魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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相変わらずの文字数(笑)。
詰め込みすぎな気がしないでもないですが、やっぱりキリがいいのでこのままいきます。

今回は教会サイドの2幕目、宗助くんが中心のお話になります。



新たな覚醒

「ずいぶんとご機嫌のようやね。そんなにええ事があったんか?」

 

静かな、敵意も悲嘆もない、ただ平坦とした問いを投げたのは、カリムに宛がわれた執務室へ普通に入室したはやてとシグナムだった。デバイスとバリアジャケットを展開させ、背後には臨戦態勢を取るリィンとシグナムを従えた夜天の王が予言の騎士にして最後の参加者であるカリムと相対する。

 

「ええ。定められた物語の主人公様を退場させられたんですもの。嬉しくない訳が無いでしょう?」

「主人公? 最後の敵、魔王ポジの間違いでは?」

「浅はかなりねぇ。真実知らぬ小道具は所詮その程度っちゅうことなりかね。私たちが参加させられてる喜劇の真実にま~だ気づけてねぇとはなぁ」

「貴様……!」

 

呆れたように吐き捨て、はやてを睥睨するローラ。

ハッキリと分かる侮辱の言葉に、シグナムの手が【レヴァンティン】の柄へと伸ばされる。だが、それに待ったをかけたのは彼女の主である八神 はやてだった。

片手を上げ、静止を命じる。

 

「落ち着きいシグナム。ちょい黙っとれ」

「ですが主!」

「――聞こえんかったんか? ウチは『黙れ』と言ったぞ」

「――はっ」

 

王たる少女の覇気を間近で浴び、冷水をブチ撒けられたように怒りを鎮火させるシグナム。

片膝をつき、首を垂れる彼女の肩は小刻みに震えていた。騎士の誇りを汚されたことに対する怒りによるもの……ではない。

忠節を捧げる主の成長の瞬間に立ち会えた事に対する歓喜の震えだった。

臣下を率い、先陣を駆ける王と忠義の騎士もかくやという二人の姿に、カリムは眩しいモノを見るように目を細めた。

 

「ふふっ、騎士として忠節を尽くすその姿、見事なまでに理想的なベルカの騎士としての在り様ですね」

 

戦闘型のローラと護衛らしきシスターが両脇に控えているとはいえど、余裕を微塵も揺るがせないカリムの態度に、はやては不気味な威圧感を感じずにはいられなかった。

 

あまりにも自然体な態度は、彼女の知るカリム・グラシアと言う人物のありのままの姿だったからだ。これほどの騒動を引き起こしておきながら危機感を感じさせないその態度。

それはまるで、はやてらの存在など脅威にすらなりえないのだと確信しているかのようだ。

警戒するはやてたちをわがままを言う子どもを叱りつける母親の如き表情で見ていたカリムの視線が、不意に、窓の外にある研究棟のひとつへと向けられた。

 

「……なるほど。英雄騎を陽動にして潜入した貴方たちが私を抑えている間に、別行動を取った神狼の騎士が『彼女たち』を取り戻そうと言う訳ね。お互いを交互に囮とすることで互いのフォローを両立させる……。なかなかうまい手だわ。単純なようでいて、相手を信じる心がないと成立しない策ね」

「ずいぶんと落ち着いとるな。ひょっとしてまだ手練れを潜ませたりしとるんか?」

「いいえ? 前線に出陣する戦力を疎かにできない以上、部隊指揮も出来る熟練の騎士たちを残す余裕はないわ。――でもね、私たちの戦力は何も騎士だけじゃあないのよ?」

「なんやと……?」

 

 

――◇◆◇――

 

 

「ああ、宗助! 会いたかったよ。さあ、お父さんの胸に飛び込んでおいで」

 

研究棟の一角にある模擬戦用の訓練場らしき場所で、とある親子が再開を果たしていた。

しかし、心を震わせるように感動的な空気などそこには無く、あるのは冷然とした緊迫感だけだった。

怒りを収める様子も見せず、牙を剥き出しにして唸り声を上げるのは五mサイズで顕現したフェンリル。

その傍らで黒茨の槍を構え、切っ先を向かい合う男――父を名乗る科学者然とした中年――へ突きつけているのは、攫われた幼馴染たちを救うためだけ(・・)に乗り込んできた宗助だ。

大切な人たちを奪われ、尊敬する母を貶める様な真似をした“敵”を射殺さんばかりに睨み付けている。

一方、喉元に刃を突き付けられていると言うのに心から嬉しそうに破顔する研究者姿の男。

討論会の映像で、宗助の実父を名乗った男だった。

しかし、彼の眼は再開を果たした親子の対面とは似つかわしくない……まるで実験動物を観察するかのようなもの。

温かみなど微塵も感じさせない、冷ややかな感情が瞳に浮かび上がっていた。

にもかかわらず、目以外の器官は言い表せないほどの喜びを表現しているのが、何ともチグハグで、歪な印象を相手に感じさせる。

緊迫した空気の中にありながら喜悦の笑みを隠そうともしないのは息子が自分を傷つける訳がないと高をくくっているから……などではなく。

 

「ほほぅ! それが神獣、神殺しの狼かい! 何と言う神々しさと禍々しさなのだ……しかもこの槍! 有象無象のロストロギアとは一線を介する異能を秘めているのか!」

 

好奇心を刺激された子供のようにはしゃぐ男。この者にとって、再開を果たした息子へ向ける感情は、人智を超えた存在が与えた宗助の持つ異能への関心でしかないのだ。もしこの場に彼の妻……宗助の実母がいたとしても同様の反応を見せていたのは間違いない。

何故なら彼ら夫婦にとって息子と言う存在など、忠節を尽くす教会へ提供する(ほうしさせる)ために用意した『作品』でしかないのだから。

愛情などと言う感情は最初から存在していない。

あるのは天文学的な確率で舞い降りてきた幸運……“参加者”を子として授かったと言う事象を最大限利用しようという打算的な思考のみ。

故に宗助は、家族への愛ではなく、肉親と言う“都合の良い道具”としてしか息子を認識できない輩などに、今更心変わりを求めていない。宗助にとって、本当の家族と呼べる存在は花梨とフェンリルのみ(もしかしたら、近い将来ドラゴン的な一団がその中に加わることになるかもしれないが)。

ここにいる目的は、あくまでも人質の救出。そして、こうなった元凶でもある敵の排除だ。

槍を握る腕に力を籠め、怒りの感情を乗せた眼光を眼前の男へ叩きつけながら、告げる。

 

「おい、父親的な行動マニュアルに沿った台詞ばっかり吐いても俺の心は揺るがねぇぞ。グダグダ言ってないでリヒトとルシアを返しやがれ」

「ふ~む? 統計学的に見ると、息子と言う生物は父親から認めているんだよ~的な発言を受けると喜ぶ確率が高いハズだったんだがな。これは改めて検証する必要があるか」

「てめぇ……! ふざけるのも、いい加減に――ッ!?」

 

宗助の追及を無視して懐から取り出したメモ帳にペンを走らせる男に、槍を構える腕が怒りで震える。

一瞬、このまま突き殺してやろうかという危険な考えが湧き上がった瞬間、訓練場の奥にある扉のひとつが唐突に開き、鋭く輝いた刃の群れが飛来してきた。

明らかに自分を狙った攻撃を舌打ちをつきつつ迎撃する。

槍を風車のように振り回しながら飛来する紅と黒の刃を叩き落す。

キンッ! と甲高い金属音と共に打ち払われ、床へと落下した刃が連鎖的に砕け散っていく。

光の粒子へと変化……いや、戻り(・・)ながら消滅していくのは、魔力で生み出された魔力刃……【ブラッディ―・ダガー】と【トーデス・ドルヒ】。

 

「これって……まさか!?」

 

見覚えのある魔法に動揺を隠せないまま振り返った宗助の前に小柄な影が並び立つ。

扉の向こうから現れ、初春を思わせる温かさを微塵も感じさせない、虚無に染まった瞳でこちらを見つめてくる少女たち。

雪の妖精を思わせる銀の髪が目を惹いていた少女は、拘束具を思わせるベルトを至る所にあしらわれた漆黒の騎士甲冑を纏っていた。

頬や二の腕には真っ赤に脈打つ魔力のラインが文様のように刻み込まれ、黒き三対六枚の堕天の翼を羽ばたかせる闇の妖精を彷彿させる出で立ちとなった――八神 リヒト。

真夏の太陽を思わせる笑顔の似合う紫の少女は、黒いワンピースのようなバリアジャケットに身を包み、頬や二の腕にリヒトと同様の文様が刻まれている――ルーテシア・アルピーノ。

両手に嵌めたデバイスらしきグローブの鮮血の如き赤が、見る者に痛々しい印象を与えてくる。

どちらも瞳の色彩が完全に欠落していて、人形じみた不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「リヒト……! ルシア……っ!」

『なんてこった……』

「うふふ、気に入って貰えたかしらぁ?」

 

変わり果てた幼馴染たちの姿に言葉を失う宗助とフェンリルの耳に、甲高いヒール音が届く。

振り返ると、いつの間に現れたのかレディスーツの上に白衣を纏った女性が男……宗助の実父の傍らに並び立っていた。

 

「お母さんからのプレゼント、どうやら悦んでくれたみたいねぇ。母親冥利に尽きるってヤツかしらぁ♡」

 

くすくすと笑みを浮かべながら現れたのは宗助の実母を名乗る女。

顎に手を当てて満足そうに頷いていた男は、女に視線をやりながら作品(・・)の出来を評価し始めた。

 

「うんうん、夜天の書の転生体と召喚士の調整は完璧みたいだね。また一つ聖王閣下のお役にたてるわけだ」

「その通りですよ、あなた。しかも参加者(むすこ)という兵器(せいか)まで提供できるなんて……! ああっ、まさに聖王閣下のご加護があってこその幸運と言って過言でないわぁ!」

「いや、まったくだよ。さあ、宗助、お父さんとお母さんのところに戻っておいで。今よりもっと閣下のお役にたてるように私たちが調整(きょういく)してあげよう」

 

邪気のない笑顔で手を差し伸べてくる。その顔は、宗助が従順な態度を見せると信じて疑わないが故のモノだった。

しかし、

 

「ふざけんなよテメェら……!」

 

宗助がその手を取ることなどありえるはずもない。

先程とは比べものにならない殺気を放ち、今にも跳びかかりそうな己の身体をギリギリ残された理性で抑え込み、必死に耐える。

想定していたとはいえ、ここで軽はずみな行動をとってしまったら、リヒトとルーテシアを救い出すと言う目的が達せられないかもしれないからだ。

だが、怒りに震える宗助を前にしてもなお、有栖夫妻の態度は揺るがない。それどころかむしろ、何故宗助がこんなにも感情を荒げているのか意味が湧かあないとでも言いたげな様子で首を傾げていた。

 

「あらら? もしかしてこの子たちは俗に言うところの性欲処理関係(こいびと)と言う関係だったのかしら? あらあら、ごめんなさいねぇ、気が回らなくて……。そう言う事なら――」

 

 

 

 

「――夜の奉仕も出来るように再調整してあげないとね♪」

 

 

 

 

 

宗助の怒りは、自分が所有する性欲処理の道具を弄られたことに対するものだと『本気で』考えた女が性の奉仕に関するデータを用意しようと検索を始めた。

その姿に、言葉に、自分や彼女たちを人間としてひとかけらも認識していないのだと改めて実感させられた宗助はゆっくりと呼吸を整えつつ、決断を降す。

 

「――そっか、よくわかったよ。俺が大切な奴らを救い出すためには……お前らをブッ飛ばさないといけないってことがなぁあっ!!」

 

それは訣別の言葉。実の両親を倒し、かけがいの無い幼馴染である彼女たちを救い出すと言う誓い。『有栖 宗助』ではなく、『高町 宗助』として生きる道を選んだと言う決断!

宣告の叫びと共に槍を構えて突撃を仕掛ける宗助。リヒトとルーテシアに背を向けて、最短距離で()両親へと迫る。

だが、彼の前に立ち塞がるのは、やはり調整と言う名の洗脳を受けた守るべき少女たちだった。

拳を握りしめ、黒い雷を纏わせた細腕を振りかぶり、突きだされた槍に向けて殴りかかってきた。

 

――やべっ!?

 

咄嗟に足を止めて攻撃を止めようとする宗助だったが、急停止をかけた直後の硬直状態を突かれ、魔力強化をかけたリヒトの拳をまともに受けてしまう。ギリギリのところで引き戻した槍柄で受け止めることが出来た物の、予想以上の衝撃が両腕に襲いかかり、一瞬、腕の感覚を失ってしまった。まさに、骨まで響く一撃。付与された魔力雷が肉体の表層を伝って宗助に襲いかかったのだ。

電撃の影響で槍を握る手に力が籠らずに無防備な横原を晒してしまった宗助へ、身を翻したリヒトの回し蹴りが叩き込まれる。

 

「ぐっは……!? な、なんだこの力っ!?」

「素晴らしいだろう? 夜天……いや、闇の書の管制人格が有していたと言う絶大な戦闘能力の復元に成功した作品の出来栄えは。転生体の深層心理に記憶として残されていた闇の欠片を増幅し、制御するなんて早々できるものではないよ! 魔導科学だけでは不可能だった理論を、騎士カリムより授かった叡智で補うことによって完成させたんだ! たしか……呪術とか言ったかな?」

 

男が高説を垂れている合間にも少女たちとの応酬は続く。

宗助は槍の能力を生かし、石突きや薙ぎ払いなどで攻撃を命中させることで体力を削り取り、無力化できないか狙いをつけるが、打撃が直撃してもモノともせずに反撃を繰り返すリヒトに守勢とならざるを得ず、打開策を見つけることが出来ない。

相棒の援護に向かいたいフェンリルだが、彼はルーテシアが召喚した巨大な甲虫『地雷王』の過重牢獄結界に囚われ、身動きが取れなくなっていた。

普段に比べて二回りも巨大化した地雷王の能力は強力で、無理やり魔力ブーストをさせることで強制的に限界以上の能力を引き出されている。

術者や召喚蟲を消耗品、代えの利く部品として利用されている何よりの証拠だ。

事実、ルーテシアの口端からは鮮血が溢れ出し、主を傷つけるという望まぬ使役を受けている地雷王たちも悔しげな鳴き声を零していた。

 

「ふむむぅ……? スペックが規格値を満たしている反面、強度的な問題が残されていたか。まあ、生体部品をキモにしているんだ、こればっかりはいかんともしがたいな」

「強度……だと……っ!? まさか……貴様ら!?」

 

重力の檻に囚われ、押し潰されそうになりつつも立ち上がらんともがくフェンリルが眼を見開く。

人間よりも優れた神獣としての聴覚が、ルーテシアのみならず、宗助と撃ち合っているリヒトの異変を察したからだ。

それは、十年前の事件で起動直後の初代を彷彿させる戦闘力を無理やり引き出されたリヒトの幼い身体が上げる悲鳴そのもの。

骨が軋み、血管が破れ、筋線維が断裂していく。プログラム生命体故の強靭さを持たない、純粋な人間として転生したリヒトに無理やりかつての闇の書時代を彷彿させる力を再現させているのだから当然のことだ。

騎士甲冑の節々に浮かび上がる黒いシミが、彼女の肉体が限界を迎えつつあることを物語っている。

 

「かふっ……」

「――ッ!!」

 

宗助の頬に掛かる赤黒い液体。吐き出した鮮血で口周りを汚し、真っ赤なナミダを流すリヒトの顔ははやり感情を感じさせないもの。

だが、宗助の胸には……心には届いていた。リヒト、ルーテシア、地雷王たち……彼女らの心が泣き叫んでいる事を。

 

「待ってろ……必ず助けるから!」

 

宗助は唇を噛み千切らんばかりの形相でリヒトが繰り出す猛攻を凌いでいく。

すでに彼女の体力は削り取っている筈だ。宗助からの攻撃はもちろんだが、初撃以降まったく遠距離魔法を使う素振りを見せずに肉弾戦を続けている彼女の拳や蹴りを槍で受け止める際、受け流す様に槍の角度を変えて槍刃の腹と触れるように捌いていたのだ。

“刃の部分に触れた対象の体力を一定値削り取る”のがこの宝具の真骨頂。通常ならば、少なくとも十数合は撃ち合っている筈のリヒトの体力はすでに枯渇している筈だ。なのに、彼女は止まる兆しを見せない。

まるで底なしの体力を秘めているかのような錯覚を覚える光景……だが、そんな者が現実に居るはずがない(・・・・・・・)

事実、リヒトは荒い呼吸を繰り返し、息も絶え絶えな気配を纏いながら攻撃を仕掛けてきているのだから、おそらく何らかの外敵要因によって削り取られた体力を補填しているのだ。

つまり、おそらくそれこそが彼女たちを救い出すために重要な欠片(ピース)……!

 

「っくそ! おいテメェら、なんで二人を巻き込んだ! 管理局とも聖王教会とも深い関係が無い一般人だった筈のコイツらを……どうして!」

「何を言っているのかしらこの子は? 関係ない? ――そんな訳ないじゃないの。いい? まずこっちにいる紫の作品(おんなのこ)は召喚術師だけど、歴史をさかのぼると古代ベルカのとある王に行きつくの。かの王は万を超える死者を己が僕として使役したと伝承に残されているわ。これが他種の存在を使役するという召喚士のルーツとなったのよ。そして銀の作品(しょうじょ)は純正古代ベルカ時代の遺産そのもの。つまり、どちらも我らベルカと深いつながりを持って生まれてきたということよ。だったら、彼女たちが蘇られた聖王閣下のために尽くすのは当然の事じゃない?」

「ふざけてんじゃねぇぞ! こいつらは過去の遺産でも末裔でも、ましてや聖王とやらの僕でもない!  笑って、怒って、一緒に歩く……そんな、当たり前の日常を生きる資格を持った普通の女の子なんだよ!」

 

儀式という闘争の世界に生きることを定められた己にとっての幸せ。

それはありふれた日常の暖かさを感じていられた瞬間に他ならない。

たしかに彼女たちは特別な力や出自を抱えている。だが、それがどうした?

そんな些細なことんかどうだっていい。

リヒトがいて、ルーテシアがいて、花梨がいて……クラスメートや六課のメンバー、何故かエンカウントする機会が多いスペリオル一家……。

瞼を閉じれば、日常の中で過ごせた幸せな思い出が次々に溢れてくる。宗助が守り抜きたいと誓った大切なもの……儀式を勝ち抜く理由こそ、日常を護りたいと言う有り触れたもの。だからこそ、心安らぐ瞬間をくれるあの場所を壊された事だけは絶対に許すわけにはいかない。激怒の感情を顕わにする宗助に、有栖母はやはり淡々と言う。

 

「その発想――ああ、なるほど。精神は実年齢以上だという話は本当の事だった様ね。どうしてそんなにムキになっているのか不思議だったけど……ようやく合点が言ったわ。やっぱりアナタ、そのお人形さんたちに劣情を抱いているんでしょう♪」

 

所有物を汚されたんじゃあ、そりゃあ怒るわよねぇと頬に手を当てながら薄く笑う。

『男が女関係の事象で怒るのは、対象に性的な執着を有しているからだ』それが彼女にとっての常識。

夫である男への愛情など微塵も抱いていない、子どもと言う“自分の血を引いた使いやすい研究材料”を生成(・・)するためだけに宛がわれた人間と割り切っている彼女に、純粋な愛情という感情が引き起こした怒りは理解不可能なのだ。それを理解し、納得した上で夫婦となった男が続けて、言う。

 

「そこまでこだわらなくてもいいと思うがね。代わりなどいくらでもいるのだし……。何なら君専用の性欲処理玩具を用意してもいいぞ。丁度使いどころに悩んでいた作品群(きょうだいたち)も余っていることだしね」

「……は? 『きょうだい』、だと? ――どういう意味だ」

「いや実はね。君を失った後にも何体か作品(こども)を作ってみたんだよ。まあ、使えそうな性能に満たさなかったから調整もしていないんだけどね。けど、君専用の道具に改良するとなれば利用価値も出てくるし、まさに一石二鳥じゃないか」

 

自分に兄弟がいて、しかも使えないと切って捨てられていた。唐突に聞かされた事実の大きさにショックを隠せない宗助の目が彷徨う。

 

「自分の子どもの事だろ……? なんで、そんな!」

 

「?? 作品(こども)だからこそ、長い間廃棄せずに保管していたんだし、有効利用してあげようとしてるんじゃないか」

 

宗助は意味がわからないと肩をすくめる男を異常なモノを見たかのように表情を揺れさせた。

まさか、血を分けた肉親がここまでだったとは予測の範疇外だったのだろう。

全身が硬直する程の衝撃に襲われ、動きを止めてしまった宗助にリヒトの拳が突き刺さり、壁際近くまで吹き飛ばす。

 

『相棒! っく……どけぇ!』

 

地雷王の結界を力技で抜け出し、吹き飛ばされた宗助の援護に向かうフェンリル。

突き立てた爪で床を斬り裂きながら疾走するフェンリルが一瞬で宗助を追い抜くと四肢を踏みしめながら立ち止まり、横腹で相棒を受けとめた。

僅かに肺の中の空気を吐き出しながら、フェンリルは毛皮の中に埋もれた宗助の瞳を見据える。

 

『生きてるかー?』

「……生きてるよ」

 

酷い顔だった。怒りとか悲しみとかいろいろな感情がごちゃ混ぜになって、泣きたいのか叫びたいのかも分からない表情をとっていた相棒に、フェンリルは冷たく、冷静に問いかける。

 

『で、どうすんだ? 実の両親の壊れっぷりにショックを受けた宗助君よぉ。体勢を立て直すために、尻尾撒いて逃げるって手もあるが?』

「わかっている答えを聞くな。俺らのやることは変わらねェよ。奴らをブッ飛ばし、リヒトとルシアを助け出す! ……後――」

『兄弟とやらが無事だったらついでに助け出す、っと。……欲張りさんめ』

「ほっとけ。けどどうすればいいのかさっぱりだ……! どうやったらアイツラを助けられる!?」

 

悔しかった。今すぐにでも助けたいのにそのための手段が思い浮かばない。

彼女たちがあんな外道共に弄ばれていると言う現実を受け入れられない。

大切な思い出と共に光り輝く“日常”にいなくてはならない――『いて欲しい』と心から思える彼女たちを助けたい。

その想いに呼応するかのようにリンカーコアがさらなる魔力を生み出し、鈍い痛みに包まれていた筈の四肢に活力を取り戻させる。

兵器と化した幼馴染の姿、実の両親の人間性……立て続けに襲いかかってきた理不尽な現実に心が揺れ、感情が先走っていた相棒が問答をできる程度には冷静さを取り戻したのを確認してから、フェンリルが言う。彼女たちを救い出すための鍵が到着(・・)した今、いつも通りの宗助に戻って見らわなければならないから。

故に、

 

『あわてんなよ相棒。少ない脳みそ使って悩んだところで、せいぜい王子様のキッスでお姫様~ズを目覚めさせちまおう作戦くらいしか思いつかんぜ』

 

しれっと爆弾発言をかますフェンリル。予想外の提案につんのめり、顔面に床を強打する宗助。

鼻血を羞恥で顔面を真っ赤に染めながら怒鳴るものの、当の本人(本狼?) はどこ吹く風。そっぽを向きながら鼻をひくつかせて、鍵の所在を再確認する。

 

「いきなり何を言い出すか! ちっとは空気読めよ!」

『やれやれ、困った童貞ボーイだぜ。たかがキッスくらいで狼狽えてんじゃねえっての。良いじゃんか、たかが唇と唇を重ね合わせて舌を絡みつかせ、吐息を含ませた唾液を舐めあう程度』

「表現が生々しいわ、アホ! 俺らはまだ子供なの! そーゆーことは十年早い(・・)んだよ」

早い(・・)、ねぇ……? まったくワガママな。だったらやっぱし、そこでコソコソ隠れてる人間たき火男の手を借りるしかないな』

「どうして俺が聞き分けのない奴みたいにディスられなきゃいけないんだっ!? ――って、人間たき火男とな?」

「――誰が人間たき火男か。なます切りにするぞ、駄犬」

 

敵の真っただ中で醜い争いを繰り広げていた宗助たちの前に現れたのは蒼炎を纏った雪菜だった。

彼らも使った入り口の扉に背中を預けつつ、射抜くような眼光でリヒトとルーテシアを牽制している。

雪菜は、ダークネスが龍喰者に捕食され、追手の騎士団もほぼ壊滅状態となったことで比較的自由に動けるようになったことを利用し、カエデの亡骸を中庭の一角に埋葬してから宗助たちの援護に駆け付けたのだった。

教会のトップを抑えるためにはやてたちの援護へ向かうと言う選択肢もあったものの、道すがら合流を果たした『彼』に向こうの事を任せ、こちらに赴いたのだ。

「刹那のアンちゃん?」

「おっと、今の俺は雪菜って呼んでくれ。そいつが本当の真名だから……ってその辺は追々。まずは嬢ちゃんたちを救い出すのが先決か」

 

明らかに普通の状態でないリヒトとルーテシアに真剣な眼差しを、彼女らをあんな姿にした元凶である宗助の両親には憤慨の宿る怒りの目を向ける。

だが、当の本人たちはと言えば、参加者、それも研究対象(むすこ)よりも上位の存在へと至っている人物の登場に探究心が刺激されてしまったのだろう。

知的好奇心による興奮の発汗で眼鏡を曇らせながら、投影モニターに指を走らせてデータ収集に勤しんでいた。

敵性戦力が増えたことや、己が身の行く末にすら気を留めず、ただ一心に《神》という異常で超常な存在を解明しようと躍起になっている。

己にはまったく理解できない生き方を貫く“敵”を深い気に見やってから、雪菜は宗助合流して大まかな情報を訊きだしていく。

 

「大体の事情は見て分かった。で、お嬢ちゃんたちの様子はどんな感じだ?」

「……本人の意識は無いっぽい。無理やり潜在能力を引き出されてるみたいだから、反動で身体の方にダメージが溜まってる。体力も限界近くまで消耗してる感じだったから、これ以上『黒鱗の魔狼槍(ゲイ・ヴォルフ)』で体力を削るわけにもいかない……ってか、体力尽きても無理やり動かされてるみたいだ」

『かと言って神獣(おれ)が無理やり押さえ込んでも何仕込まれてるかわからないからリスクがデカすぎる。正直手詰まりって感じだ』

 

操っている二人がデータ解析に勤しんでいるせいか攻撃を仕掛けてくるでもなく沈黙を続けるリヒトとルーテシアに注意を払いながら、顎に手を当てて熟考に耽っていた雪菜が問いを投げた。

「……もう一つ質問。お嬢たちは科学的な洗脳を受けてるのか? それとも――魔導の類……呪いとかの方か?」

そこが重要なのか? と疑問が浮かんだものの、僅かな可能性すら拾い上げるために記憶をさかのぼり、講釈を立てていた奴らの言葉を振り返る。

だが、自らの技術力と聖王への狂信を誇示するような発言を繰り返してばかりではなかっただろうか。

使えそうな情報を引き出せず、苛立ちまじりに頭部を掻く宗助の隣で鼻を鳴らしていたフェンリルが不快そうに吐き捨てた。

 

『確か呪術がどうのって言ってたはずだ。俺の鼻もビンビンしやがる……。腐ったようにムカつく呪術の臭いだ』

 

忌子として周囲から疎まれ、妖精が生み出した縄で縛られたという神話時代の経験が、少女たちを縛り、操る悪意の正体を正確に看破して見せた。

「そうか……なら、やり様はあるな。お前ら、こっちにこい」

にやり、と笑う雪菜。頭の上に疑問符を浮かべる宗助とフェンリルに視線を合わせるように腰を落とし、一人と一匹を抱き寄せながら作戦を伝えていく。

 

「それは……マジでか」

『さすがは世界と契約を結んだ英雄……まだ隠し玉をもっていやがったのか』

「うっせーよ。……援護は任された。さっさとお姫様たちを救って来い」

 

感心、驚き、呆れ……ある意味予想通りの反応を返す主役たちに発破をかけつつ、雪菜が詠唱に移る。

己が切り札を発動させるために。

 

 

 

――My soul sword of one swing(我が魂は一振りの剣)

 

片膝をつき、胸元で両手を重ね合わせる。まるで天へ祈りをささげるかのように瞼を閉じ、言葉を紡ぐ。

 

――Heated think leads to fire(熱き思いは炎へ至り)Blade of mind cut through providence(心の刃が摂理を切り裂く)

 

それは想いを乗せた言霊。静かな声はこの場にいる全員の耳に不思議と届く。

 

――My life is It ran through a number of battlefield(我が人生はいくつもの戦場を駆け抜け), I judge also several people of the evil(幾人もの悪を裁く)

 

雪菜の足元に描かれるのはミッド式でもベルカ式でもない未知の魔法陣。

六芒星を幾何学的な文字――ルーン文字――による帯が包み込む、魔導科学のそれとは根本的に異なる系統による彼だけの魔法陣。

 

――But, this only is in no non-lonely(だが、この身は孤独に非ず)

 

魔術回路に走る激痛。だが、止まれない。血反吐を吐く程度の痛みなど、彼女たちの苦しみに比べればいか程のものだと言うのか。

 

――The harbor in the chest Gentle wish(優しき願いを胸に宿し), it'd look better to the road, not become lonely(孤独ならぬ道を歩んで見せよう)

 

魔法陣から溢れ出す淡い燐光を伴った魔力粒子が室内を満たしていく。

紅蓮の如き苛烈な雪菜からは想像も出来ない程に穏やかな光景……。まるでそれは、雪の一欠けらをも救い上げ、手を差し伸べる彼の本質を表したかのよう。

 

――So, without the utopia result surely(そう、きっと果て無き理想郷は)

 

事象を書き換え、世界の理を覆す奇跡の御業。科学と対を成すオカルトの深遠にある秘奥たる絶技。

人はそれを……、

 

―― Because he is in the future you wish her(彼女の願う未来にあるのだから)

 

 

【固有結界】と呼ぶ。

 

 

「『鞘なる地にて安らぎを望む者(アルカディア)』――」

 

光が爆散した。天空が、大地が……世界が改変される。

閃光の収まった向こう側から現れたのは、どこまでも果てしなく広がる草原。

前世で出会った優しさに溢れていた少女の祈りと想いに触れ、誰かを傷つけるのではなく、救うために剣を振るうと言う矛盾を内包した運命を受け入れた雪菜の救世主という本質を具現化させた空間。悪しき意志……すなわち、ありとあらゆる呪いや束縛を無力化し、救済を齎す英雄騎神の統べる世界。

 

「す、素晴らしい! なんだこれは!? なんなのだねこの空間……いや、世界は!?」

「我々の魔道技術とは根本的に異なる術式による空間結界……いや、これはまさに事情の改変そのものよ! ああつ、なんということ! これほどまでに興味深い魔導系統が存在していたなんてっ。偉大なる聖王様……この巡り合わせに感謝いたしますわっ!」

 

有栖夫妻は歓喜に震えていた。

未知への探求、科学者の誰もが持ちうる感情が他者よりも数段強かったが故に違法研究に手を染め、危うく次元犯罪者に身を落とす寸前までいった過去。

そんな彼らに身の安全と研究を続ける設備を提供してくれた聖王教会と彼らの信奉する聖王への妄信すら上回る探究欲が、今まさに自分たちが足を踏み入れた“魔術”を究明したいと咆哮を上げているのだ。

固有結界を発動中は身動きの取れない雪菜は、彼らの様子を冷ややかに眺め、呟く。

 

「ありゃあ、もうどうしようもないな。完全に欲望に染まりきった人間の目だ。……宗助、こいつの発動中は呪いの類を完全に無効化できる。今ならお嬢ちゃんたちを助け出せるはずだ。――行ってこい!」

「オウ!」

 

激励を背に、フェンリルの騎乗した宗助がリヒトたちの元へ駆ける。余計な思考の一切を排除して、ただ大切な人たちを救うために。

 

「リヒト……! ルシアっ!」

 

戦闘人形と化す呪いを打ち消された反動か、頭を抱えてもだえ苦しみ始めた二人の姿に胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。

ソレがなんなのか、うまく言葉に出来ない。彼女たちは大切だ。

肉親の元から逃げ出し、ひとり泣いていた過去の自分を何も言わずに抱きしめてくれた銀の少女も。

まだ過去を引きずっていた頃の自分の手を強引に引っ張って前に歩き出す勇気をくれた紫の少女も。

どちらも高町 宗助(いまのじぶん)を支えてくれている存在だと言いきれる。

だから……だろうか? 

 

――胸が……痛い。

 

今の彼女たちは嫌だ。望むのは普段通りの彼女たち。小生意気そうな笑みを浮かべてからかってくるルーテシアとじゃれ合い、可笑しそうに微笑みを浮かべたリヒトが自分たちを嗜める。そんな有り触れた“日常”に戻りたい。いや、取り戻して見せる。――全てを! だから……!

 

「さっさと目ぇ覚まして帰ってきやがれ! 俺たちの――『俺の』ところに!」

 

ソレは飾り気のない、ただ心に浮かんだだけの言葉。己の望み、願望を求める以外の意味を成さない言葉。

だが、だからこそ……なのだろうか。こんなにも彼女たちの心に響いてくるのは。

涙で頬を濡らした少女たちの瞳が宗助に向く。空虚で、感情を感じさせないものではなく……確かな意志を映し出して。

 

「そー……くん……っ」

「そー、すけ……ぇ……」

 

涙と嗚咽でかすれた声は、確かに彼の耳に届いた。

 

 

――助けて。

 

 

故に、神狼の騎士は答える。

 

「ああ! 全力で助ける!」

 

フェンリルが加速する。掲げた槍先を魔力が覆い、一条の黒き閃光となって距離を詰めていく。一概に呪いと言っても、魔道師として稀有な才能を持つ彼女たちを容易く操ることができるとは思えない。必ずや精神操作の効力を高める小細工が仕込まれている筈だ。

【固有結界】で呪いが無効化されている今なら、彼女たちを包む魔力の流れからソレを特定することは可能なはず!

『ッ! 捕えたぜ相棒! あの趣味が悪いイヤリングだ。あれから悪意塗れの魔力が嬢ちゃんたちの全身に広がってる!』

「了解ッ!」

 

返答とほぼ同時、裂帛の気合いと共に放たれた刺突が彼女たちに取り付けられていたイヤリング……精神操作呪術の受信機を打ち抜いた。

瞬間、支える物を失ったかのように身体を傾け、糸が切れた人形のように倒れこんでいくリヒトとルーテシアを、二人の間を通り抜けざまに抱き留める。

この時になってようやく気づいた有栖夫妻が実験を台無しにしてくれた作品(むすこ)に向けて放つ暴言に一切耳を貸さず、フェンリルの瞬発力にものを言わせた跳躍で一気に離脱、雪菜の元へ向かう。

 

「っしゃあ! 二人は返してもらったぜ、ザマーミロッ!」

「実の両親に中指立てんなよ……。てか、お嬢ちゃんズは大丈夫なのか?」

「オウ! 呼吸も落ち着いてるみたいだし、気絶しただけっぽいな」

『呪詛の臭いもしないから、衝撃で意識を失ったとみて間違いないだろ。心配しなくても、すぐ目を覚ますさ』

 

問いかけた雪菜自身も宗助の腕の中で瞼を閉じる少女たちの様子を確認し、どこか穏やかな寝顔を浮かべている様に安堵の息を吐く。

幼い少女を弄ぶ行為に強い嫌悪感を抱く彼もまた、深い心の傷を負わさずに救出できたことに喜びを感じているようだった。

その一方、せっかく調達した作品を台無しにされた有栖夫妻は怒り冷めやらぬと言った形相を見せ、唐突に懐から取り出したコントローラーらしきものを操作し始めた。

 

「何と言う……! 何と言う馬鹿な真似を! 折角の研究成果が台無しじゃないかっ」「やっぱり俗世(そと)に出すんじゃなかったわ……。私たちがきちんと調整(きょういく)していれば、今頃は優秀な兵器(きし)として高い評価を得られていたと言うのにっ。――あなた」

「うむ。こうなっては仕方がない。一度、初期化(リセット)してから“作り直す”しかあるまい。……よろしい。ならば処分(きょういく)を始めよう。――出ませい! 我らが魔導科学の結晶よ!」

 

叫びと共に訓練場最奥のシャッターがゆっくりと開かれていく。

重厚な音と共にスライドしていく鉄の壁が総て壁の中に埋まると、照明が落とされて暗闇に包まれる空間から巨大なナニカが姿を現した。

人間の上肢と蛇のような下肢を繋ぎ合わせた様なフォルムをしたソレは、頭がい骨を模したオドロオドロしい形相を形づくる頭部を持つ機械仕掛けのバケモノだった。

背中にはブースターを兼ねた推進翼(ウイング)を備え、全身が金属質の光沢で覆われている。

関節部が稼働するたびに鋼を擦り合わせる様な不快音が辺りに響き、宗助たちがあからさまに眉を顰めた。

床に敷いた上着の上にリヒトとルーテシアを横たわらせた宗助は、中空をホバリングしてゆっくりと近づいてくるソレを見上げつつ、呟く。

 

「母さんに見せてもらった映像に似たような奴がいたな。確か……“死竜王”だっけか」

『傀儡兵でアレを再現したってところだろ。元々奴をこの世界に呼び込んだのも教会連中なんだ。万が一敵に回った場合に備えて用意していた対抗手段ってところかね』

 

フェンリルの考察は真実を的確に捉えていた。自分たちの直接的な戦力として手中に納められなかった“死竜王”へのカウンターとして製造を命じられた有栖夫妻が生み出した魔導科学の結晶。

それこそがこの、機械死竜王(アーマード・デス=レックス)

管理局が禁じている質量兵器をあえて内蔵させることで、生物である“死竜王”を火力によって殺害することを目的に開発された殺戮兵器だ。

 

「対人兵器としてはややオーバーキルな気がしないでもないが、万全に万全を重ねるのが我ら科学者の本分でね。圧倒されても悪く思わんでくれよ。あ~に、壊れた後はちゃんと“細胞を培養して、もう一度赤ん坊から作り直してあげる”から安心しなさい」

 

間違えたら何度でもやり直せばいい。

殺害し(こわれ)たらもう一回作り直(うみだ)せばいい。

それが彼らの考えであり、価値観の全て。

ただ、息子と言う兵器を完成させる欲望を追求する科学者としての姿がそこに在った。

雪菜は改めて、目の前の敵のいびつさを思い知る。

同時に納得もした。やはり宗助は花梨と出会うべくして出会ったのだと、運命じみた確信を感じたから。

「……もういい。終わらせるぞ、相棒」

『いいのか? あんなのでも血の繋がった家族なんだろ?』

「だからだよ。血の繋がりがあるからこそ……俺の手で終わらせないといけないんだ。それに――」

 

気遣いを見せてくれる相棒に跨り、首元を撫でてやりながら断言する。

 

「血の繋がりなんて無くても、本当の家族になれるんだって母さんは教えてくれた。だから大丈夫さ。ここで過去に決着をつけて、俺は本当の意味で――高町 宗助として生きる!」

『そっか。――っしゃあ! なら、派手に行こうぜ相棒!』

「おうさ! 飛びっきり熱く決めるぜ!」

 

響き渡る咆哮。半身の滾りに応えるかのように、神獣の四肢が膨張して一回り大きくなる。騎乗した宗助の槍先を起点に魔力が収束され、全身から内臓兵器を展開し始めた傀儡兵目掛けて突貫する。

床が爪に引き裂かれた破砕音が響く。人外の脚力が齎した加速力は一瞬で最高速度に達し、湧き上がる魔力が黒き疾風となって疾走する。宗助の強い意志に呼応するかのように、彼が手に持つ黒茨の槍が黒き煌めきを纏った。

それは“想いのチカラ”……理論(ロジック)こそが心理と豪語する科学者には一生かかっても理解できない未知なるエネルギー。

人の心が生み出したソレを紡ぎ、束ね……魔法という奇跡へと昇華させる!

 

「……ッアァアアアアアアアア――ッ!!」

 

集うのは優しき黒の魔力。星空が浮かぶ漆黒の海原を彷彿させる魔力が集束され、宗助とフェンリルを包み込み……一条の閃光となって、ようやく攻撃準備が整ったらしい傀儡兵へ突き刺さる。

 

「『喰らい尽くす暴食の牙(ヴァナルガンド)』――ッ!!」

 

それは神聖なるモノを喰らい、噛み千切る魔狼の牙。

《神》を引き裂き、喰らい尽くす魔にして《神》なる獣を象徴する神代魔法が、魔導科学の結晶と自負されていた兵器を容易く引き裂いて見せた――!

爆散し、傀儡兵だった残骸が舞い散っていく。その様を呆然と眺めることしか出来なかった有栖夫妻の顔が実に愉快な事になっている。

 

「ば、馬鹿な!? お前にここまでの出力(ちから)が出せる訳がない! そんな調整は行っていないのだぞ!?」

「いつまで過去の道具扱いしてやがる! とっとと失せやがれ! 俺もこいつらもテメェらのオモチャじゃねぇ! 俺は翠屋二号店オーナー兼パティシエ高町 花梨の息子、『高町 宗助』! そんでもってこいつらは……俺の――俺の彼女たち(モン)だぁあああっ!」

 

感情の高ぶり……否、爆発によって引き出された魔力が吹き荒び、嵐となって荒れ狂う。身体を打ち付ける業風雨によろめき、たたらを踏む有栖夫妻に向かって、フェンリルの背中を踏み台にした宗助が突貫する。槍の具現化を解き、指の骨が軋みを上げるほど強く握りしめた拳を振り上げ、いまだ現実を受け入れられずに何事か叫んでいる元両親の顔面を全力で振り抜く!

 

「バカ親ぁあああああっ!」

「「!?」」

「歯ァ食いしばれやぁああああっ!!」

 

ごきん! 

 

まず父の頬を殴り飛ばし、返す拳で母の頬に拳を叩きつける。宝具解放の余韻で身体能力が跳ね上がっていた宗助の拳に込められた威力は成人男性のそれを軽々と上回り、有栖夫妻の意識を容易く刈り取る結果を生み出した。

 

「っしゃあ! もう、俺とアンタらは何の関係も無い赤の他人だ! 二度と俺たちを作品呼ばわりするんじゃねぇぞ!」

「いや、聞こえてないっての。完全に伸びてんじゃねぇか」

 

逆勘当を宣言する宗助へ、若干引き気味な雪菜から放たれるツッコミが届いているのかどうか。

まあ、それはともかく。

ようやく元両親を殴り飛ばせたことで昂ぶりが納まったのか、宗助の感情に呼応していた魔力の風が静かに収まっていく。

満足げに額の汗を拭っていた宗助が助け出した幼馴染たちの元へ駆け寄るころには、訓練場に静けさが舞い戻ってきた。

 

「雪菜のアンちゃん! 俺、やったぜ!」

「ああ、うん……。すっげぇ感情の篭ったパンチだったな?」

「と~ぜんだろ。ってそんなんどうでもいいから! 二人の様子は?」

「ん~、まあ、ちょっと見てみ」

 

手招きされるままに覗き込んでみると、目を閉じたままなのは変わらないが、心なし頬とか耳が赤くなっているような気がする。

この症状はもしや……、

 

「――ああ! 風邪か! 二の腕とか太ももとか出っ放しの恰好してるせいでお腹が冷えちゃったのか!? くっ、まずいぜ。ホッカイロなんて持ってきてねぇよ……っ」

『あ、相棒……お前って奴は……』

「……なるほど。これが俗に言う鈍感キャラという奴か」

 

どっからどう見ても、宗助の発言――『二人は俺の嫁』的な宣言――を聞いてしまったけれどそう反応すればいいのかわからなくて寝たふりを続けていると言うのに、この坊やは本気で気づいていならしい。

勝利したとはいえ、敵陣のど真ん中でラブコメ漫画の主人公とヒロインみたいなやり取りをしているちみっこ三人衆に、雪菜とフェンリルはどう収集をつけたものかと、深いため息を吐くのだった。

 

――だが。

 

彼らは……雪菜は気付くべきだった。

少女たちを救うために使用した切り札【固有結界】。

その有効範囲が聖堂(・・)も含まれていたという事実に。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「……??」

 

崩落し、かつての名残たる瓦礫に埋め尽くされた聖堂で漆黒の球体……己が下肢に捉えた獲物の味を堪能していた龍喰者サマエルは、世界を染め上げた奇妙な輝きに鎌首をもたげる。瓦礫の山と化していた聖堂が風化するかのように跡形も無く消え去り、どこまでも広がる草原へとその姿を変えた。

サマエルの知識にある結界とはどこか異質で、根本的なナニカが違うものだとわかる。

 

「――■■■ァ■■……」

 

だが、そんな事はどうでもいい。

元よりこの身は龍を喰らうための存在として改変する“呪い”を受けたモノ。

天地創造の時代、原初のヒトを地に落とすためだけに用意された“蛇”にして、幻想の王たる者共の捕食者としてあるよう神話で語り継がれ、その役割を宛がわれたモノでしかないのだから。

故に、思考を持つ必要などない。あるかもわからない心の内に秘められるのは、(エサ)を喰らい、殺すという狂気じみた本能しか存在していないのだから。

辺りを見渡していた視線を戻し、漆黒の球体のような形状になっている龍尾を撫でる。

まるで、命を宿した母が我が子を愛しむかのような、優しい仕草。しかしその実態は、己と触れることで少しずつ削り取っている『ご馳走』の味を堪能しているに他ならない。

少しでも長く至福の時間を続けるために、飴玉を舐めしゃぶるかのようにゆっくり、じっくりと溶かし、味わう。

その味はまさに極上の一言。生命力にあふれる若々しい龍の血肉。同化している蒼い宝石の内包した魔力が極上のスパイスとなって、いつまでもこうしていたいと思わせてくる。

サマエルの本能を虜にしてしまう位、捕えた獲物の味は最高だった。

 

――このまま少しずつ、少しずつ味わっていこう。それ以外はどうでもいい。

 

ここが何処なのか、なぜ眠りに就いていた自分がここにいるのかなどの疑問は、際限なく込み上げる食欲に押し流され、霧のように霧散していく。

どこまでも純粋に、そして歪な狂笑を浮かべたサマエルは、再び意識を食事に戻そうとし――ふと、違和感を抱いた。

 

「? ……??」

 

オカシイ。急に『味』がしなくなった。

口の中でしゃぶっていた飴玉が、突如ビー玉にすり替えられたかのような違和感。

さっきまではあんなに美味しかったのに。いったいどうしたのだろう?

もしかしてこの結界の影響なのだろうか? 僅かに備わっている理性が、自分自身の存在としての根源的な部分に触れられているような、奇妙な違和感を察知する。だが、それがなんなのかわからない。解を導き出すために必要な知恵を、サマエルは持ち合わせていないが故に。

呻き声とも、嘆きとも取れる声を吐き出しながら、サマエルは『ご馳走』を捉えている筈の下肢……龍尾へ上肢を寄せていく。

お預けを喰らった仔犬のように悲しげな空気を背負い、それでも、もう一度あの味を楽しめないかと思ってしまう。

 

――もし、サマエルが自らの異変を理解できるほどの知能を有していれば、これほどまでに呑気な態度をとれてはいなかっただろう。

 

――もし、龍を獲物としてではなく、強力な力を宿す獣だと認識できていれば、こうも無防備な姿を晒すことはしなかっただろう。

 

サマエルは無知だ。

かの者にとって、龍など獲物以外の何物でもなく、己に抗うことなどできようはずも無い食料という認識しか出来ない。

故に、気づけなかった。

()を捕縛した龍尾の隙間から溢れ出す蒼き光の粒子に。

この異質な空間は固有結界と称される深層世界を具現化した大魔術であり、取り込まれた存在はあらゆる“呪い”を無効化(・・・)されてしまっているのだと言うことを。

龍喰者としての、龍種に対する絶対上位者権限すら無力化されてしまうほどのチカラを秘めたシロモノだという事実に。

 

そして……、

 

――『超高次領域(ハイマテリアルシフト)起源接続(フルアクセス)

 

「――■ァァ?」

 

爆発的に溢れ出す“蒼”。

暗闇を形づくっていた“漆黒”が渦を巻き、サマエルのすぐ傍から黄金色の魔力が生まれ出て、荒れ狂うかのように吹き荒ぶ。

理解できない。意味が解らない。これは一体……何だ(・・)

未知なるものに触れた時、人がそうするように。戸惑い、右往左往するサマエルはこの時になってようやく気づく事が出来た。

暴風のように暴れ狂う膨大過ぎるエネルギーの渦……その中心が己のいる場所であることに。

台風の目に入り込んだかのような錯覚を覚える。

荒ぶるエネルギーは一定の距離より内側に入り込むことはなく、なにか大切なものを見守るかのように、ただ、そこに在る。

耳を打つ風の音、魔力の粒子がこすれ合った際に生じる放電音。

それらすべてが混ざり合って、ひとつのカタチに……これから現れる存在の顕現を祝い、歓喜の雄叫びを上げているかのようだ。

 

――『無限の輪廻(メビウス・ウロボロス)』……発動。

 

また、コエが聞えた。

咄嗟に苛立ちと戸惑いで混乱するサマエルが威嚇の咆哮を上げようとした……瞬間、

 

ズブリ、と。

 

漆黒の繭の内側から、鋼鉄すら削り取る鱗を貫いて飛び出した槍が、サマエルの胸を貫いた――……!

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!?」

 

絶叫を打ち放ち、激痛でのた打ち回る……事が出来ない。

堕天使の形状をした上肢の中央を貫通した金色とも白銀とも取れる輝きを放つ槍刃はサマエルの巨体を空間に張り付けたかのように微動だにせず、そこに在り続けている。

槍を両側からわし掴みにし、強引に引き抜こうともがくものの、槍は微動だにしない。このままでは狂ってしまう。

元々狂っているようなものだが、明確な死を感じさせる恐怖を前にして、生物としての本能が危険信号を鳴らしたのだろう。

絶え間なく続く激痛に悶えるサマエルは声なき悲鳴を喚き散らしながら両腕を振り回し、あたりの瓦礫を風圧で薙ぎ払っていく。

それでも龍尾の拘束を解かないのは、この中にある存在を解放する事は絶対に避けねばならないと、心のどこかで理解していたからだろうか。

だが、それも無駄な努力に終わる。

硬質な鉄板がひしゃげられ、筋肉の繊維が引き千切られる音が瓦礫の崩壊音と重なり合う。

どす黒い鮮血が宙を舞い、ひび割れた床板を真っ黒に染め上げていく。

その姿はまさに、母の腹部を喰い破り、誕生する忌子の如し。されど、血潮で全身を濡れすぼり、呪われた蛇の腸を引き裂きながら誕生……否、再誕するのは不浄なる穢れを浄化するほどの黄金。

両肩と胸元には龍を模した外甲。

開かれた咢が咥える水晶にはそれぞれ異なる女性の雰囲気を感じさせるレリーフが浮かび上がっている。

過去と光を司る左肩には、愛娘を想い続けた気高き母の願いを受け継いだ清廉なる魔女が。

現在と闇を司る右肩には、暗闇の世界に捕らわれようとも、友のために尽くす事が出来る気高き心を宿した天女が。

未来と蒼を司る胸部には、無限の可能性と未来を描き出す純粋なる聖姫の顔が映し出される。

縁を結び、家族となった少女たちの祈りと想いをその身へ刻み、新たな未来を紡ぎ出す幻想の頂に立つもの。

 

《新世黄金神》スペリオルダークネスSR(ソーラレイカー)

 

真なる《神》の証……遥か蒼穹の如き清浄な神気(オーラ)を纏い、ここに、新たなる黄金神が覚醒を果たした――……!

 




お嬢様~ズの救出劇はちょっと淡泊だった気もしますが、元々治癒魔導師専攻のリヒト嬢とガリューがママさんの方にいるルーテシア嬢ではこんな感じかと。
てか、出オチになった機械死竜王さんマジ涙目。
宝具解放、【固有結界】発動、実の両親との決別……そしてさいきょ~さんのご復活といろいろ詰め込んでみました。

本話の主役は宗助君……でも、最後のダークさんにトリをもってかれたとな? 
――ははは、そんなまさか(笑)。


・作中で登場した魔法解説
●『喰らい尽くす暴食の牙(ヴァナルガンド)
使用者:高町 宗助
フェンリルに騎乗、突き出した槍から放出した魔力で全身を包み、体当たりを仕掛けつつ、着弾時に槍刃から魔力を放出させることで対象を消し飛ばす。
Fateの【ベルレフォーン】と【エクスカリバー】を組み合わせたイメージを想像して頂ければよいかと。『神聖なるものを喰らう』という概念が込められている神代魔法。

●『鞘なる地にて安らぎを望む者(アルカディア)
使用者:蒼意 雪菜
嘗て、生前の地にて愛した女の子の描いた絵が英霊になっても生涯残り続け、絶対に忘れる事のなかった景色を具現化させた、穏やかな草原がどこまでも広がる世界。彼女の祈りが根源となったモノで、ありとあらゆる呪いや魔に属する能力を打ち消す効果を持つ。結界の維持に高い集中力を必要とするため、展開時は術者の身動きが取れないという欠点がある。『邪』を払う退魔の極致にある魔術である。

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