魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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予想以上に文字数が増えそうなので前後編に分割。
ここまで温存してきたラストナンバーの正体がようやく露わになります。

ちなみに、ここから最後までシリアスで突っ走ろうかと思います。


公開意見陳述会

人生は泡沫の夢、儚いモノだと誰かが言った。

古人の名言というものは、実に的を得ているものだと思う。

現代に生きる人々は幾重にも身に纏った『嘘』というヴェールによって『己』を護っている。

誤魔化しの上に誤魔化しを重ね、いずれは真実すら虚言という毒に侵され、見失ってしまう。

故に、『縁』というモノはほんの小さな切っ掛けで崩れ去ってしまうのだ。

何と言う残酷。そして何と言う皮肉なのだろう。

ああ、大いなる《神》よ……。

どうして我ら“ヒト”をこれほどまでに不完全な存在として産み落とされたのでしょうか――?

 

 

 

 

「その答えを知りたいんなあ、どうしようもない痛みを乗り越えないといけないよー? け・れ・ど~……カリムちゃんにそれが出来るかな~?」

 

ページを閉じ、引き出しの中へと戻す。

口元に張り付けた様な微笑みを浮かべ、「くすくす、くすくす」と笑う。

閉じられたカーテンを開き、窓越しに見える青海の如き清々しい空を見上げ、目を細める。

この空の彼方、古人(いにしえびと)が夢見た天へと通じる無限搭(バベル)――時空管理局 地上本部――にて開かれているであろう『宴』を連想し、もう一度、ワラう。

まるで、童女の如き純粋な笑みを。

まるで、全てを睥睨せし悪魔の如き嗤いを。

 

くすくす、くすくす……

 

銀色に輝く髪を靡かせて、小さな聖母が来たる戦乱の幕開けに胸をときめかせていた――……。

 

 

――◇◆◇――

 

 

『知識』は持ち続けることに意味は無く、それを有効利用できて、初めて意味があるものとなる。

来たる『公開意見陳述会』に向けて、花梨たち儀式反抗派は自分たちがもつ強み……即ち、“原作知識”を公開する決断を下した。

とは言っても、真実を告げるのは機動六課の槍面に立つ隊長やフォワード陣、後ろ盾であるクロノたちに限定してではあるが。

この世界が“作られた物語(アニメーション)”であることをぼかしつつ、『公開意見陳述会』を発端とするスカリエッティの反乱と、その後の展開について可能な限りの情報を公開した。

理由は、参加者が非参加者の間にある『知識』を有するが故の心理的な壁(おもいこみ)を無くすこと。

そして、悲劇を生み出すことになる事件の被害を最小限に留めることが目的だ。

 

「『公開意見陳述会』当日、管理局の最高評議会――肉体的な寿命が尽きたっていうのに、自分たちがいなければ世界は成り立たないと思い込み、脳みそだけになってまで生にしがみついている老害共――に反旗を翻したスカリエッティが襲撃を仕掛けてくるわ。私たちの『知識』じゃあ、地上が権威回復の切り札として用意した魔導砲台“アインヘリアル”っていう兵器を戦闘機人が破壊、同時にガジェットの大軍と電子戦に特化した戦闘機人の攻撃を受けて地上本部の機能を壊滅させる。この時、建物内部で護衛任務を任されていたなのは、フェイト、はやての手元にデバイスが無かったこと、通信機能を制圧されたことで統率が取れなくなったことが原因になってフォワード陣が分断されてしまうわ。だから――潜入してきた複数の新たな戦闘機人に単独戦闘を余儀なくされたギンガは瀕死状態になって捕縛され、救援に駆け付けたスバルも重傷を負ってしまうの」

 

真剣みを帯びた花梨の視線を受け、ナカジマ姉妹の顔に驚愕が浮かぶ。

特にお姉ちゃんっ子であり、師匠の一人でもある姉が敗北するとは思いもしていなかったのだろう。

その顔には、はっきりと怪訝の色が見て取れた。

 

「地下通路っていう狭い空間、2対1と言う不利な状況、救援が駆けつける可能性が低い精神的に追いつめられた状態じゃあ、ローラーブーツの加速を利用する開けたフィールドでの戦闘を得意とするストライクアーツ使いが不利になるもしょうが無い事よ。――話を戻すわ。事件は地上本部だけに留まらないの。同時刻、主力がほとんど抜けている六課基地も敵の襲撃を受けて壊滅するわ。いいえ、寧ろ本命はコッチかもしれない」

「どういう事ですか!? 敵の狙いは六課(ここ)って……どうして!?」

「これはあくまでも私たちが持つ『知識』に記された事だって理解してね? その中じゃあ、旧市街地での戦いで保護された人物はヴィレオちゃんじゃなくてヴィヴィオちゃんだったのよ」

 

正史において、聖王のクローン体――通称“マテリアル”――として六課に保護された筈の人物は、幼く無力な少女……ヴィヴィオであるはずだった。

しかし、参加者という異物を取り込んだ歴史は少しずつ小さなズレを生じさせ、今ある現実といくつも異なる相違点を生み出してしまった。

アリシアの蘇生、似て非なるマテリアルズの存在、ルーテシアやゼストたちの立ち位置など、いずれも彼女らが知る“正史”と食い違いを見せている。

特に顕著なのが聖王のクローン体である二人(・・)の少女の存在だ。

正史では、六課に保護された後、なのはの娘となるはずだったヴィヴィオ。

しかしこの世界の彼女はダークネスに拾われており、キーパーソンとしての本来の役目を担っているのはヴィレオだ。

二人の聖王が同じ時代に存在するという状況。

スカリエッティの目的が古代ベルカ時代より現存する機動兵器『聖王のゆりかご』を復活させることというのは間違いないだろう。

ルビーと言えども、ゆりかごを超える兵器を早々生み出すことはできないハズ。

なによりも、定期的に葉月から受け取っていた調査結果より、聖王関連の遺物や多額の資金がスカリエッティへと送られていると言う事実を突きとめている。

このことから見ても、彼らが『聖王のゆりかご』というフラッグシップを起動させようとしていることは明白。

ならば、起動の鍵となる聖王の地を受け継ぐ者……ヴィヴィオかヴィレオの何れかを攫い、手駒にしようと目論んでいることは確定していると言ってよい。

 

「ま、要するにルビー共の狙いをぶっ潰すためには、お嬢ちゃん方を護り抜かにゃあいけねぇってことだな。つっても、こっちにゃあヴィレオしかいない訳だし? 実質、護衛するのは一人で済むってモンだ」

「セナ、そうは言うけど地上本部の方を疎かにする訳にもいかないでしょ? 花梨さんが教えてくれた敵戦力に、隊長陣クラスの大物もどこかに組み込まれる訳だし、戦力をこっちに集中させるわけにはいかないわ」

 

ティアナが懸念しているのは正史に存在しなかったイレギュラー、紫天の書一派三人とキャロ、リインフォース・ドライ。

そして何よりもルビーの存在が大きい。

彼女がもし前線に姿を現したとすれば、相手をできるのは花梨くらいしかいないからだ。

搦め手を多用してくるであろう彼女の相手をするには、刹那や宗助のような騎士タイプの魔道師では負担が大きすぎる。

 

「その辺は心配しなくてもいいと思うわ。ルビーはアイツ(・・・)の動きを警戒してるだろうしね」

「それって、ふぁーすとさんのこと?」

「ま、ね。なんだかんだでヴィヴィオちゃんを溺愛してるアイツが、あの娘を易々攫われるような真似はしないでしょ。ルビーも、ダークと決着をつけるのは最後の最後まで取っておきそうな感じがするし。まずは私たちと管理局を潰そうとしてくると考えていいんじゃないかしら」

「……ねえ、花梨。アリシアたちはどう動くと思う? ファーストも、同じ『知識』を持っているんでしょう?」

 

俯き加減のまま問いを投げるフェイトの様子に訝しみつつも、花梨は「あくまで推測だけど」と前置きを入れてから、

 

「アイツらは『公開意見陳述会』に干渉してくるつもりは無いんじゃないかな。もちろん、隙あれば私たちを倒そうと襲いかかってくるとは思う。でも、ダークの狙いは私たちじゃなく、いまだに姿を現さないNo.“ⅩⅢ”のほうだって考えて間違いないと思う」

 

儀式結界の発動などに関与し、開催者である《神》と繋がっている可能性がある最後の参加者。

いまだ儀式を中断させる手段を見つけ出すことが出来ない花梨たちをあざ笑うかのように、正体どころか、所在すら皆目見当もつかない人物。

ダークネスの言葉から幾度となく暗躍を繰り返している“影”の集団と繋がりがあるらしいのだが、管理局の伝手を使って調査を進めてきたが、未だ何の情報も手に入れることが出来ないでいる。

 

「今回の事件で事態は大きく動くことになるわ。その時、何らかの動きを見せるラストナンバーを見つけ出すことを優先する……ってのが、私の立てた推論よ」

「ラストナンバーか……」

 

刹那の声に、何か含むものがあったことに気づき、幾つかの視線が彼に向けられた。

刹那は一つ咳払いをして、

 

「もしかしたら、ラストナンバーは俺たちの身近に潜んでいるのかもしれねぇな」

 

火種となる一言を放り込んだ。

 

「いや、勘でしかないんだけどよ。戦局を有利に進めるためには立ち位置ってモンが重要になってくるだろ? 俺や姉御たちが六課に居るのとおんなじように、ラストナンバーも管理局とか聖王教会の内部に潜んでいたりするかもってさ」

 

一笑に出来ない発言だ。何せ、以前にも似たケースが存在していたからだ。

いち早く事態の情報を入手でき、かつ身の安全をある程度保障されている管理局の一員として所属するというスタンスをとっていた参加者……No.“Ⅷ”(アッシュ)を知るが故に。

 

「……まあ、ここでそれを考えてもしょうがないわ。今やるべきは、当日、いかにして敵の襲撃を防ぐかってことよ」

 

結局、推論は推論でしかなく、まずは目の前にある問題を一つずつ乗り越えていかなければならないと結論づけると、『公開意見陳述会』当日の警備人員の割り振りを再開した。

 

その後の討論で、各員の配属場所は以下のように決定した。

 

地上本部内、会議場:八神 はやて、高町 なのは、フェイト・T・ハラオウン、ギンガ・ナカジマ

本部周辺(上空):シグナム、ヴィータ、リインフォース・ツヴァイ

本部周辺(地上):蒼意 刹那、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル

機動六課本部:シャマル、ザフィーラ、高町 花梨、高町 宗助、八神 リヒト、ルーテシア・アルピーノ

 

デバイスの持ち込み不可となっている会場には、出席を上層部から命じられた隊長陣に加えて生身での近接戦闘に富んだギンガを護衛に付け、本部周辺の警護は副隊長+前線部隊。

ただし、この世界では健在であるゼスト隊も警護を担当しており、上空の司令塔として『陸のエース』ゼスト・グランガイツが、地上の指揮官として『地上部隊の女傑(アマゾネス)コンビ』ことクイント・ナカジマとメガーヌ・アルピーノが加わった。

六課本部でヴィレオの護衛に当たるのは、シャマルとザフィーラのサポート要員の援護を受ける花梨だ。予備選力として、宗助ら“ちみっこ三人衆”も一応の戦力として数えておく。

 

これだけの警備を敷いたのだ。きっと悲劇は回避できる。

花梨も、刹那も、宗助も、皆が信じ切っていた。

悲しみを生む連鎖を、ここで止めてみせるのだという覚悟を胸に、『公開意見陳述会』の開始を告げる鐘が鳴る。

しかし――新たな舞台の開演を告げる鐘の音は、悲劇と嘆きに彩られし喜劇の幕開けを指し示していた事にこの時の彼女らはまだ気づいていなかった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

『公開意見陳述会』当日。

討論会そのものは、ほぼ予定通りに進められていた。

地上と海の間にある垣根の深さをありありと見せつける結果としかならないかと思われていたが、意外な事に、お互いを弾劾するほどヒートアップすることは無かった。

と言うのも、タカ派である地上最高責任者 ゲイズ中将が、地上部隊の戦力増強を声高々に叫ぶこををせず、理論をもって論破しようとしてきたからだ。

地上と海に振り分けられる予算や偏った人員采配などのデータを民間人にも理解できるよう簡略化した資料を用い、外の世界へ目を向けすぎて足元をすくわれては本末転倒だろう、管理局発祥の地であるミッドチルダの治安を守ることの何が不満なのだと、静かに、されど強烈な意志を以て海の代表と相対したのだ。

これには視聴者である一般市民たちから大きな反響が返された。

彼らは、自分たちを護ってくれている地上部隊の主張をその通りだと、中将たちの努力のお蔭でミッドの平和は守られているのだと声高々に叫んだのだ。

これに動揺したのは海側の代表格だ。クロノを始めとする地上と海の関係を対等であると主張する穏健派はゲイズ中将の主張、しいては地上部隊全体の主張を真摯に受けとめ、今回の討論会がお互いに歩み寄るきっかけになると希望を抱いている。

しかし、自身の主張を叫ぶしか能が無いとたかをくくっていた海側の一部タカ派からしてみれば面白くない。

彼らは、碌に空も飛べない陸上魔導師ごときのために、人員や予算を割いてやる必要などない、むしろ新型次元航行艦の建造や空戦魔導師の練度を高めるために、更なる予算上乗せを決議させることこそが、管理局の存在意義であると本気で信じていたからだ。

生まれ故郷であるミッドチルダの平和を守ろうとする陸と、無限に広がる次元世界に法と秩序を齎す事こそが重要であると考える海とでは、どうしても価値観が異なってしまう。

穏健派はどうにか落としどころを見つけようと四苦八苦しているものの、根本的に頑固者である――ゲイズ中将然り、海の提督然り――者ばかりなので、議論は並行線を辿ってしまう。

さすがに一般市民の目がある前でお互いを罵倒したりはしないようだが、このままだといつ殴り合いに発展してもおかしくは無いだろう。

 

(あかん、頭痛たなってきたわ……。てか、カリムはさっきから何やっとんのや? こういう言い争いを仲裁するのが聖王教会の役目っちゅうとったのに)

 

はやての視線の先、討論会の檀上にある長机についた聖王教会代表者であるカリムとローラは、討論会が始まってから一言もしゃべらず、無言を貫いたままだ。

はやてと同じように訝しんだクロノが何気なく様子を窺っているが、彼にも反応を返さない。

静かに、討論を繰り返す者たちの様子を目に焼き付けるかのように黙したまま、眉ひとつ動かす様子を見せない。

しかも、カリムだけでなく隣に座るローラや彼女らの後ろに立つ聖王教会のシスターらしき少女たちまで無言を貫いている。

 

(あれ……?)

(なのは? どうしたの?)

 

ふと、護衛役のシスターを見たなのはが、頭の上に疑問符を浮かべる。

 

(うん……ねぇ、フェイトちゃん。あの子に見覚えあったりしない? 前にどこかで見かけた様な気がするんだよ)

 

周りに気づかれないよう視線だけで相手を示すなのはに言われ、問題の人物の顔をまじまじと見つめてみる。

なのはが違和感を感じたのは、三人のシスターの真ん中に立つ、一番小柄な体躯の少女だった。

サイズが合っていないのか、ややぶかぶかの法衣を身に纏い、裾の大きいフードを被っている。

ややうつむき加減になっているらしく目元は隠れてしまっていて、ここから見えるのは口元くらいなものだ。

いかに執務官であるフェイトをしても、たったこれだけの情報で相手を特定することは困難であると言わざるを得ない。

そう――普通ならば。

 

(あ、れ……?)

 

確かになのはの言うとおりだ。肌がほとんど隠れているので正確な体格もわからず表情も見えないと言うのに、どこか見覚えがある。

忘れてはいけないと彼女の心が叫んでいる気がした。

思い出さなければ。さもないと、大変な事になってしまう。

焦燥感にもにた不可思議な感覚に戸惑いつつ視線を逸らさなかったフェイトに気づいたのか、件のシスターがフェイトの方へ顔を向け、

 

「――ッ!?」

 

笑った。

たったそれだけだというのに、制服の下は汗でぐっしょりと濡れ、下着が肌に張り付いてくる不快感が背筋を駆け昇る。

一見するとお人形のような可愛らしい笑み。

しかし、フェイトの培ってきた執務官としての経験と勘が、微笑みの裏側に潜む悪意を確かに感じ取っていた。

それはまるで――子供が捕まえた虫の手足をもぎ取っていくような……純粋故の悪意に満ちた狂笑。

親友の様子から感じるものがあったのだろう。なのはもまた、少女に対する警戒度を引き上げ、いつでも動き出せるように重心を低くする。

デバイスの持ち込みが禁じられている会場にいる以上、相手も条件は同じはず。いかに危険な能力を持っていたとしても、魔力で身体強化したなのはとフェイト二人がかりならば抑え込む事も出来るはずだ。

緊張を高めていく部下の様子にはやてもまた意識を戦闘よりへ切り替えようとした――瞬間、

 

「なっ……おい! なぜ隔壁を下ろす!?」

「わ、わかりません! 管制室! どうした、何が起こった!? ――返事をしろ!」

 

突如として会場の出入り口に備え付けられた隔壁が作動し、会場を外と完全に隔離する。

と同時に、ザザッ――! というノイズが奔ったかのような雑音が響き、会場正面に展開された空間モニターに映し出されていた映像が映り替わる。

通信回線がジャックされたのだと人々が気づくよりも早く、そこに映し出された人物は、まるで己こそが世界の中心にいるのだと言わんばかりに芝居がかった仕草で両手を広げながら高らかに叫ぶ。

 

『やあ、管理世界に生きる紳士・淑女諸君。突然で申し訳ないが、私にも討論会へ参加する資格を頂けないかね? ま、答えは聞いていないのだがねぇ!』

 

広域次元犯罪者“無限の欲望”ジェイル・スカリエッティ。

 

稀代の犯罪者は心の底から楽しそうに嗤いながら、表舞台へと姿を現したのだ。

モニターに映るスカリエッティが会場を見渡しつつ、ニヤニヤと不快感しか感じさせない笑みを振り撒く。

やがて視線は、歯を食いしばり忌々しそうに睨み上げてくるレジアスのところで止まった。

 

『おや、誰かと思えばレジアス中将閣下ではないですか。お久しぶりですねぇ。前にお会いしたのは確か……貴方に戦闘機人に関する技術提供をさせて戴いた頃でしたっけねぇ?』

 

会場にざわめきが広がる。現地上本部最高司令と犯罪者の間に繋がりがあった。

蒼天の霹靂である一大スキャンダルである。先の発言の裏を取ろうと身を乗り出す記者たちを視界の端に捕えつつ、レジアスは鼻を鳴らしてマスコミ(ハイエナ)を黙らせる。

 

「ふん、よくもほざく。最高評議会の飼い犬の分際で、飼い主の手を噛むつもりか? 連中は管理局設立時より延命処置で生き永らえている化け物だ。奴らが生み出した人造魔導師(てごま)でしかない貴様に鎖を引き千切ることが出来るとは思えんがな?」

『ふふふ、ご心配してくれるのですか? ずいぶんとお優しくなられたようで……。やはりあれですか? 違法研究に手を染めてなお、力を渇望していたレジアス・ゲイズであろうと、孫のようにかわいい部下が出来たら牙を抜かれた獅子へと堕落してしまう、と。しかし何と言う皮肉なのか……よりにもよって貴方があれ程憎んでいた古代遺産(ロストロギア)、それもかの悪名名高い“闇の書”の主である八神 はやてが切っ掛けになって真っ当な道へ引き戻されるなんてねえ? そうは思わないかい、八神 はやて部隊長殿?』

 

まさかこのタイミングで自分の方へ飛び火してこようとは思ってもいなかったはやての肩が大きく跳ね上がる。

彼女自身、“闇の書”の主であったという負い目を抉られ、反射的に俯いてしまいそうになる。

だが、

 

「――――」

 

レジアスと目があった。

“闇の書”の主と言う単語に恐怖、嫌悪感を顕わにする者が少なくないこの場にいて、彼の眼はいつも通り、彼女が見慣れた不遜な物だった。

故に、そこに込められたレジアスの想いを読み解き、理解することが出来た。

 

――どうした? この程度で潰れるのか、小娘?

 

「――ハ」

 

失笑が零れる。

何ショックを受けている? この程度の視線に晒されることなど、今までにも数多く経験してきたではないか。

過去は変えられない。けど、未来は変えられる。

たとえ、元犯罪者という烙印を押されたとしても、自分は、『時空管理局局員』八神 はやての覚悟は、そう容易く折れてしまうような脆弱な造りをしていない!

口惜しさに噤んでしまいそうになった頬に力を込めて、口端を吊り上げる。

一度だけ瞼を閉じて、己の心を奮い立たせる。

ゆっくりと息を吐き出しながら、粘ついた笑みを張り付けたままのスカリエッティを睨み返す。

はやての表情に悲壮感と言った感情が見て取れないことに気づいたのか、おや? と首を傾げるスカリエッティ。

予想とは正反対の反応を返した少女を、不思議なものを見たかのような様子に、レジアスはしてやったりという不敵な笑みを浮かべた。

 

「小娘を弄って悦に浸るとは、予想以上に小物臭が漂っておるぞスカリエッティ。とはいえ、そこな子狸は貴様如きの言葉で揺らぐほど繊細な作りをしてはおらんのだがな。――過去はどうあっても帰られん。それは、かつて地上の戦力強化を狙い、違法研究へ手を伸ばしかけた儂や、第一級危険指定物の主に選ばれた小娘(はやて)であってもな。……いや、代えられぬからこそ、後悔に立ち止まることはゆるされん。これからの未来を作りだす礎となる……それこそが、儂らに下された運命であるのだからな」

「美味いこと纏めたつもりやろうけど、ちゃあんと聞き取りましたよ? 誰が子狸やねん! いい加減その呼び方変えろや、髭ダルマ!」

「上司に向かってその言葉使いは何だ、馬鹿者! 部隊運営云々を覚えるより先に、まず礼儀を覚えてから出直してこんか!」

「その言葉、そっくりそのまま返したるわ!」

 

売り言葉に買い言葉。

もはやスカリエッティのことなどどうでもいいとばかりに口喧嘩へ移行するはやてとレジアス。

いつも通りと言えばいつも通りな二人の様子に、彼らを知る者たちはそろって呆れ顔を浮かべる――と同時に、会場に潜んでいるかもしれない敵勢力を警戒しつつ、騒動を鎮圧すべく戦意を高めていた。

子供じみた口喧嘩を繰り広げるレジアスとはやてのやり取りに一般人は呆気にとられ、モニターに映るスカリエッティの意識も二人の方へ向けられていた。

それはつまり、なのはら腕利きの魔道師たちへの警戒が薄れているということ。

はやてとレジアスは、僅かなアイコンタクトで自分たちを囮に使うことを思い付き、その策を実行した。

そう、スカリエッティの発言で否応なしに注目を集めることになった状況を逆手に取ったのだ。

花梨から、こう言った状況になることをあらかじめ教えられていたはやては目論見がうまくいったことに内心でほくそ笑む。

こうして時間稼ぎをしている間にも、異変を察知した護衛部隊が向かってきている筈だ。

地上所属の魔道師だけでなく、海側からも人員を派遣されているのだから、戦力的に問題は無い。

後は、スカリエッティの号令と同時に動き出すであろう戦闘機人たちを外の部隊が抑えてさえくれれば……と、願望まじりの予測を立てた、その時だった。

 

「ドクター、何乗せられておるなりよ。お前様は稀代の革命者として歴史上に名を刻み付けることになるのだから、もう少ししっかりしてほしいものなりね」

 

踵にまで届く長い髪をかき上げながら、まるで旧知の友人へと話しかける様な気安さで語りかける女性がひとり。

 

「お前様は管理局が行ってきた闇の象徴のひとつ……アルハザードの叡智を吸い出すために生み出された最高評議会印の人造魔導師。まさに、正義の仮面を被ってきた腐敗組織に反逆する革命児。だからこそ、聖王教会はお前様を受け入れたなりよ?」

『クックック……これは失礼を、ミス・スチュアート。狸と子狸の演劇があまりに面白くてねぇ。ついつい見入ってしまったのだよ』

 

酷薄な笑みを張り付けたスカリエッティと、まるで旧知の間柄のような談笑を交わす。

予想外の人物の動きに驚いて口論を止めてしまったはやてたちの目の前で、法衣から覗くしなやかな指先を唇に当てながら蠱惑的な微笑を浮かべた女傑……ローラ・スチュアートが声高々に宣言する。

 

「子狸、つまらん小芝居で時間を稼ごうとも、無駄無駄無駄なりよ。何故なら――」

 

パチン、と指を鳴らす。すると、無数の空間投影モニターが展開され、地上本部各所の映像が映し出される。

そこに映し出されていたのは、傷つき、息も絶え絶えになりながらも必死に抵抗を続けている管理局員たち。

 

そして――

 

「戦闘、だと!? バカな!? 警報はどうした!?」

 

地上本部を包囲する様に展開されたガジェットの軍勢のAMFで魔法が使えなくなった局員たちをなぶり殺しにしていく青いボディスーツ姿の少女――戦闘機人たちと、不可思議な光に包まれながら平然と魔法を発動できている聖王教会の騎士の姿が、会議場にいる人々の目に飛び込んできた。

 

「この建物の内部は、すでに我ら聖王教会が制圧済みじゃからねぇ」

 

驚愕を顕わにする一同の様子をさも愉快そうに眺めながら、ローラの笑い声がやけに大きく響いた。

 

 

――◇◆◇――

 

 

始まりは突然だった。

地上と海、相反する思想を持つが故にいがみ合っていた両者が共同で警護を行っていた地上本部。

守護者が住まう宮殿を思わせるその場所は、真新しい破壊の爪痕が深々と刻み付けられていた。

血を流し、うめき声を上げながら地に倒れ伏す局員たち。屍の仲間入りを待つだけの有様となった彼らの中心に、背中を預けながらお互いを支えあう少女達の姿があった。

 

「っ、ハァ、ハァ……ティア、まだやれそう?」

「誰に、モノ、言ってんのよ……アンタこそ、息切れしてんじゃないの。体力バカのくせに、だらしないわよ」

「あはは、ヒドイなあティアは」

 

そこにいたのは、警護部隊に配属されていたスバルとティアナであった。

疲労と激痛で震える手足を胸中で叱咤し、軽口を叩き合いながらトンでしまいそうになる意識を保っている。

バリアジャケットは所々焼き焦げ、とめどなく溢れる鮮血で少しずつ紅に染まっていく。

それでも、ここで気絶する訳にはいかない。正面玄関付近の警護と言う重要な任務を任せてくれた隊長たちの想いに応えるためにも、ティアナ・ランスターに諦めるという選択肢は無い。

砕かれていないクロスミラージュの銃口を襲撃者へ突きつけ、痛みで朦朧する頭で術式演算を行う。

相棒の決意を感じとったスバルのリボルバーナックルが薬莢を吐き出し、唸りを上げる魔力を拳へと集束させた。

 

「あぁん? ンだよ、その(ツラ)ァ……気に入らないねえ。まァだ、生き残れるって思っていやがったりするのかよ?」

 

吐き捨てるように二人を睥睨するシスターが、明るすぎる緑光を放つ魔力球を手のひらで弄びぶ。

聖王教会のシスター服の上からでもわかる肉付きの良い四肢を持つ女性。

膝上ほどしかないミニスカートに肩などの各部が露出したかなりの改造が施されたシスター服を纏っている彼女こそ、この惨劇を産み出した元凶であった。

 

「マジ、ウザッてぇ……チッ! あの次期教皇(おんな)が念入りに潰しとけって言うもんだからどれほどのもんかと期待してみれば……しつこいだけの雑魚じゃねぇか。面白くもなんともねぇ……あ~あ、こんな事ならスパイ野郎(ユダ)の獲物ととっかえとくべきだったか。英雄様(・・・)とやらのほうが、まだ潰しがいが――」

 

女性は響が削がれたとばかりに溜息を吐きつつ、ティアナたちに聞こえる様(・・・・・)な音量で“独り言”を呟く。

 

「……待ちなさい。どういうことよ、ソレ……」

 

予想通り喰い付いてきたティアナに見えないよう、愉悦に歪む口元を手で隠しつつ、表面上はさも“口が滑った”とばかりの表情を作りながら、

 

「んん? あ、聞こえちゃったぁ? いやー、うっかり口が滑っちゃったか。失敗、失敗♪」

「答えなさい! アンタ、今……英雄って言ったわよね!? まさかそれってセナの事じゃないでしょうね!?」

「うっわ、マジで? 恋人を心配するヒロイン的な台詞をナマで聞ける日が来るなんてねぇ。青臭い恋愛劇ってヤツぅ? チョーうけるんですけどぉ」

 

猫が羽を捥がれた小鳥を弄り、命尽きるまで弄ぶかのように。

神経を逆なでる甘ったるい声とリアクションで不安と焦りを煽っていく。

冷静であらなければならないと理性が叫ぶ。しかし、想い人の危機を前に本能を抑え込むことが出来るほど、ティアナは大人に成りきれていなかった。

思わず掴み掛ろうとする相棒をスバルが羽交い絞めにして抑え込む中、とうとう堪えきれなくなった女性が腹を抑えながら大声で嗤う。

 

「はッ、ハハハハハハハ! な~にを動揺してやがんだよマ・ヌ・ケ♪ 騙し騙され、殺し殺されは世の常だろうがよぉ。テメェらが仲間だって思い込んでいた奴が実は裏切り者で、テメェの王子様が喉元カッ捌かれるってだけだってーの。管理局員のくせに、この程度の覚悟も持ってなったのかよ、救いようがねぇ牝ガキどもだぜ」

 

冷静さを失っている未熟な少女たちの心に、蠱毒の塊である敵の言葉が染み込んでいく。

 

“裏切り者”

 

戦術において、相手を内側から喰い破る定番の策とも呼ばれるそれが自分たちの身に降りかかったというのか。

敵の妄言だと切って捨てるのは簡単だ。しかし、目の前に仲間だと思い込んでいた聖王教会のシスターが敵として立ち、地面に倒れ伏した管理局の仲間たちを殺したのも揺るぎようの無い事実。

真実なのか、それとも虚言なのか。思考に気を取られ、トリガーにかけた指が石化したかのように動かない。

 

「ヴァ~カ、この程度で動揺してんじゃないっての。やっぱりこの程度だったかよ。もういいや、――……死んどけ雌豚(クソアマ)

 

吐き捨てられた暴言と共に撃ち出された明るすぎる閃光が、ティアナたちを呑み込んだ。

 

 

――◇◆◇――

 

 

公開意見陳述会で起こった事件の全貌は、会場内にあるテレビカメラによってリアルタイムで放送されている。

映像を視聴できる次元世界の人々の殆んどは、驚きと興奮、そして不安が入り混じった表情で映像機器に見入っていた。

ジェイル・スカリエッティと共謀した聖王教会の反乱(クーデター)

まさかの事態に皆が言葉を失う中、ひときわ大きなショックを受けていたのはクロノ・ハラオウンら六課の支援者だった。

友人が起こした突然の狂乱に動揺するはやてよりも、仕事上の付き合いとして接する機会が多かった彼らにとって、カリム・グラシアと言う人物は、優しく、聡明な女性であった。一瞬、聖王教会の一部が暴走したのではと淡い希望を抱いたが、カリムの横顔を見て、違うと悟る。

本気の顔だったからだ。命じられたから仕方なく行動しているのではない。己自身の意志で、彼女がここに立っているのだと理解させられたから。

 

「皆様はご存知でしょうか? 彼ら管理局が掲げる”正義”という理念……その裏側に隠されている恐るべき真実を。”正義”という耳障りのよいお題目を掲げた彼らは、時に非人道的な行為すら正当化してしまうことがあるのです。もちろん、いきなりこのような発言を耳にしても信じられないでしょう。私自身、彼らの存在が世界に平和と秩序を齎しているのだということを十分に理解しているつもりです。……ですが、だからといって、私たち聖王教会に助けを求められた人々の無念と悲しみを反故にして良い理由になりません。故に私は、残酷な真実を白日へとさらす『決断』を下したのです。たとえそれがーー大切な友人との絆を永遠に失うこととなったとしても」

 

カリムは、はやてへ思わせぶりな視線を向けながら手元の端末を操作する。

すると、展開されていたモニター郡が左右に割れ、その中央に新しいモニターが出現する。

映し出されたのは研究員の風体をした妙齢の男女。

白く、清潔感を感じさせる部屋の中央に置かれた椅子に腰掛けた彼らの表情は、どこか悲壮感が漂う。

 

「皆様にもご紹介させていただきます。こちらの方々は有栖(ありす)夫妻といい、聖王教会管轄の児童保護施設の職員を勤められておられます。両親から愛情を受けることができず、孤独に苛まれる幼子たちのケアを任される、すばらしい人徳の持ち主なのです。しかし――」

 

思わせぶりに視線を落とす。その姿はまるで、悲しい現実を民衆へ告げることを心苦しく感じているかのよう。

 

「遡ること数年前……とある悲劇が彼らに襲い掛かりました。お二方が愛してやまないご子息が何者かに誘拐されてしまったのです。もちろん、当時の我々も全力を持って少年の行方を捜索いたしました。ですが、なんら手がかりを得ることもできぬまま、卑劣なる手段で引き裂かれた家族の絆を取り戻すことができないでいたのです。ーーですが! 長年にわたる独自の調査によって、ついに彼の所在を突き止めることができたのです。その証拠が……こちらです!」

 

カリムの言葉と共に、先ほどのモニターの画面が変わり、二枚の写真が映し出された。

 

ひとつは、3歳程度のころに撮影されたものなのだろう、夫妻に抱きかかえられた幼子の写真。

 

もうひとつは、とある少年の姿が映し出された。

 

二枚目のそれに映し出された人物を目にして、会場のいたるところから驚愕と疑念雑じりのざわめきが広がった。

なぜならば、

 

「お、おい、あれってまさか……」

「いや、でも、ありえないでしょう? だって、もし本当のことだったら、誘拐犯っていうのは――」

 

そこに映し出されたのは、下校途中の生徒らしき人物の写真。

学園の制服に身を包み、和気藹々と談笑している少年。彼の両脇には、白雪の妖精を髣髴させる可憐な白い少女と、強い意志を秘めた利発そうな顔つきが似合う紫の少女が肩を並べている。

彼の正体を見まごうことは無いだろう。

つい先日にも大々的なニュースとして取り上げられたアグスタ事件の被害者であり、かの名高き空のエースの姉を母とする少年――高町 宗助――だったのだから。

 

「カリムさん!? どうして、こんな――!?」

「真実ですよ、なのはさん。これはね、揺るぎようの無い真実なのです」

 

動揺を隠せないなのはたちへ一瞬だけ視線を向けると、カリムはまくし立てる様に言葉を続ける。

 

「皆様の驚きは当然のことだと思います。私自身、このような事実を知らされた時は何かの間違いであってほしいと天へ祈りをささげました。しかし、これはゆるぎない真実なのです。目をそらさず、受け入れなければなりません」

 

モニターの向こう側では、宗助の実親を名乗る男女がハンカチで涙をぬぐい、息子を返してと懇願する光景が。

情報の真偽は定かではないとしても、人の情に訴える策というものは得てして効果を発揮するものだ。

事実、会場の至る所から夫妻を同情する声が、そして――花梨を非難する声が上がりかけている。

今はまだ困惑の色合いが強いが、このまま放置してしまうと間違いなく彼女らへの悪意へと膨れ上がってしまうだろう。

 

(アカン、この流れは危険や。どうにかイニシアチブを取り戻さな!)

 

何とかして話の流れを取り戻そうと口を開こうとした瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように再度映像が切り替えられてしまい、人々の注意がそらされてしまう。

 

「人の煽り方を熟知している……なんて、女……!」

 

レジアスが舌を巻くほどに、効果的な策だと認めざるを得なかった。

宗助の所在を突き止めておきながら今まで表立ったリアクションをとらなかったのは、全てこのためだったのだ。この場合、真実かどうかなどは問題でない。重要なのは、エースオブエースの姉が教会関係者の子を息子としていることだ。この件に無関係である民衆は、興味半分に騒ぎ立てることだろう。自分には関係ないから。そんな自分勝手で浅はかな考えで。人から人へと移るうちに誇大増聴された噂は悪意を内包し、それを耳にした人々に疑心が生まれる。それは見えない鎖となって花梨の動きを拘束してしまうことだろう。

例えるなら有名料というやつだ……大衆になまじ顔を知られてしまっている故に、彼女は風評という名の見えない鎖で拘束されてしまった。

だが、聖王教会の糾弾は止まらない。表面上は平静を保っている管理局の代表者たちへと矛先を変える。

 

「彼女は組織の人間ではない。そんな都合の良い言葉で自らの罪を覆い隠し、希少価値の高い人材や古代遺産を独占する……はたして、このような暴挙が許されて良いのでしょうか?」

「暴挙だと……! 教会は我らの存在意義を否定するというのですか!?」

 

この発言には、伝説と呼ばれる老提督からも怒りの声が上がる。自らの人生を賭して貫いてきた信念を否定される言葉を聞き捨てる事は出来ないからだ。

 

「平和を守る正義の執行だと耳触りの良い言葉で着飾ってはいても、その内情は兵器の独占ではありませんか」

「……確かに、一部強引な手段で古代遺産の確保・回収を行っていること認めよう。我々の方針を受け入れられず、反対運動を行う集団がいることも理解しています。ですが、我々の目的はあくまでも次元世界の平穏そのもの。決して俗物的な考えに取り付かれているわけではない!」

 

ここで、カリムの隣で腕を組み、瞠目を貫いていたローラが動きを見せる。

眼を開いた彼女は、静かな怒りをあらわにする老提督へ冷めた目を向ける。

 

「ほぉ? なるほどなるほど……お前さんらの言うところの正義とやらは、犯罪者に古代遺産を受け渡すような行為のことを言うけりね?」

「なんですって?」

「――ッ!?」

 

言葉の意味を理解した瞬間、心当たりのある者たちの背筋が凍りつく。

開示されようとしている情報、それに含まれるものがどれほどの危険を内包しているのかを理解しているからだ。

反射的に飛び出すように腰を上げ、届くはずも無いのに腕を伸ばそうとしてしまうはやて。しかし、その反応を予測していたかのように気配を殺してはやての背後へと回り込んだシャッハが、彼女の細肩に腕を伸ばす。

 

「どうか、お静かに。騎士ローラの話はまだ終わっておりませんよ」

「っ!? なにを悠長なこと言っとんのや。アンタらは、あの人の恐ろしさを何一つ理解できとらん! 馬鹿な真似はやめるんや!」

「馬鹿な真似? 真実を暴き、白日の下にさらすことの、どこが愚かであると? 大体、犯罪者を恐れているような口ぶりは局員としていかがなものかと思いますが? 平和を守るため、人々の安寧を守護する存在だと豪語している組織の者の言葉とは思えませんよ」

「違う! そういう意味で言っとるんやない! 本当の事を知らない方がいい事だってあるんや!」

「それを決めるのは貴方ではありませんよ、はやて。それにほら……もう、手遅れです」

 

シャッハが視線を動かすと、画像の変更が済んだところだった。

 

「アカン……やめて……やめるんや――や、やめろぉお――っ!」

「ご覧ください、これが法の守護者と豪語してきた者たちの真実です!」

 

切り替えられた映像が予想通りのものだったことに、なのはとフェイトの顔から血の気が引き、事情を知らなかった三提督やレジアスは驚きで目を見開く。

映し出されたのは蒼く輝く宝石が収められた箱を黒髪の青年へ手渡している老成した男性。

箱の外装には力を宿す言葉である複雑怪奇な文様が刻み込まれており、箱自体も特別な価値を持つ物体であることは一目で理解できる。

青年も明らかに堅気でない雰囲気――映像越しにでも感じ取れるすさまじい存在感――から、相当な危険人物……次元犯罪者であると予測できる。

 

だが、問題は老人の格好にこそあった。

立場の高さを示す勲章を装着された管理局所属の高官服。服のデザインから、老人の正体が海に所属する提督であることは一目瞭然だ。

何よりも、この場に居合わせた人々の中で、老人の顔に見覚えがある者が少なくなかった。

 

『ギル・グレアム』

 

英雄とも呼ばれたことがある歴戦の勇士にして、忌まわしき古代遺産を一度とはいえ破壊したとされる人物だ。

10年前、彼が私怨で復讐に走ったことは伏せられているので、本人のイメージは『世界の危機を救った英雄』として定着している。

局員の鏡とも呼ばれた彼が、危険度の高い古代遺産を最上級の危険人物へと譲渡している映像はすさまじい衝撃となって会場を駆け巡った。

 

「老年の紳士の名前は皆様もご存知でしょう。そう、かつて英雄と呼ばれた方でさえ、私利私欲のために犯罪者へ古代遺産を横流すことをいとわないのです。それもこれも、我らベルカを起源とする古代遺産……忌わしき禁断の書物へと穢れ堕ちてしまった夜天の魔道書と数百年の英知を秘めた管制人格を管理局の手中に収めるために」

「それってまさか……闇の書のことですか!? しかし、あれは十年以上前に破壊されたはずでは!?」

「いいえ、それは真実を隠蔽せんとした彼らが流した虚言です」

 

カリムの言葉を引き継いで、ローラが説明を続ける。

 

「そう、先ほど見せた映像に登場した男。古代遺産を差し出すことを代価として、あの男は不可能とされる奇跡を実現して見せたなり。つまりは――生命の創造」

 

ローラの言葉を聴いた者たちはそろって言葉を失い、静寂が会場を包み込む。誰かが息を呑む音がやけにはっきりと耳へ届く。

 

「グレアム氏は宝石の種を代価に願ったなり。第一級危険指定物にランクされるほどに膨大なる力とそれを扱うことができるNo.“Ⅰ”という存在を自らの所属する組織へ引き込むことを! 本来ならばベルカの末裔が集う我々の同志として、教会の騎士となるハズでござんした。けれど、自らの信念を捻じ曲げてまで家族を救ったのだと子狸に信じ込ませることで管理局への恩義を抱かせ、隷属させた! もうお分かりでございませう? ーー彼の目論見は成功したのだ。消滅する以外に道が残されていなかった管制人格を、あの男……No.“Ⅰ”が人間の少女へ作り変えることで!」

「やれやれ、教会のお嬢さん方は少々ロマンチストすぎるようじゃな。バカバカしいにも程がある」

 

呆れを多分に滲ませた視線を向けるのは伝説の三提督と呼ばれた生ける伝説のひとり。

無機生命体を勇気生命体へと転生させるなど、人間の領分を越えた奇跡であると理解しているが故の発言だった。

だが、彼は知らなかったのだ。この世界には、人間の理解を超えた奇跡をたやすく起こせる規格外が存在することを。

 

「ほぉ? これを見ても同じことがほざけるなりか?」

「ふん、何を見せようと無駄な――っ!?」

 

不可能と一笑したはずの奇跡、プログラムの残骸であったハズの存在が人間の赤子へと転生していく一部始終の映像を提示され、伝説と呼ばれた男は二の句を継げられずに黙り込んでしまった。

 

「ご覧いただけましたでしょうか? No.“Ⅰ”、彼は文字通りの奇跡を起こすことができるのです。それこそ――死者を蘇らせることも、ね」

 

馬鹿な!

出来っこない!

デタラメだ!

 

納まる兆しを見せないほどの喧騒が会場を支配し、憶測が憶測を呼ぶ収拾のつかない事態となって行く。

混乱しか生まない真実を怒濤の如く連続で語り、冷静さを失わせることで場を支配する。もはや、この会場を発端とするうねりは、完全にカリムら聖王教会の手中にあった。

 

「出来ますよ。だって彼は人間じゃない……世界の在りようを思うがままに作り変えることが出来る超越存在――《神》の候補者なのですから」

 

ダークネスが、花梨が、宗助が……『参加者』の誰もが語ろうとしなかった真実。

無意識の内にそれ(・・)を禁忌として触れないようにしてきた事実を語らんと、カリムは激しい動悸を繰り返す鼓動が納まるのを待って、告げる。

 

「改めて自己紹介をさせて戴きます。私の名は『カリム・グラシア』――こことは違う世界で生と死を体験し、《神》の手によって“転生”した来訪者にして参加者――……No.“ⅩⅢ”(ナンバー・サーティーン)と呼ばれる存在で、新たなる神を創造する闘争儀式“神造遊戯(ゲーム)”の参加者であり、そうで無い者(・・・・・・)でもあります。皆さま、どうかご清聴ください。これから私が語る――……“真実”を」

 

映像越しに自分を見ているであろう『敵』へ宣告するように、カリムは語る。

彼らが告げることを恐れていた、この世界の真実を。

 

「あの女ぁ……!」

 

拠点のひとつであるホテルの一室で、手の皮を裂くほどに強く拳を握りしめたダークネスが怒りに肩を震わせる。

自分の目論見が外れたことに対してのみではない。予想を上回る『敵』のしたたかさを見下していた己の愚かさに憤慨して。

 

「もう……“原作”なんてどこにもないのかもしれないわね」

 

六課の食堂に備え付けられたテレビを見つめながら、花梨は小さく呟く。

信頼を失いたくない、もし本当の事を語ったら軽蔑されてしまうかもしれない。

臆病な心が軛となって、家族にも打ち明けられなかった事実を語る新たなる敵(カリム)の覚悟に、素直な称賛を抱く。

 

「でも、まだ終わってない……スカリエッティと手を組んでまで、彼女はいったい何をしようと言うの……?」

 

この世界は参加者(かりんたち)のために想像された箱庭で、彼ら以外は蚊帳の外から眺める事しか出来ない観客である。

何故ならこの世界は――……彼女たちが知る所の空想上の産物、二次創作の世界なのだから。

禁忌を語り続けるカリムの思惑を理解できず、花梨と宗助は周囲から突き刺さる懐疑の視線に耐え続ける事しか出来なかった。

 




ついに表舞台へと登ったラストナンバーこと、カリム姉さん。
ダークさんが”能力”で見抜いた通り、彼女が13番でした。――まあ、結構なイレギュラーなんですが。参加者としての彼女の異質、矛盾点をどうクリアしたのかとかその辺の説明は次回で。

ちなみに、スカリー博士と教会が同盟を結び、ゲーム云々を暴露するのは当初から決めていたことなんですよ。

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