魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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まずは参加者勢によるバトル回。
結構気合を入れましたのでお楽しみいただければな、と。


揺るがぬ信念

暁の刻で静止した世界。

超常たる存在へと至らんとする異能者のみが足を踏み入れる事を許されし異空間にて、世界を震わせる激闘が繰り広げられていた。

眩い閃光が街を粉砕し、白き障壁が破壊の具現を弾き飛ばす。

まさに、常人の理解を超えた別次元の闘争がそこにはあった。

 

激しい舞闘を演じているのは、金色の龍神と白夜の騎士。

“最強の矛”が世界を薙ぎ、“最硬の盾”がそれを迎え撃つ。

 

暴力の化身たる最強……スペリオルダークネスEXが目も眩む極光を撃ち放つと、優しき騎士……八神 コウタが無敵の“能力”で受け止めてみせる。

コウタも時折、カウンターで斬撃を放っているものの、多少魔力で強化された程度の剣戟ではダークネスが常時纏っている魔力障壁を抜く事は叶わない。

故に二人の戦いが攻めのダークネスと守りのコウタという状態となるのも、ある意味で当然の結果だった。

ダークネスは有り余る攻撃力にものを言わせて押し切ろうとし、コウタは油断なく攻撃を捌きつつ、起死回生の反撃を放つ機会を伺う。

戦いの状況はお互い決定打を決める事が出来ないまま、全くのこう着状態へと移り始めていた。

 

「硬いな……ならば!」

 

己が一撃を難なく受け止められたダークネスが、ならばこれはどうかと漆黒の炎として具現化した魔力を纏わせた聖なる魔剣(しゅとう)を振るう。

しかもただの切り下ろしではない。切断よりも貫通を主観においた、雷光の如き抜き手だ。

威力を指先に集束させて撃ち放たれたソレは如何なる防御であろうと貫く一撃。

例え最硬の防御障壁が自慢であるコウタであろうとも、直撃すればダメージは免れないだろう。

 

しかし、

 

「っ!?」

 

ぐにょん、という音と奇妙な感覚に腕が包まれると共に、必殺の一撃はいとも容易く防がれてしまう。

鋼を弾くような硬質感ならばまだ理解できる。

しかし、この粘土に腕を突き刺したような感触はいったい……!?

頭は混乱しつつも、身体に染みついた闘争本能は条件反射的に追撃へと身体を動かす。

動きを止められていない左手で背中から龍槍剣を引き抜くと刀身に“魔法力(マナ)”を注ぎ込む。

 

龍槍剣エクスレイカー

 

この槍はエクスワイバリオンの一部が武器へと変化したもの、すなわち《神》の力の一部である。

並みの武具では『神成るモノ』、あるいはそれ以上の存在が放つ膨大なエネルギー“魔法力(マナ)”に耐えられず、自壊してしまう。

だが《神》の扱う武具として造り出されたこの槍ならば、ダークネスの中で荒れ狂う莫大すぎるエネルギーに耐える事が出来る。

刀身を光と闇を彷彿させる黄金と漆黒の魔力が纏っていく。その輝きは伝承に残る数多の聖剣・魔剣すら足元にも及ばない神々しい。

コウタも思わず目を奪われてしまう。己自身へと向けられる脅威だというのに、それすらも忘却してしまいかねないほどに完成された『伝説』の姿が』そこにあった。

《神》専用の神具を手首の力だけで軽々と振り回して切っ先を標的(コウタ)へと向ける。

右腕が拘束された状態で出来る限り後方へ槍を引き絞ると、うねり、螺旋を描く魔力を纏わせた龍槍剣を撃ち出した。

 

「うわっ!?」

 

コウタが反応できぬ速度で放たれた神速の一撃、それには切断効果が付与されていた。

正面から弾き返す“剛”ではなく、威力を拡散させる“柔”に主体を置いた障壁なのだとダークネスは読んだのだ。

“剛”たる己の拳を止めてみせたのならば、“柔”を斬り裂く“刃”で相対すればいいだけの話。

見た限りではコウタが発動する障壁の厚みは、その性質如何に関わらず均等になっている。

今日を迎えるより以前、ダークネスは予めコウタの戦力分析として彼が結界障壁を展開している翠屋ミッド支店や地上本部の調査を済ませていた。

彼らが堂々とクラナガンの一角に拠点を構えていたのは、いずれ敵することになる参加者たちの“能力”を調査するためのと言うのが大きい。

花梨の店へ足を運んだのは彼女と義理の息子(そうすけ)の同行を確認するためであり、あそこにも張られている結界の強度を調査するためだったのだ。

そうした数度にわたる調査で、ダークネスたちはコウタの“能力”にはある法則が存在することを突き止めた。

 

1.障壁はその規模如何に関わらず、障壁自体の厚みは一定である。

2.一つの結界に付与できる特性、すなわち『対物理耐性』『転移魔法阻害』などの障壁に内包された性能は一つきりである。

3.術者本人を護る結界については複数の特性を併せ持つ。ただし、そちらは設置型に比べて術者本人の魔力によって性能を上下させる。

 

コウタの“能力”、『遥か永遠に聳える神々の皇城(アルカンヘル)』。

それには術者を護る“瞬間発動型”と、予めマーキングを施しておいた空間に発動する術者以外を護る“空間設置型”の二種類が存在している。

前者は常にコウタを中心に展開されるもので、現在も彼の周囲を包み込むように発動している。

故に、その障壁の手前(・・)でダークネスの動きを止めている二つ目(・・・)の結界は後者の設置型だということであり、その特性は物理攻撃の無力化なのであろう。ダークネスの動きを先読みし、予め発動しておいたのは見事だが、たかだか物理攻撃を防ぐ程度のシロモノで止められるダークネスではない。

 

「下らん小細工を……! この程度で俺を止められると――ッ!?」

 

螺旋槍の如き咆哮を上げる槍を突き刺し、そのまま引き裂こうと腕に力を込めた――刹那、

 

「はい、残念でした♪」

 

慌てふためくどころか、悪戯に成功した悪ガキのような笑みを浮かべているコウタと視線が重なり……

 

「がっ――!?」

 

大気を震えさせるほどの衝撃がダークネスへと襲いかかった。

 

 

 

 

ダークネスは爆風に煽られながらもなんとか体勢を建て直すと、翼を大きくはためかせて大きく後方へと飛び退いた。

困惑を隠せない表情でありつつも、全てを見通す彼の左目(デバイス)が状況を整理せんと演算を始めた。

ぷすぷすと焼け焦げたかの様な煙を上げる槍を凝視しつつも、冷静に不可解な現象について思考をこらす。

ダークネスの様子から“見”に移行しつつあると判断したコウタが、ここぞとばかりに攻勢に移る。

『小細工』で戦闘の流れを変えることには成功した。しかし、熟考の時間を与えてしまえば最後、彼に残される勝機は完全に摘み取られてしまう事だろう。

ダークネスと言う人物は圧倒的な暴力を前面に押し出す戦闘者タイプと言うよりも、理論を繋ぎ合わせて最善の一手を模索する軍師タイプだと言える。

強大な力に溺れることなく、冷静に、冷徹に、冷酷に敵を屠っていく。

元より、単独での戦闘を得意としないコウタが相手取るには、荷が重すぎる相手。しかし、如何なる強者であろうとも、攻撃を受けなければ負けることは無い。コウタが徹底した守りの“能力”を磨き上げてきたのも、全ては自分一人で何もかもを背負い込む事は無いのだと感がていたからだ。

つまり、

 

――()が来るまで生き延びつつ、出来る限り彼の戦闘力を削ぐ! それが今の僕の役目だっ!

 

「ハァアアアアア――!」

 

刀身に魔力を纏わせた剣を振るい、一気呵成に責めたてる。

まさにこの瞬間こそが、最大の好機であると言わんばかりに。夜天の騎士の称号を与えられたコウタの剣技は、すでに師であるシグナムに匹敵する。

彼女のデバイスのように刀身が変形する機能こそ備わっていないが、純粋な剣術においては一流のレベルに達していると言って過言ではない。

並みの犯罪者であれば、“能力”を使わなくても剣一振りで鎮圧できるのだから、決して守り一辺倒の歩く盾などではないのだ。

 

「ふん……舐めるな!」

 

だが、優秀な夜天の騎士の目論見なぞ、黄金色の龍神の前では無に等しい。

当然だ。並みの犯罪者とダークネスとでは、全てにおいて次元が違い過ぎるのだから。

袈裟切りに振り下ろされた剣刃に手のひらを添えるようにしてベクトルをずらし、受け流す。

お返しとばかりに振り下ろされた拳を盾で受け止めるが、“能力”を発動する余裕が無かったために凄まじい衝撃がコウタの腕へ襲いかかる。

骨が軋みを上げ、思わず盾を手放してしまいそうになるのを、歯を食いしばって耐えつつ、衝撃で体勢を崩された勢いを利用した回転斬りを放つ。

が、ダークネスの腰部より伸びた刃が連なったかのような竜尾が手首に巻き付き、押さえつける。

それ自体が鋭い切れ味を誇る竜尾に締め上げられ、バリアジャケットを真紅の赤が染め上げていく。

 

「右手は貰ったぞ」

 

そう呟いて、苦痛に表情を歪ませるコウタの左手を盾の上から押さえつけながら、勢いよく竜尾を引き抜いた。

絡みついた竜尾がバリアジャケットを引き裂いていく。鮮血が宙に舞い、コウタの口から言葉に出来ない悲鳴が上がる。

 

「ぐっあ……! あ、『遥か永遠に聳える神々の皇城(アルカンヘル)』 ver.2ッ!」

「今更何を――ぐあっ!?」

 

抑え込まれつつも必死に腕に力を込めて動かされた盾がダークネスへと向けられた瞬間、まるで戦艦に衝突されたかのような衝撃が襲いかかってきた。

額を中心に広がる痛みに気が逸れたのか、竜尾の拘束が緩む。コウタはすかさず腕を引き抜いて痛む右手を庇いながら後方へと跳躍する。

辛うじて原型を留めているビルの王城へと着地すると、腰のポシェットから緊急治療薬を取り出して傷口にかける。

瞬時に再生するとまではいかないが、それでも骨にまで到達する傷の痛みを和らげることは出来た。

だが、気を緩める事は出来ない。容赦なく魔力炎弾を放ちながら距離を詰めてくるダークネスがいるのだから。

再度、盾の前面をダークネスへと向ける。

 

「ver.3ッ!」

 

盾に埋め込まれた宝石が煌めいた瞬間、ダークネスの眼前一メートルほどの地点の空間が僅かに揺らいだ。

“空間設置型”の特性を持つ『遥か永遠に聳える神々の皇城(アルカンヘル)』だ。クロノが得意とする設置型バインドを参考に構築した、拘束型の障壁。それこそが、『遥か永遠に聳える神々の皇城(アルカンヘル)』ver.3である。

 

(よし、これでもう一度動きを止めて――)

「『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』!」 

「――って、嘘お!?」

 

悲鳴じみた驚愕を叫びながら、必死の形相でビルから離脱する。

……次の瞬間、間合いを詰めながら放たれた『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』の閃光に呑み込まれ、ビルは跡形も無く消滅してしまった。

 

「む、むちゃくちゃにも程があるでしょ!? 罠を破るために魔力弾で牽制するならともかく、いきなり必殺技で薙ぎ払うのか!?」

「念には念を、って奴だ。どうやら俺はお前を過小評価し過ぎていたらしいからな。手を抜くのは己の首を締めかねんと判断した」

「うわぁお。身の丈を超えた評価をいただいて、アリガトウゴザイマス」

「ドウイタシマシテ。じゃあ、こいつもついでに喰らっとけ――クライシス・エッジ!」

 

手刀が振るわれた瞬間、黄金と黒に燃え盛る魔炎の斬撃が空気を切り分けながらコウタに迫る。

反射的に回避しようと膝に力が籠り……がくんっ、と地面に折れる。

総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』の余波に煽られて体勢を崩した状態で強引に着地を決めたことで、予想以上のダメージを受けていたようだ。

 

「しまっ……!?」

 

僅かな隙、ほんの数秒にも満たない硬直。

しかし、絶対強者と対峙する者にとって致命傷となりうるロスであった。

折れた膝を庇いながら顔を上げる。迫りくる斬撃の嵐は視界全てを埋め尽くすほど。痛む膝を庇いながら避けきることは――不可能!

 

「クッ、ソォオオオオオオッ! 『遥か永遠に聳える神々の皇城(アルカンヘル)』ver.2ッ!」

 

頭上に盾を掲げると同時に、最硬の障壁を発動させる。

傷口から流れ落ちる血と共に、己が生命力や魔力すら消失しているかのような喪失感に襲われながら、それでも生を手放してたまるかと気合を入れて障壁を展開し続ける。

標的から反れた魔力刃に切り刻まれたコンクリートの欠片が宙に舞い上がり、時間差で降り注いできた新たな魔力刃で細切れにされていく。

ガリガリガリ、と自慢の盾が削り取られていくのを理解する。

その度に、己の中から削げ落ちていく魔力の波動。悲鳴を上げるリンカーコアの痛みに耐えつつ、それでも瞳は前を向く。

絶望に目を背ける事だけはしたくないから。それこそが夜天の王と騎士たちが帰るべき場所……『夜天の王城』とあらんとする八神 コウタの矜持なのだから。

 

「や、やっと……終わった、のか……?」

 

十秒か? それとも数十秒?

終わりを見せない刃の業風雨が納まった時には、コウタの視界に移る全てが浸しく切り刻まれていた。

障壁はどうにか耐えきった。だが、豪風の如き猛攻を凌ぐために魔力をかなり消費してしまった。

さらには深手を負った右手首と両の膝。傷薬は右手の治療に使いきってしまっているし、両膝の方は骨は砕けていないようだがいくつかの筋肉は断裂してしまっているらしい。

剣を握る攻撃の起点と機動力の源を同時に潰された。どうしようもない劣勢である。

オマケに……、

 

「なるほどな、そういうカラクリだった訳か」

 

悠然と腕を組みながら舞い降りてくるダークネス。

コウタの正面に降り立った彼の顔には、理解したと言わんばかりの不敵な笑みが浮かぶ。

 

――やっぱりか……!

 

ダークネスの様子に、コウタは最悪の状況に陥ったことを理解する。

 

「お前の『遥か永遠に聳える神々の皇城(アルカンヘル)』、ソイツは対象を中心とした円形の障壁を展開する不可視のシロモノだと思い込んでいたんだが……どうやらいくつかのバリエーションがあるようだな?」

 

疑問符をつけているが、ほとんど断定と言ってよい問いかけだった。

口を紡ぐコウタに見えるように腕を突きだすと、ひとさし指を立てながら言葉を続ける。

 

「まずは先ほど言った全方位展開型、こいつが基本形。如いて言うならver.1といったところか? 次に俺を吹き飛ばしてクライシスエッジを耐えてみせたver.2とやら。こいつは盾を掲げた前方に展開するタイプ。地面の有様から推察するに、形状はおそらく円形の巨大な盾。強度はver.1より上だが、その分有効範囲が限定されていると言ったところか。物理干渉も相当な物なんだろうな。発動した衝撃で俺を弾き飛ばせるくらいなのだからな」

 

コウタの足元に広がる攻撃の傷跡。それは、彼を中心にして半径三メートル四方には存在していない。

それこそが、ver.2の有効範囲を示す証であると言える。

 

「ver.3はさっき俺が掛かった拘束型、と。どうだ、何か修正するところはあるか?」

「……」

 

返答は無言。

あれだけの攻防で手の内を完全に見抜かれてしまった事実に、知らず唇を噛みしめていたコウタの口端から血の雫が流れ落ちる。

ダークネスは口惜しげに表情を歪ませるコウタを見下ろしつつ、ゆっくりと魔力を練り上げていく。

参加者が宿す“因子(ジーン)”には無限の可能性が秘められている。

コウタが未だ『神成るモノ』へと至れていないとは言え、必要以上に追い詰めてしまえば覚醒する可能性もゼロではないのだ。

――わざわざ敵を強くしてやるつもりも、ここで見逃してやる必要も無い。

右手を振り上げ、術式を発動させる。天にかざした腕が破壊の魔炎を纏った魔剣と化す。それはかつて、“Ⅲ”(アルク)葬り去った無慈悲なる黄金神の一撃。等しき終焉を告げし、最強の刃……!

 

「お前はここで消えろ。――クライシス・エンド」

 

同情の欠片も無い無機質な瞳で標的を見据え、躊躇なく絶望を告げるとかざした魔剣を一気に振り下ろす。

世界ごと寸断せしめんと振るわれた魔剣がコウタの脳天へと突き刺さる――……かに思えたが、

 

「させっかよぉおおおおおおっ!」

「っらぁあああああああああっ!」

 

洒落にならない危険信号(アラート)が脳内に響き渡る。

それは“本能”。ソレを喰らえば《スペリオルダークネスEX》という存在そのものが脅かされてしまうであろう脅威であると、彼の“本能”が感じ取ったのだ。防御ではなく全力での回避を選択。足の裏から魔力を放出して大きく跳躍、コウタの元から飛び退く。

刹那、先ほどまで彼がいた場所を炎を纏った剣閃と漆黒の刺突が斬り裂いた。

 

「っち!? なんだと――っは!?」

「だぁあくぅううううううっ!」

 

避けたと思った場所も安全地帯ではなかったようだ。怒号を上げながら迫りくる赤い閃光を視界に捉え、咄嗟に防御障壁ミスト・ウォールを発動させて迎え撃つ。白き霧と怒りに燃える突撃(チャージ)がぶつかり合う。

ここにきてようやく襲撃者の正体に気づいたダークネスが驚きを顕わに叫ぶ。

 

「花梨!?」

「うあああああああっ! ルミナス――」

【Buster!】

「っがは!?」

 

ゼロ距離からの集束砲撃。

仲間を傷つけられた怒りというどうしようもない感情の昂ぶりによって強化された砲撃は、発動が不十分だったミスト・ウォールを突き破ってダークネスを吹き飛ばす。

それを好機と見たのは炎剣使い……常時【真名】解放状態を維持できるようになった刹那だった。

コウタの介抱をもう一人の若き騎士……宗助に託し、己が分身たる剣の女王を宿した愛剣を振り上げ、神速の踏み込みでダークネスへと襲いかかる。

体勢が崩れた状態ならばダメージを通すことができるだろうという判断は確かに間違いではない。事実、ダークネスは予想以上に速い花梨の(・・・)到着に驚き、思考が一時的な麻痺状態になっているのだから。だが、相手は“神造遊戯(ゲーム)”開始直後より『最強』の二つ名を欲しいがままにしていた怪物。いかに英雄と呼ばれた剣士であろうとも、そう易々と首級を取れるはずも無い。

迫りくる紅蓮の剣閃。それが放つ大気を焼く焦げ臭さ(におい)によって迫る驚異の正体を察知すると、未だ崩れた体勢のままで、振り下ろされた刀身を足の指(・・・)で白羽取りして見せた。

 

「ちょっ!? ドンな止め方だよ、コラァ!」

 

刹那にしてもまさかこんな方法で止められた経験はなかったのだろう。あまりにも非常識な行動に、戦場ではあまりに場違いな叫び声をあげてしまう。

巨大な鉤爪が備わった三本の剛指、燃え盛る刀身を掴み取ったソレは熱さなど感じぬと言わんばかりにデバイスを締め上げ、破壊を目論む。

無論刹那がそれを許すはずも無く、片手を柄から放して膝の関節へと肘を叩きつける。

装甲と装甲の隙間を狙いすました一撃の衝撃は凄まじいもので、ギシリ、と軋み音を上げながら拘束が緩む。

その瞬間を狙っていた刹那はデバイスを引き抜く勢いそのままに、分厚い装甲で覆われた足の裏へと斬りつける。

表層を斬り裂くにとどまったものの、足の裏は守りの薄い人体急所のひとつ。事実、竜尾で地面を打ち付けて後方宙返りの要領で着地したダークネスの表情が痛みで歪んでいる。僅かなものではあったが、確かに己の攻撃は通用しているのだと言う事実に、刹那の口端が不敵につり上がる。

 

「舐めた真似をしてくれるな……ガキィ!」

 

怒りを顕わに、ダークネスが龍槍剣を振り下ろす。

槍の攻撃方法で最も有効な手段は“突き”だ。

片手剣に比べて間合いに圧倒的なアドバンテージを持つ直槍は、薙ぎ払ったり振り下ろしたりするよりも、最小の動きで最高の威力を放つことが可能な“突き”を放った方が有効なのだ。そうすることで敵の接近を許すことなく、一方的に攻撃を放つことが出来る。

どうやらダークネスは、槍を振るう技術はそれほどのものではないようだ。

数多くの戦場と数多の好敵手を退けてきた刹那からしてみれば、腕力にものを言わせて一級の武器を振り回しているようにしか見えない。

 

「要するに、宝の持ち腐れってことだなァ!」

 

横凪に振るわれた大ぶりの一閃、それは刹那にとって脅威になりえない一撃でしかなかった。

しゃがみ込んで容易く躱すと、膝のバネと全身に循環させた魔力を爆発させて、体が開ききっている無防備なダークネスへと突撃する。

苦し紛れの膝蹴りを身体ごと捻ることですり抜けると、勢いを上乗せしたデバイスを振り抜く。

先程と同じく、鎧の隙間を狙いすまされた一撃がダークネスの脇腹へと突き刺さる。

しかし、それは致命傷に浸らなかった。刹那の狙いを見抜いたダークネスが大地を踏みしめる軸足を捻って体勢を僅かに変化させたのだ。

結果として、関節部を狙った斬閃は鎧の部分で受け止められ、さしたるダメージを与えることが出来なかった。刹那の口から舌打ちが漏れる。

しかし、此処で動きを止めてしまう訳にはいかない。ギロリ、と見下ろすダークネスの瞳、左目の義眼に怪しい光が灯る。

瞬間、刹那の背筋に冷たい物が流れる。英雄としての勘に従って回避行動に移る。

デバイスを叩きつけた衝撃に合わせて大地を踏み抜き、その反動で後方へと下がった瞬間、義眼から放たれた閃光が大地を撃ち貫いた。

 

【デミス・コア】

 

義眼(デバイス)に集束させた魔力をレーザーとして射出する砲撃魔法だ。

だが、それで終わりではない。ダークネスは発射状態のまま首を動かすと、アスファルトを溶解させながら刹那へと迫る。

 

「ちいっ!? ドンだけ引き出しがあんだよ、クソッタレめ!」

「口の悪いガキだな。年上への礼儀を学んでこい。――来世でな!」

 

【デミス・コア】を避けることに気を取られてしまい、一瞬ダークネスへの注意が逸れる。

その隙を待っていたかのように、ダークネスが神速の踏み込みで刹那の懐へと潜り込んで、刹那の顎を目掛けて掌底を打ち込んだ。

押し込むと言うよりは、打ち砕くことを目的に置いた一撃。

頭蓋を粉砕せんばかりに躊躇なく振り抜くと、突きだした腕で後方へと仰け反った刹那の頭部を掴み取り、地面へと叩き落す。

放射状に広がる破砕痕に真紅の飛沫が彩っていく。だが致命傷ではない。刹那の後頭部、硬いアスファルトの地面であるはずのそこには、まるでクッションのように衝撃を受けとめたナニカがあったからだ。

ならばと竜尾を地面に突き刺し、背中からの串刺しを狙う。背中に感じる振動でダークネスの狙いに気づいた刹那が拘束を緩めようと暴れるものの、無幻を司る龍帝ですら殴り飛ばす黄金神の強力(ごうりき)から逃れることが出来ない。

ついに、竜尾の先端が刹那の背中へ突き刺さった――瞬間、

 

「やらせないって……言ってんでしょーが!」

 

再度放たれた砲撃が右肩に直撃し、大きく体勢を崩されてしまう。

拘束がゆるまってしまいそうになるところを必死に堪え、デバイスを構えた花梨を睨み付ける。

 

「花梨……! お前はここに来て、まだ仲間だのなんだの言うつもりか!?」

「そうよ、悪い!? これは私が決めた道。アンタがあくまで力づくで勝ち残ろうって言うんなら、私は皆と一緒に全力で止めてみせる!」

「バカも休み休み言え! お前は状況がわかっていないのか!? この結界に取り込まれた以上、誰かが消滅する以外に生き抜く事は出来ない!」

「それでも……! それでも私は、誰かの命を奪うことも奪われることもしたくないのよ! それに、もしかすれば他の方法があるかもしれないじゃない!? 例えばこの結界を発動してるって言う監視者を見つけ出して解除させるとか」

 

その方法はダークネスも一度は考えた。かつて、『狭間の世界』で告げられた《神》の言葉。あれには間違いなく嘘は含まれていなかった。

だが――真実でもない(・・・・・・)

 

(俺の考えが正しければ『黄昏へと続く幻想世界(コイツ)』を発動している奴の正体は……)

 

己の推察が正しいとするのなら、絶対にここにいるはずがない(・・・・・・・・・・・・・)のだ。

しかし、だからと言って親切丁寧に教えてやる義理も義務も存在しない。

何故ならば――戦場で出会った以上、ダークネスにとって高町 花梨とその仲間たち(コイツラ)は打倒すべき“敵”でしかなく。

利害が一致しない現状、かつてのように共闘する必要性もないのだから。

いずれ訪れるであろう『決戦』を勝ち残るために、今は一つでも多くの“因子(ジーン)”を習得しておかなければならない。

なによりも……

 

「『あいつ(・・・)』の『奏者』として相応しい存在になる……でなければ、《あの方々》に顔向けできないのでな」

「『あいつ(・・・)』、だと? それに『奏者』って……?」

「なぁに、単なる私事だよ。まあ、要するに――俺の目的はお前たちが宿す“因子(ジーン)”であって、この結界から脱出する事じゃあないってワケだ。だから――」

 

凶悪な笑みを浮かべながら、刹那の顔面を握り締める指先に力を込めていく。

頭蓋が軋みほどの激痛に暴れる刹那の抵抗をものともせずに無駄なく鍛え上げたお蔭でがっしりとした体格の彼を片手で持ち上げていく。

 

「やめなさ――きゃあっ!?」

 

花梨が慌てて砲撃を放とうとするものの、杖先に集束する魔力スフィアを狙いすますように放たれた龍槍剣によって魔力は拡散し、彼女自身も派手に吹き飛ばされてしまった。

 

「母さんっ!? ――テンメェエエエエエエッ!!」

 

義母を傷つけられ、最近は稽古をつけてもらっている刹那の命を奪おうとするダークネスの姿に理性がはじけ飛んでしまった宗助が槍を構えて突撃する。

宗助が揮う槍の名は『黒鱗の魔狼槍(ゲイ・ヴォルフ)』、触れただけで相手の体力を一割削るという凄まじい能力を秘めた宝具。

しかもダークネスにとって都合が悪いのは、あの槍が神殺しの魔獣《フェンリル》の牙から作りだされていると言う点だ。

極めて《神》に近づいているダークネスにとって、僅かな傷でも致命傷となりうる可能性を秘めている危険な武器。

さらに宝具である以上、真名を解放することで更なる能力を発動するかもしれないのだ。

その懸念は、すぐに事実となる。

 

「はぁああああああっ!」

 

距離を詰め寄りながら、切っ先を地面すれすれにまで落とし込んで身体ごと後方へと捻るような構えをとる。

解放された魔力の高まりが大気のうねりを呼び、吹き荒れる暴風となってダークネスの頬を打つ。

宗助の後方で追随するのは彼の相棒たるフェンリルだ。

宝具の解放……一撃必殺の概念を宿した漆黒の牙を通すべく、主のサポートに回ったのだ。

ダークネスまであと五メートルほどまで近づいたところで、宗助が跳躍する。

 

「フェンッ!」

「応よ! ッゴァアアアアアアアッ!!」

 

前方へ飛び込むように大地を蹴った宗助が空中で膝を曲げ、何かを蹴り飛ばすような体勢をとる。

瞬間、フェンリルより放たれた圧縮空気砲を彷彿させる咆哮が宗助の足の裏に着弾、加速台の役割を果たして神狼の騎士の身体を閃光の如き勢いて撃ち出した。

それはまさに瞬間加速。彼我の距離を瞬きする間も与えずにゼロとすると、唸りを上げる黒鱗の魔槍を解放する!

 

「『黒鱗の(ゲイ)――魔狼槍(ヴォルフ)』!」

 

荒れ狂う魔力と神獣のチカラが混ざり合った、伝説の武具すら凌駕しうる宝具が真の力を見せる。

体力……すなわち、『生命』そのものを削り取る魔槍。その真の能力とは標的の命を確実に刈り取る『必殺の死』そのもの。

直撃さえすれば、如何なる防御も異能の技術であろうとも無意味。

攻撃力や呪いと言った類のレベルではなく、文字通りに“直死”を与える絶対断滅の牙。

これこそが、『黒鱗の魔狼槍(ゲイ・ヴォルフ)』真の能力である。

あまりにも無慈悲すぎる効果ゆえに、宗助自身が恐れ、封じてきた奥の手のひとつ。

しかし、友であり師でもある刹那を救うため……なによりも、大切な義母の笑顔を護るために、宗助は『誰かを殺す』と言う業を背負う覚悟を決めたのだ。

 

「いっけぇええええええっ!!」

「――ッ!?」

 

迫りくる脅威を前にして、ダークネスはその一撃に込められた死の概念を感じとり両眼を見開く。

絶対なる死を告げる神狼の騎士を前にして、今の彼はあまりにも無防備。

右手は刹那を拘束するために塞がれ、左手は花梨への反撃を放った着後のため硬直状態。

今のダークネスに、宗助とフェンリルが繰り出す必勝のコンボを捌く術は存在しない……!

 

「――【双龍の咢(ソウリュウノアギト)】」

「……え?」

 

――――だが。

 

絶対なる死に晒されてもなお、黄金の輝きに穢れは無く。

宗助の放った『黒鱗の魔狼槍(ゲイ・ヴォルフ)』ですら、その命には届かない。

ダークネスの肩に装着されている竜頭形の鎧甲、それが自らの意志を持つかのように前方へと伸びて『黒鱗の魔狼槍(ゲイ・ヴォルフ)』に噛みつき、受け止めたのだ。

死の概念が籠められているのは先端の刃の部分のみ。刃以外に触れれば体力を削られると言う効果もあるものの、最小限の代償で宝具の解放を防げたと言って過言ではないだろう。

 

「そん、な……なんだってんだ!?」

「伊達や酔狂でこんな肩甲をしていないと言うワケだ。……【ドラグレイド・フレア】!」

 

片方の装甲竜が槍を抑え込んだ状態で、もう片方の竜の口から燃え盛る炎の吐息(ブレス)が放たれた。

必勝を確信していた宗助に迎え撃つ手段は存在せず、その幼い身へ竜王の炎が直撃する。

重騎士と呼べるバリアジャケットはかなりの防御性能を秘めている。しかし、それすら紙のように貫通し、瞬く間に炎で全身を包まれた。

 

「うっ、あぁああああああああっ!?」

「あ、相ぼ――っがはあああっ!?」

「お前も死んでおけ」

 

悲鳴を上げて崩れおちる宗助に駆け寄ろうとしたフェンリルに、囁くように言葉を紡いだダークネスの竜尾が伸びて胴体を串刺しにした。

吐き出される鮮血が大地に落ちるよりも早く身動きが取れないフェンリルに近づきながら右手を背中へとまわす。

いまだ戦意がおれていない神獣にとどめを刺すべくダークネスが引き抜いたもの、それは翼の根元に装着されている剣だった。

柄が真紅の装甲で覆われた、金色に光り輝く十文字が目を引く直刀。

忌々しい天敵となりうる獣を葬り去るべく、空へと掲げた剣を躊躇なく振り下ろす。

狙いは首。いかな不滅の神獣であろうとも、首を斬り落とされてしまえば復活にかなりの時間を必要とする。

この場で仕留めておけば、少なくとも“神造遊戯(ゲーム)”終了までは封じ込めておくことができる可能性が高い。

逃れようともがく体力すら残されていないフェンリルに、逃れる術は存在しない。

拘束されていた刹那は宗助の突進を止めた瞬間、顔面に押し付けていた手のひらで生成した魔力弾を爆散させることで拭き飛ばし、花梨はいまだに体勢を立て直せていない。

そして、痛みに顔を歪めて地面に突っ伏した宗助は震える腕を相棒に向けて伸ばすことしか出来ない。

最早、フェンリルを救う手だては存在しなかった。

そしてその後は宗助か刹那のどちらかに矛先が向いてしまうだろう。

認め、気にかけている花梨をこの場で如何こうするつもりは感じられないので彼女は除外するとして、明確な敵意を向けてくる相手を消滅()すことに、彼は躊躇などしない。

元来の標的だったコウタより、今後も大きな脅威となりうる少年たちを屠ろうとするのも当然だ。

 

「じゃあな、神殺しの狼。お前の主もすぐに消滅()してやるよ」

 

ダークネスは無慈悲に告げながら、上段に構えた剣を一気に振り下ろした。

銀色の斬閃が煌めき、血反吐を吐く神狼の首筋へと吸い込まれていく。

必死に駆け出しながら静止を呼びかける花梨が、朦朧する意識を何とかつなぎとめている刹那が、涙を流して逃げてくれと叫ぶ宗助が見つめる中、誰もがフェンリルの首が宙を舞う未来を幻視する。

 

そして――その瞬間(トキ)が訪れてしまう。

 

刃をその身に受け、血を撒き散らしながら崩れ落ちる人影。

大地は赤く染まり、肉骨が斬り裂かれ、砕け散る音が響き渡った。

 

――だが。

 

「……なに?」

「アンタ……!?」

「コウ、タ……!?」

 

黄金神の刃を受けたのは神殺しの狼ではなく……力尽きて意識を失っていた筈の夜天の騎士コウタだった。

完全に砕かれてしまった参加者の生命線であるデバイスと己が身を代償にして、フェンリルを護り切ったのだ。

袈裟切りに斬り裂かれた胸元から吹き出す鮮血。刃にこびり付いた返り血を払い落としながら、ダークネスは無表情にコウタを見下ろす。

 

「なぜだ? なぜお前は自分の命をそうまで容易く投げ出せる……?」

 

コウタにとって守るべき存在は彼の家族であったはず。

恋人のヴィータを始め、姉である八神 はやてや騎士たち……そして、リヒト。

誰かを護るために戦うと言う想いをダークネスは理解できる。

彼自身、アリシアやシュテル、ヴィヴィオにエクスワイバリオンといった“家族”の温もりを、彼女たちを護り抜きたいという想いの強さを理解しているからだ。だからこそ驚きを隠せない。

護るべき存在がいるにもかかわらず、他人であるはずの……それも人間ですらない、ある意味不死身の獣を護るために命を投げ出した彼の行動に。

鮮血と共に光の粒子……魔力粒子(エーテル)となって散っていく己自身に苦笑を浮かべながら、コウタは告げる。

 

「あなたにはわからないでしょうね……ほんの一握りの人を……自分が大切な誰かだけを護れればそれでいいっていう人には……」

 

激痛に歪みそうになる笑みを維持しつつ、コウタは自分が信じた仲間たちへと視線を向ける。

 

「僕は皆を信じた……。誰も悲しませない……誰もが笑って共に生きられる未来がきっとあるんだって……。僕にも大切な人はいる……家族もいる……けど、さ……その人たちにも大切な人が……ぜっ、たいに生きていてほしい、って思うヒトがいる、はず、なん……だ……」

 

人の強さは“絆”だとコウタは信じている。だから、手の届く範囲の人を救うだけで満足してしまってはいけない。

例え手が届かなくても、力が足りなくても……可能性を信じて諦めない心を持ち続ける。

それこそがコウタが胸に抱く想い。かつて、他人の想いを否定して命を奪うことでしか救うことが出来なかった人物……“No.Ⅹ”(ディーノ)の墓標に誓った彼のだけの『決断』。

死に瀕しようとも揺るがぬ彼だけの信念――……!

 

「だから、僕が守らなきゃいけないのは家族だけじゃ無くて……絆で結ばれた“皆”なんだよ……」

 

愛する女性(ヒト)を泣かせたくない、もっと一緒にいたい。けれども……それでも、この覚悟にだけは嘘はつけない。

例え悲しみしか残せないのだとしても……それが仲間たちに未来を託すことに繋がるのなら――この命、惜しくは無い。

それは、全てを護ると誓った男の姿だった。

 

「……“Ⅸ”(ナインス)、お前は『選択』を誤った。もし護りに徹するのではなく戦いに身を投じていれば……もし、複数の“因子(ジーン)”を手に入れて魔力を強化出来ていれば先ほどの攻撃を受けとめることが出来ていたはずだ。だが現実はこのザマ、魔力不足で最硬であるはずの“能力”は見る影も無く、己の身体を盾とすることでしか犬ッコロを護ることもできやしない。――戦いを危惧するあまり受け身に回り続けたお前自身の『選択』がお前を殺したんだ」

「は、はは……キッついなぁ……」

「事実だろうが。自分を投げ出してまで誰かを救ったところで、自分が幸せになれなければ意味は無いだろうに。……せめて、もう一度生まれ変われたらもう少し利口な生き方を選ぶんだな」

 

死に逝く者へ投げつけるにはあまりにも冷たく……しかし、不器用な信念を貫き通した好敵手へ、ほんの僅かな称賛を込めた言葉を告げながら、ダークネスは静かに瞼を閉じる。これ以上の言葉は不要だと、そう感じたから。

 

「花梨さん……刹那くん……宗助くん……フェンリルくん……どうか皆に、良き未来があらんことを……」

「コウタあっ!」

「先生……!」

「八神のオッサン!」

「……ありがとう、誇りある騎士よ」

 

悪意に晒される夜天の王と騎士たち、彼らが心休まる居場所(おうじょう)となることを望んだ騎士が、静かに眠りに落ちていく。

瞼の裏に浮かぶ愛しい三つ編みの少女に謝罪の言葉を呟きながら、八神 コウタは“魔法力(マナ)”の粒子となって――――消滅していった。

 

「先生……っチクショウがあっ!!」

「ッ……!」

 

亡骸も残らずに消え去ったコウタを想い、刹那と宗助が嗚咽を零す。

地面を殴りつけ、己の力不足を嘆くように。

この空間に引きずり込まれた直後、街を軒並み破壊したダークネスの広域破壊魔法、その余波を受けてダメージを受けていたとはいえ、それは言い訳にならない。

結果として、大切な仲間を救い出すことが出来なかったのだから。

 

「なん、でっ……! なんでこんな……っ! 答えてよ、ダークっ!!」

「前にも言ったはずだ。俺は敵に容赦してやる程お人よしではないし……日常と非日常の切り分けは済ませている、とな」

 

溢れる涙を拭う事も出来ない花梨に詰め寄られ、それでもダークネスの表情は変わらなかった。

彼にとって、平凡な日常で花梨の入れたコーヒーを味わうために足を運ぶことも、非日常の戦場で彼女たちの命を狙うことも、当然の事象なのだ。

戦場で出会えば容赦なく命を奪う。けれども、平穏を堪能している時は争うつもりは無い。

いかに親密な関係となったのだとしても、その関係はあくまでも日常と言う枠の中でしかないのだ。

涙を流す花梨にこれ以上かける言葉が思いつかなかいダークネスは、ふと異変に気づいた。

コウタに止めを刺した筈の己の中に、新たな“因子(ジーン)”が宿った形跡が無かったからだ。

因子(ジーン)”は所有者が消滅した瞬間、最も近くにいる参加者へ宿主を変える。

かつてのディーノの件にあるように、決して倒した本人が“因子(ジーン)”を習得できると決まった訳ではないのだ。

ならば自分以外の誰かが手に入れたのだろうか?

 

(いや、これは――違う、だと?)

 

因子(ジーン)”を取得すれば、その瞬間に大きな波動……“魔法力(マナ)”の波動が発せられる。

しかし、この三人からはソレが感じられない。つまり、花梨たちもまたコウタの“因子(ジーン)”を手に入れていないということになる。

 

「どういう事だ――ッ!? なんだと!?」

「え――っきゃぁああああっ!?」

 

それに気づいたのはほとんど偶然だった。

足元に広がる巨大な影。

当然上空を覆い隠すほどに巨大なナニカが落下してきたことを察知し、咄嗟に花梨をお姫さまだっこで抱え上げながら離脱する。

遅れて、刹那に襟首を掴まれた宗助とフェンリルも横っ飛びに回避する。

気配も何もなく、唐突に質量ある何者かの出現、これは何者かが転移してきたと考えるのが妥当。

上空から落下してきたソレを一同が見上げる。

 

「鋼鉄の、巨人?」

「このフォルム……どっかで見た覚えがあるような?」

「でっけぇ……」

「こいつはルビーの……チッ! そういうことか」

 

舌打ちをとるのが珍しかったのだろ、花梨が疑問符を頭に乗せながら問いかける。

 

「ちょっとダーク、アンタはコレが何なのか知ってるの?」

「まあな。こいつの旧型とアグスタでやり合った事がある。装甲や武器も増設されているようだが間違いない……ルビーが作った機動兵器だ。そうだろう――ルビー!」

『ヤ~~ッハッハッハッハ! よくぞ見抜いたね、流石だよだーちゃん! でも、その女を抱っこしてんのは減点かな。ルビーさんポイント三点マイナスだよ!』

 

外部スピーカーも兼ねているらしい、竜を模した頭部から人を小馬鹿にしたような女性の声が、だんだんと消滅していく結界内部に響きわたった。

どうやらあの巨大兵器の中に乗り込んでいるらしい。

そして、おそらくは――

 

“Ⅸ”(ナインス)の“因子(ジーン)”を霞み取ったのはお前だな?」

 

返答は再度の笑い声だった。

彼女は最初から結界の中に入り込んでおり、決着がつくこの瞬間まで気配を殺して身を顰めていたのだ。

敗者から分離した“因子(ジーン)”を労せず奪い取るために。

遠距離でも繊細な操作が可能である彼女の“能力”を使えば、触れることが出来ないハズの“因子(ジーン)”を奪うことも可能だと言うことなのだろう。

 

「ルビー! アンタ!」

『チッ、ウッサイって言ってんだろ雌犬。尻振って男を垂らし込む事しか出来ないアバズレはすっこんでろよ。僕はだーちゃんと話してんの。雌犬なんざと話すつもりなんてないしぃ~』

「……ッ! なんですってえ、この引き籠りがっ! そんなデッカイ鉄屑の中で女王様気取ってるような根暗女が偉そうにぬかしてんじゃないわよ!」

『アア゛!? 今なんつった、アバズレ! 喫茶店の店員とかいうあざとい設定で男に取り入る事しか出来ない奴が天災のルビーさんに何言った!?』

「ハ、ルビーさん? うっわどんだけ自分が好きなワケ? ドン引きだわー……ああ、ゴメンナサイね。ヒッキーで根暗なアンタは、女として人前に出られないブッさいくな顔になってんでしょ? うんうん、ゴメンね~? 私ってホラ、見ての通り肌綺麗だし~♪ どっかの鬼畜ドラゴンさんも夢中になっちゃうくらいだしぃ~?」

『……』

「……」

 

「『ブチ殺す!!』」

 

 

「「「――ヒィイイッ!?」」」

「……これが女の争いというヤツか」

 

何故か花梨の腕が首の後ろへ回されたので逃げる事も出来ないダークネスの呟きに答えてくれる人は誰もいない。

暁の世界に幕が下りていく中、花梨とルビーin機動兵器の睨み合いは結界が解除されて衆人観衆の目に晒されるまで続けられることになる。

 




最後の最後でいいところをかっさらっていくルビーさん。
でも、命を懸けたバトルよりも女の争い(キャットファイト)の方が恐ろしいという罠(笑)

次回は現実世界のダブルバトル……の前に、もいっこだけ番外編をupさせてください。
結構短めになると思うので連休中の更新を目指します! ――とか言いつつ、毎回文量が膨れてしまうカゲローなのですが(爆)

●作中に登場した用語解説

・龍槍剣エクスレイカー
使用者:ダークネス
エクスワイバリオンと共に授かった巨大な槍。
黄金と深紅のパーツで構成された神具であり、”魔法力(マナ)”を限界まで注ぎ込んでも自壊しない強度を誇る。

・【デミス・コア】
使用者:ダークネス
左目の(デバイス)に魔力を集束させてレーザーとして撃ち放つ。
貫通・切断力に優れており、近距離戦闘の最中に不意打ちとして放つことも可能。

・【双龍の咢(ソウリュウノアギト)
使用者:ダークネス
両肩の鎧甲を操作して攻撃や防御を行う。

・『黒鱗の魔狼槍(ゲイ・ヴォルフ)
使用者:高町 宗助
宗助が持つ魔槍の真名を解放して放つ、”必殺の死”の具現。
『殺す』と言う概念が込められた一撃は、直撃さえすればいかなる防御も無意味と化す。
ただし、因果律を改変するなどといった『必中』の概念は込められていないため、使い手の技量によって命中率は変動する。
作中では宗助単独で発動させていたが、彼の本領とも言えるフェンリルに騎乗した状態で真名解放すれば、さらなる効果を発揮するとされている。


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