フォワード陣の休日に巻き起こった『あの事件』が開幕です。
ついでに、”あの空間”も久々に……
発展著しい魔導都市クラナガンの地下には、開発・未開発合わせると二桁は下らない数の通路が張り巡らされている。
しれは下水道であったり、開発が中断された地下通路の雛型であったりと、実に多彩な種類が存在する。
管理世界の中心、そこの首都として百数十年と言う期間では考えられないほどの発展を進めてきたが故に残されているひと昔前の遺産である。
そんな地下通路の大半は最新の地図にも乗っていない忘れ去られた通路であり、人目を忍まざるを得ない人物が移動路として利用するのにうってつけなのだ。
地上の喧騒すら聞こえない、冷たいコンクリートの壁に包まれた閉鎖空間、下水道の一つの中を進む、小さな影が存在していた。
明かりになるものが無い真っ暗闇の世界をぼんやりと照らす真紅の光源、それは赤外線を感知することが可能な高感度センサーによる人工灯。
ゆらり、ゆらり、と火の玉のように揺らめきながら、闇の通路を徘徊する様に移動している。
その正体はガジェットⅠ型と呼ばれるスカリエッティの手駒の一つ。それが十機ほど、まるで何かを探すかのように周囲を見わたし、瞳にも見えるセンサーを微調整させながら進んでいく。
おそらくは一個分隊であろう一団が完全に通り過ぎた所で、劣化によって生じたものなのだろう亀裂のような横穴から、ひょこっと顔を覗かせる人影。
その正体は、薄暗い闇の中であっても栄える金色の髪と紅玉や翡翠すら霞んでしまうほどの美しくも力強い光を秘めた双眸を持つ少女であった。
その身は、ぼろ布と呼んでさしつえない薄汚れた服を纏っただけという異質な姿。
剥き出しである足の裏はすりきれてしまっており、薄らと血液の赤が滲んでいる。
彼女は自分を探している追跡者である機械をやり過ごせたことに安どのため息を吐き、ついつい周囲への注意が散漫になってしまった。
最新科学の結晶たる狩人が、隙を見せた獲物を見過ごしてくれるはずなどないと言うのに。
甲高い機械の駆動音が地下通路に響き渡ったかと思った瞬間、少女は足に絡みついたまま外れない鎖に繋がれた無機質なケースを護る様に抱き抱えると、慌ててその場から飛び退く。刹那、彼女がいた場所を無数の赤い閃光……レーザーが打ち抜き、それなりの強度があるはずの壁を瞬く間に穴だらけにしていく。
青ざめた表情の少女が顔を上げると、そこにはやり過ごしたはずであるガジェットたちがセンサーも兼ねているレーザー発射口の照準を彼女へと向けている姿が。
人海戦術として大量に投入された別の一団に発見されてしまったのが真実なのだが、それを認めたくない少女は脱兎のごとき勢いで駆け出していく。
自分の追跡者の数はさほど多くは無いのだと。決して、この地下通路を埋め尽くすほどのガジェットが投入されたことなんてないのだと自分に言い聞かせながら。それを理解してしまえば、逃走を果たすという自分の願いは叶えられないのだと否応なしに納得せざるを得ないから。
だから少女は必死に自分のココロを誤魔化し、逃走を続ける。きっと、自分を救ってくれるヒーローが助けに来てくれる。
そんな、願望にも似た願いを胸に抱きながら。
――◇◆◇――
人通りの多いクラナガンの大通り。
多くの人々が笑顔を浮かべながら家族と、もしくは恋人と、あるいは友人と共に休日と言う今日を謳歌していた。
しかし、道を行き交う人々の流れは、決まって『ある場所』を目にするなり、足を止め、見惚れてしまうと言う停滞を引き起こしていた。
視線を一点に集めているのは大通りの一角にあるオープンカフェのテーブル。
正確にはそこに腰を下ろして店自慢のハーブティーと甘さ控えめなクッキーを堪能している美女&美少女たちだ。
オープンカフェにしては珍しい、長机タイプのテーブルに対面する様に腰を下ろしているのは計六人の“見た目”美少女な一団。
楽しそうに談笑をしている彼女らの浮かべる微笑みに、老若男女問わずに心をわし掴みにされてしまったようだ。
「それにしても久しぶりですね、こうして私たちが再会を果たすのは」
カップをソーサーに置いて、ほうっ、と絵画のワンシーンのように絵になる微笑を浮かべたシュテルがそう切り出した。
彼女の出で立ちはアグスタのオークションに参加した時と同様の、高級感あふれる和服だ。深い藍色の生地に、純白の鶴が天を飛ぶ姿を記された一品は高潔さと気高さといった彼女の魅力を最大限に引き出している一品だ。
出で立ちの者珍しさも相まって深層の令嬢と呼ぶにふさわしい彼女の言葉に返事を返したのは、向かいの席に腰を下ろした銀色の髪の女性……ディアーチェだった。肩まで届く髪をかき上げながら、ふん、と鼻を鳴らす。
「まあ、それは仕方あるまい。我らの歩む道は違えてしまったのだ」
「でもさ~、だからってボクたちの友情までなくなっっちゃった訳じゃないでしょ?」
「ふふっ、そうですねレヴィ。私も
健康的な太股を惜しげも無く晒したミニスカートで足を組んでふんぞり返るという、ある意味冒険野郎的なディアーチェに続いたのは、彼女とおそろいの服を纏った青髪の美少女……に見える男――いわゆる『男の娘』であるレヴィと、カーディガンにホットパンツと言う健康的な美を体現している美少女……ユーリ。
ひねくれて本音を言えないツンデレな王様のフォローはお手の物だと言わんばかりの対応に、なんだかのけ者にされた感が否めなかった残りの二人、見た目からして実の母娘、或いは姉妹にも見えなくも無いコンビ……アリシアと彼女の膝の上でだっこされたヴィヴィオは、ご不満げだ。
娘の頭頂に顎を乗せて、仲良く“ぷくぅ”と頬を膨らませる光景は、思わず道行く通行人があさっての方向を見上げながら、込み上げてくる
「……ふ~んだ、いいもんいいもん。私にはヴィヴィオがいるもん、ね~?」
「ね~♪」
痛みを与えない程度に加減してつむじに乗せられた顎をぐりぐりされれば、ヴィヴィオが「きゃー♪」と擽ったそうに身を捩る。
微笑ましくもどこかお花畑――具体的には百合的なイチブツ――を背後に咲き誇らせているかのような空間が形成されている。
「わぁ……! やっぱり子どもって可愛らしいですよねぇ♪ ――あの、あのあのあの! ヴィヴィオちゃん、私のお膝にもWellcomeですよー♪」
「んう? ん~~……や~♪」
「はううっ!? どっ、どうしてですかぁ!?」
「アリシアママのおっぱいふっかふかなのです~♪ こうやって~、抱っこしてもらったら首の後ろがふっかふかしてすっごく気持ちいいのです。だから動きたくないでござる」
薄いクリーム色のワンピースを着たお嬢様然としたアリシアの腕の中でとろけるような笑みを浮かべるヴィヴィオ。
見せつける様にぐりぐりっと首を動かせば、彼女の動きに合わせてアリシアの双丘が柔らかくも艶めかしく形を変えていく。
悪戯っ子な娘のオイタに、しつけに厳しい方のクールママのお仕置き攻撃が炸裂!
熟れた桃のように柔らかなほっぺたをひとさし指でつんつんされると、「んぅう~!?」 とむず痒そうに逃走を図る。
が、もう一人の甘々なママ によるホールド攻撃が追撃を仕掛ける。
お腹をガッチリと捕まったために逃げ道を完全にふさがれたヴィヴィっ娘に残された道は、おとなしく制裁を受け入れる以外に道は無い!
「んにゃぅ~~!」
「んふふ~♪ いたずらっ子な愛娘にはオシオキがお約束なんだよ~?」
「その通り。これは躾です。所謂、お約束というヤツですよ――それにしても、柔らかいですね。プ二プ二です」
「はぅあう~♪ 涙目なヴィヴィオちゃんも可愛いですぅ~! やっぱり可愛い子どもは正義だと思いますよねっ、ディアーチェ!」
「うむうむ! 何とも愛でがいのある可愛らしさよな!」
「……なら、あなた方も作ったらいかがです?」
「……なんだと?」
さらりと呟かれた単語に眉を顰めるのは、意外と仁徳豊かなツンデレ女王様。
人造魔導師研究の筆頭たるスカリエッティ一味に属する彼女らへの提案としては、実に皮肉が効いている。
「バカにするなよ、シュテル。いかに我らが罪を背負った咎人であるとは言え、命を弄ぶような真似を望んでするとでも思ったか!」
「は? ……ああ、そういうことですか。違いますよディアーチェ、あなたは盛大な勘違いをなされています」
両手をついていきり立とうとしたディアーチェの様子を訝しむシュテルだったが、すぐに意味をはき違えていることを察知して、捕捉に移る。
やんわりとなだめすかしながら、着席を促す。
「私が言いたかったことは、別に愛玩用の人造魔導師を造れなどというものではありません。それよりももっと誠実な物です」
「は? せーじつってどーゆーこと? それに、どうしてボクの方を意味深な目で見てるの?」
自分にッ船が向けられていることに気づいたレヴィが首を傾げるのをわきに置いて、超☆イイ笑顔なシュテル嬢は人目をはばからず、大きなお声でこうのたまった。
「簡単ですよ。ディアーチェ、レヴィ……あなた方が子づくりなさればよろしいのです。正確性に欠けると言う欠点こそあるものの、ある意味で自然で健全な手法でしょう?」
「んなぁああああっ!?」
「うぇえええええっ!?」
「あ、それは良いですね~♪ 二人の子どもならきっとかわいい子が生まれますよっ」
「ユーリ!? 何故にノリノリなのだっ!?」
「別に良いじゃないですか減るものでもあるまいし。大体、三日に一回の割合で『大人のぷろれすごっこ』をしているくせに反論なんて、説得力ありませんってば?」
更なる衝撃発言にテーブルの一同のみならず、周囲で聞き耳を立てていた人々の頬が真っ赤に染まっていく。
性別的には♂なレヴィと正真正銘の女の子であるディアーチェの間柄は“紫天の書”一派と言う以外にも『恋人』と言う繋がりが存在する。
ソレを鑑みれば、
他人である人たちがガチ百合的なイメージを二人に思い浮かべてしまった事は仕方のないことだ。
平和な街並みの一角に誕生した穢れ無くも美しい花畑。
咲き乱れるのは鼻孔から噴出して真っ赤に宙を舞う情熱の血。
生々しい鉄の匂いが辺りを漂い、冷たい路上に突っ伏す有象無象の山々……。
平凡なはずの休日は、瞬く間に地獄絵図一歩手前な惨状へと成り下がってしまった。
そんなことなど知ったこっちゃねェとばかりにテーブルへ両手を叩きつけた真っ赤なお顔の女王様は捲し立てる様にユーリを指差し、
「な、ななななな……!?」
壊れたラジオのようにひとつの単語を吐き出し続けていた。
「おや、気づいていなかったのですか? ウチの防音設備、実はあんまり性能高くないのですよ。元々人気が無い所に立てられていますし、聞き耳立てられても気にしない方々がトップにいらっしゃいますから」
さらりと告げられた事実に、ディアーチェの頬が赤を通り越して赤紫へと移り変わっていく。
「三日に一回、ですか。なかなかヤル事ヤッてるんですね、お幸せそうで何よりです」
眩いばかりのイイ笑顔なシュテル嬢の頬がツヤツヤしているのは気のせいではあるまい。
内心、良い玩具を見つけたとばかりに舌なめずりしている事だろう。
不穏な空気を感じてブルり、と肩を震わせるディアーチェを「大丈夫?」 と心配気なレヴィが支える。
その姿に、ますます深くなって行くシュテルの微笑み。ドSスイッチが発動してしまった彼女から、見慣れているアリシアとヴィヴィオはそっと目を逸らす
下手に干渉しようものなら、こっちまで飛び火してくることを、彼女らは経験として知っているからだ。
だから二人は、周囲の生暖かい空気など知ったこっちゃねぇとばかりにティータイムを再開させる。
決して、「ディアーチェ、レヴィ、今夜から“コンドーさん”を使わないでイチャイチャしてくれません? 言うなれば、盛りのついた猫のように」「ユーリ!?」 「生々しい発言は如何なものだとボクは発言したりするんですがっ!?」 「え、今更でしょ?」 「「心の底から“訳が分からないよ”的な顔されたっ!?」」 なんて会話は聞こえないのである。
そう決して。デバイスに赤裸々な会話を余すところなく録音させている
さわらぬ神に祟りなし。
むりゃをやらかす《神》さま候補な龍神様とドSな天使様と同居していれば、この程度のスルースキルを備えていて当たり前なのである。
大魔女様と姫王様はエロ方面に展開されつつある話の内容を魔力強化で強度を増した鼓膜でシャットダウンさせながら、店の名物プレーンクッキーを堪能するのだった。
「えと、それでです、ね……実はこうしてお茶のお誘いをさせて戴いたのには理由がありまして」
何とも言えない『ほんわか』……と言うよりは『ねっとり』とした空気を破るかのように切り出したのはユーリだった。ちなみにディアーチェは真っ赤な顔で轟沈し、レヴィはシュテルに赤裸々な体験談引き出されて涙目になってしまっていた。
先ほどまでの緩い空気を引き締める様な硬い口調で、幸せそうにクッキーを頬張っているヴィヴィオへと視線を向ける。
彼女に引きずられるように、復活を果たしたディアーチェとレヴィのソレも、少しだけ硬さを増した気がする。
「ユーリ?」
「どしたの?」
ヴィヴィオから視線を逸らさない彼女らの様子に不穏な物を感じとったシュテルの肩眉が吊り上り、アリシアのヴィヴィオを抱きしめる腕の力が増す。
「実は、お二人にご相談、いえ……『お願い』があるのです」
「ほぉ……『お願い』、ですか。――それは当然、拒否権はあるのでしょうね?」
「それは、その……あなた方次第ということで」
ピシッ……、と空気が軋みを上げる。アリシアは右耳のピアスとなっている【ヴィントブルーム】へと指をかけ、シュテルは左手首にある飾り紐状態の【ルシフェリオン】を
ほぼ条件反射で姿を現した
アグスタで競り落とした数々のロストロギアをふんだんに用いて開発されたソレは、まさしく世界最強ランクの性能を内包していた。
起動時には、ヴィヴィオの聖王姫モードへの変身補助とサポートをこなし、エクスワイバリオンの代役を見事に果たす。
流石に“
彼女が特殊な生まれと言う事もアリ、ある程度の自立性を持たせた方が都合がいいというシュテルの発案で待機状態がぬいぐるみの形状となった【セイクリッドハート】は、いまや金ぴかドラゴン一味の新しい家族として受け入れられている。
幼くあると同時に、強大な力を宿してしまったヴィヴィオを護るべく、【セイクリッドハート】ことクリスは手に持ったステッキを雄々しく構えながら主の前に立つ。
小さなナイトの登場に僅かに驚くものの、自分のやるべき事……大好きな
「単刀直入に言います……私たちの目的を果たすために――ヴィヴィオちゃんの身柄を引き渡していただけませんか?」
「断る、と返答させていただきます」
にべも無く切って捨てる。例え、かつては共に在った存在であろうとも、譲れぬものがあるのだ。
「まあ、そうでしょうね。ならば――」
にっこりと聖女のような微笑みを浮かべると、ユーリの背後から禍々しいまでに強大な魔力の奔流が吹き荒れた。
吹き荒ぶ魔力嵐に、悲鳴を上げて逃げ惑う民衆。彼らのことなど
バリアジャケットを展開させながら戦意と敵意を顕わにする《黄金神》の家族から視線を離さぬまま、真紅の霧状であった魔力が禍々しいカギ爪へと変貌していく。
人など容易く肉塊と化すだけの威力を秘めたソレを構えると、ユーリはその一言を口にする。
戦いの開始を告げる鐘となる――決定的な
「ここで、ブッ
「お断りします。反対に、あなた方を
紫天の頂に立つ盟主と、理を司っていた殲滅者。
盟主は闇紫色の人形使いの
道をたがえてしまった二人の宿命付けられた戦いが、始まろうとしていた。
――◇◆◇――
「これは……」
「ひどい……!」
地上部隊の現場指揮を任された八神 コウタと彼の補佐に任命されたギンガ・ナカジマは目の前に散乱する大小さまざまな残骸を目の当たりにして声を零してしまう。少なくない数の事件現場を目の当たりにした彼らをしても、これほどまでに徹底的な破壊痕が刻まれた光景を目にかけたことは無かったからだ。
ガジェットⅠ型と推察されるモノの成れの果てが地面はもちろん、スクラップと化している運搬用トレーラーに突き刺さっていたり、コンクリートの壁にめり込んだりしている。ギンガは足元に転がっていた外装の一部を拾い上げてみた。
全面装甲らしきそれは、レーザー発射口を兼ねたセンサーのある中心部分を円形に撃ち抜かれたような状態であった。
妹のスバル共々、近格闘術【ストライクアーツ】を習得している彼女には、この破壊痕が人間の拳によるものだと一目で看破する。
しかし、彼女が驚きを露わにしているのは、ここにある残骸のなに一つにも残留魔力が計測出来なかったからだ。
例えばギンガであれば、身体強化のブーストをかけることで鋼鉄の装甲板を拳で撃ち抜くことも可能だ。しかし、生身の人間が素手でそれをやろうとすれば、間違いなく相応の反動を覚悟しなければならない。
近接戦闘のプロたる彼女であっても、強化魔法を使わないでそんな真似をすれば、拳の皮膚が裂けてしまい、多少の切り傷を負ってしまうことだろう。
彼女が
だと言うのに、この惨状を引き起こした存在は、魔力による強化を行わぬまま無傷でこれだけの敵を破壊しつくし、さらには逃走を図っている。
一概には信じられない事態ではあるが、だからと言って納得しなければならないのが彼女らのお役目なのだ。
頭を振って意識を切り替えると、ギンガの視線は上司であるコウタの方へと向けられる。
トラックの検分を行っていたコウタは、荷台の中から覗く生体ポッドらしきものの残骸を見ていた。
足元には、何やら液体らしきものが飛び散ったような痕、そして地下へと通じる通路の方へ点々と続く人間の足跡らしきもの。
「運転手は意識不明の重体、どうにか訊きだせたことと言えば、荷台の中身を一切教えられていないまま単純な運搬作業だと言いくるめられてアルバイト気分で運んでいたっていう証言のみ、か……ギンガ、君はどう思う?」
「え、は、はいっ! おそらくですけど、運転手の証言は信用できるものだと思います。運転手の身分等の裏はとってありますし、依頼を見つけたと言う掲示板も確認できています。まあ、もっとも、依頼者が何者なのかは不明のままみたいですけど……」
「多分見つからないだろうね。情報の隠ぺいが巧妙すぎる……きっとその道のプロの仕業だろう」
「はい。そして事件の原因はまず間違いなくポッドの中身だと思われます。ポッドの破片が外側へ散らばっていることを見るに、ポッドの中にいた『何者か』が荷物を強奪しようと襲いかかってきたガジェットを破壊してそのまま逃走した……と」
「うん、僕も同意見だよ。だとすれば、問題はその中身の部分。生体ポッドなんて物々しい物なんだ、中身の正体も大凡見当がつくよ」
敬愛する上司から急に振られたので若干焦りながら、それでも冷静に自分が抱いた推論を述べていく。
部下の推眼に満足げに頷きを返し、コウタは暗闇に包まれた地下へと通じる通路口を睨む。
「十中八九、正体は人造魔導師。それもこれだけの数のガジェットを破壊し尽くすだけの戦闘力を秘めている。これは一刻も早く回収に動いた方がいいだろうね」
コウタの持つ“知識”には、“闇の書”事件までのもの。
これから起こりうる未来については、ほとんど知らない程度なのだ。
同盟を結んでいる花梨や葉月経由で大まかな情報は入手しているものの、必要以上に詳細な情報を持ってしまうと先入観をもってしまうからと、コウタ自身が詳細な情報の提示を拒否したからだ。
実際、先入観が無かったからこそ、ゼスト隊のメンバーやギンガ、ゲンヤといった面子とごくごく自然体で打ち解けているのだから、ある意味成功していると言えなくも無い。
今回の事件についても、『
もしかしたら、これから探す人造魔導師がそうなのかもしれないなと、コウタは今更ながら情報を拒否したことを少しだけ後悔する。
探し人の容姿が分かっていれば、それだけ探しやすいものだからだ。
(ま、いまさらそんな事を考えてもしょうがないか。今は出来る事をやるだけさ)
検察班に調査の続行を命じつつ、バリアジャケットとデバイスを起動させたギンガと共に地下へと向かっていくコウタ。
正史において、なのはとフェイトの娘となる人造魔導師……彼女の正体こそ、最強の敵No.“Ⅰ”の元ですくすくと成長をしている少女、ヴィヴィオであることをコウタは知らない。
故に、気づかない。聖王のクローンであるヴィヴィオがすでに外の世界で日常を手にしている現状でありながら、“知識”になぞらえた事件が起こっているのかと言う疑問に。
「さて、それじゃあ行くとしようか」
「はい、隊長!」
やる気に満ちた返事を返す部下に頼もしさを感じながら、コウタは起動させた盾型デバイス【レイアース】から剣を引き抜いた――瞬間、
――リィィイイイイイイン……!
世界総てに響き渡るかのような、音が鳴り響き――
「ん? 今何か聴こえなかった?」
「えっ? 私には特に何も……」
「あっれー? おかしいなあ……。確かに
世界は、黄昏時の色へと染め上げられた――――……!
「――んなあっ!?」
視界を埋め尽くすのは夕焼けに染まったかのような柔らかな『赤』。
足元からは、蛍のような幻想的で、儚い燐光が溢れ出し、天へと昇って行く。
周囲に人気は一切存在せず、まるで自分だけがセカイから切り離されてしまったのではと考えてしまうほどに、生命の脈動を感じられない異質な空間。
彼は知っていた。これが何なのかを。
そして――それに引き込まれた自分が陥った絶対的な危機を。
「うっ、嘘だろう!? なんでこのタイミングで!?」
油断していた。ありえないと思っていた。前回の発動からそれなりの期間が経過して、いままでは平穏な日常を過ごせていた筈だった。
確かに、魔導師と言う役職上、平和な日常とは言えないのかもしれない。「しかし……」とコウタは思う。
望もうと望むまいと、強制的な
『
『
ひとたびこの結界に取り込まれてしまえば最後、同じく取り込まれた参加者の誰かを倒さなければ脱出できない死の結界。
制限時間まで定められており、それを過ぎてしまえば収縮を開始する結界に押し潰されて消滅してしまう。
仲間と協力し合い、共に理不尽な運命に抗おうとしている彼ら非戦闘派にとって、まさしく最悪の一手。
もしこの空間に取り込まれてしまった者が、コウタと同じ志を持つ者たちであったとするのならば、彼が生き残るために下さなければならない選択とは――
「くっ……!」
歯噛みし、理不尽な現実への憤りを込めた拳を壁に叩き込む。
強化された拳の形にめり込んだ壁を一瞥すると、ゆっくりとだが冷静さを取り戻していく。
「とにかく、一度皆と合流した方がいいかな……」
『
「……この場合だと、敵勢力であるルビー……さんを皆と協力して倒すのが正しい選択なのかもしれないけど……でも、それは……」
生きるために悪を滅ぼすか、それとも敵にすら手を差し伸べて別の道を探してみるか。
初代リィンフォースの敵である彼女への憤りはいまだ彼の胸の中で燻っている。
しかし、犯した罪は正しい法の元で裁かれなければならないというのがコウタの考えだ。
切名あたりが耳にすれば、甘ちゃんだと一刀のもとに斬り捨てられてしまうであろう信念を抱く。
騎士として、気高い王の弟として、抱いた理想は
たとえ偽善者と罵られようとも、理想を抱き、家族の……そして愛しき騎士の元へと戻り、護り抜いて見せる。
覚悟を決めたコウタが己の意志を再確認し、戦いへ向かうべく一歩を踏み出した――瞬間、
【終末を呼びし暗き光――】
“コエ”が聞こえた。
【現の世を黄昏に染め上げ――】
青年の抱いた理想など叶わぬと睥睨するかのように。
絶望を齎さんと、静かに……力強い“コエ”が。
【終焉なる黙示録を告げよ……!】
絶対強者が告げし災厄の炎を召喚する言霊が――――!
もし――コウタが遮るものの無い地上にいて天を仰ぎ見る事が出来ていれば、天に広がり燦然と輝く滅びの兇星群の威容に恐れ、膝を付いていたかもしれない。
それほどまでに圧倒的な絶望の具現がそこにはあった――!
「――っ!? 『
己を、いや大地そのものが怯え声を泣き叫んでいるかのような幻聴を感じとったコウタが条件反射的に情報へと盾をかざし、最硬の“能力”を発現させる。
瞬間、
「――『
大地に生きる全ての存在を永遠の眠りに誘うべく、降り注いだ……!
大地を穿つは、黄金色と闇色の魔力光が織りなす破壊の流星群。
天空を埋め尽くすほどのおびただしい数の魔法陣から撃ち放たれた神代の大魔法が、黄昏に包まれたクラナガンを蹂躙し、打ち砕いていく。
圧倒的すぎる破壊の奔流のまえに、人類の英知が生み出した魔導科学の象徴たる大都市が、見るも無残な姿へと移り変わっていく。
視界を奪われるほどの眩しさに耐え続けるコウタは、己の魔力の殆んどを注ぎ込むことで“能力”の維持につとめる。
もし一瞬でも解除されてしまったら最後、八神 コウタと言う存在が跡形も無く消し飛ばされてしまうと理解させられていたから。
果たしてどれほどの時間が経過したのだろう……ようやく、眼球を焼く光が治まった頃合いを見計らって“能力”を解除したコウタの視界に、焼け野原と化したクラナガンの成れの果てが飛び込んできた。
人々の喧騒に満ち溢れた路上も、名うての企業が利用していた高層ビルも、子どもたちの笑い声が飛びかっていた公園も。
残されたのは大地を穿つ巨大な大穴の数々と、散乱した瓦礫の欠片。恐るべきことに、先ほどの『神代魔法』は建物を構成していたもの
まさしく、蹂躙と呼ぶにふさわしい惨状がそこに在った。
「久しぶりだな
呆然と目の前の光景を見つめる事しか出来なかったコウタの背筋が一瞬で凍りつく。
それは純然たる殺意の奔流。『お前を殺す』と言う、揺るぎ無い意志が籠められた、絶対強者が放つ覇気……!
聞き覚えのある声の主の方へと、ゆっくりと振り返る。
悠然と宙に浮かびながらコウタを見下ろしていたのは、この惨状を引き起こした元凶にして、最悪の存在。
コウタが無意識下において除外していた“最悪の可能性”を起こしうる存在。
「さあ、始めようか――……俺たちの、
淡い
次回はカプセルから逃げ出した謎の少女の正体、対峙する”紫天”の行方、そして黄昏の世界で騎士と龍神の一騎打ちの決着を予定しています。
六課メンバーや花梨嬢たちにも出番はあるハズ。
ちなみにダークさんは今まで徒手空拳が主体でしたが、剣や槍もそれなりに使えます。
力量そのものは一芸に秀でたヴォルケンズに一歩劣りますが、ポテンシャルの性能差で戦闘力で相手を凌駕できるレベル。