魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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次話までは六課サイドが続く予定。


NEWデバイス、そして……

第一管理世界ミッドチルダの北部に存在するベルカ自治区。

多くの信仰者を有する聖王教会の大聖堂を中心に、古の偉人を称える信仰が色濃く映し出されている文化が広がっている。

歴史ある雰囲気と、気品すら感じさせる壮観な回廊を進むはやては、やはりこういうのは慣れないと、淡々じみた声を漏らしてしまう。

やはり、質素な生活に慣れ親しんでいる彼女にとって、こういう『いかにも』な雰囲気に慣れることは出来ないのだろう。

案内役のシスターが目的地であるカリムの執務室の扉をノックすれば、鈴の音色のように澄んだ女性の声を響く。

 

『――どうぞ、鍵は開いているわよ』

「ほんなら遠慮なく」

 

そう言って、はやては微塵の躊躇も持たずにドアを開いた。

その後ろで、案内役のシスターが困ったような笑みを浮かべているのは、はやての人となりを見慣れているからだろう。

 

「やっほー、カリム。おひさー」

「相変わらずなりねぇ、ポンポコ子狸。薪を背負って出直してきんさい。火ィ点けてあげるなりから」

「誰がするかい! ――って、げえっ!? 性悪シスター!? なんでここにっ!?」

「教会の次期教皇と称される私が大聖堂(ここ)にいて、何が悪いというなるか? 脳みそ足りていないのではありませぬかねぇ?」

「なんやとぉ!? 言葉の言い回しがおかしすぎるアンタに、ンなコト言われたくないわ!」

「なにぃ!? 私の何処がおかしいと抜かすなりか!?」

「全部にきまっとるやろーが! 極悪女狐シスターが! 毛皮を剥がれて、敷物にでもなっとれや!」

「抜かしおったな、低脳子狸めがぁ! そこに直れ、全身を蝋で固めて置物にしてくれるわ!」

 

出会いがしらに罵倒混じりの汚い言葉の応酬を繰り広げる親友と妹分に、部屋の主であるカリムが頭痛を堪えるように頭を抱えてしまう。

お互いに年ごろの女性だと言う事も忘れて、お互いの襟を掴み上げながら罵り合う。粗悪なレベルの悪口を言い合う様は、見ていて非常に残念でならない。

 

「はいはい、貴方たちに会話のキャッチボールをする気がゼロなのは分かったから、いい加減に落ち着いてくれないかしら?」

 

このまま放置しておけば間違いなく手を出し合う事態に推移するだろうと察したカリムが手を叩いて、二人を落ち着く様に促す。

背筋も凍る程のプレッシャーを放出しながら、女神の如き微笑みを浮かべたカリムの額に貼りついた怒りのバッテンマークに気が付いた子狸(はやて)女狐(ローラ)は、即座に態度を一転して、うさんくさいことこの上ない笑みを作って肩を組む。

仲直りしましたよー、的なアピールをしているつもりらしい。そのくせ、肩を組んでいる指先がギリギリと軋みを上げるほどの力で、相手の肩を砕いてやろうと唸りを上げているのを見るに、反省する意思は微塵も無いらしいが。

嘆息をつきつつ、とりあえずお話をしましょうとカリムに促されるまま、最後にお互いの顔を見て盛大に鼻を鳴らした二人は、おとなしく席に着く。

二人がおとなしく席に着くのを見届けてから、カリムはテーブルの脇に控えていたティーカップに紅茶を注いで、彼女たちの前に差し出した。

好みが分かれるので、角砂糖とレモンを小皿に載せて、ティーカップに添える。

紅茶の良い香りが鼻をくすぐり、大声で悪口を言い合っていたはやてとローラの喉が鳴る。

はやては角砂糖を一個ティーカップに落とすと、添えられたスプーンでかき混ぜてしっかり溶かす。

良い塩梅になった所で一口すすってみると、芳醇な香りと爽やかな紅茶の味が口いっぱいに広がっていく。

 

「ふぅ……いつ飲んでも、カリムのお茶は美味しいなぁ」

「ふふん、羨ましいなりか? 聖王教会が誇る全自動お茶くみシスター・カリムの前に、傅いても構わないなりよ?」

「ローラー? 人を怪しげな通販で紹介される便利マシーンみたいな呼び方しないでくれるかしらー?」

「ちなみにお値段の方は?」

「ミッドの通貨で10,000,000でどや?」

「高っ!? 私、高っ!?」

「くっ! さすがにそれは手が届かんわ――……ところで、こんなところに先日撮影に成功した騎士マリアが中庭に生えた木の下でお昼寝をされている写メがあったりするのですが?」

 

にひひ~、といやらしい笑みを浮かべたはやてが懐から取り出した携帯画面には、枕代わりの白熊型ぬいぐるみ『マーブルポチくん(マリア命名)』を抱き抱えて、幸せそうに寝息を立てているマリアの姿が映し出されていた。

ごふあっ!? と大きく仰け反りながら、ビックバンを起こした情熱(はなぢ)を撒き散らしてしまったローラの手が、無意識にお宝を奪い去らんと宙を走る。

――ビュッ!

――スカッ!

 

「ふっふっふ……さあ、どうします? 次期教皇の誠意というものを見せて欲しいもんですなあ?」

「くううっ!? こ、この悪魔め!? そんな生き方をして、お天道様と聖王様に申し訳ないと思わないのけりや!?」

「ハッ! 負け犬の遠吠え程、耳にして愉快なモンはありゃしませんなぁ~♪」

 

自分でもめったにお目にかかれないお宝映像をお預けにされて、嫉妬と怒りと悲しみと屈辱で顔を真っ赤に憤慨するローラ。

全自動お茶くみシスターを取るか、それとも天下無敵の愛玩動物を取るか……。

この瞬間、彼女の中ではマルチタスクもびっくりな超絶会議が繰り広げられている事だろう。

 

「貴方たちはもう……ハァ」

 

賑やかすぎる狸と狐の小競り合いに巻き込まれたカリムは、再度深い深い溜息を吐きながら、ひとまず彼女たちが落ちつくまで待つことにした。

藪を突いたら、こっちにまで飛び火することを経験で知っているからだ。

 

「ああ、でも罰としてマリアの画像はしっかりと取り上げておかないと。騒動の原因になってしまうような危険物はきちんと保管しておかないといけないからね♪」

 

そうして、ちゃっかりいいとこ取りを目論むカリムも、対外彼女たちと同じ色に染まってきていたようだ。

 

穏やかな空気が満ちる暖かい空間。

しかし、かの者たちの暗躍の影がすぐ傍まで迫り来ていることに、今はまだ誰も気づいていなかった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「うっわあ!」

「スゴ……」

「これが僕たちの……」

「新しい相棒って訳か……」

「うーん……?」

 

デバイス管理庫に呼び出されたフォワード陣は、機動六課隊長陣とメカニックの経験と技術の粋を集めて誕生させた最新型のデバイス……己が相棒となるインテリジェントデバイスと対面していた。

首を傾げる一名を除いたフォワード陣が驚きと期待で目を輝かせる中、整備主任であるシャリオと案内役を務めたリインからやたらと饒舌な説明が繰り広げられている。

 

「これこそ、あらゆる任務に対応できる万能性と可能性を秘めた最高の機体ですよ!」

「この子たちは生まれたばっかりですが、色々な人の想いや願いが込められた末に完成した傑作器なのです! だから、唯の道具とか思わないで、半身、相棒として使ってあげて欲しいですよ」

「そうだね、きっとそれをこの子たちも望んでいるはずだから」

 

リインの言葉に、少し離れた場所から見守っていたなのはが嬉しそうに頷いた。

ここにあるデバイスたちには彼女の愛機【レイジングハート】のデータも使われている。

これで、人機共に自分らの教え子となると感じているのかもしれない。

デバイスの機能についての説明は恙なく進行していく。

要約すれば、フォワードへ支給されるデバイスには何段階かのリミッターが掛けられているらしく、使い手の技量の成長に合わせて段階的に解放されていくらしい。

その判断は、なのはを筆頭とする隊長陣による判断とのことだ。

 

引退した母から受け継いだ右手に装着するリボルバーナックルとシンクロ設定がされていたローラースケート型の新しい相棒【マッハキャリバー】に喜びの声を上げるスバル。

愛用していたアンカーガンと同じ拳銃型のデバイス【クロスミラージュ】を手に頬を綻ばせているティアナ。

形状こそ変わらないが格段にレベルアップした性能を持つ槍【ストラーダ】の待機状態である腕輪を撫でるエリオ。

部屋の中央で喜びを顕わにしている三人にシャリオたちの視線が釘付けなっている横で、切名は自分に支給された刀剣型のデバイスをしげしげと眺めていた。

他のメンバーのデバイスが待機状態であったのに対して、切名のデバイスは起動状態らしき片刃剣……それも【レヴァンティン】の様に鞘に納められた状態で手渡された。

徐に刀身を鞘から引き抜き、曇り一つない刀身を検分して思わずため息が零れてしまう。

それほどの業物であると感じ取ったからだ。色は黒と赤、カートリッジは搭載されていないらしく、代わりに排気ダクトの様な機構が搭載されている。

強度と演算処理、術式自動持続、燃費軽減処理を重視して余計な機能の一切を省いたことで、洗練された武器としての『美』を感じさせる。

思わず見とれてしまっていた切名に気付いたリインが、彼の反応に気分を良くしたらしく文字通り小さな胸を張った。

 

「ふっふっふ~♪ その子に見惚れてしまいましたね? 見惚れちゃったのですね!?」

「……はっ!? え、う、いや、その――……ハイ」

「やったですぅ♪」

 

上機嫌に口笛を吹きながらクルクル宙を舞い踊るちっさな上司。

目をパチクリさせる切名に事情を説明したのは、苦笑を浮かべていたなのはだった。

 

「切名君の子はちょっと訳ありでね。実はシグナムさんの【レヴァンティン】、その量産試作型なんだよ」

「副隊長の? ああ、それで見た目が似ているんですか」

 

言われてみれば、確かにカラーリングや一部の機関を除けば瓜二つだった。

だが、どちらかと言うと、こちらの方が洗練されているようにも見える気がした。

 

「変形機能やカートリッジを一切省いて、『剣』としての機能を最大限に引き出した一品なんだよ。完成度も他のデバイスにくらべて一番高いんじゃないかな。――そ・れ・と♪ 君に頼まれていたアレをコアとして搭載しておいたから。同調も問題なく完了しているよ」

「おお……! サンキューっす!」

 

“知識”にあるシャーリーが作成した新人用デバイス。切名は、このセカイに落とされた時に与えられていたデバイスのコア――炎の十字架を模したペンダント――を、支給されるデバイスのコアとして使えないかを、相談を持ちかけていた。

参加者云々を誤魔化すために用意したカバーストーリー……『次元漂流者である切名が唯一身に付けていた大切な品を、戦場を共にする相棒として生まれ変わらせてほしい』。

基本お人よしなシャーリーは切名の話をあっさりと信じてしまい、あっさりと了承してしまう。

こうした経緯を経て誕生したのが、切名の相棒として新生した炎の魔剣の後継者だった。

揺らめく炎を連想させる波紋が美しい刀身に写り込む切名の口端が、喜びで吊り上ってしまっているのも仕方のないことだろう。

 

「それから、その子に名前はまだ無いの。シグナムさんにお願いされたんだよ。『無二の相棒となるのだから、この剣に名を与えるのは使い手こそが相応しい』って豪語しちゃってね」

「へぇ~……。そっか、名前か……」

 

鞘納めの状態から抜刀、流れる様にいくつもの構えを取りつつ、感触を確かめていく。

前世ではそれなりの剣術も学んでいた事もあって、実に様になっている。

幸いと言うべきか、勘は錆び付いていないようだ。華麗なまでの剣舞を目の当たりにして、フォワードたちの――特に騎士を目指しているエリオの――視線がキラキラと輝いている。

切名は一通りの型を確かめ終えると、鞘に納めて一礼。ほっと息を吐いて肩の力を抜いて鞘に納められた相棒を翳していると、胸の中にとある『銘』が浮かんできた。

 

「よし決めた……お前の名は【死を刻む炎刃の剣(フランベルジュ)】。炎を切り裂く神話の魔剣だ」

 

『フランベルジュ』

それは炎の名を冠する古の魔剣。

世界を焼き尽くしたとされるレヴァンティンの兄弟機としてこれ以上相応しい名は存在しないだろう。

 

【名称登録……【死を刻む炎刃の剣(フランベルジュ)】、登録完了。――これからよろしく、マイマスター】

「おう、こちらこそ」

 

ニッ! と笑みを浮かべる切名に応える様に、鍔部分にコアとして組み込まれた銀の十字架が、きらりと輝きを放った。

 

「最後にカエデ君のデバイスだね。サポートが得意なカエデ君に合わせて、ブーストデバイスタイプに仕上げて見たよ。それから、この子もまだ名前が付けてないんだ。なんて言うか、本人の希望でこれから長い付き合いになるパートナーに名前を付けて欲しいんだってさ」

「へぇ~~――……で? お前はさっきから何をやっとるんだ?」

 

いい加減我慢できなくなったらしい切名が部屋の壁に額をぶつけて落ち込んでいるカエデへと声を掛ける。

手甲型のブーストデバイスを手渡されたカエデは、真面目に説明を聴く気がないとしか思えない奇行を繰り返していたからだ。

待機状態のデバイスを前に突然飛び跳ねたり、財布の中身を確認し出したり、どこかへ電話を掛けては通話相手に怒鳴り返されたりと奇行を繰り返していれば、切名でなくてもつっこまざるをえない。

関わり合いになりたくないと一同揃って無視していたのだが、流石にこれ以上放置しておくことはアレなので、壮絶なアイコンタクトによる押し付け合いの結果、代表を押し付けられた切名が声を掛けたのだったが……。

 

「ど、どうしよう……!? なあ、どうすればいいと思う!?」

「何がだ……」

 

激しく動揺しているおバカを前に、付き合いの深い切名たちに猛烈に嫌な予感が湧き上がってくる。

 

「お、俺、今月ピンチなんだよ! 生活費はかっつかつなんだよ!」

「いや。それがどうした!? 今の状況と何の関係があるんだ!?」

「だって……これって美人局って奴だろ!?」

『はい!?』

 

予想外の発言に、一同の声が一つになった。

意味が分からずに混乱する周囲を置き去りにして、暴走モードなカエデが捲し立てていく。

 

「だって最新型のデバイスだぜ!? すんげぇ高級品なんだぞ! そいつをタダでくれる訳ないじゃん!? きっとこれは、訓練でひーこら泥まみれになってる俺たちの前にぶら下げられたエロゲーなんだ。そうに違いない! んで、欲に駆られた俺たちが涎をだらだら、鼻息ぶひぶひー、血走った目で手を伸ばしたところで取り上げてこう言うんだ……『意地汚い豚どもが! これが欲しければ金をだせい!』――と!」

『そんな訳あるかぁああああっ!?』

「そ、そうだったんですかっ!? ど、どうしよう……僕、そんなに貯金は……」

「信じてんじゃないわよ、エリオ!? どんだけ純粋な子なの!?」

 

親友との別れを惜しむような顔でデバイスをケースへと戻そうとするエリオに、ティアナのつっこみが冴えわたる。

 

「じゃあ何か? お前が飛び跳ねたり財布を漁っていたのは、手持ち金を探ってたのか!?」

「おうさ! ついでに、地上本部に給料前借りできないか聞いてみたんだけど『出来るかアホ』の一言でぶった切られたZE!」

「何やってるの!? お願いだからそういうことしないでくれないかなぁ!? 後で怒られるのは私たちなんだからね!?」

「高町隊長……かの偉人はこんな言葉を残されています。――上司とはっ! 部下の尻拭いをっ! 諸手を上げて歓喜しながらするのだとぉおおおっ!!」

「そんな言葉、微塵も聞いたことが無いんですけどっ!?」

「なっ!? そ、そんな、バカなあっ!?」

 

この世の絶望を垣間見た霊能力者の如き驚愕を顕わにするカエデ。

がっくりと崩れ落ちながら、悲しみに苛まれて震える唇を開く。

 

「お、俺が訓練校時代に生み出した至高のポエムの一節を知らない、だと……!?」

「そんなん、あたりまえだぁああああっ!?」

 

ぷっつんしてしまった切名が、カエデの襟を掴み上げながらがっくんがっくん、激しくシェイク。見る見るうちにカエデのライフポイントが削られていく。

 

「う~ん? どうやらリンドウ二等陸士はいぢめられるのがお好きなようですね~~……上司として、ここはひとつ、ロウソクとか()用意してみた方がいいんでしょうか~?」

「リイン曹長っ!? お願いですから貴方まで染まらないでくださいぃいいいい~~!?」

 

あっちもこっちも大騒ぎ。

この喧騒が鎮まるまでに有した時間は、実に三十分も掛かったそうな。

 

 

……三十分後。

制服ヨレヨレ、息も絶え絶えな一同と、脳天から煙を立ち昇らせているおバカの姿がデバイス管理庫にあった。

何とか正気を取り戻して喧騒を乗り越えたなのはが、すっかり忘れていたはやての依頼のことを思いだした。入り口横に置いていた紙袋の中から、新人たちへのサプライズプレゼントを取り出していく。

 

「――ン、ンンッ! そ、そう言えば八神部隊長から、新人の皆にお祝いのプレゼントを預かっていたんだ。新しいデバイスとの第一歩になる記念品だってさ。えーっと……最初はスバルだね。はい」

「あ、ありがとうございま……す? ――あ、あの、なのはさん? これって一体……?」

 

尊敬する上司から手渡された部隊長のお祝い品、その正体とは――!?

 

『鳥のむね肉 1パック(日本円にして100g 29円のやつ)』

 

「あ、あれ? ちょ、ちょ、ちょっと待ってね!? 確かここに部隊長のメモ書きが――……あった! えーっと……『鳥のむね肉は低タンパク質で身体にええんやで~』」

『……』

「わ、わーい、うれしいな~~……」

 

盛大に頬を引き攣らせながら、それでも上司である自分に気を遣ってくれるとっても良い子な部下に、思わずエースオブエースの涙腺が緩む。

 

「つ、次はエリオだね。これは、本かな? 題名は……『○ちゃ○ちゃパラダ○ス』――って、そぉおおおい!? 」

 

なのはスローイングが炸裂! 部屋の隅に設置されたゴミ箱にシュゥウウウウウ――ッ!

 

「これ青年本じゃない!? 何考えてるの、はやてちゃん!?」

「あのー、『チェリー、ファイト♪』ってメモに書いてあるんですけど……チェリーってなんですか?」

『お願いだから聞かないでっ!? そんな真っ直ぐな瞳で私(俺)を見ないでぇっ!?』

 

曇りなき少年の瞳を前に、意味を知っている者たちがいっせいに視線を逸らした。

 

「そ、それじゃあ、次は切名君だね……ええっと、これかな?」

 

恐怖か怒りか、それとも呆れからくるものか。なのはは己が理性を総動員して指先の震えを何とか堪えつつ、切名用のプレゼントを取り出した。

 

『革製のソードベルト』

 

メモ帳には、『サムライボーイの誕生や!』という力強い一筆が。

 

「……まさか、俺のデバイス(コイツ)だけ待機状態にされてなかった理由って」

「うん。部隊長の指示で、オミットしてるからだったりして」

「マジっすか、フィニーノ技術官っ!? じゃあ何か!? 俺に四六時中、帯刀していろと!?」

「てへペロ♪」

 

――イラッ!

 

「人間サンドバックにしてぇ……っ!!」

「落ち着きなさい、このバカ! 地が出てるわよ!?」

「ていうか、具体的過ぎて怖いんですけど!?」

「はいはい、そういうのは後にしてねー」

「なのはさんっ!? 疲れたからって適当な事言わないで下さいよぉ!? 後で宿舎裏に呼び出されちゃったらどうしてくれるんですか!?」

「シャーリー、シャーリー。地球にはデンプシーロールから始まる愛というものがあってですね――」

「いやいやいや、リイン曹長っ!? そんなん聞いた事もありませんからぁ!?」

「じゃ、次に行くよー」

 

色彩の消えかけている、所謂レイプ目になりつつあるエースオブエースは、己の精神安定を優先したようだ。

さっさと終わらせたいと言う本心が、ひしひしと感じられる。

 

「次はティアナ――……あー、うー、へ、へぇー、そうなんだーー。うん……はい」

 

ぽん、と手渡された物は一見すると梱包されたチョコレートの様にも見える長方形の物体。

薬局などで販売されている、清き男女交際における必須アイテム。その名も……!

 

 

 

 

『今度―産む?』

 

 

 

 

「……」

「……」

「……あ、あの、なのはさん?」

「ねえ、ティアナ」

「(ビクッ!?) は、はい!?」

「二人がそういう関係だっていうのは私もなんとなくわかっていたよ。それに清く正しい交際はとっても素晴らしいものだと私は思うんだ」

 

女神のような笑顔を向けられたティアナの顔色が見る見るうちに変わり果てていく。

赤か青か……それは、みしみしと軋み音を鳴らしているティアナの肩骨の叫びが答えを叫び続けている。

 

「でもね? いざ出動って事態になった時……えっと、その、えっちな事をやりすぎちゃって……腰砕きになっちゃったりとかしたら大変だと思うんだ。うん、ホント、ホントだよ? 私は純粋にティアナの身体を心配しているだけなんだよ? 決してエースだ何だの言われているくせに出会いが無い自分と違ってリア充を満喫している部下に『イラッ☆』てした訳じゃないんだよ?」

「お、おお落ち着いてください、なのはさん!? 目がぐるぐるになってますよ!? 本音らしいものが溢れ出ちゃってますよ!? ついでに、私の肩が現在進行形で破砕されそうになっているのですけれどもっ!?」

「そんなことはどうでも良いんだよ!」

「どうでも良い訳ないでしょおおおっ!? ――って、アイダダダダッ!? 指! 指が食い込んでるんですがぁああああっ!?」

 

 

……さらに数分後。

ティアナの肩が粉砕される寸前でエースオブエースのリカバリーが間に合ったらしく、どうにか重傷者を出さずに済んだフォワード一同。

どうしてデバイスの支給&説明で、これほどまでにカオスな光景が繰り広げられるのだろうか……。

 

「さ、最後はカエデ君のだね。ええっと、はい、コ……レ?」

心なし、チャームポイントのサイドテールが『へんにゃり』しているなのはが最後に取り出したのは、

 

 

 

 

『縄(しかも使用された形跡あり)』

 

 

 

 

「なのは隊長……こいつは流石に……」

「ち、違うからね!? 私の趣味なんかじゃないんだからね!? ああっ!? お願いだからジリジリと後ずさりしないでくれるかなぁ!?」

 

必死に良い訳をするなのはだったが、片手に縄を握り締めた状態では何を言っても逆効果だという事に気付いていないのだろうか……。

まさに、痛々しいと言う表現がピッタリなシチュエーションだと言えよう。

 

「隊長……」

 

半泣きになりつつあるなのはをフォローすべきと判断したのだろうか。

一歩前に踏み出したカエデは、縄を握り締めたなのはの手の上から、そっ、と自分の手を重ねて、

 

「大丈夫です。わかっていますから……」

「カエデ君……!」

「けれどすいません……流石にこれ以上を受け取ることは出来そうもありません……」

 

悲痛な表情を浮かべる部下に勇気付けられたなのはは、零れ落ちる涙を拭って笑みを浮かべてみせた。見る者の心を温かくさせてくれるような、春の陽気の如き可憐な笑顔であった。

 

「……ううん、いいんだよ。これは私が責任を持って諸悪の権現(はやてちゃん)お仕置き(へんきゃく)してくるから」

 

物騒すぎる副音声に、スバル嬢とエリオ少年が生まれたての小鹿のように震え出した。

二人に抱き着かれている切名とティアナ、冷や汗を隠し切れていない。

 

「いえ、違うんです。そうじゃ無いんです」

 

そんな中、何故かカエデは覚悟を決めた男の顔で上着の裾へと手を伸ばし……

 

「実は俺――」

 

そのまま勢いよく上着を脱ぎ捨てた!

顕わになる男の半裸に女性陣が揃って顔を赤くして……次に飛び込ん出来た光景に言葉を無くす。

彼女らの目に飛び込んできたものとは――!?

 

「――荒縄は常備していますから」

 

キリッ! と爽やかな笑みを浮かべてポージングしてみせるカエデ。

その肉体には、複雑怪奇に交叉した荒縄によるアートグラフが描かれていた。

首から始まり股間を通して背中へと回されるように縛り上げられた縄は、まるでそれがカエデの下着なのだとばかりに、激しく自己主張をかましてくれている。肌の上にいくつものひし形を形づくる(ソレ)で圧迫された胸肉や盛り上がりを見せており、見ている者にとって非情に気持ち悪いことこの上ない。

それは勇気ある選ばれし者にのみ習得することが出来ると言い伝えられし、伝説の最終兵器(ファイナルウェポン)

人々は、かのモノを称してこう呼ぶ――……

 

 

 

 

『亀甲縛り』

 

 

 

 

――で、あると!

 

見られていることに興奮しているのか、頬を紅潮させたカエデが悶える様に身体を震わせる。

物理干渉を起こしているのではと錯覚してしまうほどに熱い視線を受け、ぴくんぴくんと肩が跳ねて、背中が反り返る。

 

「いやー、このチクBを擦りそうで擦れない絶妙のフィット感と、お尻をキュッ! と締め上げてくる何とも言い難いむず痒さと、全身を縛り上げられた息苦しさと、イケそうでイケない切なさときたら、もう――ッ!」

 

親友と思っていた男の隠されていそうで意外とオープンな変態度を再確認した切名の瞳から光が失われていく。

それはまさに、この世の終わりを垣間見たかのような絶望色に染まった者と同じものであった。

英雄にまで登り詰めた男を此処まで凹ませるとは、カエデの変態力は天をも揺るがすレベルに相当するのかもしれない。

がくりと膝をつき、しくしくと割とガチで泣いている切名を優しく抱きしめてあげるティアナ。

彼女もまた、仲間のありえない性癖を目の当たりにして嗚咽を溢し、すすり泣いている。

それでも恋人を労わる優しさを忘れない様は、称賛されて然るべきである。

 

「いいかげんにするですぅ!」

 

――ビシイッ!

 

「あふぅん♪」

 

事態を収拾すべく、ちっさな上司が渾身の一撃を繰り出した!

 

――恍惚の笑みを浮かべる変態には、寧ろご褒美でしかないかもしれないが。

 

だが、一同の視線は、陸に打ち上げられた深海魚の様に床の上でびったんびったんと痙攣している変態ではなく、その背中を踏みつけているちっちゃな上司が片手に構えた『ある物』に釘つけになっていた。

それは黒光りするちっちゃな――

 

 

 

 

『鞭』

 

 

 

 

『なぜにっ!?』

「ほらほらほらぁ! 良い声で鳴くがいいですよぉ!」

 

恍惚に染まったサディスティックな表情を浮かべながら、革製らしき黒く輝く鞭を振り回すリインにドン引きせざるをえない一同。

サイズに反して結構な威力があるらしいソレに背中を打たれたカエデはもまた愉悦に満ち溢れた笑みを浮かべている。

 

ところで、磁石にはSとMという二つの極が存在する。

双極性の磁場を発生させることで対属性と引き合う特性を持つ。

これはお互いに正反対の属性を秘めている者たちほど、強く惹かれ合うという言葉の源流となったとされている。

そして、今ここに! 新たなる絆が芽吹いたのだ!

ちっちゃな女王様とでっかい変態さん。

まさに理想的なS・Mカップルの爆誕に、機動六課……いや、次元世界総てが歓声に包まることになることだろう!

 

「くうっ!? ふっ、ふふふ……! やりますね曹長っ! でもこの程度じゃあ、俺はまだまだ満足できませんよぉおおおっ!」

「ふっふっふ~♪ リインを舐めちゃあいけねぇですよぉ! この日のために“蒼天の書”へとインストールした最強魔法――『穢れ無き銀雪の誓約(女王様とお呼びっ)』を存分に味あわせてやりますよぉ!」

 

『いやいやいや!? お願いだから戻ってきて、リイン(曹長)――ッ!?』

 

六課の妖精系マスコットが、SM女王様へとジョブチェンジした瞬間に立ち会った者たちの悲痛な叫びは、

 

――ヴィーッ! ヴィーッ!

 

突如として鳴り響いた、けたたましいエマージェンシーコールによってかき消されていった。

 

 

――◇◆◇――

 

エマージェンシーが鳴り響いた次の瞬間には、意識を切り替えたなのはとモニター越しのはやて、フェイトたちとの相互情報確認が行われた。

ロングアーチメンバーの『グリフィス・ロウラン』によれば、教会本部からの出動要請とのことだった。

部隊発足してから初めての出動という事もあって、後方で控えているフォワードメンバーたちは皆、緊張した面持ちで部隊長たちの言葉に聞き入っている。

それは、実戦経験がある隊長陣も同じようで、横顔がどことなく硬い。

 

『教会の調査団が追っていたレリックらしい物が発見されたそうです。場所はエイリ山岳丘陵地区。目標は山岳リニアレールで移動中とのことです』

「移動中って……まさか!?」

『そのまさかや。レリックを嗅ぎつけたガジェットの襲撃を受けてリニアレールのコントロールが奪われとる。リニアの内部だけでも数十体、おまけに未知の新型らしき反応まであるらしいわ』

『移送手段ごとの強奪……進行方向にある駅周辺の避難状況は?』

『芳しくありません。避難勧告は出されているようなのですが……』

 

グリフィスの返答に、モニターに映ったフェイトの美貌が苦虫を噛んだように歪んでいく。

表にこそ出していないが、なのはやはやても似たような感情を抱いていることは明らかだった。

 

はやては一度だけ深く深呼吸をすることで渦巻く胸の炎を鎮めると、部隊長としての顔でモニター越しに映る、部下たちを見据える。

 

『とんでもなくハードな初出動になったな。なのはちゃん、フェイトちゃん、いけるか?』

「『もちろん!』」

 

はやては打てば響く鐘の如き返事に満足げに頷くと、視線をフォワードたちへと移す。

 

『スバル、ティアナ、エリオ、切名、カエデ。皆もええか?』

『はい!』

『よっしゃ、ええ返事や! グリフィス君は引き続き隊舎で指示、リインは現場での戦闘管制や』

『了解です!』

「わかりました!」

『フェイトちゃんは現場で合流、なのはちゃんはフォワードたちと共に出動の後、現場指揮を!』

「『わかった!』」

『よし、それじゃあ行こか――機動六課、出動!』

『了解!』

 

命令を下したはやてへの敬礼と共に、一斉に動き出す六課メンバー。

機動六課初任務の幕が上がる……!

 


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