魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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究極《ゼロ》

「はぁ……はぁ……! くそっ! なんで、こんな……!?」

 

荒い呼吸を繰り返しながら、アッシュは悠然と宙に舞う敵を見上げながら怒号を放つ。

 

「どうして皆を巻き込んだんだ! 答えろ、イレギュラー!」

 

血塗れの右腕に、気絶した仲間を抱きしめながら、憤怒の形相で敵を睨み付ける。その先にいたのは三つの人影。背に黒い翼を銀髪の少女と水着と思わんばかりに露出の激しい出で立ちをした蒼い髪の少女。そして彼女らに挟まれるような位置から、地面に這いつくばるアッシュを真っ直ぐ見下ろしてくる男。おそらくは、この男こそがイレギュラーなのだろう……それは、男の傍らに立つ二人の表情がまるで望まぬ行為を命じられたかの如く暗いものであったからだ。実際、彼女たちは偵察任務を敢行していたアッシュたちに向け、不意打ち気味に長距離射撃を撃ち込んできたのだから。それも……殺傷設定で。漆黒の巨獣を思わせる広範囲砲撃に喰らい付かれ、視界を埋め尽くすほどに眩い蒼き雷光の刃に撃ち抜かれてアッシュたちの部隊は、戦闘らしい戦闘も出来ぬまま壊滅状態に陥ってしまった。

その結果が、ごつごつした荒野の所々に倒れ伏した仲間たちと――鮮血の水溜りの中に漂う、切り落とされた己の左手。

焼け爛れた背中の痛みに耐え、残された右腕で構えた銃口を向けながら、分割思考で仲間たちのバイタルを確認していく。祈る様に、願う様に一人ずつ容体を確認していくアッシュの顔は、自身の痛みと仲間を護れなかった事に対する心の痛みでぐしゃぐしゃに歪んでいた。その様子にさすがに耐えられなくなったのか顔を逸らす少女たち……”紫天の書”一派の二つ、”王”を司る闇統べる王(ロード・ディアーチェ)と”力”を司る雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)を下がらせた男……イレギュラーが口を開く。

 

「思うわけないじゃないか。所詮、ソレも悪でしかないのだから」

「なっ!? 悪、だって……!?」

 

迷いなく断定された言葉に、アッシュは思わず我が耳を疑ってしまう。当然だ。法と世界を守る正義の機関たる時空管理局に属する者を、躊躇なく悪だと断じるなど、管理局の理念に賛同しているアッシュからしてみれば、到底理解できないものだった。

 

「そうだろう? お前たち悪の象徴である『転生者』を仲間扱いしているんだ……これを悪と言わずしてなんと呼べばいい?」

「ちょ、ちょっと待て! 僕たちが、悪……!? いったい、どういう意味だ! だいたい、お前は何者なんだ!」

「ふん……まあ、いいさ。そんなに知りたいのなら教えてあげるよ。真実を知らぬまま消滅するのは恐ろしいだろう? ただ一つの真実……嘘で塗り固められた本当のことを教えてあげるよ」

 

男は、まるでいいことを思いついたと言わんばかりに両手を広げながらそんなことを言う。劇場型と呼ばれる、自己陶酔型の人間の典型だと、アッシュは感じた。

 

「この世界の真実……それは、お前たちここで繰り広げている”神造遊戯《ゲーム》”とやらが、実は何の意味も無い、一部の神々が暇つぶしのためだけに始めたお遊びだということさ」「なっ――!? どういうことだ!」

「そのままの意味さ。神と呼ばれる存在は永遠を生きる者たち……だからこそ、常に刺激を求めているんだ。だからこそ、退屈を紛れさせるためにこんな”お遊び”を起こしたわけなのさ。お前たちは、文字通りゲームの駒。輪廻の環に還る前の適当に選んだ人間の魂に『お前は選ばれしモノだ』みたいなことを吹き込んで、”転生”という形で再利用していたにすぎないのさ」

「う、嘘だ! こんなに手の込んだ儀式を暇つぶしでだなんて――!?」

「ふん、所詮はおだてられて調子に乗っただけの『異物』だよ。真実を受け入れたくないという気持ちはわからないでもないが……残念だが、これは見紛う事なき事実なんだよ」

「そ、んな……それじゃあ、僕たちが今までやってきたことは一体――!?」

「ふん、まあそういう訳さ。でも神から力を与えられた者たちが多数存在するこの世界は、大きな歪みが生じて崩壊してしまう危険性があるらしくてね。世界を守る立場としては、これ以上、世界が崩壊しない様に原因の排除を決定したのさ。そう……それこそがこの僕、転生者No.”0”(ナンバー・ゼロ) 新羅 白夜だ。神々を束ねる大神から直接懇願されたのさ。『ある世界を崩壊させる原因と成りつつある、転生者たちを排除してほしい』……ってね。つまり僕は、この世界を守るために選ばれた本物の転生者……世界に起こるすべての歪みを”ゼロ”にするために送り込まれた始まりにして終わりを司るNo.”0”なのさ!」

「No.”0”……!?」

 

儀式の参加者に割り振られたNo.は”Ⅰ”~”ⅩⅢ”までの十三組のはず。ルールから外れているということはつまり、この男は”ゲーム”のルール外にいる存在に間違いないということなのか――!?

 

「だから僕は、この瞬間より世界に害をなす存在であるお前たち転生者()共を排除すると宣告する」「――理解できないな……! だったら昨日の戦いで僕を助けたんだ?」

「ああ、別に深い意味はないさ(・・・・・・・・・・)。悪を断ずるのは正義の使者である僕の役目だからさ」

 

要するに自分たち転生者を倒すのは自分の役目だと、そう言いたいわけか。

 

(……それだけ? 本当にそれだけなのか? そんなことのために、仲間に命を掛けさせるような真似をさせたって言うのか、コイツは!?) 

 

緊張と焦燥でカラカラに乾いた口の中の感触に嫌悪感を感じつつ、アッシュの思考が焼けていく。

 

(あの時……“Ⅰ”の神代魔法に消し飛ばされそうになったあの時、僕を突き飛ばして助けてくれた女の子。確か名前が……そう、『ユーリ』だったか。彼女は間違いなく僕の身代わりに砲撃に呑みこまれていたはず。彼女もプログラム生命体の筈だから多分無事だとは思うけど、それでも一歩間違えば完全に消滅していたかもしれないんだ。彼女が自分の意志でそうしてくれたって言うのならまだしも、ディアーチェやレヴィの様子を見る限りじゃ、奴に命令されているって考えるのが自然だね)

 

斬り落とされた左手の切断面に治療魔法を掛けながら、再度、アッシュは新羅 白夜と名乗った男を睨み上げる。

 

(何が正義だ! こいつの目は奴と、『時の庭園』で対峙した“Ⅳ”と同じだ。自分勝手な自己陶酔型の典型……身勝手な正義感を他人に押し付けてるだけの、子悪党だ!)

 

ならば、自分は立ち上がらなければならない。法の守護者として……、何よりも、ようやく手に入れることのできた本当の仲間たちを守るためにも、こいつはここで斃す!

アッシュに戦意が戻ったことに気づいたディアーチェとレヴィが各々のデバイスを構えようとするのを片手をかざすことで静止させると、白夜は憐み混じりの視線を送る。

 

「まだ、無駄な足掻きを続けるつもりなのか?」

「……当然だ。管理局員として、宣告も無しに奇襲を仕掛けてくるような犯罪者を捕縛するのは当然の義務だよ」

「ふうん? 管理局員として、ねぇ……。あくまでも転生者ではなく、管理局員として僕を捕えると。そう言いたいわけか」

「そうだ。どんな理由があったとしても、僕の仲間たちをこんな目に合わせておいて、『はい、さようなら』で済むと思うなよ!?」

「ふん、根源悪のくせに正義の味方気取りするとは……決めたよ。君は僕が直々に葬り去ってあげよう。ディアーチェ、レヴィ、君たちは手出し無用だ。わかったね?」

「――っ!!」

「……う、うん」

 

親の敵と言わんばかりの鋭い目つきを向けられていることに気づいていないのだろうか? 射抜くようなディアーチェの視線を背中に受けながら、ふわりと地面に降り立った白夜は無手の右手を前に突出し、何かを掴むように握り込む。と、同時に、握りしめた拳の合間から燃え盛る炎が奔流となって溢れ出した。

轟々と燃え盛る火炎に包まれた右手を一凪ぎすると、不安定な炎が一つのカタチへと成っていく。それは、炎の剣。燃え盛る炎で構築された剣は実体を得たかの如き質量感を感じさせ、紅に輝く刀身には揺らめく炎の如き波紋が浮かび上がる。まるで硝子細工と見紛うほどの美しさは芸術の域に達しており、されども、刀身の内よりひしひしと感じられる威圧感は、それが間違いなく殺傷能力を有した“武器”であることを主張していた。

 

「『Metatron《メタトロン》』――、太陽よりも燦然と輝く炎の剣、租は遍く万物を焼き尽くす天上の力」

 

切っ先を突き付けながら、声高々に告げる。

 

「さあ――神の炎に焼かれて消えろ!」

 

叫びを置き去りにするほどの速度で踏み込み、五メートルはあった彼我の距離を一歩で詰めると、炎の剣を振り下ろす。剣筋は美しく、迷いがない。それだけ見ても、白夜が相当の剣の腕を持っていることの証明と言える。戸惑いも躊躇も無く、アッシュの急所……最初の不意打ちで腕を失ってしまった左側から袈裟切りに振るわれた剣閃には確かな殺意が籠められていた。

 

「誰がっ!」

 

身を屈めて初撃を避わすと、熱風と剣圧に煽られた前髪が数本、宙を舞う。右手を地面に付いてそこを支点に側転、距離を稼ぐと狙いもつけずに右手で構えたデバイスの引き鉄を引く。

カートリッジの炸裂音が響き、連射に特化させた魔力弾が唸りを上げて白夜に迫る。だあ、白夜が無造作に振るった炎剣によって瞬く間に消滅させられていく。だが、それも仕方のないことだろう。アッシュのデバイス【グレイスレート】は双銃、つまり二丁揃ってこそ、真髄を表すデバイスなのだから。白と黒の拳銃が繰りなす灰色のコンビネーション……『1 + 1』という単純な数式で『10』という結果を導き出すこともできるタクティクスは、黒と白、二色を混ぜ合わせることでのみ真価を発揮する。だからこそ、かのデバイスは灰色を示す名を与えられているのだから。だが、左手を斬り落とされると共に、片方の銃は粉々に粉砕されてしまっている。幸い、二つで一つという構造上、片方でも銃身が無事ならば、修復は可能だし、“ゲーム”のルールにある“デバイスの破壊による失格”にも当てはまらない。だが、あそこまで破壊されてしまっては修復に時間がかかるし、片腕しかない現状では、どのみち使いようがない。

だが、莫大な火炎を圧縮させた剣に相対するには、圧倒的に不利な状況に陥っているにも拘らず、アッシュの表情に諦めの色は無い。確かに、生半可な攻撃をいくら繰り出そうとも、有効打を与えられなければ魔力の無駄使いにしかならない。特に、アッシュのような魔力弾を主力にする魔力放出系のスタイルを得意とする魔導師にとって、いたずらに戦闘を長引かせることは魔力の枯渇を招く悪手となりえる。

もし、高町 なのはの様に保有魔力が莫大、かつ、大気中に霧散する魔力素を再利用できるほどの才能(センス)を有しているのなら、長期戦という選択肢も選考の余地はある。だが、現実の問題としてアッシュにそこまでの才能は……無い。アッシュが白夜を降すには、自前の魔力と体力が尽きる前に倒し切るしか道はないのだ。

 

「世界を焦がす神話の炎にて葬ってあげるよ!」

「御免こうむらせてもらう!」

 

炎の剣による斬閃を、時に身体を逸らし、時に無様に地面を転がりながらなんとか避わしていく。だが、防ぐ手立てがない以上、総ての攻撃を回避し続けなければならず、そうなれば当然、アッシュの弾幕が弱まることに繋がる。それは白夜に更なる追撃をアクションさせる余裕となり、炎の斬攻の勢いは連鎖的にさらに激しさを増す。まさに悪循環としか言いようのない展開となりつつあった。

 

「――ッ!」

 

ストップ・アンド・ゴーを組み入れた変則的な高速移動を繰り返し白夜の隙を伺うものの、ほとんどの魔力弾は彼の揮う炎の剣によって切り捨てられ、僅かに攻撃の合間を縫って攻撃を着弾させられたとしても、黒いライダースーツ状のバリアジャケットを打ち破ることが出来ない。“Ⅰ”との戦闘で使用した貫通力を高めた特製の弾丸は、生成に僅かな時間を必要とする。一発の弾丸を生成するのにおよそ二秒、ほんのわずかな時間であるが、こと戦闘中においては決して軽んじてよいものではない。対“Ⅰ”時には、“能力”と組み合わせて戦略(タクティクス)を組み上げていたが、片腕を失うほどの重症を負ってしまった今のアッシュでは、“能力”を完全に発動させることは不可能だ。図らずとも、ディアーチェたちにとって不本意な奇襲攻撃が、“Ⅰ”すら手こずらせた“Ⅷ”(アッシュ)の戦力を著しく削ぐ結果へと繋がっていた。

 

「ずいぶんと足掻く……だがっ!」

「ぐっ、あ!?」

 

袈裟切りに振るわれた炎剣が生み出す風圧……否、もはやそれは作熱の砂漠に吹き荒れる熱風と呼ぶべきもの。咄嗟に屈むことで直撃こそ避けたものの、左肩から背中に掛けて浅くは無い斬傷を受けてしまう。アッシュの反応速度に白夜が対応しつつある証拠だ。滝のように流れる汗を拭う余裕すら残されていないアッシュは、攻撃の合間を捕え、なんとか距離を離す。僅かでも時間を稼ぎ、突破口を見つける。そんな意図が秘められた行動(アクション)は、この男の前では何ら意味を成さない。

 

「無駄なことさ」

「っな!?」

 

踏み出した足元が炸裂するほどの踏込で、彼我の距離を刹那の間を置かずにゼロにする。白夜はそのまま、体勢を整え切れていないアッシュの鳩尾に靴先を叩き込む。ボキボキ……! とナニカが砕かれるような音を響かせながら、アッシュの身体が大きく吹き飛ばされる。地面の上を幾度もバウンドし、砂埃りを上げながらようやく止まった瞬間、倒れ伏したままな彼の後頭部に向かって踏み砕く勢いで足を振り下ろす白夜の姿がそこにあった。第六感の告げる警告に突き飛ばされるように、残された四肢をバネの様に跳ね上げてその場を離脱する。と同時に、アッシュの頭部があった位置に突き刺さる踵落とし。

決して脆くはない岩盤を粉微塵に砕く一撃は、人体など容易く壊してしまうだろう威力が籠められているという事実をありありと証明してみせた。

 

「ぐう……っ! な、なんで……」

「僕に動きが読まれたのか、かい?」

 

自分が浮かべた考えをそのまま言葉に出され、アッシュの顔に驚きが生まれる。

 

「君程度の浅はかな考えなど、すべてお見通しなのさ……。そう、僕が持つ第二の“能力”の前ではね」

「第二の“能力”……!?」

「そうさ。名を『Ratzie《ラジエル》』、総ての秘密を暴く神々の目と呼ばれるこの“能力”の前では、あらゆる理論や思考が暴き出されてしまうのさ!」

「まさか……!? 相手の心を読み盗る“能力”か!」

 

つまりは読心術ということか。魔力を込め、必殺を狙って放った弾丸を統べて斬り落とされ、目晦ましとして狙いもつけずにばら撒いていた魔力弾だけが命中していたことの理由はつまりそういうこと。

命中させようという意志を込めて放った攻撃は狙いをつけた思考を読み盗って弾道の軌道を予測し迎撃、反対に当たれば儲けもの程度しか考えていなかった弾幕はどこに跳ぶのかアッシュ自身でも把握しきれていなかった。意識が籠められていなかったが故に、迎撃されずに命中していたということだ。

無心となれば思考を読み盗られることを防ぐことは可能だろう。だが、無心状態での攻撃は単調となり、心を読まずとも回避しやすいものとなってしまう。例えるなら、ボクサーがフェイントの何も考えず、ただひたすらにパンチを出し続けるようなものだ。そのような状態は、相応の技量を有する相手から見れば絶好の獲物、カウンターの餌食となってしまうのは自明の理だ。

 

「いい加減に、諦めたらどうだい? もう、君に打つ手は残されていない事は、君自身が誰よりも理解できているだろう?」

「――」

「ヤレヤレ、今度はだんまりかい? しょうがないな……じゃあ、慈悲深い僕は悪でしかない君にでも理解できるようにわかりやすく教えてあげるよ。どうしようもない現実って奴をね」

 

戦略の幅をさらに狭められ、打つ手がなくなったにも関わらず、それでも闘志が揺らがないアッシュにトドメを刺さんと、白夜が無情な現実を告げる。

 

「君は自分たちと僕は同じ転生者だと一括りに考えているのかもしれないけれど、真実は違うのさ。大神に選ばれた者である僕と有象無象の低級神に選定された君たちの間には、決して埋められぬ圧倒的な差というものが存在しているのさ!」

 

悠然と佇む白夜は、アッシュに向けて手を掲げる。

 

「僕にはね……大神より授かった十にも及ぶ“能力”が与えられているのさ!」

「なんっ……!?」

「『摂理が記されし創造の書(セーフェル・イェツラー)』――それこそが僕が手にした究極のチカラ、大神より授かりし至高の”特典”。十種類の”能力”産み出すことが出来る『チカラの種』から構成されるこの“特典”の前では、いかなる“能力”であろうとも意味を成さない。

何故ならば、それが如何なるチカラであろうとも、必ず相性というものが存在しているからだよ。たった一つを突き詰め、極めたとしても、相対関係にあたる種類のチカラの前では脆くも崩れ去ってしまうのが世の理さ。だけど、僕だけは違う。複数のチカラを有するが故にあらゆるチカラに対応できる汎用性を持ち、なおかつ、個々のチカラそれそれもあらゆる“能力”の中でも最高位に位置付けられるだけのチカラを有しているのだから」

「は、はは……なんだよ、ソレ……」

 

あまりにも理不尽なまでのチカラの差を目の当たりにして、アッシュは苦い笑みを浮かべながら、呆然と呟くことしか出来ない。

複数の“能力”を使いこなす――それは、“ゲーム”の参加者たちが未だかつて誰も成し遂げられなかった究極存在の証……!

“能力”――それは“ゲーム”参加時に神より与えられた“特典”を雛形として独自に構築、造り上げた唯一無二の単一技能(オリジナルスキル)

個人の性格や思考、センスなどの影響を受けて組み上げられるそれは、使用者の心象がカタチとなったと言っても過言ではない。

だからこそ、一人の転生者が使用できる“能力”は一つか二つが限界だと考えられてきた。

実際、最強と呼ばれる“Ⅰ”(ダークネス)でさえ、今の彼が使える“能力”は『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』のみ。ジュエルシードの魔力や特性を利用した『高次元術式兵装(エイン・フェリア)』や切り札たる神代魔法『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』は、“能力”ではなく、元々持ち合わせていた才能を磨き上げて超常のチカラへと昇華させた”技能”(スキル)だ。つまり言ってしまうと、才能があれば誰でも似たような真似が出来てしまう技……と言うことだ(無論、相応以上の努力とセンスが求められるが)。だというのに、目の前にいる男は平然と、ごくごく当たり前の様に複数の“能力”を使いこなすのだという。それがハッタリなどではないということを、アッシュの本能が理解してしまう。

全力を出した“Ⅰ”と対峙した時と同様……いや、それ以上の恐怖を伴って、アッシュの決して平凡では無い頭脳が絶対的な敗北という未来(けっか)を弾き出す。

 

「僕の“能力”の幾つかは君にも見せたよね? 炎の剣を生み出す『Metatron《メタトロン》』、相手の心を読む『Ratzie《ラジエル》』……ああ、それと彼女たちもそうだったね」

 

白夜はそう言いながら、離れた位置に控える少女たちへと視線を向ける。

 

「“紫天の書”を構成する魔導生命体――“王”、“理”、“力”のマテリアルと“盟主”の計四体。それから“紫天の書”のマスター権限――そう、彼女たちこそが、総計五つの“能力”で生み出した僕だけの部下たちなのさ!」

 

“闇の書の闇”ではなく、コピーでもない。『オリジナル“紫天の書”のコピーたち』それこそが彼女らの正体。魔導生命体でありながら、“能力”によって生み出されたが故に、守護騎士たちのようなこの世界で誕生した者たちとはどこかが違っている別種存在。オリジナルの彼女たちが抱えていた弱点……“盟主”ユーリの抱える破壊衝動などの欠点を最初から持ち合わせていない(・・・・・・・・・・・・・)純粋な戦力として計算できる僕として生み出された魔導生命体、それこそが彼女たちの正体。白夜にとっては、自分が内包するチカラの一部が人のカタチをとったモノたち。だからこそ、我が身を省みない使い捨てる様な命令を下すことが出来る。たとえば、そう……『“Ⅰ”の放った神代魔法から自分自身を盾にして“Ⅷ”を救え』といった暴令を下すこともある。だが消滅は免れたものの、結果として深く傷つき、今も異空間で回復に努めているユーリに対して思う所は無い。何故ならば、それは当然のことだから。正義そのものである自分の命令に従い、実行するのは、正義の使徒として、白夜の“能力”の一部としても当然のことだと、捕えていたからだ。人格など関係ない、ただ命令に忠実な人形であることが正しいことだと本気で考えている。大神を名乗る存在から究極的な“能力”を与えられ、自身の行動を絶対的な正義だと信じ切っているからこそ、正義の執行者の命令に従うのは当然のことだ。故に、自分自身に陶酔してしまっている白夜は気づけない。彼女たち“紫天の書”一派は心なき道具などではなく、自我がある確かな“ヒト”なのだということを。

自身の後ろで、二人の道具(しょうじょたち)がどんな表情を浮かべているのかを。

 

「もうわかっただろう? 生命の創造という人には決して到達出来ない領域に立つ僕に、君程度の弱者が叶う訳がないという現実が」

「――(マズイ……! こいつは……本気でマズイ!! 彼の言葉はおそらく事実。なら、文字通りの“超”人と呼べる相手を倒すことは、どう足掻いたところで僕一人には不可能だ! ここは何とかして――)」

「『撤退しなければ』……かい?」

「っ!? (思考を読まれたっ!?)」

「今更、何をしようと無駄だよ。言っただろう? 僕には君の心が読めるって」

「ちっ!! だったらこいつはどうだっ!」

 

不用意な戦略が逆効果となるのであれば、判っていても躱せない攻撃を仕掛けるまで!

デバイスを腰のホルダーに収めると、痛みと疲労が蓄積されつつある思考をフル稼働させる。翳した手の平に生まれ出るのはテニスボール程度のスフィア。この灰色に輝く光球こそ、アッシュが白夜を打倒しえる最後の可能性。敵味方関係なく、等しい敗北を刻み付ける奥の手(切り札)――『沈黙は金なり(サイレント・フィールド)』。それが何なのかわかったのだろう、白夜の顔に驚嘆の色が浮かぶ。

 

「へぇ……? 確かにソレが決まれば流石の僕であっても、なすすべも無く敗北してしまうかもしれないね。でも、良いのかい? 君自身も巻き込まれてしまうかもしれないんだろう?命を掛けて僕を倒したところで、他の転生者()どもは今までどおりに殺し合い、世界に害を成し続けることになる。誰も命を掛けた君に感謝することも無く、ね。……それでも命を、自分の総てをここで賭けるというのかい?」

「……もちろんだ。僕は僕にできることを自分で考えて、こうしようと決めたんだよ。君を放置しておくのは、皆にとって……そして何より、その娘たちにとっても害でしかない!」「はぁ?何を言っているんだ?」

「彼女たちがどんな気持ちでそこにいるのかもわかろうともせず、理解しようともしない君には永遠に知ることのできないコトさ! でもね! 君にとってはどうでも良い事なのかもしれないけれど、それが何よりも大切な事だって思える人間も確かに存在しているんだ! たとえ、君の話の通りに僕たちが望まれずして此処に居るのだとしても、この世界を全力で生きている僕たちにとってはそんなことどうでも良いことなんだ!」

 

生成したスフィアを握り締め、両足の震えを気力で押さえつけながら立ち上がり、迷いなく睨み付ける。

 

「“ゲーム”がどうこうなんて関係ない。神サマの事情なんて知ったことじゃない。僕は、僕たちは今この瞬間、自分の『決断』で“此処に居るんだ”! だから――!」

 

拳を天高々に振り上げる。スフィアを握りつぶさんばかりに力を込めた手の中から、心の滾りに呼応した魔力が眩い輝きを放つ。

 

「お前らの身勝手な都合で、僕たちの『セカイ』をめちゃくちゃにされてたまるもんかぁああああ!!」

 

咆哮を上げながら、スフィアを地面へと叩き付ける。その瞬間、二人を覆いつくす空間が広がっていく。

如何なる存在であろうとも、あらゆる行動を停止させられる無音空間。魔力も、生命もその働きを静止させ、空間内部の生命に等しい“死”をもたらす、無慈悲なる処刑空間。ひとたび展開されたが最後、術者であろうとも命を脅かされる“能力”が発動した。

だが。

 

「――『Kamael(カマエル)』」

 

大神に選ばれし者の前では、完殺空間すら存在することを許されずに霧散する。かの者の許しを得られぬモノは、存在自体を許さないとでも告げるように。

 

「バッ……!? な、なん……でっ!?」

 

必殺を疑わなかった奥の手を容易く無効化されたアッシュは、今日何度目かになる驚愕に身体を強張らせる。理解を超えた現象を前に呆然とするアッシュを、白夜は圧倒的な自信と自負を携えながら見下ろしていた。

 

「無駄さ。第三の“能力”、『Kamael(カマエル)』。破壊の力を象徴するこの“能力”の前では、あらゆる“能力”は無用の長物へと成り下がる。天の執行官たる僕に、浅はかなチカラが通用すると、本気で考えていたのかい?」

 

侮蔑すら感じさせる言葉を浴びせられながら、アッシュはようやく余裕に満ち溢れた尊大な態度をとり続けていた白夜の自信、その裏打ちの正体にたどり着く。

相手の“能力”を完全無効化するチカラ――それは、『互いの“能力”をぶつけ合い、力を高め合うことで神を目指す』という“ゲーム”のルールを根本から破壊するほどの反則技(ショーカー)だ。

白夜の前では、あらゆる転生者たちが磨き上げてきた力を無力と化し、苦も無く壊滅させることも可能だ。何故なら、どれほど戦闘技術を、魔法の運用を磨き上げたところで、超常のチカラたる多種の“能力”に対抗することは不可能なのだから。だからこそ、アッシュたち儀式の参加者は己の“能力”を磨き上げることを優先しているというのに……。この男は、そんな努力をあざ笑うかのように無力化してしまうと言うのか――!?

 

「究極だの言ってる意味がようやくわかったよ。そん分不相応な“能力”を手に入れれば、そりゃあ大口も叩けるってもんだってね……!」

「……減らず口を。いい加減、君に付き合うのにも飽きてきたところさ。さっさと、死んじゃいなよ――『Metatron《メタトロン》』!」

 

苛立ちを隠せぬまま、再び炎の剣を生み出し、地面に倒れ伏すアッシュに向けて振り降ろす。一切の慈悲の無い、非情なる神の裁きが、道化を演じ続けてきた少年の存在を消し去ろうと迫りくる。

逃れようのない絶対的な“死”を前にして、アッシュの全身を震えが駆け巡る。生物として誰しもが持つ死を恐れる本能……逃れようのない絶望(げんじつ)を前に、恐怖で震える口元が小さく、ほんの少しだけ吊り上る。

 

「――グレイスレート、首尾はどうだい?」

【接敵から現在に至るまでの会話、戦闘情報をエリミッタ情報官の下へ送信完了。並行して、同伴していた局員たちも、アースラ詰所に転送済みです】

「そっか……ありがと」

【いえ】

 

そこまで言って、互いにかける言葉が無くなったらしく、無言になってしまう。あと数秒で炎の剣に切り裂かれてしまうと言うのに、まるで世界がスローモーションになったかのように時間が遅く感じる。

だからこそ、彼らは最後の会話を交わすことが出来ていたのかもしれない。未来を仲間たちに託し、『アッシュ・ユーレル』という人間が確かに此処に居たのだという証を残すことに成功したことに、自然と口の端が吊り上ってしまう。この場にいる者の中で、視力の良いレヴィだけがそれに気づいた。死を前にして尚、アッシュという男は――してやったり、とでも言いたげな笑みを浮かべていたということを。

その姿が信じられず、目の錯覚だと思ったレヴィが目を擦った瞬間――アッシュの全身は炎の剣によって袈裟切りに切り裂かれた。物質化させるほど高密度に圧縮された炎が生み出す炎熱……太陽と見紛うほどの熱量を有したソレが、アッシュの全身を、魂を焼き尽くす。数秒も掛からずに全身を焼き尽くされ、かつてアッシュと呼ばれた存在の総てが魔力粒子(エーテル)の光となって霧散していく中、熱によって大きく変形して原形を留めていない【グレイスレート】が地面に落ち……粉々に砕け散る。

情報という未来への希望を託しながら、心優しき道化師は消えていった――――

 

 

 

旅館の一室

 

「つまり、お前も含めた“紫天の書”一派は、No.“0”とやらが生み出した使い魔のようなもの……というわけだな? さらにマスター権限も握られているせいで、奴の命令には逆らえない、と」

「そうなります」

 

万一を考えて防音結界を展開させた部屋の中でシュテルの説明を聞いたダークネスは、彼女の話に嘘は含まれていないと判断しつつ、手に入れた情報を整理していく。

畳の上に敷かれた座布団にちょこんと正座し、諸々の事情を話し終えたシュテルは現在、話の内容を良くわかっていないアリシアと呑気におしゃべり中だった。一見して……いや、誰がどう見ても気を緩めまくっているシュテルの様子を眺めながら、ダークネスは己の手の平に視線を落とす。そこに在るのは真紅の輝きを放つ赤い宝石。彼女の愛機たる【ルシフェリオン】の待機状態であった。

説明を始める前、自身の身の証を示すと言って躊躇なく渡してきたソレを手の中で転がしながら、彼女が持ちかけてきた取引について考えが移っていく。

 

(まさか、『No.“0”から俺に鞍替えしたいから奴を倒してくれ』、なんて頼まれるとはな)

 

そう。

それこそが、彼女がダークネスたちに単独で接触してきた理由。文字通りの生みの親とはいえ、彼女らと言う存在を道具と切り捨て、我が身を省みぬ自己犠牲行動を強要させる男に、ほとほと愛度が尽きた。何しろ、“Ⅷ”を救うために重傷を負わされたユーリに対して、『正義を行う者の従者ならば、この程度の傷を負うことくらい当たり前のことだろう?』と言い切ったのだ。この瞬間も、位相をずらした空間で回復に努めているであろうユーリに魔力を供給するなどの治療を施すこともせず(実際は、ルビーの毒牙にかけられて、お嫁にいけないからだにされてしまっているのだが……)、海鳴の監視をシュテルに命じて、“Ⅷ”を打ち倒しに向かっていた。ただし、No.“0”(びゃくや)の狙いは転生者を倒して“因子(ジーン)“を得ることが目的なのではない。”ゲーム“のルール外に存在する彼は、どれほど”ゲーム“の参加者を倒しても、勝者の恩恵を得る事はない。何故なら、勝者に魔力の増加や新たなチカラの発言などの褒章が発生するのはあくまでも参加者にのみ限定されているのだから。敗者の“因子(ジーン)“が勝者に受け継がれるというルールこそ適応されるものの、現実として白夜にパワーアップなどは起こっていなかった。

――ならば、何故、先日の戦いの中でユーリの身を盾にしてまで”Ⅷ“を助けさせたのか? 

その答えこそ、シュテルが白夜を嫌悪する最大の理由。白夜は、自身が大神によって選ばれた正義の執行官であると信じきっている。だからこど、悪と定めた”ゲーム“参加者たちを”己の手で“倒さなければならないと考えていた。アッシュを助けさせたのは、ダークネスの手に掛かるのを良しとしない子供じみた執着によるもの。転生者()を滅ぼすのは選ばれし自分(正義)だけだという、つまらない自己主張のためだけに、ユーリに命を賭けさせたのだ。コピーとは言え、彼女たちにも心がある。友情、愛情、信頼……本物にも決して劣らない『絆』が、彼女たちの間には結ばれていたのだ。だからこそ、許せなかった。このまま行けば、あの男は間違いなく同じような真似を自分たちに強要する。自己犠牲的な行動は正義の味方の専売特許だと思っている白夜ならば、まず間違いなく嬉々として捨て駒同然に自分たちを使い潰すことだろう。

あの男にとって、シュテルたちは“能力”の一つが人の形を成しただけの存在であり、生みの親であり宿主でもある自分の意のままに動くのは当然なのだと。そう考えているから。

独りよがりな正義感の押しつけが、白夜と彼女たちの間に、決定的な溝を生み出してしまっていたのだ。事そこに至って、シュテルは『決断』を下した。

白夜が心を入れ替える可能性がないのならば、自分たちを受け入れてくれる別の存在にマスターとなって貰えばよいのではないか? と。

王に仕えるマテリアル……のコピーである彼女にとって、どれで程嫌いな相手であったとしても主を裏切るという行為は許されざるものだった。『決断』したとはいえ、それでも迷い、思考がうまく纏まらぬまま訪れた千載一遇のチャンス。マスター候補が海鳴市に留まり、現主である白夜が別世界に赴いていて不在というこの状況こそ、まさに天が与えた最大の好機!

迷いを捨てきれぬまま、とりあえず一目だけでも会ってみようと道路の角から翠屋で交渉を行っていたダークネスを監視すること二十分。冷たい風に晒されて、指先が赤痒くなってきたあたりで、ようやく交渉を終えたダークネスとアリシアが姿を現した。仲睦まじく手を繋いで歩く二人の姿を見失わない様に注意しながら追跡を続け(結局、ダークネスには気づかれていたが)、二人の様子になんとなく、そう、ほんのちょび~~っとだけ『むか』っとしながらたどり着いた公園で一悶着あり――なし崩し的に彼らの拠点(?) にご招待されてしまった。おいしい料理に暖かい空気、そして……このまま此処に居たいと思わせる居心地の良さ。この瞬間、シュテルは唐突に理解できた。何故、自分は彼ら(・・)に惹かれてしまったのかを。最強の実力者だからという理由などではない。『一緒に居たい』ただそれだけなのだ。

“紫天の書”一派(なかまたち)と一緒に居られると、心がポカポカする。自分には心があるのだということを、シュテルという確たる存在なのだということを感じさせてくれるから。でも、彼女たちはこころのどこかでこう思っていた。『それは皆を利用しているだけなのじゃないか?』“紫天の書”一派のコピーとして生み出された彼女たちの間にある絆……それが実は、オリジナルがそうだったからという理由で、本物のように演じているだけなのではないか? 無論、悩み、怒り、悲しんできた記憶は本物で、仲間たちに対する思いは偽りではないと思う。

でも――確証が持てない。

所詮は虚構ですかない存在である自分は、本当にココロを持っているのだろうか?誕生してから主に道具としてしか見られず、仲間たちとの間にさえ、傷ついた相手を労わり、悲しみ、怒ることしかなかった。楽しい思い出が一切皆無だったことも、彼女たちの精神に余裕を失わせていた要因となっていた。だが。

 

(暖かい……いえ、これはきっと――楽しい――ということなのでしょうね)

 

アリシアと話していると、不思議と胸がポカポカとしてくる。ダークネスと一緒に居ると、何故か身を委ねたくなる。彼らと一緒に居ると、調子が狂う。自分でも気づかなかった『本当の自分』が鎌首を擡げるような、変な感覚。でも――嫌いじゃない。どうして、こんな気持ちになってしまうんだろう……?

 

「デレた! ダークちゃん、ダークちゃん! シュテルがデレたんだよ!」

「んなぁ!? ななな何をおっしゃられているのかわかりませんよ!? ていうか心を読みましたかっ!?」

「……鼻血と一緒にダダ洩れだったぞ? とりあえず拭いとけ」

 

差し出されたティッシュを受け取りながら、恐る恐る二人の顔を見る。遠まわしにだが『好き』的な告白を受けて、アリシアの頬が桜色に染まっていた。そっぽを向いたダークネスも、やや恥ずかしそうに頬を掻いている。

 

「んな……んなぁ……!?」

 

瞬間沸騰器もかくやという速度で真っ赤になった頬を押さえつつ、頭の上に座布団を被りながら屈みこんでしまったシュテルの背中をポンポン、と撫でるアリシアの顔は、翠屋でリンディにフェイトのことを頼んだ時と同じ大人びた笑顔が浮かんでいた。見た目年下な少女に慰められているという現実と、こっ恥ずかしい告白を訊かれたという事実に、シュテルはいますぐ消え去りたい消え去りたいと念じ続けていた。

 

「――シュテル」

 

恥辱でぷるぷると震えるシュテルに、ダークネスの真っ直ぐな視線と言葉が投げかけられる。彼女の言葉を受けて、己もまた『決断』したのだということを伝えるために。

 

「これだけ教えてくれ。お前は俺たちにどうしてほしい?」

「わ、わたし、は――」

「余計な言葉なんて必要ない。建前とか交渉とかも必要ない。ただ、教えてほしい。――『シュテル』、お前が俺たちにしてほしいことはなんだ?」

 

余計な言葉が含まれない、真っ直ぐな言葉。ソレに込められた想いが、彼女(シュテル)一つの存在(シュテル)として受け止めてくれているという事実に、胸の奥に潜んでいた感情が涙と共に溢れ出す。

 

「――けて、――さ――い」

 

堰を切ったように、嗚咽混じりの願い(本当の想い)が零れ落ちていく。もうシュテルに、それを堪えることは出来なかった。

 

「私を……私たちを……助けてください――!」

 

どれほど聡かろうと、人間ではなかろうと……彼女はまだ幼い少女なのだ。“理”を司る立場上、仲間たちに弱みを見せることを良しとしなかった彼女の意固地さが、不安や恐怖を己が胸の奥底に押し込むようになっていた。それはいつしか、こびり付いた泥のように彼女の精神を押し潰し、無表情の仮面を被ることでしかソレを誤魔化すことが出来ないまでになっていた。責任感が強すぎるからこそ、誰かに支えてもらうことを恐れていた。でも、心のどこかではずっと願っていた。誰かに自分の総てを委ねることを。“理”のマテリアルとしてではなく、No.“0”が生み出した人型の”能力“でもない、『シュテル』という存在すべてを受け止めてくれるヒトに出会えることを――!

 

「――いずれは神に成ろうという身の上だ。少女一人、いや……四人(・・)くらい救えずしてどうするか」

 

ニヤリ、と自信と確信、ありったけの想いを込めた強い視線を送る。俺を信じろと言葉には出さず、ただ不敵に笑って見せる。涙を流すシュテルを抱きしめながら、アリシアの瞳にも覚悟の炎が宿る。

 

「私も協力するんだよ。だって――お友達を助けるのに理由なんて必要ないからねっ!」

「――……あり……がとう」

 

胸の奥で鈍い痛みを走らせていた悲しみはもう、無い。ぽっかりと空いた胸の隙間を、どこまでも暖かな『想い』が満たしていく。今までに感じたことのない優しさに身を委ねながら、シュテルはもう一度、涙を流す。悲しみではなく……どうしようもないくらいの喜びに満たされながら。

 


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