にない激情を顕わにするはやてに気圧されたように息を呑んだカリムの目に、悲しみを浮かべたはやての顔が飛び込んできた。

 

「参加者の仲間とか、管理局の魔道師とかそういう話やないっ! ――ただ、『友達』としての八神 はやてが信じられへんかったんかって聞いとるんやっ!」

「――ッ!?」

 

カリムが言葉を失う。面と向かって叩きつけられた、強い意志が籠められた言葉。

やるせない怒りと悲しみをひしひしと感じさせるはやての言葉に偽りはないと直感する。

だからこそ気づいた。

“はやては参加者の仲間”

妹のように感じてもいた彼女のことを、どうしても色眼鏡で信じきることが出来なかった自分自身の弱さに、今更ながら気づかされてしまったのだ。

ぐらり、とカリムの身体が揺れる。

耳触りの良い主張で覆い被し、ずっと目を背けてきた自身の行為の本質……なんてことはない、結局はカリムも自分が消えたくないから他の参加者を蹴落とそうとしていただけだったのだ。

自分に力が無いから無関係な者を巻き込み、消えたくないから他者の力を頼る。

はやてとの友情を無かったものとし、話もせずに相容れないものと断じ、目を背けてきた。

総ては、自分自身の弱みを見て見ぬふりしたが故に。

皆のため、世界のためだと自分に言い聞かせていた目的の根幹にあったものは、どこまでも人間臭い自身の願望だったことを自覚し、蒼白な表情になるカリム目掛け、はやてが袖で涙を拭いながら駆け出した。

デバイスを投げ捨て、無手となって瓦礫の散乱する戦場を駆け抜け……

 

「カリムゥウウウッ!!」

「っな!?」

 

片手を振り上げ、拳を握りしめる。骨が軋むほどに強く、強く、強く――!

 

「歯ァ喰いしばりやぁああああっ!!」

 

デスクワーク主体の部隊長とは思えぬ堂に入った構えから限界まで引き絞って放たれた拳が唸り、カリムの左頬へ突き刺さった。

 

「ええか、このアホッ! 《神》さまになれへんとか世界の崩壊とか、自分一人で何でもできるなんて思い上がるのはやめい! そんなん出来るのは、どこぞのドS最強さんとか外道天災ぐらいやっちゅうの!」

 

酷い言い草だが的を得ている。

個人の力で世界の在り様を変える様な真似を実行するには、彼らレベルの実力が必要だろう。

 

「大体アンタ、今だって女狐とかザフィーラのお嫁さん(仮)とかいろんな人に助けてもらっとるんやろが! だったら、今度は私らとか参加者も頼ってみいや!」

「ぐ……っ、頼ってどうするっていうのよ! 貴方も言ったじゃない。殺し合いを肯定する化け物どもが二人もいる以上、手を取り合って儀式を中断させるなんて不可能なのよ! 例え刻限まで逃げ切ったとしても、その時は世界の崩壊に巻き込まれて全員死亡!  貴方たちが言ってる儀式の“ルール”を改変させる策だって、一番重要な監視者の正体が不明なままなんでしょ! ……だったらもう、戦って勝ち残るしかないじゃない!」

「それでも……っ、それでも可能性はゼロやない! それに、確かに監視者の正体はまだわからへんけど、次に姿を現す予測はついとる! だから――逃げるな!」

 

自分がどれほど残酷なことを言っているのか、はやて自身も十分に理解している。

それでも最初からあきらめていたら何も得られない……そんな考え方はただの逃げだ。

運命に抗うことを諦め、儀式を肯定するという妥協を受け入れる必要などない。

奇跡は起こせる、他の誰でもない……人の手で。それを自分は知っている。だから諦めない。

自分たちはいつだって、理不尽な現実に抗い続けてきたのだから。

 

「――それでも、どうしようもない事はあるのよ……」

 

殴られた頬を抑えて俯きながら、ぽつりと本心を零す。

 

「そいつは“カリム一人なら”の話やろ。だから、“皆”で考えたらええねん。刻限まで、まだ数か月残っとるんやからな」

「……楽観にすぎるわ」

「悲壮にくれて、戦争ぶっぱじめるようなバカよりはマシってもんや。そもそも、私らの人生はまだまだこれからなんや。《神》さまだろうが何だろうが、私らの未来を奪うことは絶対に許さへん」

「……そっか」

 

“妹”の楽観さが写ったのだろうか? 

それとも、彼女たちなら信じていいと思えてしまったからか。

 

「あ~あ、負けちゃったか」

 

武力(ちから)で敗け、信念(かくご)でも負けた。けれど、不思議と心は穏やかだった。

ザフィーラの上の中から心配げに見つめてくるアギトがおかしくて小さく吹き出し、最近笑顔を見れていなかったローラが不思議そうに首を傾げた。

クスクスと零れそうになる含み笑いを堪え、今頃になって殴った拳の痛みに悶絶している“妹”を見やる。

 

「宣戦が開かれた以上、例え私が停戦を命じたとしても簡単には止まらないわ。特にドクター・スカリエッティ一派は独自に動きを見せるでしょう。おまけに参加者同士の戦いも起こるだろうし、きっと激しい乱戦になるわ」

「ええよ。そいつを止めるのも私らの役目なんやから」

「……ほんとうに強いわね、はやて」

「おうよ」

 

力と覚悟を示し、修羅の道を突き進まんとした友を止める。

目的を果たした事を満足げに胸を張りながら、解除されていく結界障壁の向こうで手を振る義娘たちに手を振り返すはやてだった。

 

 

――◇◆◇―ー

 

 

はやてたちがカリムの戦意を削いだことで一応の決着を迎えていた一方、彼らの遥か上空から飛来する巨大な物体が存在した。

大気の摩擦で赤熱した鱗は冷たい空気に触れることで本来の黄金色の輝きを取り戻し、航空機の機首のように前方へ伸ばされていた三つ首が擡げられ、己が背に騎乗する主へ声をかける。

 

『……大気圏突入成功ですお館様。お身体に問題は御座いませんか?』

「ん――平気だ、問題ない。……さて、教会まで降下するのにどれくらいかかる?」

『そうですな……五分もあれば十分かと』

「そいつは上々。なら、さっさと“ⅩⅢ”を始末してクラナガンに向かうか。――あ、ついでに“ⅩⅠ”や“ⅩⅡ”の小僧共も排除しとくべきかな」

 

天敵を文字通りの意味で消滅させて帰還を果たした黄金の龍神の感覚は、半壊した聖王教会内部にいるカリムの気配を寸分の狂いもなく捉えていた。




遂に本格参戦、謎のシスター改めアギト嬢っ!

ハイパー銭湯のザッフィー彼女持ちコメントとか、討論会前の教会デート(狼モードで)、教会が違法研究施設を襲撃して成果を強奪していたというカエデ君の発言すべてが、アギト嬢の教会シスターフラグだったのです(ドヤァ)。

……アギトちゃんはいないの~? 的な指摘が皆無だったのは、皆さんが彼女の正体に気づかれてたらだったりします(汗)?

ま、散々引っ張った挙句、ザッフィーとのラヴシーンでイベント消化しちゃいましたけどね。
シャナちゃん化したローラvsシグナム(アナザーフォーム)とか、なのは二次のお約束、はやてのOHANASHIとか詰め込みすぎな気もしないでもないですが、まあいいかなと。
ちなみに何であの二人(?)がくっついたかと言うと、はやてとカリムが予言関係で密談する際、気を使って席を外していたお互いがなんとなく気になってそのまま……的な流れがあったのです。
主のために心血を捧げる気質は相性抜群だと思うんですよね~。

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