魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

53 / 101
時系列で言えば、機動六課の始動式とほぼ同時刻の出来事になります。
そしてfortissimoでおなじみのアレが登場します。


機動六課始動の裏側で

赤い、赤い夕焼けに染まった黄昏の世界。

大地から染み出るように淡雪の如き燐光が生れ落ち、気泡の様に天へと浮かび上がっていく。

それは神々の黄昏を告げるかの如き深い赤一色に染め上げられるという幻想的な風景であると同時に、生命の息吹を一切感じさせない不毛の世界でもある。

生物の営みが欠片も感じられないその世界には、完全に姿を消している動物とは違って、樹林や草花と言った植物は残されていた。

 

――だが、果たしてそれらを生命と呼んでも良いのだろうか?

 

遍く生物は勿論、芸術家が魂を注いで完成させた芸術品の中にも稀に存在しているとされる“命”。

それが一切感じられぬ、赤い輝きに照らされた草花は、まるでよく出来た彫刻のようだと言う感想をダークネスに抱かせていた。

周囲を見渡し、少なくとも半径数千キロ以内の範囲に自分たち以外の生物の気配を感じられないことを確認すると、ダークネスは微塵も表情を動かさないまま右手を振り上げる。

手刀を形作るソレに黄金、漆黒、そして蒼から成る魔力光が纏わり、収束していく。

それは魔力を纏わせた唯の手刀。

されどそれは、眩くも暗く、恐ろしくも暖かい……そんな歪な印象を見る者に与える一撃(つるぎ)。それはまさしく星をも斬り裂く断罪の刃。

人智を超え、『神成るモノ』としての最高位に位置する彼の代名詞の一つとも呼べる必殺技。

たった一人の青年に向けて揮うにはあまりにも過剰攻撃(オーバーキル)過ぎる一撃を振りかざし、ダークネスは己が足元に這い蹲ったまま呻き声を漏らす“敵”を見下ろした。

 

「さて、この一手(きっかけ)で世界はどう動くかな?」

「て、テメェ……!」

 

片腕と片足を失い、動きを阻害をしないように軽量化された特徴的な民族衣装を自身の血液で深紅に染め上げた青年……アルク・スクライアは一矢報おうと残された左腕に力を込める。

……が、骨が砕かれていたために肘から先があらぬ方向へと歪み、再び土の味を味わうことになってしまう。

何故、こんな事になってしまったのか……。

アルクは思い返す。

今よりほんの数時間ほど前。

彼らにとってはお約束とも言える異世界へと召喚されたあの時の事を。

 

 

――◇◆◇――

 

「またかよ……」

 

うんざりしたとばかりに溜息を吐くアルク。

ノースリーブのシャツに、ぴったりフィットしたタイツ状のズボン。

その上からスクライアの民族衣装を動きを阻害しない程度に軽量化させたものを羽織った出で立ちの青年の顔は、少年であったかつての頃よりも幾分か凛々しさを増していた。

トレジャーハンターとして遺跡に潜ることが多かったせいなのだろう、むき出しの肌には細かな傷痕が見て取れる。

赤黒く焼けた肌と相まって、まるで次元世界に数多存在する少数民族の中で最も勇猛な戦士の如き雰囲気を醸し出している。

彼がいるのは巨大な大樹を中心とした果てしなく広大で白い世界。

境界の世界(世界樹のある空間)”と《神》が呼称する世界に召喚されていた。

アルクは己のNo.(ナンバー)が刻印された祭壇に座り込みながら頬杖をつく。

 

「ンだよ、せっかく未開の遺跡の最深部に到達して、いざこれからっ! お宝とご対面~♪ って最中に呼び出しやがって」

「あらあら、元気そうで何よりですわね」

 

鈴が鳴るかの如き澄んだ声が、神域たる世界に響き渡る。

声のした方を見れば、“Ⅶ”と刻印された祭壇の上に立つ女性の姿があった。

艶やかな黒髪を背中へと流し、優雅に口元を隠しながら自分を流し見る美少女と相対し、されどアルクの反応は淡々としたものだった。

それも仕方のない事だろう。何故なら、彼らは顔馴染み……それも、アルクが調査に潜っている遺跡の情報を斡旋してくれたスポンサーなのだから。

 

「うい~っす。葉月、おひさ~~」

「ええ。とは言っても、ほんの二日前にお会いしたばかりですけどね」

「まあなあ……っと、例の遺跡はちょうど今調べてるトコなンだよ。後で纏めて報告すッから」

「了解ですわ。それにしても、随分と様変わり致しましたわよね」

 

辺りを見渡す如月 葉月になぞって視線を動かしながら、アルクも確かにと同意を返す。

始めてこの世界に呼び出された時は、この無駄にデカい大樹の中ほどの高さだった。

その次は、最初の時よりも数段上……鬱葱と茂る枝に大分近い高度に上昇していた。

闇の書事件が終わった後に呼び出された時は、下手な樹海よりも広いんじゃないか? と言う程に広大に広がった枝の先辺り。

あの時は確か、手を伸ばせば縦横共に数メートルはあるデカいサイズの葉っぱに届きそうなくらいだった。

そして今回は、樹上の頂に極めて近く……祭壇間の距離がほんの数メートルにまで接近してしまっている。

そのお蔭で、今までは距離が開きすぎていて相手の姿が微塵も確認できていなかったのが、こうして自分以外の参加者たちの姿をハッキリと確認できるようにまでなった。

神造遊戯(ゲーム)”から脱落したが故に無人な祭壇の存在が生々しく、どうしても表情が曇ってしまう。

アルクは頭を振って気持ちを切り替えると、敵愾心を与えないよう気を配りながら、十三の祭壇の内、自分と無人なものを除いて参加者の姿が確認できる七つ(・・)の祭壇の様子を順番に観察していく。

最初に意識が行くのはやはりと言うか“Ⅰ”……ダークネス。

最後に出会ったのはアルクたちが地球で暮らしていた頃、確かプールへ遊びに行った時だったか。

あの時も感じたことだが……やはり、彼だけは違う(・・)らしい。

 

――コイツ……!? “闇の書”ン時の金ぴかモードとほぼ変わんねェ威圧感(プレッシャー)放っていやがるだと!?

 

この世界では戦いを禁じられている。それはデバイスの起動、バリアジャケットの展開にまで及び、この世界に呼び出された参加者たちは当然非戦闘形態となっている。

魔力を身体中に纏わせている訳でもなく、殺気を振り撒いている訳でもない。

眼帯に隠れていない右目を瞑り、腕を組みながら無言を貫いているダークネスは黒を基準とした私服のまま。

彼独特の、騎士とも取れるどこか怪物然とした異形の姿になっている訳でもない。だと言うのに――この背筋を凍りつかせるほどの圧倒的な存在感は一体どういうことなのか!?

 

『ただそこに在るだけで人を慄かせてしまうほどの圧倒的なチカラを宿す存在(モノ)

 

自分以外の連中からも視線を向けられているにも関わらず無言を貫くダークネスを戦意を宿した眼光でひと睨みすると、隣の祭壇へと視線を移す。

絵本の中の登場人物が着るようなドレスの上に白衣を羽織るという珍妙な姿でありながら、服の上からもはっきりと分かる突き出した双丘を筆頭とした見事なボディラインは、十分に美人と呼べる人種の一員である花梨たちを遥かに上回っている戦闘力を具現化していると言えよう。

そんな彼女、“Ⅱ” ルビー・スカリエッティ。

彼女もまた警戒すべき対象にして、おそらくは次の戦いの舞台のキーパーソン。

彼女がいる限り、“知識”通りに事態が動いてはくれないだろう。

だからこそ、彼女に集まる視線もまた多い。ただし、ダークネスに向けられていた好意、警戒、疑問などと言ったものと比べて、明らかな殺気が籠められたものが多かったのは、彼女が初代リインフォースを手に掛けるたからだろう。

アルク自身はリインフォースにそれほど思い入れが無かったのでそれほどでもないのだが、葉月は勿論、翠屋の制服の上に蒼い羽が胸元にあしらわれたエプロンを装着した高町 花梨や管理局陸士専用の制服を着こなす八神 コウタなどは、まさに仇を見つけたとばかりの形相で睨み付けている。

ルビーは三人からの殺意を気にも留めないまま、ダークネスの横顔に好奇と愉悦と思慕が入り混じった視線を送り続けている。

彼女にとって、もはや花梨たちなど視界に入れる価値すらないという事なのか――。

だが。

 

――あいつらには悪いケド、俺としちゃあコッチ(・・・)の方が気になるんだよなァ。

 

アルクは表情を変えぬまま“ⅩⅠ(イレブンス)”、“ⅩⅡ(トゥエルブルス)”と刻印された祭壇に立つ二人の人影……そして、未だに無人のままの“ⅩⅢ”の祭壇へと視線を移す。

“ⅩⅠ”に“ⅩⅡ”……彼らの正体を暴くことに精神を集中させ、あまりよろしくない頭をフル回転させる。

情報収集と下準備はトレジャーハンターの基本にして必須のスキルだ。

いかなる主義思想を持ってこの儀式に参加しているのか? 目的は? 戦闘スタイルは? 宿している“特典”や“能力”は? 自分たちの様に協定を結ぶ意図はあるのか?

出来る限りの情報を集めて今後の動きに反映させよう――という彼の考えは、しかし、容易いものではなかった。

 

「チッ! ナンで新入り共は俺たちみたいに正体が判明(丸見え)じゃねェんだよ!?」

 

舌打ち。忌々しそうなアルクに睨まれた“ⅩⅠ”と“ⅩⅡ”の姿は、まるでトーンが貼られたかのように黒い影に包み込まれており、しかも黙ってるものだから性別すらわからない。

アルクの疑問に答えたのは遠雷の如き威圧感を伴った人ならざる者の声だった。

耳ではなく心に直接響く、念話とはまた異なった類の“声”が、新米以外の参加者たち共通の疑問に答えていく。

 

《久しぶり、或いは初めましてかな? まあ、どちらでもいいさ。さっそく本題に入ろうか。――諸君らも分かっているとは思うが、もうすぐ“神造遊戯(ゲーム)”の第三幕が開始される。それにあたって、幾つかの注意点の追加と変更点が加わることになるのでその辺りを説明することになった。大人しく清聴するように》

 

ざわめきを上げたのは儀式の初期段階から生き延びてきた者たち。

訝しみ、表情を曇らせる一同が天を見上げる中、《神》の言葉が続く。

 

《まずは今後参戦する“ⅩⅠ”以降の参加者たちについてからとしよう。彼らの姿のみ未だに隠しているのは公平さを出すためだ。“Ⅰ”、“Ⅱ”、“Ⅲ”、“Ⅵ”、“Ⅶ”そして“Ⅸ”、お前たちは“神造遊戯(ゲーム)”をここまで生き抜いてきた精鋭たち……身に付けた知識や戦闘能力は、今回から参戦するひよっこたちよりも数段上だと言える。よって、この場での情報収集を禁じさせて貰ったわけだ。それとお前たちの姿を隠していないのは、単純にお前たちの情報はあのセカイの住人たちにも知られているからだ。少し調査すれば容易く情報を入手できる――これが、ひよっこたちに贈られるサービスのようなものになる。精々、有効に使うのだな》

 

感情を感じさせない淡々とした事務的な声。

やはり今回の《神》とやらも、今までに言葉を交わした存在とは別神(べつじん)であるようだ。

 

《次に、今回から導入する概念空間魔法『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』についての説明に移る。これは特殊な概念魔法空間であり、一種の並行世界のようなもの……例えて言えば、周囲の空間を切り取り、丸ごと並行世界に落とし込むようなものだ。ランダムに発動させる『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』の有効範囲は世界をまるごと包み込んであまりある程。そして内部に取り込まれる対象は諸君ら参加者のみ(・・・・・)。要は、参加者限定の決闘場(バトルロワイヤルフィールド)と言う訳だ。これを解除する鍵はいずれかの参加者の敗北(・・・・・・・・・・・)というただ一点のみ。それ以外に解除する方法は存在しない》

「つまり、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』とやらが発動してしまったら最後、僕たちの誰かが倒れなければ、その空間から永遠に脱出できない、と……?」

 

コウタの声が震えているのは恐怖ではなく怒りによるものなのだろう。

自虐は戦闘行為とはとられないのか、掌に爪が突き刺さる程握りしめた拳から滴り落ちる真紅の血液がひどく痛々しい。

 

《そうだ。さらに付け加えるとするのならば、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』は時間の経過と共に収縮を進め、およそ十時間で空間そのものを取り込んだ者たちごと消滅してしまう事になる。要するにタイムリミットがあらかじめ設定されていると言うことだ。後は……解るだろう?》

「『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』に取り込まれてしまうと、空間内に存在する他の参加者を倒す以外に生き残る手立てはないと言う事か。――その空間とやらは、どの程度の強度があるんだ?」

《そうだな……“Ⅰ”、お前があの姿になって全力で戦闘を行ったとしても、微塵も揺るがない程度だと言っておこうか》

 

参加者の中で最大の攻撃力を持つダークネスでも破壊することが出来ないという事は、つまり誰にも『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』を破壊することが出来ないということと同義。

彼の力を知る者たちは、その言葉に僅かに身体を硬直させる。

 

「次だ。発動している『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』に外部――別の次元世界から侵入することは可能なのか? それから、発動の前兆のようなものはあるのか?」

《外部からの侵入や干渉は事実上不可能と捉えてくれていいだろう。取り込んだ世界そのものを並行世界に転移(シフト)するといっただろう? つまり、魔導師たちの結界の様に肉眼で確認出来る様な類のものではないという事だ。精々が発動する際に発生する、お前たちだけが感じ取ることのできる鈴の音で、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』の発動を察知するくらいだな》

 

――鈴の音、か……。やはりな。No.“0”の『Uriel(ウリエル)』に感じた違和感の正体がこれか。

 

白夜が『Uriel(ウリエル)』を発動させた際、ダークネスは強烈な違和感を感じていた。

それは、『Uriel(ウリエル)』発動によって展開された空間が、この“境界の世界(世界樹のある空間)”と極めて酷似していたことに気づいたからだ。

この世界に満ちる正常にして強大なエネルギー……『神力』とも呼ぶべきそれは、その名の通り純粋な神の力を指す。

彼ら参加者に与えられた“特典”とは、無色の『神力』を個々の魂に合うように調整(チューニング)されたチカラ。

それをさらに参加者自身の意志で再調整(チューニング)することによって生み出された物が“能力”だ。

だが、『Uriel(ウリエル)』の空間から感じられたのは、まさしく無色な『神力』そのもの。

白夜自身が《神》であると言うのならば話は別だが、彼もまた人間(ヒト)であった。

人間(ヒト)である以上、『神力』をそのまま身の内に宿すことは不可能なはずだ。

ならば、唯の人間であった彼が『Uriel(ウリエル)』を使用できていた理由とはいったいなんだったと言うのか……?

 

――『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』を導入するに当たっての実験台と言う処か。

 

おそらく、本人は自分の意志で生み出したと思い込んでいたのだろうが……真実はこうだ。

黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』とやらは“神造遊戯(ゲーム)”の開始直後の時点では未完成、或いは導入予定になかった術式なのだろう。

だが、儀式を盛り上げるためなのか、それとも戦いを促進させるためなのかはわからないが、急遽導入する必要性に迫られた。

しかし、正式採用の前に件の術式が正しい効果を発揮できるのかを確認しておいた方が良いと考えたのだろう。

そこで着目したのがNo.“0”(噛ませ犬)

複数の“能力”を有する彼に、自分で造り上げた“能力”だと思い込ませたまま『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』の試作品を与え、使用させたのだ。

全ては、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』という確たる形になった術式を完成させるために。

 

――ああ、なるほど。奴はこれを完成させる為だけに転生させられていたのか。

 

いっそ哀れとも思うが、ダークネスは白夜を葬ったことを後ろめたく思いはしない。

何故ならば、白夜もまた確たる己の意志を以てダークネスたちの前に立ち塞がっていたのだから。

自己解決を済ませて無言になったダークネスに続いたのは、ルビーだった。

「は~い♪」と子供の様に手を上げつつ、虚空に向かって問いかける。

 

「発動がランダムって言うのはどーゆーワケ? 研究してる時とか、ご飯を食べてる時とかに突然別世界とやらに取り込まれちゃってコト?」

《そう捉えて貰って構わない。だが、そうだな……同一世界に参加者が複数存在している場所ほど発動しやすいと言う法則性があると考えるといい。世界に一人しかいない状態で『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』を発動させても意味は無いからな。これはあくまでも、儀式を押し進めるための一手に過ぎない。――ああ、それともう一つ。『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』は確かにお前たちのために用意した戦闘場ではあるが、別にそれが発動していない時に戦いを行っても問題は無いからな。『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』の中でしか戦ってはいけない訳ではないぞ?》

 

確かに今までも命の危機に瀕することは多々あった。

だが、今回のこれはそれを遥かに上回る危険性が秘められていることを皆がひしひしと感じていた。

特に顕著な反応を見せているのが花梨を始めとする協定派だ。

彼女たちの強みは志を同じくする参加者、非参加者を問わぬ結びつきによる協力関係だ。

だが、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』を導入されたことで、彼女たちの戦略は大きく狂わされることになるだろう。

何故ならば、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』に取り込まれるのは参加者のみ(・・)――即ち、非参加者である高町 なのはらの助力は期待できないという事。さらに、もし『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』に捕らわれたのが協力関係にある者たちだけ(・・)だった場合……生き残るために同士討ちを行わなければならないという事でもある。

無論、参加者同士の闘争(たたかい)を『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』が発動されていない状態で行ってはならないという取り決め(ルール)が存在しない以上、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』未発動の状態ならばなのはたちと協力して“敵”を打倒することも可能だ。

だが。

 

「そんな事……出来るワケないじゃない……!」

 

花梨は悔しげに呟くと唇を噛み、俯いてしまう。

参加者同士の闘争を拒絶し、互いの立場の垣根を越えて協力する事で大きな力と無し、儀式からの離脱方法を模索してきた彼女たちにとって、自ら儀式を加速させるような真似だけはする訳にはいかない。

何故なら、この思想故に複数の参加者による協力関係が確立しているのだから。

もし闘争を肯定してしまったが最後、彼女たちはお互いを信じ抜くことが出来なくなってしまい、やがては疑心暗鬼による瓦解を迎えてしまう事だろう。

故に、彼女たちに残された手段とは……

 

概念魔法の一種であるらしい『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』のルールを書き換えられるように再構築する方法を見つけ出す。

あるいは、それを生み出して発動させる存在に儀式そのものを解除させるしかない。

 

「……ちょっとまって」

 

そこまで考えて、花梨はある事に気づいた。

世界の理を平然と書き換えるこれほどの大魔法を、果たして別世界から見守っているはずの《神》が発動し続けることなど出来るのだろうか?

嘗て、転生後に“神造遊戯(ゲーム)”の詳細を聞かされた際、花梨はこう問いかけたことがある。

 

『神サマなんだったら、新しい神を用意することくらい簡単なんじゃないんですか?』――と。

 

その時、《神》はこう答えた。

 

《我らの力は強大であるが故に、同一の世界に対して幾度となく干渉を行うことや新たな神の創造といった大きな力を振るう事は世界に悪影響を与えてしまうので控えねばならないのだ。特に、“神造遊戯(ゲーム)”に関わりのある神々は、総じてこのセカイに属する者として扱われているが故に、不用意に力を振るえばセカイそのものを崩壊させてしまうのだ》――と。

 

つまりそれは――

 

「『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』を発動させている何者かが、私たちのセカイに存在しているって事……!?」

 

それほどのチカラを駆使できるとすれば、間違いなく《神》の恩恵をその身に宿す者。

怪しいのは未だ姿を見せぬ――“ⅩⅢ”。

 

――もしかしたら、“ⅩⅢ”ってのは儀式の行く末を見定める監視官、あるいは進行役のような役割を与えられているんじゃないかしら?

 

あのセカイに生きる存在として受け入れられている者であれば、世界を書き換えるほどの“能力”を発動させても、セカイに大きな影響を与える事はない。

少なくとも、神々がいちいち干渉してくるよりは、よっぽど現実的だと花梨は思う。

振り向けけば、頷きを返す葉月の姿。どうやら彼女も花梨と同様の解答を導き出したようだ。

重要な説明という事もあり、存命の参加者全員が集められた今回の会合で、唯一姿を見せない“ⅩⅢ”……怪しめと言っているようなものだ。

 

それを分かっているのだろう。彼女たちの推測を肯定するかの如き言葉が《神》より告げられる。

 

《ああ、そうそう。今回の“神造遊戯(ゲーム)”における進行役……我々《神》の代表として選抜された者は、人としての器を用意してお前たちのセカイに存在しているらしいな。もし見つけることが出来でもすれば――何か、褒美でも貰えるかもしれないぞ?》

 

花梨たちはその言葉に嘘は含まれていないと直感する。

磨き上げられた第六感が、告げられた言葉は真実であると告げている。

しかし、それでも腑に落ちないのを感じるのもまた事実。

何故、“神造遊戯(ゲーム)”を強制終了しかねない情報を態々公表したりするのだろうか?

 

「……真実と虚偽が入り混じった情報を提供することで俺たちの思考をある方向へと誘導すると共に、裏に隠された真実から目を逸らさせる――と言ったところか」

「ま、そもそも“ⅩⅢ”が進行役だって決まった訳でもないしね~~」

《――――》

「?? あの、それってどういう――」

《“Ⅰ”、“Ⅱ”、それ以上の発言は許可できない。それとも、何か文句でもあるのか?》

「いいや、別に?」

「下手な勘繰り、地獄の淵への片道切符~~♪」

《……ふ、やはりお前たちは違うのだな。まったく――厄介極まりない》

 

それだけを言い残して空間を支配していた威圧感が退いていくと同時に、アルクたちの意識もあのセカイへと引き戻されていくのだった。

耳の奥にこびり付く様に残された、何者かの嘲笑と共に。

 

 

――◇◆◇――

 

 

アルクが意識を取り戻した時、彼の身体は遺跡の最深部に納められていた偉人の棺にもたれかかっていた。

かぶりを振って頭をはっきりさせると、あのセカイに呼び出される前の自分の行動を思い返していく。

徐々に蘇ってくる記憶を繋ぎ合わせていくと、目的の棺を見つけて駆け寄っていく最中に向こうへ呼び出されていたのだという事を思い出した。

なるほど、精神だけ引き込まれるのだから、肉体の方は重力と慣性の法則に引かれるまま棺に向かって倒れ込んだのだろう。

額がずきずきと痛むのは、倒れた時に棺にヘッドバッドしてしまったせいか。

むこうに行っている間は現実世界では時間が経過しないハズじゃなかったのかとぐちぐち文句を溢しつつ、身体にしみついた習慣に従うまま棺を開いて“お宝”の詳細を確認する。

そこには包帯塗れのミイラ……ではなく、赤黒い染みのようなもので汚れているボロボロの……、まさしく風化一歩手前なマントらしい布が収められていた。

盗賊に荒らされたと言う訳でもないらしい。

何故ならば、アルクの顔は混じりっ気のない喜色が浮かんでいたのだから。

バッグの中から状態を保護するための特殊な収納袋を取り出すと、棺に納められていたソレを壊れ物を扱うかのごとき慎重な手つきで持ち上げて、腰袋の中に納める。

この袋は特殊な魔法が掛けられており、簡単に言えば疑似四次元ポケット、或いは“闇の書”事件の最中、グレアムの手によりジュエルシードの輸送に使用された『パンドラ』と似通った性質を持つ。つまり、内部に納めた対象を最善の保存状態を維持しながら持ち運びを可能とする優れモノなのだ。

もっとも、一回しか使えない使い捨てな上に非常に高価でもあるので、そう軽々しく使うことが出来ないと言う欠点もあるが。

貴重なトレジャーハントグッズを使ってまで回収したソレの価値は如何様な物なのかをアルクは正確に把握している訳ではない。

それでも、信頼できる筋からの情報であり、彼自身ボロ布の……正確にはそこにこびり付いた赤黒い染みから、尋常ならざる魔力を感じとれているのだから、これは相当価値のあるお宝だと彼の勘が告げているのも事実なのだ。

 

「へっへっへ~~♪ 後はコイツを葉月んトコに送り届ければお仕事終了~ってか。ひっさしぶりに、皆でメシ食いに行くのもアリかもしんねぇなぁ……あ、その前に、いいかげんデバイスの一つくらい作っとくのもいいかもな!」

 

これからの予定に心を躍らせながら、トラップを解除したが故に安全な帰り道を軽快な足取りで進んでいく。

目的のものを入手できたことの喜びが、アルクからつい先ほど聞かされた“神造遊戯(ゲーム)”に関する重要な連絡の内容を失念させてしまった。

そして――すでに『Strikers』と呼ばれる物語は幕を開いているという事も。

『A’s』までの“知識”しか有しておらず、『Strikers』は“八神 はやてが設立させた部隊を中核とした物語”だと思い込んでいたが故に、アルクは自分にも送られた召集の連絡に記された日時……即ち、機動六課運営開始日(・・・・・・・・・)こそが『Strikers』の開始、“神造遊戯(ゲーム)”の再開時期だと思い込んでしまっていた。

もし、この場に葉月がいれば、己が迂闊さに頭を掻きむしっていたかもしれない。

何故なら、あのセカイで邂逅した葉月は『今調べている』と言ったアルクの言葉を『前準備として調査している』のだと捉えてしまっていたからだ。

しかし、現にアルクはミッドチルダから相当離れた管理外世界の一つに、たった一人で出向いていた。

余りにも迂闊な行動。そんな行動の代価を、彼はすぐに支払うことになる――

 

「よっ……と。うっし! ひっさしぶりのお日様の光ってか! さーって、まずはどうす――ッ!?」

 

アルクが遺跡から地上へと出た瞬間、視界全てが眩い輝きに包まれたかと思うと、周囲総てが一瞬で異常にして異質な世界へと変容した。鈴の音色が脳髄に響き、視界総てが真っ赤に染まっていく。

 

「なんっ……だよ、これ――……ッ!? まさかっ!?」

 

魔導師としてなじみの深い封時結界や、かつてダークネスが発動させた『封鎖の刻印』と言う名の空間閉鎖型結界とは明らかに異なる異質さを感じさせる場所。

荒廃し、荒れた大地が広がっていたはずの風景を染め上げる夕刻を思わせる赤色の世界。

大地から雪の如き燐光が浮き上がっていく様は、どこまでも幻想的である。

だが、元々脆弱ではあったものの、それでも生命の息吹を感じられていた本来の世界とはあきらかに異なる点。

それは生命と言う存在が自分を除いて完全に欠落してしまっているかのような不快さを与えてくる、明らかに普通ではない圧力。

アルクは本能で理解さえられていた。

この幻想的な世界に存在できるのは、選ばれし人を超えた者たちのみ……矮小な人間ごとき存在は、存在することも許されぬ空間であるという事を。

 

「こいつが……『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』ってヤツなのか?」

「――だろうな」

 

動揺を隠せぬまま辺りを見渡していたアルクの第六感が危険信号(アラート)を鳴らすよりも速く、刹那の間にも満たぬ瞬間に彼我の距離を(ゼロ)にした怪物(バケモノ)の狂撃が襲い掛かった。

完全なる不意打ちによる一撃――……三色の魔力光が生み出す炎の如き魔力を纏わせた魔剣が、アルクの身体を両断せしめた……!

 

「かっ……!?」

 

――『束縛より解放されし無戒(ニルヴァーナ)』――

 

「げほっ、げはっ! ……うげぇ……!?」

 

寸断された肉体を蘇生させながら、アルクは地面を蹴り、その場を離脱する。

襲撃者から少しでも距離をとろうとしたが故の無意識下での行動だったのだが――そんなありきたりの反応程度で、()から逃れることなど出来はしない!

 

「逃げられると思うな……! 『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』――ッ!!」

 

抜き撃ちで放たれた神代魔法。速度を優先したが故に集束(チャージ)が完全とは言えぬソレであっても、世界を薙ぎ払って余りある威力を秘められていた。

高速演算処理能力を利用して、『魔法力(マナ)』の集束速度を飛躍的に加速せしめた襲撃者……ダークネスの神代魔法(いちげき)は、全身を巡る激痛によって動きを止めてしまったアルクの身体を一瞬で呑み込み、跡形も無く焼き尽くす。

総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』の威力を知が故に対策を練っているであろうアルクたちへの対処としてダークネスが下した策は『先手必勝』。

如何なる対抗手段を生み出していようとも、それを使われる前に問答無用で灰燼と化してしまえばそこで終わり。

黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』に取り込まれてしまった以上、かつての様に邪魔が入ることも痛み分けなどと言うお茶濁しをする必要も無い。

どちらかが消滅することでしか、未来を掴む事は出来ないのだから――!

 

「――」

「はあっ……! はあっ……!!」

 

漆黒の魔力が霧散した先には膝を付き、荒い呼吸を繰り返すアルクの姿があった。

驚くべきことに、彼は必殺を具象化させた神代魔法を正面から受け止め……生き返ったのだ。

 

だが。

 

「ずいぶんと消耗しているようだな。さて、もう一度同じ(・・)攻撃を防ぐことが出来るか?」

 

不敵な笑みを浮かべたダークネスは、大きく魔力を消耗してしまった状態のアルクを冷ややかに見下ろしていた。

対するアルクは『束縛より解放されし無戒(ニルヴァーナ)』発動に伴って発生した魔力消費によるリンカーコアの消耗よりも、精神的ダメージによって極限まで追い詰められていた。

束縛より解放されし無戒(ニルヴァーナ)』は疑似的な死者蘇生を成し遂げるほとんど反則のような“能力”だ。

だが、その強大な効果を成り立たせているのは『救世の刃(テン・コマンドメンツ)』の特性を消失するというリスクと、膨大な魔力消費によるものだ。

嘗て、砂漠世界でディーノの凶刃に倒れたアルクは『救世の刃(テン・コマンドメンツ)』第一の特性『鋼』を代償に復活を果たした。この際、“能力”発動に必要な魔力は『救世の刃(テン・コマンドメンツ)』の特性を純粋な魔力へと変換させることで代価としていた。

だが、人間を容易く両断せしめたクライシス・エンドと世界を薙ぎ払う神代魔法の連続攻撃は、アルクから複数の“特性”を奪い取っていた。

名だたる名剣・魔剣を凌駕する切れ味を誇るクライシス・エンドは先に述べたように『鋼』を。

破壊の具現たる『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』は眩い閃光、即ち、熱や光に属する特性――『氷炎』と『太陽』を。

束縛より解放されし無戒(ニルヴァーナ)』の連続使用だけでも肉体的に負担が極めて大きいというのに、今回に至ってはアルクの肉体が細胞レベルで消滅させられた状態からの完全修復だ。

“能力”発動時の肉体的な痛みはそのままアルクが受け止めなければならないために、全身を焼き尽くされるという激痛と言う言葉ですら生ぬるい痛みが現在もアルクの精神を蝕んでいる。

痛みが精神を染め上げるということは、戦闘に割くことのできる思考を減少させるという事。

それは、格上の敵に対するにはあまりにも大きなリスク。

思考を切り換えねばと頭では分かっていると言うのに、全身を駆け巡る激痛の奔流が、完全に回復している筈の肉体に傷を負っているのではないかという幻想を抱かせる。

人間は傷を負っていると強く思い込んでしまって時、実際に傷を負っていなくても痛みを感じる事がある。

これは精神が肉体に影響を与えると言う事実の顕著な例であり、同時に現在のアルクにとって、決して逃れえない現実の説明でもある。

『神成るモノ』として未だ覚醒に至れていなかった彼の価値観は人間のそれと違いは無く、故に、精神と肉体の感覚を切り分けることも可能な『神成るモノ(ダークネス)』と相対するにはあまりにも未熟すぎたと言える。

人を超えた領域に立つ存在にたった一人の人間が、精神、肉体のいずれもが下回っている存在(アルク)が贖うことなど不可能なのだから。

 

「くっ……!? 『加速(シルファリオン)』ッ!」

 

アルクは高速移動を可能とさせる“特性(シルファリオン)”を発動させ、間合いを開こうとその場を離脱するために、真横へと跳んだ。

大地を踏み占めながら接近してくるダークネスから逃れるための判断だったのだが――

 

「――『次元魔力兵装(アルフヘイム)』――!」

「なっ、しま――ッ、ガアッ!?」

 

相手は音速はおろか光速すらも凌駕する速度を叩き出す化け物。

次元の壁を突き破り、彼我の距離を刹那に(ゼロ)とできるダークネスから逃げおおせる存在など、このセカイに存在しない!

アルクの鳩尾に拳を叩き込み、くの字に折れた彼の右手を掴み取ると、そのまま力任せにねじ切る。

背筋の凍る生々しい音とアルクの絶叫が黄昏の世界に響き渡り、真紅の血飛沫を撒き散らしながら、アルクの肘から先の右腕が宙を舞う。

咄嗟の反撃として放たれた前蹴りを、ダークネスは腹部に装着されたジュエルシードを収めた紅玉から蒼と紅から成る魔導砲にて迎撃し、吹き飛ばす。

さらに、バランスを崩したアルクの顔面をわし掴みにして固定すると、腹部に拳と膝の連撃を叩き込んでいく。

肉が潰れ、骨が砕かれていくにも関わらず、『束縛より解放されし無戒(ニルヴァーナ)』が発動する気配はない。

格闘術に属する攻撃の対象となりうる“特性”が残されていないからだ。

鎧を纏っているダークネスの攻撃は、分類するのなら『鋼』に属するだろう。

だが、『剣』としての側面を持つクライシス・エンドによって消失してしまっている現状、アルクに嵐のような拳の豪風から逃れる手段は存在しない。

数十発の拳を叩き込んだ処で、ダークネスはアルクの拘束を僅かに緩め……力無く脱力して、全身を真紅に染めたアルクの身体を容赦なく蹴り飛ばす。

硬い地面を削り、バウンドしながら吹き飛んでいくアルクに向けて、ダークネスの撃ち放った魔力弾による追撃が直撃する。

ピンポン玉の様に宙を舞うアルクがようやく動きを止めた時には、すでに息絶えているのではないかと思わんばかりの凄惨な姿へと彼が成り果てていた時であった。

あらぬ方向へと折れ曲がった左の手足はピクリとも動きを見せず、陥没した胸部は呼吸しているのかもわからず、精々が空気の洩れるような音が喉から漏れ出すだけ。

余りにも痛々しい姿……されど、ダークネスの顔には一切の感情が浮かんではいなかった。

凄惨な光景を生み出したことに対する後悔も、弱者を甚振ることに快感を感じたが故の愉悦などは、微塵も見受けられない。

あるとしたら――それは、警戒心であろうか。

参加者が敗北すれば魔法粒子(エーテル)へと変換されて霧散する。

しかし、未だに肉体が存在しているという事は、アルクが存命していることの何よりの証明であると言える。故に、ダークネスは警戒する。

“特典”や“能力”の人智を超えた特殊能力を知っているが故に。

 

――ピクッ。

 

アルクの指先が僅かに動く。次いで緩々とした動きで上半身を起こしたかと思うと、その勢いのまま立ち上がり、両足(・・)で地面を踏みしめた。

 

「何……?」

 

斬り落とした筈の右足がいつの間にか生えていることに僅かに驚いたダークネスの視線の先では、欠落した右手、右足を傷口から生やした触手のような物体をより合わせることで手足の代わりにしているアルクの姿があった。

触手らしきものは徐々にアルクの全身を呑み込まんと侵食を始めている。覚悟を決めた男の目をしたアルクは、ほぼ全身を覆い尽くしかけている触手(それ)に一瞬だけ視線を落とすと、たいした問題ではないとばかりに顔を上げ、ダークネスを睨む。

ダークネスは知らないことだが、アルクの変貌もまた『救世の刃(テン・コマンドメンツ)』の“特性”によるものだった。

名を『羅刹(サクリファー)』。

使用したが最後、強大な戦闘力と引き換えに精神を殺意と闘争本能で支配されてしまうという諸刃の剣。

十年の歳月を以てしても、ついぞ制御することが叶わなかった禁手であった。

発動したが最後、自らも破滅してしまうと分かっていながらも、アルクにはこの“特性”を発動させねばならない理由があった。

それはダークネスを倒すこと……ではない。

例え『羅刹(サクリファー)』を使用したとしても、アルクにはダークネスを倒すことは不可能なのだと言う理不尽な現実を理解していたからだ。

しかし、このまま敗北することを受け入れることなどアルクには出来なかった。

自分を倒したダークネスが更なる“因子(ジーン)”を手に入れる――つまりそれは、理不尽なまでの戦闘力を有した怪物が更なる進化を見せるという事に他ならない。

結局話すことは出来なかったが、“ⅩⅠ”や“ⅩⅡ”が協力してくれたとしても、確実に倒せるとは思えないダークネスに、このまま商品(因子)を与えてやることなど出来ない。

何よりも、現在彼らが戦っている世界は花梨たちがいるミッドチルダからそう離れてはいないのだ。葉月あたりならば、『黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』が発動されていることに気づいて、こちらに向かってきているかもしれない。つまりそれは、アルクが敗北した直後に、勝者であるダークネスが彼女らと接触する可能性が極めて高いということ。

ほぼ無傷の状態からさらなる因子(ジーン)を手に入れたダークネスと相対するのはリスクが高すぎる。

つまり彼女らのためには、せめてこの場で浅くはない手傷を負わせてやらなければならない。

ダメージを負った状態ならばダークネスの性格上、万全を期すためにこの世界から撤収する可能性も考えられる。

自分の勝利が不可能だと言うのならば、せめて後に残る連中のために何か残してやりたいという想いが、アルクの闘争心を燃やし続けているのだ。

 

「たとえ此処で倒れようとも、お前をアイツらの元に行かせるわけにはいかねェんだよ!」

 

気合の咆哮と共に、アルクはもう一つの『切り札』、『救世の刃(テン・コマンドメンツ)』最後の“特性”発動させる。

それは地上に舞い降りた太陽の如き眩い輝き。穢れし闇を打ち払う、人々の希望が具現化した正義の代名詞。

 

聖剣(レイヴェルト)

 

全身を聖なる破魔のオーラで覆い、『羅刹(サクリファー)』によって限界以上に強化された脚力にものを言わせた踏み込みが、先ほどまで彼の立っていた地面を爆散させる。

加速(シルファリオン)』すら凌駕し、限りなく音速に近い速度で距離を詰めるアルクに動揺したのか、『次元魔力兵装(アルフヘイム)』を発動できないダークネスの懐に飛び込むと、アルクは腰だめに構えた双拳を握り締め、己の全てを込めていく。

仲間を想う覚悟と魂を魔力に変えて、アルクの拳に眩い閃光が収束する。

それはまさに、煉獄の底に蔓延る穢れすら浄化し尽くす、神聖にして高潔なる一撃。

滅龍魔法の最終奥義にして、邪悪なる邪神を打ち破る、穢れ無き白光の聖拳――――!!

 

「『聖皇神竜の宣告(セイクリッド・テルミヌス)』――!!」

 

同時に放たれた双拳から解き放たれた眩しく輝く白光が、赤き世界から邪悪なる存在を消滅させていく。

友を、仲間を想った聖拳は絶望という未来を斬り開き、希望と言う名の幻想(ユメ)を手繰り寄せる。

身に纏う闇が深ければ深いほど威力を増幅させる正義の一撃は、確かにダークネスと言う闇の具現を消滅させたのだ。

 

……だが。

 

「――『超高次領域・起源解放(ハイ・マテリアルシフト・フルアクセス)』――!」

 

されど、勇者の前に立ち塞がるのは白き聖光すら超越した黄金色の綺羅光。

世界を白から黄金色に染め変えた存在は、アルクの双拳を受け止めてなお、超然と大地を踏み締めながらそこに在った。

鋭い眼光はそのままに、纏う魔力と威圧感(プレッシャー)が桁外れに膨れ上がった金色の竜神。

《新世黄金神》として顕現した超越存在……スペリオルダークネスEXの姿がそこにはあった。

 

「……な、んっ……でっ……!?」

 

驚愕を隠せぬアルクは大切な事を失念していた。

アルクの放った聖なる輝きを集束させた『聖皇神竜の宣告(セイクリッド・テルミヌス)』は、“邪悪なる存在を消滅させる聖なる光”であるという事を。

相手が邪悪、あるいは闇に属する存在であるのならば必殺と成りうる神代魔法(いちげき)であるが故に、邪悪ではない存在(・・・・・・・・)には唯の魔力強化されたツインパンチでしかないという事を。

無論、そこに込められた魔力も相当なレベルであるが故に、相当の威力が籠められていたのは事実だ。

だが、それがスぺリオルダークネスEXと化した今の彼に通用するかと言えば、そうではない。

アルクは本質を見誤ってしまったのだ。

単純なポテンシャルという点から見てもそうだが、何よりも“《新世黄金神》は邪悪なる存在ではない”ことを。

元々、ダークネスの属性は“闇”と“光”。

そして“人界を守護する守護神”と呼ばれる今の彼の属性は“闇を内包した光”であり、神聖なる存在としての側面が大きく顕現している。

故に、邪悪なるものを打ち払う聖拳は十分な威力を発揮できず、拳に込められた威力はダークネスから溢れる魔力が生み出す障壁を打ち破ることは叶わなかったのだ。

魔力を出し切り、満身創痍となったアルクに抗う術は残されていなかった。

羅刹(サクリファー)』の効果も切れ、傷口から鮮血を溢れさせながら、アルクは力無く地面へと崩れ落ちる。

アルクを見据えたダークネスは、流れるような動きで魔力を練り上げつつ片腕を振り上げる。

繰り出されるのは聖剣にして魔剣なる黄金神の一刀。

竜を滅ぼす魔導師に永遠の眠りを告げる、無慈悲なる神の宣告。

 

「さて、この一手(きっかけ)で世界はどう動くかな?」

「て、テメェ……!」

 

アルクの脱落によって、戦局は大きく動くことになるだろう。

悠長な構えを見せていた花梨たちに危機感を与え、動きが掴めないルビーを捕捉する切っ掛けになるかもしれない。

今回から参戦する新鋭たちの動きも気になるところだが、《新世黄金神》の姿を安定させる意味でも“因子(ジーン)”は集められるだけ集めておきたい。

そう――その刻が来るまでに(・・・・・・・・・)

 

「さらばだ、“Ⅲ”――クライシス・エンドォッ!!」

 

赤き虚空に向かって振り上げられた黄金神の聖なる魔剣が振り下ろされ――

 

「――――ッ!!?」

 

竜をも滅ぼす魔導師の無防備な身体を寸断せしめたのだった――

 

 

――◇◆◇――

 

 

赤い世界が本来の色を取り戻していく。

黄昏へと続く幻想世界(ヴィーグリーズ)』が解除され、アルク・スクライアと呼ばれていた存在が魔力粒子(エーテル)へと還っていく光景を無言のまま見送る。

胸の奥に感じる新たなる力――“因子《ジーン》”の脈動を噛み締めていたダークネスが、不意に視線を水平線の彼方へと向ける。

強力無比な感知能力が、この世界に現れた新たな参加者の気配を察視したからだ。

と同時に魔力の波長から逆探して、この場に一直線に向かってくるのは“(コウタ)”であると理解する。

ダークネスとしては余力を十分に残しているのだから、このまま戦闘に移行しても構わない。

だが……。

 

「魔力反応が他にもいくつか……。訓練か何かで部隊ごと出向いてきていたのか? それなら第一管理世界から離れているこの世界に素早く現れた説明にはなるが」

 

そこまで呟いてから、ダークネスは顎に手をやって考え込む。

 

「部隊ごと壊滅させてやってもかまわないが……向こう(・・・)の方が優先度は上だな。あいつらの報告も確認しておきたいし、此処は大人しく下がるとするか。まあ、それに――散っていった男の覚悟を汲んでやるのも一興だしな」

 

魔力粒子(エーテル)の僅かな燐光がたゆたう大地を一瞥すると、ダークネスは踵を返してこの場を後にする。

己が手で打倒し、新たなチカラとなって己が胸の奥底に宿った男の、仲間を想う覚悟に応えるかのように。

数多の想いを蒼き双翼に込めながら、黄金の竜神は今を駆け抜ける。

いつか、紡いだ想いで優しい未来を創り出す、その瞬間まで――。

 

世界は加速する。終わりから生まれ落ちる始まりへと向けて――――。




今回は新ルールの説明&竜神vs滅龍魔導師の決闘とさせていただきました。
空間魔法には、参加者同士の戦闘を強制させる以外にも、いくつかの効果が秘められています。
その辺りは次話以降で。

作中でダークネスがアルクに不意打ちを仕掛けられた理由は、『Strikers』編開始("ゲーム"再開)直後のタイミングで戦闘を仕掛けられるよう、単独行動を取っていたアルクを監視していたからです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。