ダークネスとリンディが翠屋で交渉をしているのとほぼ同時刻、知的生命体が存在しないとされている次元世界。
緑や水源すら見当たらない、ただ砂漠のみが地平線の彼方まで広がっている不毛の世界。
広大な砂で構成された海原……果てしない砂漠を縄張りとする生物と対峙する一つの人影が在った。
その生物は、赤竜と呼ばれている竜に分類される巨大種。外見はミミズの様でもあり蛇の様でもある威容と砂の中を自由自在に泳ぎ回るこの生物は、数十メートルにも及ぶ巨体を誇るこの世界最高ランクの捕食者である。全身を硬い鱗に覆われ、退化してしまっている腕や爪の変わりに多数の触手を自在に操り、獲物を捕らえる。食物連鎖の頂点に立つ戦闘力を有したかの生物は、まさにこの世界の覇者と呼ぶにふさわしい。
そんな絶対強者たる赤竜に正面から戦いを挑むのは、苛烈な炎を思わせる意志を宿す一人の騎士。
守護騎士ヴィルケンリッターが将 『烈火の騎士 シグナム』だった。
戦闘を開始してから相当の時間が経過しており、赤竜は全身から緑色の血液を流しながら自分をこんな目に遭わせた下手人に向けて怒りに満ちた瞳をぶつけながら吼える。大気を震わせる咆哮をが生み出した衝撃波に吹き飛ばされるが、ダメージそのものは無かったようで、空中でクルリと一回転して着地すると即座に油断なく愛剣【レヴァンティン】を構える。
「見かけ通りの屈強さという訳か……。だが、さすがに限界が近いようだな」
先ほどから赤竜はその鱗を己が体液の緑で染め上げながら突撃を繰り返しているが、自分よりもはるかに小さい標的であるシグナムを捉えきることが出来ず、逆に自傷を広げる結果に陥っていることに気づいていないようだ。どれほどまでに激高しているということなのだが……この調子なら、シグナムが手を下さなくても自滅してしまうことだろう。心に余裕ができたシグナムがカートリッジを愛剣に再装填しようと視線を下げた瞬間――、赤竜の瞳に危険な色が映る。
ゴァアアアアアアアアッ!!
そして、耳を劈くほどの咆哮を上げながら、すさまじい勢いで突撃を繰り出してきた。
「ちっ!? まだこれほどの余力が――なっ!?」
突然の奇襲に驚きながらも、シグナムは距離をあけようと地面を蹴り、上空へと逃れようとする。だが、彼女の反応を予測しているとでも言うかのように、無数の触手を上空へと逃げようとするシグナム目掛けて伸ばして、彼女の体を絡め取った。
ここまで痛みつけられた恨みを晴らすかの如く、容赦なく身体を締め付けてくる触手に、シグナムは顔を顰め、痛みを堪えるために歯を食いしばる。必死の抵抗をする彼女の姿をあざ笑うかのように、触手の締め付けが一気に強くなって、シグナムの身体に容赦なく食い込んでいく。全身の骨が軋みを上げ、肺に残されていた空気が吐き出される。絞め殺す……いや、引き千切らんばかりの勢いで締め付けてくる触手の激痛に耐えながら、逃れる術は無いかと思考を凝らす。だが、必死に足掻く彼女の決意をあざ笑うかの様に、ノコギリのように鋭い歯が立ち並ぶ咢を広げた赤竜が彼女を飲み込まんとすぐ目の前まで迫っていた。
「し、しまったっ……!?」
迫り来る激痛に耐えんと、とっさに目を瞑る。
だが。
「滅龍奥義……
ドガァアアアアアアンッ!!
「なっ……!?」
耳を劈くほどの爆音が聞こえたかと思った瞬間、弛んだ触手の拘束から逃れながら、シグナムはその姿を見た。先ほどまで彼女が苦戦していた赤竜の頭部が粉々に吹き飛ばされている光景を。
そして、それを成し遂げたであろう少年が、地面に崩れ落ちた赤竜の亡骸の上に立ちながら、シグナムを見上げている姿を。
「……助けてもらったことは感謝する。だが貴君は……いったい何者だ」
せっかくの蒐集対象を台無しにされて憤りも感じるが、それはひとまず置いておく。まず優先すべきは、この少年の正体。だが、おそらく彼は――
「俺はアルク・スクライア。時空管理局の……協力者? になんのか?」
「……私に訊くな」
「あ、それもそっだな! いやー、わりーわりー」
ふざけた言動とは裏腹に、アルクと名乗った少年の眼光は鋭くシグナムを貫いていた。まっすぐ自分を見据えてくるアルクの瞳に込められた思い……どこまでも純粋な戦士としての気概を感じとり、シグナムは頬が吊り上がるのを押さえることが出来なかった。なのはやフェイトとはまた違う人種。初戦ではただ戸惑うばかりだったが、次戦では自分たちを理解しようという確たる意志を胸に、杖を、剣を交えた少女たち。彼女たちに共通するのは、シグナムたちに対して悪意を持っていなかったことだ。何があっても、自分たちを理解しようと、何を考えているのかを知りたくて手を差し伸べてくる。憎悪と憎しみをぶつけてきたディーノとは真逆、倒すのではなく制することを目的としていたであろう、心優しい少女たち。
だが、現在対峙しているアルクには、彼女たちともディーノとも異なる感情を感じ取れる。それは――ただ純粋に戦いたいという本能。力と力を、技と技をぶつけ合い、優劣をハッキリとさせたい。正義も悪も関係なく――戦ってみたい。
ある意味で誰よりも純粋な想いを胸に宿すアルクの姿に、シグナムの騎士としての心が震え始めていた。これは私情だとわかっている。将として考えるのならば、別の場所で収集活動をしているシャマルを呼ぶべきだということも、頭では理解している。だが、言葉を用いた話し合いではなく、拳と剣を交えることでも想いを通じ合わせることは出来る。
アルクも本能的に察しているのだろう、まるでシグナムの胸で燃え盛る戦士としての矜持を後押しする様に、拳を握り、構えをとりながら、クイクイと挑発的な仕草をとってみせる。
「来いよ騎士様。俺と遊ぼうぜ?」
「ほぅ! ベルカの騎士に向けて、そこまでの大言壮語……覚悟はできているのだろうな?」
「覚悟だぁ? そんなもん、とっくの昔に済ませちまってるよ――(勝手な真似して、葉月怒ってんだろうなぁ……帰りたくないなぁ……今日は野宿かなぁ……)」
ユーノの護衛という名目でこの世界を探索していたにもかかわらず、うっかりはぐれてしまって砂漠を彷徨っていたら、偶然年上のおっぱいの大きな(←ここ重要)お姉さんが触手プレイの真っ最中ではないか! ひゃっほう、こりゃいかなきゃだろ!? と意気揚々と人名救助(という名のお礼狙い)をしてみれば、なんと彼女はヴォルケンリッターのシグナムさんじゃあ~りませんか!
「(ヤベェ……! もしこのまま帰ったら、絶対葉月にボコられる! 護衛一つも出来なのですか? ってねちねちといじられちまう! ここは何としても、コイツを倒して捕縛くらいせんと!)」
護衛のくせに迷子になり、敵を助けるおマヌケさんなアルク君の脳裏には、真っ黒な笑みを浮かべながら黒い鞭を振るう葉月と、彼女に足蹴にされる自分の姿が幻視されていた。
何かしらの成果を出しとかないと、とんでもないことになってしまう! 大体、自分はそんな目に遭わされて喜ぶ業界の人間ではない!
こうして、ややテンパってしまったアルク君と、何やら腹を据えたらしいシグナムさんの戦いが切って落とされることとなった。
「っはぁ!」
先手を取ったのはシグナム。吹きつける風邪を切り裂く薙ぎ払いがアルクの側頭を狙う。非殺傷設定とはいえ、それはあくまでも魔法に対するものであり、刀身の殺傷能力が抑えられる訳ではない。
ただでさえ守りが弱いアルクのバリアジャケットでは、一、二発耐えられたら良い方だろう。そして、当然そんなことはアルク自身も承知していた。
「甘めぇ!」
上体を反らして初撃を避わすと、身体を反らした勢いそのままにバク転、シグナムの視界の外側からの蹴りを放つ。こめかみを狙って放たれた蹴撃を首を反らすことでいなし、そのままアルクの足首を掴み取る。
「げ!?」
魔力で強化させた腕力でアルクの身体を振り回し、地面に叩き付ける。バゴンッ! という音と共に、周囲の砂が衝撃で吹き飛ぶ。背中から叩きつけられ、一瞬だけ呼吸が止まってしまったアルクに、炎を纏わせた愛剣による追撃が襲い掛かる。体勢が崩れた状態の相手に、カートリッジを使用して剣速と威力を強化させた一撃は、見紛うこと無き必殺。烈火の将の名に恥じぬ一撃、確たる敗北を与えるそれを防ぐ手立ては存在しない……筈だった。
「っ、ふぅ……! あっぶね~~」
だが。
「なん……だと……!?」
そんな不可能と思われる
驚愕で引き攣るシグナムが向ける視線の先では、いまだに爛々と燃え盛る炎を纏わせた愛剣を
「まさか、な……私の剣を受け止めるだけでなく、刀身を覆う炎に素手で触れて尚ノーダメージとは……!」
「すげーだろ? こいつが俺の“とっておき”――『
――『
とある世界を救った聖なる者が振るったとされる、刀身の形状を変化させることで異なる特殊能力を発動させることのできた聖剣の能力を自身の肉体に付与させる自己強化系の“能力”。
常時発動型の魔法であり、十種類の特性を己の肉体に付与させることが出来るというもの。第一の特性、『鋼』を発動させたアルクの肉体は文字どおり鋼の如き強度を誇っている。
この場合の『鋼』とは、相対する金属武器の硬度とほぼ同じになるので、【レヴァンティン】の刃すら受け止めることが出来たのだ。さらに第五の特性、『氷炎』の効果により炎がもたらすダメージを無力化したのだ。
「ふっ、まさか私の剣を素手で止められる日がこようとはな」
「とか言いながら、口が笑ってんぜ?」
事実、シグナムの顔には確かな歓喜の笑みが浮かんでいた。
「すまぬな、貴君からしてみれば不愉快極まりないかもしれないのだが……駄目だな。いまこの時が、楽しくて仕方がないのだ」
【レヴァンティン】の切っ先を突き付けながら、獰猛な猛禽類を思わせる壮絶な眼光を放つ。それを正面から受け止め、ぞくぞくっと武者震いしながらアルクも構えをとる。
「はっ! 気にすんなよ。今此処に居るのは俺とアンタだけなんだ……思う存分に愉しもうぜえっ!」
「――クッ! 感謝するぞ少年! 私の渇きを満たしてくれ!」
間合いをとって向かい合う二人の間を通り過ぎていた風がぴたりとや止む。まるで世界が二人の邪魔を嫌ったかな様な不自然なまでの静寂が場に訪れる。全神経を張りつめらせ、互いの動きを注視する。
先ほどのように無意味に仕掛けたりはしない。一度の交叉を経て、両者は彼我の戦力を大まかに把握していた。
シグナムが警戒するのはアルクの“能力”。『鋼』の如き硬固さや『炎』を無効化させる以外にも、何かしらの隠し玉が秘められていると彼女の勘が告げていたからだ。
アルクが警戒するのはシグナムの“技量”。自己鍛錬や模擬戦は数をこなしてきたとはいえ、現実の戦闘経験は数えるほどしか持ち得ていなかった。スクライアの集落に居た頃も、遺跡調査で防衛用の傀儡兵と戦ったことはあるが、シグナムの様に完成された戦闘者を相手取るにはたいして役には立たないだろう。だからこそ、軽はずみな攻撃を仕掛けたらあっさりと反撃を喰らってしまったのだ。
しばしの間を空けて、耳が痛いほどの沈黙を破ったのはシグナムの方だった。
【レヴァンティン】を握る右手に力を込めたかと思うや、頭上に振りかぶり、アルクの正中線を容赦なく切りつける。積み重ねられた技術が生み出す理想的な斬閃がアルクに迫る。
「はぁああああああっ!」
「っとお!? 速ぇえな、オイ!」
声色とは裏腹に、迫りくる一撃を余裕の体捌きでかわして見せる。そのまま離脱をせず、軸足を起点にした回し蹴りを攻撃直後で体勢の崩れたシグナムの横腹に叩き付ける。三日月を連想させる弧を描きながら放たれた蹴りを、防御魔法『パンツァー・ガイスト』を展開させた左手で防ぎ、お返しとばかりに地面すれすれからの逆袈裟切りが襲い掛かる。
「なんとぉおおおおおっ!?」
叫びながら上体を反らして何とかかわすことが出来たものの、地面に片足立ち状態でそんな無茶な回避をしてしまえばバランスを崩すのは当然の理である。
「シッ!」
足首ごと刈り取る様なロ-キックがアルクの軸足を掬い上げる。
「おりょりょ!? ――ぶべらっ!?」
一瞬の浮遊感の後、薙ぎ払うように振るわれた【レヴァンティン】をモロに受け、大きく吹き飛ばされてしまう。『鋼』を発動させていたのでダメージは衝撃止まりであったものの、それでも体の芯まで届く凄まじい一撃に呼吸が止まる。しかし距離を離すことはできた。幸い、地面は柔らかい砂地だったこともあって、葉月との訓練で身に付けた受け身を駆使して勢いを殺す。まだまだここから、一度体勢を立て直して……、というアルクの甘い考えを打ち砕くかの様に、シグナムの追撃はもうすでに放たれていた。
アルクが気づいた時にはもう遅い。鞭のように撓る刃の蛇……蛇腹剣、連結刃とも呼べる形態へと変形した【レヴァンティン】が迫る。
『シュランゲフォルム』
【レヴァンティン】の中距離戦闘形態だ。大地を削り、砂を撒き散らしながらアルクへ牙を突き付けんと、刃の蛇が襲い掛かる。紙一重でかわそうとしても、鞭のように撓る【レヴァンティン】は手首を軽く捻るだけでその軌道を大きく変えてしまう。視力の良さが強みのアルクからしてみれば、ギリギリの見切りが通用しない厄介な武装だった。防御力が紙同然のバリアジャケットは切り裂かれ、露出した肌から鮮血が舞う。荒い呼吸を繰り返しながら、アルクは何とかしてこの状況を打開しようと、決して上等ではない思考を加速させる。
「ちぃっ!? めちゃくちゃ、厄介だなオイ!? なんとかしねーと――っ、そうだ!」
突如として頭に奔った閃き。それを実行するために、アルクは一つの博打を打つ。
「……? 何をするつもりだ?」
【レヴァンティン】を振るいながら、シグナムは動きを止めて、構えすら解いたアルクに疑問を抱く。諦めたのか? いいや、そんなはずはない。あの少年の瞳は、決して戦いから逃げぬ勇敢な戦士のソレと同じだった。ならば、一体……?
「っしゃおらぁぁあああああ!!」
咆哮一閃。気合の叫び声を上げながら、迫りくる【レヴァンティン】の切っ先を――両手で挟み込むようにして受け止めた。真剣白羽取り。シグナムの初撃を受け止めたものと同じものだ。違いがあるとすれば、あの時は剣の形状だった【レヴァンティン】が、鞭のように撓る連結刃へと変形しているということか。連結刃の強みは、刀身の一部を止められたとしても他の部分で追撃を掛けることが可能だという点が上がる。切っ先にあたる刃の一つを止めたところで、そこから先に延びる他の刃でアルクを刻み付ければいい。そう考えたシグナムが剣を振るおうとするよりも早く、アルクは驚きの行動に移る。勢いを殺された【レヴァンティン】の切っ先を『鋼』によって硬化させた拳で握り締めると、そのまま刀身を掴みとり、自分の片腕に絡め取っていく。まるで縁日の屋台でよく見かける綿あめを作るかのように、連結刃が動きを止められる。その瞬間、シグナムは相棒の異変に気付く。
「なっ!? れ、【レヴァンティン】が急に重く……!?」
片腕で軽々と振るえていたはずの愛剣が、突如として重量挙げのバーベルのごとき質量と重さを持ち始めたのだ。しかも、段々とその重みは増していく。両手で何とか持ち上げる事は出来ているものの、構えることすら出来ない。明らかな異常に、シグナムは元凶と思われるアルクを鋭く睨みつける。
「貴様……【レヴァンティン】に何をした!?」
「な~に、チッとばかし『重く』させてもらっただけぜい!」
「『重く』……だと!?」
「おうさ! 『
単純に対象の重量を増加させるのではなく、体感重量を増加させるチカラ。それが『重力』の特性。実際に対象の重量は増加させていないのだが、シグナムの感覚的には愛剣が重くなっているように錯覚させる。対象に――この場合は【レヴァンティン】に――触れることで発動し、それに触れる者すべてに『【レヴァンティン】はどんどん重くなっていく』という認識を植え付けるというもの。あくまでも認識操作でしかなく、概念魔法でもないため、強靭な意志や術者を上回る魔力の保有者には通用しないという弱点があるものの――こと、武器を使用しての近接戦においては非常に強力なチカラであると言えよう。
「おおらぁああああああ!」
獲物を構えることも出来なくなったシグナムに向け、アルクはここぞとばかりに攻め込む。地面が爆ぜるほどの踏込で、彼我の距離を瞬く間にゼロとすると、弓を構えるかのように引き絞った拳を握り締め、シグナムの身体そのものを撃ち抜くとばかりの一撃が放たれる。
だが、この程度の小細工で打ち倒せるほど烈火の将は甘くは無い!
「レヴァンティン!」
【Ja!】
振るうことも出来なくなった愛剣から躊躇なく手を離すと、無手となった右手でアルクの拳を正面から受け止める。勢いの付いた拳の衝撃は彼女の予想以上で、受け止めた掌の感覚が麻痺したように感じられなくなり、手首辺りに鈍い痛みが奔る。どうやら手首の骨に亀裂が入ったようだ。手甲にすらヒビが入るほどの威力に感嘆しつつ、されども表面上は不敵に笑って見せる。この程度か? 全然効いていないぞ? とでも言うかのように。剣士が自ら獲物を離すとは思っていなかったアルクが思わず驚きで身を硬くしてしまった刹那、後ろに引き絞っていた左の拳に炎が灯り、豪華の如く燃え盛る。
ソレに気づいたアルクが離脱しようとするものの、右手はシグナムに掴まれたままの状態でソレを避けることは叶わなかった。
「紫電……一閃!!」
炎の拳がアルクの鳩尾を抉り取る様に叩き込まれる。
身体をくの字に折り、盛大に吹き飛ばされたアルクはバウンドを数度繰り返したのち、砂の海に浮かぶ島の様にそこに在った岩の塊に背中をしたたかに打ち付けることでようやく静止した。
「ゲホッ! ぐほっ、ぁ……かふっ!」
激しくせき込みながらも、戦闘中だということを思い出し、何とか体を起こす。全身の骨が軋みを上げるほどの激痛をこらえながら睨み付ける先には、右手首を押さえつつ油断なくこちらを睨み付けてくるシグナムの姿があった。どちらが有利か、そんなものは誰が見ても明白だ。利き腕をやられたとはいえ、シグナムには体力、魔力共にいまだ余力が残されている。対するアルクはまさに満身創痍。魔力の余裕はあるが、ダメージが誤魔化し切れないレベルに達しつつある。それに――
「――見えたぞ。『
ぎくり、とアルクの肩が震える。
「先ほどの一撃、もし初撃で使用した爆竜琥珀とやらを使われていれば、私のダメージもこの程度ではすまなかっただろう。なのに、お前は使わなかった、いや――使えなかった。さらに、こうして【レヴァンティン】の重さも元に戻っている」
言いながら、拾い上げた愛剣を、見せつけるように左手で軽々と持ち上げてみせる。
「私の見立てでは複数の能力によって構成されている『
「ははっ……せ~かい」
アルクは呆れたような苦笑を浮かべるしかない。まさかこんなにも早く、こちらの手札を見切られるとは思ってもみなかったからだ。
『
だとしても、ここで引き下がるつもりは無い。覚悟の炎を胸に灯しながら立ち上がるアルクの目に、【レヴァンティン】を鞘に収めるシグナムの姿が映った。
「なんだ? なにを――っ!?」
「飛龍……一閃!」
疑問を抱くより早く、シグナムが愛剣を鞘から抜き出す。居合切りのように鋭く振るわれた【レヴァンティン】は、一瞬でシュランゲフォルムへと変形し、魔力を纏わせた刃を撓らせながら迫り来た。彼女独特の燃え盛る炎の如き魔力を放出させながら、解き放たれた飛龍が唸りを上げて獲物へと襲い掛かる。
迫り来る破壊の咢を前に、無意識に数歩後退していたアルクもまた、覚悟を決める。怒濤の力の奔流を正面から見据え、腰だめに構えた拳に魔力を込める。凄まじい勢いで集っていく魔力の輝きが、眩い光となって収束する。長きに渡って存在し続けてきたシグナムを以てしても、明らかに異常だと思えるほどの光景に、思わず目を見開いてしまう。管理局の魔導師を遥かに凌駕する超速度の魔力集束。これこそが『
「滅龍奥義……
飛龍一閃を上回るほどの魔力が集った事を感じ、アルクの拳が突き出される。そこから解き放たれるは、灼熱の陽光を凝縮させた超常の一撃。凄まじいエネルギーが大地を震わせながら突き進み、目標たる飛龍に迫る。そして互いの魔法が重なり合った瞬間、幾度目かになる爆発音と衝撃波が世界を震え上がらせた。
「おっと……やれやれ、ここまで戦闘の余波が届くなんて。いったいどんな戦いが繰り広げられているんでしょうね?」
「さあ……。生憎と私はサポート要員だから、判らないですね」
「あ、そうなんですか! 実は僕も結界魔導師なんですよ。いや~、周りの皆はガチ戦闘系ばっかりで……肩身が狭いって言うか」
「あっ! それ、わかります! 私もみんなが無茶ばっかりするもんだから、いつもいつも気が気じゃないんですよ。しかもこの前なんて、怪我をしたらシャマルが直してくれんだろ? ってお気楽に言ってくれちゃったんですよ! 酷いと思いません!? きっとみんな、私のことをオロナインくらいにしか見てないんですよ!」
「いや~、さすがにそんな事はないと思いますよ? だって貴方を――え~と、」
「あっ! 申し遅れました。私、『泉の騎士』シャマルと申します」
「これはこれはご丁寧に……。僕は管理局の外部協力者、ユーノ・スクライアと言います。えっと、それでですね? もし本当にシャマルさんを傷薬程度にしか思っていなかったら、『そんな大事なモノ』を預けたりはしないと思うんですよ。大丈夫、皆さんから信頼されていますって!」
「あ……、ありがとうございます。そんなことを言ってくれたのは貴方が初めてかもしれません。その……ユーノ、くん?」「い、いや~、そんな……当然のことを言ったまでですよ。シャマルさんみたいにお綺麗な女の人が悩まれているのなら、手を差し伸べるのは男として当然の――あ……」
「そっ、そんな、綺麗だなんて……!」
「い、いやっ、ちがっ!? あ、別に違わないけど、そうじゃ無くて、えっと……!」
「……」
「……」
アルクとシグナムが激闘を繰り広げているのとほぼ同時刻、太陽に照りつけられる砂漠の一角で、別の意味で“お熱い”戦いを繰り広げている人物が存在した。
ユーノ・スクライアとシャマル。
迷子になったアルクの行方を追っていたユーノは何の悪戯か、守護騎士の一人であるシャマルと遭遇してしまった。おまけに闇の書を抱えているというオマケつき。
エンカウント直後にジャミングを掛けられてしまったせいで援軍を呼べず、かといってさんざんアルクを探し回ったお蔭で残存魔力が心もとないユーノに、騎士とやり合う余禄は残されていなかった。
かく言う、シャマルはというと、彼女もまたいい感じに追いつめられていた。条件反射的にジャミングを掛けたのは良いが、威力が強すぎたらしく自分さえも仲間たちに連絡をつけることが出来なくなってしまった。
サポート要員である彼女は、直接戦闘は苦手な分野であり、しかも相手は自分と同じ搦め手を得意とするであろう支援型魔導師。短絡思考の戦闘特化型を相手取るとすればいなすことも出来ただろうが、都市不相応に冷静なユーノには隙が見当たらず、かといって気を許してしまえばその瞬間に、救援を呼ばれてしまう可能性もある。ついでに、彼女もまた連日のカートリッジ生成で魔力に余裕があるとはいえない状態だった。それでも、一刻も早くはやてを救いたいと自ら志願してこの世界まで出向いてきたわけなのだが……見事に裏目ったようだ。
どちらも動くに動けないこう着状態に陥ってしまった二人は、情報戦と称した腹の探り合いを行っていたのだが――身内に振り回される苦労人ポジションということも相まって、うまい具合に意気投合してしまった。その挙句、何故か青春の一幕的な青酸っぱいラヴコメを繰り広げるに至っていた。二人の内心を言葉に表すとこうだ。『どうしてこうなった?』溜息を漏らせば、どういう訳か息ピッタリな同時に繰り出すことになり、恥ずかしさを誤魔化すように取り留めのない話を交わしてみれば、何故か盛大に自爆してより気まずくなってしまう。
ユーノは混乱していた。
「(な、何で僕はこの人を当たり前のようにナンパしてるんだ!? なのはたちと一緒に居ても、こんなセリフ出てこなかったのに!?)」
シャマルも混乱していた。
「(え、ええっと……こっ、この場合どういうふうに返事すればいいんでしょうか?? やっぱり、不束者ですが――っえ、これ違う! ナニを考えてるのよ私はっ!?)」
少年は何処か頼りなさそうな年上のお姉さんに抱く感情が理解できずに困惑し、女性は何処か保護欲を掻きたてられる将来有望で純粋な男の子にどきまきする。
もう、お前らあれだ。そういうのは余所でやれよ。どこぞのエロゲーばりの速攻展開を繰り広げる二人の様子を近くの岩の陰に隠れながら監視していた仮面の男は、苛立ちと共にそんなことを呟いていたそうな。決して、出会いがない自分との違いに、はらわたが煮えたぎっていたからではない。そう決して。大事な事だから二回言っておく。