魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

56 / 101
初任務編開始。
予想以上に長くなりそうだったので、2話に割けることにしました。

それから、5人体制の前線部隊のチーム分けやコールサインなどもちょこっと変更しています。



ファーストアラート

移送用のヘリのコンテナに乗り込んだなのはとリイン&フォワードメンバーは、新しいデバイスをぶっつけ本番で使用する羽目になったので、目的地である渓谷に到着するまでの貴重な時間を使い、機能の確認やAIとの会話に取り組んでいた。

ちなみに、前者は切名とティアナで後者がスバルとエリオ、そしてカエデである。特にカエデはデバイス名をまだ未登録だった事もあって、少しだけ離れた所で名前の入力を行っていた。

 

機動六課のフォワード部隊は、本来ならばなのはを隊長とする“スターズ”とフェイトを隊長とする“ライトニング”という二部隊体制で運用されるはずだった。

だが、フォワードの五名中四人が以前から同じチームを組んだフォーマンセルで活動していた事、切名のように単独での近接戦闘に特化したピーキーな性能の持ち主がいたことなどを考慮した結果、あえて一部隊二隊長制度として運用することになった。

その名の通り二人の隊長と副隊長の下に五人の前線部隊が就くというもので、部隊を分断して運用する事態に直面した際には、その状況に応じた最善のチームメンバーを組み合わせることを可能とするというものだ。

例えば、機動力に富んだ逃走犯の追撃にフェイトが部隊を引き攣れて行動することになった場合、加速力と爆発力に優れたスバルとエリオを組ませたり、そこにサポート要員のカエデを組み合わせることで更なる戦力の強化を図ることも出来る。

主にシグナムが命じられているように少数での隠密行動任務に就く場合は、優れた情報解析力を持つティアナ、もしくは単独行動を得意とする切名を同伴させることもできる。

異なる才能を発揮する前線部隊員たちの才能を伸ばしつつ、部隊員の組合せによっていかなる状況にも迅速に対応できる万能性に富んだ実験部隊。

それこそが、機動六課最大の特徴である『多重混合部隊(マルチブル・メンバーズ)』である。

 

今回は航空支援をなのはと、これから合流予定のフェイトが受け持つことで領空権を確保。

前線部隊は二方に分かれてリニアレールへと降下、ガジェットを駆逐しつつリニアのコントロールを奪い返す。

チーム分けはバランスを考えて、スバル&ティアナペアと切名&エリオ&カエデトリオ。

初めての任務という事で少なからず緊張している事も考慮して、気心の知れた同性同士、かつ、模擬戦でチームを組む回数が最も多い者同士を組ませたのが今回のフォーメーションだ。

この中で唯一実戦経験が無かったエリオも、普段通りのカエデと百戦錬磨の実力者を思わせる風格が漂う切名とチームを組む事で、不安をかき消すことが出来たらしい。出撃直後の不安そうな表情はなりを潜め、戦意に満ちた男の顔へと切り替わっている。

その様子に気づいていたなのはは、親友の考えたシステムが上手く回っている事を確信して頬を綻ばせる。

だがそれも一瞬、閉じた瞼を見開いた次の瞬間には、歴戦の勇士『エースオブエース』たる凛とした表情を浮かべていた。

 

「さて、それじゃあ行って来るね。――スターズ01 高町 なのは、行きます」

 

自然体のなのははそれだけ告げると、コンテナハッチへと向かいながら一同を見渡していく。

”大切な部下たちを必ず無事に守り抜く”

そんな覚悟を胸に抱いて、空のエースが宙へと舞った。

 

なのはが飛び出してしばらく時間が経過した後、ついにヘリが降下ポイントへと到着した。

周囲に敵航空戦力が存在しない事を確認したヘリパイロット『ヴァイス・グランセニック』が、開け放たれたコンテナから流れ込む風音にかき消されないように大声で叫ぶ。

 

「降下ポイントに到着! おまえら全員、準備は良いか!?」

「「「はい!」」」

「もちろんですぅ!」

「「おう!」」

 

ヴァイスに答えながら、まずはスバルとティアナがハッチの前に立つ。

 

「ストライク01 ティアナ・ランスター」

「ストライク02 スバル・ナカジマ」

 

「「行きます!」」

 

なのはにあやかったのだろう、二人はヘリから飛び出した後、中空でデバイスを起動させる。

支給されたばかりのデバイスがエラーでも起こそうものなら、そのままご臨終D・E・A・T・H! だと言うのに、思い切りが良いと称賛すべきか、危ない真似をするなと怒るべきか……ちっちゃなリインは、任務が終わったら元凶である隊長(なのは)へのお説教をしなければと決意した。

まあ、機能不備が無いことを念入りに確認していたからこその勇気ある行動とも言えるが……それはそれ、これはこれである。

セットアップ輝きに包まれて、問題無くバリアジャケットとデバイスを展開させた二人が車両の屋根に降り立つのをリインが確認するとほぼ同時に、もう一つの降下ポイントへと到着した。

 

「次、チビとバカとリア充! しっかりやってこい!」

「はい!」

「あれ!? 当たり前の様にバカって言われた!?」

「つーか、俺の時だけやたらと力が籠ってなかったか!? 具体的には嫉妬的なモンが!」

「はいはい、どうでも良いからさっさと行くですよ!」

「「どうでも良く――なぁああああっ!?」」

「ちょっ!? 蹴り落としてどうするんですか、リイン曹長ぉっ!?」

「え……!?」

「そこで戦慄される意味が分かりませんっ!? ――ああ、もう、ストライク03エリオ・モンディアル、行きますっ!」

「あやや……リイン、なにか間違っていたでしょうか? ――ま、いいですぅ♪ それじゃあ、行ってきます」

 

ビシッと敬礼しながら飛び降りていくリインの姿をバックミラー越しに見送ったヴァイスは、相棒である【ストームレイダー】へ向けてポツリと呟く。

 

「……なんか、どいつもこいつも変な方向に染まっていってる気がするのは気のせいか?」

【……No comment】

 

【ストームレイダー】には、そう返す以外の選択肢は思い浮かばなかった。

 

 

「うっひょー! パラシュートの無いスカイダイビングだぜヒャッハー!」

「何で嬉しそうなんだ、このバカ!」

 

降下、というか落下しながらも喧嘩をしている二人だったが、どちらの顔にも悲壮さの類は微塵も映っていなかった。

この程度の状況なぞ、今までに数えきれないほど経験しているからだ。――たとえば、女子寮に忍び込もうとして挑んだカエデに付き合わされた切名が、ティアナたちに見つかっては、寮の屋上からノーロープバンジーを強制体験させられたように!

 

「っと、そろそろやるぞ! 【フランベルジュ】!」

「あいあいよ~、俺らもいくぜっ! ……【ナイトオブオパ~イ】♪」

「――はい!?」

 

一瞬、とんでもない単語が聞こえたような気がしたが、一瞬の内に吹き荒ぶ風の音にかき消されていく。

一方で、主の命にデバイスが答えると共に、それぞれの魔力光が切名とカエデを包み込んだ。

六課の制服の上着がはじけ飛び、個々の特色を表すバリアジャケットが展開されていく。

解放された魔力が空気圧の抵抗となって降下速度を低下させたのか、しっかり体勢を立て直した二人は問題なくリニアの屋根へと降り立った。

 

切名は着地の際に折り曲げていた膝を延ばしながら、身体の調子を確かめていく。

問題ないことを確認すると、一度だけ周辺に視線を動かしながら頬を撫でる風と高速で過ぎ去っていく風景を見やると、次いで、起動させた自分のバリアジャケットへと視線を落とす。

今の切名の姿は、黒を基準としたアンダーシャツにズボン、そして袖付きのコートを羽織っている。

ズボンにはベルトらしき付属品があしらわれ、両腕にはレザーグローブのように変形させた手甲が装備されている。

【フランベルジュ】は腰の後ろ側に装着されていて、まさに黒い剣士と呼ぶにふさわしい出で立ちだった。

それに対して、カエデはと言うと――

 

「おぉおおっ!? カッケ――! やっべ、マジでカッケー! なあなあ、切名! これ、すごくね!?」

 

子どもの様にはしゃいでいるカエデのバリアジャケットのデザインに、切名は引きつった笑みを返すことしか出来ない。

何しろ、上着を捲りながら歓喜の叫びを上げているカエデのバリアジャケットと言うのが……所謂、『改造学ラン』と呼ばれるシロモノだったからだ。

ボタンが無く、前が開きっぱなしになっている黒い上着と黒いズボン。

足元は靴……ではなく、何故か素足に下駄。

頭部には、鍔がギザギザになっている学生帽子。

 

……正直言って、ここまでならまだ許容できる。切名の精神力ならば、まだ耐えられるレベルだった。

 

だが……ここからが問題だ。

下に着ているシャツは、ど根性がありそうな黄色いアイツを連想させるキャラTシャツと呼ばれるもの。

しかも、そこに描かれているのは、デフォルメされた上に獣耳を装着した部隊長の顔――通称、『ポンポコはやてちゃん』。

地上本部のマスコットキャラとして、グッズ販売までされている管理局公認の生物(ナマモノ)であった。

『きゃる~ん☆』と可愛らしくウインクしているのが上司な事もあって、何とも突っ込みづらいシロモノだ。

仕上げとばかりに、学ランの裏地には、隊長&副隊長陣のグラビア写真が刺繍(しかも何だか手縫いっぽい)までもがされている始末。

もはや、平和を守る正義の使者と言うよりも、痛いコスプレ野郎にしか見えない。

しかも、前世が地球育ちという事も作用するのか、カエデと並んでいると、なんだか自分までコスプレしているように錯覚を覚えてしまうから不思議だ。

 

――これを用意した技術官の彼女は、カエデに何を求めているのだろうか……?

 

切名はライフと共にヤル気がマッハダウンしていくのを感じながら、なるべくおバカ(カエデ)を視界に入れないように心掛けつつ、少し遅れて着地してきたエリオ、リインと作戦会議をすることにした。

当然、彼らの視線は改造痛学ランを纏ったカエデへと向かう。

 

「最初に言っておく。アレは気にするな。俺も気にしないから」

「は、はぁ……」

 

悲痛な顔で迫る切名に気圧されて、エリオはガクガクと首を縦に振ることしか出来ない。

だが、そんな必死の願いも、ちっちゃな上司様には聞き届けて貰えなかったようだ。

 

「うっわー、またもやかましてくれましたですぅ! ホラホラ、背中に『美人どころが盛りだくさん! 機動六課をよろしく!』 って入ってますよ!」

「だから、そういう事を言わないでくれって言ってんだろーが!? つーか、何なんだよアレ!? 新装開店のパチンコ屋の宣伝か!?」

「これで注目度もレベルアップです♪」

「ネットで叩かれる的な意味でな!」

 

『ちょっと、そこのバカ共! グダグダ遊んでないで、さっさとレリックの回収に向かいなさい!』

 

いつまでたっても動きを見せない切名たちに痺れを切らしたらしいティアナの念話が響き渡る。

耳を澄ませば、前方から爆発音や衝撃音が立て続けに聞こえてくる。彼女らの方では、すでに戦いが開始されているようだ。

此処が戦場であることを再確認した切名たちは、即座に意識を切り替えつつ、ヘリの中で打ち合わせていた個々の役割分担を確認していく。

 

「まずは、突破力のある俺とエリオが突撃をかまして――」

「敵の注意を集めている隙をついて、私がリニアの制御を取り戻します! そして、カエデ君は――」

「切名たちをサポートしつつ、状況に応じて曹長の援護に向かう……だよな?」

「OK……よし、行くぜ!」

「おうよ!」

「はい!」

「はいです!」

 

言葉を言い終わると共に、リニアの屋根の上を一気に駆け出していく。

切名たちの動きに呼応するかのように、リニア周辺に蔓延っていた訓練で幾度となく交戦してきたガジェットドローン……正式名称、ガジェットⅠ型が触手の様なアームケーブルを伸ばしながら襲い掛かってくる。

 

「おっしゃー、やるぜえっ! ストライク04 カエデ・リンドウ必殺のぉ……ブースト・アァーーップ!」

【Boost Up. Attack Power!】

「うっし! パルチザン01 葵 切名……いくぜぇ! 強化(トレース)開始(オン)!」

 

先手を取ったのはカエデと切名だ。六課首脳陣に何かしらの目論見があるらしく、遊撃&強襲特化のアサルトウイングというポジションを命じられた切名に与えられた、コールサイン『パルチザン』を名乗りながら、風を切り裂いて突撃する。

流れるような動きで攻撃力強化魔法を付与させた切名の拳が、一番近くのガジェットを粉砕する。

一瞬、爆風と黒煙が視界を遮るもの、切名はそこで止まることなく身体を半身だけずらす。

直後、先ほどまで切名の身体があった場所を通り過ぎる一条の閃光。それはガジェットの一機が放ったレーザーであった。

攻撃の予備動作もほとんど無いそれを、培ってきた経験からくる危機回避能力によって避わしきると、身体を回転させながら腰に携えた【フランベルジュ】を抜き放つ。鮮やかな銀閃を描いて放たれた抜き打ちの刃――居合い――によって、三体ものガジェットがまとめて真っ二つにされる。

刀身自体が熱を帯びているらしく、それなりの硬度があるガジェットの装甲を、バターの様に切り裂いていく。

剣を振り抜いた所で手首を捻って刃を反すと、腰を落として逆方向へと一閃。攻撃直後の隙を狙って後方より接近してきていた敵を一刀両断にする。

そこで、攻撃役がスイッチ。

後方へバックステップをとって距離を取る切名と入れ違いになる様に、赤い疾風が煙を切り裂きながらガジェットの群れへと強襲する。

青い槍【ストラーダ】を構えたエリオが、カエデの攻撃力&速度の強化を施されて追撃を仕掛けたのだ。

若い騎士の初陣、最初の餌食になったのは正面のガジェットだった。

レーザー発射装置にもなっている機体中央部のレンズの上から槍先で串刺しにされる。しかし、使い手の体格故なのかそれとも純粋に力不足だったのか、撃破されたガジェットの胴体の残骸に【ストラーダ】が食い込んでしまった。

仲間がやられたことを察知した周囲のガジェットたちは、刃部分を封じ込められているエリオの状態を好機と判断した。

誘蛾灯に引き寄せられる蛾の大軍のように、エリオ目掛けて一気呵成に殺到していく。

しかし、その判断は早計であったと、エリオの口端が不敵に攣り上がる様を見て、直感した。

だが、全ては遅すぎた。

 

「はぁああああああっ!」

 

エリオが裂帛の気合いと共に、電気変換資質によって雷へと変換させた魔力を槍刃へと流し込む。

刀身に纏わせた魔力が激しいスパークを巻き起こし、めり込んでいたガジェットの残骸を内側から粉砕していく。

残骸を消し飛ばした後に顕現したのは、エリオの身の丈はあろうかという魔力刃。

大剣ほどもあるそれを軽々と振り回し、周囲の敵を纏めて切り裂いていく。

それはまさに、雷を携えた竜巻そのもの。

止めとなる一閃を振り抜いた体勢でエリオが静止した瞬間、周辺に存在していたガジェットたちが連鎖的に爆発していく。

爆風が止んだ後に残されていたのは、魔力素を排気している愛槍を肩に担いだエリオのみ。

周辺に残存の敵が存在しないことを確認すると、男三人は笑みを浮かべながらサムズアップ。

男同士の友情的なワンシーンを目の当たりにして、思わずリインの瞳がキラキラと輝く。

やはり同性という事もあって、打ち解けやすかったのだろう。

切名が剣を鞘に納めながら親友と拳をぶつけ合うと、距離が離れていたので少しだけ間を開けて近づいてきたエリオにも拳を突き出す。

それを察したのだろう、カエデの拳も切名のそれと重なる様に差し出される。

一瞬だけ惚けてしまったエリオだったが、彼らの意図に気付いたらしく、嬉しそうに握り拳を作るなり、突き出された仲間(・・)のそれとぶつけ合う。

まさしく友情と呼べる光景を前に、リインのテンションはうなぎ登りだ。

心なし、彼女の周囲に輝く星が舞っているように見える。

 

「あのー、曹長? リニアの制御はいいんすか?」

「はっ!? そうでしたぁ!」

 

切名のツッコミにやるべきことを思い出したリインが、慌てて車両の中へと入っていく。

エリオがガジェットを駆逐した直後にロングアーチから連絡があり、車両内のガジェットは先行して内部に突入したスバルとティアナの手によって駆逐されたらしいというので、リインの安全は保障されていると考えて良いだろう。この場での切り札らしい巨大ガジェットが車内で待ち構えていたらしいが、スバルとティアナのコンビネーションによって破壊されているらしい。

なので、こうして切名たちは車両の上で敵の増援を警戒する役目を命じられたのだった。

見上げれば、航空戦力として展開していた空戦型ガジェット……ガジェットⅡ型も、なのはとフェイトによって殲滅されていた。

 

「ふぅ……どうやらこれで終わりなようだな?」

「見たいですね……はぁ」

「おっ? エリオってば、お疲れかい?」

「え、ええ、まあ。その……僕、皆さんと違って、実戦というものは今回が初めてでして」

 

困ったように笑うエリオだったが、その顔には何かをやり遂げた男の片鱗を思わせるものが宿っていた事を、切名とカエデは見抜いていた。

恩人であるフェイトの力になりたい。そのために、戦場に立つ覚悟を決めた少年のことを、二人は十分すぎるほどに認めていたからだ。

戦友の成長を誇らしく感じたのか、まるで自分の成果なのだとばかりに大きく胸を張るカエデの頭をこつく切名に挟まれて、まるでお兄さんが出来たみたいだと、エリオは頬を綻ばせる。

危険な任務と言う名の実戦を経て、彼らの絆は確固たるものへと成長を始めたのかもしれない。

そんな、暖かい空気に満たされていた周囲の雰囲気に侵されたのか、それとも生死を掛けた闘争から離れすぎていたせいなのか……。

 

ただ一人として、それ(・・)の接近に気付けなかったのは。

 

「まったくお前って奴は。いいか、任務ってのは戻るまでが任務なのであって――ッ!?」

 

まるで、緩んでいた心に冷水をぶっかけられたかのような感覚だった。

背筋の冷たくなるような殺気と、肌を刺すピリピリとした感じ。

訓練校時代に向けられたお子様共の敵意などお話しにならないレベルの――殺意。

明らかに誰かの命を奪おうしているソレは、間違いなく自分たちへと向けられている。

 

「何だ……!?」

「こ、このゾクゾクする感じは……!?」

 

カエデたちも気づいたらしく、慌てて周囲へ視線をやりながら、警戒度を最大まで高めている。

切名たちが異変に襲われた瞬間、ロングアーチから叫ぶような報告が届く。

 

『リニアへ高速で接近する物体を感知! 数は三……いえ、六! 内、三体は生体反応が検知されないのでガジェットと推測されます! で、でも、こんな……!?』

『グリフィス君、どうしたの!?』

 

切羽詰まったように言葉を失う部隊長補佐の様子に、ただ事ではないと理解したらしい。なのはの声にも余裕が無くなりかけている。

 

『ガジェットと思われるアンノウン、リニアへ向けて通常の倍近い速度で移動中! さらに、アンノウンと重なる様に魔導師らしい反応も検知されました! おそらくは、アンノウンに搭乗しているものと思われます! ――あっ!? 上空に転移反応っ!? 魔力ランク……推定Sランクオーバー!?』

「な――ッ!?」

 

オペレーターを務めていたシャーリーの叫びを耳にした瞬間、なのはの第六感が危険信号(アラート)を鳴らす。

ほぼ条件反射的に、上方へ向けて【レイジングハート】を構えると同時に防御障壁を展開させた。

エースとして幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた彼女の経験が成せた業だ。

そして……その判断が、彼女の命を救うことになった。

 

「インフェルノォ!」

 

親友にして上司でもある彼女と同じ声が空に響くと同時、遥か上空から降り注いだのは漆黒の重力球。

複数個の重力球が、圧倒的な質量差をもってなのはを押し潰さんと、障壁と火花を散らす。

 

「なのは――ッ!?」

 

背中合わせに警戒していたフェイトが、自分も障壁を展開しようとした刹那、彼女の首筋に冷たい物が走った。

彼女もまた、反射的に【バルディッシュ】を構えた瞬間、凄まじい衝撃が彼女へと襲いかかった。

骨の髄まで響く重い一撃は、フェイトの相棒と酷似した外観を持つ、もう一つの『雷の斧』によって繰り出されたものだった。

突然の事態に混乱しながらも、襲撃者の赤い瞳と目線が合ったフェイトは、思考が定まらないまま驚愕に目を見開いた。

 

「君は……!? レヴィ!?」

「うんっ、そうだよ『へいと』。おっひさ~♪」

「わ、私の名前はフェイトなんだけど……」

 

おもわず見当違いなツッコミを返してしまったフェイト同様、背中合わせで息を荒げているなのはもまた、彼女の眼前へと舞い降りてきた彼女と向かい合う。

 

「ふん、我の一撃に耐えきるとはな。リミッターとやらを掛けられていると言うからどの程度かと思っていたが……存外にやるものよ。――ま! 我は三割程度の実力しか出してはおらんかったがな!」

「ディアーチェちゃん……!」

 

それは、十年前の事件の中で出会った少女たち――正確には少女と少年だったのだが――であった。

 

『闇統べる王』ロード・ディアーチェ

 

『雷刃の襲撃者』レヴィ・ザ・スラッシャー

 

はやてとフェイトに酷似した外見と能力を秘めた、魔導生命体。

彼女らの盟主であるユーリと共に、彼女たちの前から姿を消していた“紫天の書”一派が再び姿を現した。

 

「ああ、ひとつ修正しておいてやろう。ここに来たのは、我らだけでは無いぞ?」

「『にゃのは』と『へいと』の相手は僕たちがしてあげるよ! ――あっ! それから、電車の方は別の子が相手してあげるから心配しないで良いよ♪」

 

仲間外れはいやだもんね! と、のほほんとした顔で意味深な視線をリニアへと向けるレヴィの言葉になのはたちが反応するよりも早く、

 

『アンノウン及び魔導師三名、前線部隊と接触します!』

 

シャーリーの悲鳴じみた報告が、戦場に響き渡った。

 

 

 

 

「こんにちは」

「き、君は……キャロ・ル・ルシエ!?」

「はい♪ お久しぶりです、エリオ君」

 

円陣を組んで周囲を警戒していた前線部隊の男衆の中で、新たな敵を前にして驚愕の声を上げてしまったのはエリオだった。

だが、切名とカエデも声には出さずとも、驚きに目を見開いていた。

それは、敵と思われる真っ赤に塗装されたガジェットらしい機体から舞い降りた桜色の髪をした少女が、エリオと顔見知りらしいから……ではない。

少女の傍らに控える様に自然体で立つ、もう一体の赤い機体の背から降り立った全身を黒いライダースーツとフルフェイスのヘルメットで覆い隠した女性らしき人物。

彼女から放たれている、六課の隊長陣すら凌駕するほどの闘気を放っている存在に、驚きと戦慄が半々の表情を浮かべるしか出来なかったからだ。

模擬戦という決闘を経て隊長陣の一角の実力を知る切名は、知らず掌に冷や汗を流していた。

 

――何だ、この女……!?

 

ライダースーツの上からでも一目で分かるグラマスな体躯、それでいて、その身の内に秘められた戦闘者としての魂とでも呼ぶべきものが、陽炎のように立ち昇って見える。かつての世界では、これほどまでの闘気を放つ強者とは、数えるほどしか出会った記憶が無い。

そのいずれもが、人智を超えた実力を有していたのは言うまでもないが、切名に内心で舌を巻かせるほどの畏怖を感じさせているのは、彼女がまだ若い女性であると言う事実だ。

一体どれほどの修練を積めば、外見から逆算して10代半ばほどでしかない少女が、ここまでの威圧感を放てるというのか!

まるで、数百年の時を生きた不死者と相対した時の様な寒気を感じすにはいられない。

ちらりと脇を見れば、普段はおちゃらけているカエデですらも、頬を引き攣らせながら冷や汗を流している。

 

「ったく、とんでもねぇ初任務になったもんだぜ……!」

 

切名は切っ先を突き付けながら、この世界で初めて出会った強敵をどう攻略するべきか、戦略を凝らすのだった。

 

 

 

 

同時刻、リニア制御室にて。

制御盤に張り付いていたガジェットを破壊してコントロールを奪い返そうと四苦八苦していたリインもまた、敵の増援と向かい合っていた。

 

「あなたはいったい何者ですか!?」

「ふん、それで答える愚か者がいると本気で思ってはおらんよなぁ?」

 

リインが相対するのは、全身をローブで覆われた女性らしき人物。

自分たちの居る場所は精密機械が多数存在する制御室だという事を両者ともに考慮したのか、魔力弾を放つことも無いまま牽制で留めている。

フードの淵から覗く銀色の髪、凛と響く声が、いやに耳に残る事に、リインは戸惑いを隠せない。

 

――どうして、この人からリヒトちゃんと同じ雰囲気を感じるのですか……!?

――気づかれたかのぅ? 存外、見た目通りの小娘(ガキ)ではないという事か。

 

二人しかいない室内で、無音のこう着状態が生み出されていた。

 

 

 

 

同時刻、リニア車両上にて。

車両内の探索を終了し、目標物であるロストロギア『レリック』を回収したティアナとスバルは、切名たちがいる場所からちょうど反対側の屋根の上に飛び出したところで、増援と接敵していた。

レリックが収められたケースを片手に、逆の手で【クロスミラージュ】を構えるティアナを庇うように立つスバルの眼前には、真紅に染まったアンノウンーー外見はガジェットⅡ型に酷似している――三機が、ライフルらしき武器の銃口の狙いを定めている姿があった。

 

「ティア……」

「分かってる……」

 

ド派手なカラーリングとか、角のように見えるアンテナとかいろいろとツッコミを入れたくて仕方がないが、今は任務中だと自分で自分を窘める。

見た目はアレだが、重武装と呼べるほどの兵装を装備していることから見ても、かなりの戦闘力を秘めていることは間違いないだろう。

何より、空戦適正の無い彼女らにとって、空戦戦闘を考慮されて開発されていると一目で分かる敵ははっきりと脅威だと言い切れる。

 

『奴らの狙いは私たちの各個撃破、或いはレリックの強奪よ。下手な衝撃を与えて爆発させるような真似はしない……と思うけど、断定は出来ないわ。私も片腕が塞がった状態で新型を相手取るのはキツイから。だから、スバル』

『大丈夫、わかってる! ――速攻でブッ倒すんだよね!』

 

どこまでも突撃おバカな相棒の思考に、ティアナの肩がカクンと落ちる。

お気楽な頭をブッ叩きたい衝動に耐えながら、ティアナはこの状況をどう打破すべきか、思考を回転させていく。

 

「――それにしても」

 

【見せて貰おうか……管理局の魔道師の性能とやらを!】

【戦争だぁ、戦争だぁ! 楽しいよなあ、機動何たらさんよぉ!】

【あぎゃぎゃぎゃぎゃ! 根絶してやるよぉ……この俺様がなぁ!】

 

モノアイ&ツインアイをピコピコ点滅させながら、無駄に男前な合成声で発言しまくるガジェット(?) 共。

なんだか、台詞も似合っているような気がして、腹が立ってしょうがない。

 

「あの自己主張が激すぎるガジェットはいったいなんなのよ!? 大体なんで三機とも赤いのよ!? どうして、モノアイとかツインアイとか付いてるワケ!?」

「お、落ち着いてよ、ティア! 多分あれは、『赤い彗星』と『PMCの傭兵』と『アウトローな天上の天使』なんだよ!」

「ワケ分かんないこと、ほざいてんじゃないわよ、このバカスバル!」

 

某マッド兄妹の悪ふざけによって誕生したチートガジェットを前にして、常識人(ティアナ)の精神ポイントはマッハでダウンしていくのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

『八神隊長、敵の増援が! 至急お戻りください!』

 

リミッターを外した状態の隊長陣と互角レベルの敵が増援として現れると言う事態に、オペレータのルキノが悲鳴じみた懇願を叫ぶ。

通信画面越しに映り込んだ緊迫した空気を感じ取りながら、それでもはやては『Yes』と答えてやることが出来なかった。

 

「ごめんなあ、聖王教会(こっち)もいろいろと立てこんどるんよ……。具体的には、敵の攻撃を受けている的な」

 

戦士の顔付を浮かべている部隊長の様子にただ事ではないと理解したのだろう、ロングアーチの面子が息を呑む音が聞こえてくる。

 

『まさか、教会にもガジェットが!?』

「あはは~、それやったら苦労はせんやったんやけどなぁ……とにかく、しばらくは私も動けそうにない。現場での判断は両隊長とロングアーチの皆に任せるわ。――スマンな」

 

流れ落ちる冷や汗に気取られない内に通信を済ませたはやては、聖王教会の中庭に設置された騎士訓練場を睨む。

つい先ほど、はやてが六課へ戻ろうとした瞬間、大地を揺るがすほどの振動と爆音が鳴り響いた。

敵の襲撃を受けたと判断し、慌てて表に駆けつけたはやてたちの目に飛び込んできたのは、

 

大小のクレーターに埋め尽くされた訓練場。

血塗れで倒れ伏し、うめき声を上げている教会守護の任を与えられた騎士たち。

険しい表情でデバイスを構えている、遅れて合流すると連絡を受けていたコウタとシグナムの後姿

そして――

 

「どうしてこんな事を、と訊いてもええですか? “Ⅰ”(ファースト)さん……!」

 

黄金色に光り輝く鎧に身を包んだ超越存在……《新生黄金神》スペリオルダークネスEX

 

なんら前触れも無く聖王教会を襲撃してきた、最大の恩人にして最強の凶悪犯と向かい合いながら、はやては自分のあずかり知らぬ事態が影で動いている予感に苛まれていた。

 

「八神 はやてか。そう言えば、まだ礼を言っていなかったな」

「……礼?」

 

緊迫した状況下ではあまりにも不釣り合いなほどの穏やかな口調に、はやては勿論、身構えていたコウタとシグナムにも困惑が感染していく。

 

「『再誕した光』の事だ。真っ当な日の当たる世界を謳歌しているようだからな。アレの創造主でもある身としては、色々と気にかけていた……それだけだ」

 

その言葉は真実なのだろう。はやてに向けられたダークネスの瞳には、彼女らを貶めようとする類の暗い感情は見て取れない。

故に、思考が乱れてしまう。立ち向かった教会所属の騎士たちを壊滅させていると言うのに、彼からは殺意や敵意の類が感じられなかったから。

そんな彼女らが抱いていた疑問の答えは、他ならぬ彼の口から語られることとなった。ただし……予想外の展開を見せた上で。

 

「俺がここに来たのは他でもない。――カリム・グラシア、ローラ・スチュアート、マリア・シュトルム……聖王教会の若手トップと称される貴様らに確かめたいことがあったからだ」

 

予想外の矛先を向けられて、はやての後方に控えていたカリムたちが身体を硬直させる。

Sランク魔導師に相当する実力を誇るとされるローラはともかく、カリムとマリアは非戦闘員でしかなく、百戦錬磨の怪物に睨まれて平静を保つことは不可能だった。

じっと見つめられているだけだと言うのに、彼という存在が常に放っている圧倒的な圧力(プレッシャー)

それは目視敵わぬ猛毒となって、彼女たちの精神と肉体を蝕み、加速的に顔色を悪化させていく。

戦場の空気というものに耐性が無い二人を守る様に、はやてたち四人が取り囲む。

そんな事を気にするでもなく、ダークネスはあくまで平然としたまま、ここに来た本題を切り出す。

 

「俺が確認したいことはたった一つだけだ――……お前たち、“影”について何か知っているか?」

 

情報収集対象(ひょうてき)から一切視線を外さず、虚偽は許さないと言外に告げながら、《新世黄金神》がそんな問いを投げつけた。

 




今回は、『初任務&イレギュラーの襲撃&ダークさんによる聖王教会へのカチコミ』をお送りしました。

それから本作におけるコールサインについて説明をば。

・隊長陣のコールサインは変更なし。
ロングアーチ01:八神 はやて
スターズ01:高町 なのは
スターズ02:ヴィータ
ライトニング01:フェイト・T・ハラオウン
ライトニング02:シグナム

・前線部隊のコールサインは全員で同一戦場に投入される場合は作中のように、ストライク01~04&パルチザン01になる。基本的なコールサインはこれが適応される。
切名だけ他のメンバーと違うのは、彼に単独行動の指示が与えられる可能性を考慮したため。

・部隊を分ける必要がある場合は、命令を円滑に伝えることを鑑みて、状況に応じて就いた上司のコールサインに準じたものへと一時的に変更される。

例)なのはを隊長とした部隊にスバル、ティアナが配置された場合は、

ティアナ:スターズ03
スバル:スターズ04

となる。
ティアナが01となっているのは、指揮能力と前線部隊の中核と判断されているから。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。