魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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久しぶりの更新です。
時系列的には、管理局と聖王教会&スカリエッティ一味連合がぶつかり合う直前辺り。
奇襲組がメインのお話になります。では、どうぞ~。



開戦

その日の朝は静かな日の出を迎えていた。

しかし、街は深い静寂に包まれている。心に響く歌声を披露してくれる小鳥も、自由気ままに生きる犬猫の姿も一切確認することが出来ないほどに、がらんどうな雰囲気を街そのものが纏っているからだ。

人間よりも優れた危機感知能力を持つ彼らは、大地震などの自然災害を事前に察知して避難する性質を持つ。

故に、ここクラナガンから我先にと逃げ出しているのは当然の結果なのだ。

言葉を放せずとも、皆、直感していた。

これよりそう遠くない未来、この場所で、かつてない戦乱の火蓋が切って落とされることを。

その予感は、これより三時間の後に現実のものとなる。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「中将、本当に残られるおつもりですか?」

「くどい。ワシにはそうせねばならない責任があるのだ」

 

地上本部の最上階、クラナガンの街を一望できるその場所に立つ一人の人物がいた。

レジアス・ゲイズ、彼は部隊の再編を終わらせた後、前線の指揮をはやてやに託した。

非魔導師であるレジアスに自ら戦う力はない。彼の剣であったゼスト隊が壊滅した現状、前線から退いて久しい自分に出来ることはないと自ら宣言した彼は、それでも、これから戦場になる場所に残ることを決めた。戦いの行く末を見届ける。それこそが自分の役目なのだと内より湧き上がる魂の声がそう叫んでいるから。

戦いの結果がどうなれど、少なくない被害は出るだろう。

この戦い……元凶の片割れであるスカリエッティと一時期取引関係を結んでいた身としても、全てを見届ける責任があるはずだ。

故に、秘書官である娘には退避命令を下し、自分一人だけでここに残ろうとしたのだが……。

 

「なら、私もお付き合いさせていただきます。上司を置いて我が身可愛さに逃げ出すような軟弱者が中将の秘書官、兼、副官を務められるとお思いですか」

「……馬鹿者が。命令違反だぞ」

「わかっていますとも。ですが、仕方ないでしょう? 頑固者な誰かさんの血と意志を受け継いでいるんですから」

 

『秘書官』としてでなく、『娘』としての顔で可愛らしくウインクする部下、兼、愛娘の態度にあきれたような、それでいて少しだけ嬉しそうな苦笑を浮かべたレジアスは、「……馬鹿娘め」と呟き、視線を窓の向こうに広がる街並みへと戻す。

 

「そこまで言うなら好きにせい。だが、自らの意志で決断した以上、途中で逃げ出すことは許さんぞ。最後まで見届けてみせろ」

 

オーリスは頷きを返して、父の隣に並ぶ。

敬愛する父と同じ場所に立ち、世界の行く末を見届ける。

不謹慎だが堪えようもなく湧き上がる得も言えぬ昂揚感で胸を満たしながら、オーリスは父と共に戦場へと向かう戦友たちの背中を見送っていた。

 

 

――◇◆◇――

 

 

クラナガンよりわずかに離れた位置に存在する教会。聖王教会の前線基地として使われているその場所で、今まさに負けられない戦いが行われていた。

騎士甲冑に身を包み、カリムから希少能力を授かった者たちによって構成された護衛軍。数は三桁を超えようかと言うほど。

厳しい修練と潜伏の期間を乗り越え、エース級の魔道師に比類するほどの実力者へと成長を果たした彼らの任務は、自らの戦う力を持たないカリムの護衛である。敵を斬り、勝利の勝鬨を上げることこそ騎士の、武人の誉れだと主張する者が我先に前線へと飛び出していく中、重要人物の警護と言う任務に全力を賭して挑まんとする護衛軍に油断はなかった。

だからこそ、

 

「ちっ……! こいつら、予想以上にっ!」

「恐れるな! 皆で囲むんだ! 我らの後ろにはカリム様がおられることを忘れるな!」

『応!』

「ジャマっ……すんじゃねぇよ!」

 

裂帛の咆哮と共に振るわれた紅蓮の炎が斬撃となって聖堂を焼き尽くす。破壊を撒き散らしながら迫る炎を前に、騎士たちは守りを得意とするメンバーを前面に押し出し、協力して巨大な防御魔法陣を形成させることで対処する。

ぶつかり合い、爆散する炎の燐光を斬り裂きながら迫りくる侵入者――刹那に対して、入れ替わるように前へ出た槍騎士の一団が一糸乱れぬ動きで突きを繰り出す。瞬間、槍型デバイスの先端に魔力が収束すると共に、槍自身が螺旋回転を起こすことで貫通力を向上させた魔力砲が生成され、刹那へ向けて撃ち放たれた。

横一列に並んだ砲塔から押し寄せる魔力砲の津波。舌打ちと共に刹那は両ひざを曲げ、限界まで強化させた脚力にものを言わせた垂直跳躍でそれをやり過ごす。

 

「とああああっ!」

「でぇーいっ!」

 

天井に着地し、再び突撃を仕掛けようと目論んだ刹那だったが、それを読んでいた若い騎士二人の挟撃が迫る。

共に双剣を身体の後ろに限界まで引き絞った状態から腕の撓りを最大限に利用する連斬を繰り出す騎士たち。

殺った!

攻撃を繰り出した直後であるというのに結果を確信するほどの、まさに必殺の一手。

これでお役目を果たすことが出来ると感涙の涙を流しそうになった騎士たちであったが、彼らは一つ重要な事を失念していたと言わざるを得ない。

何故なら、彼らが挑んでいるのは英雄と呼ばれし英傑の一人。

さしたる魔術の際も無い凡才の身なれど、磨き上げた剣術で世界の守護者となるに至った救世騎たる刹那がこの程度の危機を乗り越えられぬはずも無い。

 

「俺の……邪魔を……」

 

炎を纏った刀身をそのまま鞘に納刀し、意識を集中する。

魔術回路を通して全身に魔力を行き届かせ、吸収した魔法力(マナ)を刀身へと集束させる。

身体を捻り、抜刀術の構えを取ると、迫る双剣の切っ先が首筋に到達しようとした――刹那、

 

「してんじゃねぇえええっ! 【弾劾絶音】っ!」

 

怒声を置き去りにした速度で剣刃が煌めく。

それが真紅に染められた炎を形どる刀身による居合によるものだと騎士たちが気づいた時には、もう、勝負はついた後だった。

 

「くは……っ!?」

 

顔を苦悶に歪ませながら落ちていく騎士たち。片方は意識そのものがないようで、身じろぎすらとらないまま床に激突、硬い物が砕ける様な生々しい音を鳴り響かせながら、脱力しきった四肢をなげうつ。

 

――いったい……なにが……!?

 

もう片方も、どうして攻撃を仕掛けていた自分たちのほうがやられてしまったのか理解できない顔を浮かべたまま地面へと墜落する。

他の護衛軍もさすがに動揺を隠せないようで、地面へ降り立った刹那と一定の距離をキープしながら身構える。

騎士として剣の腕に自信がある者たちっが多い護衛軍が、刹那の技量に驚嘆したからだ。

フランベルシュという刀剣は炎を形度った直刀と言う形状をもつ。波打つような刀身は、それ故にひとたび切り付けられるとそう容易く癒すことが出来ない傷跡を残す。その反面、日本刀のように居合など行おうものなら、特異な刀身が鞘と干渉し合い、剣速を著しく低下させる。

にもかかわらず、刹那の居合はこの場にいる誰よりも速く、鋭いものだった。剣士として、武人として彼の実力に驚嘆したために、闇雲に攻めたてるのは危険と判断し、間合いを取ったのだ。

 

――はったりとしちゃ、上出来かな。

 

一方の刹那。彼もまた、内心で安堵のため息を吐く。抜刀の瞬間に刀身の形状を日本刀のような形状へ一時的に変化させることで最高速の居合を繰り出すことに成功した。

相手から見えないように元の形状へ戻した相棒をチラつかせ、自分はこの剣でも最速の居合を繰り出せる実力者だと無言のアピール……もとい、兆発を繰り出しながら、これからどうするか熟考する。

単独で教会へ潜入することとなった刹那にしてみれば、ここで必要以上に戦闘を長引かせることは悪手以外の何物でもない。

元々、今回の戦争における元凶の片割れであるカリムと彼女の直属らしいカエデを倒す、あるいは捕縛することが当初の目的だった。

奪われた幼馴染たちを救い出すために無理やりついてきた宗助のフォローをしつつ、敵の警戒網をすり抜けて直接目標に接敵しようと言うのが本来の計画だった。しかし、まさに今、この瞬間、刹那がいる聖堂の反対側にある中庭で轟音と共に繰り広げられているもう一つの戦闘のせいで、彼らの目論見は砂上の楼閣と化した。

刹那と宗助が侵入するほんの数分前、教会へ正面から襲撃を仕掛けたバカ(・・)がいたからだ。

そいつは身を隠すそぶりも見せず――と言う以前に、そもそも隠密行動に不向きすぎる存在感を纏っているのだが――外壁を容赦なく粉砕して突撃した“最大脅威”の襲撃に、警戒レベルが跳ね上がってしまったのだ。

結果、予想外の事態に気配断絶をうっかり解いてしまった刹那が発見される羽目になり、やむなく方針変更。

未だ見つかっていない宗助を先に行かせ、刹那が囮役をかって出る事となった。

出来るだけ人目を引く様に『起源解放(アクセス)』した刹那は、この聖堂へ移動しつつ、敵の集団を引きつけていたのだ。

敵を釘付けにする目的は達せられたとはいえ、当初の任務を果たすには、どうにかしてカリムの元へ辿り着かなければならない。

かと言って、この状況で身を隠せば、再び探索を再開させることになり、宗助が発見されてしまう可能性が飛躍的に高まってしまう。

幼馴染たちを理不尽に攫われ、自身の運命も弄んだ聖王教会とは浅からぬ因縁を持つ宗助は戦意が前面に出てしまっていて、とてもではないが敵の探索をやり過ごすことは出来ないだろう。相棒であるフェンリルも殺気……もとい、ヤル気に滾り、抑える気が毛頭ない状態だ。

放っておけば暴走するのは目に見えていたから同伴を許可したのだが……、

 

「やっちまったかもなぁ。とはいえ、流石にあの状況で手元に置いとくわけにもいかんし」

 

ボヤキつつ、次の手を考える。

己の侵入はもはやバレているに違いない。ならば、次に考えられるのは護衛軍よりも上位の実力者を差し向けられること。

刹那の中では、自分と相対出きるのはカエデくらいしかいないと結論が出されているが、相手側もそうであるとは言いきれない。

実は、カエデを超える隠し玉が隠されている……なんて可能性もゼロでないのだ。

刹那が次の一手を模索しているのと同じく、彼と向かい合う護衛軍もまたどうすべきか判断を迫られていた。

数で圧倒しようにも、敵の動きが早すぎる。どうやら対複数の戦闘経験が豊富なようで、先ほどからの立ち回りに一部の隙も見受けられない。

天井で奇襲を仕掛けた二人は、年こそ若いものの、実力はこの場にいる者の中でも上位に喰いこむ。その彼らが一蹴されたのだ。

警戒するなと言う方が無理というモノだ。なにより、この上ない焦燥感が彼らの身を焦がしていたのが大きい。

ここではないもう一方の戦場。特殊な能力を与えられた部隊が迎撃に向かった“怨敵”……このままでは、かの者の首を斬り落とすことが出来なくなる。

故郷を滅ぼされ、愛する家族を消滅()されたことへの激怒、怨恨、悲痛。ざわめく感情が、溢れんばかりの怒りが、今すぐここから駆けだしてかの者を打ち滅ぼしたいと、熱く、滾る様に叫んでいる。

焦る心で戦闘に集中できるはずもなく、かと言って任務を放り出す真似を出来ようはずも無い。

双方の動きが停止し、時間だけが過ぎていく――……と、思われた瞬間、

 

「やーれやれ、やっぱし来ちまったのかよ切やん」

 

緊張で張りつめた空気を消し去る様な気楽な口調の声が聞こえてきた。

一同の視線が礼拝堂の入り口へと向けられる。

半開きになっていたドアの隙間から身体を差し入れるような奇妙な動きで、ソレは現れた。

常夜の如き漆黒の衣。酷薄さを感じさせる口調とは裏腹に、その顔は能面を張り付けたかのような無表情。左腕に装着されたデバイスのコアが感情を失ってしまったかのような黒一色に染めあげられているのが一層不気味さを強調させている。

それに気づいた刹那は、AIが初期化、あるいは消去されている事を悟り、大きな喪失感を抱いた。彼が親友と呼んだ男は、相手が無機物であろうとも子k炉ある存在であるならば、一個の人格として接していた。

決して、戦友であるデバイスのAI(こころ)を消去し、平然としていられるような冷徹な男ではなかったはずだ。しかし、悲しい現実はすぐ目の前にある。

これはつまり、心のどこかで期待していた願望が……共に過ごした友の在り様がどこかに残っているのではないか? という願いが否定されたと言う事。

 

「やっぱきついな……友を失うってのはよお」

 

鋭いナイフで胸を抉られたような痛みを感じ、思わず胸元を抑えてしまう。だが、それも一瞬、僅かな瞠目の後に開かれた双眸には覚悟を決めた戦士としての闘志(いし)が浮かび上がっていた。

 

「へぇ? 安心したぜ切やん。この期に及んで甘っちょろい戯言を聞かされるかもって身構えてたんだけどな」

「けっ、言ってろ。生憎だが、そこまで愉快な頭の作りしてないんだよ。こないだ痛い目にあわせられたんだ。こうやってもう一度対峙してるって意味……わかるだろ?」

「……やっぱ、切やんはそう来なくっちゃよぉ。本音を言うとさ、いつかは敵に成るのがわかってたからこそ、やりたいことがあったんだ」

 

能面の如き無表情から仲間出会った頃のにやけ顔へ、そこからさらに歓喜に満ちたソレへと変わっていく。

道具として心を殺し、仮初の人格で本心を塗り固めた男が抱いた願望……大切な人のために全てを賭して戦うと言う願いを実現できる機会に巡り合えたことに、数奇な運命を巡らせた《神》への感謝を抱きながら、カエデが構えを取る。

友の覚悟を悟り、思いを汲んだ刹那もまあ剣を構え、打倒すべき敵を見据える。

 

「ここは俺に任せときな。アンタらは表の方の援護に向かってくれ」

「……諜報部隊如きが、主命を受けし我ら護衛騎士団に命令するのか!」

 

情報収集と暗殺と言った裏仕事に徹していた筈のカエデの口調に不快感を示す騎士。前線で敵と切り結び、打ち倒す事こそ騎士の誉れと考えている輩が大半のこの状況下では、確かに突然現れたあげく、自分たちを邪魔者かなにかのように振る舞うカエデに反感を覚えるなと言う方が無理な相談だろう。

最も、カエデとしては自分たちの役職になど意味はなく、カリムのために仕えている時点で皆同じものだと考えているからこその発言だったのだが。

侵入者を倒したと言う誉れを求め、吼える騎士たちに舌打ちしつつ、カエデはあくまで事実だけを簡潔に述べる。ぐだぐだ無駄話をしている余裕などありはしないのだから。

 

「五分くらい前、正面門が突破された。敵はNo.“Ⅰ”、ベルカを滅ぼした破壊神だ」

「な――っ!?」

「正面の警護に向かった部隊はすでに壊滅状態。このままだとカリム様のお命が危ないぞ。俺ら“影”に奴と正面切って戦うだけの力はない。だから、こっちは俺に任せて、カリム様の護衛をお願いしたいって言ってるんだ」

「そう言うことは速く言え、無能者めっ! 一同整列! 一個小隊を残して、他の隊員は全員で破壊神を打倒する! 我に続けぇえええっ!」

 

雄叫びを上げながら走り去っていく一団には目もくれず、刹那はまっすぐカエデを睨みつけたまま動かない。

気を緩めたらこちらがやられるのは、先日の一件でイヤと言うほど味った。今度は『次』などありはしない、文字通り、雌雄を決する決闘の場だ。

 

「決着をつけようぜ……悪友」

「望むところさ……ダチ公」

 

込み上げそうになる情念を振り払い、想いの全てを削ぎ込んだ刃が交差する。

意を汲んで手出しする素振りを見せない騎士たちが見守る中、かつての親友同士による死闘の幕が切って落とされた。

 

カエデの戦闘スタイルは多彩な宝具を使いこなす無形の戦闘技法と隠密特有の無呼吸動作を組み合わせたものだ。宝具を自在に操る能力をカリムから授かったカエデは、宝具を造り出す能力を与えられた部下(クローン)が生み出した作品を自由自在に使いこなし、数々の任務を成功させてきた。

友として、仲間として、スパイとして……刹那への対策を十分に練っていたカエデが今回選んだ決戦用宝具、それは――、

 

「ちいっ! 水の槍だぁ!?」

「どんなに激しい炎だって、水をぶっかければ消えちまうのは自明の理って奴さね!」

 

刃先から石付きに至るまで、全てが水で構成された三つ又の大槍。表層を流動する水の流れが、剣戟のたびに炎剣を構成する炎を鎮火し、勢いを削いでいく。

これこそが刹那を打倒すべくカエデが用意した必勝の策。下手な小細工を一切省き、断罪を司る英雄を打倒するためだけに用意した切り札。

 

「宝具【海楼分かつ天極の槍(アマノサカホコ)】! お前さんの魂ごと、その炎を鎮火してやんよ! 水も滴るいいオトコってなあ!」

「悪いが俺は情熱に生きる男なんでな。風邪ひきそうな水被りは御免こうむる」

 

横凪に振るわれた水槍の描く軌跡が空間に亀裂を走らせ、そこから怒濤の勢いで濁流が噴出した。

刹那は迫りくる水の壁を前に、顕現させた二刀を重ね合わせることで相乗効果を生み出し、互いの火力を限界まで高める。

そして威力が十分高まった瞬間、重ね合わせた二つの刃を逆袈裟に振り抜く。

 

「灰燼裂波ァ!」

 

聖堂を焼き尽くさんばかりの勢いで具現化した炎の竜巻が押し寄せる水とぶつかり合い、激しい水蒸気を生み出した。

しかし二人は止まらない。肌を焼くような熱を持つ霧の壁の向こう側にいる敵目掛けて躊躇なく踏み込んだ。戦局を見極めようと目を凝らす騎士たちの白く染まった視界の中で、金属音が幾重にも重なり、剣戟らしき火花が交差する。十数合もの打ち合いの後、獲物同士が打ちあわされた衝撃で純白のヴェールが霧散する。クリアになった視界の中で行われていた激戦、それは武に高い誇りを持つ彼らを以てしても総てを理解するには至れない程に激しい物だった。

カエデの首元を狙い。炎の件が叩き付けられる。それを何なく水の槍で受け止め、にやり、と口端を吊り上げるカエデ。笑みと共に槍へ魔力が注ぎ込まれた瞬間、切っ先が水飴のように蠢き、無数のピックのような形状へと変わった。さらに、術絵の切っ先が意志を持つかのように刹那へ照準を向けたかと思った瞬間、砲弾のように射出。刹那を串刺しにせんと迫る。しかし、刹那の顔に焦りはない。むしろ、予想通りだと言わんばかりの余裕に満ち溢れていた。水の刃の切っ先が刹那の顔面に突き刺さった――瞬間、その総てが破裂するかのようにはじけ飛ぶ。不可思議な現象を間近で見たカエデはこの現象が水蒸気爆発の類であると看破し、戦慄を覚えた。刹那は身体強化で全身を覆う魔力を振動させ、超高熱のコートを生成していたのだ。それも、物理的威力を持つ水の刃を接触の瞬間に蒸発させるほどの熱量のものを。

 

「おいおい、イカレてんな。窒息してーのかよ……」

 

全身を超高熱のコートで覆うということは、呼吸するために必要な酸素すら焼き尽くしていると言う事。皮膚呼吸すら叶わない完全な無酸素状態で死闘を演じていた刹那に、カエデは本心からの恐れを抱く。

 

「ばーか、この程度で根を上げる様な奴が英雄なんかになれっかよ」

 

実際は、高熱コートの下に魔術回路で生成した魔力とリンカーコアで生成した魔力で作りだした防御フィールドを展開、その間に酸素を閉じ込めることで簡易的な酸素ボンベを用意していたのが真相なのだが、わざわざネタばらしをしてやる必要も無い。

慄いてくれるのなら好都合。精神面で優位に立つことは、戦局を左右するほどの重要なファクターなのだから。

 

「ハッ……上等ォ! だったらさあ、見せてくれよ。切やんの本気って奴をよお……あるんだろ? 『神成るモノ』ってのを超えた『奥の手』って奴が」

 

そう言い切るカエデには確信があった。

元々、儀式を終わらせるために送り込まれたのだという刹那。目的を達するために避けられぬ障害といえば、まず上がるのがNo.“Ⅰ”や“Ⅱ”といった人外の怪物たち。

世界の守護者、すなわち彼が元いた世界の意志の僕であった英雄たる刹那といえども、そう容易く勝利できるような甘い相手ではない。

その程度のことが万能の《神》たる者が気づけていない筈がない。

そこから導き出される結論はたった一つ……!

槍を肩に担ぎ、一本だけ立てた人差し指でくいくいっと挑発する。

相手のペースを乱そうとする思惑もあるのだろう。

だがしかし、純然な思いとして本気になった刹那を倒したいと言う願望と責任感がそこにあった。

前者は共に力を隠してきた元仲間として雌雄を決したいと言う戦士としての本能。後者はカリムの僕として自分自身を餌に使い、敵をこの場に引きとどめなけれならないという自己犠牲にも似た精神から来るもの。

己が役目を完遂させるために、カエデはここで勝負手を切ることを選択した。

対して、刹那は思案する。個人的な思いはカエデとの決着であるが、局員として与えられた任務は戦争の首魁たるカリムの逮捕。すでに円融がさぅちされ得る以上、これ以上の足止めを受けることは標的に逃げられてしまう可能性を高めてしまう。相手側の目を晦ますために自ら『囮役』を買って出てくれた部隊長の恩義に報いるためにも、支援を優先して本来やるべきことを後回しにするなどあってはならない。

だが、カエデの全身から感じ取れる気迫。間違いない、敵は命を投げ打つ覚悟を以てこの場に立っている。覚悟を決めた相手は厄介だ。

振り切ることは不可能だろう。ならば……

 

「俺も覚悟を決める時が来たってことか――いいぜ悪友。お望みどおりみせてやるよ。この俺の全身全霊をかけた本気ってヤツをなぁっ!」

 

逆手に構えた剣の切っ先を地面に突き刺し、自分を中心にして囲うように五点を穿つ。

穿たれた穴には剣から分離した炎がゆらめき、それぞれを繋ぐ魔力の軌跡を描き出す。

炎を起点に描かれたのは五芒星。森羅万象を形造る文様が流れる魔力を増幅させ、更なる高みへと昇華していく。

真紅の炎が純度を増し、鮮やかな蒼き炎へ。世界でただ一人、刹那だけが持つ魔術回路に流れるのは、彼と最もなじむものとして選別、抽出された純然たる“魔法力(マナ)”。

生命体の意志の集合体である“魔法力(マナ)”はそのまま体内に取り込んでも即座に自身の力とすることはできない。

使い手である刹那の想いに呼応して力を貸す意思もあれば、その逆もまた存在するからだ。

非協力的な意志を排除し、純然なエネルギーへと変換することができる。

それこそが『神成るモノ』を超えた存在へと至ったモノのみが成し得る軌跡。

《神》の卵であったモノが自力で殻を破り、天上の領域に属する住人として産声を上げる。故に、彼らはこう称されるのだ。

新たな《神》へと至る運命の雛鳥……『新世せし神の雛』と!

 

「――『超高次領域・起源解放(ハイ・マテリアルシフト・フルアクセス)』――!!」

 

刹那から放出された力の波動が大気を振動させながら吹き荒れる。

荘厳で、威圧されるような存在感を肌で感じ、カエデの口端が吊り上る。

冷や汗を拭う事も出来ず、眼前に広がる蒼き炎の壁をじっとにらみ続ける。

人智を超えたエネルギーが刹那と言う媒体の中で荒れ狂っているのがわかる。まさに、意図的に力を抑え込んでいたリミッターが解放されたかのように。

 

「すっげぇ……! これが、切やんの本気か!」

 

驚きと興奮が隠せないカエデの目の前で、ゆっくりと炎が霧散していく。

世界が色を取り戻し、顕現した救世騎、その真の姿が顕わになる。

漆黒の手甲は形状をレザーグローブから重厚なガントレットへと変化、全身の関節部やブーツを魔力増幅機能を有する甲冑が包み込む。

纏っていたコートは袖部分が消失し、闇夜を思わせる黒から双丘の如き蒼へと変わる。

輝ける蒼炎の中心で佇むの刹那が腕を振るった瞬間、相棒たる炎剣も使い手に最もふさわしい形状へと進化していく。

蒼き炎が磨き上げ、鍛え上げた鋼の刃。その刀身は宝石のように磨き上げられ刃の中心に走る炎の揺らぎを模したラインには紅蓮の赤に染まった魔力が流れている。全体の形状は十字架を模した双刃剣で、どこか暗殺者然としたイメージを宿していた『死を刻む炎刃の剣(フランベルジュ)』に比べると、どこか清廉な威容だと感じとれる。

しかし、普通でないのはその大きさだろう。中背である刹那の身の丈に迫る程の巨大さを誇っている。

かなりの重量感を感じさせるソレを片手で握り、肩越しに背中へとまわしている剣先が地面すれすれの位置にあるといえば、その巨大さはわかりやすいだろうか。

剣そのものが蒼い炎を放出しており、半ば物質化した炎が宝石のように光り輝く剣を核として巨大な大剣のごとき威容を示している。

 

「さて、と」

 

真なる姿を現した相棒を両手で構え、改めてカエデを睨み付ける刹那。

たったそれだけで、カエデは心臓が焼き焦がされたかのような錯覚を感じ、驚嘆まじりの叫びを内心で上げた。

聖堂を、いや、世界すらも“蒼”に染めるほどの圧倒的な威圧感。

人の領域から逸脱した異常な存在へと進化を果たした元親友の放つオーラに気圧されない様に自らを叱咤しながら、カエデは問う。

 

「――名乗りな。『今』のお前さんの名前を」

 

肌を指す緊張感で張りつめた空気が、刹那が放つ人外のチカラが満ちたからこそ直感的に感じた“未来”。

次の交叉で、己と『敵』のどちらかが倒れる。

カエデは本能的に不確定な未来を予知し、さらに、それが現実に起こるのだと魂で理解した。故に、問う。

勝利者がどちらになるかはわからない。でも……、だからこそ記憶に刻んでおきたい。

どこまでもカッコイイ『親友』の、本当の名前を。

 

「いいぜ……聞き逃すなよ。俺の本当の名前、テメェの脳髄に刻み込みな」

 

刹那もまた、『悪友』の想いを察した。名乗りを告げるのは決闘の礼儀と言うのもあるが、なによりもカエデとは全力で向き合いたいと思えるから。

 

「俺は――……我が真名は《蒼炎の救世騎神(エンブレイズ・セイヴァーロード)》『蒼意(あおい) 雪菜(せつな)』。『雪の中に咲く菜の花の如く、強く、逞しく在れ』……かつて結んだ(えにし)の少女から送られた想いを込めた、俺の本当の名前(・・・・・)だ」

 

魔導でなく魔術が存在した世界で生きた刹那……否、雪菜(・・)にとって、本名を明かすと言う行為は多くの害意に我が身を晒すことに他ならなかった。

肉体の一部はもとより、その者を示す名前からでも、呪いをかけること――呪術――が存在していたからだ。

故に、雪菜は自身の真名を封印すると共に、本当の名前も偽ってきた。

段階的に力を解放することで、『切り刻んだ名』という意味を込めていた“切名”から、“刹那”へ、そして真名である“雪菜”へと、段階をかけて自分自身を取り戻してきたのだ。

 

「は……“刹那”ってのが本名じゃなかったのかい?」

「こっちの世界には無いかもしれんが、俺のいた世界じゃあ『真名解放』は正真正銘の切り札なんでな。本当のとっておきは最後まで取っとくもんだろ――が!」

 

振り被った炎の大剣が弧を描き、眩い光を解き放った。

シグナムの得意とする中距離斬撃魔法【烈火刃】。

蒼い炎で構成された雪菜の飛ぶ斬撃。遠距離攻撃は魔剣の解放しか無いと思い込んでいたカエデは一瞬慌てる素振りを見せたものの、即座に水の槍で迎え撃つ。

突きだされた槍先から無数の水で構成された飛針が放たれ、蒼い【烈火刃】とぶつかり合った。

威力は互角。されど、カエデの顔がひきつり、雪菜がしてやったりと不敵な笑みを浮かべているところを見るに、カエデの一手が悪手であった事は明確だ。

 

「今更目晦ましだと!? 何を考えて――っ!?」

 

水の槍を振り回して視界を染める霧――炎と水が交わることで発生した水蒸気――を散らす。

が、即座に雪菜の狙いに気づくと、カエデは頬を盛大に引きつらせた。

水蒸気のカーテンが開けた先、ステンドグラスから注ぎ込まれる陽光に照らされた宝座に足をかけ、天へと掲げた大剣を握る英雄の双眼が、真っ直ぐに自分を射抜いていたから。

 

「ッチィ! 渦巻く螺旋 水玉集いて滞留し 我が敵を穿て! 飛翔せよ、【海楼分かつ天極の槍(アマノサカホコ)】ォ!」

 

雪菜の攻撃の意を感じとったカエデは、即座に身体を独楽のように回転させつつ斥力に遠心力を咥えた全運動エネルギーを己が獲物へ注ぎ込み、雪菜目掛けて全力で投擲した。

螺旋回転を描きながら一条の閃光と化した水の槍は、真名解放されることで内包した魔力を解放しつつ、断罪を司る英雄の(たましい)を浄化せんと唸りを上げる。彼我の距離は瞬く間に狭まり、刹那の間に雪菜の鼻先数センチまで迫ってきた。

 

「ブッ死んじまえや、セツナァァアアアアアアッ!!」

 

カエデが持つ全ての想いと覚悟を乗せた乾坤一擲の一撃が飛翔する。手加減などする必要も無い……正真正銘の殺意を乗せた激流の刃が雪菜に迫る。

 

「……いくぜ、相棒共!」

 

しかし、雪菜の表情に焦りはない。何故なら、彼は理解しているからだ。

この程度の脅威などで己が敗北するなどありえない(・・・・・)――と。

 

(ワリ)いな悪友……俺がコイツを抜いた時点で、お前から勝利という未来は消え去ってんだ」

 

閉じた瞳を開きつつ、振り被った剣にチカラを注ぎこむ。

リンカーコアと魔術回路が生成した二種類の魔力と外部から吸収した“魔法力(マナ)”を混ぜ合わせ、一つにしていく。

ずっと歩いてきた己の信念(みち)――英雄として、正義の味方として、そして……一人の“友”として。

積み重ねてきた想いを貫き、全力全霊で(カエデ)を降す――それこそが、蒼意 雪菜の『決断』なのだから!

 

「お前がどれほどの想いを込めた一撃だろうと……俺の誓いがカタチを成したこの一刀は絶対に伏せえねぇ! 何故ならな――!」

 

使い手の魂の震えに呼応して、『災厄の杖』とも呼ばれた炎の魔剣がその真の姿を現していく。

魂と魂でつながった関係だからこそ直に感じ取った主にして使い手たる少年の決意を受け止め、伝説に記された世界を焔いた炎(レーヴァテイン)が、ここに顕現する!

 

――現れたのは閃光の如き輝炎を纏った一振りの刃。

 

剣そのものが膨大過ぎる魔力のエネルギーへと変換され、光の刃となって激流槍を迎え撃つ。

あまねく世界を、その摂理ごと焔き払う断罪の刃。

絶対不変の理すら書き換えることを可能とする『概念魔法』を蒼炎に纏わせることで、『神代魔法』すら切り裂く最強の剣……。

その剣の名は――……

 

「――『焔き薙いて彩る蒼き勝利の剣(エンブレイズレーヴァテイン)』――ッ!!」

 

 

振り下ろされた蒼き炎の奔流が、伝説に名を示す槍を一瞬で呑み込み、消し去った――……!

 

 

(あ~あ、これで終わりかよ……。あっけねぇのな)

 

ひと薙ぎで世界を焔き薙ぐほどの『焔き薙いて彩る蒼き勝利の剣(エンブレイズレーヴァテイン)』が迫る中、カエデはまるで他人事のように佇んでいた。

否、正確に言えば佇んでいるのではなく、思考だけが加速したように現実を理解できてしまっているのだ。

身体は槍を投擲した体勢のまま。それなのに、何故か頭の中だけは非常にクリアな状態で、死の直前に起こると言う思考の加速というやつかと、頭の片隅で何となく理解する。

 

(すんません、ご主人。俺、あなたの事、守れませんでした……)

 

己の記憶に刻ままれたあの日の光景は今でも鮮明に思い出せる。

家族も、友も、自分自身のことすらわからない位に幼い自分に残された記憶、その始まりはあの施設にあった黒い部屋から。

窓も無く、牢獄のような重苦しさしか感じないその場所が、『カエデ・リンドウ』となる前の()の世界の全てだった。

実験動物(クローン)を生み出す“原材料”としての役割を押し付けられてから最初に受けたのは、逃走を防ぐために両足の健を断たれた激痛だった。

痛みに泣きわめく己を、白衣を纏った研究者たちが無機質な目で見下ろしていた。

今思い返せば、道具が壊れない境界線を見定めていたのかもしれない。

いつ終わるともしれぬ地獄の日々。だが、聖王教会の特殊部隊によって施設が鎮圧・破壊されたことで、地獄の日々は唐突に終わりを迎えることになった。

()が『カエデ・リンドウ』になったのもこの頃だ。

違法研究の被害者と言う名目で保護されたはいいものの何をすればいいのか、何を糧に生きていけばいいのかわからずふさぎ込んでいた己に光を射してくれた人物こそが、カリム・グラシアだった。

病院のベッドで寝かされたままのカエデに、彼女は首を垂れながら言った。

「あなたの未来……私のために捧げてはくれませんか――?」、と。

この時、雛鳥が初めて見た動く存在を親だと認識する『擦りこみ』が起こったのだ。

自己というモノが何も与えられ無いという異常な状況下で生きていた……いや、“死んでいなかった”彼にとって、生きる意味を与えてくれた存在はまさしく、己の全てを捧げるに相応しい人物。『目的も無い人生など生きているとは言わない』……故に、カエデは己の全てをカリムに捧げることを決断したのだ。

そこにどんな思惑があったとしても関係ない。

元々カラッポだったのだ。生きる意味(なかみ)を注いでくれたヒトに依存して何が悪いというのか。

裏切り、暗殺、だまし討ち……カエデにとって、それは悪ではない。何故なら、それが求められた役割だから。

カエデにとって、それら卑怯と呼ばれる行為は、“やって当たり前”の行為でしかなかった。だからこそ、騙し、裏切った雪菜への罪悪感はほとんど持っておらず、こうして自分よりはるかに強かった“親友”への素直な称賛が口に出てしまうのだが。

 

(カラッポな人形モドキはモドキなりに頑張ったんだけどなぁ~。ん~、やっぱつえ~なぁ、切やん。ま、お前さんならご主人(カリム様)に手荒な事はしないって信じてるぜ? だから――)

 

――どうか皆にとって一番いい選択を選んでくれよ……。

 

「――やなこった。そんな面倒な役目押し付けようとしてんじゃねぇっての」

カエデを斬り裂かんとしていた蒼き炎が直撃の瞬間に消滅し、魔力の粒子となって霧散した。

 

「は……? え、ちょ……なんで……?」

 

カエデは本当に、飾り気のない真顔を浮かべつつ、驚きの言葉を呟く。

 

「切、やん……? どうして、俺を――っだ!?」

 

呆然としたまま間抜けな質問(・・・・・・)を口に出しかけた悪友をドつきながら、雪菜が呆れ顔を浮かべた。

 

「阿呆。金髪シスター(カリム)を護りたいって言ってたのはお前だろが。なにを『私、やり遂げました』的な(ツラ)消滅(きえ)ようとしてんだ。護りたいなら、最後の最後まで足掻いて見せろや」

「……何言ってんだ。俺は敵だぞ? ホントにわかってんのか!? 今だって、俺はご主人に危害を加えようとしてるお前を倒さなきゃ――!」

「いや、俺の目的は最初からテメェをぶん殴ることだったし。こうやってダベってるだけでも、役目は果たせてるしな。時間稼ぎ的な意味で」

「……はァ!?」

 

あんぐりと大口を開けて固まるカエデに、雪菜が話す。

当初の任務では、確かにカリムの捕縛が最優先事項だった。しかし、それはあくまでもプラン1に過ぎなかったのだ。

雪菜の潜入が早期にバレてしまったために、計画はプラン2へ移行した。

それは、敵方の意識が雪菜に向けられたことを利用して、同時に潜入を果たしたはやて(・・・)宗助(・・)らを本命にするというもの。

元々、雪菜の目的はカリムを打倒することでも、攫われたリヒトたちを救い出す事でもなく、カエデとの決着をつけること。

見つかったのをこれ幸いと利用した結果が、今の状況なわけだ。

 

「今頃部隊長さんが金髪シスター(カリム)のトコ、宗助の奴が捕らわれのお姫様たちのところに辿り着いてる頃だろうな。“Ⅰ”の襲撃も、良い目晦ましになってくれたぜ」

「なん……だと……!? そっ、それじゃあ、俺は……!?」

「見事なくらい、作戦にハマってくれたってワケだな。ま、元々戦闘力の無ぇシスターをぶった切るのは気が引けてたし、ここはやっぱ顔馴染みの部隊長の役目だろ」

 

ついでに、お姫様を助けるのは王子様の役目だとは口に出さない。

ここに来る前、このネタで散々弄って遊んできたのだから、さらにからかうのは気が引ける。

 

「ま、そんな訳だ。けっこー甘ちゃんな部隊長さんなら、お前が愛しいシスターもひどい目に遭わんだろ。儀式を止めるっていう俺の役目上、無理に参加者を倒す必要性も無いし、このまま逮捕しちまえばいいんじゃないと思う次第だったりする」

「俺らを殺すんじゃなく、制するのが目的ってワケか?」

「まーな。時空管理局は正義の味方、犯罪者を生かしたまま捉えるのが基本方針なんだよ……で、どうする? 宝具を失ったお前に、今の俺を振り切って飼い主のトコに駆け付ける手段があんのかよ?」

「……ちっ。わかってて言ってんだろ」

 

そんな都合のいい手段など在るはずが無い。空間転移系の能力がいない訳ではないが、そういう戦闘向き技能持ちは前線か、バケモノの迎撃に向かった護衛部隊くらいにしか――……

 

――あれ? そういや、なんか大変な事を忘れてるような気が……。

 

「あ、そう言えば――」

 

監視役の騎士が数名残されているとはいえ、この場における戦闘が一応の終結を果たした瞬間、雪菜が呟いた一言で事態は再び大きく動き出すこととなる。

 

「“Ⅰ”の方はどうなったんだ?」

 

何気なく呟かれた、この言葉が切っ掛けとなって。

 

「んっ? なんだ……?」

 

最初に気づいたのは最も壁際にいた騎士だった。静かな息遣いしか聞こえない聖堂に、振動を伴った重低音のようなものが遠くの方から聞こえてくるではないか。

一人、また一人と異変に気づき、戸惑いを顔に浮かべていく。

やや遅れて、聖堂の中央あたりにいた雪菜も奇妙な音が断続的に聞こえてくることに気づいた。

風船が何個も連続して割れる様な不思議な音。

ガラスや金属が砕ける者とは違う、もっと根本的に別なナニカが壊れる様な音だ。

それはどんどん大きくなり、ここへ近づいてくるようだった。

雪菜たちの視線が無意識に音の聞こえてくる方向……最初に気づいた騎士のすぐそばにある壁の一角へと向けられた。

 

「なんだってんだ?」

 

雪菜が一同の思いを代弁した声を呟くのと、

 

――メギッ……!

 

壁に放射線状の亀裂が奔るのと、

 

「っな――!?」

 

驚愕の声を上げる間もなく、外壁から生えた(・・・)人間の腕が騎士の頭部を握りつぶすのは、

 

――グチャッ!

 

ほぼ同時の事だった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

時は僅かに遡る。

刹那が教会へ潜入を果たすよりも早く、襲撃を仕掛けていた者がいた。

言わずもがな、ダークネスである。

本命との決戦前に更なる高みへ至らんと目論んだ彼は、あえて正面から聖王教会に襲撃を仕掛けた。

復讐心に駆られた騎士たちによる激しい抵抗も承知した上で、あえて単独の襲撃を実行したのには、彼なりの考えがあったからだ。

ひとつは、放置しておけば後々厄介な敵に成りうるカリムの騎士たちをいくらか始末しておくこと。

教会と管理局の潰し合いを目論見、大体理想通りの展開に現実が画かれた現状、管理局とやり合える手練れを中核にした戦力はすでに出立した後だ。

ここに残るのは、カリムを筆頭とする非戦闘員の身辺警護を拝命した者たち。実力は侮れないものの、数は少なく、戦争が痛み分けに終わった後に交渉のカードとして利用されるであろう予備選力。ほぼ無制限に特殊能力を他人に与え続けられるカリムの元に手勢を残しておくことは厄介な事態を招く可能性がある。無論、そうなった時の備えも用意してはいるが、出来ることなら先んじて始末しておきたいのが本音だ。

叶うならば、そのままカリムの排除もしておきたい所なのだが……

 

「ま、そこは小僧(コゾー)と英雄サマへ譲ることにするさ」

「何を訳の分からない事を言っている!」

「気にするな。単なる独り言だ――っは!」

 

怒号と共に振り下ろされた剣刃の横腹に掌底を打ち込み、魔力を浸透させる。頑丈さが長所のアームドデバイスであったが、人外の魔力を無理やり注ぎ込まれたことで一気に許容量を突破、柄を残して微塵に粉砕することとなった。

信頼する愛機が容易く破壊されたことに驚き、硬直してしまったのは、ダークネスを迎え撃つ騎士のひとり。

騎士としての経験が深く、即座に動揺を切って捨てて無手による格闘術へ移行するのは流石としか言いようがない。

驚愕で起こった硬直はコンマ数秒ほど。並みの犯罪者が相手なら、何も問題が無い程度の隙。

だが、

 

「間抜け、隙だらけだ」

 

人外、化け物、人ならざるモノ……いくつもの異名を併せ持つ黄金色の輝きを纏った龍神にとって、彼の見せた動揺は数十発もの拳を叩き込むに余りあるほどの致命的な隙でしかない。

バリアジャケットの防御許容量を一瞬で突破され、剛拳乱舞によってあばら骨を全てへし折られた騎士の意識がコンセントを無理やり引き抜いたテレビの画像のように途切れた。

崩れ落ち、顔面を自らの吐血で真っ赤に染め上げていく騎士に目もくれることなく、ダークネスは歩みを再開する。

現在位置は正面門の先にある中庭のような広場、その中ほど。

雄叫びを上げながら突撃を仕掛けてくる騎士の軍勢を、撃ち、裂き、潰し、粉砕しながら突き進む様は、まるで雪道を斬り裂いていく除雪(ラッセル)車のよう。

異能の特殊能力を以て迎え撃っていると言うのに、一切異に還さぬまま正面から突貫してくるダークネスの姿が、護り手である騎士たちの目には如何様に映っていたのか。彼らの顔に、拭いようのない恐怖が張り付いているのが何よりの照明と言えるだろう。

それでも退くわけにはいかない。

なぜならば――

 

「お前が……お前さえ居なければあっ! よくも、よくも俺の家族おおおっ!」

「どうしてよ! 彼は騎士でも魔道師でもなかったのよっ! 騎士になった私を理解して、誰よりも優しく支えてくれた……将来を誓い合った大切な人だったのにいっ!」

「返せ……返せよ! ダディとマミィを返しやがれえええっ!」

 

前日の襲撃の巻き添えを受けた非戦闘員……。ここにいるのは、故郷に残されていた大切な人々を暴力で奪い去られた傷を持つ者たち。

ダークネスの襲撃を予期していたカリムによって集められた、復讐心を燃やす騎士によって構成された守衛型迎撃部隊、それがダークネスと相対している彼らの正体だった。

 

「泣き言を聞くつもりはない。死にたくなければ無関係を通せばよかったん。なのに、自らの意志で戦いの舞台に……俺の立つ戦場に自らの意志で足を踏み入れた連中が今更何をほざく」

 

ダークネスは憎々しげ……否、馬鹿を見るような顔で、いきり立つ騎士たちを見下ろす。翼を大きく羽ばたかせて、ふわり、と地面に降り立ち……真下で蹲っていた負傷者を躊躇なく踏み抜く。

グチャリ、と骨肉がすり潰されるような生々しい音が辺りに響き、復讐心で理性を塗り潰していた騎士たちの表情が、一瞬だけ凍りついた。

しかし、湧き上がった恐怖は即座により激しく燃え盛る怒りの炎へと変換される。

 

「だからって、あんな理不尽に命を奪って許されると思っているのかっ!?」

「思っているとも」

 

ダークネスからしてみれば、お前たちこそ何を言っている? と問い質したいくらいだ。そもそも、殺されたくなければ戦いを誘発するような真似をしなければよかったのだ。そうすれば、無関係の観客でいられたと言うのに。

 

「儀式とも管理局と教会とのいざこざとも無関係な民草を巻き込むような戦争を起こしておきながら、自分たちだけ被害者ぶるなど何様のつもりだ。どれほど御大層な志を掲げた所で、力に訴えるという選択を選んだ貴様らには、誰かを殺し、大切な誰かを奪われる覚悟を持たなければならない。……こんなこと、当然だろうが」

「黙れ! 自分の役割を放棄して私利私欲に振る舞うテメェが言う台詞かよっ!」

「はあ?」

 

意味が解らないと眉を細めるダークネスが意味を問うよりも先に、包囲網をかき分けるように跳び出してきた右腕だけ装備を纏っていない少年が吼える。

 

「お前ら参加者が《神》から授かった強大な力……星をも砕く剛力、世界を焼き尽くすほどの魔力、奇跡の御業を再現して見せる異能! 人智を超えた能力を授かっておきながら、人々のために……世界のために揮うのは必然だろうがっ!」

 

「……小僧、お前は馬鹿か? 俺たちに与えられた力は他の参加者(どうぞく)を滅ぼすために用意された血塗れの業でしかない。それなのに世界に尽くすのが俺たちの役割だと言わんばかりの態度は腹立たしいにも程がある。不愉快極まりない」

 

確かに、彼らの“能力”も使いようによっては人間世界の情勢を大きく覆せるほどの恩恵を与えてくれるだろう。

だが、それはあくまで当人たちが己の力を切磋琢磨した末に生み出した副産物であり、参加者が持つ“能力”の根本にあるのは『儀式を勝利するための暴力』だ。

現に、“Ⅳ”(新藤 荒貴)“Ⅹ”(ディーノ)のように戦うための力しか生み出さなかった者もいる。

力ある者は力無き人々のためにその身を捧げるべきだ……と言いたいようだが、そんなもん知ったことかというのがダークネスの本心だ。

元よりこの身は“人間”を超えてしまった異能の塊にして超常なる存在。

ヒトの領域から完全に逸脱してしまっている己が、人間の布いた論理(ルール)に縛られてやる義理も義務も存在しないのだから。

しかし、悲しいかな。

『彼ら』はどこまで往っても“人間”だった。

人間でない自分は彼らと違う理の元で生きているのだと含ませたダークネスの言葉を、どうしても人間が持つ固定概念――『常識』――に当てはめて解釈してしまう。

故に、彼らにはこう聞こえてしまった。

 

『俺たち参加者が貴様ら普通の人間にどうして尽くす必要がある?』

 

絶対的な強者ゆえの傲慢……、自身を特別視してしまっているからこそ、戦いの力を持たない民衆にすら平然と刃を向けられるのだと。

彼らベルカの民にとって、参加者の基軸はNo.“ⅩⅢ”(カリム)であり、力無き人々のために己の“能力”を捧げると謳う姿こそが、彼らにとって『あるべき参加者』の姿なのだ。

儀式本来のルールからしてみれば異常であるのはカリムの方であり、ダークネスの在り様こそが正常だ。

しかし、命の奪い合いを強要さえていない“無関係者”である観客(かれら)には、それがわからないし、理解しようともしない。

《神》の加護を受けた者は、力無き民(じぶんたち)のために全てを捧げ、尽くすのが当然であるとして、それより深く踏み込もうとしないから。

それが彼らにとっての普通(・・)であり常識(・・)なのだ。

 

「それでは、いったい何のための参加者かぁっ!」

「『何の』と言われても、次期《神》候補者としか返せんな。そもそも、貴様らの主張は根本的に間違っているんだよ。なにが『民のために尽くせ』だ、くだらない。そう言うことは為政者にでも申し立てるんだな」

 

優れた才能を持つ者、或いは民衆の支持を受けて先導者として先頭を歩く者、それは民を、国を、人を導く『王』に求められる役割のひとつだ。

だが、ダークネスら参加者が至ろうとしているのは『王』ではなく《神》。

《神》は人間を統治などしない。

世界に加護を与え、ときには手を差し伸べ、ときには断罪を降す。

しかし、基本は遥か天上の世界からそこに住まう生命の営みを見守ることこそが本来の役目。

観測者であり、管理者でもある『傍観者』、それが《神》の役目であると言って過言ではない。

超常の存在であるが故に、敬われ、手が届かない超越者。

誰しもがそこに立つ可能性がある『王』などという立場とは根本的に違うのだ。

 

「勝手な価値観を押し付け、勝手に憤り、勝手に宣戦布告をしたのが貴様らなのは明確。自分勝手な思想を俺にまで押し付けるな。迷惑だ」

「迷惑だと!? やはり貴様は《神》に相応しくない……! 貴様のような自分勝手な男に、世界を正しく導くことなど出来るはずがないわ!」

「ああ、そうかい。安心しろ、そう言う面倒な役割など初めからお断りだ。――ま、これから死ぬ輩が何を吠えた所で意味などないがな」

「笑止っ! 真の《神》候補者たるグラシア様をお守りする我ら聖王騎士団に勝てると思うか! 皆の者、陣形をとれい! 悪しき邪龍を打ち滅ぼす時は今ぞッ!」

『雄ォオオオオオオオッ!!』

 

忠誠心と憤怒と復讐心が混ざり合った激情でいきり立つ騎士団を冷ややかに一瞥するダークネス。

彼らは感情が高ぶるあまり、ここまではっきりした実力差をまだ理解できていないのだろうか。

 

「無駄だ。貴様ら騎士が得意とする近接戦闘において、重要な要素となるのは戦いの経験値と許容魔力量、そして純粋な戦闘力だ。だが貴様らはその総てにおいて俺に劣っている。仮に一撃を加えられたとして……それがなんになる? 互いの消滅以外に勝利条件が存在しない殺し合いにおいて、一発で戦局をひっくり返すほどの妙手など早々ありはしない」

 

古来より、傲慢な怪物や悪しき神は、強者ゆえの驕りによって弱者たる人間に討滅されてきた。

隙をつき、奇襲をかける。

超然たる能力差がある存在を打倒するための唯一の手段が、心の緩みをつくことだ。

しかし、今のダークネスに驕りや傲慢さは微塵も無い。

自分が強者であるという自負はある。

全力を出せば、いかなる敵であろうとも打倒できるのは間違いない。

故に、以前の彼にはどこかあいてを侮る節が見受けられていた。

聖王教会へ襲撃を仕掛けた時も、八神 コウタを打ち倒した時も、圧倒的優位の立ち位置にいると言うのに詰めを誤った。

結果、現在まで生存しつづけているカリムの引き起こした騒乱で痛い目にあい、刹那が真の力を顕現させる覚悟を抱かせるきっかけを作ってしまった。

故に、ダークネスは驕りを捨てたのだ。圧倒的な実力差を思考の外へ追いやり、強者として迎え撃つのではなく。

挑戦者としてこの戦乱へ挑むというスタンスを選択した。

現在のダークネスは文字通りの全力状態。いかに希少能力を授かった騎士たちが奮闘しようとも、打ち破る術など存在しない。

大地を踏みならし、包囲網を敷きながら波状攻撃を仕掛けてくる騎士を正面から打ち倒しながら突き進む。

標的の居場所はすでに特定できている。

肌を焼くようなビリビリとする威圧感……。

間違いない、聖堂(あそこ)に敵が――己が次の段階へ成長するための()がいる!

向かう先から香るのは、久しく感じていなかった命をかけた殺し合いの匂い。血生臭いソレが鼻孔を擽り、闘争本能が荒ぶってしまうのを抑えられない。

愉悦に吊り上った口端を舌先で舐め、邪魔者を撃ち滅ぼしながら突き進む。

進行を止めようとしたのか、ダークネスの眼前に飛び出し、何も装着していない右腕(・・・・・・・・・・)を振り被った少年ごと撃ち抜く様に、殺意を込めた魔剣(しゅとう)が聖堂の壁を粉砕した。

 

 

 

――◇◆◇――

 

 

「なん……だ――ッ!? テメェは!?」

「貴様ァ!」

 

敵とは言え人間の命が容易く屠られた事への怒りで刹那が吼えるのと、護衛軍を統率する騎士の怒りの爆発も、ほぼ同時だった。

注がれる殺気をものともせず、砕け散った壁の破片を払い落とすのは総てが黒い男。

無機質な暗黒色の義眼、首の後ろで纏められた黒髪、バリアジャケットではない普通の私服らしい服装も黒で統一されている。

右手は真新しい鮮血で染め上げられ、左手には教会の騎士団服を着た青年の亡骸をぶら下げていた。

 

「何でこっちに来た……! この間の虐殺だけじゃ物足りないってのか!?」

 

青年の亡骸をゴミのように足元に転がし、躊躇なく彼の頭部を踏み砕く。

再度舞う鮮血。スイカが割れた様な乾いた音と共に、血生臭い血潮の匂いが、神へ祈りをささげる神聖な場所に染みわたっていく。

まるで、これがお前たちには一番お似合いだと、戦争を起こした輩には相応しいだろう? とでも言いたげな表情を浮かべ、怒りに震える一同を見渡した男……ダークネスは、《新世黄金神》でも『神成るモノ』でもない……しいて言えば、“人間形態”とでもいうべき非戦闘時の姿でそこに立っていた。

 

「答えやがれ、No.“Ⅰ”ッ! なにしにここへ着やがった!?」

「……言う必要があるのか? ここは聖王教会の前線基地で、騒動の首魁でもあるNo.“ⅩⅢ”が潜んでいるのだろう? しかも、都合のいいことに花梨たちから離れて単独行動をとってくれているマヌケが二匹もいるじゃないか。狩場としてはこの上ない状態だと思わないか?」

 

自分の変化に驚いた様子を見せていたダークネスが、嘲笑うような視線を雪菜へ向ける。

あちら側も余談が許せない以上、管理局側からこれ以上の援軍が送り込まれる可能性は低い。

裏切った親友ともう一度話をするため、捕らわれの少女を救い、過去の因縁とケリをつけるために単独行動をとっている――とダークネスは捉えている――刹那と宗助を滅ぼすにはもってこいの状況だ。

カリムの先兵である騎士たちは確かに厄介な能力を持つ者が大勢いる。

事実、このように《新世黄金神》の鎧を砕かれてしまっているのも事実なのだから。

ダークネスは物言わぬ躯と化した、予想外に面倒な敵だった(・・・)少年を見やる。

さしたる特徴の無い平凡な魔導師でしかなかった彼の右手に宿った異常なる力……の模倣品。

オリジナルであればどれほどの脅威となったのか……少なくとも、こうも容易く屠る事は出来なかっただろう。

 

「【幻想殺し(イマジンブレイカ―)】、か。まさか、こんなよく分からない能力すら希少能力として再現して見せるとは恐れ入ったぞ。劣化している模倣品とはいえ、まさか拳一つで俺の鎧を打ち砕き、一時的に《新世黄金神》の力を封じ込めてみせるとは」

 

中庭で繰り広げられた乱戦の最中、ダークネスの間合いへ無防備に飛び込んできた青年。

彼は神速の如き【クライシスエッジ】の一刀をその身に受けながらも握り締めた拳を緩めず、胴体を両断されていてなお、鎧に魂を込めた拳を叩き込んで見せた。

瞬間、彼の右手に宿った【幻想殺し(イマジンブレイカ―)】が発動、大気が割れるような音と共に《新世黄金神》の鎧を打ち砕いた。

しかも、破壊したのは鎧のみにあらず。

《新世黄金神》スペリオルダークネスは文字通り『幻想の存在』。

幻想殺し(イマジンブレイカ―)】は鎧だけでなく、それを生み出している力の根源……『黄金色の龍神』としての力そのものを打ち消さんとしたのだ。

もっとも、劣化品でしかない【幻想殺し(イマジンブレイカ―)】にダークネスの全てを消滅させることが出来ようはずも無く、彼から放たれた魔法力(マナ)の奔流で相殺されることとなった。

しかし……、

 

――強引な力技で相殺した反動か……。《新世黄金神》どころか『神成るモノ』にすら変身できん。

 

一時的なものだとは直感的にわかる。

しかし、敵の真っただ中で“魔法力(マナ)”操作を封じ込められたのはなかなかに痛い。

ダークネスが他者を圧倒してこれたのは、“魔法力(マナ)”という膨大なエネルギーによる大火力によるものが大きい。

本命である参加者との戦いの前に、有象無象だと見下していた連中に後れを取るとはと、ダークネスは冷静な仮面の下で自らの驕りに憤慨する。

これは命を賭けた闘争(ころしあい)。他者を驕り、自らに慢心して生き残れるものか。

自分は世界の全てを支配した偉大なる王でも英雄でもない。

最強の参加者だの、龍神の後継者だの持ち上げられようと、実際は未だ何もなせていない未熟者。

 

(驕るな、舐めるな、嘲笑うな……彼らもまた覚悟を決めた強者たる『敵』。油断も慢心も無く、全力を尽くしてやるべきことを果たせ)

 

深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。力に溺れかけていた己を戒め、更なる高みへ駆け上がるために。

そして原始にして始まりの想い、己が己たる最初の願いを――『生きるため』という願いを果たすために、膝を折るわけにはいかない。

双眸が敵を見据え、普段は補助動力炉としてしか使用していないリンカーコアを活性化させる。

危機にあるというのに、ダークネスは不思議な高揚感を感じていた。

手に入れた力で生み出した鎧を脱ぎ捨て、剥き出しの己を曝け出す。

力があるから戦うのではない、確たる“(しんねん)”があるから力を振るうのだ。

 

「もしかして、純白の神が言いたかったのはこれの事なのか?」

 

勝利した敵の力を引き継ぎ、能力を上乗せするのがこの儀式における基本ルール。

それはつまり、他者の力で自分を覆い隠している、とも取れる。

だが、今、ダークネスは自分自身の力のみで戦おうとしている。

敵は《神》が送り込んだ断罪を司る英雄騎と信仰と復讐に駆られた騎士団の生き残り、ついでに何故か雪菜と肩を並べている“影”の親玉であるカエデ。

奇妙な組み合わせに訝しみつつも、手加減できる相手ではないと意識を切り替える。だが、恐れは無い。

この戦いを乗り越えた先に目指す領域(ばしょ)へ至ることができると、確信を抱いているから。

 

「まとめて始末してやる――……来い」

「ハッ……上等ォ! どっちにしろテメェはブッ倒さなきゃならないんだ! ここで決着つけてやるぜ!」

「ったく、だまし討ちが俺の本領だってのによ……。ま、ご主人(カリム様)を護るためだ……いっちょ、気合い入れてやっか!」

「総員整列! 大罪を侵す悪鬼羅刹どもを、我らの正義の刃で裁く時ぞ!」

『応ッ!』

 

家族を、仲間を葬られた怒りの慟哭と共に殺到する騎士たちを前に、ダークネスの中にある“因子(ジーン)”が確かな脈動を始めていた。

 




セナ君がようやく全力全開モードに。
名前も”切名(通常時)”⇒”刹那(神なるモノ)”⇒”雪菜(イマココ)”とエボリューション。
とうとうダークさんと同格になってしまいました。
裏切った親友との一騎打ちに出し惜しみは無しということで、温存してきた切り札を投入。
ちなみに現在のセナ君の状態は、彼を送り込んだ女神の加護を得て、本来の英霊というポジからワンランク上の存在にブーストされています。

・作中で登場した魔法解説
●【海楼分かつ天極の槍(アマノサカホコ)
使用者:カエデ・リンドウ
対雪菜用に用意された水で構成される巨大な槍。
常に流動する水で構築されており、相手の武器と打ち合うなどの物理衝撃を受けても微塵も揺らがない強度を誇る。炎剣使いである雪菜を確実に仕留めるためだけに産み出された人造宝具。

●『焔き薙いて彩る蒼き勝利の剣(エンブレイズレーヴァテイン)
使用者:蒼意 雪菜
一太刀で世界そのものを焔き尽くすとされる『全てを焔き薙う勝利の剣(レーヴァテイン)』の真の姿。世界を壊さないように手加減された状態ですら、【海楼分かつ天極の槍(アマノサカホコ)】を一瞬で蒸発させるほどの破壊力と火力を誇る。
形状は宝石のように黒光りする両刃剣で中心に炎の揺らめきにも似た深紅のラインが走っている。
形状はSAOのダークパルサー。違いは、あちらが片手剣なのに対して、纏わせた炎を具現化することで身の丈に迫る大剣として実体化させている。ただし、本体はあくまで片手剣そのもの。
これは、ある意味で英霊を超えた存在へと昇華したことによるパワーアップの結果でもある。

●【幻想殺し(イマジンブレイカ―)
使用者:右腕だけ騎士甲冑を装備していない若き騎士
カリムから授かった対ダークネス用希少能力のひとつ。オリジナルの表層……『幻想を破壊する』と言う効果を疑似再現させたもので、ダークネスの纏っていた異能の結晶たる鎧を一撃で打ち砕いた。
ただし、ダークネス本人にダメージがないのは彼が一応『人間』のカテゴリーに含まれるからである。

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