魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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”闇の書の闇”戦前のインターバル。
結局、相容れない者同士は分かり合えないということなのでしょうか?



決戦、”闇の書” 『ドリームチーム結成』

天へと昇っていく煌めく光の粒子。

それは転生者であり“ゲーム”の参加者でもある彼らの行き着く先の一つ。

ダークネスは魔力粒子(エーテル)となって消えていったディーノを静かに見送る。

ジュエルシードたちが何やら仕掛けていたようだが、敢えてそれを黙認していた。ようやく軛から解放されたであろう少年の旅立ちに、無粋な真似はするべきではない、そう考えたから。

空気を読んだのか、ルビーですら珍しく無言を貫いたために、何とも言えない雰囲気が辺りにたちこめる。

 

だが。

 

「――――ァァ……!」

 

静けさが支配しつつあった世界に、女特有の甲高い声が響く。耳を澄ませなくては聞き取れることのできないほどに小さく、か細かったその声に気づいたのは、アリシアだった。

『ん?』と眉根を顰めてきょろきょろとあたりを見渡していたアリシアの視線が、ある一点に固定される。

それが何なのか、唐突に理解できた瞬間、全身が怖気立つような感覚が走る。

「だ、ダークちゃん、アレ!」

 

アリシアの叫び声が上がるのとほぼ同時に、漆黒の魔力によって満たされていた半球に亀裂が走ると、一気にはじけ飛んだ。

飛び散った魔力は泥のように瓦礫にこびり付き、溢れ出した闇が大地を侵食していく。闇の中から生まれ出るのは植物の根にも見える触手のような器官。それが大地に広がっていく闇の中から溢れるように生まれ出で、大地に突き刺されていく。まるで海鳴市……いや、地球という星そのものに根を張るのだと宣告するかのように。

闇の中心、暗黒の半球があった場所では濃密な闇が確たる存在としての“カタチ”得て、歓喜の産声を上げている巨大な獣の姿があった。

闇に包まれてぼやけていた輪郭を徐々に露わにしてきながら、身を擡げていく。鎌首を上げる獣のように身を起こしたソレ(・・)は、暗黒の呪いが産み落とした異形なる怪物。

既存の魔獣の部位をむりやりに繋ぎ合わせた末に生み出されたかのような、まさしく継ぎ接ぎの魔獣。頭部に当たる箇所には、“闇の書”の管理人格であったリィンフォースを模した上半身だけの人型。

ただ破壊を、己という存在を害する可能性を秘めたモノを消し去るためだけに、人を、世界を、全てを呑み込む暗黒の化身。

人間の業と、時のいたずらが産み落としてしまった悲しき悪魔。

 

“闇の書の闇”――あまねく呪いを凝縮させた最悪の人災が、遂に覚醒を果たした。

 

 

「あ、あの、皆さん……私のせいで、家族(ウチの子ら)が皆さんに大変なご迷惑をかけてしまい、ほんまに申し訳ありませんでした!」

 

本格的な暴走を開始した“闇の書の闇”を前に、多種多様な表情を浮かべている面々に対して、八神 はやては深々と頭を下げた。

その髪は彼女本来の茶色ではなく薄い金色となっていた。

三対六枚の黒い羽根を生やし、黒を主体としたバリアジャケットを纏うこの姿こそ、彼女……“夜天の主”八神 はやての戦闘形態だ。

戦闘用の魔法知識が劣っている彼女は『融合型デバイス』としての一面を持っているリィンフォースと融合(ユニゾン)することにより、復活した“夜天の書”に秘められた能力を十全に発揮できるようになる。

闘争しか知らなかった守護騎士たちに平和の素晴らしさを、家族の暖かさを教えた気高くも強き心を宿す少女の浮かべる表情は、しかし、頼もしさすら感じさせる強い意志が秘められたものではなく、申し訳なさが前面に押し出されたものであった。

シグナムたちが(はやて)は悪くないという擁護の言葉を発してくれてはいるが、はやては自分自身に責が無いとは考えていなかった。どんな理由があったにせよ、悪いことは決して善にはならない。

なによりも、はやては全てを背負って見せると『決断』したのだ。呪われていたなどという良い訳に逃げるつもりは無い。そんなことをしたら、いつかディーノと再会した時に胸を張って向かい合うことができないだろう。家族が犯した罪は一緒に背負って見せる、謝って、償って、それでも許されないとしても諦めずに、ただひたすらにこの道を歩いて見せる。

だからこそ、頭を下げるのだ。最初の一歩を踏み出すために、呪われた連鎖を終わらせるために……今、此処にいる全ての人たちの助力が必要なのだと、そう思うから。

どこまでもまっすぐで、ひたむきな少女の想いを受けた者の反応は、はっきりと明暗が分かれたものだった。

 

彼女たちに比較的友好的、同情的な者が浮かべるのは喜び。友達の、家族の、助けたい人の力になりたいと戦意を高めていく。

 

一方で、はやてとはほとんど無関係な立場にある者が浮かべるのは、なんとも言えない微妙なもの。今更敵対するつもりはない――少なくともこの戦場では――が、だからと言って昨日まで敵対関係にあった相手のためにそこまでしてやる義務があるのか? とでも言いたげな表情を浮かべている。シュテル、ユーリ、レヴィ、ディアーチェの“紫天の書”一派がまさにそれだ。

ダークネスは相変わらず“闇の書の闇”を睨み付け続けているし、アリシアはそんな彼の様子を不思議そうに見上げている。

ルビーに至っては、完璧にアウトオブ眼中だ。

特に最強&最凶コンビのリアクションがハンパない。幼い少女のひたむきなお願いをガン無視して見せるその態度、まさに外道。

世間一般的な感性的に見ても、許されざる暴挙。そこに痺れたり、憧れたりするごく少数の人種がほとんどいないこの場では、二人の反応が一同の反感を買うのはある意味で必然のことだった。

 

「……ちょっと! はやてがこんなに必死になってお願いしているのに、その態度はないんじゃない!?」

「馬鹿か、お前は。アリシアを殺そうとしたこともある連中のために、何故俺が手を貸してやらないといけないんだ?」

 

アリシアの魂と肉体はまだ完全に癒着しきっておらず、蒐集行為によってリンカーコアを引き抜かれでもすれば、そのショックで生命活動が停止してしまう可能性すらある。

《新世黄金神》と成ったことで彼女という存在の大切さ、愛おしさを再認識した彼からすれば、八神 はやてと守護騎士たちはいまだに“敵”でしかない。

 

「う! ……そ、それはそうかもしれないけど……でも、こうして無事なんだからいいじゃない!? それにアンタは私たちと同盟を結んでいるでしょ! だったら協力くらいしてくれても……」

「同盟ではなく、協定だ。互いに不干渉をとるという、な。それに、いくらアリシアが無事だったからといって、連中を許す理由になるはずが無いだろうが。奴らは俺の大切なものを……俺の命と同じくらい大切な存在を奪い去ろうとしたんだからな。――ルビー、お前はどうなんだ? “闇の書”の持ち主共に手を貸してやるつもりなのか?」

「え? なんで?」

 

真顔で問い返すルビーに、顔の前で手を振りながらなんでもないと返す。

よくよく考えてみると、自分の愉悦を何よりも優先するこの少女が進んで人助けに手を貸すとは思えないか(“紫天の書”一派の時は、ユーリを手に入れると言う目的があったからだ)。

 

「でしたら、貴方たちは“闇の書の闇”を放っておくと……そう仰りたいのですか?」

 

肩を震わせる花梨を宥めていた葉月も、二人の態度に不快感を顕わにしていた。その一方で、彼らの態度はブラフなのではないかとも考えていた。

なぜなら、“ゲーム”の”『ルール』の一つに、『戦場となる世界を破壊してはならない』というものが存在しているからだ。“闇の書の闇”をこのまま放置しておくということは、この世界を破壊されてしまうと言う未来を予測してきながら、なんの手も打たなかったということになる。

それが“闇の書の闇”を葬り去るだけの力を内包する者であるならばなおさらだ。つまり、この場で傍観者に徹するということは、間接的に世界を崩壊させる手助けをしたと判断されても何ら不思議ではない。

葉月はそう考えたからこそ、彼らの態度の真意とは、

“闇の書の闇”との戦いで自分たちが疲弊、或いは脱落する者が出るのを待っているのではないか?

戦いを終えて消耗しきった自分たちを一網打尽にしようと狙っているのではないか?

と予測したのだ。

こんな状況でも“ゲーム”を勝ち抜くことだけを考えていると推測したからこその発言だったのだが、ルビーは彼女の考えなどお見通しだとばかりに、神経を逆なでして小馬鹿にするように返す。

 

「へ~え? 要するにお前らは、自分たちじゃあどうにもできないから助けてください~って言いたいワケ? うっわ、情けな! 滑稽だねぇ、哀れだねぇ――……ホ~ント、バッカじゃないの? ボクらが手を貸してやる必要なんてそもそも無いじゃ~ん。お前らが勝てば所詮それまで、敗けた時はボクかダーちゃんが片付ければ済む話じゃんか」

「くっ!?」

 

剣呑な雰囲気がたちこめ始め、睨み合うルビーと葉月の間の空気が張りつめていく。

この二人、根本的ななところで似た者同士なのが影響して、同族嫌悪にも近い感情を抱いているらしい。

ルビーはいつものヘラヘラ顔がなりを潜めて、感情の抜け落ちた能面のような無表情を浮かべ、葉月は布を噛み千切らんばかりの鋭い眼光で睨み付ける。

殺気すら漂い始めたこの空気、ほんの些細な切っ掛けで戦闘を開始してしまいかねないほどのもの。

花梨とユーリが窘めようとするも訊く耳を持たない様子。なのはたちは何とかして落ち着かせようと声を掛けるものの、まったく聞き入れてもらえない。

ついにお互いのデバイスを構えんとしたその時、はやての怒号が木霊した。

 

「いい加減にしい! アンタら今の状況、ホンマに分かっとるんか!? 私らがやらなきゃいけないことは、この事態を終わらせることやないんか!?」

「――うっさいなぁ……キーキー喚くなよ小娘」

 

後ろめたさもあって自重していたはやてだったが、彼女の視点ではくだらない理由で仲間割れを起こしているようにしか見えない一同に我慢ができずに力の限り怒鳴ってしまう。

彼女がここまでの怒りを顕わにする姿を始めてみたのだろう、騎士たちが一斉に竦み、昔のトラウマを掘り起こされたコウタが膝を抱えてプルプルと震えてしまった。

それでもルビーは平然と、いや、不愉快そうに眉を顰めるだけだった。

 

「ボクはお前らがどうなろうと、この世界が滅ぼうとどうでも良いんだよ」

「何を言うとんねん! 無関係の人たちが大勢死んでしまうかもしれないんやで!? たくさんの人が死んでしまっても平気言うんか!?」

「うん、平気だけど? それが何だってのさ? そもそも虫けらが何億匹程度消し飛んだとして、それがボクに何の関係があるんだよ?」

「な……何をいうとんや、アンタ……!? 本気でそないな事を思っとる言うんか……!?」

「ボクとしてはむしろお前らの考え方の方が理解できないんだけど? どうしてそこまでして、赤の他人のために頑張るワケ? 自分の周りだけで満足できないの?」

 

愕然と叫ぶはやてに向かって返されるルビーの返答は、どこまでも冷たいものだった。

この時になって、はやてはようやく気づいた。目の前で心底不思議そうに首を傾げている女性の異常性に。彼女は本当に、他人などどうでも良いのだと考えているということに。

ディーノとはまた違うタイプの狂気。彼は復讐というどこまでも人間らしい感情の赴くまま行動していたのに対して、このルビーと呼ばれる女性は極端なまでにドライな思考をしているのだ。

大切な存在や身内には全霊の愛情を、それ以外存在には寸毫の興味も抱かない。彼女ならば、目の前で倒れ込んだ老人がいたとしても、微塵も興味を抱かないまま老人の身体を踏みつけていくことだろう。

ここにいるのはちょっとした興味があったからであって、他人のために動くつもりで来たわけじゃない。『ルール』? そんな義務(モノ)なんて知ったことか。

たとえ、葉月の言葉通りに『ルール』違反と判断されて消滅してしまうのだとしても、彼女は欠片も後悔しないだろう。彼女は大切な存在と過ごす“今”を楽しめればそれで良いのであって、自分の命や未来(神の座)にすら微塵も興味が無いのだから。

 

「――ならば、取引……いや、契約という形ならばどうかね?」

 

絶句するように口を閉ざしてしまったはやてへの気遣いが籠められた声が掛けられた。静かな、それでいて重みを感じさせる壮年の男性のものと思われる声だった。

聞き覚えのある声にクロノと葉月を筆頭に振り返った先には、双子の使い魔を従えたギル・グレアムとアースラ艦長 リンディ・ハラオウンの姿があった。

 

「なっ!? グレアム提督!?」

「え、グレアムおじさん……?」

「リーゼアリアさんにリーゼロッテさん!」

「リンディさんまで!」

 

予期せぬ人物の登場に、“闇の書”事件の裏側で暗躍していた張本人であると知っている者はこぞって警戒を強め、それを知らないものは単純に戦力が増えたことを歓迎する。

 

「ぐ、グレアムおじさんて、ホンマに魔導師やったんやね?」

「すまない、はやて君……それについては事態を収拾させてからゆっくりと話させてほしい。今は、やるべきことを済ませるのが先決だ。――良いかい?」

「は、はい!」

 

いい娘だ、とはやての頭を撫でると、グレアムは腕を組んで遠目に眺めていたダークネスへと声を掛ける。

 

「“Ⅰ”……いや、ダークネス君と呼ばせてもらっても構わないかね?」

「ああ。――で? 契約とは何のことだ?」

「うむ。まずはこれを見てほしい」

 

グレアムは一見するとオルゴールのようにも見える箱を取り出すと、ダークネスにも中身が見えるように蓋を開いていく。

蓋の動きに呼応して、隙間から溢れ出す蒼い魔力光(・・・・・)の正体に思い立った彼が身を乗り出すのを確認しながら本題をきり出す。

 

「管理局が回収、封印していたジュエルシード十一個……これを取引材料として、とある依頼を引き受けてもらいたい」

「ちょっ、なんでですか!? どうしてジュエルシードを渡しちゃうんですか!?」

「納得できません! リンディ艦長!?」

 

泡を喰ったのはなのはとフェイトだ。自分たちが必死になって回収したジュエルシードを、やたらと金ぴかになった危険人物へ引き渡すなどと、あの事件の関係者である彼女らが納得できよう筈も無い。

ユーノとアルフも声には出さなくとも、不平を露わにしている。

アースラでの取決め通り、少女たちの説得はリンディに任せて、グレアムは己の役目を果たすべく言葉を続ける。

 

「君がジュエルシードを求めていることは知っている。だからこそ、コレを褒賞とした契約が成り立つと踏んだのだよ」

「ふん……? ずいぶんと浅はかな考えだ。俺が力づくで奪い取るとは思わなかったのか?」

「君のこれまでの行動、発言などから推測した結果だよ。そんなリスクを負ってまで、力押しなどという短絡的な手段は選択しないと踏んだのだよ。君の実力はたしかに強大だ、だが次元世界総てに名を馳せた時空管理局に表立って敵対するような愚行は起こさないだろう? 君一人ならまだしも、アリシア・テスタロッサ君という庇護対象があるのだから」

 

どれほどの力を有していようとも、単体戦力で落とせるほど時空管理局という組織は脆くは無い。個人の力では、次元の海という広大な世界に散らばった管理局員すべてを排除することは現実的ではない。

次元世界の法を守護する管理局を倒しところで、彼らによって抑え込まれていた犯罪者たちの対等を引き起こすだけだ。そして彼らもまた、こぞってダークネスを狙うことだろう。

管理局を倒すほどの力を持った存在として、打ち倒して名誉を得ようとする者、従がえようとする者、純粋に恐怖して命を狙う者……芋蔓式に現れる敵からたった一人でアリシアを守り続けることなど不可能だ。数の暴力の前に個人の力だけでは決して抗うことができない。

それは見紛うことなき不変の真理なのだ。

管理局の味方ではない、だが、完全な敵という訳でもない。罪を犯した者を管理局の仕事を無償奉仕させる嘱託制度というものが存在している。

罪を犯した元犯罪者であろうとも、本人の能力や職務への態度によっては罪を軽減され、管理局と有効な関係を築くこともできる。

それを考慮しているからこそ、彼はこれまでの戦闘で唯の一人の管理局員を死亡させていないのだと、ゆくゆくは中立的立場の協力者としての立ち位置を築こうとしているのだと、グレアムはそう推測していた。

だからこそ、管理局の心象を良くする上でも、この契約に乗ってくると確信していた。

 

しかし――

 

「……ギル・グレアム。一つ、良いことを教えておいてやる」

「おや、何かね?」

 

 

――あまり、調子に乗るなよ?

 

 

「な……っ!?」

 

極限まで練り上げられた魔力が爆発した。

それはまるで宇宙創世をの頃に起こったとされる超新星爆発(ビックバン)。蒼き雷光を撒き散らし、漆黒の影を落とすのは世界総てを照らし尽くすほどの輝きを放つ黄金の綺羅光。

感覚が麻痺してしまうほどの超高密度の魔力が世界を包み込み、あまねく存在を圧倒する。

彼の者の前では、世界すらも平伏してしまうほどのチカラが籠められた圧倒的すぎる魔力の前に、グレアムは完全に言葉を無くす。

その輝きは以前のような禍々しさの身を感じさせる魔力(もの)ではない。大切な存在を優しく包み込み、全ての想いを受け止め、優しき光すら宿す、そう思わせるものであった。

邪悪な破壊神にも神聖な守護神にも見える、人間の定めた常識の範疇外に在る超常なる者。

それこそが、《新世黄金神》

『神成るモノ』すら超えた超越存在の証であった。

“闇の書の闇”ですら震え上げさせるほどの威圧感(プレッシャー)を鎮めながら、ダークネスはグレアムへ向けて不敵な笑みを浮かべてみせた。血に飢えた獣のようでもあり、無邪気な子供のようでもある笑みを。

 

「俺が管理局員を殺さなかったのは、単に人殺しに悦を感じるような趣向をしていないからだ。ルビーと同じ……とまではいかないが、俺も大切な奴が無事なら他はどうでも良いって性質でな? さすがに人類皆皆殺しなんて無駄な事をするつもりは無い……が、だからと言って殺しを禁じている訳でもない。敵になるなら容赦なく潰す、そうで無いなら何もしない。誰が救われようと、誰がのたれ死のうの俺は欠片も気にしない(・・・・・・・・)

 

さらなる高みに昇ったことで確かに変心した部分はあった。

有象無象と切り捨てていた人々や、敵である転生者たちの想いを受け止めるくらいの度量は彼の胸に芽生えている。

だが、最も大きな変化は自分が一番大切にしていたモノが『自分の命』から『自分と大切な存在たちの命』へと変わったことだろう。

以前からその傾向は見られていたが、アリシアへの想いを再確認し、自分を信じ抜いてくれたシュテルを大切なものと定めたことこそが、今の彼にとって最も大きな変化と言えるだろう。

要するに、守護神と呼称されてはいるものの、本人としては“アリシアとシュテルの生きる世界だから、しかたなく世界の方も守ってやろう”位にしか感じていないワケだ。

これから数多くの出会いを経験していく中で、さらに守護神として相応しいように変心していくことだろう。

しかし今に限って言ってしまえば、ダークネスは『惚れた女の方が大事』なのだ。それこそ――管理局ごと次元世界そのものを消滅させることも厭わないほどに。

グレアムの失策は、《新世黄金神》へと至った彼は冗談抜きにこのセカイを……次元世界そのものを滅ぼし尽くして余りあるチカラを手に入れてしまっていたということに限るだろう。

藪を突いて世界蛇……どころか、世界よりも大きな竜神を呼び出してしまったグレアムは悲惨としか言いようがない。

長年に渡って積み重ねてきた経験というアドバンテージを持つという自負が、骨の髄にまで染みついていた人間としての価値観を絶対のものだと思い込ませていたのだ。

相手は『神成るモノ』すら超えた限りなく“神”に近い存在(モノ)――人間の定めたルールなどに縛られるはずも無い存在だということを、グレアムに向けた掌に人外の魔力を集束させた魔力球を生み出していく竜神の姿を前にして、ようやく悟ったのだった。

 

 

「あのさ、あのさ! 私、フェイトたちを手伝ってあげたいんだけどダメかな?」

 

神の裁きをただ待つだけの罪人と化しつつあったグレアムを救ったのは、黄金の竜神の支配下に置かれた空間の中でも平然と動くことができる少女の一人だった。

(デバイス)に腰掛け、固まっているフェイトに手を振っていたアリシアは、ダークネスを上目使いで見つめながらお願い(・・・)する。

 

「このまま地球がボカーン! てしちゃったら、もう二度と翠屋のシュークリームが食べられなくなっちゃうよ! 桃子さんや美由紀さんともお話しできなくなっちゃうし! そんなのヤダ!」

「む……! 言われてみれば……確かに一理あるな。マスターのコーヒーを飲めなくなるのは大事だと言わざるを得ないか。高町 恭也とも再戦の約束を交わしているし――約束を反故にするのはいかんな」

「でしょ、でしょ! だからさ~、お話に乗ってあげたら~? ジュエル君たちも戻ってこられるんでしょ。管理局にカチコミしなくて済むんなら、それでいいんじゃないかな?」

「ふむ……まあ、確かにアレ(・・)の件もあるし、今回は連中の口車に乗ってやってもいいか。――よし、ギル・グレアム、気が変わった。お前の口車に乗ってやるよ」

「ほ、本当かね?」

「翠屋を失う訳にはいかないからな。しょうがない……高町 花梨に高町 なのは、お前たちの家族に感謝しとけ。あれほど素晴らしいデザートとコーヒーを生み出せる存在は、まさしく世界の宝と呼ぶに相応しいのだからな」

「へ? あ、うん……ありがとう?」

「えと、またのご来店をお待ちします……?」

 

まさか実家の喫茶店が交渉の決め手になるとは思ってもいなかった高町姉妹の表情が、大変愉快な表情になっている。

レヴィやディアーチェなどが彼女らを指差して笑っているのが、その証明と言えるだろう。

 

「な~に? 君がそこまで入れ込むほどの物なの? その翠屋って」

「ああ。断言してもいい、アレは……良いものだ……!」

「ふ~ん? ――んじゃあ、ボクもいっぺん行ってみようかな? あ、でもこの星がボカ~ンしちゃったら無理なワケだよねぇ……しょうがないな~~、ボクも力を貸すよ」

「ず、ずいぶんとアッサリしているんですね……。いいんですか、ルビーさん?」

「ん~~……まあ、いんじゃね? 連中(あんなの)の手伝いなんて死ぬほどゴメンなんだけど、ボク自身のためだっていうならやぶさかじゃあないよ。ゆーちゃん、君はどうするんだい?」

「ふぇ!? わ、私ですか? 私は、その……お手伝いくらいしてもいいんじゃないかなって思ってるんですけど……ディアーチェたちはどう思います?」

「む? まあ、子烏どもが平伏して懇願してくるというのならば、考えてやらんことも無いがな!」

「おお~~! さっすが王様! 空気読めてないっぷりが並みじゃないね! そこに痺れる! 憧れるぅ!!」

「ハァ~ッハッハッハ! うむ、うむ! もっと褒めるがよいぞレヴィ!」

「――ユーリどうしましょう、王の残念っぷりが刻一刻と進行してしまっているのですが」

「え、えっと……あ、あれもまた味があって可愛いと思います……よ?」

「おバカな子ほどかわいいって奴だね~~♪」

「さすがにそこまでは言ってませんよ、アリシアさんっ!?」

「(さて、ルビー(こいつ)の本心はどこにあるのやら……)あ~~とりあえず、こっちも全員で協力してやるから、さっさと計画(プラン)を立てろ。そのために頭数を揃えているんだろう?」

 

アースラで指揮を執っていたはずのリンディや、拘束されていなければならない筈のグレアムたちまでもが戦場(ここ)に現れたということは、最初の予定通りの手段を実行することに問題が生じてしまったからではないのか?

返答は無言、そして彼女たちの顔に浮かぶ苦々しい表情だった。

 

「確かに、貴方の推測どおりですよ。……現在、我々が維持している封時結界を包み込むように展開されている結界らしきもの(・・・・・)の影響で、葉月さんの開いてくれた小さな穴を除いて、アースラからの通信をはじめとする一切の干渉を行うことが不可能になっています」

「リンディ君が直接乗り込んできたのも、艦橋からでは内部の情報が一切確認できなかったからだ。しかも、目標座標のデータを収集できない以上、アルカンシェルは封じられているといっても過言ではないのだよ」

 

その言葉の意味を即座に理解したクロノの両目が限界まで見開かれる。

アルカンシェルは管理局最強の極大魔導砲だ。着弾地点を中心に、周囲数百キロにも上る範囲にある空間を歪曲、対消滅させることによって対象を完全に消滅させるというまさに究極の魔導兵器と呼ぶにふさわしい破壊力を秘めている最強兵器だ。

だが、あまりにも強力過ぎるが故に、発射シークエンスにはいくつもの安全装置(セーフティ)が組み込まれ、目標に対するリアルタイムのデータを必要とする。

細かい狙いもつけないまま撃ち出してしまった場合、効果範囲の広さ故に目標を破壊することは出来ても、撃ち込んだ星そのものに多大な被害を及ぼしてしまうことは想像に難しくない。

最悪の場合、世界レベルでの異常気象を引き起こすきっかけにすらなりかねない、それほど圧倒的な破壊力を秘めているのだ。

さらに言うならば、アースラの機器でも解析できなかったこの結界は、外部からのあらゆる干渉を弾き返す『反射』の特性が付与されていた。放たれたアルカンシェルをそのまま弾き返す……なんていう非常識を起こさないとも言い切れない以上、危険すぎる博打を打つことは指揮官として了承しかねる。

だからこそ、リンディは戦場に現れたのだ。この結界の正体に心当たりがある可能性が極めて高い人物たちが揃っている、この戦場に。

アルカンシェルについての説明を訊いていた一同が挙って反対の意を表す中、リンディから結界の正体について問われたダークネスは、そんなことかと言わんばかりにあっさりと答える。

 

「その結界はNo.“0”が発動させた奴だな。単純に封時結界の強化版とでも認識ておけば間違いはないと思うぞ? ただし、結界内外への移動、転移、通信を回復させるのは、俺たちでも不可能だろうな。“Ⅶ”(セブンス)でも人間一人分くらいの穴を空けるのが精いっぱいだったのだろう? なら諦めろ。白夜()にトドメをさせれば消滅するだろうが、それも現実的じゃあないしな」

「なんでだい? アンタがボコってやってるんだろう? だったらこれだけの頭数がそろっているんだ、全員で探せばすぐに見つけ出せるだろ?」

「いや、奴の所在はもうわかっている。――あの中だ」

 

ダークネスが指さすのは、叫び声を上げ続けている“闇の書の闇”。漆黒の純白の魔力を放出する奴の体躯はさらなる膨張を繰り返して、より歪に、より禍々しく成長……いや、進化を行っている。

 

「……マジ?」

「マジだ。俺たちが来る前に一筋の閃光がアレの中に吸い込まれていったのを覚えているだろう? どうやらあの光は白夜の奴の最後の足掻きで発動させた防御術だったらしくてな。あの中に傷が癒えるまで籠城する魂胆らしい」

 

彼らは知らないことだが、ダークネスの神代魔法を受けた白夜が己の消え去る直前に発動させた最後の“能力”……その名を『Raphael(ラファエル)』。

推測通り、白夜の身体を包み込む球体状の防御壁を形成して本人を保護しつつ、近くにいる最も強い存在の体内に潜り込むことで傷が回復しきるまでの時間を稼ぐというチカラだ。

参加者たちは対象外となるので、必然的にこの場で最強の存在である“闇の書の闇”に自ら取り込まれたのだ。元来は寄生する対象の内部に異空間を形成してその中に潜むというものだが、“闇の書の闇”がもつ吸収と融合という特性を鑑みるに、No.“0” (新羅 白夜)という存在は完全に取り込まれてしまっていると考えるべきだ。

“闇の書の闇”から溢れ出す漆黒の魔力に混じって、白夜の魔力光が混じっているのが何よりの証拠だろう。

つまり、結界を消滅させるためには白夜を取り込んでさらにパワーアップした“闇の書の闇”を破壊しなければならず、そうしなければアルカンシェルも放てないということだ。

切り札を封じられたハラオウン親子が思わず悪態をついてしまう。

だが同時にこうも考えていた。これほどの戦力が一堂に会したこのタイミングこそ、“闇の書”の呪いを終わらせることのできる最初にして最後の機会であると。

戦力としてはアースラの主戦力だけで封印、あるいは破壊までもっていく筈だった当初の予定を大きく上回る頭数を揃えることが出来ている。

 

エースクラスの戦力として計算できる花梨やなのは、フェイトの三人に戦闘も可能なサポート要員であるユーノとアルフ。

空戦適正こそないものの、近接格闘術には目を見張る才を垣間見せるアルクに、“闇の書”に引けを取らない性能を有している魔導書の使い手である葉月。

執務官でありアースラのエースでもあるクロノに、Sランククラスの能力(ポテンシャル)を持つリンディ。

 

これに加え、協力を表明している“闇の書”の元主にして“夜天の魔導書”の主であるはやて、元“闇の書”の管理人格であったリィンフォース。

シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラからなる守護騎士たちと、ベルカ式の使い手であり“夜天の王”の弟でもあるコウタ。

先の攻防で魔力をいくらか消耗しているとは言え、それでも一線級の実力者であることは疑いようの無いグレアムと彼の使い魔リーゼアリア&リーゼロッテ。

 

さらに、規格外の怪物であるダークネス、大魔導師の娘アリシア、底知れない叡智を秘めたルビーに“紫天の書”一派の四人、シュテル、ユーリ、レヴィ、ディアーチェ。

アルカンシェルという切り札を抜きに考えても、現状で考えられうる最強の戦力勢だ。

 

――世界を救うため、大切な人を守るためには、気に入らない相手だろうとも協力するべきだ。

 

本音はともかく、主義も価値観も違う者たちがこうして集まっているのだ。人の数だけ想いは存在し、同じ数だけ考え方も異なっている。

ならば、必ずや最善を導き出す手段が隠されている筈、いくつもの案を出し合えば、必ずや決め手となりうる意見を導き出せるはずだ。

 

「【デュランダル】で凍結封印しちゃえば良いんじゃないの?」

「いえ、それは無理です。暴走を開始した“闇の書の闇”は純粋な魔力の塊でしかないんです。たとえ目に見える『器』を凍結したとしても、コアは活動し続けます。せいぜい、一時的に動きを止めることくらいにしかならないと思います」

 

切り札として用意した凍結封印が不可能だとシャマルに説明されて、提案したリーゼロッテは悔しそうに歯を食いしばる。グレアムやリーゼアリアも同じような表情を浮かべていた。

彼らが十年もの歳月をかけて導き出した“闇の書”の永久封印の手段が誤りであると断じられたのだから、それは仕方のなことなのかも知れない。

 

「力押しじゃあ駄目なの? ごちゃごちゃ考えるのメンドくさいよ~~」

「戯け! いくら『器』を破壊しようとも、コアをどうにか出来なければどうしようもなかろうが」

「王様でも無理なの? その本……えっと、“紫天の魔導書”だっけ? 取り戻したその本に、すっごい魔法が載ってたりしないの?」

「む……それは、その、だな……えっと、まだ取り戻したばかりで、登録されている魔法の全てを理解できているわけではなくてだな……」

「要するに『つかえね~』ということですよ」

「うぉぉおい!? シュテル貴様! 最近本当に我に対する敬意というものが欠けておるのではないか!?」

「事実でしょう? 反論を言いたければ、小型版アルカンシェルみたいな魔法を使えるようになってから出直してきてください」

「ぐぎぎ……! き、貴様! その言葉を忘れるなよ! 必ずや『ぎゃふん』と言わせてやるからな! 本当だぞ!? 本当だからな!?」

「――まあ、あの娘たちは放っておくとして……葉月、貴方の力でもっと大きな、それこそあれのコアが通り抜けられるくらいの大きな孔を開くことってできないの? 外に放り出せさえすれば、アルカンシェルでドカン! って出来るんでしょ?」

 

賑やかな四人組を脇に置いておくとして、結界の外へと通じる孔を開くことが出来る葉月に、花梨が問いかける。

 

「難しいですわね……直径一メートルほどの孔を開けるのに数十分は掛かりましたから。あれほどの大きさがあるものを通り抜けさせるくらいのものを開くとなると、時間的にも必要な魔力的にも現実的ではありませんね。孔を開けきる前に、私たちの方がやられてしまいますよ」

 

結界の内側から外へと向けて物質を転移させるには、それが通り抜けられるだけの通路、あるいは孔を必要とする。あれ程のサイズともなると、リンカーコアの大きさも人間のそれとは比べ物にならにだろう。

それに、彼女たちの『知識』を考慮すると、転移の途中で再生により体積が膨張、穴を通り抜けられない可能性の方が大きい。あまりにもリスクが高すぎる。

その後もいくつかの提案が出されたものの、“闇の書”に詳しいはやてたちからのダメだし、内容が現実的ではないという理由などで却下されるばかりで具体的な案件が見つけられないまま、無情にも時間だけが過ぎていく。

そんな中、討論の場の外からその様子を眺めていたアリシアが、定位置であるダークネスの左肩に乗っかりながら気になっていたことを聞いた。

 

「ダークちゃんでも無理なの? 神代魔法でボッカーン! ってやっつけられないのかな?」

「ん? それは……難しいんじゃないか? 確かに全力の神代魔法(いちげき)を叩き込めば、欠片も残さずに消滅させられる――けど、なぁ……」

「何か問題でもあるのですか?」

 

アリシアに続く様に、彼の右肩に乗りかかりながら問いかけたのはシュテルだ。

どうやら親友(アリシア)のことが羨ましくなったらしい。いつも通りのクール顔だが、どことなく満足げになっているように見える。

 

「問題というか……白夜の奴と完全に融合しているというのなら別だが、その辺がハッキリしない現状でアレを確実に消滅させるには神代魔法を使わざるをえない。白夜の奴を取り込んでいるんだからな、用心するに越した事はない、確実に仕留めなければ。ただその場合――」

「その場合?」

「俺以外の全員死ぬ」

 

名状しがたい沈黙が広がっていく。シュテルは顔だけでなく全身を硬直させ、アリシアすらも声を無くしてしまった。

聞き耳を立てていた一同も、皆同じような反応を返していた。

 

「――死ぬんですか? 私たちが?」

「ああ、ついでに海鳴市……いや、地球の半分くらいは消し飛ぶんじゃないか?」

「だから、さらりと物騒なこと言うのやめてくれない!?」

 

心なし顔色が悪いシュテルに対し、ダークネスはまたもやあっさりと答える。平然と、まるでそれが当然のことであるとでも言うような、そういう口調だった。

 

「ギル・グレアムが持っているジュエルシードを手に入れれば、神代魔法に完全な次元破壊効果を付与できる。それなら俺一人でもアレをどうにかできるんだが……問題は余波の方だ。いいか? 神代魔法は世界を滅ぼしかねない破壊力を秘めた最強の魔法だ。つまり、結界で閉じられたこの場所で放とうものなら、間違いなくお前たちは余波に巻き込まれてしまうだろう。ああ、俺の後ろに隠れても無駄だからな? 解放されて荒れ狂う魔力の嵐に全身をズタズタにされるのがオチだ」

「だ、だったらジュエルシードの力で結界に大穴を開けてくれるだけで済む話じゃない!? 貴方が開けた大孔を通して、コアだけを宇宙なりに転移させてアルカンシェルでドカン! で、いいじゃない!?」

「それも無理だろうな。さっきも言ったが、あの結界は転生者(白夜)が展開させたものなんだぞ? 普通の結界とはワケが違う。アレを破壊するにしても、孔を開けるにしても、どのみち神代魔法を使わないと無理だろう。だが、アレの効果範囲や天体の位置を鑑みて……地上に影響を与えないように狙いを定めるとなると、どの射角へ放ったとしても射線上にある月や他の惑星を破壊してしまいかねない。まあ、その前に衛星軌道上にいるアースラを確実に消滅させてしまうだろうがな。それでもいいのなら、やってもいいんだが?」

『良くない!!』

 

だろ? と、言うようにワザとらしく肩をすくめる。言ってることが真実であり、なおかつ冗談で済まないのだから性質が悪い。

 

――だが。

 

「あ、あのー」

 

一人の少女が恐る恐る、手を上げていた。ダークネスは挙手をした少女……なのはを怪訝な顔を浮かべながら尋ねる。

 

「どうした、高町 なのは?」

 

一同の視線が一斉に彼女へと向けられて、思わず驚いてしまう。

が、深い深呼吸をすることで自分を落ち着かせると、少しだけ躊躇しながら発言した。

 

「さっき、白夜さんって人が融合しているのならともかく、って言われてましたけど、それってどういう……?」

「ああ、あれか。奴は俺やお前の姉たちと似たような境遇の存在なんだが……実は、そういう奴――俺たちは参加者と呼んでいるんだが――を確実に葬り去る技を開発していてな? もし奴とコアが完全に融合して“一つの存在”となっているのなら、それを使ってどうにかできる、という話だっただけだ。あの技なら効果範囲も狭いし、アリシアたちを巻き込むことも無いだろうしな」

「ちょっ……それ、ものすごく重要な情報でしょ!? なんで、言わなかったのよ!?」

「言ってどうなるわけでもないだろう? 奴の状態がわからない以上、もしかしたら効果が無いかも知れないんだから。開発中といっただろう? イチかバチかの賭けはどうにも好きになれん」

「でしたら、“0”()の状態がわかればよろしいんですのね?」

 

自信ありげに身を乗り出した葉月に、いくつかの怪訝そうな視線が向けられる。

それは、彼女の力を知らない者たちからの物。逆に、彼女の実力を知っている者たちは、驚嘆とも、呆れとも取れる顔を見せていた。

 

「【グリモワール】形態変化、Mode:『いどのえにっき』」

【了解でございます!】

 

打てば響く鐘の様に主たる幼き魔女の命に従って、一人での宙に浮かぶビッグサイズの魔導書がその姿を変えていく。光を放ちながら、その輪郭がどんどん小さくなっていく。

花梨たちの驚くような視線を浴びた先、変化を終了させた【グリモワール】がゆっくりと葉月の手の中に舞い降りる。

彼女の移動手段として人間を乗せられるほどの大きさを誇っていた魔導書は、古本屋などで見かける日記帳へと姿を変えていた。それが何なのか、知識として知っていたアルクやコウタが騒いでいるのを華麗にスルーしつつ、葉月は無造作にページを開く。それは絵日記だった。夏休みの宿題に出るような、鉛筆とクレヨンで書き込まれるようなもの。ただし紙面には文字も、絵も、なに一つ見当たらなかった。

見紛うこと無き白紙のページに手を翳し、視線は叫び声を上げ続けている“闇の書の闇”へ。

 

「“0”のフルネームってわかります?」

「え? ええと『新羅 白夜』ですが」

「ありがとう、ユーリさん。よし……コホン、『新羅 白夜さん! 貴方は今、“闇の書の闇”のコアと融合なさっておられるのですかーー!?』」

 

当然のように返答はない。しかし、白紙だったはずの日記帳に、まるで浮かび上がる様に文字と絵が出現する。

これこそが、【グリモワール】の能力の一つ“写本閲覧”。

書物というカテゴリーに属するマジックアイテム、ロストロギアといったものと寸毫の違いも見せぬ能力を持つ写本に変じる能力。

今回使用したのは、アーティファクト『いどのえにっき』。

名前を呼んだ相手の思考を絵日記として記録、表示するというマジックアイテムだ。

葉月は魔力に言葉を乗せて遠くの相手にまで届ける“言霊”と呼ばれる技術をつかい、“闇の書の闇”内部にいるであろう白夜に問いかけたのだ。

狙ったのは中心部なので、もし彼がコアと融合していないのならばそこに対象がいないことになり、絵日記は無反応のままだっただろう。

しかし、こうして反応が返ってきたということは、やはり彼がコアと一つになっているのだろう。

“闇の書の闇”の外装が邪魔をしているのか、文字化けが激しくて何が書かれているのかさっぱり読み取れないのが気になるところだが、それは後回しにしても構わないだろう。今は先に、やるべきことがあるのだから。

クロノがリンディの方を見る。この場の最高責任者に当たる彼女の了承の意を示す頷きを確認してから、全員の顔を見回した。

 

「よし、では作戦を纏めよう。まずは全員で“闇の書の闇”へ攻撃、目視で確認できるほどの障壁を展開しているようだが関係ない。手加減なしの全力を叩き込んでやれ。そうして奴の外装を破壊して、“0”とやらと融合しているコア部分を露出させる。そこで“Ⅰ”、君の一撃で“0”ごとコアを撃ち抜く。……結局は力押しのような形になってしまったがこれで行こうと思う。皆はどう思う?」

「ま、アルカンシェルで町ごと吹っ飛ばすってのよりかはいいんじゃないの?」

 

アリシアと過ごした夢のお蔭か、はたまた空気を読んでいるのかはわからないが、今のフェイトからはアリシアやダークネスへの敵愾心が薄れていたため、彼女の精神の影響を受けやすいアルフも止め(美味しい処)を彼に任せることに思う所は無いようだ。頭の後ろで腕を組み、あっさりと言ってのける。

 

「うん! 皆で力を合わせれば、きっとうまくいくよ!」

「ええ、そうね! ――アンタも! 任せたからね『ダークネス』」

「そういうお前こそ、しくじるなよ? ――『高町 花梨』」

「ちょっ!? そこは『花梨』って名前で呼ぶ場面でしょうが! 空気読みなさいよ!」

「だが断る」

「いけません花梨さん! 殿方にファーストネームを呼ばせるという行為はラヴ・シチュエーションのスタートイベントですわ! 幼女を侍らせるような男の好感度をアップさせてしまえば、お手つきにされちゃいますわよ!?」

「はぁっ!? いいいいきなり何を言いだすによこの娘は!? べつ、別に私は『ダーク』のことなんて……」

「もう愛称で呼ばれているのですか!? 好感度が上がるの、ちょっとばかり早すぎではありませんか!?」

「ダークちゃんてば、ま~た女の子を増やすつもりなのかな?」

「ふむ……貴方は女たらしだったのですね」

「アリシア、ジト目を止めろ。シュテル、お前も断定するな、せめて疑問符位つけろ。俺の意志を無視して勝手な想像を膨らませるんじゃない。――“Ⅲ”、血涙なんぞ流しながら睨み付けてくるな。うっとおしい」

「リア充野郎が……っ! お前さえ……、お前さえいなければ……っ!!」

「はいはい。時間もありませんから、いい加減配置についてください」

 

両手を叩いてどうしても真面目空間が続かない一同の注目を集めたリンディは困った風な微笑を浮かべつつ、配置につく様に散開させていく。

各員が所定の場所に移動するのと、“闇の書の闇”が動きを見せたのはほとんど同時のことだった。

 

 

『A’s』編 対“闇の書の闇”最終決戦(ザ・ラストバトル)――開幕

 

 




次回、スーパーフルボッコタ――げふん、げふん! ……もとい、決戦開始!
なるべく早くアップできるように、頑張ります。

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