そして、エリオとキャロにフラグっぽいものが。
「相変わらず花梨さんのケーキは絶品ですわ」
「あら、ありがと♪」
『CLOSED』の看板が掛けられた翠屋ミッド支店の店内、カウンター席に腰掛けて好物のケーキを堪能する葉月。
彼女の仕事がなかなか休みを貰えない無限書庫関係という事もあり、大体一ヵ月ぶりになる花梨お手製のショートケーキを口に出来た彼女の目尻が緩む。
その様子を少しだけ照れが含まれつつも、嬉しそうに見守る花梨の傍らには、手伝いを申し出た宗助の姿があった。
この日、彼女たちが有する『原作知識』において、重要なイベントのひとつである『機動六課初出動』が行われていた。
彼女たちはそれを知っていて、何故、戦場から遠く離れた翠屋に居るのだろうか?
その理由は、何かの覚悟を決めた宗助の表情が総てを物語っている。
「さて……ごちそうさまでした」
「お粗末様。――それじゃあ、宗助。話してくれるのよね? 貴方がひた隠しにしてきた秘密を」
最後の確認として花梨に問われて、表情が硬いままの宗助は無言のまま頷くことで応えた。
昨夜のこと。
夕食を終えて洗物を片付けていた花梨に、突然宗助がこう切り出したのだ。
『俺たちの秘密を話そうと思う』――と。
花梨は当然驚き、なぜ急に心変わりしたのかを訪ねた所、宗助の言い分としては
「かーさんが悪い人じゃないってのは、一緒に暮らしてよく分かった。それに、母さんが中心になってる非戦闘派の話も、信用できる本当の事なんじゃないかって思えるようになったんだ。あんまりグズグズしてても良いコトなんて無いし、俺と
戦いの経験をイメージ訓練程度しか有していない宗助が、単独で儀式を勝ち残れるかと言えば、首をかしげずにはいられないだろう。その程度には、自分の戦力を分析できるようだ。
「だから、今話しておこうと思ったんだ。それに――」
そこまで言った宗助は、急に面白くなさそうな、ふてくされるような顔になって、そっぽを向く。
「宗助? どしたの?」
「そ、それに……リヒトの奴が……」
「リヒトさん、ですか……? まさか、彼女に何か問題が!?」
いろいろな意味で重要人物である彼女の身に何か問題でも起こったのでは!? と慌てる葉月を抑えながら、花梨は宗助に続きを促す。
「いや、その……アイツは、その……
「はい?」
「あら、そういう事ですのね」
何でここで
「へぇー、そうだったのですかー」
「な、なんすか!? なんなんすか、その黒い笑みは!?」
慌てふためく宗助をわざと追い込むように、葉月は彼の耳元に口を寄せる。
「(ひそひそ)……ホの字ですの?」
「(ひそひそ)……はっ、はあ!? だっ、誰があんなもやしっ子を!?」
「(ひそひそ)……じゃあ、キライですの?」
「(ひそひそ)……え、う、いや、別にそんな事はないって言うか、仲の良い友達って言うか、一緒にいてポカポカする不思議な奴っていうか……その……」
「(ひそひそ)……あー、ハイハイ。ていうかそれ、完璧に惚れちまってますわよ? 攻略されていますわよ? まさに、乙女ゲーの攻略対象の如く」
「(ひそひそ)……ん、んなあっ!? だ、だから俺は――」
「(ひそひそ)……今更何を取り繕っていますの? ていうか、おちおちしていたらマジで、あんちくしょうに取られちゃいますわよ?」
「(ひそひそ)……そ、そうなん?」
「(ひそひそ)……ええ。何しろあの金ぴかロリドラゴンときたら、天然のフラグ乱立製造装置ですから。好意であれ興味であれ、私の知る限りでも相当数の女性があの野郎めが気になっているみたいですわ」
アリシアとシュテルは言わずもがな。
元から興味を抱いている節がある
間接的に家族を救ってもらった八神一家も恩義は感じているし、最近、彼へ向ける怒りや憎しみが薄れてきているような気がするフェイトも該当する。
また、葉月としてはフェイトあたりが危険なレベルだと判断していたりする。
――彼女……M気質ですもんねぇ。
フェイトの本質をMだと弾している葉月の考えはこうだ。
怒りなどの負の感情を抱いたフェイトは、さじ加減ひとつでその感情が反転してしまうのではないか?
例えば、金ぴかドラゴンと脱げ執務官が一対一で決闘するという場面で反撃を受けて、組み伏せられたとしよう。
どんなに抵抗しようとも基礎能力云々よりも純粋に男と女の腕力差に屈伏してしまう事だろう。
その状況下で、もし金ぴかドラゴンが口に出すことも恥ずかしい、エロゲー的な鬼畜行為を繰り出してしまったとしたら……!?
そうなれば、彼女の本質であるMっ気が鎌首を擡げてしまる事だろう。
憎むべき母の敵に蹂躙され、手籠めにされてしまうというシチュエーションは、Mっ娘ならばドストライクに相違ないハズ!
従属する悦びに目覚めてしまった脱げ執務官は、身も心も金ぴかドラゴンへと捧げてしまい……すでに彼の傍らにある彼女の姉と共に目くるめく禁断、且、官能なる世界の住人へと旅立ってしまうことだろう……!!
――と、そんな失礼極まりない妄想を抱いていたりする葉月の妄想を刷り込まれてしまった宗助君(九才)の脳内では、ちょっと気になるクラスメートへ金髪美女姉妹を手籠めにしてる大悪党の魔の手が伸びる光景という成人指定なピンク画像が展開されてしまった。
花梨らに比べて、前世も合わせた精神年齢がかなり低い宗助に、理性を維持できるはずも無く……。
「よし、まずは奴を殺そう」
暴走した。けっこうあっさりと。
「うん殺そう、今すぐ殺そう、直ちにぶっ殺そう。奴は、この世で生きる全ての男の敵だ!」
「いきなり暴走してんじゃないわよ、このバカ息子!? てか、葉月! アンタ、ウチの子に何を吹き込んだのよ!?」
「いえいえ、私は別に何も? ――しいて言うなら、宗助さんの義父になるかもしれないお方について少々助言したて程度ですわよ?」
「ばっ……!? バッカじゃないの!? わ、わわわ私は別に、ダークの事なんて別に何とも思ってないし!?」
「っふ、うふふふふふふふふ……! そうですか。そうなんですか。『誰』とも言っていないというのに、ソッコーであんちくしょうめの名前が出てしまうほどに気を許してしまっていたのですか……!」
失言に気づいたがもう遅い。
盛大に暴走を始めた
「……何やってるんだろうねぇ」
「……何をやっているんでしょうねぇ」
向かいの住宅の屋根に腰掛けながら、頬杖をついてあきれ顔を浮かべる少女たちに、見苦しい醜態をしかと観察されていたことに気付かないまま。
「ぜはーっ、ぜはーっ……! そ、それじゃあ、この話はまた今度という事で……良いわね?」
バカ騒ぎを収めて、何とか冷静さを取り戻した花梨たちは、当初の目的である宗助の話を聞くことを優先することにした。
要は、問題の先送りである。
渇いた喉をミネラルウォーターで潤して、どうにか落ち着きを取り戻した宗助は、カウンターの席に腰掛けながら神妙な表情を浮かべる。
花梨と葉月、ついでに盗聴している二人の少女の顔付もまた、真剣みを帯びていく
そして、ぽつりぽつりと、自身の過去……誰にも語ったことの無い自分の過去を語り始めた。
宗助はミッドチルダで第二の生を受けた。
だが、出身地の名は一切知らされていない。
何故なら、彼は生まれた時から白い部屋の中で育ってきたからだ。
部屋の中には、宗助と似たような年齢の子ども達が数多く入れられており、遊びの道具を運んでくる係員みたいな人や、勉強を教えてくれる先生以外、誰も部屋に出入りできないという決まりがあった。
これがおかしいと感じたのは、宗助だけだった。
しかし、それはある意味で当然だった。何故なら、この部屋を含めたすべての施設……『あの場所』というキーワードで呼ばれる建築物で誕生した子どもたちは、生まれてからずっとこの状況の中で育て上げられてきたからだ。彼らにとって、部屋の中で一日を過ごすと言う状況は
彼らが知らされていたのは、此処で生活する子供たちの親は、全員この施設の職員であること。
そして、彼ら全員が『とある実験』を進めている研究者なのだということだけ。
自分にあるのは、此処で学んだ偏りのある知識と、『
あまりにも胡散臭い先生の話に訝しみつつも、幼い頃の宗助に出来る事は何もなく、ただルーチンワークの様にそこでの生活を続けていた。
――無論、儀式を生き残るための戦いの術を身に付ける修練(フェンリルと共に行うイメージトレーニング)も欠かさずに行っていた。
そうした変りばえのしない日常に変化が訪れたのは、宗助が八才の時だった。
ある程度の年齢に達した子どもたちは、部屋の外へと連れ出されて別の勉強場所で個人教育を受けるらしい。
毎年のように年上の子どもたちが姿を消しては、生後間もない赤ん坊が補充される。
この年、遂に宗助は部屋の外に出る年齢に達したので、生まれて初めて白い部屋以外の風景を目の当たりにすることが出来た。
だが……それは、はたして幸運だったのだろうか。
宗助が迎えられたのは、檻を連想させる
繋がれたのは、データ収集のための機械へと伸びるコード。
向けられたのは、
くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も。
延々と続くのは、終わりを見せぬ生き地獄。
希少能力を後天的に植え付ける崇高な実験だと声高々に語っていた主任と呼ばれた男の狂ったような笑みも、作業ロボットの様に人間としての色が抜け落ちてしまっている研究者たちも、世話係を名乗りながら飢餓しないように半開きになっている宗助の口に栄養剤を流し込むしかしない女も。
誰一人として、宗助を人として扱う者はいなかった。
宗助が絶えられたのは、偏にフェンリルと契約を交わしていたから。
神獣との契約は、精神操作系の術に対する絶対防御壁としてその力を示していたのだ。
それでも、幼い子どもでしかない宗助に装置に縛り付けられている拘束を破壊することは容易くなく、フェンリルの存在を知られれば間違いなく、今以上に厳重な扱いを受けることは想像に難しくない。
宗助を抑えつけている拘束具にはAMF発生装置が組み込まれているらしく、フェンリルの実体化もままならない。
だからこそ、機会を待ち続けた。
最低限の反応した表に出さない事で、周囲の人間に自我がほとんど抜け落ちた人形のような状態になったのだと錯覚させ、そうした油断から拘束具のチェックがおざなりになる機会をひたすらに待ち続けた。
そして望みどおりの展開が訪れたのなら、掌の部分展開させたフェンリルの牙で悟られないように拘束具を少しずつ亀裂を入れていった。
一年が経過する頃には、参加者である事が影響したのか、宗助には研究者たちが望む様なデータを収取できなかったので、新薬の投薬実験動物的な扱いに格下げ&警戒が薄れたことを契機に拘束具を破壊、フェンリルを召喚することで施設の一部を破壊して脱出したのだ。
その後、『あの場所』と呼ばれる施設の追手である謎の人物の襲撃を受け、フェンリルが深手を負うのを引き換えにして、花梨の元へと逃げ遂せたのだった。
「――これが、俺が隠してきた秘密だよ」
「なるほど……これは確かにヘビーですわね」
宗助の話を聞き終えて、葉月は話の内容を検証していく。
人工的に希少能力者を生み出す実験……聞きようによっては戦闘機人よりも真っ当な実験に思えてしまう。
あちらは人間と機械の融合という明らかな違法研究ではあるが、こちらは魔導師の新たな才能を目覚めさせるなどと言い換えることも出来る。
なにしろ、どのような過程があったとしても、結果だけを見ると『人間の身体のまま希少能力を手に入れる』事が出来るのだ。
機械混じりのサイボーグなどよりかは、人々に受け入れられやすいだろう。
だが。
「でも……、それならどうして管理局に通報することを嫌がっていたのよ? 『原作』に巻き込まれたくないって言ってたけど、本当にそれだけだったの?」
「それは、その……施設の科学者共が聞き捨てならない事言ってたから」
「あら、それはいったいなんですの?」
「――『神成るモノ』」
呟く様に告げられた言葉に、花梨は手元のコーヒーカップを落としたことにすら気づかないほどに驚き、葉月も予想外の言葉に目を丸くしていた。
「連中が言ってたんだ――この研究が完成すれば、人間の手で『神成るモノ』を打倒できる……って」
それはつまり、『あの場所』とやらが“
儀式関連の情報はトップシークレットとされており、人智を超えた『神成るモノ』と言う存在については、管理局上層部への報告にすら挙げていない情報だ。
それを口にしたという事は……
「単純に考えれば、参加者の誰かが儀式を勝ち抜くための手駒として希少能力者を大量生産しようと目論んでいる、ということね」
「だとしても、一体誰が……?」
何しろ、本人と思しき人物が、新人として所属しているらしいと、なのはたちから連絡を受けているからだ。
人の悪意に敏感な彼女たちが信用できると提言してきている以上、おそらくは大丈夫なのだろう。
後、考えられるとすれば……
「
疑問形ではあったが、ほぼこれに間違いはないだろう。
葉月も同意する様に頷いている。
姿も動きも見せぬ、最後の参加者。
正体不明のアンノウン。
もし“ⅩⅢ”が、自分だけの軍隊を造り出し、このセカイで生きる人々を強制的に儀式に巻き込もうと画策しているのだとしたら――!
「それだけは駄目! なんとしても阻止しないと!」
「ええ!」
「もちろん!」
あやふやな情報でしかなく、確かな証拠は宗助の記憶のみ。
だが、それでも。
元来儀式とは関係ない筈の人々を自ら進んで巻き込もうとしている何者かを見過ごすことなど、出来ようはずも無い。
なのはたちは勿論、アリシアやスカリエッティと言った自分の意志で協力してくれる存在までは否定するつもりは無い。
しかし、何も事情を知らされぬまま儀式に巻き込むことを良しとしているような敵を放置しておくことは出来ない。
「じゃあ、宗助。これからはアンタの力も当てにさせてもらってもいいのね?」
「もちろんさ。俺も覚悟を決めた。フェンもあと数日で完全復活できるし……かーさんにも負けねえさ」
「おっ! 言ったな~、こ~のナマイキ小僧~♪」
「あらあら、妬けてしまいますわね♪」
機動六課が初任務の日、ミッドチルダの一角にて新たな協力関係が結ばれることになった。
協力者の名は高町 宗助――
葉月にすら悟らせない、強力な気配遮断魔法を発動させていたアリシアとシュテルは、これ以上盗聴する必要性はないと判断し、腰を上げる。
「……行きましょうアリシア。ダーク様に報告しなければ」
「うん、りょうか~い。結構いろんなお話も聞けたし~~。来て良かったよ」
「全くです。それにしても神を殺す狼、ですか……危険ですね。時が来れば、必ずやこの手で――」
「――だね」
愛しい主の敵は、須らく灰燼と化して見せる。
気高き雷と覚悟の炎を胸に宿して、“黄金神の双翼”が
――◇◆◇――
舞台は移り、山岳部を駆け抜けるリニアの屋根を舞台として繰り広げられている戦場にて。
その戦局は、あまりにも一方的な展開を見せていた。
「あははっ♪ ほらほら、頑張って避けないと危ないですよー?」
「や、やめるんだ、キャロ! どうして君がこんな事を!?」
「あれ? いまさら言うような事ですか、それ?」
召喚士であるキャロが振るう四種八本もの鎖による蹂躙攻撃の前に、エリオは反撃の隙を見出すことも出来ず、回避に全力を注ぐことしか出来なかった。
【アルケミック・チェーン】
展開させた魔法陣より鋼鉄製の鎖を召喚し、対象を拘束するバインドに近い魔法だ。
無機物を操作すると言う特性上、細かい演算処理能力が求められるこの魔法を使いこなすだけの技量が彼女には備わっていた。
事実、速度で言えば前線部隊最速と呼ばれるエリオですら、全方位から包み込むように襲い掛かってくる鎖の嵐の前に、攻撃範囲から離脱することすら出来ないでいた。
しかも、彼女が呼び出したのはただの鎖などではない。
一つは、高温で熱せられたかのように赤色化しており、周囲の空気すら焼き焦がすほどの高熱を纏った“マグマ・チェーン”
一つは、鋼鉄すらも容易く溶かしてしまう強酸性の液体が付着している“メルト・チェーン”
一つは、茨の棘の様な細かい刃で覆われた、有刺鉄線を連想させる“ギルティ・チェーン”
一つは、鎖の表面を高速振動を起こした魔力粒子で覆うことで触れた物を瞬断する“エッジ・チェーン”
四種一本ずつの鎖を発生させている魔法陣を左右の掌に展開・操作することで、八本の凶悪な鎖をまるで自分の指先の様に操って見せている。
元来、意志を持たない無機物を操作するという分類上、あらかじめ術式に自動操作を織り込んでおくことが普通だが、キャロの場合はあえて有線操作をとることによって、複雑・予測不可能な攻撃を実現させたのだった。
一見すると可憐と言う言葉がよく似合う幼い少女が、凶悪なまでに人命を脅かす魔法を自分の意志で使っていると言う事実を認められないエリオは、攻撃を仕掛ける素振りすら見せぬまま、言葉を投げかけ続けていた。
かつて、悲しみの底に居た自分にも救ってくれた人がいたように、犯罪に手を汚している少女であっても救い出すことが出来ると、そう信じていたから。
一方で、敵意も戦意も感じられない
誰が見ても明確な敵対行動をとっているこの状況下で、どうしてそんな甘い言葉が出るのだろうか……?
まったく意味が分からないまま、それでも己の役目を果たすべく、攻撃の手は緩めない。
「むう~~……ウロチョロして、メンドクサイです。何だか、キッチンに出没するニクイあんちくしょうを思い出します」
キャロは年ごろの娘さんである。
たった一人で故郷を追い出された彼女を救い、娘として受け入れてくれた家族が大好きだった。
だから、いつもお世話になっているお礼としてお菓子作りを好むのは当然のことで。
ともすれば、旧世紀の頃より存在し続けている、淑女の皆々様方にとっての最大級の敵性勢力……食料があるところならば、いつの間にか出没し始める『黒い悪魔』と遭遇してしまう機会も増えるということで。
ついでに、キャロがアレを好むような特別な性癖を持ち合わせているはずも無く。
「ふっ、ふふふ……な、何だかエリオ君が、“G”に見えてきてしまいました……! これは、消滅させねばなりませんよね?」
結果、妙なフィルターが掛かってしまったキャロ嬢の眼には、エリオ少年が地面を這いずり回り、時々空を飛ぶアレにしか映らなくなってしまうという、本人が知れば憤慨すること間違いなしな状況へと陥りかけていた。
「キャ――っわ!? ちょ、ま、やめっ……な、何で急に攻撃の勢いが増してるの!? アレ!? それに何だか、不機嫌になってない!?」
「いえいえ、そんな事はないですよー? ただ、ちょっと“G”……もとい、エリオ君を『ぷちっ♪』てしたくなっただけですからー」
「な、なぜにっ!?」
語尾にハートマークがついていそうな天使の如き微笑みの暖かさとは裏腹に、背筋も凍るレベルの鋼鉄製の豪風がエリオの叩き潰さんと暴れ狂っていく。
理不尽な怒りの矛先を向けれらてしまったエリオは、問答をする余裕すら失って逃げ回り続けることしか出来なかった。
「だらぁあああっ!」
「はぁあああっ!」
全霊の力を込めた拳がぶつかり合い、相殺する。
それは、両者の一撃が同等の重さを宿している事に他ならない。
エリオと切り離された切名とカエデがライダースーツの女と対峙を始めていくらかの時が過ぎ、サポート役のカエデを下がらせた切名は彼女との一騎打ちを繰り広げていた。
しかし、この選択には切名だからこその勝算が潜んでいた。
近接戦闘力を極めた切名の直感は未来予知のレベルに達しつつあり、格闘・剣術という条件下では神がかり的な反応を実現することが出来る。
こと戦闘状況下においては、本人の認識を超えたレベルの不意打ちを受けたとしても本能が反応して、無意識下での反撃を放つことを可能としている。
「どうしました? ――まさか、この程度で限界なのですか?」
「ケッ! 舐めん……なあっ!」
だというのに。
捕られきれない。女は軽いステップを取りつつ、時に上体を反らし、時に舞うような足捌きで切名の攻撃をいなし続けている。
拳は空を切り、抜き打ちに放たれた剣閃は手の甲で受け止められる。
魔力による強化かと訝しんだが、デバイスが接触した刹那、甲高い金属質が響いたことから推測するに、ライダースーツの下に手甲のようなものを仕込んでいるのかもしれない。
いや、今はそんな事を気に掛ける余裕など存在しなかった。
切名の攻撃は意味を成さず、逆に体勢を崩された瞬間を狙い澄ましたかのような痛烈なカウンターが返される。
華麗なる舞姫の一撃は、閃光を彷彿させる速さと、聖剣の如き鋭さを体現して見せた。
その姿はまさに、戦場で勝利の舞を演じる
「ぐっ……!?」
「残念、その隙――いただきです!」
掌底気味の突きが胸部につきささり、骨の髄まで響く痛みに切名の表情が歪む。
僅かに硬直してしまい、生まれてしまった隙を見逃さすほど、この敵は容易い相手ではなかった。
すかさず、追撃として繰り出された蹴りによって、切名の顎が跳ねあがり、脳を揺さぶられる。
「ガッ、ハ――!?」
「まだですっ!」
刹那の瞬間を狙い澄ましたかのような刺突が切名の鳩尾へと突き刺さる。
人体急所のひとつを強打されたことで意識が途切れそうになった切名の後頭部へ、更なる追撃肘による打ち下ろしが叩き込まれる。
反射的に肉体強化魔法を強化することによってダメージは軽減できたものの、それでも息もつかせぬ連撃の嵐に、かなりのダメージを刻み付けられてしまっっことは間違いない。
「っ……! くっ、そ……がぁっ……!」
悠然と己を見下ろすライダースーツの女を睨み付けながら、奥歯が欠けてしまうのではないかと思えるくらい強く歯噛みする。
リニアの屋根に這いつくばりながらも、どうにか揺れる視界が回復を待ちつつ、切名は己の予測が的中していたことを確信する。
格闘・剣術の双方を極めて高いレベルで習得している切名を圧倒するほどの戦闘力。
相性の悪さを考慮しても、ここまで一方的に押されているという事実の証明、それはつまり――
「アンタのそのスーツ……他の奴からはアンタの魔力を感知できないような仕組みをしているな?」
そう。
技量だけを見れば、両者の間に大きな開きは無い。彼女の戦闘技術に、十代後半であろう見た目では考えられない戦闘経験が蓄積されているのは不可解だが、そうだとしてもここまで圧倒される理由は他にある。
それは魔導師ならば誰もが行っているあたり前の行為……即ち、魔力による身体強化。
技量に大きな差が無いのならば、考えられるのは
つまり、魔力による身体強化だ。
切名も魔術と魔力の並行発動によってかなりのレベルで強化されてはいるが、封印によって弱体化してしまっている。
それでも、一切
拳を交わしたために、なんとなく相手が戦闘機人の類ではない――体内に金属部品が組み込まれている存在――ではないと直感していた。
しかし、身体強化魔法を発動させていれば、必ず術者の魔力光が目視できるはずだというのに、そんな様子は一切見受けられない。
つまり、彼女のライダースーツ、或いは頭部に被っているヘルメットに、装着者の魔力を目視できなくなるような仕掛けが仕組まれているということだ。
【フランベルジュ】からも、彼女からはリンカーコアの反応が検知できないという報告を受けていたので、おそらくはライダースーツの方が魔力隠蔽装置も兼ねているのだろう。
切名の推察に感心したのか、女の声に驚きの感情が宿る。
「お見事です。まさか、こうも容易く見抜かれてしまうなんて――……ッ! ああ、なるほど。貴方が
「何を言ってやがる」
「誤魔化さなくても良いですよ。――
「――ッ! へぇ……お見通しって訳かい」
警戒度を上げたのか大きく後方へと跳び下がると、重心を低く、即座に反応できる構えを取って見せる。
最早、今の切名に油断は無い。
相手が魔力を目視できなくしていようと、魔導師としていかほどの力量を誇っていようとも関係はない。
何故なら……、
「そんじゃあ、種明かしも出来たところで……反撃させて貰うぜっ!」
獰猛な獣の如き笑みを浮かべた瞬間、切名の姿が彼女の視界から消え去った。
「っ!? 転移、いえ、これは――っ!?」
驚愕は、リニアの屋根を這うような動きで、一瞬で自分の足元まで接近してきた切名を目視したが故に。
これは
動作に緩急をつけることで急激なストップ&ゴーを付与させることで、人間の認識を超えた領域からの攻撃を可能とする戦闘技術。
『
実戦の中で積み重ねたありとあらゆる戦闘技術を複合させることで誕生した我流複合格闘術のひとつだった。
「くっ――!?」
反射的に打ち下ろされた拳を首を捻ることで躱し、反撃のアッパーを女の顎目掛けて振り抜く。だが、女はそれすらも回避して見せた。
バック転の要領で大きく後ろへと仰け反ると、身体が後方へと流れる勢いを利用した蹴りを切名の顔面へ目掛けて撃ち放つ。
まさに、洗練された直感を宿す彼女だからこそ可能な、超反応。
だが。
「甘いで――ガハッ!?」
「アンタがな!」
それすらも、切名の予測の範疇内でしかない。
拳を突き上げた勢いのまま立ち上がった切名の右足が、撃ち上げられた蹴りを万全の態勢で防いで見せる。
お返しとばかりに、バランスを崩された女の無防備な腹部へ追撃のひじ打ちが吸い込まれるように炸裂する……!
予想外の反撃を受けた女は、リニアの屋根を転がる様に距離を取ると、激痛が走る腹部を抑えながら立ち上がる。
人体急所を正確に撃ち抜かれたダメージは相当のものだったらしく、足元はふらついて、息も荒くなっているように感じられる。
「づッ――! やって、くれましたね……!」
「へっ……! まだまだ、こんなもんじゃねぇだろ? 戦いはこれからだぜえっ!」
「上等です!」
裂帛の咆哮と共に踏み込んだ両者の拳がぶち当たり、衝撃が周囲と拡散していく。
久方ぶりの強敵を前に、二人の口元は確かな笑みへと変化し始めていた。
「そこっ!」
【当たらなければどうという事はない!】
咆哮を上げるオレンジの弾丸の合間をすり抜ける様に、赤い彗星が飛翔する。
「でりゃぁあああああああっ!」
【オラオラ、どしたァ! チョロすぎんぜ、機動何らたさんよぉ!】
獣の雄叫びを彷彿させる唸りを上げるリボルバーナックルが大気ごと敵を打ち砕かんと猛威を振るう。
しかし、真紅の戦鬼は軽業師の様な変則的な機動を繰り出し、鮮やかな舞の如き華麗さすら感じさせる回避をして見せた。
ガジェットⅡ型のカスタムタイプらしい機体と戦闘に突入したティアナとスバル。
見た目以上に回避が上手い、というか変則的を通り越して変態的な機動を見せつける敵に有効打を与える事も出来ず、見事なまでに振り回されていた。
しかも、少しでも攻撃に意識を注いでしまった瞬間、
【あぎゃぎゃぎゃ! ブッ飛びなァ!】
残りの一機に、集束砲並みの砲撃を叩き込まれてしまうので、息をつく暇すら確保できないでいた。
リニアの屋根をスプーンでくり抜くように蒸発させた敵の攻撃力に背筋が凍る思いを感じつつ、それでもティアナは戦局を打破すべき手段を模索していた。
スバルもまた、頼れる相棒に戦略を纏めるだけの余裕を持たせんと、拳を振るい続ける。
無二の相棒ならば、必ずや起死回生の一手を導き出してくれると、そう信じているから。
【ええい、なかなかにしぶとい……! ならば――ファンネル!】
一号機の機体上部に搭載されていた鞴のように見える突起物が切り離されると、各々が自動浮遊しながら周囲を旋回、先端に搭載されたビーム発車口から殺意に満ちた閃光を迸らせた。
障壁による面の防御を試みようとも、ほぼノータイムで全くの別方向から閃光が襲い掛かる。
回避しようにも、常に動き回るファンネルの機動を読みきることが出来ず、ティアナたちは亀の様に縮じこまって、攻撃の嵐が過ぎ去る瞬間まで耐え続けることしか出来ない。
収束していく、光の華。
全方位から降り注ぐ閃光の雨は反撃の意志すらも打ち砕かんと猛威を振り続ける。
腕を、足を、頭を、戦うという意志そのものを蹂躙し、破壊せんと暴れ続ける。
やがて、単独稼働限界時間が訪れたらしく、攻撃の嵐を止ませて一号機の接続部へと戻っていくファンネルたち。
もうもうと立ち昇る粉塵の向こうに隠れた敵の状態を確認すべく、ゆっくりと近づきながらモニターを凝らした――瞬間、
「だっりゃああああああ!!」
【なんと!?】
AIにあるまじき悪寒……殺気とも呼ばれるぞわりとした感覚を感知すると共に、粉塵の中から飛び出す青い影。
焼け焦げたバリアジャケットをはためかせながら、気合の込められた叫びを上げるスバルが一号機目掛けて突撃を仕掛けてきた。
剛腕と蹴りのコンビネーションを、腕部マニュピレーターを犠牲にすることで何とか受け流すと、普段はブースターとなっている脚部を変形させてリニアの床を蹴り、距離を離す。
オールレンジ攻撃を耐え抜かれたという事実に、一号機はモノアイを激しく点滅させることで困惑を顕わにしていた。
【ぬう……! やるな!】
「ハッ! 人間様を舐めてんじゃないわよ!」
全方位からの攻撃が直撃する瞬間、全てのビームを神速のラピットショットにて相殺されたのだと理解して、ガジェットたちの警戒度レベルが跳ねあがる。
射撃の精度で言えば、彼ら三機の中でトップレベルである一号機の包囲攻撃をくぐり抜けてみせた少女たちを、『脅威足りえない弱者』から『油断ならない敵』へと認識を改める。
脚部ブースターを点火させて中空の友軍と合流する一号機を見据えながら、ティアナとスバルは念話による状況打破の戦術を練っていた。
『攻撃精度も回避運動もキチガイレベル、でもコンビネーションは並み、って所ね。突くとしたらそこか。――チッ! せめてもう一人友軍がいてくれれば楽なんだけど』
『無い物ねだりしてもしょうがないよ。……んで、どうするの? ビュンビュン空を飛ばれちゃったら、対処できないんじゃない?』
『対空手段が魔力弾や砲撃だけってのは正直キツイわ。アンタのウイングロードを利用した戦術はまだ未完成だし、博打を打つには危険すぎる。かといって弾幕をばら撒いても、先にガス欠になるのがオチ、か……さーて、どうするかな?』
『ティア、なんか楽しそうだね?』
僅かに口端が吊り上っている相棒の変化に気付いたスバルの指摘を受けて、ティアナは場違い的な興奮を抱いている事を悟る。
『――否定はしないわ。魔力量って言う才能が欠けている私の目標は、格上の敵を己自身の力と戦略でブチ破る事なんだから。連中は確かに強い。だからこそ、私が夢を掴むための経験値になって貰わないとね』
どこまでも強気で頼りがいのある相棒の姿に感化されたのか、スバルもまた劣勢という今の状況下ではありえない強気な表情を浮かべてみせた。
「でもま、私一人で切り抜けられるなんて思い上がってもいないんだけど。つーわけで、スバル。頼りにしてるわよ?」
「OK! 頼られましたっ!」
最後の言葉はあえて口に出すことで、自分自身を鼓舞させる。
背中合わせに立つ若き魔導師たちの眼光が、大空を支配する紅き戦闘兵器を鋭く射抜いた。
未来を担うエースの心、未だ折れず。
――◇◆◇――
「ふむ……」
「如何なさいますか、ドクター。このまま彼女たちに六課の排除をお願いしますか?」
「いや、止めておこう。此処で終わってしまうのは、あまりにもつまらないからね」
「――分かりました。では、撤退する様に指示を出しておきます。――そういえば、ルビーの姿が見えないようですが……?」
「ああ、あの娘なら、なにやら探し物をしているようだったよ。あまり見ない、ものすごく慌てていた風な様子だったね」
「はぁ……。大事にならなければ良いのですが……」
「ハッハッハ。それは無理な注文という奴だよウーノ。あの娘が動いて問題が起こらない訳が無いからね」
「ですよね……」
――◇◆◇――
『ディアーチェ、任務完了です。引き上げてください』
「なに? 何故だ?」
『ドクターのご指示です。キャロお嬢様たちと共に速やかな撤収を』
「ちっ……せっかく兎狩りを楽しんでいたというものを」
「いいじゃん、王様~。今のへいと、弱くてつまんないし~。ボク、弱い者いじめは好きじゃないよ」
レヴィの視線の先にいるのは、つい今しがたまで対峙していたなのはとフェイト。
相応のダメージを負っていることは言うまでも無く、荒い呼吸を繰り返しながらディアーチェとレヴィを睨み付けていた。
ボロ布の様に無残な有様となり果てたバリアジャケットの所々から鮮血色に染まった肌が露出してしまっている。
デバイスにも亀裂が走り、バチバチ……! という耳障りな音と共に火花が散っている。
実力的なほぼ同等であるはずの彼女らの間に存在する、明確なる力量差の要因。
それは、機動六課運営にあたって不可欠な処置……隊長陣への魔力リミッターによる弊害だった。
戦力の一点集中を回避するために考案された一部隊における保有魔力上限値。
エース級魔導師を多数所属させるためにはやてが取った苦肉の策、それこそが、隊長陣全員の魔力を抑えこむリミッターを使う事だった。
これによって、なのはたちエースを一堂に有するとんでもない部隊を実現させることが出来た。だが、その反面、命がけの任務にあたる魔導師にとって致命的とも言える魔力の低下を余儀なくされてしまった。
その結果がこれだ。
AA~AAAランクの実力しか発揮できないなのはたちと、Sランクオーバーの魔力出力を存分に振るうことが出来るディアーチェたちでは、戦力が違い過ぎたのだ。
全開時の自分と同レベルの相手の戦いで手加減など出来ようはずも無く、自然と“本来の自分としての反応”をしてしまう。
だが、魔力が低下している状態で全力時と同じような動きが出来るはずも無く、砲撃の集束速度低下や防御障壁へ注ぐ魔力量を見誤ると言ったミスを起こしてしまった。
その結果が何を意味するのかは、ほぼ無傷のディアーチェたちと満身創痍ななのはたちの姿が物語っている。
「ふん。まあ良い。弱者を弄る様な趣味の悪さなど、王たる我は持ち合わせてはおらぬのでな! 帰るぞ、レヴィ」
「りょうか~い! それじゃあ、バイバ~イ♪」
「まっ……!」
悔しさに歯噛みするなのはとフェイトの目の前で、圧倒的な力を見せつけた“王”と“力”が転移魔法の光に包まれて消えていく。
敗北の味を噛み締めるなのはたちは、なにも言葉を投げることが出来ぬまま、悔しさに唇を噛む事しか出来なかった。
「あやや……、どうやら今日はここまでのようですね。――それじゃあ、私たちはこの辺で失礼しますね」
突如虚空を見上げたキャロは困ったような微笑みを浮かべると、腕を振るって召喚した鎖を消し去る。
息切れを起こして膝をつくエリオが困惑を顕わにする中、キャロの両脇にライダースーツを纏った少女と黒いローブ姿の女性が静かに降り立った。
彼女たちの登場に僅かに遅れて、真紅のボディが目を惹く、ガジェット(?) たちが現れた。
直後、彼女たちを追うように駆けつけてきた前線部隊とリイン。
エリオを庇うように構えをとる切名たちからすでに興味は失せているのか、キャロたちは完全に戦闘態勢を解除していると思わせるほどの自然体を見せていた。
「お疲れ様です。どんな感じでしたか?」
「そうですね……かなりのやり手とお見受けしました。出来ることなら、また後日、雌雄を決してみたい所です」
「妾の方は、特になーんも無かったのぅ……。睨みあっておる内に、徹底の指示が来たもんじゃが」
ガジェットたちも戦闘の考察をしているようで、モノアイをせわしなく点滅させていた。
「みんな無事!?」
「ティア。そっちは……大丈夫みたいだな」
一方の管理居勢。
合流を果たした前線部隊とリインはお互いの無事を喜び、微笑みを浮かべる。
だが、その笑みはすぐさま張りつめられたものへと変わり、眼前に立ち塞がる“敵”へと意識を戻す。
「……え? 良いんですか? はぁ、分かりました。――えっと、機動六課のみなさ~ん!
予想外の台詞に、レリック入りのケースを抱えたままだったティアナが怪訝な顔を見せる。
「はぁ? どういう意味よ?」
「さあ?」
こてん、と首を傾げるキャロの顔は本当にわからないとでも言いたげなもので、それがかえって不気味さを醸し出す。
「その……と、とにかく、博士からそれは貴方たちにあげていいって言われましたので~。ですので、私たちはこれで失礼しますから――」
『契約者よ』
「――うん? フリード? どうしたの?」
戦闘の終了を察したのか、キャロの肩に留まったままだった赤い身体をした仔竜が、前触れも無しに言葉を口にした。
その瞳は、真っ直ぐに切名を捉えている。
『ツマラヌ……コレを喰わぬのか?』
その声を耳にした瞬間、冷たい悪寒が切名の背筋を駆け登った。
無意識にデバイスの非殺傷設定を解除させて、“倒す”のではなく“殺す”ために意識を切り替えていた。
嘗て、『英雄騎』と呼ばれていた頃に幾度となく感じた、人間にとっての絶対的な悪。
人の尊厳や道徳、倫理と言った物を、ことごとく無に帰してしまう許しがたい存在だと、本能が察していた。
「今はまだお預けだよ。もうちょっとしたら、思う存分に
にこやかな天使もかくやと言う微笑みを浮かべた少女が言っている言葉は、人殺しを容認するかのようなシロモノだった。
それを命じているのが自分とそう変わらない少女だという事が認められないのだろう、エリオの顔色は青を通り過ごして蒼白なものへと変わりつつあった。
「き、キャロ……」
「どうしてこんなことが出来るんだ?」 と問い詰めたいのにそれが出来ない。
彼女の本心を聞かなければという反面、それを耳にしてしまったら最後、自分の中の大切なものが崩れ落ちてしまうような予感がエリオの中にあったからだ。
「あれ? エリオ君ってば、まだわかってなかったんですか?」
キャロは「しょうがないなぁ~」とまるで、幼い子どもでも理解できるように、穏やかに言葉を綴る。
「故郷を追い出されて、たった一人で泣いていた私を救ってくれたのは、
「でも! それで君は良いのか!? 君の居場所だって言う彼らが何をしているのか、君は本当にわかっているのか!?」
「――何様のつもりですか?」
「……ッ!?」
俯き加減になっていたキャロと目をあった瞬間、エリオの背筋に冷たい物が奔った。
自分では想像もつかない、どうしようもないほどに深い闇を知ってしまったかのような……そんな、暗い瞳だった。
「助けて欲しいときに助けてくれなかった人が何言っているんですか? そう言うヒーロー見たいなセリフは、本当に誰かを救ったことがある人にしか、口に出しちゃいけなんですよ」
「ぼ、僕は……!」
「――さようなら、エリオ君。貴方に私は救えません」
悲しみを感じさせる言葉を投げかけながら、キャロ・ライダースーツの女・ローブの女性はガジェットに飛び乗って、戦場を離脱していった。
「キャロ……」
空の彼方へと消えていく真紅の光を見送って、エリオは拳を握りしめたまま小さく呟く。
かつて、世界の全てを憎んでいた自分を救ってくれたフェイトのように、自分もまた、誰かを救えるような道を歩いていきたい。
そう願ってこの道を選んだというのに、それなのに――
「何も言い返せなかった……」
キャロは元来、心優しい少女だという事をエリオは知っている。
ターミナルでの出会い、ほんの少しの邂逅だったけれども、あの時に言葉を交わして、笑い合った思い出は間違いじゃないと言い切れるから。
だからこそ、論破することも、力で想いを伝えることも出来なかった無力な自分が許せなかった。
キャロにとって、犯罪者であるスカリエッティ一味こそが己の居場所なのだという。
それは、本当に些細な出来事があったとすれば……もし、彼女が管理局に保護されていたとしたら、今自分の隣に彼女が仲間としていてくれたかもしれない。
だが、現実として、孤独にあった彼女に救いの手を差し伸べたのは犯罪者で。
管理局員であるエリオは、彼女と敵対し、捕える立場にあって。
それはどうしようもない、変えようの無い現実で……。
でも、それでも――
「キャロ……それでも僕は、君に手を差し伸べたいんだ。そして知ってほしい……世界は、こんなにも優しさで満ち溢れているって事を」
闇の住人へと身を落とした巫女を光の世界へ引き戻すために、小さな騎士は新たな目標を見出した。
――必ず、彼女を救って見せる。
犯罪者として泥まみれの道を歩いていく以外にも、
そう、伝えるために。
――◇◆◇――
聖王教会は静寂に包まれていた。
ここにいる誰もが、ダークネスの言葉に困惑を露わにしていたからだ。
「“影”……? な、何の事ですか?」
「……ハッ! いきなり現れて訳分からんことぬかしてんじゃねえけるよ! そんな奴、聞いたこともないなり!」
「あ、あの、その人がいったいどうしたって言うんですか?」
『“影”を知っているか?』
前触れも無く問いただされたカリム、ローラ、マリアの返答はやはりと言うべきか、困惑が多分に含まれた物だった。
そもそも、“影”とは何を指すキーワードなのかすら説明されていないと言うのに、そんな状態でまともな返答が期待できるはずも無い。
それは、ダークネスの意図を図れずにいるはやてたち管理局勢にも言えること。
特に組織の長である部隊長という役職についているはやては、自分に上げられた過去の報告の記憶をひも解いて、彼が何を探っているのかを見出そうとしていたが、記憶にある範囲では“影”などと言う単語は存在しなかった。
だからこそ、次元世界に多数の信者と信仰を集める聖王教会大聖堂に襲撃を掛けると言う暴挙に及んだダークネスに、驚きと疑念を抱かずにはいられない。
彼が、何ら意味も無く愚行を実行するような男ではない事を、彼と対峙した経験があるはやてたちは嫌と言うほどに理解させられていたのだから。
つまり……
「そうか……。いや、
要領を得ない返答に、しかし、満足げに口端を吊り上げるダークネスが自分たちでは理解できなかった『何か』を掴んだのではないかということ。
得体の知れない不安が、彼女らの胸中で渦巻いていく。
存在感の塊のくせに、事態の裏側で暗躍を繰り返して、最後の最後に全てを奪い去っていく。
相手の厄介すぎる性質を再確認させられたはやてが、とにかく少しでも情報をひきださなくてはと声を掛けようとした瞬間、教会の施設の中から怒号と共に後続の騎士たちが、彼女らがいる中庭へとなだれ込んできた。
「カリム! ご無事ですか!?」
「シャッハ!?」
先導していたのは紫の髪と信念を貫く強さを秘めた瞳を持つシスター・シャッハだった。
カリムの護衛も兼ねていた彼女は、ダークネスに対抗すべく教会の全勢力をかき集めてきたのだ。
もっとも、彼女としてもカリムがこの場にいることは予想外だったのだろう、言葉の節々から彼女の身を案じる不安が見て取れる。
「やれやれ、騒々しいことで――」
デバイスを構えながら周囲を取り囲む騎士たちをめんどくさそうに眺めていたダークネスの片眉が、ピクリと跳ねる。
まるで、大切な想いが詰められている心の奥底を無遠慮に覗き見されそうになっているような……そんな悪寒を察知したからだ。
危険な色へと変じていく漆黒の双眸が、シャッハたちが飛び出してきた門のひとつ……暗闇に包まれた空間を鋭く見据える。
「俺の心を覗き見しようとはな……いい度胸だ」
明らかな苛立ちと怒りを顕わにして、ダークネスの殺意が爆発的な高まりを見せる。
人が手を伸ばしてはならない領域に至っている《新世黄金神》の殺気は、衝撃波となって大地を砕き、建物に亀裂を走らせる。
一歩進む。
ただそれだけで、大地震が襲い来たかのような錯覚を味あわせ、勇敢な騎士たちの心を恐怖と言う鎖で雁字搦めにしていく。
それは、今まさに飛び掛かろうとしていたシャッハを、地面に崩れ落ちさせるほどに鮮烈なもの。
恐怖というものはひとりが崩れてしまえば、あっという間に周囲に感染して組織を瓦解してしまうものだ。
事実、増援であるはずの騎士たちはたった一人も役目を果たすことは出来ずに、無様に地面に倒れ込み、意識を繋ぎ止めていることが精いっぱいという状態だった。
意識を保てているのは、過去に彼と対峙した経験のお蔭てある程度の耐性が備わっていたはやて、コウタ、シグナムと、少なくない実戦経験のあるローラのみ。
カリム、マリアの二人は完全に気絶しており、青い顔で身体を震わせているローラに抱きかかえられている状態だった。
だが、もはやダークネスの意識は、彼らに向けられてはいない。彼の狙いは唯一人……姿を見せないまま、己の大切な想いに土足で入り込もうとした愚か者のみ。
ダークネスの様子に危険な物を感じ取ったコウタは、彼の怒りを買ってしまったらしい友人へ向けて、悲鳴じみた叫びを上げる。
「今すぐ逃げるんだヴェロッサ! 彼は……ダークネスは君を殺すつもりだ!」
カリムの義弟であるヴェロッサは、
非実体の犬型の使い魔を創造する古代ベルカ由来ある能力で、その真骨頂は『相手の記憶を読み取る』ことが出来ると言うところだ。
この能力を活かして観察官と言う役職についているヴェロッサは、シャッハたち武装隊がダークネスを相手取っている隙をついて、彼の記憶を読み取り、情報を引き出そうと目論んだ。
だが、“想い”という感情に反応して力を発揮するジュエルシードや“
無論、ヴェロッサも情報収集が失敗したことを悟った瞬間にその場を離れようとしていた。
だが、ダークネスからピンポイントで殺気をぶつけられてせいで完全に昏倒してしまっており、現在は中庭を見渡せる教会内部の一室で気絶していた。
余波だけで騎士たちの心を押し潰すほどの殺気をぶつけられたのだから、精神保護を優先して意識を手放すのは当然の結果なのかもしれない。
だが、この状況下では悪手以外に称する言葉は存在しなかった。
「殺す……!」
「やめろっ! これ以上、無駄な被害を出さないでください!」
教会へ向けて手を翳しながら、掌に魔力を集束させていくダークネスの前に立ち塞がったコウタだったが、内心ではさっさと気絶しているらしい友人をあらん限り罵倒していた。
――男なら、もうちょっと根性見せてくれないかな!?
「貴方の目的は済んだんでしょう!? だったら、早く帰ってください!」
「大切な
「これだけの被害を出した人が何言ってんですか! 無関係の人たちを傷つけるなんて!」
――そもそも、俺としては戦いをした覚えすらないんだがな。
コウタが駆けつけた時、すでにダークネスに蹴散らされていた騎士たち。
実は彼らに対して、ダークネスは何もしていなかったのだ。
訓練場のある中庭へ無断侵入したことこそ事実だが、そこに駆けつけてきた騎士たちが一斉に飛び掛かってきた際、彼は気合を一つ入れただけだった。
もちろんそれは、運動系の顧問が『気合を入れる』と言う名目でビンタをかますような類のものではない。
彼我の戦力差を知らしめるために、少しだけ力を解放する意味を込めて、魔力を全身に行き渡らせただけだ。
だが、その余波として体外に放出された魔力の波動、それは物理衝撃波となって飛び掛かってきた騎士たちの武器を粉砕し、彼ら自身を天高々と吹き飛ばし、撃ち放たれた魔力弾を反射させて術者にそのままお返しするというとんでもない事態を巻き起こした。
これが真実だ。そう、つまり――ダークネスがこの場で行った事は、カリムらへの質問を除けば、(本人的には)ほんの少しだけ魔力を放出したことと、殺気をぶつけたことだけで、攻撃というアクションを一つも起こしていないのだ。
そのくせ、数十人単位での被害を出してしまうのだから、《新世黄金神》と言う存在がどれだけ周囲の影響を与えるという事が実によく分かる。
で、影響力の塊みたいな当の本人はというと。
「……もう良い」
いい加減に面倒くさくなってきたらしく、溜息ひとつで殺気を霧散させると、巨大な翼を羽ばたかせて
「た、たすかった……?」
「見たい、やね……」
『はぁ~~……』
重すぎる空気からようやく解放されて、意識を保てていた四人が深々と息を吐く。
戦闘不能者がごろごろしているこの状況下で一戦交えるような真似は何としても防がなければならなかったので、ダークネスがおとなしく立ち去ったことは喜ばしい事だった。
だが……
「にしても、あの人……何が目的やったんやろ?」
「“影”……と言っていましたね」
「何かのキーワードかな?」
騎士たちを介抱しながら首を傾げるはやてたちから見えない位置でマリアとカリムを解放していたローラは、ダークネスが飛び去って行った方角を睨み続けていた。
怒りと恐怖が入り混じった瞳の奥底に秘められた本当の感情……それが明らかになるのは、もうしばらく先の話になる。
これにて初任務編は終了です。
キャロ嬢が敵になってしまったのは不評でしたかね?
けれど、彼女がこうなったのにもちゃんとした訳がありますので。
――ぶっちゃけると、とある”参加者”のせい(フリード含む)。
ついでに、今回参戦した謎の人物(笑)の正体は、共に原作キャラの関係者だったりします。
まあ、それはさておき。
果たして、エリオ君は悪落ちしたキャロ嬢を救い出すナイトになれるのか?
今後の成長に期待です。
・作中に登場したネタ兵器
●ガジェットⅡ型カスタム。正式名称:
通称:Gシリーズ。真っ赤なボディと雄々しい角が特徴の、ニクイ野郎共。
マッド兄妹の悪ふざけと浪漫と見当はずれな方向へとぶっ飛んだ情熱によって誕生したトンデモ兵器。
ガジェットⅡ型をベースに、ネタのつもりで魔改造を繰り返した結果、AAAランクの魔道師を正面から打倒できるほどの廃スぺックを有する結果に。
ガジェットシリーズの最高傑作であり、製造費用がとんでもなく高いので3機しか生産されていない(1機制作するのに必要な費用は、ベースとなったなガジェットⅡ型の1000体分に相当する)。
『どうしてこうなった』とは、資金運営を任されていた秘書な長女さんの言。
彼女の目を盗んでネタに走ったマッド兄妹は、殴られてもいいと思う。
名前だけを見るとⅡ型の改造機体にしか聞こえないが、実際はガジェットシリーズ生粋の性能を誇るワンオフ機。
既存のAIでは、突出しまくりな戦闘力と空間認識技能を活かしきれないと言う理由から、インテリジェントデバイス並みの性能を誇る特注のAIが組み込まれている。
外観は、Ⅱ型を二回りほど大きくして、可変型のブースターやマニュピレーターを基本装備として搭載、さらに個別の特殊兵装をそれぞれ備えている。
某宇宙戦闘機を彷彿させる、長距離移動モードの『ファイターモード』と対魔導師用戦闘形態の『ガウォークモード』という2つの形態へと変形が可能。
元々は戦闘員を超距離運搬するために生み出されたキャリアーであるため、背中に人を乗せて長距離航空が可能なほどの推進力と空気抵抗を減らす防御バリアは勿論、大出力のAMF発生装置まで搭載している上に、普通にお話までできてしまう。
某番号姉妹たちからは、『私たちの存在意義がっ!?』 と慄き、ライバル視されているとか。
それぞれの愛称についてはもはや言うまでもないが、下記を参照。
1号機:愛称【シャア】
真紅のボディカラーと先鋭なアンテナ、光り輝くモノアイが目を惹く、
人格は、某公国の大佐。ノーマルⅡ型に対して、速度は勿論3倍である(他の2機は1.5倍)。
搭載されている兵装は、Ⅰ型のビーム発射装置を改良した『ハイ・ビームライフル』、近接用の『ビームサーベル』、Ⅱ型時代から搭載されていたミサイルや機銃など。さらに特殊兵装として鞴に酷似した遠距離操作型ビーム兵装『ファンネル』を搭載している。
キャロとコンビを組んで、彼女の運搬や戦闘行動に随伴することが多い。
――果たして、ロリと噂される大佐の背中に少女が乗っかるのは許されることなのだろうか……?
【魔導師ランクの差が、戦力の決定的な違いではないことを教えてやる!】
2号機:愛称【サーシェス】
赤いボディカラーと頭部部分のアンテナは1号機と同様。違いは、空間感知能力を強化するためにツインアイになっている事。
人格は、00の傭兵さん。別名、悪ひろし。闘争と殺し合いが大好きな、戦争マニア。
兵装はマニュピレーター先端に固定武器として装着された、剣と銃という2つの能力を合わせ持った巨大な鋏『バスター・ガン・シザース』。
特殊兵装は物理、ビーム両方の特性を併せ持った空間兵装『ファング』。
殺し合いを楽しむ彼は、戦いを楽しむシグナムと決して分かり合うことが出来ないだろう。
【ところがぎっちょん!】
3号機:愛称【フォン】
ツインホーンと呼ばれるアンテナとツインアイが特徴。
人格は、00外伝の『あぎゃぎゃぎゃぎゃ』の人。
実は3機の中で一番思慮深かったりする。――でも、基本的に戦争バカ。
彼には実験兵装として特殊なエネルギー粒子発生装置『
基本兵装は『MGNビームライフル』と『MGNビームサーベル』に加えて、作戦内容に応じて巨大バズーカ『MGNランチャー』、遠距離狙撃銃『MGNスナイパーライフル』などの換装兵器を使い分ける。
特殊兵装は、貯蔵粒子を全開放することにより瞬間的に機体性能をアップさせる『トランザム』。
自分自身の確たる意志を持ち合わせているので、外道、卑怯と罵られようとも微塵も揺るがない強い信念を持っている。
【あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!】
キャロの護衛&運搬用に用意した一発キャラ(?) のはずだったのに……どうしてこうなった?
タグにガンダムを追加した理由は、もっぱらコイツらのせい。
一発キャラで終わるかどうか、それは誰にもわからない……。