魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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お待たせしました、白夜 in ”闇の書の闇”戦、開始です。
先に言っておきますが――出し惜しみはありません!


決戦、”闇の書” 『闇の終局』

遂に動き出した“闇の書の闇”……『ナハトヴァール』とも呼ばれる存在がまず行ったのは、攻撃では無く、防御の強化だった。極彩色に映る防御バリアが“闇の書の闇”を覆いつくす。

 

「対魔力と対物理の複合多連層式のバリアフィールド……まったく、面倒なものを用意してくれるものね」

「魔力の密度が濃すぎて、バリアが何層あるのか解析できんな……強度も相当のレベルだと思われる。それでも――やるのだね、クロノ?」

 

冷静に“闇の書の闇”の展開させた障壁について分析を行っていたリンディとグレアムの隣に並び立つクロノが浮かべているのは、悲壮さすら感じさせる覚悟――ではなく、自分たちの勝利を確信しているふてぶてしい笑みだった。

 

「もちろんです。僕たちのやるべきことは何も変わりませんよ。変える必要もありません。何故なら――今の僕たちに、倒せない存在などありはしませんからね!」

 

皆の心を奮い立たせるように、戦意に滾るクロノの声が響き渡る。

悲しき連鎖を終わらせる、そんなクロノの想いを理解したのだろう。皆もまた、その顔が不敵な笑みへと変わっていく。

血気に滾る若者たちを見て、リンディは楽しそうに笑い声を溢し、グレアム次世代を背負う若き世代の成長に、静かに涙を零す。

未来は彼らの手に委ねられたのだ、老兵は言葉少なく立ち去るのみだな。

だが、けじめだけはつけなければならない。愚かな自分に付き合ってくれた娘たちに報いるためにも、もう一人の息子(・・・・・・・)とも呼べる若き執務官の未来を見届けるためにも。

 

「行くぞ皆! “闇の書”に関わる全ての呪い……今日! 此処で断つ!」

『応!!』

 

クロノの号令が発せられた瞬間、大地から生まれ出た触手から、次々と閃光が放たれる。都市部全てを呑み込むほどに広がった闇が蠢き、形を成した悍ましい触手の数、もはや数百はくだらないだろう。

絶え間なく放たれ続ける砲撃の雨を、弾き、受け流し、防ぎ、回避しながらくぐり抜ける。

しかし、大地より降り注ぐ光の豪雨を何とかしなければ、大技を撃つ前の“溜め(チャージ)”を行うことができない。

 

「チィッ!? こうなったら……アリア!」

「わかったわ、ロッテ!」

 

密度を加速的に増していく弾幕を何とかするために、後輩たちが進む道を切り開くために、二体の使い魔が覚悟を決める。

 

「アタシの残存魔力じゃあ、アレを使うのは無理っぽいね」

「私も同じようなものよ。だったら――」

「ああ、そうだね――」

 

「「二人で協力すればいいんじゃない♪」」

 

手を重ね合わせ、心を静かに同調させていく。

同じ(ヒト)から産み落とされた双子の使い魔、故に魔力の質は極めて酷似している。

ならば、互いの間に直接魔力回路(パス)を通せば二人分の魔力を一度に行使できるのではないか?重ねた手と手の間で、リーゼ姉妹の想いの込められた魔法が発現する。

 

「悠久なる凍土……」

「凍てつく棺のうちにて……」

「「永遠の眠りを与えよ……!」」

 

ロッテが歌うように詠唱を紡げば、それをアリアが歌い返す。

重ねた手と手に両者の魔力が集束し、一つの形となって具現化する。

それは万物を凍てつかせる氷の棺。十年もの歳月が磨き上げた、闇を眠らせる氷獄の世界。

 

「「凍てつけ! エターナルコフィン!!」」

 

“闇の書の闇”を指して、詠唱を結ぶ。撃ち放たれた青い魔力は大気と交わり、氷の道となって突き進む。

襲い掛かる触手たちの砲撃をものともせずに闇に支配された大地へと突き刺さり、そこを起点に闇が、触手が、大地が凍結していく。

本体のバリアを破るまでには至らなかったが、その外側で砲撃を放っていた触手たちを氷漬けにしてやることは出来たので、まあ合格点と言えるだろう。

彼女たちの覚悟が起こしたのは、間違いなく奇跡。

術式についての知識は彼女たち自身も持っていた。だが、デバイスによる補助もなく、極大凍結魔法を発動させることなど、通常ならば不可能。

だが、その不可能を現実のものにしてみせた。彼女たちの強い意志が、願いが、この現実を手繰り寄せたのだ。

蒼い魔力の燐光を散らしつつ、二人揃って、してやったりとばかりにふてぶてしい笑みを“闇の書の闇”へと向けてやる。

 

「はぁ、はぁ……よっし! 動きが止まった!」

「貴方たち! ぼさっとしないで、さっさといきなさい!」

 

疲労困憊といった有様でありながら、暗躍を繰り返してきた彼女たちに気遣いすら見せるお人よし集団が立ち止まらないように送り出す。それが自分たちにできる精一杯の罪滅ぼしだ。

触手が完全に凍結したことで嵐のような砲撃が奏でていた怒号が鎮まり返る。

刹那の静寂、それを切り裂くのは紫電を纏いし、天雷の魔法少女。

 

「よおっし! アリシア・テスタロッサと“気高き魔女の箒”【ヴィントブルーム】! 一番槍は私たちがもらったんだよーっ!」

【Beak Shooter……fire!】

 

箒を駆り、夜天に金色の軌跡を描きながら距離を詰め、柄先より魔力弾を撃ち放った。

放たれた八つの魔力弾は、遮るものもないまま一直線にバリアへと突き刺さる。

だが、バリアを破るまでの威力は込められていなかったらしく、僅かなヒビを刻みつけるだけに留まってしまう。それを見た“闇の書の闇”頭部の女性の口元が歪に吊り上る。

まるで、結果の見えすぎてる愚行を繰り返すだけの、無駄な足掻きだと言わんばかりに卑下しているような反応だった。

だが、アリシアの口端も、不敵に吊り上っていく。それはまるで、してやったりと言わんばかりの会心の笑みだった。

そう、大魔導師の後継者たる魔法少女の攻撃がこの程度で済むはずが無い!

 

「ビークシューター、シンクロ!」

 

アリシアが撃ち込んだ魔力弾、その形状は“球体”ではなく“鋭利な三角錐”だった。

まるで猛禽類の鋭爪の如き貫通力を秘めたソレは、バリアに弾き返されるのではなく、深々と食い込み亀裂を走らせていた。

彼女の命令に呼応して、八つの楔と化した魔力弾が輝きを放ち、それらを繋げる光の線を走らせる。

 

「点と点を繋いで線と成し 線と線が交叉すれば 新たなカタチへとうつろい変わる!」

【Break Field……Set!】

 

八つの魔力弾が繋がり、描かれたのは円陣の中で正四角形が二つ回転するミッド式魔法陣。

増幅、障壁貫通効果を付与された魔力増幅用魔法陣だ。

 

「ブルームランチャー……セット!」

【Form change 『Blome Launcher』】

 

乗っていたデバイスから身を翻すと、大きくその形状を変えた相棒を脇に構える。

【ヴィントブルーム】自身の長さは倍以上に延び、その形状は『箒』というよりも『槍』か『狙撃銃』といった方が正しいかもしれない。

杖頭には銃口が備わり、フレーム全体に機械的な外装が装着されている。身の丈を大きく超える相棒を軽々と振り回し、増築されたトリガーに指を掛ける。

 

「ブルームランチャー、砲身解放!」

 

先端の銃口装甲が開き、魔力で生成された疑似砲塔が展開、構築される。

環状魔方陣が砲塔を包み、雷光を撒き散らしながら破壊の魔力が集束されていく。

狙うはバリアに刻まれた魔方陣の中央、ただ一点!

 

「照準セット……誤差修正。同調開始(コネクト・スタート)

【射線軸固定、障壁破壊魔法陣との同調全完了(コネクト・コンプリート)――お嬢様!】

「了解っ! 行くんだよっ! ライジング・ブレイザ――!!」

 

撃ち放たれしは天の裁きを下す雷神の咆哮。紫電を振りまく光の奔流が、バリアに描かれた魔法陣へと突き刺さる。その瞬間、魔法陣が眩い輝きを放ちながら回転を加速させ、紫電の雷光にバリアを喰い破る力を与えていく。雷光の輝きは更なる高みへと昇り続ける。まるで、遥かな天空に座する黄金の竜神の傍らに立つのは己なのだと示すかのように。

バリアが軋みを上げ、“闇の書の闇が”悲鳴を上げる。

だが、まだアリシアの攻撃は終わらない、終わってやらない。

 

「マキシマム――!」

【Burst!】

 

止めとばかりに魔力を注ぎ込めば、雷光の勢いが更なる高みを見せる。

初撃でヒビが刻まれていたバリアはその猛威に耐えきれず、粉々に爆散、第二層にまで深々と亀裂を走らせてみせた。

さらに、撒き散らされた雷光が氷結させていた触手群を軒並み粉砕し、地面を伝って本体の外装を焼き焦がす。

苦痛の悲鳴を上げる“闇の書の闇”に向け、アリシアは右手を銃の形にして弾を打ち出すようなリアクションをしてやった。

 

「BANG! ――そんでもって、よっしゃー! なんだよっ!」

 

残留魔力を排出する愛機に再び跨ったアリシアは、即座にその場を離脱、高速飛翔で“闇の書の闇”の反撃可能エリアから逃れてみせた。

 

「へっ、やるじゃねェかアイツ! んなら、次はアタシの出番だ! 行くぞ、アイゼンっ!」

【Ja!】

 

紫電の魔法少女に続くのは、鉄の男爵を振るいし鉄槌の騎士。

【ギガントフォルム】へと変形させた愛機を肩に担ぎながら、逆の手を軽く振るう。

すると、まるで手品のように指の間に鉄球が出現した。

片手で構えた【グラーフアイゼン】を大きく振りかぶり、生成した鉄球数個を目の前に放る。軽やかに宙に浮かぶ鉄球を見据え、両手でアイゼンの柄を握り締めると、大きく叫びながら振りかぶる。

 

「いっけぇええええっ! ネイルフリーゲンッ!」

 

美しい半円を描くスイングは、理想的な重心移動、腕の振り、弾道の角度を伴って鉄球を一つづつ素早く、コンパクトにかっ飛ばす! まさに、現役メジャーリーガーも真っ青なスーパーショットだ。

撃ち出された鉄球は脆くなったバリア、最もダメージの深い一点に命中する。だが、それだけではない。連続して撃ち出された鉄球が、先に打ち出された鉄球に寸分の狂いもなく命中し続ける。

まるで鉄球が団子のように同じポイントに撃ち込まれ続ける衝撃で、最も先端にある鉄球を押し込んでいく。

撃ち出された五つの鉄球、その最後の一つが撃ち込まれた瞬間、鉄球が連結して別の形へと生まれ変わっていく。

それは『釘』。壊れかけたバリアに突き刺さる銀色の釘であった。

ヴィータは回転による遠心力を上乗せさせながら急接近、全てを打ち砕く相棒を邪悪を撃ち抜く聖なる銀槍、その中央へと叩き付ける!

 

「おおおおおおおっ! ギガ・インパクト……シュラァァアアアアアクッ!!」

 

轟音爆砕。まさにその言葉を体現したかのような衝撃が、結界内部に吹き荒れる。

文字通りの全力を叩き込まれた銀の釘は二層目のバリヤを破壊するだけにとどまらず、次の第三層にまで達するほど深々と突き刺さる。

だがそれで終わりではない。【グラーフアイゼン】のもたらした衝撃は釘の内部を通して“闇の書の闇”本体にまで到達、少なくないダメージを与える。

それと同時に釘をバリアに打ち込んだ状態で爆発させて、三層目のバリアを内側から粉砕していせた

。内外からの同時衝撃《ダブルインパクト》、これこそが【ギガ・インパクトシュラーク】の真骨頂。如何なる堅固な守りも正面から打ち破る、最強の鎚。

衝撃のすさまじさは、バリア越しだと言うのに“闇の書の闇”が地面にめり込みかけてしまっていることが、何よりの証明と言えるだろう。

だが、まだまだ攻撃の手は緩まない。

 

「へっ、やっぱ人間は大地の上に立つべきだよなァ」

 

焼焦げた触手の残骸と砕け散った氷漬けの大地を踏みならしながら近づいていくのはアルク。

指を鳴らしながら軽く跳ねると、ゆっくりとした動きで駆け出していく。低速から中速へ、そして高速へとギアを上げながら、右の拳を握る。

大きく振りかぶったそれは、誰が見ても一目でわかるテレフォンパンチ。されども、それが唯の拳であろうはずも無い。

『バチバチバチ……』と、アルクが握りしめた拳の中から火花のような音が溢れ出してくる。

それは連鎖爆発。いつの爆発を起点として、無数の爆発が連鎖的に起こる現象……アルクの拳の中で行われているのはまさにそれだった。普通の人間ならば手が吹っ飛んでしまうようなバカバカしい行為、されども……それを行うのが彼であるならば、それは最強の拳へと生まれ変わる!

 

「滅龍超奥義……!」

 

十分な加速を得ると、アルクは“闇の書の闇”へと向けて跳躍、突き出した左手を引く反動で、渾身の奥義を叩き込む。

ドラゴンをも屠る、最強の右拳(いちげき)を!

 

天皇竜の断罪(エグゼキューション・ブラスト)ォオオオオオッ!!」

 

全てを破壊する最強の爆発拳技。

その拳は脆くなっていたバリアを、まるで薄紙のように破って見せた。

さらに、撃ち出された拳が触れた箇所で連鎖的に爆発が繰り返され、バリア全体を震わせるほどの衝撃の嵐が吹き荒れる。

ようやく爆発が収まったころには、肉眼で確認できるほどの亀裂、或いはほとんど砕け散ってしまいながらも何とかバリアとしての態を維持している有様の“闇の書の闇”が怒りの形相でアルクを睨み付けていた。

 

「あ、ヤベ……!?」

「アァアアアアアアアアッ!!」

 

怒号とも悲鳴とも取れる叫びを上げる“闇の書の闇”からさらなる魔力が溢れ出す。

濃密な闇色の魔力が衝撃を生み出し、至近距離にいるアルクの動きを縛る。

さらに、破壊したはずの触手の残骸が放出された魔力に包まれたかと思うと、瞬きをする間もなく再生、増幅を繰り返していく。

身体の竦んだアルクを取り囲むように再生を完了した触手の先端、鋭利なカギ爪へと変化させたソレをアルク目掛けて振り下ろした。

 

「ちょ――!?」

 

爆音を響かせながら、アルクの身体が粉塵の中へと消える。

その光景に一同が息を呑む中、呆れたような溜息を零す一人の少女の姿があった。

場違いすぎる異彩にいくつかの困惑の視線が向けられる中、画板ほどの大きさがある魔導書に指を掛け、開いたページに手を翳していた少女……葉月は、数言を唱える。

 

「――影より影へとうつろいなさい」

 

ページを埋め尽くすのは古代文字とも幾何学模様ともとれる文字らしきものの羅列。

その一節をなぞる様に指を走らせば、ビルの残骸に落ちる花梨の影、その輪郭が揺らめき、膨れ上がる。

質量を得た影が、まるで風船が破裂する様にはじけ飛んだ後には、呆けた顔を晒しながら尻餅をついたアルクの姿があった。

 

「へ? え? はぇ?」

「あまり手間をかけさせないでくださいな――っと、危ないですわね」

 

影から影へ、任意の物体を強制転移させる魔法でアルクを助け出して見せた葉月への警戒度を引き上げたらしく、触手から再度放たれた砲撃が彼女目掛けて殺到する。

勢いよく魔導書を閉じるなり、その上に飛び乗って離脱する。彼女の後を追うように振り回される触手が襲い掛かる。葉月は魔導書(グリモワール)をサーフボードのように華麗に操って、それらの猛攻を回避して見せる。

だが、四方から絶え間なく襲いかかってくる砲撃とカギ爪がいい加減にうっとおしくなったのだろう。

左右の人差し指で唇にそっと触れると、勢いよく引き離す。すると指先の間を走るように黄色い線が生まれた。否、それは線ではない。線のように見えるそれは、恐ろしく薄く、鋭利な魔力で生み出された刃であった。回避行動のため激しく動き回る葉月の目の前にぴたりと追随する刃は、主の命が下されるのをじっと待つ猟犬を彷彿させた。

 

「さぁ……おいきなさい!」

 

鋭い気合いと共に勢いよく右手を振り下せば、魔力刃は瞬く間に音速の壁を突破しながら空を翔け、おぞましい触手たちを切り刻んでいく。

オーケストラを束ねる指揮者のように立てた人差し指を振るえば、魔力刃はその動きに従うよう縦横無尽に空を駆け巡り、それなりの強度を誇っていたはずの触手を軒並み伐採していく。

しかも、ただ切り刻んでいる訳ではない。細切れと化した触手はとある異常を起こしていた。それは――

 

「……あれ? 輪切りにされた触手が再生しとらんやと……?」

「いや、違う! 再生していないんじゃない! 再生出来ないんだ(・・・・・・)!」

 

そう、触手の傷口は凍結呪文を受けたかのように凍りついており、その氷が再生を阻んでいたのだ。葉月が放った魔力刃は、ただ魔力を刃に変えたなどという単純なものではなかったのだ。

あの魔力刃を構成するのは『風』、それも超高高度の空気と同じ状態に変質させたもの。

成層圏近くにまで達する空気の温度は氷点下まで達し、水分を一瞬で凍結させるほどの冷気を宿す。

葉月は極寒の風すらも超える『超低温の空気の刃』を生み出して見せたのだ。

魔力に包み込まれることで冷気を内に維持したまま、表層は鋭い刃となって相手を切り裂くこの魔法は、たとえ鋼鉄であろうとも熱したナイフでチーズを切り裂くほど容易く対象を切断し、内に秘めた冷気で傷口を凍てつかせる。

風と氷を組み合わせた複合魔法、さらに触れた対象の魔力を無効化させる完全魔力無効化能力(マジックキャンセラー)まで付与させた冷徹なる死神の刃。

その名を――

 

「『蒼穹羽々斬(ソラノハバキリ)』!」

 

蒼穹の如き青を宿す刃が“闇の書の闇”へと襲い掛かる。

強固な守りであったはずのバリアの残りを一瞬の停滞も見せずに切り裂き、勢いをそのままに本体まで割断してみせた。

甲高い悲鳴を上げながら、左半身を斬り落とされたせいでバランスを崩した“闇の書の闇”の体躯は大きく右側へと傾く。幾種もの魔獣をより合わせて無理やり一つの形にしたかのような足で地面を踏みしめて、体勢を維持しようともがいているが、それを黙って見ていてやる義理も、義務も存在しない!

 

「シグナム、畳みかけて!」

「承知!」

 

シャマルの声に、シグナムは烈火の炎で燃え上がる自らの獲物を掲げることで応えてみせる。

彼女の想いに呼応する様に、【レヴァンティン】もまた、熱く、滾っていた。主に降りかかる火の粉を切り払うことこそ、守護騎士として、一人の剣士としての本懐。

長年連れ添ってきた相棒故に、彼女が掲げる騎士道(しんねん)を理解しているものとして、相棒として、滾らぬ訳にはいかない!

 

「見せてやろう……片刃剣、連結刃、大弓に続く、【レヴァンティン】の新たなる姿を!」

【Wyvern Form!】

 

鞘より引き抜いた【レヴァンティン】の柄に鞘を連結させる。すると鞘が魔力光に包まれて、新しい姿へと生まれ変わる。

それは刃だった。【レヴァンティン】本体と同じ、片刃の長剣。

二つの剣を繋ぎ合わせたようなこの形態は双刃剣。それを勢いよく振るえば、刀身が無数の刃が連なる連結刃へと変化し、風を、大地を削りながら“闇の書の闇”へと迫る。

刃を取り巻く炎の色は彼女の苛烈さを表す烈火の如き『赤』――ではない。燃え盛る炎の鞭によって全方位を囲まれた”闇の書の闇”を照らすのは、双頭の飛龍と化した刃で燃え盛る――『蒼』。

まるで芸術性すら感じさせるような、美しく透き通るような蒼い輝きを放つ“蒼炎”……火力にものを言わせた炎などとは比べるまでも無い。

洗練され、一切の不純物が含まれない蒼き炎こそ、新なる炎の剣士として覚醒した証。胸の奥底より溢れ出してくる主への想いを刃に乗せ、烈火の将が新たなる力を顕現させる!

 

「奥義……蒼龍覇軍!」

 

台風が巻き起こす暴風ですらそよ風だと思えるほどに苛烈な斬閃の嵐が吹き荒れた。

“闇の書の闇”を覆い隠く半球状に展開された蒼き炎の連結刃が、未だ原形を留めていた外装を微塵に切り裂いていく。

破壊力を一点に収束させるのではなく、対象の全方位を包み込むようにして繰り出された斬撃はあまりにも鋭かった。

速すぎる斬撃は“闇の書の闇”に悲鳴を上げる事すら許さない。

柄を握る手首を翻して連結刃を収めた後に残されたのは、外装を余すところなく無残に切り刻まれた“闇の書の闇”の姿だった。

だが、痛々しい風体となっても尚、あれから溢れ出すプレッシャーは微塵も揺るぎを見せていない。まるで、この程度の攻撃など防ぐ価値も無いのだと言わんばかりに。

それについて小さな疑問を抱くものの、追撃の手を緩めてはならないと判断を下す。

 

「シャマルさん、合わせてください!」

「わかりました!」

 

蒼炎の騎士に続くのは、凛とした清風を思わせる絆を見せるユーノとシャマル。

シャマルが腕を振るえば深緑を揺らす翡翠の風が吹き荒び、ユーノの翳した掌に展開された魔法陣から伸びる鎖が唸りを上げる。

 

「「重なりし想いが総てを切り裂く! 翡翠の風よ、走れ!」」

 

二人の想いに応えるかのように、翡翠の風が緑の鎖に絡みついて一つになっていく。

それはまさに、いと深き深緑の柳葉を優しく揺らす翡翠の春風。

自ら先陣に立つのではなく、誰かを支えるために生れ落ちた彼らの道が、互いを想い、重なり合って新しい可能性(みち)を描き出す!

 

「「ゲイルチェーン!!」」

 

幾重にも展開させた魔法陣から放たれるのは、決して壊れない絆を体現する風を纏いし大鎖。

大気を震わせ、小さな乱気流を無数に巻き起こしながら薙ぎ払われた鎖が“闇の書の闇”へと絡みつく。鎖を取り巻く高速回転を起こした風が、まるで掘削機のように外装を削り落としながら締め上げていく。

だが、これだけの攻撃に曝されたというのに“闇の書の闇”の動きが止まる事はない。

本体は勿論、砕かれ、切り刻まれ、灰燼にさせられた触手すらも恐ろしいまでの速度で再生してしまっている。

元の形に戻るとしているのではない、残骸となり果てた触手だったものを苗床に、そこから一回り小さな触手が伸び始めているのだ。形状は先と変わらず悍ましいまま、されども一本の太い触手の残骸から数十にも上る新たな分身が生まれ出てくる様は、まさに煉獄の亡者にすら匹敵する悍ましさだった。

太い支柱から無数の細かい触手が生えているソレは、一見するとイソギンチャクにも見えないことも無いが、海底を彩るあちらとは比べるまでも無い眼下の光景に、少女たちに吐き気が込み上げてしまったのも仕方のないことなのかもしれない。

だが、戦場で気を緩めるそれは、戦士としてあまりにも迂闊すぎた。

正面から相対する形になっていた彼女たちに気づかれないように“闇の書の闇”のちょうど影になる反対側の触手に優先的に魔力を流す。

素早く再生させた触手が鎌首を擡げ、気を緩めてしまった少女たちへと狙いを定めると、再び砲撃の嵐が放たれた。サイズが小さくなった代わりに数と連射速度を向上させたらしく、今度の攻撃はまさに視界を埋め尽くすほどの弾幕の豪雨となって天へと翔け上げる。

狙いはフェイトとはやてだ。回避が難しいこれほどの弾幕の前では、防ぐ以外の手立てはない。

だからこそ装甲の薄いフェイトと、リィンフォースのサポートがあるとはいえ間違いなく素人な故に動きが硬いはやてが標的にされたのだ。だが、二人に攻撃が届くことなどありえない。

なぜならば、そのような魂胆を阻むために彼らは存在しているのだから。

 

「守護獣! 手ェ貸しな!」

「……よかろう! 盾の守護獣の誇り、見せてやろう!」

 

アルフとザフィーラ、使い魔と守護獣……似て非なる存在であろうとも、彼らの胸中に定められし覚悟は同じもの。主を、大切な人を、あまねく災厄から守り抜く盾となり、敵を屠る牙となる。

それこそが彼らの望み、彼らの信念。彼らの――譲れぬ誓い!

自分自身に刻み付けた覚悟を胸に、主を害なそうとする災厄の前に立ちふさがる。

主を毛先ほども傷付けたりはしないという確かな想いの炎を灯しながら、二人の魔力が渦を巻き、垣根を超えた新たなる力を呼び起こす!

先手を取ったのはザフィーラ。裂号の気合いと共に魔力が放出され、大地が隆起を起こす。

白き輝きを放つそれはまるで巨大なる槍。防御と呪縛の特性を有する盾の守護獣最高の魔法【鋼の軛】。

地面から生えた魔力の槍は、魔力を集束させていた触手たちを一つ残らず貫き、串刺しにしていく。

だが、まだ終わりではない。両腕を翳し、魔法を発動させ続けているザフィーラの手に重ねられるのは、優しき少女を守ると誓った気高き狼。

オレンジ色の雷光へと変化させた魔力がザフィーラの手を通じて、大地を埋め尽くす槍へと伝わっていく。

威力増加、雷属性付与のブースト魔法による支援を受けて、堅牢なる【鋼の軛】がその勢いをさらに増す。

“闇の書の闇”すら串刺しにしてしまうほどに巨大化した燈色の魔槍同士が、まるで共鳴するかのように振動し、帯電を起こしたかのように雷光を振りまいていく。

放たれた雷光同士が結びつき、光の円周を描く。それは槍と雷による半球状の結界。

大地を(はし)りながら増幅し合った雷による熱量が、悲鳴を上げる“闇の書の闇”を焼き尽くしていく。

 

【トライ・レゾナンス・ファング】

 

それこそがこの魔法の正体。

【鋼の軛】を増幅器として発生させた雷光が生み出す超高熱によって相手を焼き尽くす攻性型結界魔法、相手の攻撃を防ぐのではなく、攻撃事態を出来なくするという発想を体現化させた合体魔法だった。

 

結界に捕らわれてもだえ苦しむ主人を傷つけようとした敵(闇の書の闇)へと、勝ち誇った笑みを浮かべながら振り返っ――た瞬間、アルフとザフィーラの獣としての直感が全力で危険信号(アラート)を鳴らす。

 

「――来るか!」

 

爆発的に高まった魔力の放出によって結界を突き破った“闇の書の闇”の頭部に備わった女性体から閃光が放たれる。

悍ましい下半身部分に埋まっていた両手を引き抜き、重ね合わせて放たれた魔力砲は、抜き打ちであるというのに冗談みたいな威力と魔力が籠められていた。閃光というよりも、光の柱と呼んだ方が正しい一撃は、一切の躊躇も無くダークネスただ一人目掛けて撃ち放たれていた。

迫り来る閃光を前にして、されど彼の表情に悲壮さなどは微塵も無い。それは当たり前のことだろう。

何故なら――この程度(・・・・)の攻撃を警戒する理由など欠片もありはしないのだから。

腕を組んだまま、逃げる素振りも見せぬ彼が動きを見せたのはほんの一部、腰部から生えた鋭利な刃を繋ぎ合わせたかのような竜尾のみであった。

太く重量感のある竜尾が撓り、唸りを上げて迫り来る閃光へと叩き付けられる。

たったそれだけ。たったそれだけで、【スターライトブレイカ―】に匹敵する一撃は粉々に打ち砕かれてしまう。

激突による残留魔力の乱気流が、ダークネスの腰まで伸びた黒髪を揺らす。

 

「その程度か? なぁ……『白夜』?」

 

不意打ちを容易く無効化され、嘲りを投げつけられた“闇の書の闇”がその全身を大きく震わせた次の瞬間、突如として女性体に亀裂が走る。

ダメージ蓄積による破壊などではない、まるで蛹から蝶が羽化するかのように、内側から魔力と共に何かが姿を現わそうとしているのだ。

程なくして、その者は姿を表した。目も眩むような白い魔力を放出させ、砕け散った女性体に成り代わるように上半身を生やした男。

むき出しの皮膚には文様らしきものが縦横無尽に刻み込まれてり、肌の色もまるで死人のように真っ白だ。逆立つ頭髪の奥から幾本もの角が生え、背中から伸びたパイプのような器官がキメラのような下半身に繋がっている。

かつて、No.”0”を名乗っていた大神に選ばれたと豪語していた少年『新羅 白夜』の成れの果てがそこに在った。

操り人形のような気味の悪い動きで顔を擡げ、青ざめた表情で自分を凝視している少女たちと、自分を差し置いてその傍らに立つ”悪党”どもへと血走った眼光を投げつける。

 

【■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!】

 

咆哮。人間の声帯では決して表現することの叶わないであろう叫びは、このような結末を迎えてしまった己に対する悲嘆によるものか、それともこんな状態になるまで追い込んだ元凶へと向ける憤怒によるものなのか、誰にも理解できなかった。

ただ一つだけ言えることは、”自業自得”という単語は彼の辞書に存在していないのだという事実。

そして、もはや普通の人間に戻ることは叶わないと悟った彼が自棄を起こして襲い掛かってきたという確たる現実のみ。

激怒の怒りに呼応して溢れ出すのは白と黒が混じりあった歪な魔力、人外になり果てたが故に扱い切れるようになった底無しの魔力にものを言わせ、砲撃用の触手を瞬く間に再生、増殖させながら展開、視界全てを埋め尽くすほどの悍ましい森林群と化したそれらから一斉に弾幕を展開させた。集束の必要などもはやない、”特典”として与えられたSSSランクに相当する白夜の魔力と”闇の書の闇”が蓄えた暗黒の魔力、圧倒的すぎるエネルギーはただ撃ち出すだけで、艦隊砲撃に匹敵する砲撃の雨を生み出すのだ。

まるで大地全てを敵に回したかのような圧倒的すぎる攻撃の嵐、視界全てを埋め尽くす砲撃に加えて、時折誤射を恐れずに伸ばされた触手による打撃まで含まれているのだ。

自分自身の砲撃で穴だらけになった触手も一瞬で再生しては、皆を弾き飛ばそうと再び伸ばされてくる。このコンビネーションの前では鋭い回避行動を試みようとも避けきることができず、かといって堅牢な障壁をに籠るだけでは反撃の糸口をつかむこともできない。

無限大の魔力と再生能力を有するが故にできる捨て身にも似た猛攻であるが、魔力、体力共に有限の物しか持ち合わせていない彼女らにとって、時間をかけすぎるのは自らの首を絞める以外の何物でもない。

しかし、大技を撃とうにも此処まで激しい猛攻に晒されながら動きを止めて溜め(チャージ)を試みる余裕はない。

どれほど堅牢な障壁を生み出そうとも、触手に捕らわれてしまったらそれごと地面に叩き付けられてしまうことだろう。

だからこそ、皆は障壁を維持しつつ動き回っているのだから。

 

「……お前たち、少しだけじっとしていろ」

 

場違いなまでに落ち着いた声が一同の意識を集める。

集まる視線の収束点、皆よりもはるかな上空に佇んでいた左右に広げた両掌に『金』と『黒』の魔力球を生み出しているダークネスの姿があった。

砲撃も、触手による打ち付けも弾き返す強固な障壁を展開させていた彼は、怨嗟の咆哮を叫び続けている”闇の書の闇”に取り込まれた”0”(白夜)を不敵に見下ろしながら魔力を高めていく。

 

「ちょっ、アンタ! 何を一人だけ強力な障壁を展開させているのよ! 私たちも守ってくれてもいいじゃない!」

 

ほぼ全員が思ったであろう意見を口にする花梨に向けられたのは、『コイツ、何を言っているんだ?』と言わんばかりの怪訝な表情。

全滅を前にしている一同を、ダークネスはまるで何事も起こっていないかのように悠然と――そしてハッキリと言ってのける。

 

「お前は何を言っているんだ? 俺は障壁なんてものを展開させた覚えなどない(・・・・・・・・・・・)が?」

 

――そう、嵐のような猛攻を防いでいるのは障壁などという陳腐なものではない。

あれは全てを呑み込み、消滅させてしまうほどに強大な魔力の奔流……されども、”闇の書の闇”の攻撃を遮っているものの正体は、志向性を与えられていないただの魔力(・・)

そう……攻撃を繰り出すため、魔力を集束させた際に放出された魔力粒子(エーテル)に過ぎないのだ。

彼の眼にはひどく滑稽に映っていたことだろう。視界を埋め尽くす弾幕の嵐……そんな、毛ほども役に立たない目晦まし程度を必死になって捌いていた彼女たちの姿が。

と同時に、一同は否応なしに悟る。

彼にとって”脅威”となりうる存在など、もはやどこにも存在していないのだと言う理不尽なまでの現実に――!

天空を照らし上げる究極なる黄金光(ひかり)に警戒を高めた”闇の書の闇”は、一際巨大な触手をいくつもより合わせて巨大な槍のような形状へと変化させた。

その切っ先に備わったカギ爪が組み合さり、極大の螺旋機構(ドリル)へと変容したソレを、悪党の親玉(ラスボス)を穿たんと撃ち放たれた。

大地そのものと化した深き闇の魔力を集束させた一撃は、天すらも穿たんばかりの勢いで突き進み、ダークネスへと襲い掛かる。

しかし……あまねく破壊の力を秘めているであろう凶獣の一撃を前にして、ダークネスの顔に焦りの色は――ない。

何故ならば……彼は理解しているからだ。

たとえ”闇の書の闇”(ヤツ)が大地全てを支配下に置いたのだとしても……遥かな天を飛翔する黄金神(おのれ)を墜とすことなど不可能なのだから!

 

突き出した腕先で集束を完了させた対極にある閃光球を天高々に打ち上げる。

黄金と漆黒の魔力球は螺旋を描きながら遥かな天空へと立ち上り、一つに交わってはじけ飛ぶ。

拡散していく魔力粒子(エーテル)……その一つ一つの粒子を中心に魔方陣が形成されていく。

呆気にとられた一同の視線を集める先、結界の影響で色褪せた星空を埋め尽くすのは、漆黒の円陣の中に黄金の六芒星が刻まれた幾何学模様の魔法陣。

まさにこれは数えることも億劫になりそうなほどに圧倒的すぎる数の暴力。『金』と『黒』に埋め尽くされた天空へ向け、ダークネスが片手を振り上げれば、それと呼応するかのように魔方陣たちが一斉にその回転を増しながら輝きを増していく。

魔力を練り上げ、集められた魔力はたった一つ、純粋なる破壊の奔流へと変換されていく。

生み出されるのは漆黒の縁取りに覆われた黄金色の魔力球。生成された僕たちは、主に仇名す”闇の書の闇”(てき)を滅するためだけに、更なる魔力の高まりを見せる。

 

【■■■ッ……! ■■■■■■■■■■■――ッ!!】

 

ダークネスの眼前に迫るのは、圧倒的など憎悪の込められし螺旋角。それはまさに、神へと仇成す凶獣の咆哮!

 

「終末を呼びし暗き光 現の世を黄昏に染め上げ 終焉なる黙示録を告げよ……!」

 

されども、相対するは世界を染め上げるほどの魔力(想い)が生み出した、星々の綺羅光。

大空(ソラ)をも支配する黄金光(ひかり)の前に、地に這いつくばる獣風情が抗えるはずも無い――!

 

「――『黙示録が語りし災厄(アポカリプス・ブレイザー)』――!」

 

腕が振り下ろされると同時に、天上で輝きを放っていた魔法陣から膨大過ぎる砲撃の豪雨が降り注ぐ。世界を埋め尽くす光の嵐……正しくそれは、神話に記されし黙示録を彷彿させる究極なる災厄そのもの――!

 

 

――『黙示録が語りし災厄(アポカリプス・ブレイザー)』――

 

遥かな神代(かみよ)の時代、“災厄を巻き起こす光”と呼ばれ恐れられた最強にして最凶の超広域殲滅魔法。

美しい輝きとは裏腹に、見上げる天空、その全てを覆い尽くすほどに多重展開させた魔法陣から降り注ぐ魔導砲の豪雨は、大地を抉り、永遠なる死の大地へと誘う。

星を、世界を焼き尽くす神々の焔を体現させたこの神代魔法の前では、長き年月をかけて造り上げた無限の魔力であろうとも、到底太刀打ち出来ようはずも無い。

超常の存在である神々ですら恐れ、禁忌と定めた災厄の輝きから逃れられる術など存在しないのだから――!

 

迫り来る螺旋角を刹那をも待たぬ瞬間に消滅させた星光は、凶獣の宿す闇を浄化しながら大地へと降り注ぐ。

闇の浸食を受けた大地そのものを砕き、完全なる“無”へと変えていく光景を呆然と見つめているのは、彼を除くほぼ全員だ。

アリシアとシュテルは純粋にダークネスのチカラの片鱗を垣間見て、まるで己自身の事のように誇らしげに胸を張り、ルビーは好機に眼を輝かせながら熱に侵されたかのごとく熱っぽい視線を彼へと送っていた。残りはただ茫然と、目の前で繰り広げられる蹂躙を見つめることしか出来ない。

やがて降り注ぐ光の雨が止んだ先には、蹂躙の爪痕が顕わになる。

目に映るのはまさしく黙示録もかくやと称するべき光景。

流星群が降り注いだかのような大地は地表の大半が消し飛ばされ、幾層もの断層が目視できるほどの大穴が点在している。

大地を埋め尽くしていたはずの闇は跡形もなく浄化されて、後に残っているのは原形も留めないくらい細かく打ち砕かれた瓦礫の破片のみ。

否、そうとは言えないかもしれない。何故なら、かつて都市部があったはずの(・・・・・・)場所に鎮座する黒い塊が存在していたからだ。

ただの肉塊と化していたそれは突如、一同の見ている前で焼爛れた表面が沸騰するように泡立ち始めた。泡が弾け飛び、飛び散った肉片からさらに泡を発生させる。

吐き気を催すしか出来ない少女たちの悲鳴が木霊する中、膨張する様に飛び散った肉片がより合わさり、繋ぎ合わさってその体積を増していく。

まるでアメーバかスライムのような姿のまま、膨張を繰り返していく存在の外周部分から、見覚えのありすぎる物が這い出してきたことで、彼らはようやくあの物体の正体にたどり着いた。

 

「あの触手は……! やはり“闇の書の闇”か!?」

「しぶと過ぎんだろ! どんだけ根性ありやがるんだよ!?」

 

トゲの代わりに触手を生やしたウニの様な形状と化した“闇の書の闇”から、獣の如き唸り声が発せられる。

発声器官は見当たらないが、どうやらスライム状の身体を振動させることで声のようなものを出しているらしい。

最も、あの回復量から鑑みるに、そう時間をかけずとも発声器官を修復してしまうかもしれないが。

だが。ヒーローの変身シーンを邪魔したりしない律儀な悪者じゃああるまいし、再生をおとなしく見過ごしてやるほど大きな心の持ち主など、この場には存在していない。

 

「悪いが、みすみす修復させてやるつもりは無い! このまま追撃するぞ!」

 

クロノは両手に構えたデバイス――左手で握った【デュランダル】と右手に握った【S2U】――を頭上で交叉させ、魔力を注ぎこんでいく。

右手に構えるのは、母の愛情と想いが籠められし相棒。連れ添い、共に成長してきた無二の分身とも呼べる魔導の杖。

左手に構えるのは、悲しき連鎖を断ち切りたいと言う師匠の願いがカタチを成したもの。信念を貫く強さを受け継いだ証たる氷結の杖。

母と師匠、彼らの想いを胸に宿し、一つに束ねながら前を見据える。

クロノの目に映るのは復讐の対象などではなく……尊敬し、その背中を追い続けてきた尊敬する父の姿。

己の正義を貫き通したあの背中に今こそ追いつき……いや、追い越して見せる!

憎しみも悲しみも超越して……ただ、力無き人々の笑顔を守護するという『自分だけの正義』を成すために、そして、一人の男として偉大なる父を乗り越えるために、クロノの胸に宿った炎が熱く滾っていく。

執務官としての彼が最小の犠牲で最大の効果を得られるのならば、それも止むなしなのだと囁く。

だが、今だけはそんな考えを捨て去ることにする。誰も悲しまず、皆が笑顔で迎えられる未来を掴み取るために……、夢のような結末(ハッピーエンド)を迎えるために!

そんな誰もが願う理想を……今こそ叶えてみせる!

 

「悠久なる凍土 天翔ける刃となりて 我が敵を氷砕せよ」

 

交叉させたデバイスを大きく振りかぶる。

詠唱の終了と共に、クロノの足元には二重の発動補助用魔法陣が形成される。透き通る氷の如き水色と、深い海の如き青。

デバイスを通して受け継いだ心が、想いが、魂が、唸りを上げる魔力と同調して最高の魔法を形づくる。

大空を埋め尽くすほどに展開されたのは、凍えるほどに美しい氷の剣軍。全てを凍てつかせ、あまねく悪を断罪する正義の氷刃。

クロノは重ね合わせたデバイスを振り下ろすと同時に、最後の詠唱を叫ぶ!

 

「氷獄の檻へと沈め! エターナル・フォース……ブレイダ――!」

 

クロノの想いを乗せた氷剣の軍勢が、“闇の書の闇”へと降り注ぐ。

再生する暇も与えぬ剣戟の嵐、切り裂き、凍てつかせ……そして粉微塵に打ち砕く。

新たに再生させた触手は勿論、未だバリアを再展開できないでいる本体にまで容赦なく突き刺さった氷の剣は、すべての存在を等しく氷の無限獄へと誘っていく。

“闇の書の闇”の凍結され、脆くなった肉体が崩れ落ちていく。それでも、アレの悪あがきが終わる事はなかった。

氷砕された箇所を自ら切り捨て、欠損部分を内側から膨張させた肉片で埋めると言う無茶を繰り返して、何とか再生しようと足掻き続けている。

されども、その目論見は彼女(・・)の手によって容易く阻止されてしまうこととなる。

 

「うっわ、きっもち悪ゥ……いい加減にクタバレよ、お前」

 

隠そうともしない不快感と嫌悪感をありありと表したルビーが、軽く腕を振るう。

たったそれだけ。たったそれだけで、修復途中の“闇の書の闇”の動きが、ぴたりと静止してしまう。

それ(・・)が何なのかを知っていたユーリ以外の全員が驚く前で――ダークネスと葉月だけは彼女から奔る赤い線に気づいて目を見開いていたが――、光の軌跡を残す光刃が“闇の書の闇”を縛り上げていた。

いつの間に拘束して見せたのか……そして、細い糸を数本、たったそれだけでどうすればあの巨大な魔力の塊を拘束できるというのか。

もがくことも忘れたかのように動きを止めた“闇の書の闇”に向けて、細められた目に愉悦を浮かべたルビーが無慈悲なる断罪を宣告する!

 

「――『嘲笑う運命の女神(シャイナ・ダルク)』――!」

 

ルビーが腕を一閃して放つのは、かつて”Ⅳ”(新藤 荒貴)を葬り去った冷徹なる女神の一撃。ルビーの揮う糸、【ディザスターロード】に秘められた“能力”『狂い踊る人形劇(ドール・パピヨン)』によって、“抵抗する意思を感じなくなった”余計なモノ(・・・・・)へと、真紅の閃光が降り注ぐ。

 

 

――『嘲笑う運命の女神(シャイナ・ダルク)』――

 

“どんなものでも切り裂く”、“対象の存在をなかったことにする”という複数の概念を一つに束ねた重複概念魔法。

元来、概念魔法というものは1つの概念しか内包できないという理を容易く塗り替えた人形師の糸によって、彼女の用意した項目を演じる資格すらない不要物が、見るも無残に切り刻まれていく。

覚悟や信念、妄執……誰であろうとも必ず心の秘めているであろう精神の支柱、それを無慈悲に、嘲笑いながら奪い去るこの一撃こそ、まさに彼女の本質を体現させた神代魔法であると言えよう。

 

 

ここまでされても活動を止めようとしない“闇の書の闇”の四方を取り囲むのは、軛から解放された“紫天の書”に連なる少女たち。

あの醜き肉塊の中で眠っているのであろう、知識として知る存在を思い、何とも言えない気持ちになってしまう……が、『まあ、別にいいか』とさっさと切り替える。

姿形が同じだとしても、彼女たちは確たる個を確立させているのだから。

 

「翔けよ、明星! 全てを断ち斬る(ホムラ)と変われ……!」

 

星光の如き輝きを放つ意志を持つ殲滅者が頭上へ掲げた【ルシフェリオン】の先端に収束された魔力球、そこから吹き上がるように放出された焔へと変わった魔力の柱が天空へと伸びる。

練り上げられた魔力が形を変え、世界をも両断する神成る炎の剣と化す!

 

「今の僕は、さいきょー無敵にカッコイイ! 唸れ雷獣! 走れ雷光!」

 

雷の如き苛烈さと幼子の如き無邪気さを併せ持つ襲撃者は、魔力を身の丈を超える刃へと収束させた相棒【バルニフィカス】を後方へと振りかぶる。

 

「紫天に吼えよ、我が魂! 目覚めし巨重の叫びを聞くがいい!」

 

闇夜すら統べる夜の王の手の中で勢いよく捲られていく“紫天の書”、それに呼応するかの様に、王の前方に五つの魔法陣が形成される。

 

「穢れし汝の魂……古の叡智にて浄化します!」

 

永遠なる力を宿した心優しき盟主の身体が真紅に染まる。

盟主は眼前に展開させた異空間へと通じる孔――“闇の書の闇”の中心部へと続くもの――へと腕を沈め、あるものを引きずり出すように引き抜いた。それは暗き闇に染まった心の結晶、剣の様にも杭のようにも見える歪な形状をしたソレを真紅の霧状の翼……『魂翼』で掴み取ると、身体を捻り遠心力を加算させながら勢いよく投擲する。

自身の心の闇を具象化させた杭を打ち込まれた“闇の書の闇”が悲鳴を上げた瞬間、詠唱が終わった極限なる三重の絶技が解き放たれる!

 

「ルシフェリオン・ブレイザ――!!」

「無双雷帝! 極光翼斬(きょっこーよくざーん)!!」

「ジャガーノートォ……アポクリフィスゥゥウウウッ!!」

 

天空を切り裂く焔の絶剣が刹那の抵抗も許さずに“闇の書の闇”を焼き斬りながら両断し、大地を薙ぎ払うように振るわれた蒼雷の剛剣が更に上下を分断する。

宙を舞う四つに分断された“闇の書の闇”の周囲に闇色の魔導砲が着弾する――が、それで王の攻撃は終わってはいなかった。

五つの着弾地点を中心に、そこからさらに四つの魔法陣が形成される。

神速見紛う速度で魔方陣に魔力が収束されると、それらが一斉に解き放たれた。

二十連続の空間殲滅超重力砲撃の嵐に呑み込まれ、凄まじい爆炎が舞い踊る。

しかし――これでもまだ、彼女らの攻撃は終わってはいない!

 

――トンッ……。

 

轟音が響く中で不自然なまでに場違いな音を立てながら、四つに分断された肉体を再び繋ぎ合わせようとしていた“闇の書の闇”に突き刺さったままの杭の上に少女が降り立つ。心の闇そのものとも呼べる杭は、三重連撃に晒されてもなお、微塵も揺るがぬままそこに在った。

 

「これこそがあなたの罪……その真なる姿」

 

盟主たる少女が、悲しげにそう呟く。果たしてそれに込められていたのは如何なる思いだったのだろうか。

そっ、と彼女の手が触れた箇所から魔力が注ぎ込まれると、杭の表面を突き破るように無数の茨が生まれ出ていく。

それは“闇の書の闇”に突き刺さって見えない部分も同じらしく、まさに母の腹を喰い破って誕生する鬼子を連想させる勢いで、内部から次々と発生する茨で串刺しにされていく。

 

「さようなら――エンシェントマトリクス・ジ・エンドレス」

 

禍々しい狂刃と化した杭を盟主が蹴り飛ばしながら離脱すると同時にそれが爆散、再生途中だった肉片を粉微塵に粉砕していく。

流石の“闇の書の闇”も内側からの爆発には相当のダメージを負ったらしく、目に見えて再生速度が落ちる。それでもかろうじて残された細胞から膨張を繰り返して復活を目論むものの、修復を優先し過ぎて破滅の使者の存在がいまだ健在だと言う事実を失念してしまった。

それに気づいた時にはもう、全てが手遅れだった。

夜天を照らすかのごとき眩い輝きを放つ魔力の奔流が、主の命により解き放たれるのを待ち構えていたのだから。

 

「ごめんな……全部、あんたに押し付けてもうて……」

 

ベルカ式特有の三角形の魔法陣に魔力を収束させながら、はやては謝罪の言葉を零す。

“闇の書”を“闇の書”たらしめていた防御プログラムの成れの果て――“闇の書の闇”。

“闇の書”に関わる全ての罪の元凶という立場を押し付けようとしている自分自身が、はやてはどうしようもなく矮小な存在なのだと思い知っていた。

全てを背負う、騎士たちを家族として受け入れると『決断』したというのに、結局、自分のやっていることは自分以外に憎悪が向けられるように防御プログラムを切り捨てようとしているだけなのではないか?

受け入れると言いながら、切り捨てるという矛盾。少女が背負うには重すぎる現実が齎す胸を締め付けるような痛みに、思わずはやては目を伏せてしまう。

 

――その瞬間、融合しているリインフォースの警告を知らせる声を消し去る勢いで、“闇の書の闇”から黒いナニカが彼女目掛けて撃ち放たれた。

 

黒い砲弾の中から、まるで泥を振り払うように姿を現したのは炎で形づくられた一体の人形。炎の剣を両手で握り、突き刺す様に構えながらはやて目掛けて突っ込んでくる。

それは白夜の“能力”『Michael(ミカエル)』と『Metatron(メタトロン)』で生み出された炎の傀儡(小型版)だった。危機を感じた“闇の書の闇”が、砲撃を放とうとしている四人の中で最も制しやすいと判断したはやて目掛けて襲いかかる。

だが。

 

「え?」

 

恐怖で目を閉じてしまったはやての耳に、甲高い金属音の如き音が響く。呆然と目を見開いたはやてが、己を救わんと立ち塞がってくれた相手の名を呟く。

 

「グレアム、おじさん……?」

 

一般局員に支給されるストレージデバイスを構えながら、防御障壁を展開させて炎の傀儡の攻撃を受け止めていたのは、間違いなくグレアムだった。

脂汗を滲ませ、歯を食いしばりながら必死の形相ではやてを守り続けるグレアムに、彼女の口から疑問が飛ぶ。

 

「なんで……? おじさん、私のこと憎んどったんじゃ……?」

「勘違いしなでくれ、はやて君……私が憎悪していたのは“闇の書”――いや、正しくは“闇の書”の巻き起こしたかつての悲劇を食い止められなかった私自身に他ならない。君の未来を奪い去ろうとしたことに対する後ろめたさこそあれど、憎しみなどは一切持ち合わせてはおらんさ」

「おじさん……!」

「――だからと言って、提督の命を賭ける時は今ではありませんよ?」

 

量産型故の強度不足によってデバイスのフレームが軋み始め、最悪の時は自分の身そのものを以てはやての盾となろうと覚悟を決めたグレアムに、呆れたような声がかけられた。

声の主は彼にとって家族同然の付き合いを続けてきた女性……リンディ・ハラオウン。歪曲力場を展開させる防御魔法【ディスト―ションシールド】を展開させながら、軽々しく命を散らそうとした家族(・・)に向けて、窘めるような口調で告げる。

 

「夫の、クライドの願いを果たすためにも貴方は生きなければなりませんよ。あの人はこう言っていたはずです……悲しき連鎖を終わらせてくれ――と!」

「っ!? あ、ああ……そうだな、彼ならばきっと……そう言うに違いない!」

 

少しだけ嬉しそうに口端を吊り上げたグレアムとリンディは障壁に過剰なまでの魔力を注ぎこむと、一瞬だけ輝きを増した障壁がはじけ飛ぶように爆発する。

爆発の衝撃を全て炎の傀儡側へと向けた攻撃性防御魔法【バリアバースト】の応用技だ。

グレアムの障壁が爆発のエネルギーを反射し、リンディの【ディスト―ションシールド】が反転する様に傀儡を包み込み、爆発のエネルギーごと内部に閉じ込める。

逃げ場を失った魔力エネルギーが歪曲場の中で渦巻き、炎の傀儡を粉々に砕いていく。

そして――起死回生の逆転手をも破られた“闇の書の闇”に、極大たる魔導砲撃が叩き込まれる!

 

全開集束(マックスチャージ)完了ッ! 行くよ……【レイジングハート】ッ!」

【Barrel Shot】

 

限界を超えた魔力砲撃を安定させるために、弾道を安定させる効果を秘めた衝撃型砲撃【バレルショット】が放たれて“闇の書の闇”を磔にしつつ、集束させた魔力全てを注ぎ込んだ魔力球を生成していく。

星の輝きを宿す少女に並び立つ少女たちもまた、全てを出し切るために魔力を、心を燃え上がらせる。

 

「全力全開ッ! スターライトブレイカー・ハイペリオンッ!」

「雷光一閃ッ! プラズマザンバー・イグナイトッ!」

 

なのはとフェイトから解き放たれしは桜色の極光と金色の斬光。装填可能なカートリッジ全てを一度に消費することで発動可能となる、まさに『とっておき』の切り札。

最強を超えた究極なる破壊の奔流に押し潰されるように、中空に拘束されていた“闇の書の闇”が地面へと叩き付けられる。

 

「まだっ!」

 

それに追撃をかけるのは目も眩む真紅の輝きを放つ魔力を集束させた花梨だ。

少女の周囲に浮かび上がる十二の恒星、そしてデバイスの先端に生成された十三番目の巨大な魔力球。

巨大な星の周囲に浮かぶ十二の星々……その輝きが今、解き放たれる!

 

「アークエンドォオオ……ブレイカァァアアアアアッ!!

 

衛星の如き追随する魔力球の正体、それは立体型増幅魔法陣だ。

これにより、花梨の限界まで魔力を注ぎ込んで放った集束砲を、対象に着弾するまでの間に更なる威力強化を施すことが可能となる。

文字通り、術者の限界すら超えた究極なる集束砲撃魔法。妹のお株を奪うほどに凄まじい閃光が、その破壊力を天井知らずに増幅させながら突き進む。

そして――着弾。

なのはとフェイトの魔力と混ざり合い、さらなる威力を体現させてみせた。だと言うのに、“闇の書の闇”は再生を繰り返そうと足掻き続ける。

コアを露出させまいと魔力を振り絞り、砕かれるよりも速く、体組織を修復していく。破壊と修復の拮抗が破られそうにまで至り、少女たちの頬を冷や汗が流れ落ちる。

 

「オオオ……! オオォアアアアアアアアアっ!」

 

防御プログラムが悲痛なる雄たけびを上げる。

それはまるで無限獄からの解放を喜ぶ歓喜の叫びのようであり、存在あるものすべてを憎む激情の籠った怨嗟の咆哮のようでもあった。

果たして彼女が何を望んでいたのか、それを知ることは永遠に叶わぬ願いなのかもしれない。

 

だが。

 

「身勝手言っとんのはわかっとる。許してくれとも言えへん。それでも――……あなたの想いも、悲しみも……全部ウチに背負わせてほしい。やから――」

 

はやては『決断』したのだ。

夜天の主たる自分が全てを背負うと。家族の悲しみも苦しみも受け止めながら、一緒に生きていこうと決めた。

グレアムたちが気づかせてくれた。自分は一人ではないことに。

支えてくれる人たちがいる、傍らに寄り添ってくれる家族がいる、一緒に苦楽を共にしてくれる友達がいる。

ならば……きっと自分は、まっすぐ前を見て歩いて行けると思えるから。

だから――

 

「アンタはゆっくりとお休み……リインフォース!」

【はっ! わが主の望まれるままに!】

「【オーバードライブ……イグニッション!】」

 

はやてとリインフォース、二人の覚悟が一つになって莫大な魔力の奔流を生み出していく。

深遠なる闇の底、いと深き場をも照らし出す夜空に泳ぐ星々の如ききらめきが、二人にして一人の”王”の元へと集う。

それは終焉を告げる笛の音色、覚めること無き闇に沈んだ悲しき半身に別れを告げる弔いの歌。

 

「【ラグナレイド・ギャラルホルン!!】」

 

解き放たれた第四の極光が、足掻き続ける“闇の書の闇”へと降り注ぐ。

先に放たれていた魔力と重なり、一点に収束された魔力が相乗効果でさらにその威力を増しながら一斉に解放、もし現実世界であれば確実に海鳴市が消し飛ばされていたであろう程の大爆発を巻き起こした。

やがて光と衝撃が収束に向かい、少しずつ視界が開けていく。だが、そこに存在するモノに気づいたものたちが揃って言葉を無くす。

煙が晴れた爆心地は、まさに天変地異が起こったかのごとき凄まじいものであった。

地表は深々と削り取られ、海岸線も大きく遠ざかっているように見える。まさに世界滅亡もかくやと称するべき惨状。

これを起こした者が年端も無い少女だとは、とてもではないが信じられない光景だ。

だと言うのに――かの者は、未だに健在していた。

爆心地に誕生した巨大クレーター内部で宙に浮かぶ漆黒と白が入り混じった魔力を放つ魔力塊。“闇の書の闇”のコアがそこにあった。

だが、一同が声を失っている理由は別にある。

コアの表面、まるで鏡の様に光沢を放っているそこに、一人の少年らしき姿が映し出されていたからだ。

純粋に困惑を浮かべる夜天の主従を除き、残りの全員はその少年の正体を知っていた。

不自然なまでに整った容姿と傲慢極まりない思想を併せ持った少年……No.“0”《ナンバー・ゼロ》、新羅 白夜その人だった。苦痛と恐怖にぐしゃぐしゃに歪ませた表情を浮かべて、何事かを呟き続けている。

 

「イキタイ……シニタクナイ……!」

 

それは果たして彼自身の思いなのか、それとも白夜の姿を借りて本心を語る“闇の書の闇”の言葉だったのか、それは誰にもわからなかった。

 

「理性を失い、それでもなお生にしがみ付こうとする執念か。……個人的には嫌いじゃない」

 

もはや原型すら留めていない哀れな愚者に向けて、ダークネスがゆっくりと手を翳す。

 

「狂おしいほどの慟哭、悲しみ……その感情、理解できなくはない。――が、同情するつもりもない」

 

突き出された掌に収束するのは、悲しき連鎖を断ち切る蒼き無限光(ひと振りのつるぎ)

悪意ある狂言に踊らされた道化とひとつになってしまった、永遠に在り続けることを定められた“闇の書の闇”へと送る最後のたむけ。

 

「だからお前は、世界に貴様という存在が確かに存在した確たる証を刻みながら……消えていけ」

 

収束させた魔導砲ごと、翳した掌を握りしめる。

収束された『魔法力(マナ)』がダークネスの腕を取り巻き、彼自身の魔力と混ざり合いながらその密度をさらに増していく。

はるかな天空の如き蒼い魔力の光は、無る物の心を奪う金色の輝きへと変化していく。

収束された魔力が生み出した黄金色に(ひかり)輝く一条の光槍が彼の拳に装填される。

天上よりの加護を授かりしものに、永遠なる終焉を与えるヒトの想いの結晶。

紫雷と紅炎を以って黄金と成した神殺しの槍。

それが今――解放される!

 

「――『終焉を齎す聖槍(ロンギヌス)』――!!」

 

解き放たれしは神々の黄昏に幕を下ろす聖槍。

遥かなる高みに座し、絶対者として君臨する者たちに終焉を与えるために生み出された無慈悲なる一撃。大地を、空を、世界を震え上がらせる神代魔法(いちげき)が、哀れな道化師に永劫の安らぎを齎さんと唸りを上げる。

其はまさに、万物を撃ち貫く黄金神の閃光――!

 

 

――『終焉を齎す聖槍(ロンギヌス)』――

 

それは、神の祝福を受けた聖人と呼ばれた存在を葬ったとされる一撃。

強大なる力を振るう神々を諌めるために生み出されたとされる失われし神代魔法(ロスト・エンシェントマジック)

蘇生、或いはそれに近い“能力”の存在を知り、確実に転生者(てき)を葬り去るために生み出されたこの神代魔法は、それが神の力に連なる物であれば一切の例外も無く滅殺してみせるまさに最凶の切り札。

破壊力を一点に集中させたこの神代魔法は効果範囲こそ『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』に及ばずとも、限定的な不死殺しとも呼べる効果を秘めたこの一撃によって、白夜と融合してしまった“闇の書の闇”はその歪んだ永遠に幕を下ろしたのだった――――。

 

 

砕け散ったコアの欠片が淡く光る魔力粒子《エーテル》へと形を変えて、大空へと広がっていく。

白夜の消滅によって消えかかっている空間結界の破片が燐光を纏い、幻想的なまでに美しい雪を降らせていた。

 

 

結界消滅に伴って復帰した通信回線を通して、咆哮じみた叫びを上げながら捲し立てるエイミィの相手をしている息子(クロノ)の姿に、思わず頬が緩んでしまうのは、自分の中でも夫の件についてケリをつけられたのだと感じているからだろうか。

 

おざなりに要点だけ報告して強制的に通信をシャットアウトしたクロノの肩を叩いて同情する……と見せかけて、夫婦漫才だのなんだの言ってしっかりとからかっているリーゼ姉妹。

 

連続ハイタッチを交わしながら笑顔できゃいきゃいと騒いでいる花梨、葉月、なのは、フェイト、はやて。

 

幼い女の子の環に入りづらいらしく、一歩下がったところから見守っているシグナムとザフィーラ。

 

満面の笑みを浮かべながら抱きしめ合うコウタとヴィータ。

 

お互いの無事を喜びながら静かに抱き合うのはユーノとシャマル。

 

勝利の余韻そっちのけで、空間モニターを展開させながら何やらデータ収集を行っているルビー。

 

自由を勝ち取ったことに改めて歓声を上げるユーリ、レヴィ、ディアーチェ。

 

蕩けそうな笑みを浮かながら身を寄せてくるアリシアとシュテルを、微笑みながら抱きしめるダークネス。

 

そして――……一部のリア充共に、怨嗟の血涙を堪えることが出来ずに男泣きをしているアルクと、流石に不憫に思ったらしく、彼の背中を擦ってあげているグレアム提督。

 

改めて見ても纏まりの無さすぎる一同の様子に肩の力が抜けていくのを感じながら、リンディは静かに夜空を見上げる。

視界を埋め尽くす満天の星空の先、笑顔を浮かべた亡き夫の顔が浮かんだような気がして微笑みが零れる。

 

「クライド……あなたの願い、叶ったわよ」

 

――ありがとう、リンディ……。

 

粉雪が混じりかけた夜風に乗って、穏やかな笑みを浮かべる愛おしい人の声が聴こえた気がした。

頬を伝う涙を拭うこともせず、リンディは確かな笑顔を浮かべる。

愛おしい彼が果たせなかった願い……悲しみの連鎖を断ち切り、みんな笑顔で新しい未来を歩いていく。

その理想は決して幻想などではない。

そう信じているから――

 

 

 

“闇の書”事件 最終決戦――終幕。

 




残すところは”闇の書”関係者の処遇、”紫天の書”一派の身の振り方、No.”0”に対する神サマの言い分……くらいですかね。
そこまで行けば『A's』編が終了。日常パート編に移行して行く予定です。


○作中に登場した魔法解説(”能力”や神代魔法は除く)

天皇竜の断罪(エグゼキューション・ブラスト)
使用者:アルク・スクライア
滅龍魔法最大奥義の一つ。拳の内で小規模の連鎖爆発を起こし、拳撃と共に大爆発を起こす。
爆発という一点を極限まで突き詰めた、”限りなく『神代魔法』に近い魔法”。

・アークエンドブレイカー(Ark End Breaker)
使用者:高町 花梨
花梨が使用する魔法の中で最大級の集束砲撃魔法。周囲の残留魔力を収集するのではなく、無限のエネルギーたる『魔法力(マナ)』を集束させることで莫大な魔力を集めることを可能としている。通常形態でも使用可能(その場合はなのはのスターライトブレイカ―exと同等)だが、『神成るモノ』の状態で放った作中での威力は、通常の二十倍に相当する。

・ライジング・ブレイザー(Raising Blaser)
使用者:アリシア・テスタロッサ
【ビークシューター】を対象に打ち込み、それらを起点に砲撃魔法の威力増幅と障壁貫通効果を付与させる魔方陣を形成、その中心部を目標にして【ランチャーフォーム】から雷属性の込められた魔力砲を放出する。魔法陣事態にバリア無効化能力が付与されており、作中では一層目のバリアを魔方陣で弱体化させたところを打ち抜き、残りのバリアや本体にまでダメージを与えた。

・スターライトブレイカー・ハイペリオン(Starlight Breaker Hyperion)
使用者:高町 なのは
残存魔力、カートリッジの全てをつぎ込んで放つ巨大砲撃。
『神成るモノ』への覚醒を始めた花梨との訓練、深い叡智を秘めた葉月のアドバイスを受けて開発した、なのは最強の集束砲撃魔法。『原作』よりも魔法スキル、デバイスの強度が増しているので、その威力は【スターライトブレイカ―ex】をも超えている。ただし、負担が極めて大きいのは変わらず、この魔法を使用した後は一定時間魔法が使えなくなってしまう。
ハイぺリオンとは『高きを行く者』という意味である。

・プラズマザンバー・イグナイト(Plasma Zamber Ignite)
使用者:フェイト・テスタロッサ
雷のエネルギーを蓄積させた刀身から砲撃を放ちつつ、対象を薙ぎ払うように切り裂く。
残存魔力、カートリッジの全てをつぎ込んで放つ、フェイト最大の攻撃魔法。
斬撃系魔法に属するので、純粋砲撃魔法に比べて射程距離こそ短いが、なのはのように一定時間魔法が使えなくなるようなデメリットはない。
イグナイトとは『奮起する』、『燃え上がる』という意味。

・ラグナレイド・ギャラルホルン(Lagunaraid Gjallarhorn)
使用者:八神 はやて&リインフォース
広域拡散攻撃能力を有する、はやて最強の砲撃魔法。”夜天の書”に蓄積された全魔力を注ぎ込んで初めて発動できる。この特性故に魔力制御は困難を極め、ユニゾン状態でないはやて単体では使用することが出来ない(無理に使用しようとすると魔力が暴発して、最悪の場合は自滅してしまう)。
ギャラルホルンとは『世界の終わりを伝える神々の笛』を指す。

・エターナル・フォース・ブレイダー(Eternal force Blader)
使用者:クロノ・ハラオウン
【エターナルコフィン】と【スティンガーブレイド・エグゼキューションシフト】を融合させた、クロノ最大の極大凍結魔法。【エターナルコフィン】は対象の命を奪うことなく半永久的に凍てつく眠りへと封じ込める封印に似た特性を持っていたが、これは殺傷力のある氷の剣を突き刺し、内外から完全に対象を凍結、粉砕させる極めて殺傷力の高い魔法に仕上がっている。非殺傷設定に変更することも出来るには出来るのだが、前記の通り凍りつかせた対象は非常に脆く、少々の衝撃で容易く砕け散ってしまう。普通の人間相手にはまず使用できない、グレーゾーンな魔法である。
――ちなみに、名称の元ネタは伝説のあの魔法(・・・・・・・)である。

蒼龍覇軍(そうりゅうはぐん)
使用者:シグナム
刃に変形させた鞘と【レヴァンティン】を連結させて鞭状連結刃へと変形、青い炎を纏わせながら対象を全方位から切り刻む。本来は斬撃だが、その有効射程範囲から広域攻撃に属する。

・ギガ・インパクトシュラーク(Giga ImpactSchlag)
使用者:ヴィータ
【ネイルフリーゲン】と呼ばれる鉄球を連結、合体させた『釘』目がけて【ギガントフォルム】のアイゼンを叩きつける。打ち込まれた『釘』は目標内部で衝撃を拡散させながら爆発することで、内外からの同時衝撃を与える。

・ゲイルチェーン(Gale chain)
使用者:ユーノ・スクライア&シャマル
ユーノとシャマルの合体魔法。シャマルが生み出した魔力風を纏わせたユーノの鎖で目標を束縛しつつ、切り刻む。火力ではなく、繊細な魔力コントロールが成した技と言える。

・トライ・レゾナンス・ファング(Tri Resonance Fang)
使用者:アルフ&ザフィーラ
ザフィーラの【鋼の軛】にアルフが威力強化、雷属性付与のブースト魔法を掛けることで完成する攻撃性防御魔法。単体時よりも強化され、【鋼の軛】の槍が巨大化したことで空中にいる対象にも攻撃を届かせることが出来る程になった。

・ルシフェリオン・ブレイザー(rushifwerion Blaser)
使用者:シュテル・ザ・デストラクター
炎熱変換を行った集束魔導砲を巨大な剣のように見立てて大上段に構え、対象目がけて一気に振り下ろして全てを焼き斬る。属性が多すぎるので分類分けが難しい欲張りな魔法でもある。
名称を付けるのなら、『炎熱斬撃系集束砲撃魔法』となる。

無双雷帝(むそいらいてい)極光翼斬(きょっこうよくざん)
使用者:レヴィ・ザ・スラッシャー
雷を纏わせた魔力刃を振りかぶり、突撃。対象を通り過ぎざまに横一文字に斬り裂く。
結界・バリア破壊効果が付与されており、発動時の踏み込み速度も【ソニックモード】のフェイトを凌駕する。

・ジャガーノート・アポクリフィス(Juggernaut apokurifwisu)
使用者:ロード・ディアーチェ
展開させた五つの魔法陣から対象を頭上から強襲する砲撃を放ち、さらに着弾地点を中心に四つの魔法陣を形成、計二十発の空間殲滅超重力砲撃で対象を殲滅する広域殲滅魔法。
はやての【ラグナレイド・ギャラルホルン】と同レベルの破壊力を有しているが、ディアーチェたちはルビー製のコア&ジュエルシードの魔力の影響でパワーアップしているため、彼女のようにユニゾンしなければ暴発してしまうといった欠点はない。

・エンシェントマトリクス・ジ・エンドレス(Ancient matrix The Endless)
使用者:ユーリ・エーベルヴァイン
空間を繋ぐ孔を通して相手の心へと干渉、『心の闇』を具象化させた杭のような剣を生成し、投擲。突き刺さった杭剣に魔力を注ぎ込んで内部からさらなる刃を発生させて対象を串刺しにした上で爆砕させる。自分自身の醜い心――『心の闇』――で自分を滅ぼさせるという、極めて殺傷力の高い攻撃魔法。

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