魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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予告通り、葉月嬢最後の戦いです。
そして、散々引っ張ったフリードの正体がようやく露わに。


万物喰らいし死竜の咢

今より10年ほど昔。

J・S(ジュエルシード)』事件が集結し、次なる戦いの時に備えて力を蓄えていた頃、筋トレに勤しんでいたアルクには気になっていたことがあった。

 

「葉月ー、お前さんって何か夢とかあンの?」

「どうしたんですか、アルクさん。突然そんなことを言い出したりして?」

「いやさ、俺らは“神造遊戯(ゲーム)”が気に入らねェって理由でつるんでる訳じゃん? 様はもういっぺん死にたくない、生き残りたいって奴が集まってるわけだけど、良く考えたら俺たちって生きる目標とか、そういうのを話したりしてないなーって思ってサ」

「……なるほど、それは確かに。儀式を生き残る、或いは儀式そのものを崩壊させるという事ばかりに目が行っていたのかもしれませんね。――ちなみにアルクさんは何か目標とかあるのですか? いつか、私たちが“神造遊戯(ゲーム)”から解放された時に叶えたい夢が」

「俺か? 俺は勿論プロのトレジャーハンターだぜ! スクライアに生まれてから遺跡調査の楽しみって、っていうかスリル? 埃被りの古代建築物を探検するロマンや数々の罠をすり抜ける時の興奮って言ったらもう……! いっぺん味わっちまったらもう抜け出せないゼ!」

「根っからのアウトドア系なのですねえ」

「おうさ! ……で? 葉月はどうなんよ?」

「私ですか……。私は、多分家を引き継ぐのではないでしょうか? もちろん儀式が終わるまではミッドに一時移住するつもりではありますが、諸々の騒動を終わらせることが出来れば、地球(こっち)に戻って家業を継ぐと思います」

「うへぇ~……、お嬢様って大変なのな~。籠の中の鳥、って感じがするゼ~。俺には耐えられそうにはねェや」

「ふふっ、慣れてしまえば良いものですわよ? 何を隠そうこの私、前世でも某資産家の一人娘でしたから」

「マジでっ!? 二世界連続のお嬢様!? 何その勝ち組!?」

「あらあら、ありがとうございます。――でも、ね。時々、こうも思うんですよ。『誰かに傅かれる立場に居る自分も、大切な“誰か”のために自分の全てを賭してみたい』……ってね。まあ、夢見がちなお嬢様の妄想とでもとって下さいな」

「ふ~ん……、それってさ、全身全霊を賭けて想う相手が見つかったらって事だろ? 良いじゃんそれ。その夢、いつか叶うと良いな!」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 

――◇◆◇――

 

 

「――……っ、随分と、昔の夢を……ッ、あぐっ!?」

 

死の気配を宿した風を頬に感じながら、葉月は霞がかった意識を繋ぎ止めようと頭を振る。

途端、右足を発端とした焼けつくような痛みが全身を駆け巡る。

歯を食いしばり、脂汗を滲ませながら壁に手を当てて支えにすると、無事な左足に力を込めて何とか立ち上がる。

 

「ぐっ……はぁ、やって、くれますわね……狂信者さん?」

「――」

 

血を流し、痛みを堪えて美貌を歪ませる葉月と対峙するのは、無言を貫く漆黒の“影”もかくやと言う姿の()

黒い外装で全身を覆い、僅かに感情が伺えるのはフードから覗く口元のみ、

不意打ちを仕掛けてきた敵を見据えながら、葉月は手元に浮かぶ【グリモワール】に指をかけた。

 

ここはベルカ地方に建てられた聖王教会系列に属する教会の一つ。

無限図書館の司書長補佐として数多くの情報を閲覧する権限を与えられていた葉月は、アグスタで発生した戦闘で負傷したユーノの代理として臨時の司書長を務めていた。

そんなおり、司書長でしか閲覧を許されていない禁書の中に、古代ベルカ時代の文献に気になる記述が残されていたことを見つけ出した。

それは聖王教会が極秘に保管している『聖王オリヴィエ』の聖骸布、教会本部で保管されている筈のそれと同種の遺産が残されている可能性を示す文献だった。

信仰と伝承によって力を得た聖骸布が、それだけで非常に稀有な古代遺産(ロストロギア)に比類するほどの価値と危険性を持つ。

もし葉月の“知識”にあるクローン技術を有した犯罪組織などの手に渡ってしまえば、最悪、『聖王のクローン』が大量生産されてしまう可能性もある。

むろん、天才と称されるプレシア・テスタロッサやジェイル・スカリエッティのような稀有な存在でなければ完全な形での生成は不可能だろうが、劣悪な消耗品、あるいは使い捨ての生体兵器として扱われてしまう可能性は決して低いものではないだろう。

それを察した葉月は、聖王教会本部において古代文献を扱う担当官に事情を説明するとともに、彼らと協力して聖骸布が残されていると思われる場所の調査に赴いたのだ。結果は――ビンゴ!

年季を感じさせる教会の裏手に残されていた石碑、その下に隠されていた隠し階段の奥底にそれ(・・)は保管されていた。

ほぼ硬質化している赤黒い染みのような痕――血痕――が残された骸布。そう……聖王時代にその名を轟かせていたとされる古の王の物であると推測される聖骸布を。

 

「これはこれは、予想以上の成果といって過言ではあ――っ、何者!?」

「如月司書長代理!? うわあああっ!?」

 

予想以上の重要物の発見に慄く間もなく、それをどうすべきかいったん表の教会に戻って聖王教会から派遣された騎士と相談を交わしていた葉月たちを強襲したのは――……黒い“影”。

 

「また、あなた方ですか!」

 

白く輝く短刀を振るい、教会の騎士を全滅させたのみならず、葉月にまで手傷を負わせた“影”と睨みあいながら、葉月はこの状況を打破する手段を模索する。

 

――逃走……は、却下ですわね。敵の動きは明らかに口封じ。つまり、目的はあの聖骸布ということ……。

 

ちらりと視線を足元へと移す。そこには首筋を切断されて事切れた騎士の亡骸。

構えもせず、だらりと下げられた刃には毒が塗ってあったのか、先ほどから葉月の視界がブレ、熱に侵されたかのような気怠だが彼女の全身を襲い続けている。

それでもこんな所であきらめることなど出来ない。

葉月は目の前の相手を倒すために、その身に魔力を滾らせつつ、【グリモワール】の頁を勢いよく捲る。

 

――長期戦は不利! だったら……!

 

「【グリモワール】ッ! Code:古代暗黒魔法(エンシェントスペル)展開(レリーズ)!」

『了解です!』

 

主の命に応える様に、眩い魔力光を放つ【グリモワール】の頁が紙片となって宙を舞い、それらひとつひとつが魔力を生成する魔法陣へと転化する。

 

「カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク! 灰塵と化せ冥界の賢者 七つの鍵を持て 開け地獄の門!」

 

詠唱によって紡がれた魔力が破壊の咢となって雄叫びを上げる。

手負いの獣と油断していたのか、“影”は僅かに回避に移る反応が遅れてしまう。

 

「そこっ! ――【七鍵守護神(ハーロ・イーン)】!!」

 

解き放たれたのは極大の閃光。

砲撃魔導師のお株を奪い去る程の光が、老朽化していた教会の内装を喰い破り、粉々に粉砕しながら“影”を呑み込んでいく。

それだけに留まらず、極大の閃光は外壁をブチ破り、大地を抉りながら突き進み、やがて空の果てに消えていった。

後に残されたのは、わずかに崩壊を免れているかつて教会だったものの成れ果てと、一直線に抉り取られた大地の傷跡のみ。

幸い、ここは人里離れた巡礼地の一つ。近隣に町村は存在せず人の気配も感じられないので、人的被害は気にしなくても構わないだろう。

 

「ふぅ……ほぼゼロ距離での極大魔法の直撃、これで――」

 

倒せたはず。

警戒を緩めず、敵の気配を探っていた葉月の心に浮かんだ僅かな油断(・・)

その瞬間を見極めたかのようなタイミングで瓦礫の山が爆散、ボロボロの外装を脱ぎ捨てながら飛び出した“影”が一気に間合いを詰め、彼女へ向けて漆黒に染まった刃を振り下ろす……!

 

「くっ!?」

 

展開していた【グリモワール】の紙片を障壁代わりにして軌道を反らすことで辛うじてその一閃を回避した葉月は、周囲にカウンターとなる魔力弾を生成しながら大きく後方へと跳び下がる。

だが、片足を負傷している状態で万全の着地を決めることが出来るはずも無く、右足の傷口を瓦礫にぶつけて、傷口をさらに広げてしまった。

 

「おおおっ!!」

 

痛みで身体を硬直させ、隙だらけになった葉月に飛び掛かりながら、白と黒の刃を交叉させた敵が渾身の一撃を放つ。

 

「グッウ……!?」

「な……に!?」

「舐めないで……いただけます――!?」

 

必殺を疑わなかった一撃を素手で受け止められた事実に、敵の紫水晶の如き双眸が驚愕で見開かれる。

財閥の跡取りとして護身術を身に付けていた葉月は、魔力を纏わせた両手で迫り来る刃を白羽取りして見せたのだ。無論、【グリモワール】の紙片を絡みつけて切れ味を封じるのも忘れずに。だが、それならば何故葉月までもが驚き、言葉を失っているのだろうか……?

 

「リイン、フォースさん……!?」

 

そう。

葉月の命を刈らんと襲いかかってきた敵の正体……それは、彼女と花梨にとって忘れようも無い“あの雪の日”に消滅したはずの存在。

“夜天の書”の管制人格 『祝福の風』 リインフォース

天災(ルビー)の罠を見抜くことが出来ず、己が失策によって永遠に失われた筈の彼女が今――葉月の命を狙わんと襲い掛かってきていたのだ。

だが、リインフォースはあの日確かに中枢プログラムをルビーに奪い去られ、その存在を消滅させたはずだ。

彼女の残渣は黄金神(ダークネス)の手によって再構成され、今では『八神 リヒト』という九歳(・・)の少女となって新たな生を謳歌している筈である。

故に――あの頃(十年前)と同じ成人(・・)同様の容姿をしている筈などありえない――!

 

「貴方はっ……ッ!? まさか“Ⅱ”がっ!?」

「ほぉ……いい推理眼をしておるな?」

 

襲撃者はニヤリ、と笑みを浮かべると、バックステップを取って間合いを開く。

葉月が立ち上がるのを黙って待っているのは葉月の反応が彼女の言線に触れたからか、それとも彼女程度(・・)容易く屠れると言う自負故か。

 

「ご明察……褒めて遣わすぞ魔女よ。流石は主殿が要警戒と定める怨敵であるな」

「“Ⅱ”に生み出された“夜天の”……いいえ、“闇の書”の管制人格――!」

 

半ば確証を察した葉月の叫びが心底愉悦でならないとばかりに口元が弧を描いていく。

グラマスな体躯に纏う漆黒の着物の懐から取り出した扇子を手首のスナップで勢いよく開き、口元を隠しながら双眸を細める。

無言による肯定だと葉月は理解する。と同時に、ルビーの企みにようやく気づく。

 

「あの猫ミミ女っ……! どこまで人を傷つければ気が済むんですか!」

 

ルビーの技術力ならば“闇の書”を安全な状態で使いこなすことも、管制人格を再構築させることもそう難しいことではないのだろう。

だが、それでも管制人格たるリインフォースの容姿をそのままに人格(AI)だけを別物にする意味などたった一つしか考えられない。

 

『嫌がらせ』

 

彼女を、『祝福の風』と名付けられた彼女と同じ顔、同じ声、同じ魔導書の管理人格として、目の前に居る彼女をはやてたちにぶつける事で、彼女たちの心の傷を抉ると共に、沈静化しつつある“闇の書”に対する憎しみを再発させようとしているのだ。

いや、それは正しくはないかもしれない。

なぜなら――ルビーはそこまで深く考えてはいなかったからだ。

彼女は単に、『家族呼ばわりしていた存在()が敵になれば~、面白い反応を見せてくれるかもね~♪』程度にしか考えていない。

そうだと言うのに、実際は葉月の懸念した通りの事態が十二分に起こりうるだろう。

単なる気まぐれが、数多くの人の心を傷つける災厄と化す……。まさに彼女の在り様を体現させた事例であると言えよう。

 

「自己紹介をしておこうか……(わらわ)の名は『リインフォース・ドライ』。我が主、ルビー・スカリエッティに幸運を運ぶ『祝福の風』なるぞ」

「――っ!! あ、あの女、一体どこまで……っ!!」

 

ここまで来ると、最早悪意しか感じられない。

同時に理解する。彼女は今、自分が倒さねばならない存在であると!

 

――あの娘たちは優しすぎます……。多分、騎士たちも同様。なら……これは私の役目なのですわ!

 

「さて名乗りも済ませたのだ……須らく散るがよい! 【闇の雷】!」

 

葉月の死角となる上空に展開させていた漆黒の魔力球から降り注ぐ巨大なる雷光が、教会の残骸を蒸発させながら魔女へ向けて降り注ぐ。

漆黒の魔力が生み出す破壊の力、それはまさに死を告げる暴虐の来降――!

 

「くっ……エレエレナムメイリン! 精霊よ、我が盾となり給え! 【覇者霊陣(ストライ・バー)】!」

 

されど、迎え撃つは最強の盾。発動時に魔法の行使が不可能となるデメリットと引き換えに発動する最強の防御魔法が、漆黒の狂気に染め上げられた雷とぶつかり合い、

互いを喰い破らんと咆哮を上げる。

とある世界において、天上神の僕たる御使いの力すら防いで見せた最強の防御魔法の前に、悍ましき闇の力が太刀打ちできるはずも無い……!

闇の頂に在るとされた魔導書を統べる妖精であろうとも、神威すら従わせる魔導の頂きに在る魔女を倒し切ることが出来ない。

嘗て、幼い頃に願った“仲間のために全霊を尽くす”という願いを果たさんと魂を燃やす魔女の立つ領域――その領域には彼女以外の誰も到達することは叶わないという事なのか。

 

「はあっ……はあっ……くっ、なんて威力ですか……。まさか絶対防御に亀裂を走らせるとは――ですが!」

「ぬうッ!?」

 

即座に障壁を霧散させ、前方へ両手を交叉する様に突き出す。

葉月を守る衣のように展開させた【グリモワール】の紙片から溢れ出す魔力を掌に集束させる。

葉月のデバイス【グリモワール】は、それ自体に魔力を制する疑似リンカーコアと呼べる器官を内包している。それは本体から切り離された紙片ひとつひとつにも適応さえる。

そう、つまり――魔女を守る城壁と化している数百にも上る紙片すべてが魔導師Aランクに相当する魔力生成能力を宿しているという事に他ならない!

自身とデバイス、双方の魔力を混ぜ合わせることで爆発的に膨れ上がった直径五メートルはあろうかと言う魔力球が葉月の指示の下収縮を開始、その密度を増していく。

際限なく高まり続ける魔力が半物質化し、葉月の輪郭が霞むほどの輝きを放つ『光』を生み出す。

これが葉月の切り札。多種多様の魔法、魔術を使いこなすことが出来るが故に、如何なる戦場においても臨機応変に対応できる彼女が生み出した、立った一撃で戦術も戦略もひっくり返すことが出来る魔導の頂の御業……!

 

「――『闇記されし誓約の書(アルマデル・ガルドボーク)』――!」

 

大気を切り裂きながら突き進む極大の魔導砲を見据え、穢れし闇の翼をはためかせる妖精の顔が驚愕で染まる。

離脱を望むも間に合わず、魔導の頂点を極めつつある魔女の『神代魔法(いちげき)』が漆黒の妖精を呑み込んだ――……!

 

 

――『闇記されし誓約の書(アルマデル・ガルドボーク)』――

 

それは【グリモワール】に貯蔵されていた魔力を全開放させることで発動可能となる究極魔法。

【グリモワール】の各頁には一つとして同一の物のない異なる魔法術式が刻み込まれている。

葉月の技量に吊り合うように、幾つかは封じられて発動させることもできないものがあるが、それでも数百にも上る魔法を使いこなすことが出来るのだ。

それらの魔法の中で、攻撃型の魔法全て(・・)を融合させることが出来たとすれば、如何なる効果を内包するのだろうか?

そんな無茶苦茶な暴論の下で生み出された『神代魔法』は、“対象を魔力粒子(エーテル)へと強制変換して取り込む”という特殊な効果の発言に至った。

つまり、この一撃を受けた者は如何なる存在であろうとも魔力粒子(エーテル)に変換さされて葉月の魔力として『喰われる』のだ。

こうして取り込まれた魔力(そんざい)は【グリモワール】の一部となって、永遠の牢獄に捕らわれ続ける……。

ありとあらゆる魔導の術式を記載、伝え残すために生み出された【グリモワール(まどうしょ)】の主たる魔女に相応しい切り札であると言えよう。

 

「――ッ!? そん、な……!?」

 

視界を遮る閃光が止み、その代わりに広がる白煙の中、葉月は眼前に広がる光景に言葉を無くす。

彼女の視線の先には、魔力粒子(エーテル)へと還り、【グリモワール】にに呑み込まれた筈の存在が……リインフォース・ドライが、無傷で佇んでいたからだ。

 

――そんな……ありえないです……!?

 

闇記されし誓約の書(アルマデル・ガルドボーク)』は葉月が十年の歳月をかけて生み出した対『神成るモノ』用の”奥の手(とっておき)”。

 

如何なる装甲も障壁も関係なく、存在そのものを完全に分解・吸収させる。

直撃を受けて平然と立っていられるような現実があって良いはずが無い……!

だが――そこでようやく葉月は、目の前の光景の違和感に気付く。

どこか安堵している風に見えるドライの傍ら、彼女の胸程々しかない小柄な体躯の『何者か』が存在していることを。

それは少女だった。粉塵の中であってもキラキラと光る肩まで届くほどの桃色の髪に、触れれば壊れてしまいそうなほどに華奢な体躯。

手の甲ある五つのひし形の宝石が輝きを放っている穴あきグローブ型のブーストデバイスを携えた可愛らしい少女。

年頃の少女らしいピンク色のバリアジャケットの上にゆったりとしたローブを纏っている。

殺伐としたこの場においては、あまりにも不釣り合いな出で立ち。

だが……その考えを、少女の眼を見た瞬間に殴り捨てる。それほどまでに恐ろしさが、彼女の眼には宿っていたからだ。

くりくりとした大きな瞳が映し出すのは、どこまでも虚無な闇。

呑まれたが最後、魂の一片に至るまで『喰われ』てしまうと錯覚してしまうほどに深い闇。幼い少女がそんなものを宿していると言う事実に、葉月は戦慄を隠せない。

 

「もうもうもうっ! 油断し過ぎですよ、ドライさん。お父さんに嫌な予感がするから見てきてほしいって頼まれてこなかったら、さっきので消し炭になっていましたよ?」

「う、えと、ぁぅ……す、すまぬ」

「駄目です、許しません。帰ったらお仕置きです。具体的にはフリードと十時間耐久鬼ごっこを所望します」

「ひいいっ!? そ、そそそれだけはご勘弁をぉおおおおっ!?」

「ふふ~ん♪ さ~って、ど~しよっかな~?」

「くううっ! こ、この悪魔っ娘さんめ!?」

「ぷっ! もう、冗談ですって、そんなことしませんよ。だから用事を済ませて早く帰りましょう。――あ、そうだ。お姉さん?」

「……なんでしょうか?」

 

場違いなやり取りを交わす妖精と得体の知れない巫女(・・)を見据えつつ、じりじりと後退を始めていた葉月は、不意に呼ばれて肩を跳ねさせる。

この状況での敵側の援軍、自身の残存魔力の有無を計算して戦闘継続は困難と結論付けた葉月は、何とか転移魔法発動までの時間稼ぎ、兼、情報収集のために返事を返す。如何なる手段を持って葉月(おのれ)の切り札から逃れたのか……“知識”にある『彼女』とは大きく異なってしまっている現実に舌打ちを堪えながら、手元にある情報から理論(ロジック)を組み上げていく。

それを見抜いているのか、桃色の髪が目を惹く少女は年相応の華が開くような笑みを浮かべ――

 

あの子(・・・)がお腹すいちゃったみたいなんで、食べられちゃってください♪」

 

無慈悲なる宣告を告げた。

 

「フリードぉ、もう我慢しなくていいよ」

『グハハハハハハハハハハハ! 待ちわびたぞ契約者(キャロ)よ!!』

 

言葉の意味が理解できずに惚けた顔を見せる葉月から視線を外した少女の口から、まるで囁くように『命令』が下されるや、遠雷の如き嘲笑と共に真紅の魔竜が粉塵を巻き上げながら姿を表した。

それは一匹の子竜。前足が翼になっている、飛龍と呼ばれる竜種の子ども。だが、その瞳はこの世の全てを呑み込むほどに深く、暗い、奈落の闇色を映しだしていた。

 

「世界を喰らう真紅の咢、彼方より這い出でし五身の虚無。我が元に来よ、死せし竜軍の王!」

 

謳うように告げられたのは封印されし真紅の魔竜を解放する言霊。

絶対なる死を司る恐怖の具現を縛り上げる楔が今――解き放たれる!

 

「神羅滅殺、竜王召喚! 来よ……“死竜王”デス=レックス!!」

「な――!?」

 

絶句する獲物(はつき)の眼前に現れたのは一匹の“竜王”であった。

だが、はたしてソレを“竜”と称して良いのだろうか?

大きく前方にせり出した頭部は、まるでむき出しの頭蓋骨のよう。側頭から伸びるは巨大なる双角。

人間のソレに近い両腕部は太く、強大な力が秘められていることが一目で分かる。

皮膜の無い、むき出しの骨格の如き外殻で構築された飾り程度の翼と、脚部の代わりに存在する大きな竜尾の先端は、まるで錨の様。

何よりも目を惹くのは、人語を話し、(キャロ)よりも深い真なる虚無の如き双眼。

まさしく、世界の全てを『喰らう』こと以外は何も考えていないのだと、否応なしに理解させられるほどの悍ましい怪物……!

彼の者の名は『死竜王 デス=レックス』。愛称はフリードリッヒ。

キャロが故郷を追放されるきっかけとなった使い竜であり……文字通りの“二身同体”として存在する半身である。

死竜王が放つ圧倒的な圧力(プレッシャー)に気圧されながらも、葉月は魂を奮い立たせて正面から向かい合う。

生きの良い『獲物』を前にして、死竜王の禍々しい牙の立ち並ぶ口元が狂笑に歪む。

 

「……ずいぶんと禍々しいペットを飼っていらっしゃるのですね? 竜の巫女の名が泣きますわよ、『キャロ・ル・ルシエ』さん?」

「あれ、私は今でも竜の巫女のつもりですよ? ただ、信じるものが一人になった私に手を差し伸べてもくれない役立たず(かみ)から、私と共に在ってくれる存在(かぞく)に替わっただけですから」

 

必死に離脱の術を見出そうと足掻く葉月の努力を嘲笑うかのように、死を司る竜王を従えし巫女……キャロは静かに告げる。

如月 葉月と言う存在の――消滅を!

 

「貴方の事になると、あの人(・・・)が不機嫌になっちゃうんです。だからさっさと消滅(きえ)ちゃってくださいよ」

「ああ、そうですか……でも、生憎と死に急ぐつもりは御座いませんのでっ!」

 

振り返り、抜き打ち展開させた転移魔法陣に飛び込みながら、葉月は賭けに勝ったことを確信する。

あの竜が如何なる能力を有しているのか葉月は知らなくとも、念入りに耐衝撃、耐術式防御を組み込んでいる彼女の転移魔法に外部から干渉することなど不可能なのだから。

 

「ああ、それは失策です。そんな甘い手が死竜王(フリード)に通用するはずが無いじゃないですか」

 

しかし、それすらもキャロにとっては何ら問題を成さない。死を象徴する竜の王と共に在る巫女は、まるで詠うように宣告を紡ぐ。

 

「貴方の敗因はたった一つ……貴方はフリード(この子)の力を知らなさ過ぎた。それが――唯一の敗因です」

 

――え?

 

「フリード……『構成粉砕(ゲシュタル=グラインド)』!」

『ククク……! 喰らい尽くしてやる……(ナレ)の存在した証の全てを!!』

 

巫女の叫ぶに呼応して、全てを喰らい尽くす死竜の王が真なる咢を開く。

首の根元まで大きく割けた極大の咢の奥底で妖しく輝くのは、眼球を模した消滅器官。

喰らい、飲み干した物を因果律ごと喰らい尽くすという死竜王《デス=レックス》が、その力の一端を……解放する!

死竜王を中心にして、途方も無い暴風が巻き起こる。

荒れ狂う狂風がうねりを上げ、世界の全てを喰らい尽くさんばかりに咆哮を上げる。

砕け散った瓦礫、煤汚れた十字架、なんとか原型を留めていた外壁、そして……葉月が飛び込んだ転移魔法陣。その総てが吸寄せられ、引き込まれていく。

唯一の例外は、死竜王の後方に平然と立つキャロと巻き添えを喰らわないように彼女にしがみ付いたドライのみ。

世界そのものを飲み干さんとする竜王の咢が、ついに、世界間を渡っていたはずの葉月すらも捕捉した。

 

「そんっ、なっ……バカなことがっ!?」

 

死ぬ。

間違いなく、一切の相違なく、今この瞬間に葉月(じぶん)と言う存在は消滅する(死ぬ)

生物としての本能が感じ取った絶対的な死の予感が、冥府へと誘う煉獄の茨が葉月の心を引きずり込もうと絡み取る。

驚愕と恐怖がごちゃ混ぜになった頭では、この非常識な現象を理論では納得できても、理性では到底納得できなかった。

 

『因果律を喰らう』――それはつまり、世界に定められた理すらも捻じ曲げ、己が望む通りの現実を塗り替えると言う概念魔法の一種であると考えられる。

 

だがしかし、特別な力を得た参加者でも『神成るモノ』でもない存在が、概念を書き代えることを可能とするなど、葉月には想像だにしていなかったと言ってよい。

だからこそ、彼女の敗因は臨機応変に対応できる柔軟性に欠けていた事に尽きるだろうか。

もし、このセカイの住民たちの中にも、概念を操作できる者が存在していると想定していれば。

もし、重要性が高いと推測できていた今回の調査を単独で進めず、管理局や仲間たちに声を掛けていれば。

 

だが総ては今さら。そう――全ては遅すぎたのだ。

 

慌てて強制無法則転移(ランダムジャンプ)を発動させることでこの場からの離脱を目論んだ葉月が別世界に転移を終えるよりも早く……死竜王の咢が彼女という存在に喰らい付いた。

 

「ア゛ッ、ガハッ……!?」

 

喰らい付かれた肉が原子に分解して無へ帰っていくのが分かる。

生きたまま食べられるという想像だに出来ない激痛が走ったかと思った次の瞬間には、そこに在ったはずの己と言う存在そのものが消え去っているという喪失感が襲い来る。かつてない恐怖に侵されながら……葉月は最後まで己の生き様を貫き通すために足掻き続ける。

 

――花梨、さん……ッ! どうか、私の“全て(チカラ)”を……受け取って、くだ、さい……っ!

 

崩壊を始めた【グリモワール】の頁を引き千切り、己の胸の中から淡い輝きと共に抜け出していく“因子(ジーン)”を包み込むと、かつて願った『誰よりも大切な人(高町 花梨)』の勝利を願って遺産(想い)を送る。

極小範囲の転移魔法によって直接花梨の元にソレを転移させられたことに安堵しながら、魔導の真髄に限りなく近づいていた魔女はその存在を闇に呑まれていった。

大切な人たちの勝利を信じた魔女……No.“Ⅶ”(ナンバー・セブンス)如月 葉月――――敗退。




○作中に登場した人物紹介

・リインフォース・ドライ
ルビーが”闇の書”事件で強奪した夜天の魔導書の管理人格のコアを媒体として産み出したユニゾンデバイス。容姿は初代リインと瓜二つだが、高圧的で女王様然とした立ち振る舞いをとる。
初代やツヴァイのように書物型デバイスは所持していない代わりに、個人の戦闘力は彼女らを上回り、紫天一派たちとのユニゾンも可能。

・死竜王 デス=レックス(愛称:フリードリヒ)
正式名は『デス=レックス=ヘッド』
むき出しの頭蓋骨のような頭部と真紅の皮膚が特徴である異形の(ドラゴン)。普段は赤いワイバーンの様な姿をした小竜の姿に封印されている。
キャロがルシエの里で行った竜召喚によって降臨した異世界の竜王。
元々は“竜界”と呼ばれる世界最強のドラゴンだったが、古の戦いで身体を五つに分けられてしまう。
完全復活を目論見、自分の力を十全に引き出せる契約者(あるじ)を求めていた所に何者か(・・・)の干渉によってこの世界に引き込まれ、転移した先に居たキャロの才能に目をつけて契約を結ぶ。
この際、キャロの呼びかけに応じて召喚されていた黒き真竜『ヴォルテール』を喰らい、その力と因果を取り込んだことでパワーアップ。
発動に人間一人の命を代価として発動する必殺技『構成粉砕(ゲシュタル=グラインド)』のリスクを軽減させることに成功した。現在はキャロの保有魔力の八割を代価にすれば発動可能。
人語を理解し、全てを喰らおうと言う欲望しかない危険な存在。契約者であるキャロと強く同調しているため、もし片方が傷を負えばもう片方も同様の傷を負ってしまう。
さらに精神を侵食しており、現在のキャロは人を殺すことに恐怖や嫌悪感を一切感じていない節がある。死竜王の牙には『因果律を喰らう』と言う性質があり、もし彼に喰われてしまうと存在そのものが最初から無かったことになってしまう。

○作中に登場した魔法解説
・【七鍵守護神(ハーロ・イーン)
使用者:如月 葉月
詠唱:カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク! 灰塵と化せ冥界の賢者 七つの鍵を持て 開け地獄の門!
七つの地獄の門を古代神との契約によって開き、そこから導き出された魔力を使い手の肉体を介して純粋な破壊エネルギーとして一方向に放射する砲撃系魔法。
強力であるほど詠唱は長くなる傾向にある古代魔法において比較的短めの詠唱節のため、葉月は高速詠唱と合わせての抜き打ちで使用できる。

・【覇者霊陣(ストライ・バー)
使用者:如月 葉月
詠唱:エレエレナムメイリン! 精霊よ、我が盾となり給え! 
魔力を完全に遮断する絶対魔法防御障壁。
障壁の内外問わず一切の魔法攻撃を遮断できるが、術者の魔法までもが同様に遮断されてしまうというデメリットがある。
障壁は一定時間が経過するか、術者の意志で任意に解くことが可能。

・葉月消滅の扱いについて
死竜王に喰われた存在は最初からいなかったことになるが、作中における葉月の場合は彼女が完全消滅する前に魂その物でもあった“因子(ジーン)”を死竜王から逃した事で、完全なる存在消滅からは逃れています。
ただし、残された物が“因子(ジーン)”だけのため、参加者を除き『如月 葉月』という存在は『最初からいなかった』、『No.“Ⅶ”は“神造遊戯(ゲーム)”開始直後に敗退している』という風に記憶が改善されています。

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