魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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お待たせしました、久しぶりの戦闘シーンです。
彼の持つ力の一端がようやく明らかに。



炎剣使い

夜の帳が舞い降りた深夜の街中を強化した脚力にものを言わせて駆け抜ける影が存在した。

はやての命を受け、単独行動を容認されたフォワードメンバーの一人である、切名だ。

バリアジジャケットを展開し、抜身の愛剣を携えた少年が風の様に走り続けながら、ある場所を目指していた。

彼が目指しているのは都心からやや離れた海沿いにある公園の一つ。奇しくも、十年前の事件の最中、ダークネスとアリシアがシュテルと邂逅を果たした公園であった。

そこから感じられるのは、冷たくも悍ましい魔力の波動。

つい先程、はやてたちが感じ取ったロストロギアの放つ魔力波動だった。元来ならば彼らの任務対象であるロストロギアが周囲に人気が無い場所で発動したことに安堵の息を吐くべきなのかもしれない。

だがしかし、今回に限っては軽んじる訳にはいかなかった。

何故なら――現在の海鳴市で発動しているロストロギアの反応が、十数個にも上ってしまっているからだ。

しかも、何ら前触れも無く発動したロストロギアらしき反応は彼らの探索物とは全くの別物だったのだ。

普通に考えれば、ロストロギアを持ち込んだ密売人が隠し持っていたものと推察できる。しかし、犯人はあくまでも単体であったはず。

これほどの数の――しかも基本的に制御が困難なロストロギアを管理外世界に持ち込むなど、普通ではありえない。

この世界……地球にはフェイトの養母であるリンディや義理の姉エイミィも暮らしている。

その関係上、管理外世界でありながら、地球には魔導に携わる存在の侵入を探知できる警戒網が秘密裏に展開されているのだ。

実際、今回の回収品が海鳴市に存在していることを確認できていたのだって、リンディからの情報提供があったからこそなのだ。

だが、彼女の話によれば、持ち込まれたロストロギアは単体で間違いなかった。分裂するような能力は持っていないハズだし、そもそも犯人自体がリンカーコアの無い非魔導師だ。

裏社会の魔道師によって完全に封印された状態で運送されていたのは、教会からの確かな情報として報告を受けている。

 

――つまり、花梨を筆頭に銭湯に残っている犯罪者(きけんじんぶつ)たちを監視する人員を除いた六課メンバーの数と同じ数のロストロギアが、町中で発動しているというこの状況は……、

 

「明らかにかく乱だよな……! クソッ、良い様に遊ばれてんじゃねェかよ」

 

舌打ちを零しつつ、民家の屋根の上に跳び上がり、因幡の白ウサギの如き軽業で屋根から屋根へと飛び移りながら、最短距離で目的地を目指す。

明らかに危険な魔力を放つロストロギアを至急封印・回収しなければならない。

はやての決断は迅速だった。

フォワード陣の仕上がりを教導官であるなのはに確認し、単独行動が可能かを確認。

返答は『条件付きで可能』。現場に敵性存在がいる事も考慮して、せめてフォワードだけでも二人体制(ツーマンセル)を取らせるべきという部下の進言に、部隊長たる少女は管理局員として人的被害を最小限にとどめる事こそが最優先であると判断。

封印術式を全員のデバイスにインストールしつつ、まずは状況確認も兼ねて単独で各ポイントに急行、敵性存在が確認された場合は即座に状況を報告しつつ、封印を完了した人員は即座に仲間への救援へと向かう様に命じた。

部隊長としての顔を見せる親友の判断を信じた隊長陣以下六課メンバーは即座に行動を開始、今に至る。

今回任務に当たっているのは、はやて、なのは、フェイト、シグナム、スバル、ティアナ、切名の七名。

ヴィータ、エリオ、カエデは銭湯に残り、あの場にいたダークネスたちの監視についていた。

ダークネスたちを花梨が、女湯のユーリたちをヴィータと協力をかって出たアリサとすずかが、子ども風呂にいるキャロの監視と宗助たちの護衛をエリオが、露天風呂から上がって休憩室で休んでいるレヴィをカエデが。

戦力の低下は避けられないが、彼らほどの危険人物を監視もせずに放置したまま、正体不明のロストロギアに対処することなど出来ない。

故に、

 

「さっさと封印して、回収するしかねぇ! ――っ、見えた!」

 

とある民家の裏庭に聳える竹林を飛び越えた所で、目的を視認する。

公園の中ほど、噴水が目を引く開けた広場にそれはあった。

眩い魔力を放ち、夜の空を異彩なる色に染め上げているロストロギア……一見すると携帯電話のようにも見える古代遺産らしきもの。

そして――

 

「時空管理局だ! ロストロギアの不当所持に、管理外世界での魔法の使用……詳しく聞かせて貰おうか!」

 

それを片手で弄びながら、天より舞い降りた切名を感情の映らない瞳で見つめる全身黒装束という出で立ちの男を。

だが、黒装束の男からの返答は言葉ではなく――

 

「……滅殺、開始」

 

天へと掲げられた携帯電話と同じ見てくれをしたロストロギアから撃ち放たれた、邪悪なる閃光だった。

突然の不意打ちを切名は軽いステップでその場を離脱することでなんなく避けてみせると、お返しとばかりに大地を蹴り、一足で彼我の距離をゼロにしてみせる。

予想外の加速に僅かに目を見開いた黒づくめの胴体に、峰を返した死を刻む炎刃の剣(フランベルジュ)を叩き込む。

 

――浅いかっ!

 

“く”の字に折れて吹き飛んでいく敵へ追撃を仕掛ける切名の表情は苦い。

刀身が直撃する瞬間、相手は自ら後ろに跳んで威力を軽減していたのだ。相手を軽んじていた訳ではないが、それでも多少の手ごたえはあるだろうと言う浅はかな考えは、まるで何もない空間を斬ったかのような感触と共に、粉微塵に粉砕されてしまった。

両者の体格はほぼ同じ、それでも盛大に吹き飛ばしたという感覚が微塵も無いと言うことは、相手が切名の攻撃を完全に読み切り、神技的なタイミングで衝撃の全てをいなした事に他ならない。

それでも未だに身体が中空にある相手と違い、勢いはこちらにある。

両手で柄を握り、掲げた愛剣を黒づくめ目掛けて振り下ろす。

流石にこの連撃をいなすことは不可能と判断したらしく、着地するなり、今度は両腕を頭上で交叉させることで正面から受け止めてみせた。

 

……しかし、

 

「……ッ!?」

「生憎、力にはちいっとばっか自信があるんで……なあっ!」

 

骨の髄まで届く凄まじい衝撃に苦悶の呻き声を漏らした黒づくめが顔を下げてしまった瞬間、狙いすましたかのような切名の爪先が敵の顎を蹴り上げる。

衝撃で脳が揺さぶられ、足元がおぼつかない敵に回復の時間など与えないとばかりに、切名の猛攻が降り注ぐ。

デバイスによる斬撃、拳による打撃、強化された足による蹴撃による嵐の如き連打。

怒濤の猛威に晒された黒づくめが苦し紛れに携帯電話を掲げ、画面からレーザーのような魔力の閃光撃ち放つものの、打ちのめされ続ける状態では正確な狙いをつけることなど出来るはずも無く。

 

「へっ、どこを狙っていやがる!」

 

逆に、攻撃直後の硬直状態を狙いすましたかのような鋭いカウンターを叩きつけられた。

リンカーコアと魔術回路が生成する魔力を全て身体強化に注ぎ込んている切名の動きに翻弄され、黒づくめは離脱することも出来ない。

まさに電光石火・疾風怒濤のごとし。

剣と拳が組み合わさった猛撃を叩き込まれ、黒づくめがスカーフで隠されていた口から血の塊を吐き出す。

過剰までの攻撃は不殺を信条とする管理局員として、いささか以上に不適切であると言わざるを得ない。もしこの場に菜乃派がいれば、犯罪者とは言え、人間を弄る様な真似を躊躇なく実行する部下の姿に声を荒げずにはいられなかった事だろう。

しかし切名の直感が、この敵には甘さを排除して当たらなければ自らの敗北に直結すると囁いていた。

そして――その予感は最悪の形で実現することとなる。

 

「……」

 

――ゴキンッ!

 

「なっ!? 自分から腕を……!?」

 

苦し紛れ……ではない。

切名の突き出した拳にぶつけるように繰り出された刺突……特別な魔力強化を行っているでもなく、愚行としかとられない行動(リアクション)を躊躇なく実行する黒づくめに驚いた切名が息を呑む。

強力無双を謳われた切名の拳は、黒づくめの四指を容易く砕き、骨と筋肉を押し潰す嫌な感触を感じさせた。

だが、痛みなど感じていないとでも言わんばかりに表情一つ変えなかった黒づくめが、逆の手で握りしめた携帯電話のダイヤルを高速で叩く。

すると、携帯の画面から先ほどまでとは違う魔力の波動が放出される。

魔力光が変化すると言う事態に警戒し、距離を開ける切名の目の前で、無色の瞳で切名を射抜き続けていた黒づくめがほくそ笑んだような気がした。

 

「……復元」

 

ポツリ、と囁く様に呟いた瞬間、携帯を中心にして放たれた魔力が黒づくめの全身へと絡みつき、全身を覆い尽くす。

あまりの眩しさに目元を押さえてしまった切名の視界が回復すると――

 

「ばっ……!? ンなバカな!?」

 

傷は愚か、黒装束の汚れすら微塵も見当たらない出で立ちの黒づくめが悠然と切名を睨み付けていた。

再生、いや、復元したと言うのか。あの一瞬で……!?

緩慢な動きが微塵も見受けられない。それはつまり、戦いを始める前の状況に逆戻りしたということ。

いや……違う。そうではない。この状況は――マズすぎる!

 

「間違いねぇ……奴とあの携帯は同調(リンク)していない!」

 

黒づくめの魔力を吸い上げ、奇妙な回復能力を発動しているのではない。

魔力的な繋がりが感じられない黒づくめとロストロギアは別個の存在としてここ(・・)にある。

――独立した魔力生成機能を持ったロストロギアと、その修復能力を最大限に使いこなす敵……その相乗効果は単純な戦闘力に得狂するものではない。

しかし、

 

「どんだけ斬っても、ブッ飛ばしても即座に回復されるんじゃあなぁ……」

 

攻撃もロストロギアに依存しているせいか優位に立ちまわれるのは切名ではある。

だが、ギリギリのラインを見抜き、紙一重で攻撃をいなし続ける体捌きを有する黒づくめを一撃で打ち倒すことは困難を極めると言わざるを得ない。

かと言って、コツコツと小さなダメージを積み重ねようとしても、先ほどの繰り返しになるのは火を見るよりも明らか。

ロストロギアが魔力を生成する魔導機関を宿しているのか、それとも大容量の魔力バッテリーのようなものを内蔵しているのか定かではないが……湯水のごとく砲撃をばら撒いている敵の動きから予測しても、早々魔力切れを起こしてはくれないだろう。

切名が単独戦闘を得意としているのは、類い稀な近接戦闘の才を実戦の中で磨き上げてきたと言う絶対的な骨支(バックボーン)によって、どれほどの大軍であろうとも戦力を一人ずつ確実に叩いていく……と言う、愚直すぎる戦法を実現できていたからだ。

決して一対多数の戦況を覆すほどに強力な砲撃系魔術を習得していたからではない。切名は憎々しげに敵を見据えながら唇を噛む。

最高の騎士にすら引けを取らないと自負している戦闘術……その総てが通用しないという事を、先の攻防でまざまざと見せつけられていたからだ。

どれだけ攻撃を繰り出そうとも、柳のように最小限のダメージで受け流されてしまう……。奴を仕留めるためには、小手先の技ではどうにもならない火力で焔き薙う(やきはらう)くらい出来なければ、勝利の二文字を手繰り寄せる事が出来ないだろう。しかし、

 

「ちっきしょ――……こんなときばっかりはなのは隊長の砲撃スキルが羨ましいぜ」

 

そう――切名は近接に特化し過ぎたが故に、遠距離攻撃を一つ(・・)しか習得できていないのだ。

これは生まれ持った才能、もしくは本質とも呼ぶべきものなので、彼自身がどれほど望もうともどうしようもならない現実(コト)だ。

対個人用ではなく、対軍レベルの大規模攻撃でも使わなければ、優れた体術を使いこなすこの敵を倒しきることは不可能だろう。

打開策はこうして導き出せると言うのに……なのに、自分には打つ手が存在しない。

 

「やっぱし、アレっきゃねぇのか……?」

 

狙いもつけず、適当に放ってるとしか思えない敵の砲撃を躱しながら、切名はこの状況を打破できる唯一の可能性に賭けるべきか迷う。

このまま時間を掛け過ぎてしまえば、周囲への影響が誤魔化しのきかないレベルに達してしまう。

簡易的な結界ならそっち系の才能がない切名ではなく、相棒(デバイス)に術式を発動してもらうことでカバーできる。

だが、術者ではなくデバイスを起点とした結界の強度は強固と呼べるものではなく、もし敵の砲撃を数発喰らいでもすれば、間違いなく結界は崩壊してしまう事だろう。そうなれば最後、関係のない人々にまで危険が及んでしまう。

悩むも一瞬、覚悟を決めた表情へと変わった切名が足を止め、死を刻む炎刃の剣(フランベルジュ)を握る腕を前へと突きだす。

刀身を横に寝かせ、逆の手を柄に埋め込まれたデバイスコア……銀の炎を形度った十字架へと添える。

瞳を閉じ、精神を集中させて、意識を己の内なる世界へと落としていく。

 

どこまで落ちてしまったのか……唐突に全身を覆い尽くしていた浮遊感が途切れ、目的の場所たる心の奥底……己が本質を映し出す深層心理へとたどり着いたことを切名は、本能で感じ取る。

ゆっくりと目蓋を見いていけば、眼前に広がる灼熱の劫火に焼かれ、それでも雄大にそこに在る(・・・・・)ソレへと視線を落とす。

 

――それは、燃え盛る炎の竜巻の中で眠りについていた。

――それは“剣”としての姿をしていた。

 

形状はダークパルサー、色は炎の世界で一際美しく栄える“黒”と“赤”。

炎の覆い尽くされた世界において、悠然と鎮座する威容なる姿。

それはまさに、かの『モノ』こそがこの世界を統べる『王』であるということの証明に他ならない。

そんな『王』たる彼女は、愛おしくも憎々しい『使い手』の気配を察して、いつ終わるとも分からぬ眠りの淵からゆっくりと意識を覚醒させていく。

その身を縛り上げる忌々しい練鉄の鎖を鳴らし、不機嫌そうな溜息を漏らす様に刀身から火の粉を撒き散らす。

 

【――久しいな、妾の『使い手』よ。妾を縛り上げ、こんな深き所に押し込んでおきながら、自分は新しい『小娘』にうつつをぬかしておった男が、よくもまあ顔を見せられたものよ。厚顔無恥にも甚だしいのぉ】

「おいおい……そんなに怒んなよ。しょうがねぇだろ、真名を封印した以上、俺の本質を表すお前にも一時的に眠って貰わないといけなかったんだからよ」

【――ハッ!】

 

鼻で笑うように、ひときわ大きな火の粉が切名目掛けて撃ち放たれ、彼の前髪を僅かに焦がす。

 

【痴れ者め! 妾は汝の本質にして根源、在り様そのモノに他ならぬ! 何ゆえ貴様のような小僧が英霊の末席に名を連ねる事が出来ていたのか……それは偏に妾という絶対的な存在を宿していたからであろう!?】

「何言ってやがる。お前は俺の本質……要するに、俺の一部だろうが。まるでテメェが俺を救ったみたいな言いかたしてんじゃねェよ」

【事実であろ? 童の力添えが無くば、汝は『使い手』として完成されることも無く、『あの娘』の願いを果たすことすら危うかったであろう。だと言うのに、キサマは童と言う唯一無二の存在(あいぼう)を封じ、色の無い小娘(デバイス)へと走るとは……まったくもって愚かとしか言いようがないな!】

 

――“剣”が嫉妬すんのかい……。

 

がっくりと肩を落とす切名のテンションが駄々下がりな事にも気づかぬまま、時折、感情の爆発に呼応したかのように勢い増す周囲の炎の熱に照らされた鎖に繋がれた“剣”――切名の本質にして根源を具象化させた宝具の話は延々と続く。

かなりの鬱憤が溜まっていたようで、愚痴の止む気配が感じられない。

オマケに、『彼女』の感情の昂ぶりに呼応しているのか周囲の炎の熱量も上がっているように思える。

まあ要するに――熱いを通り越して焦げる様なチリチリとした痛みが奔るレベルにまで。

分身とも呼べる存在を心の奥底に押し込んでしまったと言う罪悪感もあっておとなしく訊き手に徹していた切名だったが、いつ終わるともしれぬ愚痴の嵐を前に現実(そと)の状況を思い出し、少しだけ強気で言葉を放つ。

 

(ワリ)いが、その辺で機嫌を直しちゃあくれねぇか? 俺が己の起源(ココ)に来た理由、分かってんだろ」

【む……】

 

真剣な双眸に覚悟の炎を宿した『使い手』の選択を察し、久しぶりに会話を交わすことが出来た――ほとんど愚痴の垂れ流し状態であったが――『彼女』も溜飲が下がってきたのか、言葉を止めた。

 

「正体不明の黒づくめを確実に、最速で仕留めるには葵 切名(今のオレ)じゃあ駄目なんだ。奴はこの場で仕留めないといけない気がする。だから――」

 

息を吸い、迷いなき瞳で相棒にして半身たる“真なる愛剣”へ、己が『決断』を告げる。

 

「“真名”を解放することにした。もちろん、瞬間的な限定解除で留めるつもりだがな」

【……よいのか? 金色(こんじき)の龍神が告げた言葉、よもや忘れた訳ではあるまい?】

 

切名が“真名”を封じられているのは、今の彼には『救世騎』としてのチカラを十全に扱うことが出来ないからだ。

風呂場でダークネスに告げられた推察を、切名の中にある『彼女』もまた耳にしていた。そして、彼の中にいるからこそ黄金の神の推察が真実である事を、直感的に感じ取っていた。

“真名”の解放は『使い手』の肉体を著しく傷つけてしまいかねない可能性が秘められている。

『使い手』の勝利を大前提とする彼女としては、“神造遊戯(ゲーム)”とはまったく関係のない状況下で、大きなリスクを負いかねない行動をとることは賛成しかねるのが本音だ。しかし、

 

「それこそ今さらだろーが。お前は知ってるはずだぜ、俺は誰かを救うために我が身可愛さに躊躇するような“普通”の人間とはまったくの別物なんだって事はよぉ」

 

世界を救いし『救世騎』が、そんな当たり前の考えを是非とするはずも無い事を他の誰よりも理解しているのも、『彼女』が一番よく理解しているのだ。

ここで迷う様な輩に、世界を『()(はらう)』魔剣たる己を振るう資格など皆無。

故に……『彼女』は告げる。

彼が、愛しき『使い手』が最も望んでいるその言葉を――!

 

【その覚悟や良し! では久方ぶりに現世へと顕現しようではないか。――我が『使い手』よ】

「ああ往くぞ――俺の『剣』」

 

劇場の開演を告げるかのごとく、紅蓮の壁がうねり、まるで蛇のように蠢きながら切名の進む道を開いていく。

解放の瞬間(トキ)に歓喜するかのように、軋みを上げる鎖に捕らわれた『彼女』へと手を伸ばし、指先を、掌の皮を、筋組織と骨の髄まで焼き尽くさんとする熱を秘めたソレをしかと握りこむ。

同時に、世界を包み込んでいた炎が意志を持つかのように蠢き、この場所の中心に立つ少年へと降り注いでいく。

悪意を持って彼を焼き尽くす……のではなく、『王』の目覚めを喚起する臣下の如き讃頌の雄叫びを上げるそれは、まさしく炎の衣。

包み込み、染み込むように彼の体内へと降り注いでいく炎の熱に侵されたように、『葵 切名』という存在もまた――変わる。

出で立ちが大きな変化を起こしたわけではない。しかし、そこにある存在感が明らかに“違う”と感じさせる異質なモノへと転じていく。

“ヒト”から《神》へと至る道筋の中間、人間としての認識を超えた領域に立つ存在――『神成るモノ』へと。

愛しき『使い手』と踊る、久方ぶりの戦場に『彼女』の昂りも天井知らずに上昇していく。

『彼女』を縛り上げていた鎖がはじけ飛び、流麗かつ憐美な刀身を天へと掲げながら、彼は声高々に宣言する。

人を超えし己が存在を、セカイに証明するかのように――!

 

「――『起源解放(アクセス)』――!」

 

巻き起こる烈風……いや、熱風(・・)に吹き飛ばされた黒づくめが、双眸に困惑と疑念の感情を浮かばせながら前を睨む。

無防備な管理局員へ攻撃を叩き込んでやろうと携帯電話のダイヤルを指で弾き、無数の砲撃を生み出そうとした瞬間、突然彼の足元から炎の竜巻が立ち昇った。あまりの熱風に晒された結果、黒づくめは攻撃を中断せざるを得なくなった。

油断なく携帯電話を構えつつ、状況を理解せんと様子を窺う黒づくめの耳に、良く通る少年の声が響く。

 

「――おい、襲撃者。冥土の土産に我が名を魂に刻みこんで逝け」

 

竜巻の内側より一条の光が振るわれたと思った次の瞬間、一閃された焔が火の粉となって夜の空へと霧散していく。

どこか蛍を連想させる燐光に照らされて、『彼』はそこにいた。

姿に変化は見受けられない。しかし、先ほどまでとは決定的に違っているモノが存在していた。

それは、手に持った『剣』。

先程までとは大きく形状を変えた黒と赤で彩られた『剣』を携えた少年が、鋭い眼光で黒づくめを見据えていた。

その身に宿すのは人外のチカラ。

人を超えた《神》の候補者として覚醒し、真なる己――“真名”を解放させた英雄の姿がそこにはあった。

炎に包まれた『剣』を上段に構え、『使い手』は声高々に名乗りを上げる。

 

「我が名は『炎剣使い』蒼意(あおい) 雪菜(せつな)! そしてこいつこそ、救世の刃にして世界を焼き尽くす焔の魔剣!」

 

切名……いや、雪菜の全身から放出される苛烈なる魔力が炎へと転じ、構えた刀身へと降り注がれていく。

紅蓮を纏い、眩い輝きを放つ刀身がその輪郭をあいまいな物へと変え、純然たるエネルギーの刃へとその身を変える。

燃え盛る炎が輝ける綺焔となって、巨大なる焔の十字架を形成する。

それはまさに、神話に終末(おわり)を齎したとされる、全てを()(はら)う災厄の杖――!

 

「さあ……瞠目しろ。こいつが――セカイを焼き尽くす焔の魔剣だ!」

 

闇夜の幕が下ろされた黒き世界を照らしだすのは、太陽の如き眩い光。強大なる『魔法力(マナ)』の奔流が大気を焦がし、真なる覚醒を果たした魔剣がその力を示さんと咆哮を上げる。

唸りを上げる超然たるエネルギーを集束させた魔剣を大きく振り被り、そのプレッシャーに気圧された敵へと巨大なる断罪の刃と化した相棒を振り下ろす!

 

「――『全てを焔き薙う勝利の剣(レーヴァテイン)』――!」

 

解き放たれし紅蓮なる閃光が、セカイごと敵を葬送せんと解き放たれた。

 

 

――『全てを焔き薙う勝利の剣(レーヴァテイン)』――

 

『救世騎』として世界を救った英雄が振るう、最悪にして最高の神代魔法。

セカイより吸収・集束させた『魔法力(マナ)』を刀身へと圧縮させ、斬撃と共に一気に解放させることで、空間はおろか世界という概念すら焼き斬ることを可能とする一撃は、まさしく神代の戦いにおいて終焉を齎したとされる炎の巨人が振るった災厄の杖の名を冠するに相応しい。

愚かなる神々の目論見を焔き薙い、悲しみの涙を流す人々を救世する一撃が、戦いの幕引きをせんと黒づくめを襲う――!

 

「……回避、不可能」

 

迫りくる焔光を前に、防御も回避も不可能であると判断した黒づくめは怨嗟の声を上げるでもなく、あくまでも淡々と、まるで他人事のようにそう呟いた。

そして、手元に残された携帯電話を素早く操作してから、それを懐へとしまい込む。

焔の奔流が迫りくる中で意味不明の行動をとる敵の様子に、雪菜はまだ何か隠し玉があるのではないかと一瞬だけ躊躇するものの――結局、何があるわけでもなく。

結果……黒づくめは防御の体勢を取るでもなく棒立ちになったまま、救世の刃に呑み込まれ、跡形も無く消滅していった――。

 

 

戦闘の爪痕が生々しく残る公園に残された勝者――雪菜は、跡形も無く消えさった敗北者のことを思い、目蓋を閉じる。

胸中に渦巻くのは人命を奪ってしまったという後悔からくる懺悔――ではなく、

「ちっ……! やっぱ、変わり身だったか!」

【ふふふ……良い様に遊ばれた様じゃのう、我が愛しき『使い手』よ】

 

デバイスを通してからかい混じりの声を掛けてくる愛剣へ反論しつつ、雪菜は戦闘中に感じ取っていた違和感の正体にようやく気づく。

 

「怪しいとは思っていたんだ……。いくら傷ついても修復できるっては言っても、それでも痛みは感じるはずだ。なのに、奴は障壁を使うでもなく、俺の攻撃を紙一重でさばき続けていやがった。まるで俺の戦闘力を図るかのようにな」

【それだけではあるまいて。『使い手』の中で見物させて貰っておったが、奴はあのロストロギアとやらを十全に使いこなしている訳ではない様じゃったぞ? おそらくは、アレの性能調査も兼ねておったのじゃろうな。何しろ、現在この街には『使い手』を含めた管理局とやらの手練れが幾人も存在しておるのじゃからのう」

「俺たちはまんまとおびき出されちまったって訳かよ。つーか、そういう事なら聖王教会のタレコミそのものに裏があったってことにならねぇか?」

【さて、の。妾は人の子らの事なんぞ興味は無い。どうしても気になると言うのならば、金色の龍神へ問うてみてはどうじゃ? アレは天下無双なる強者にして神算鬼謀の策士でもあるからの】

「冗談よせや。これ以上、奴に借りを作るつもりなんてないんだ――っ!?」

 

ぐらり、と雪菜の身体が傾く。咄嗟にデバイスを地面に突き立てて堪えるものの、全身から力が流れ出しているかのような虚脱感が彼の身体中を攻め立てていく。

 

【『使い手』!? まさか……!? いかん、すぐに“真名”を封じよ、手遅れになるぞ!】

「ぐっあ……き、起源、封印……」

 

ガチン、と胸の奥底で扉が閉まる様な感覚と共に、切名(・・)が苛まれていた虚脱感が治まっていく。

荒い呼吸を整えながらよろよろと立ち上がると、深々と深呼吸を繰り返して息を整える。

 

【問題ないか、妾の『使い手』】

「ああ……大丈夫だ。だが――」

【ウム。やはり今のオヌシには、“救世騎”以上のチカラを行使することは負担が大きすぎるようじゃな。少しずつ肉体に、英霊のチカラを慣らしていくしかあるまい】

「今までの修行で大分マシになってきてると思ってたんだがなぁ」

【――ハ、実戦と訓練を同義に見るでないわ。妾から見れば、汝はまだまだ尻の青いヒヨッコよ。常々、修練を怠るな】

「へいへい――ってアレ? “真名”封印したのに、なんでお前がまだいんの!?」

【クックック……ようやく気づいたかヴゥアカ者めっ! 見るがよい、妾の新たなる衣装を!】

「いや、そいつは『死を刻む炎刃の剣(フランベルジュ)』だから! つーか、乗っ取ってんじゃねえよバカ! おいフラン、大丈夫か!?」

【マスター……】

 

弱々しくもフランベルシュ本人(?) の返事が聞こえ、切名が安堵の息を吐く。

が、

 

【私の事は遊びだったのですか……?】

 

ものすごく悲しそうな少女の声で、そんなことをのたまってくださいました。

どうやら彼女(?) 、マスターである切名と、勝手に自分の領域(カラダ)の半分近くをジャックしてくれやがった『全てを焔き薙う勝利の剣(レーヴァテイン)』の掛け合いに疎外感を感じてしまったようだ。

それはまさに、恋人が元カノとイチャつき、よりを戻さんとしている様をまざまざと見せつけられた今カノの如き心情であるといっても過言ではない。

 

【妾の愛しき『使い手』よ。世間を知らぬ小娘に、いつものように言ってやるがよい。『ボク、レヴァちゃん舐め舐めしたいお』――とな!】

「誰が言うかぁああああっ!? 一度たりとも口にしたことなんかねェよ、ンな台詞!」

【ま、ますたぁ……!】

「だぁああああっ!? お前は頼むから泣き止んでくださいませんかねェ!? おいこらレヴァ! テメェ自分で仕出かしといてケラケラ笑ってんじゃねェよ!」

 

高圧的で女王様気質なレーヴァテインと、健気の代名詞たる大和撫子なフランベルシュの対応に四苦八苦しながら、切名はいまだ戦闘が継続しているであろう仲間の元へと向かうのだった。

 




正体不明のまま消え去った謎の黒づくめ……その正体はまた後ほど。
切名くんが躊躇なく宝具をぶっ放していますけど、その理由はデバイスを媒介に具現化させているので神代魔法にも非殺傷設定を適応することが可能になっているからです。

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