魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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今回はちょっと短め。
本当は教会編の残りを全部つぎ込もうかとも思ったんですが流れ的に分けた方がいいかな、と。
と、いう事で、ダークさんvsサマエルの決着編をどうぞ。


SR《ソーラレイカー》

胸部を貫いた槍を引き抜こうともがくサマエルを一瞥し、遂に天上へ通じる扉を開いたダークネスの体内で想像を絶するエネルギーが荒れ狂っている。

進化直後の反動か、上手く力の制御が出来ないでいる自身をふがいないと思う一方で、気を弛めれば、敵の前だと言うのに頬が緩み、声高々に笑い声をあげてしまいそうだ。

装甲が展開し一回り巨大化した龍翼から放出される魔力粒子が煌めく光の翼を形成している様に、どうしても一種の達成感を抱いてしまう。

背の翼から放出され続けているのはダークネス自身の魔力だ。

飛翔時の加速手段として意図的に魔力を放出しているのではなく、ただ純粋に、己自身ですれ使いきれないほどに膨大で圧倒的な力がどんどん湧き上がってくる。

鎧各部の装甲も左右に開く様な形で展開し、そこに際限なく増幅され続けている“魔法力(マナ)”を流し、全身を循環させることで肉体そのものを“魔法力(マナ)”というエネルギーと霊的な融合状態におくことで『(にくたい)』の限界値を超える。

理論こそ漠然としたイメージとして自分の中にあった。

だが、それを実現するだけの素養が以前の己に備わっていなかった。

だからイメージを現実のものとするための近道として積極的に“因子(ジーン)”の蒐集を勤しんでいた。

だが、聖王教会騎士団との激戦、雪菜との死闘、そしておそらく転生してから初めてだったかもしれない天敵によって齎された『死』のイメージ。

龍を喰らう化け物のもたらした闇に捕らわれる中で己の譲れない想い……『生への渇望』を再認し、どこまで強さを増しても原初の想い(はじまり)終焉(おわり)は変わらない事に気づいた。

なにがあっても、なにが起こっても己の根源は変わらないし揺るがない。そんな当たり前の事を再確認した瞬間、ふと思った。

 

だったら何故、己は龍喰者に勝てないと思い込んでいる? ――と。

 

サマエルは神話に記された原初の龍喰い(ドラゴンイータ―)だ。龍神である己の力は通用せず、捕らわれてしまった現状、甲羅に籠る亀のように縮こまり、捕食の恐怖に耐えることしか出来ない。

 

……本当に?

 

己は人を超えてもまだ、常識という枷に捕らわれているのではないか?

なぜ自分が被食者だと決めつけていた? いや、そもそも……どうして()神だと決めつけている?

己はいまだ《神》成らざる者、分類上は人間(ヒト)種族に属する存在のはず。そう、ヒトなのだ。

あらゆる可能性を秘めた、最も《神》と酷似した生命体。脆弱な彼らには、彼らにしか持ちえない素晴らしい力があるではないか。

それは『想像力』。彼らが抱く強き想いは世界の概念すら超える可能性を秘めている。

 

ならば……!

 

想像しろ。

常識などに囚われるな。

理などぶち破ってやれ。

強き想いで限界を超えることなど――己は何度も経験してきたのだから――……!。

 

そう、常識などという檻など……、ヒトが定めた理など超越し(こえ)てしまえばいい――!

 

刹那、脳裏に浮かんだのはかつて出会った少女。

サマエルに喰われても弱体化するにとどまり、命を繋ぎ止めた“無限”の体現者。記憶にある彼女の姿と、新たな自分を重ね合わせる。

出来るはずだ。彼女の心に触れ、在り様を理解できたダークネス(おのれ)ならば……“無限”を手に入れることを!

ダークネスの覚悟と想い、そして渇望する願いに宝石の種たちが力を放つ。

因子(ジーン)”より湧き上がる“魔法力《マナ》”が蒼き導きを受け、若き黄金の龍の新たなるチカラを創造した。

 

想いを背負う者(エクセリオン)』から『自ら光り輝く者(ソーラレイカー)』へ。

 

新たな自分の姿を明確なイメージ出来たことが切っ掛けとなり、遂に新たな形態へと進化を果たしたのだ。

と同時に、“無限”の名を冠する少女の持つ力の再現(・・)にも成功し、天敵であるサマエルとすら相対できる領域に至ることすら可能とした。

無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)

存在そのものが“無限”という規格外の龍神が宿す異能を独自の方法で再現した“技能(スキル)”。

その効果は一度取り込んだ“魔法力(マナ)”をそのままエネルギーとして放出するのではなく、自分用に調整を行った上で肉体の内部を循環させることにより際限なく……文字通りの“無限”に増幅するというもの。

魔法力(マナ)”とは人の意志の集合体であり、《神》という器を満たすエネルギーだ。

さらに、体内を“魔法力(マナ)”が循環することで肉体と言う“器”も、その許容量を爆発的に広げる。

その先にあるのは、総てが“無限”である彼女と同じ存在……無限の体現者。

そう。

無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)』を発動している間、ダークネスは肉体、魔力、精神……その総てが――『(無限)』となる。

彼がサマエルに喰われても無事だったのは無意識にこの“能力”を発動していたからにほかならない。

外側から削り取られるように存在を喰われるより早く、“能力”で生成した“魔法力(マナ)”を放出し続けることでソレを喰らわせ続けていたのだ。サマエルが喰っていたのはダークネスの肉体ではなく、彼用に調整(チューニング)された“魔法力(マナ)”。

雪菜の【固有結界】でサマエルの呪い――龍を喰らうと言う特性――が消失するまでの間、ずっと耐え続けていたのだ。

これこそ、かつての会合でダークネスが閃いた奥の手。

どれほど強大な存在であろうとも内包する力は有限であるという世界の(コトワリ)すら書き換えた、《新世黄金神》の新たなるチカラ……!

放出するチカラよりも湧き上がるチカラの方が多いお蔭で“魔法力(マナ)”の消耗が問題にならないとは言え、いつまでもサマエルを放置したまま自画自賛している訳にもいかない。

どこまでも草原が広がっている風景がぼやけ始めている――【固有結界】解除の前兆――以上、コイツの凶悪能力がいつ復活してもおかしくないのだ。

早々にケリをつける。

ダークネスの決断は速かった。

以前よりも輝きを増したよう龍槍剣を空目掛けて振り抜き、サマエルを天高々と打ち上げる。

と同時に地面を蹴り、飛翔。激痛に悶えながら爛々と怒りの激情を瞳に浮かべるサマエルを一瞬で追い抜き、無防備な背中へ組み合わせた両腕をハンマーのように叩き付けた。

背骨を粉砕され血反吐を吐きながら吹き飛ばされる方向を逆向きへ曲げられたサマエルの口から、言語に変換できない悲鳴が吐き出される。

だが、ダークネスの追撃は止まらない。

稲光を撒き散らす雷を纏った翼がひと羽ばたくだけで、彼の肉体は音速を凌駕し、光すら置き去りにする速度を叩き出す。SR形態の固有能力のひとつ、取り込んだ“因子(ジーン)”に記憶されている“能力”効果を自身に付与させる。

いまやダークネスは斃した敵の“能力”をいちいち発動させなくても、その効果だけを再現するまでに至っている。

大地へ向けて落下するサマエルへ追いついた瞬間、魔力光を放出する翼に纏っていた雷が拳へと移る。

雷を纏うことで破壊力を飛躍的に向上させた拳が、奈落の底を思わせる黒鱗に覆われたサマエルに突き刺さり、幾度となく打ち込まれていく。

乱舞と言う表現すら生易しい、文字通りの意味で光速を超えた速度によって放たれる拳がサマエルの巨躯をゴムボールのように幾度も弾き飛ばす。

大地へと直下していた黒き異形が見えない壁に弾き返されたかのように再び上空目掛けて吹き飛ばされる。

かと思いきや、即座に距離を詰めたダークネスの蹴りで吹き飛ぶ勢いそのままにベクトルが90度折れ曲がり、教会裏手に広がる山のひとつに落下……否、衝突(・・)し――山そのものが粉砕される。

撒き散る岩塵切り裂きながら尚も宙を突き進むサマエルが地面へ落下するよりも早く、かの者の前方へ再び回りこんだダークネスが繰り出すのは蹴り上げとも呼ばれる前蹴り。

人間に近い堕天使の顔面を痛々しくへしゃげながら、三度(みたび)、天空目掛けて蹴り飛ばされるサマエル。

視界が目まぐるしく変わり、今自分がどこにいるのかサマエルには理解できない。

雲を切り裂き、遥か宇宙の彼方に至ると錯覚してしまうほどの速度で一直線に跳ばされるサマエルに狙いを定めたまま追走し続けるダークネスの双眸がギラリと輝く。

両拳と足による連撃を叩き込みながら天へと昇る最中、弩弓を引き絞るかの如く腰だめに構えた右手の中に自身の魔力と合一を果たした無限の“魔法力(マナ)”が顕現する。

拳を握りしめると同時、たゆたっていたエネルギーが煌めく閃光と化して龍槍剣エクスレイカーとひとつになる。

現れたのは一条の光槍。金色の刀身を漆黒の鎖が包み、さらにその外側を蒼き燐光が覆い込んだダークネスと言う存在を体現したかのような幻想の産物。

内に宿りしは万物を屠る神殺しのチカラ。黄金神の守護聖獣が変幻した黄金色の槍が、遂に神々をも屠る神滅具へと昇華された瞬間だった。

自らの意志があるかのように軽やかに宙を舞った槍が、ダークネスの右腕に装着される。

直槍としての巨大さはそのままに手甲として一体化した拳を振りかぶり、龍翼が生み出す爆発的な加速で一筋の光となってサマエルへ迫る。

獲物を見据えた肉食獣の如き眼光が標的(サマエル)を捕捉し……新たな高みへと至った黄金色の龍の牙が呪われた蛇へと突き立てられる!

 

「『三十九式極天神滅撃槍(アルタードロンギヌス)』――!」

 

拳から放たれた閃光が着弾の寸前に無数の光槍へと分かれ――三十九もの『終焉を齎す聖槍(ロンギヌス)』となってサマエルの全身へ降り注ぐ。

骨を砕き、肉を焼き焦がし、サマエルと言う存在が宿す『龍喰者』という『概念』すら撃ち砕いていく。

《神》とは即ち、世界の理……常識と呼ばれる『概念』を定めた存在に他ならない。

ならば、神々を屠るために生み出された神滅魔法が、《神》の定めし『概念』を破壊できない筈がない――!

 

「ォ――……! ォォ、ォ……!」

 

全身を光の槍で撃ち貫かれながら、尚も何かを掴もうとするかのように手を伸ばすサマエル。

初撃で半分以上を消し飛ばされたかの者の顔は、まるで親とはぐれた迷い子のよう。

何かに怯える様に、誰かに縋るように伸ばされた腕は、無慈悲な極光に呑まれて消え去っていく。

果たして、光に飲まれたサマエルが元の世界、元の時間に戻れるのかはわからない。

もしかしたら、こちらの世界へ呼び込まれたと言う事実そのものが消滅することで、地獄の奥底で眠っていた時間軸に回帰するだけなのかもしれないし、文字通りの意味で完全消滅してしまうのかもしれない。

 

――だが。

 

いずれにしてもたった一つの事実だけは変わることが無いだろう。

そう……“龍喰者”サマエルは、遠き異界『ミッドチルダ』という世界において新世した黄金の龍神の絶技によって消滅(けしとば)されたのだ――……!

黄金の粒子に包まれて飛散していく龍喰者の欠片が宇宙(・・)の彼方へ消え去っていくのを静かに見送りながら、ダークネスは『無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)』を解除しつつ辺りを見渡し……嘆息する。

 

「……ずいぶんと遠くまで来たもんだ」

 

自分の事なのに呆れが多分に含まれてしまったのは仕方のない事だと思う。

人外になった自覚こそ持っていたとは言え、まさか生身で外気圏(・・・)にまで到達する日がこようとは思っても見なかった。高度は約一万キロ。成層圏やオゾン層の最高度が五十キロと言えば、普通の生物が生身で留まってよい場所でないと言うことがよく分かるだろう。

大気圏の外周部に位置する場所に浮遊するダークネスは、ほぼ宇宙空間と呼んで過言ではない真空の空間で、平然と呼吸しながら(・・・・・・・・・)足元に広がる星――ミッドチルダ――を見下ろしていた。

顔を上げて天を見やる。手を伸ばせばすぐ届きそうだと錯覚してしまうほどに近くの位置にある三つの月が目に写る。

実際には途方も無い距離が開いているのは間違いない。だが、今の己ならば労せず月面(あそこ)に足を付けることも容易なのだろう。

漠然とした認識だが、それくらいの児戯は容易いのだと更に深みを増した己の理性が、そう告げている。

 

『お館様』

 

突如響く重厚な声。

微細が異なる音程が紡がれた三重奏を彷彿させる従者の声に、ダークネスの意識が現実へ戻ってくる。

思案に暮れていたダークネスの傍ら、波紋の様な揺らぎを空間に生じさせながらソレは現れた。

黄金の鋼鱗に覆われた金色の三つ首龍。雄々しき翼を羽ばたかせ、魔力の粒子を舞い散らせながら転移を果たした《神の守護獣》が、進化を果たした主の姿を認め、歓喜の唸り声を漏らす。

微細が異なる三つの頭部でひとさら目を惹く彩色の違う瞳――深紫、真紅、極虹の三色――に見つめられながら、ダークネスが口を開く。

大気が存在しない場所にいることなど関係ない。声を出せば届くのだと、本能で理解していたから。

 

「ん? あぁ、お前か。その姿で現れたと言うことは……」

『はい。お館様が進化を果たされたため、守護獣形態の長時間維持が可能になりました。もちろん――』

「おい、それはまさか……出来るのか? 『合神(ユナイト)』を」

 

ダークネスが驚きの声を上げたのも当然だ。

この戦争が始まる前、彼自身から言われていたこと。

守護獣と奏手は、互いを高め合う協力関係……文字通りの一心同体の関係にある。

しかし、彼の先代奏手に比べてダークネスは未だ未熟な雛鳥。

極神としての真なる姿へ『合神(ユナイト)』できる領域(レベル)に至れていなかった。

そう――いなかった(・・・・・)のだ。

 

『ご心配めされるな。幼き殻を脱ぎ捨て、自らの翼で飛び立ったばかりの若鳥と言えど、貴方は確かに先代に比類する気高き黄金の心を宿されております。『黄金神の体』である(それがし)が確信を以て告げましょう。貴方様こそ、新たな世界を創世する守護神の後継者であると』

「おい、不必要に持ち上げるな。あの人たちが求める《神》になるかどうかまだわからんが、少なくとも、今はまだここ(・・)でやるべきことがある。そんな事より――」

『それも存じております。……ですが、やはり“因子(ジーン)”の数が不足しているのも事実。現在のお館様では、長時間の『合神(ユナイト)』に耐えられないかと。……申し訳ありませぬ』

「戯け」

 

申し訳なさそうに気遣いを見せる守護獣の頭を順番に軽くコツいてやる。

手首のスナップを聞かせた拳骨は、地上であればゴツンッ! と盛大な効果音を響かせていたに違いないほどの威力が籠められていた。

だが、当の本人たちにとっては軽いじゃれ合い程度のシロモノでしか無く、事実、几帳面に三つの頭部を順番に殴られてしまった守護獣が痛みに慄くわけでもなく、どうして殴られたのかわからないと言った風にきょとんと首を傾げていた。

意外と子供っぽい反応を見せる守護獣の様子に、くっくっく、と喉の奥で笑いをかみ殺すダークネス。

そんな主の反応の意味が理解できず、思わず三つの顔を見合わせてしまった守護獣にとうとう我慢できなくなったのか、後ろを向いて肩を震わせてしまった。

 

「ぶっ……! くくっ……な、なんだその息の揃ったリアクションは……っ!」

『あ、あの……お館様?』

「~~っはぁ……あ~、久しぶりに笑わされた気がする。ありがとうよワイバリオン、お蔭でハラが決まったよ」

 

手の甲で目尻に浮かんだ涙を拭いつつ振り返ったダークネスの顔は、日常の彼と同じどこか不遜さを感じさせる表情(もの)

手に入れた圧倒的な力に酔いしれかけていた己を律してくれたのみならず、適度に緊張を和らげてくれた己の(・・)守護獣に感謝を抱く。

最も、礼を告げられた本人は何の事やら? といった感じであったが。

 

「ひとつ聞かせてくれ。俺が『合神(ユナイト)』を維持できる時間はどのくらいだ?」

『え? あ、ああ、そうですな……。ふむ、現在のお館様ならば――五分程度が限界かと』

 

たった五分。しかし――彼女と決着をつけるには十分すぎる。鋼の鎧を纏って相対する己と『彼女』の姿を幻視して、ダークネスの闘志が燃え上がる。

有耶無耶になった雪菜と決着をつけるのも忘れた訳ではない……が、己にとって英雄騎はこの姿(SR)へ至るための訓練相手(・・・・)という認識だった。不必要に執着する必要性も無いだろう。やはりここは“ⅩⅢ”を始末した後、当初の予定通りに市街地へ進行して『彼女』と決着をつけることを優先するべきだ。

組んでいた腕を解き、『無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)』を解除したことで鎧が変形――胸部と両肩の龍顎が閉じ、スライド解放・展開されていた鎧や翼が元の状態に収まる――し終わるのを見届けてから、従者であり家族であり守護獣でもある()へ向き直る。人ならざる道を歩み始めた主として、最初の命令を下すために。

 

「エクスワイバリオン……いや、違うな。今のお前にはもっと相応しい名こそが相応しいか。――『暴龍帝 インペリアルワイバーン』よ。《新世黄金神(おれ)》と共に戦場を駆ける覚悟はあるか?」

『――是非も無しッ!』

「ふ……ならば往くぞ我が守護獣(はんしん)。この闘争(たたかい)に勝利し――彼らが待つ高みへ登り詰めるために」

『応!』

 

主を騎乗させた黄金の三つ首飛龍が遥か天空から飛翔する。

目指すは教会の執務室にこもっているであろうNo.“ⅩⅢ”……カリム・グラシアの首ただひとつ。

煌めく星々を抱く深淵の闇夜を切り裂く金色(こんじき)の主従が、ミッドチルダへ帰還する。

その瞬間、戦場となる都市部から避難を済ませたクラナガンの住人たちが、ミッドチルダに生きる全ての生物たちが、不意に抱けらから呼ばれたような錯覚を覚えて天を仰ぎ……光を見た。

遥か彼方に奔る一条の輝き。

誰もが目を奪われてしまるほどの神々しくも美しい黄金の煌めきが流星となってミッドチルダへ飛来していく。

星を周回するかのように天空を切り裂いて飛ぶ閃光は身体の芯を凍えさせるほどに恐ろしくもあり――魂を震わせるほどに神々しかった。

誰かが言った。「神さまが舞い降りたんだ」、と。

そんなおとぎ話のような言葉を、笑い飛ばすことが出来るものはいなかった。

戦場となっているクラナガンのある方向へ落ちていく黄金の光に戦争の終焉を連想し、誰もが呆然と空を見上げ続けていた……。

 

 

――◇◆◇――

 

 

時は僅かに遡る……。

雪菜が【固有結界】を発動させ、ダークネスがサマエルに逆襲を開始する少し前、教会執務室で相対していたはやてとカリムたちにも動きがあった。

宗助の向かった訓練棟を一瞥するカリムにはやてが声をかけるよりも早く、彼女らの前に立ち塞がるように歩み出るローラと護衛役のシスター。

はやてを下がらせつつ自らも前に出たシグナムとリインが睨み合う形で向かい合う中、それは起こった。

 

「ン……? あの光は……?」

 

眩い輝きに包まれる教会の一角。

それは宗助たちの戦いが繰り広げられた訓練棟を包み込む様に広がった【固有結界】によるものだった。

魔導技術では説明のつかない不可思議な術式にローラが怪訝そうに眉を顰めるのに対し、参加者であり転生者でもあるカリムは大凡の予測がついたらしく、忌々しそうに下唇を噛みしめていた。

雪菜らしき人影が建物へ駆けこんで行ったのを見ていたこともあって、アレが英雄騎の行ったものだと推測できたのだろう。

 

「……やはり、うらやましいですよね。自分の想いを……意志を貫くための戦う力を持っている方が」

 

他者へ異能を授ける事は出来ても自らが戦うための力を持つことが出来なかったカリムは、この世界の常識では計り知れない異能を平然と使いこなす他参加者をうらやましくも思うし、妬ましくもある。結局のところ、自分はどこまでいっても他人頼りなのだと悲嘆を抱いてしまったのだ。

 

「あれはたしか雪菜君の切り札やったな。ちゅうことは……っし! リヒトもルーテシアちゃんもきっと無事や」

 

雪菜から予め手の内……魔術や【固有結界】についてある程度の説明を受けていたはやては、あちらの戦闘が雪菜たちの勝利に終わったことを察し喜びを顕わにする。

仲間たちの勝利を確信し、自らも役目を果たすべくかつての友へ言葉を投げかけた。

 

「ここまでや、カリム。アンタも予想しとるやろうけど、あれがウチの切り札のひとつ、英雄騎の力や。あれが発動した以上、我が家の天使とそのお友達は返してもらうわ」

「ずいぶんと気が早いわね。まだ戦いに幕が下りた訳ではないわ。それに――ここで貴女を斃す事が出来れば、まだまだ私たちの優位は揺らがない。頭を潰された組織が途端に脆くなるのは歴史が証明しているからね」

 

ローラの瞳の奥に剣呑な光が宿る。

それは確かな敵意。苛立ちまじりの怒気を抱いている事を察し、ローラは無言を貫いていた。

舌戦はカリムの役目だと、そう納得しているから。

 

「カリム……もう、終わりにせえへんか?」

「終わり? なにが終わるというの。私たちの問答? それとも戦争の結果かしら?」

「全部や。聖王教会が矛を収めてくれるっちゅうなら、私が全力で管理局側の前線部隊を止めてみせる。そうしたら、後はスカリエッティ一味を逮捕して終わりや。確かに人造魔導師として最高評議会に作りだされて利用されたっちゅう立場には同情する。けど、奴らは自分の意志で犯罪を……生命を弄ぶことを楽しんどる。そんな奴らを野放しにしておくことなんて出来ひん」

「――無理よ。例えここで私たちが敗北をきっしようとも戦いは止まらない。動き出したうねりは総てを薙ぎ払うまで収まることはないの。第一、この戦争は管理局やドクター・スカリエッティ、聖王教会だけの問題じゃないわ。もっと大きな世界の理……世界という概念が滅びへと向かっている現実を変えるための聖戦なのよ」

「そもそも、本当の事なんか? 儀式の勝者が誕生しないと総てが滅ぶなんて……。そんな話、花梨ちゃんらは言ってなかったで」

「本当の事よ。だって私が自分を転生させた《神》から直接知らされた真実なのだから」

 

カリムが自らの欠陥……《神》の候補者となるべき肉体を与えられず、『転生』ではなく『憑依』してしまった事実を告げららた時、打ちひしがれる彼女に思うところがあったのか、儀式について当事者である参加者たちに開示されていなかった情報を語られた。

 

曰く、彼女たちが生きる世界は儀式のためだけに創造された箱庭のようなもので、元々儀式の間だけ存在を維持できていればいい程度の、ひどく脆い場所であったこと。

それ故に、世界を滅ぼせるほどの力を身に付けたダークネスに自制するようなルールを定めたり、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』というシステムを組み込むことで世界への負荷を最小限に留めることにしたことを。

そして……、

 

「あの方はこうも言ったわ。《儀式が終わった後も世界を残せばどうなると思う? 人間とは力を得た途端に我欲を増大させる生物だ。“能力”というチカラを歯度したまま生き残ってしまった参加者共(はいぼくしゃども)は、きっとその身に宿る異能を欲望の赴くままに揮う事だろう。他者を傷つけ、欲望を満たすために。……同族となれたかもしれぬ存在が堕落する様など我らは見たくないのだ。だからこそ、儀式が不完全に終わった場合は、速やかに総てを無に還すことが決まり事なのだ」……とね」

 

超常の存在であるが故に、高潔さを求めるのかもしれない。

自らが見定めた存在が堕落する姿など、彼らにとって目にすることも悍ましい汚点なのだ。

故に、もし失敗した場合は総てを消去することで『なかったこと』にする。

見たくない未来など完全に排除し、もう一度初めからやり直せばいい。

無限に等しい時を生きる神々にとって、一瞬のきらめきにも似た人間の生など所詮はその程度のモノでしかないということか。

だからこそ、彼らはダークネスやルビーに注目しているのだろう。

人の身でありながら、限りなく《神》に近い力を有し、世界の終焉を察するだけの知力をも兼ね揃えて儀式に挑むその姿に共感じみた感情を抱いたから。

 

「そんな……!?」

 

はやては愕然とした表情を浮かべた。

ダークネスが花梨の手を振り払って闘争を選択した理由にようやく気づいたからだ。

彼はずっと以前から……もしかすれば最初から見抜いていたのかもしれない。“神造遊戯(ゲーム)”と言う儀式に込められていた人ならざる者たちの歪みに。

だからこそ戦いを肯定していたのだろう。

儀式に勝ち残るにしろ、神々の定めた概念(ルール)を打ち破るにしろ、更なる力を身に付けることは必要不可欠だと気づいていたから。

おそらくそれはルビーも同様なのだ。

リインフォース・アインスのコアを略奪し、紫天の一派を取り込んで聖王教会とまで協力関係を結ぶように仕向けた。全ては儀式の勝利で手に入る力……“因子(ジーン)”を欲するが故に。

 

「――それでも、諦めることはできへんのや」

 

それでも、だ。

例え世界の寿命が最初から定められていたとしても……ここで足踏みする理由にはならない。

かつてクロノの放った言葉……『世界はこんなはずじゃない事ばかりだ』。

それは真理であり確固たる事実だとはやては思う。だが同時にこうも考える。

それほど凄惨で恐ろしい『こんなはずじゃない事(みらい)』が立ちふさがったとしても、そこで精一杯足掻き続けることこそが“今”を生きている自分たちの務めなのだと。

そう思うから。

 

「可能性はゼロなのかもしれん。刻限を迎えてしまったら、私たちは存在することも許されない運命だったのかもしれん。けど、最初から全部を諦めて間違った道へ進もうとしとる友達を見捨てる様なかっこわるい真似だけはでけへんのや」

「間違っている……ですって……ッ!? ふざけないで! 私はっ、自分の運命が滅びを定められているのなら、せめてこの世界の人々だけでも救って見せようとしているのよ! それのどこが間違っているって言うの!?」

「間違うとるやろが! なんで……っ! なんで話してくれへんかったんや! もっと早くカリムの事とか教えてもらってたら、もしかしたらいい策が思いついたかもしれへんやんか!」

 

世界の消滅を免れる手段など、早々思いつかない。

だがそれでも、《神》の力の一欠けらを宿す参加者同士が手を取り合い、協力することが出来れば、もしかしたら解決案を導き出すことができるかもしれない。

例えば、この世界を支配する滅びの定めと言う『概念』を“能力”で書き換えたり、異能で新しい世界を創造してそこに全住人を移り住ませるなどの手段が実行できたかもしれないのだ。

はやての呼びかけ……いや、もはや叫びにも似たそれを正面から受け止めた上で不可能だと一瞥するカリムの瞳はどこまでも暗く、冷たい。

 

「話す? ……ふざけないで。現実から目を背けて、悠々自適に日常を過ごしていた人たちなんて信用できるわけないじゃない。大体、最強と最凶が儀式を肯定している時点で、貴方の言う絵空事は試す価値も無い悪手だと断定されているようなものでしょう」

 

総てを見抜いた上で儀式に準じる決断を下したダークネスとルビー。

彼らが選択を誤るとは考えにくく……それ故に、他に道はないのだと示された。

更に言えば、真実を知り、背後から忍び寄ってくる死への恐怖に抗いながら生きる道を模索し続けてきたカリムの目には、儀式で犠牲を出さないと謳いながら、犠牲を量産し続けている筆頭(ダークネス)と縁を結ぼうとしている――少なくとも、彼女にはそう見えた――花梨と手を取り合うことなど出来るはずも無い。

彼女からしてみれば、同族と思っていた存在ですら手に入れることができる未来への希望すら掴むことを許されない自分に手を差し伸べる者がいたとすれば――それは自らが上位の存在であると格付けした傲慢な輩に他ならず。

同情や哀憫の視線に曝されてまで他参加者の庇護を受けることを認められるほど、彼女の誇りは安い物ではなかった。

 

「毒のように甘ったるい理想を語るだけで現実的な手段を見つけることが出来なかった彼女たちに協力したとして……どうなったと思う? 管理局と教会の戦力が一つになった最高の戦闘部隊が完成する? それとも最大数の参加者が手を取り合った同盟が結ばれるかしら? なるほど、確かにそれはものすごい事よね――でも、無駄よ。どんなに強い武力を造り出したとしても、最強の揮う暴力には敵わない。どんなに知恵を集めた所で、最凶の叡智には遠く及ばない。どんなに信頼を強めようと……理不尽な現実から逃れることはできない。それが真実。これが……この世界の理なのよ」

 

だから世界に、神々へ反旗を翻した。

ぴーぴー騒ぐしかしない連中なんかに頼らない。

滅びが定めというのなら、限界まで抗い続けてやる。

夢想家なんかに、自分の未来を委ねてなんかやらない。

例え、儀式に無関係でいられた筈の人々を巻き込み、力を借り受けても……最後まで足掻きぬいてやる。

不退転の覚悟を抱いたからこそ、儀式のルール変更を彼らにのませることが出来たのだとカリムは信じている。

 

「カリム、私は――」

「舌戦はその辺でいいやろぉ? これ以上の問答は意味ねぇなりけりよ」

 

揺るがぬ信念を感じとりつつも、尚、対話を続けようとしたはやてを遮り、ローラが言う。

自らの滅びを受け入れ、その上で力無き人々のために全てを捧げると決めた親友の力となることを誓った。

この身は次期教皇にして聖女(カリム)の剣。故に、己のとる行動はすでに決まっている――!

 

「私らは戦争に勝って、カリムを勝者にしたい。アンタらは私たちを止めたい。やったら、やることはひとつだけやろ?」

 

“十三”と刻印された十字架型の待機デバイスを起動、余計な装飾が一切存在しない身の丈を超える直刀が実体化し、ローラの手に収まる。

相応の重量がある筈のソレを片手で軽々と振るい、切っ先をはやてたちへ突きつけつつ、不遜な笑みを浮かべた。

 

「勝った方が負けた方に言うこと聞かせられる。……これでどや?」

 

あからさまな兆発。

だが、ある意味で真理を突いているとも言える発言に反応したのは、やはりと言うか騎士である彼女たちだった。

 

「――よかろう。その挑戦、我ら夜天の騎士が受けて立つ」

「ですっ!」

 

愛剣の鍔を押し上げながら前に出るシグナム。

ローラの全身から立ち昇る闘気が、これ以上の問答は不要だと言外に告げていた。それを理解したからこそ、シグナムははやてを後ろへ下がらせる。

主の役目はカリムとの対話。

ならば、騎士であり剣である自分たちの戦場は……こちらだ。

 

「ま、結局こうなるわな。どのみち他に選択肢なんざありゃしないんだから」

「……良いだろう」

 

前哨戦の終わりを見計らい、『剣』たちが前へと踏み出す。

彼女たちは力にして武具。信じる主の、友の願いと想いを押し通すための露払いを受け持つベルカの騎士。

言葉で止まる様な生半可な覚悟など、最初から持ち合わせていなかったのだ。

 

「私らはカリムの言葉こそ真実だと感じちょる。ちび狸が何をほざこうと、この思いは変わらんよ。……まず手始めにここでお前らを倒し、小娘共の相手で消耗しとる“十一”(雪菜)“十二”(宗助)を始末するとしようかや。“Ⅰ”(ダークネス)は罠にはまって脱落しとるし、“Ⅵ”(花梨)“Ⅱ”(ルビー)」に相手をさせればよいけりな」

「そして最後にはスカリエッティ一派を貴様らが倒すことで騎士カリムを儀式の勝利者として祭り上げるつもりか。だが、そううまく事が運ぶと本気で思っているのか」

「『うまくいくか』じゃねぇよ。――『やる』だけだ」

 

胸に宿すのは不退転の覚悟。

揺るぎ無き信念を込めた刃を煌めかせ、ひとりの騎士として名乗りを上げる。

 

「聖王教会筆頭騎士 ローラ・スチュアート。二つ名は“劫火の教皇”」

 

燃え盛る炎を具現化した魔力が刀身を鮮やかに彩り、まるで芸術品のごとき美しさを醸し出す。

コートのような法衣を翻し、優美に反った日本刀を思わせる抜身の大太刀を構えて戦意を高めていく女騎士を前にして、彼女もまた名乗りを上げる。

 

「時空管理局機動六課所属、シグナム二等空尉。二つ名は“烈火の将”」

 

静かな、さえど燃え盛る紅蓮の闘気を滲ませた夜天の騎士が鞘から抜き放つのは“炎の魔剣”、銘を【レヴァンティン】。

大気を焦がす炎の魔剣は、まるで高みへ至らんとする兄弟機(フランベルシュ)に後れを取るまいと、熱く、滾るかのように凛然と輝く魔力を放つ。

 

「ローラ」

「シグナム」

 

主であり、友であり、家族でもある彼女たちにこれ以上の言葉は不要。

この場ではただの『剣』としてあらんと望む本人たちの想いを汲み、ただ一言を告げる。

 

「「武運を」」

 

それは百万の声援に等しき……鼓舞。

血液が沸騰する。

心の臓が激しく鼓動を繰り返す。

リンカーコアが無尽蔵に魔力を生成し、遥か天空の雲すら切り裂くことができるかのような力の奔流を感じる。ここが……こここそが、己の全てを賭けるに相応しい戦場なのだと、本能が理解した!

故に……!

 

「いざ――」

「尋常に――」

 

飾った言葉などいらない。欲するのは勝利ただひとつ。

不退転の覚悟と騎士たる者にしかわからぬ歓喜に胸を焦がす二振りの『剣』が今――交差する。

 

「「勝負!!」」

 

一歩で間合いを潰した両雄の刃が交差し、乱壕なる剣戟の嵐が吹き荒れる。

現代(イマ)古代(カコ)、異なる時代において最高の騎士と称された戦乙女たちの決戦が切って落とされた。

 




という訳で日常編から匂わせていたダークさんの切り札その1は、ウロボロスモードへの変身でした。総てが無限って、なにそれチートすぎだろと原作D×Dを読んで一人ツッコミをしたのはいい思い出です。

ちなみにダークさんの戦闘力を某戦闘の天才さんに当てはめてみると、

①第一形態 ⇒ 通常状態
②第二形態(『神なるモノ』) ⇒ 20倍界王拳
③《新世黄金神》 ⇒ 超サイヤ人
④EX ⇒ 超サイヤ人2
⑤超龍皇形態 ⇒ 伝説のスーパーサイヤ人(ブロリーさん)
⑥SR ⇒ 超サイヤ人3
⑦『無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)』発動時 ⇒ 超サイヤ人ゴッド

――となります。実力の方も、まあ……大体同じくらい? カモ。

次回はローラvsシグナムと、謎のシスター関係のフラグ回収を予定。
出来る限り早く完成できるよう頑張ります。
では、また次回。



●作中登場した魔法解説
・『無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)
使用者:ダークネス
取り込んだ”魔法力(マナ)”を自分専用のエネルギーとして変換、増幅させることによって無限の魔力を得る技能《スキル》。同時に、肩や胸部の龍頭を模した外甲や鎧の各部がスライド展開し、蒼い魔力粒子の流れるラインが全身に現れる(イメージはユニコーンガンダムのデストロイモード)。体中を循環する魔力で肉体そのものも限界値が存在しない無限の存在へと昇華されるというトンデモスキル。

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