魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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表題の通り、八神家の日常の一コマ。

――そして新たなフラグ発生の予感が……。


八神家の日常

「……」

「……」

 

静寂。まさにその言葉を体現していると言って相違ない空気が空間を支配している。

時空管理局地上本部の最高権力者たるレジアス・ゲイズ中将の娘にして秘書である女性 オーリス・ゲイズは、高級感を感じさせる机を挟んで睨み合う二人の男女を見つめていた。

方や、彼女の尊敬する父であり、クラナガンの、如いてはミッドチルダの平和を守る守護者として身命を賭した英雄。

方や、平均魔導師ランクBランクという地上本部所属魔導師にあって、異例のSSランク、空戦適正持ちという本局のトップエリートに匹敵する能力を有した若手ナンバーワンの少女。

大人と子供、対極に位置する年齢でありながら、その瞳に宿る強き意志の炎は優劣のつけられるものではない。

 

「では、報告を聞かせて貰おうか……八神はやて」

 

英雄と呼ばれし男……レジアスが、睨み合う少女……はやてへと問いを投げる。

静かに、されども法の守護者として積み重ねた莫大な経験から成る威圧感を伴った声は、遠雷の如き重みを含めてはやての全身を刺し穿つ。

己には無いプレッシャーに気圧されるかのように僅かに仰け反り、されども、すぐに不敵な笑みを浮かべたはやては、傍らに控えていた書類を天高々と振り上げ、勢いよく机の上に叩き付けた。

 

「どや!? こいつが一週間前に私が立案したクラナガンの犯罪防止策を実施した結果です!」

 

ふふん! と眩いばかりのドヤ顔を決めながら弾力が自慢のソファーにふんぞり返るはやて。その表情は、敵将の首を打ち取った武将の如きもの。

まさに、勝利を確信したと言わんばかりの不敵な笑みであった。オーリスとしては、彼女の態度に思う所がない訳ではないが、いつもの事なので今は(・・)見逃しておく。

 

――後でお説教タイムを用意しておかなければなりませんね。うふふ……。

 

ゾクッ!?

 

「うひぁ!?」

 

オーリスは背筋に走った冷たい悪寒に飛び上がり、辺りを見渡すはやてをスルーして、彼女が机の上に広げた資料――はやてが主導となって実施した犯罪防止策の内容と、一週間の試験運用の結果を纏めたデータなど――を覗き込み、確かな結果を出せていることに感嘆の声を上げる。

たった一週間という短期間でありながら、犯罪発生率が低下していることが確かな数値として確認できている。

長期的に続けるには費用や人員と言ったいくつかの問題点は確かに残されているものの、それを差し引いても十分すぎる結果を出している。

 

――なるほど、彼女の自信溢れる表情の理由はそういう事でしたか。

 

しかし、まさかこれほどの手腕をこの歳で見せつけてくれるとは……。

末恐ろしいと慄くべきか、それとも頼もしいと喜ぶべきか判断に困ってしまうと、オーリスは複雑な思いを抱く。

 

「……ふん。まだまだ青いわ小娘が」

 

されども、この男の魂を震わせるほどには至らない。

レジアスは手に持って眺めていない資料をぞんざいに頬り投げると、期待外れだとばかりの表情を浮かべつつはやてを見据える。

一瞬で脳天まで血が昇り……、叫び声を上げそうになった刹那の瞬間、鍛え上げられてきた理性を総動員して震える怒りを何とか堪える。

 

「っ! せ、せやったら、私の案の何が気に入らないのかを教えてはいただけないでしょうかねぇ……?」

 

憤怒で声を震わせながら、はやては問う。何故、自分の策を認めようとしないのかを。

プライドを傷つけられ、怒りに震える少女を鼻で笑いながら、レジアスははやての策、最大の問題点を指摘する。

 

「結果を出した事は認めよう。たった一週間と言う短期間の中で、ここまでハッキリと犯罪発生数の減少という数値を実現して見せた手腕、発想力は、認めてやらないでもない。――だがな、小娘。貴様の策には致命的な欠点が存在している」

「致命的な……欠点、やて?」

「そうだ。まず、貴様の実行した策とやらは、過去の犯罪発生率の高い地域を分析し、犯罪の起こる原因……例えば金銭目的ならば銀行や高級なパーツを取り扱うデバイス関連の店などを中心に情報端末を配置、犯罪が発生する傾向が確認され次第、即座に局員を派遣することで未然に事件発生を防ぐというものだ。なるほど、確かにこの方法ならば事件発生率の高いエリアの防犯に高い効果を見込めるのだろう。」

 

「だが――」とそこでいったん言葉を切り、最近巷で話題となっている翠屋特製コーヒー(インスタントver.)へと手を伸ばし、豊かな香りを楽しみつつ、喉を潤す。

一転して静寂に包まれた室内に、ソーサーにカップを置く音が鳴り響く。

 

「小娘、貴様は地上本部の平均運用予算の正確な値を知っているのか?」

「……馬鹿にせんといてください。元々、地上本部全体として実施できるように構築した対策なんですから、もちろん必要経費などの条件も織り込み済みです」

 

ふふん、と鼻を鳴らすはやてを見るレジアスの眼光は、されども微塵も揺らぎを有していなかった。

レジアスははやてから娘であり優秀な秘書でもあるオーリスへと視線を動かし、例の物を渡す様に告げる。

彼の命を受けたオーリスから手渡されたのは、何やら細かな数値が記入された書類。

しばし、訝しむようにそれを眺めていたはやてだったが、程なくしてそのれが何なのかを悟り、驚愕を以てテーブルに拳を叩き付ける。

 

「なっ……なんですか、コレは!?」

「今季の地上本部における予算、その正確なデータ一式だ。……貴様の用意した、予定予算委員会で定められた暫定予算などではない、現実で動く金の数値がそれだ」

 

はやては両目を限界まで見開きながら、書類とレジアスの顔を交互に見やる。

明らかな動揺を見せる小娘(・・)の醜態に溜飲が下がったのか、コーヒーの残りを一気に飲み干しながら、レジアスは語る。

 

「貴様が手に持った資料が表す通り、時空管理局と言う組織全体から地上本部に回される資金は、暫定予算の七割程度(・・・・)でしかないのが現実だ。高ランク魔導師の『海』への引き抜き、魔導師士官学校の成績優秀者を優先的に『海』へと配属させる現行の方針、そしてクラナガンの治安よりも外の次元世界を優先する現上層部の思惑……それらが相まって、『陸』へと回される資金は常にギリギリ……いや、それ以下なのが現状だ。つまり、貴様の提案を今後も永続させていくには、人件費や各種関連費用的に考慮すると、どう足掻いたところで一年続けられれば世の山と言ったところなのだ」

「で、でも、それなら本局に掛け合って……!」

「『馬耳東風』……貴様の故郷の言葉だったな。まさに的を射ていると言えよう。足元を見ることを止めたあの連中が、ワシらの言葉に耳を貸すはずが無かろうが、戯け!」

「……っ!!」

「受け入れろ、そして知るのだ小娘。これが貴様の選んだ現実だ」

 

怒りの炎を胸の奥底で燃やし、されども表面上は静かなさざ波の如き言葉に秘められた『地上を背負う男の重み』に気圧されるはやて。

話は終わりだとばかりに腰を上げ、踵を返すレジアスの背中にかける声を、今のはやては持ち得ていなかった。

書類上の数値ばかりを優先するあまり、実際の資金面を確認することを怠ってしまっていた己が不甲斐なさに唇を噛む少女に向けて、英雄と呼ばれし男は厳格なる威圧感を巻き上げながら、宣告を降す。

 

「よって、貴様の案は不採用とする。――が、現実を見ていなかった小娘の策とはいえ僅かな結果を出した事もまた事実。故に、ペナルティを幾分か軽いものへとしておいてやろう……ゼスト、ゲンヤ」

 

レジアスが声を掛けたのは、部屋の片隅で壁に背を預けながら今まで無言を貫いていた士官服を着た男性二人。

地上本部のエース『ゼスト・グランガイツ』とはやての直属の上司である『ゲンヤ・ナカジマ』だった。

二人はどことなく楽しげな雰囲気を醸し出しつつ、項垂れたはやての傍へと近づき、持っていた紙袋を彼女の前に置く。

 

「――?? あ、あの~? 中将はん、これは一体?」

 

ものすごく不吉なオーラを漂わせる紙袋を前にして、、はやての頬に冷や汗が流れ落ちる。

見れば、ゼストは何処か楽しげに、オーリスはなんとなく気の毒そうにはやてを見つめている。

ゲンヤに至っては、背中を向けて口元を押さえ、笑いを堪えるかのようにぷるぷると震えていた。

 

「貴様の提案に有効性があると認められた場合、中将の名に掛けて貴様の願いをなんでも一つだけ叶えてやる。ただし、認められなかった場合には、ワシの命令に従ってもらう……それが今回の賭けの内容だったな?」

「え、ええ、まあ、そうだったかもしれまへんなぁ~~」

 

視線を彷徨わせながら何とか逃げ出す方法を模索するはやての希望を打ち砕く様に、口元を苦笑に歪めたゼストが紙袋の片方の中から、ある物を取り出して彼女にも見えるように広げてみせた。

それは“服”だった。

だが、管理局で指定された物とはデザインが大きく異なっている。

ボディラインがハッキリと顕わになってしまうデザインは、どこかレオタードのようにも見える。太股が顕わになってしまう超ミニのスカート。

各所に散りばめられた機械的な鎧。ピンクと白を主体とした、変身ヒロインのような意匠……。

はやてはそれが何なのか、一瞬で理解した。何故ならば、彼女がごく最近にプレイした某童話の世界の女の子が作った、えっちな目にあわせられながら正義のために闘い続ける伝説のヒロイン……彼女の戦闘服そのものなのだから!

 

「何で超昂的なエンジェルさんのコスプレ衣装がっ!?」

「ちなみに、こっちにはくノ一的なバージョンのが入ってんぞ、八神」

 

実にイイ笑顔のゲンヤが取り出したのは、雷のような黄色、炎のような赤、氷の様な青を強調した三種類の忍び装束……のコスプレ衣装。

警察的機関の司令官な部屋には死ぬほど似合わない、至高の一品であった。

受けに回ると弱いのか、真っ赤な顔で餌をねだる金魚のようにパクパクと言葉にならぬ叫びを上げるはやてを気の毒そうな目で見つめるオーリスは、いい年こいて悪戯の成功した子供のような笑顔を浮かべつつサムズアップしている三馬鹿オヤジ共の姿に頭を抑えることしか出来ない。

 

「貴様へのペナルティ……それは、ズバリ! 貴様と騎士たちがその服を着て地上本部のイベントに参加することだ!」

「はぁああああああ!?」

「ちなみにイベントの内容というのは、民間の方々に地上本部施設の一部を見学してもらおうというものだ。親睦を深め、非魔導師の方々に我々はもっと近しい存在なのだという事を感じてもらいたいというもので――」

「ちょちょちょ――!? ゼスト隊長、真面目な顔で話し進めんといてください! てか、私らがこの格好をするのが決定事項なんですか!?」

「ほぅ……? “夜天の王”などと大口を叩きおったくせに逃げると言うのか? やれやれ、最近の若い(モン)は約束も守れんようだな」

「ぐうっ!? い、いや、でも、それやったらバリアジャケットでええやないですか! 何でコスプレせなあかんねん!?」

「大きなお友だちに受けがいいからだが?」

「ぶっちゃけおったなこの髭ダルマ!?」

「清廉潔白と呼ぶことを許そう。ああ、当然のことだが今更逃げようなどと思うなよ? もう、こうしてビラを撒いて宣伝済みなのだからな」

「は? ――ってえ、何やコレェ!?」

 

レジアスが机の引き出しから取り出したのは、ゼストとゲンヤが広げるコスプレ衣装を纏ったはやてたちがアニメちっくな決めポーズをとっている、本人からすれば微塵も心当たりのない写真。

ご丁寧に、八神家一人ずつ専用のバージョンが用意されていて、脇腹とかいろんなところが見えてしまっているシグナムや、パンツ丸見えなヴィータなど本人たちは絶対に着ない恰好で、絶対にやらないであろうキワドイポーズを決めている

かく言うはやても、ゼストが持っているピンクの天使な衣装を着て、剣のような武器を構えている姿がポスターに描かれていた。

身に覚えがなさ過ぎる真っ赤な顔でポスターを指さすはやての疑問に答えたのは、眼鏡を外し、目尻を揉みほぐしていたオーリスだった。

 

「……知っていますか、八神さん。地上には幻術魔法の適性が高い魔導師がいるんですよ」

「やっぱ、そういうオチかい!」

 

怒れる激情のまま机に拳を叩き付けたはやての眼光などどこ吹く風とばかりに涼しい顔の三馬鹿オヤジは、神経を逆なでするかの如き爽やかな笑みを浮かべつつ、握りしめた拳を前に突出して親指を立てる。

 

「「「これ上司命令だから。ヨロシク」」」

「――――ッ!? ふざけんやないわぁあああああっ!?」

 

子狸の咆哮が地上本部に木霊する。

しかし、局員たちは『ああ、また八神さんが中将たちに弄り回されているのか』『あ~ん、私もはやてちゃんが泣きべそかいてるとこみたいなぁ~』『親子喧嘩みたいで微笑ましいのよね~♪』と、いつもの事だと認知されてしまっている故に、華麗に素敵に美しくスルーされてしまったのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「――てな事があったんよ! ったく、あんの髭ダルマに筋肉に中年め! 私を小娘言うて調子に乗りくさりおって! いつか下剋上したるさかい覚悟しとれよ、ボケェ!!」 

 

帰宅するなり、浴びるようにシャンパン(当然、ノンアルコール)を煽りながら、不平不満を吐き出し続けるはやてにおつまみを用意しているのは八神 リヒト、初代リインフォースからダークネスの力で人間に生まれ変わった少女だ。

リビングにいるのははやてとリヒトの二人だけだ。

他の家族たちは、一人残らず自室に引きこもってしまっている。ちなみにザフィーラは庭の犬……もとい、狼小屋にだが。

理由は半泣きで帰宅したはやてより手渡された命令書の内容について。例のイベントにコスプレした上で参加する様にとの上司の承認付な素敵命令書だった。

いち局員でしかない彼女たちにこの命令を拒否することは出来ない。そうで無くても、リヒトとダークネスの関係性を隠蔽することに助力してもらっている手前、はやてたちに逃れる術は存在していないのだが。

あの日、クリスマスの夜に舞い降りた悲しみと奇跡。

奇跡の体現者たるリヒトをダークネスより委ねられ、八神家の一員として迎え入れることが出来たあの時、管理局員であるリンディより、ある提案がなされた。

それは非生命体であるプログラムが、純粋な人間として生まれ変わったと負う奇跡、その体現者たるリヒトの存在を隠蔽しなければならないという事だった。

“夜天の書”としての中枢を消失しているとはいえ、それでも彼女と“夜天の書”、“闇の書”とは切っても切れない複雑な関係にある。

もし“闇の書”事件の被害者たちがリヒトの存在を知ってしまえば、果たしてどうなってしまうのか?

 

――簡単だ。“復讐”。ただそれのみに尽きるだろう。

 

大切な家族を、人生を奪ってきた諸悪の根源が、全ての記憶を失った上で普通の女の子として、満たされた生活を送る。

そんな事を、彼らが受け入れられるはずが無い。復讐、報復と言う名の元に、口に出すことも憚られるような人間の悪意が、何も知らない真っ白な雪の如き少女を蹂躙してしまう事だろう。

それを防ぐために、リンディたちはいくつかの手を打った。

まずは、“闇の書”の中枢部分がいまだ健在であり、それを次元犯罪者ルビー・スカリエッティが保有していると言う事実を公表することで、被害者たちの憎しみを反らす。

過去の事件における被害者たちの情報を洗い直し、被害者の大半が保有魔力の多い『海』に所属する魔導師に関わりを持つ者たちであったので、聖王教会のバックアップの元、地上本部に所属させる。

戦力を求めていた地上本部の責任者ゲイズ中将にあえて事情を話すことで、 “夜天の王”と騎士たちと言う強力な戦力を引き換えに、リヒトの保護を求める。

それでも彼女の身辺を調査しようとする輩には、『“夜天の書”の残骸を利用しようとしたダークネスに生み出されたリヒトを、人道的な面からくる判断の元、八神はやてが保護した』という架空話をでっち上げる。

 

かなり強引な手ではあるし、結局のところは問題の先送りでしかないものの、それでも当分の間――少なくともリヒトが独り立ちできるようになるまで――は、彼女の身の安全は保障できるだろうと言うのがリンディたちの見解だった。

はやてたちは、家族にあたらしい命を与えてくれたダークネスを貶めるような真似をすることに反論を上げたものの、リヒトの身の安全と天秤にかけた結果、断腸の思いでリンディの提案を受け入れることになった。

さらにルビーへと向けられる“闇の書”事件の被害者の怒りの矛先を変えかねない上に、公式上は『八神 はやても“闇の書”が自信を完成させるために利用された被害者である』とされているので、彼らに謝りに行くことも出来なくなった。

謝罪を口にするという事は、つまりはやてや彼女が擁護する騎士たちが“被害者”ではなく“加害者”だという事になり、それは怒りの矛先を彼女たちへと向けることに繋がる。

そうなれば、当然彼女たちの身辺を探ろうとする者も増えてくるし、最悪の場合はリヒトの存在が世界中に知れ渡ってしまうかもしれない。

以上の事から、はやてたちは被害者たちへの謝罪だけでなく、ダークネスへ感謝の意を示すことすらも禁じられたのだ。

どんな理由があったとしても、管理局員が表だって犯罪者を擁護してはならない。それが事情を知る大人たちの相違だった。

感謝などの友好的な態度を表立って見せてはならない。

もし接触する場合があったとしても、無視するか、局員として犯罪者に接するよう凛とした態度をとるように心掛ける。

嘗て、地球のプールで彼と邂逅した際に、その場にい合わせたはやてとヴィータが彼に声を掛ける事もしなかったのはこの為だ。

何処に人の目潜んでいるのかわからない。一歩でも家を出た瞬間より、常日頃からそのことを意識して行動する。

幾つもの恩義があり内心では感謝の言葉を叫びながらも、表面上にそれを顕わにすることが許されない。

コウタの“能力”で保護された自宅の中でなければ、彼への想いを口にすることが出来ないもどかしさ。

彼女の心に突き刺さった罪悪感と言う名の軛が心の緩みと共に鈍い痛みを走らせる中、はやては上司への文句を呟きながらテーブルに突っ伏して、眠りに落ちていく。

渡された命令書の一節に、決して見過ごしてはならない文面が記載されていたことに、終時気づかぬまま。

 

「母様? 母様~? もう、大事な書類をこんなに散らかして。しょうがない人なんですから――って、あらら? これって、ひょっとして……?」

 

 

――◇◆◇――

 

 

「はやて姉……」

「主はやて……」

「はやてぇ……」

「「はやてちゃん……」」

「主……」

「――いや、マジでゴメン皆」

 

件のイベント当日、八神家ご一行様は支給されたコスプレ衣装に身を包んだ格好でカメラを構えたご来客様へ向けて頬を引き攣らせながらポーズを決めていた。

眩いフラッシュの閃光が輝き、主に男連中の野太い雄叫びが会場を震わせる。

地上本部の案内を行う前に、現役魔導師との交流会と称されたコスプレ撮影会の中心にいたのは、当然の様に八神家一同だ。

超昂なエンジェル様と化したはやて以外の姿はと言えば、

 

コウタは白を基準とした露出多めな忍者。

シグナムはオーソックスなデザインでありながら露出の激しい青を基準としたクール系くノ一。

ヴィータは、普段の三つ編みからツインテールに髪を纏め、何故かパンツ丸見えなツンデレ系くノ一。

シャマルは雷を思わせる黄色の忍び装束とマフラーが目を引く大和撫子な先輩系くノ一。

リインはドデカいガトリングを構えるメイドさん。

ザフィーラは腰の左右に二本の刀を差した侍。

 

そして――

 

「なんで……なんで、リヒトの分まで用意しとんや、あのオヤジ共は!?」

「えっと、似合っていないのでしょうか……?」

「似合うとるよ? 似合うとるんやけど……でもちゃうねん。そういう意味とちゃうねんて!」

「はぁ……?」

 

コテン、と首を傾げるリヒトは、どこかはやての衣装と似通った部品(パーツ)がある小悪魔チックな衣装だ。

胸元で光る逆ハート型のアクセサリーといい、はやてのソレが王道ヒロインならば、リヒトのソレはライバルキャラの物だろうか。

家族一緒に遊んでいる風にしか思っていないリヒトがくるりとその場でターンすれば、裾の短いスカートと腰マントが翻り、彼女の健康的な太股が顕わになる。

湧き立つ歓声は男女双方から。純真な少女の振る舞いに、可愛い物センサーを基本装備している女性たちのハートがブレイクシュートされてしまったようだ。

本心から楽しんでいる娘を止めるのも気が引けてしまうはやてママが助力を求めて家族へと視線を向けるものの、皆一同に視線を逸らす。

全員、リヒトの笑顔を曇らせるような真似をしたくないのだろう。

八神家ヒエラルキーの裏トップとして君臨するリヒト嬢には、誰も叶わないということなのだろう。

 

末娘に籠絡された八神家ご一行を遠目に眺めながら、今回の主犯たる三馬鹿オヤジたちはお互いの額を突き合わせつつほくそ笑む。

 

「くっくっく……見学が無料。だが写真撮影には撮影料を徴収し、さらには望みのポーズをとらせる毎に追加料金を加算する。……ゲンヤ、貴様の策が確かに成ったな」

「ふっ、でしょう? 八神たちの見た目は超一級品、しかもジャンル別に人気を集めやすいってのもありますしねぇ。しかも、観客の意志で金を払っているんだから、俺らが文句を言われる心配も無いって算段でさぁ……!」

「クッ、懐かしいな。俺も若い頃は、やれ若手ナンバーワンのエースだ、地上本部の星だと持て囃され、こういったイベントに借り出された物だ……こうして彼らも、一人前の魔道師として成長していくことだろう」

「そうだ、これはあごきな商売などではなく、地域住民の方々との交友を深めつつ、回収できた資金を来年度予算に組み込むと言う一石二鳥の策略なのだ! 故に! ワシらのやっていることは間違いなく正義なのだ!」

「ウス!」

「うむ」

 

「「「……」」」

 

ビシッ!

 

サムズアップ×三。

地上の平和を守る勇者とはとてもではないが見えない光景が、そこにはあった。

 

「――恥ずかしがっている彼女たちの姿を肴に、真っ昼間からお酒を満喫している人たちが何を言っておられるのですか『父さん』」

「――アッハッハ~~、いかがわしいゲームの衣装を用意してまで、ずいぶんとご機嫌なようねぇ『ゲンヤさん』」

「――うふふ……、カメラまで準備されて、そんなに若い娘が良いんですか? 『隊長』」

 

――ビクウッ!?

 

ぽん、と背後から肩を叩かれたオヤジ共が硬直する。

 

「「「……え?」」」

 

おそるおそる振り返ってみると――

 

「お、オーリス!?」

「げえっ!? クイントォ!?」

「あ、アルピーノ……!?」

 

張り付いたような笑みを浮かべた、彼らが頭の上がらない唯一の存在……レジアスの娘『オーリス・ゲイズ』、ゲンヤの妻『クイント・ナカジマ』、ゼストの部下にしてクイントの同僚『メガーヌ・アルピーノ』が額に特大のバッテンマークを張り付けながら立っていた。

ズゴゴゴゴ……という効果音を背負っているかのような威圧感を放つ女傑三人衆に睨み付けられ、馬鹿オヤジ共の顔から血の気が引く。

彼らが言い訳を口にするよりも速く、目の笑っていない修羅と化した女傑たちにより、死の宣告が下される。

 

「「「で、何をしているんですか、父さん(貴方)(隊長)は?」」」

 

僅かな時が経過した後、地上本部に野太いオヤジ共の悲鳴が木霊したという。

 

 

 

――◇◆◇――

 

 

「ふぅ……撮影会というものは意外と疲れる物だったのですね」

 

中庭の一角のベンチに腰掛けたリヒトは、ジュースの缶を傾けながらそう一人ごちた。

聞き覚えのあるような気がする悲鳴が響いてきた後、手に付着した紅い染みをふき取りつつ爽やかな笑みを浮かべたオーリスたちの指示の元、撮影会は終了された。

今は、来場者たちを公開された本部内を案内するためにはやてたちが借り出されてしまったため、局員ではないリヒトはお役御免となってしまった。

元々休日という事もあってやることも無かった彼女は、母たちの仕事が終わるまで待っていようと、こうして時間を潰していた。

しかし、見学者の方々の目がある中で、気を緩める事が出来ないのか、局員たちは各々の駐屯所や事務所に籠っており、中庭にはリヒトの話し相手になってくれそうな人影は存在していなかった。

聡明ではあるものの、所詮は幼い少女であるリヒトに一人でいられることが長時間耐えられるはずも無く、一人だと寂しいな~的オーラを放ち始めるのにそう時間はかからなかった。

 

「はぁ……」

「溜息を吐くと幸せが逃げてしまうそうだ」

「ひゃぅ!?」

 

誰もいなかったはずの空間から不意に声を掛けられ、驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。

座ったまま跳び上がると言う愉快な反応を返したリヒトを見下ろすのは、ミッドでは珍しい黒髪の男性。

左目を蔽う眼帯が目を惹く、ただそこに在るだけで圧倒されてしまいそうになる絶対的な存在感を醸し出す男性。

頬を赤く染めたリヒトは、彼の顔を見て、透き通った宝石のような双眸を大きく見開いた。

 

「貴方は……竜の神様!?」

「うん……?」

 

自分の本質を感じ取っているらしい少女の確証が籠った声色に、竜の神と呼ばれた男性は、深淵の闇を思わせる漆黒の眼に興味の色を映し、面白そうに右目を細める。

ずっと会いたかった存在との突然の邂逅と言う事態に直面したリヒトは、大きく深呼吸を繰り返して心臓の鼓動を落ち着かせると、おそるおそるベンチの脇に立つ男性を見上げた。

出で立ちこと異なるものの、顔や雰囲気は夢の中で幾度も見た竜の神様の物と寸分たがわぬもの。

何よりも、彼女の中に残された『彼』のチカラの残渣たちが肯定しているのを感じる。

 

――俺に対する敵対心でも刷り込まれているのかと思いきや、存外に真っ当な成長を続けているようだな。

 

「……ヤレヤレ、甘ちゃんと言うか、何と言うか」

「はい?」

 

呟きが聞こえたのだろう、不思議そうな目を向ける少女に、何でもないと手を振って誤魔化す。

『彼』としては、リヒトを研究なりして、自分を打倒するための研究材料(モルモット)とする可能性もあったと考えていた。

彼女たちのお人よしっぷりは理解していたが、それでも世界の命運を左右しかねない自分を捕えるためならば、性根の腐った権力者たちの手で、相当凄惨な目に遭わされていたかもしれない。

或いは、太陽に照らされた世界を謳歌することも敵わず、深層の令嬢や捕らわれのお姫様のような扱いを受けて、どこかの管理外世界で隠蔽され続けるかもしれない。

どちらにせよ、ここまで堂々と『この世界』で生きていられるとは思っても見なかった。

最悪の場合は自分の手で掻っ攫い、責任を以て育てることも視野に入れていた『彼』としては、肩透かしを食らったかのようであるものの、同時に八神 はやてを筆頭とする彼女たちを見直すきっかけになったとも言える。

 

「あ、あの……?」

「ん? ああ、気にするな。自分の人を見る目の無さに、失笑していただけだ」

 

くっくっくっ、と喉を鳴らして笑う『彼』を見上げる、蒼い星光の如き輝きを宿す瞳を持った少女の頭の上に、ポン、と手を置く。

そのまま彼女自慢の絹糸の如き銀の髪を、手櫛で梳く。

誤魔化しているのは明らかなリアクションに、リヒトは突っ込むことが出来なかった。

力強さを感じさせる指の間をリヒトの髪が流れ落ち、なんとも言えぬ感覚を彼女に味あわせていたからだ。

よく、母や姉たちに髪を梳いてもらうのとは全く別次元の、くすぐったくてムズ痒く、されど、とても心地良いゾクゾク感が背筋を駆け昇り、全身の触感が鋭敏さを増していく。

長いまつ毛がぴくぴくと震え、細く開かれた唇からは熱を帯びた溜息が零れ落ちる。

スカートの裾を握り締める指先に至るまで小刻みに震えてしまう事が堪えきれず、きゅぅっ、と閉じた瞼の向こう側で『彼』がどんな顔を浮かべているのかを想像してしまい、恥ずかしさで脳内が沸騰してしまいそうだ。

身体が縮こまり、されるがままに翻弄されるしか出来ないリヒトを見つめる『彼』の顔に浮かぶのは、大切な存在を愛しむ者特有のそれ。

彼女と言う存在の生みの親でもあり、彼女が誕生したあの時から常に意識を割いていた事もあって、リヒトと言う少女は『彼』の大切な存在の内の一つと成りつつあるのかもしれない。

もしこの感情が確かなものであったするのなら、この場で彼女を連れ去っていた事だろう。

大切なものは常に傍らに置いてきたい。古来より、幻想の王たる竜種が美しき宝物を集めると言う習性。

遍く竜の頂に立つ『黄金の竜神』として覚醒を始めている彼にもまた、そういった特性が備わりつつあるのかもしれない。

しかし、少なくとも今はまだそこまでには至っていないようだった。

最後に頬を優しく一撫ですると、そっ、とリヒトの傍らから離れていく。

それに気づいたリヒトが慌てて目を開いた瞬間には、『彼』の姿は霞のように消え去った後であった。場に残されたのは穏やかな風が運んでくる青草の香り、小鳥たちの囀り……そして、収まる兆しを見せてくれない激しい鼓動(ビート)を繰り返す自分の心臓の音。

自分を抱きしめ、夢心地と称するべき光悦の溜飲を噛み締めながら、『彼』がいなくなった寂しさを今度再開した時にどんなお話をしようかという思考で誤魔化すことにした。

 

――もっとも今の彼女にはそれより先にやらなければならないことが残されているのだが。

 

「うぅ~~っ……! 神様のおばか様~~っ!」

 

それは、真っ赤に染まった頬を家族にどう誤魔化すかと言うもの。

リヒトは家族の仕事が終わるその瞬間までに一向に熱の冷める兆しを見せてくれない朱色の頬をどうやって鎮めるべきか、頭を悩ませるのだった。

 

 

祝福の風(リインフォース)から再誕せし優しき光(リヒト)の日常は、蒼き黄金の加護に護られつつ、穏やかに過ぎ去っていくのだった――――。

 




本作ではいい関係を築けている子狸&髭ダルマさん。
コウタが地上に所属した経緯もあって、いろいろと話す機会があったからなんですが、某マッドさん同様の大層愉快な正確に仕上がってしまいました。

罪悪感とか抱いてるはやてたちの目を盗んで、当人たちが普通に接触している件。
ていうか、どうして『彼』のお相手は少女になってしまうのでしょうか……そんな設定も無いのに。

――解せぬ。

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