魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

23 / 101
乱戦その二 ダークネス 対 主人公勢+花梨




最強 VS 法の守護者

「――と言う訳らしいな」

 

ダークネスの口から語られた“Ⅹ”の真実。十年前の闇の書事件の被害者の一人であり、最も凄惨な惨劇の当事者でもある少年ディーノ。彼の抱える憎しみ、怒り、そして底なしの復讐心に心が塗り潰れた結果が、今の“Ⅹ”の姿なのだろう。

不幸という言葉も霞むほどの地獄を体験した“Ⅹ”の事情を聞かされ、誰もが顔を青ざめさせ、息を呑む。

特に、平穏な小学生であったなのはなどは特にショックだったようで、飛行魔法が維持できないほどに動揺し、フラフラとふらつく身体をユーノに支えられて漸く、この場に留まることが出来ていた。

ヴィータたちが悪い人たちではないと感じていたなのはにとって、信じようと願った、お話を聞かせて欲しいと思った相手が過去に引き起こした惨劇を聞かされ、思考が完全に袋小路に入り込んでしまったのだ。

彼らを信じたい。悪い人たちじゃないと思う。けど、彼らに家族を、大切な人たちを殺されたのみならず、あまつさえ彼ら自身が自ら望んで悪行を行っていたという真実。実は悪い人たちなのではないか? 自分の考えは間違っていたのか?

彼女らは善人である。そして幼い子どもでもあった。いくら年不相応に聡いとはいえ、精神的に未成熟な彼女らが容易く答えを出せるような問題でもない。

相手の善意を過大に評価してしまう節がある故に、実際に彼らが引き起こした惨劇の事実を理解できず、思考がグチャグチャになってしまう。

 

しかし。

 

「――それでも」

 

なのはは震える口元から搾り出すような声を出す。

 

「それでも! 復讐からは何も生まれない! そんな事をしても、死んでしまった人たちは誰も喜ばない! あの子も! ヴィータちゃんたちも、皆不幸になるだけだよ!」

「――ああ、そうだ。僕も十年前の事件で父さんを失っている。だから彼の気持ちも少しは判るつもりだ。だがその上で言おう。復讐は決して正しい行為ではない。今こうして生きている彼がやるべき事は憎しみに染まった力を振るう事じゃない。互いの主義主張をぶつけ合い、理解し合うための話し合いだ。彼が望んでくれるのならば、憎しみを納めて話を聞かせてくれるのなら、僕たち管理局は全力でサポートする」

 

クロノ自身、闇の書への執着が無いと言えば嘘になるし、ヴォルケンリッターへ奇襲をかけた前科持ちでもある。しかし明らかに犯罪行動を取っている騎士たちとは違い、“Ⅹ”は闇の書の関係者以外には一切被害を出していない。

つまり今の彼の立場は、ハラオウン親子と同じ闇の書の被害者にカテゴライズされる。暴走状態にあるとは言え、管理局の法に引っかかってはいない今の“Ⅹ”ならば、まだ民間人の被害者として保護することも出来る。

そう、まだ取り返しはつくのだ。救えるのならば、彼も救ってみせる。その想いが篭められたクロノの言葉を訊いたダークネスは、

 

「ああ、そうか。――それで? だからなんだと言うんだ?」

 

一切の慈悲もなく、一言で切り捨てた。

 

「なにが言いたい? お前たちはつまるところ、あいつを、“Ⅹ”をどうしたいんだ?」

「あの子を止める! あの子はきっと悲しんでる! 大切な人たちがいなくなって、どうすればいいかもわからなくて、きっと心の中で泣いてるんだよ! だからお話を聞かせて欲しいんだ。 そうすればきっと――」

「話にならんな」

 

なのはたちが語る決意の言葉を鼻で笑いながら一蹴する。その瞳には、確たる卑下の感情が映し出されていた。

 

「黙って聞いていれば復讐はいけないだの、誰も喜ばないだの、話を聞きたいだの……馬鹿馬鹿しい。見当違いにもほどがある」

「なっ!? 私たちの何が――」

「そもそも、前提が間違っている。お前らに復讐という行為を否定する権利は無い」

 

そう言ったダークネスは噛み付かんばかりに身を乗り出して声を荒げるなのはを無視し、体勢を整えて何時でも戦闘を開始できるよう備えを摂りつつある花梨たちを見渡す。その姿に、話し合いなどハナからするつもりのない『敵』の滑稽さに、小さく息を漏らしながら続ける。

 

「もし本気で復讐という行為はしてはならない行為なのだと言いたいのならば……何故、フェイト・テスタロッサを止めなかった? 正確には違うが、母と友の命を俺が奪ったのは間違いない事実。ならばあの小娘が俺に復讐せんとするのは予測できたはず。実際、“時の庭園”では俺を殺す気で切りかかってきていたし、先ほどの攻撃も非殺傷が解除されていたしな。さて、その上で聞くぞ? フェイト・テスタロッサの俺への復讐行為を黙認していた分際で、『復讐はいけません』だと? ――ふざけているのか、貴様ら?」

「っ!? ――ちっ、ちが――」

「違わんさ。お前たちは結局のところ、自分たちに都合のいいように物事を解釈しているに過ぎない。……ヴォルケンリッター共は何か事情がありそうだ。悪い人たちに見えない。だから、連中に対する復讐はいけないことです。……フェイト・テスタロッサはお友達で、大切な仲間です。彼女の家族を奪ったこの俺は悪人です。だから俺に対するフェイト・テスタロッサの復讐は悪いことじゃありません。 ――貴様らの言っていることは、様はこう言う事だ……高町なのは」

 

突如名指しで呼ばれ、驚きで肩を跳ね上げるなのはの視線を正面から受け止めながら、ダークネスは続ける。

 

「この俺と連中……ヴォルケンリッターの犯した罪の度合いで言い表せば、連中は俺などとは比べられない程の命を奪っているんだぞ? もちろん、闇の書とその主による直接の被害者を除いての話だ。……無論、殺人に上下などなく、等しく悪しき行為だということは理解している。だが俺は、無関係の人々の命を奪ったことは無い。それに対して無関係の人間を、人外問わずに数え切れない命を奪い、犯し、壊してきたのが連中の正体だ。その上でもう一度問おう、高町なのは――お前は父を、母を、幼い妹を、親しい友人を、そして共に生きた隣人たちを無慈悲に奪われた奴に言えるのか? 『貴方の家族を皆殺しにしたヴォルケンリッターたちは、きっと本当はいい人たちなんです。だから許してあげなさい』と面と向かって言えるのか?」

 

大切な人たちを理不尽に奪われた心の傷は深く、どす黒い、決して消えぬ瘡蓋となってディーノの心にこびり付いている。

何をしようとも、何を考えようとも、そのたびに瘡蓋は彼の心に痛みを走らせ、あの日味わった痛みを思い返させる。

これを抱えたまま、己の心すら誤魔化して生きていくことが果たして出切るだろうか? ――少なくとも、ディーノには出来なかった。

痛みは怒りに、悲しみは憎悪へと変わり、ひび割れた心の隙間に復讐という想いが流れ込み、その在り様を変貌させてしまった。

今の彼は、嘗て願ったかも知れぬ“ゲーム”の果てに手にすることの出来る神の位を目指してもいないし、“原作”に関わるだのそうでないだのと言った事は完全に忘却の彼方へと消し去っている。

願うは唯一つ、『己が手による闇の書への復讐』。

それもどこかの世界に主ごと永久封印するなどという生温い手段など望んでおらず、ただ己の手で闇の書とこれに味方する総ての存在を滅することこそが、彼の願いにして行動指針であった。

そんな状態の“Ⅹ”に、果たしてなのはたちの口にする、耳障りの良い言葉が届くだろうか? ――答えは否、である。

“Ⅹ”に声を届かせることが出来る者がいるとすれば、それは彼と同じ地獄を経験した者か、或いは今の彼と同種の存在であるかだ。

 

「それにもう一つ。先ほど貴様は、奴の家族が復讐を完遂させても喜ばないとか言っていたがな……そんな事は無いぞ? 実際、奴の家族は喜んでいた」

「え? それって一体どう言う事だい!? アイツの家族はもう……」

 

理解できないとばかりに頭を掻き毟りながら、アルフが問いを投げかけるのも無理ないだろう。死者は語らないし、話せない。なのにダークネスはまるで亡くなった彼らと話をしてきたかの様に語るのだから。

 

「そう、既に亡くなられている。両親も、妹も、友人も、総てが、な。……だが、その魂は今も奴と共に在る。これは精神論でも、言葉遊びでもなく、ただ確固たる真実。――お前たち、あいつの胸元にあるブローチに気がついていたか?」

 

問われ、“Ⅹ”の姿を思い返してみると、確かに彼の胸元には不思議な光を放つ鉱石のようなものがあしらわれたブローチが着けられていた。それの発する光は、まるでこの世のものとは思えない程に薄ら寒い雰囲気を醸し出していた様に思える。

 

「あれこそが奴の故郷、十年前に滅ぼされたアルツェブルトに伝わるロストロギア『招魂の輝石』。その力はこの世に無念を残して命を終えた者共……俗に言う怨霊、自縛霊と言った者たちを吸収し、その霊魂を魔力に変換して装着者の力とすると言うものだ。そして吸収された霊魂は、生前の人格や記憶をそのまま宿している。更に言えば、『招魂の輝石』に取り込まれた霊魂は、霊魂自身の意思で輝石から出ることも出来るらしいな。 ――さて、此処まで言えば後はわかるだろう?」

「まさか……!?」

 

ハッ! とした表情を浮かべ、顔を青ざめる花梨が呆然と呟く。

 

「ヴォルケンリッターの手に掛かった人たち自身が、復讐を望んで“Ⅹ”の力になっている……!?」

「正解」

 

“Ⅹ”の家族を初めとする全滅させられた集落の人々。彼らは、復讐を果たすために修練に没頭する彼をずっと傍で見ていた。

彼からは見えず、触れず、声も届かない。けれども、彼らの心は一つだった。そう、理不尽な暴力を振るい、彼らの総てを奪い去った悪鬼……『闇の書の騎士』への復讐。亡くなった人々、およそ一〇〇〇にも達する数の人々の心は一つだった。

元々アルツェブルトに住む人々は、隣人同士の結びつきが非常に強く、集落そのものが一つの家族、運命共同体と呼んでも過言ではなかった。なにしろ、この地方に生きる人々は幼い頃より『友や家族を傷つける者がいれば、全力で報復するように』、という教えが定着していた位だ。集落に生きる総ての人たちは皆、須らく大切な人であり、それを奪ったものに対する憎悪も生半可なものではなかったのだ。

たとえ幼き少年が破滅に向かう復讐の道を歩む事を選んだのならば、我らは己に残された総てを受け渡そう。それこそが、アルツェブルトに生きる民の矜持なのだから。

霊的な存在を感知できるダークネスは、“Ⅹ”の持つ『招魂の輝石』に宿ったアルツェブルトの人々の意思すら感知できる。

そして知ったのだ。あの中にいる人々は、“Ⅹ”……ディーノと同じく、復讐を、闇の書と逸れに関わる者たちの完全な抹消を望んでいると。狂気に染まりつつある彼を嗜めるでもなく、むしろ応援さえしていた。

 

――あれは正真正銘、心の奥から復讐を願っている者たちだった。

 

ディーノの、否、彼らの狂気に触れたダークネスが彼に助力しているのは、彼の生き着く先がどうなるのか興味が沸いたからであり、単に同情したと言う理由では無い。無論、復讐を否定することもなく、逆に『やっちゃえば?』と実に軽いノリで背中を押す側だ。

一方の“Ⅹ”がダークネスの言葉に耳を傾け、あまつさえコミュニケーションが取れてさえいたのは、怨霊を感知でき、人の道理の外側に存在している今のダークネスが、自分と極めて近い存在である事。

そしてダークネス自身にディーノに対する敵意が無いためである。

故に、ダークネスはディーノの助力のために、そしてある目的のために花梨たちを足止めしていた。

 

「あいつ自身が望み、殺された人々も同じ思いを抱いている。言ってしまえば“Ⅹ”と“闇の書”、この両者の問題。俺たち他人が口出しして良い問題じゃないんだよ」

「……そうだとしても、私たちが納得できるかどうかは別よ!」

 

ダークネスの持論に思わず納得させられそうになっていた魔導師たちの中から、一歩前に踏み出す少女が存在した。その少女……花梨は己の内心を吐き出すように叫ぶ。

 

「私が納得できない。納得しようとも思わない。どんな理由があったって、理不尽に誰かの未来を奪って良い理由にはならない!」

「だから言っているだろうに……フェイト・テスタロッサを止めようとしなかったお前たちに、他人の復讐をどうこう言う資格など――」

「アンタはプレシアさんやバサラを殺した。だから許せないし、フェイトを止めるつもりもない。……ヴォルケンリッターたちには何か理由が、蒐集を行わなければならない理由があると核心している。だから、“Ⅹ”を止める。――それだけよ」

 

余りに自分勝手。相手の事などお構い無しに、自分の考えを押付ける、典型的な子供のわがままであった。

予想外の返しに、ダークネスは暫し沈黙し、やがて深々と溜息を吐く。

 

「ふぅ……なるほどな。まさに子供の持論だな」

「ええ、そうよ? だって私、子供だもん。自分勝手で、ワガママな小娘なんだから。――それにアンタは一つだけ勘違いをしているわ。私は復讐を否定も肯定もしない。ただ私は“私の大切な人たち”を悲しませたくないし、守りたい。それが私の行動理念。だからなのはたちを傷つけ、未来を奪おうとするアンタを見逃すわけにはいかないのよ」

 

不敵に口端を吊り上げながらウインクしてみせる花梨に、誰もが苦笑を隠せない。自分が納得できないから、こうしたいから。故に、ただ、やる。つまりはそういう事。

“Ⅹ”への後ろめたさ等をおくびにも出さずに語る花梨に賛同するように、なのはが、ユーノが、アルフが、そして疲れたようにこめかみを揉んでいたクロノと武装隊員が、デバイスを構えていく。ここからは言葉は不要だとばかりの動きに、ダークネスもまた話を終わらせようと、最後の言葉を呟く。

 

「そう、か……ならば、もう何も言うまい。どんな言葉を紡いだとしても、どれほどにウザがられたとしても、もうお前らの心は揺るぎそうもないみたいだしな。 ――では、“Ⅹ”の事は一端置いとくとして……。ここからは俺の都合に付き合ってもらおうか」

 

ニヤリ、と口端を吊り上げる。

次いで、身構えた彼の全身から、炎の揺らぎにも似た魔力が放出される。

口元に浮かぶ好戦的な笑みに、対峙する魔導師たち全員の身体に緊張が走る。一瞬で空気が張り詰め、戦場のそれへと入れ替わる中、花梨だけは、少なくとも表面上は普段どおりの年相応な笑みを浮かべながら、これから杖を交えるであろう相手に向けて問いを投げる。

 

「あら? 貴方の都合とは、いったいどういったご用件なのかしら?」

「ふっ……なぁに、簡単な事だ。――“Ⅵ”よ、ちょっと殺し合おうじゃないか?」

 

その言葉を口にすると同時に、手の平から炎にも似た魔力弾が放たれる。

躊躇なく放たれたそれは真っ直ぐ花梨たちに向けて直進して寸分の狂い無く着弾、結界内を震わせる程の轟音が響き渡った。

余波の煽りを受けて砕け散ったビルの欠片が宙に舞い上がり、視界が粉塵で遮られる中、ダークネスは魔力弾を放った状態のまま突き出していた右手をゆっくりと戻しつつ、口元に浮かぶ笑みを深めていく。

 

「なるほどなるほど……やはりここに来て正解だったようだな」

 

誰とも無しに呟いた言葉に対する返答は、

 

「ルミナスキャノンッ!!」

「ディバインバスターー!!」

「ブレイズカノン!!」

 

色鮮やかな砲撃だった。だが眼前に迫り来る砲撃魔法を目の当たりにしても、ダークネスに動揺は無い。

半身をズラし、怒涛の砲撃の僅かな合間をすり抜けるように身を滑らせて完全に回避すると、徐に左腕を振り上げ――

 

「フォトンバレットぉおおおお!!」

 

ガキィイイ!!

 

魔力を宿したアルフの拳を手の平で受け止める。さらにその状態から五指を握り込むと、成人女性並みの体躯であるアルフの身体を玩具のように振り回し、己の後方でバインドによる拘束を狙っていたユーノへ向けて投げつける。

 

「――縛れ、封鎖の檻……って、わあっ!? アルフ!? ――っは!?」

 

詠唱を破棄し、投げつけられたアルフの身体を慌てて抱き止めるユーノの瞳に、一瞬で距離を詰めたダークネスの振り上げた右腕が映りこむ。

 

「随分と仲間思いじゃないか……だが今回は悪手だった、な!!」

「がはっ!?」

 

アルフを庇い、身を翻したユーノの無防備な背中に、ダークネスの拳が突き刺さる。

メキメキ……、と骨の砕かれる音を耳にしながら、ユーノの意識は闇の中へ落ちていく。

 

「ユーノ!? っく!!」

 

気絶したのだろう、全く反応をしないユーノが武装隊員の一人に回収されるのを確認していたクロノのすぐ傍で、ガラスに釘を打ち付けたような音が響き渡る。

クロノは反射的に展開した防御障壁越しに、障壁に指先を突き刺した体勢のダークネスとにらみ合う。だがそれも一瞬、クロノの展開していた障壁は甲高い音を立てながら砕け散り、魔力の粒子へと姿を変える。

しかし、その僅かな隙を見逃すほど執務官と言う存在は甘くは無い。

ダークネスの豪腕が障壁を砕きつつ己へと迫り来る光景を前にして、クロノは己の目の前……丁度ダークネスの腕の向かう先に設置型バインドスフィアを仕掛ける。僅かに遅れてその場から離脱した先は、バインドに腕を絡めとめられたダークネスの正面。愛機S2Uを構え、その先端に魔力が集束していく。その眩い輝きは、効率さを心掛ける普段の彼とは見まごう程の魔力が注ぎ込まれている事を意味する。

 

(馬鹿げたスピードに、理不尽なまでの破壊力……! 長期戦は不利だ! ならば……!!)

「短期決戦あるのみ!! 集束臨界! ブレイズカノン!!」

 

通常の数倍にも相当する魔力を内包した、なのはのお株を奪う砲撃魔法がダークネスを飲み込み、その身体を下方にあるビルの一つへと吹き飛ばす。さらにビルの瓦礫に埋もれたダークネスへと、追撃とばかりになのはと花梨の追撃が襲い掛かる!

 

「「カートリッジロード!!」」

「ディバィィイイイイイン……バスタァァアアアアアア!!」

【Divine Buster】

「ルミナスキャノン・サテライトシフトッ!!」

【Luminous Canon Satelite shift】

 

カートリッジにより強化された巨大な桜色の奔流と薄い赤色の流星群が、ビルごとダークネスへと注ぎ込まれる。半壊していたビルは砲撃に飲まれて完全に崩壊し、巨大な粉塵柱が宙を飛ぶ花梨たちすら包み隠す。

やがて開かれた視線の先には、爆破解体後かと言わんばかりの光景が広がっていた。

砕け散ったビルの亡骸。周囲には崩壊したビルの欠片が当たったのか、ひび割れていない窓を探す方が大変なほどの有様のビル郡の姿が。

 

「えっと……やりすぎちゃったかな?」

「いいえ、むしろ足りないくらいね」

 

ビルだったものを見下ろしながら呟くなのはに投げかけられる、花梨の容赦の無い言葉。

彼女の言葉を裏つけるかのように、無音の静寂となっていた中、不意に瓦礫の山からコンクリート片が転がり落ちる音が響く。

 

カンッ! カラカラカラ……――ピシッ!

 

「っ!? なのは! 全力で防御!!」

 

花梨の叫びを飲み込むかのように、瓦礫の中から炎の奔流が溢れ出す。その炎は黄金と黒が入り混じったかのような面妖な色。太陽を思わせる黄金と、深遠を連想させる漆黒が交じり合ったような色だった。

余りに奇妙なその光景に、しばし呆然とした花梨の耳に、僅かな驚きの混じった声が掛けられる。

 

「思いのほか、やるじゃないか……正直なところ、俺はお前を甘く見すぎていたようだ」

 

声の主……ダークネスは花梨たちと同じ高さまで上昇すると、腕を組んで真っ直ぐ花梨と向かい合う。

その身体に傷は見受けられず、汚れ一つ確認できない。

 

(さっきの炎。あれで汚れを消し飛ばしたの……? それともまさか……汚れを蒸発させたなんて言わないわよね?)

 

内心ではありえないと思いつつも、その可能性が高いと無意識に理解してしまい、花梨の喉がゴクリと鳴る。

コンクリートの破片を蒸発させるほどの熱量を宿す炎……もしそれが自分たちに直撃でもしたらどうなるか。

死の予感に、知らず、花梨のデバイスを握る腕が小さく震える。

冷たい汗が頬を流れる。今までに感じたことの無い、明確な死の恐怖。命のやり取りをした経験など数えるほどしかない彼女には、明確な殺意の込められた暴力を振るうダークネスを相手取るには、経験も、覚悟も足りていなかった。それでも、己を睨みつけてくるダークネスの視線を真っ直ぐ睨み返せているのは、傍らに守りたい大切な家族が存在したからだ。

 

「あ、あの! “ふぁ~すと”さん!!」

 

花梨とダークネス。両者が無言で視線を交わす中、なのはは身を乗り出さんばかりに声を荒げつつ、ずっと疑問に抱いてきたあることについて問いを投げる。

 

「……発音がおかしいぞ、高町なのは。……いや、まあ良いか。――で、何だ? 話はもう終わりじゃなかったのか?」

「あ、えと、すみません……って、そうじゃなくて! 貴方の事を教えて欲しいんです!!」

「俺の?」

 

虚を突かれ、思わずポカンとした表情を浮かべたダークネスに、なのはは「はい!」と力強く応える。

 

「貴方はどうしてこんなひどい事ばかりするんですか!? プレシアさんたちの事もそうだし、今日は私たちを襲ってます! 貴方は何がしたいんですか!? もし理由があるんなら、ちゃんとお話を聞かせてください!」

「聞いても納得できないと思うぞ?」

「聞く前から、諦めたくないんです!! どんな理由があったって、ちゃんと理由を知っておきたいんです! 何も知らないままじゃ、嫌だから!!」

 

なのはの言葉に感じ入るところがあったのか、ダークネスは僅かに考えるような仕草をとり、順を追って語りだす。自分たちの宿命を。

 

「俺の目的か……まあいいか。俺の目的、それはNo.“Ⅵ”、いや、あえてこう言おうか――お前の姉、高町 花梨とこの街に潜んでいるそいつの仲間たちを殺す事だ」

 

真っ直ぐ見つめるなのはを見返しながら、ダークネスはハッキリと告げる。

 

「詳しい理由は諸事情により口に出来ないが……まあ簡単に言うと、俺がお前の姉たちを亡き者に出来なければ、そいつらの内の誰かの手で俺が殺されてしまうからだな。これは比喩でも、妄言でもない。余り使いたくは無いが、所謂『運命』という奴だ。俺たち自身にもどうしようもない、な」

 

なのはにはダークネスの言葉の意味が理解できなかった。

花梨はなのはにとって、とてもお姉さんっぽくて頼りになる、優しい自慢のお姉ちゃんだ。

なのにこの人は、『自分はお姉ちゃんに殺されるかもしれない』なんて言っている。そんな事はありえない。ずっと一緒に暮らしてきた双子であるが故に、姉の人となりは自分が一番良く知っている。だからこそ断言できる。『そんな事はありえない』と!

 

「その顔は納得できないとでも言いたげだな。まあ、こうなる事はわかっていたがな」

 

自分を見つめる視線が変化したことを感じつつも、ダークネスは至って平然としたまま肩を竦めてみせる。まるで、『理解してもらおうなど、最初から期待していない』とでも言いたげに。

 

「なあ“Ⅵ”よ、俺からも聞きたいことがあるんだが?」

「……何よ?」

「そう警戒するな、というのも無理か……俺が聞きたい事は一つ、この“ゲーム”での、お前のスタンスを確認しておきたくてな。……単刀直入に聞く。お前、いやお前たちの目的は『“参加者”同士の協力関係を構築しての、“ゲーム”からの逸脱』なのか?」

「っ!?」

「やはりそうか……。予想はしていたが面倒だな……と、いうことはここに近づいてきているのは全員お前の仲間と言う訳だな」

「よく言うものね? こちらに向かってきていたあの子たちも捕まえるように、こんなに大きな結界を張ったのは貴方でしょう?」

「まあ、戦力調査も兼ねてあわよくば一、二人くらいは脱落させられるかと思ったんだが……全員が協力しているというのなら、それも難しいか……? アリシアも自分の事に手一杯……というか、完全に俺の事忘れているようだしな……。全くあいつは……」

 

疲れた風に視線を向けた先には、実に楽しそうな笑顔を浮かべながら宙を舞い、妹と舞踏を繰り広げているアリシアの姿があった。あの様子ではこちらへの援護は期待できそうに無いな、と即座に判断を下し、僅かに考え込む。時間にして僅か数秒、考えを纏めたダークネスの双眼が再び花梨の姿を捉える。その瞳の奥に、暗い殺意を映しながら。

 

「徒党を組まれると面倒だ……悪いがこれで終わらせる……!」

 

崩していた構えを取り直し、両手に魔力を集束させたダークネスの姿が一瞬ブレ、その場から消失する。

次にその姿が現れたのは――花梨の真上!

 

「クライシス・エンド!」

「くっ!? プロテクション!! ――っきゃあああっ!?」

 

直感で頭上に展開した障壁は、振り下ろされた魔力を伴った手刀でまるで薄紙のようにあっけなく切り裂かれ、花梨の小柄な身体から鮮血が舞い散る。

直撃の瞬間、ルミナスハートが咄嗟の判断でバリアジャケットの上着をリアクティブアーマーのように破裂させて居なければ、間違いなく彼女の身体が真っ二つに切り裂かれていたことだろう。

僅かに爆風で吹き飛ばされたことで直撃を避けられた花梨だったが、余波を受けて左肩が切り裂かれてしまっていた。

血の雫が流れ落ちる傷口を右手で押さえながら息を荒げる花梨を確認するや、振り下ろされたダークネスの手刀が跳ね上がり、回避直後で硬直状態の花梨の首を刎ねんと迫る。

 

「お姉ちゃん、あぶないっ!!」

「あっ!?」

「チッ……!」

 

花梨の首を刎ねる死神の鎌を連想させる一撃は、追撃を察知したなのはが己の身体ごと花梨にぶつかり、回避されてしまう。

必勝のタイミングの一撃を回避され、つい舌打ちを洩らしてしまったダークネスだったが、そんな彼の背中にオレンジの影が差した。影の主はダークネスの腰に両手を回し、ガッチリとホールドすると獰猛な笑みを口元に浮かべた。

 

「捕まえたよ!!」

「!? アルフか!?」

 

先ほどダークネスにブン投げられて目を回していたアルフだったが、流石と言うべきか回復が早く、素体である狼らしく気配を消しチャンスを窺っていたのだ。そして訪れた最高のチャンス。攻撃直後の僅かな硬直。それを狙い打つかのごとく距離を詰めたアルフが後ろからダークネスの腰周りを掴み上げると、空を蹴り飛ばし、重力に従うように大地に向けて急降下する。回転を加え、加速を増した雷撃が今、放たれる!

 

「ライトニング……フォーール!!」

 

ドゴォォオオオオオオンッ!!

 

爆撃かと思わせる程の音の暴力が大気の振動を伴って結界内を吹き荒れる。

ダークネスの叩きつけられた交差路は、まるで隕石が落下したかのようなクレーターが生まれていた。

身を捻り、軽業師のようなしなやかな動きで見事な着地を決めたアルフが、傍目には抱き合った体勢な花梨となのはに向かって、八重歯を覗かせながらピースサインを送る。

 

「へっへ~~ん! どんなもんだい! アタシだって、やるときゃ――」

「……飢えし亡者の群れに呑まれるがいい――死屍崩落炎!!」

「え――!?」

 

振り向いたアルフの視界を埋め尽くすほどの黒い炎が怒涛となって彼女の体を覆い尽くす。否、正確には炎ではなかった。それは――

 

「なっ!? なんだよこれ!? 熱くない!? なんだってん――ヒィッ!?」

 

アルフの身体を焼き尽くすことも、痛みを与えることもしない炎の形をしたそれは……数え切れない程の人間の顔だった。

炎のように揺らめいていて、実体を持たないその姿はまさに怨霊と呼ぶに相応しい。

生有る者に強い恨みを抱く怨念のみを集束し、その霊魂にダークネスの魔力を与えることで半実体化した『生きた炎』。

生きる生物に取り付き、肉体ではなく魂そのものに喰らい付き、それを受けた対象の肉体を奪い取ろうとその肉体の中で怨霊同士がさらに喰らい合い、殺しあう。この攻撃を受けたものは防御不可能な魂を傷つけられる痛みと、己の体の中で怨霊同士が争うおぞましさに襲われるという、まさに生き地獄を味合わせるために存在する技だった。

人間に換算すると、見た目に反して精神年齢一桁のアルフがこんな攻撃を受けたらどうなってしまうだろうか?

それは無論――

 

「ア゛ッ、ア゛ア゛ア゛ッ……!! うア゛ア゛あああぁぁああああ!!」

「アルフっ!?」

「あ、アルフさんっ!?」

 

悲鳴を上げる花梨となのはの目の前で、おぞましい炎にその身を、魂を焼かれたアルフが獣じみた叫びを上げながら倒れ伏す。

慌てて駆け寄り、肩を揺さぶるものの、白目を剥いたアルフは身体をビクビク痙攣させる以外何の反応も返しては来なかった。

 

「怨念を抱き、輪廻の輪に戻ることも出来ずに現世を彷徨い、漂う怨霊共を炎と化した技だ……。どんな気分だ? 怨念に呪い喰われるご感想は?」

 

身体に付いた瓦礫の滓を払いながら立ち上がったダークネスの身体には、やはり傷は見られなかった。

余りにも規格外すぎる化け物の姿に、折れそうになる心を奮い立たせて花梨が叫ぶ。

 

「アンタはっ!! アンタは何とも思わないの!? こんなに人を傷つけて、壊して、悲しませて……っ!!」

「別に?」

 

返される言葉はどこまでも平坦なもので、そこには何の感情も込められていなかった。

 

「アンタはっ……!? どうしてそこまで冷たくなれるの!? アンタにだって優しさや思いやりがあるはずよ!! 自分で救ったアリシアを連れ立っているのもその証拠でしょう!? アンタがアリシアを大切にしているように、私もなのはもフェイトも……誰もが皆大切な人がいるの! だから――!!」

「……ハァ、どうやら根本から思い違いをしているようだな?」

 

ダークネスにしても元はごく平凡な一般人であったのだから、当然人並みの優しさとか思いやりの心は持ち合わせていた。

この世界に転生した直後もそういった感情は忘れていなかったし、尊いものだということも理解できていた。変わってしまった原因は単純で……――生まれ育った環境が少々特殊だっただけ。言ってしまえばそれだけだ。

しかし、その環境こそが彼の心を大きく変えるきっかけとなったのもまた事実であり……アリシアとの生活で若干の改善が見られるものの、現時点で自分以外の“参加者”などは彼にとって排除すべき存在でしか無く、そこにどんな事情があろうとも心を動かされることなどありはしない。

そもそもこの儀式の勝者には、敗者の魔力か“能力”の一部を奪い取る権利が与えられている。勝利を積み重ねることで、次の戦闘で優位に立つことができるという“ルール”は好戦的なダークネスにとって、非常に有利な条件であるだろう。たとえ花梨の様に積極的に儀式に参加しようとする相手を止めたいと願うのならば、相手を消し去る(ころす)覚悟を持たねばならない。

分かり合えぬ相手を止めるには、相手の意志を挫くか、消滅させるしか道は存在しないのだから。己の正義を、意志を貫くとは究極的にはそういうことだ。

誰かを犠牲にする覚悟も持たぬ輩の言葉に動揺してやるほど、彼は甘くはなかった。

 

「俺が殺すのは参加者と必要最低限の相手だけだ……現に見てみろ。そいつらが死なないように、手加減してやっているだろうが……今の俺の狙いはお前とお前の仲間のみ。高町なのはたちなどに興味はない。向かってこなければ何もするつもりはない」

「そんな事……!! 認められる訳ないでしょう!?」

「なら仕方がないな? 全員纏めて――コロス」

 

ダークネスにとって、原作主人公たちに興味は一切無く、ただ己の邪魔をするだけの有象無象の一つでしかない。不必要に命を奪うことは望まないが、敵対するのならば討ち滅ぼすことに躊躇も戸惑いもない。

敵なら殺す。邪魔しないなら何もしない。

要はそれだけ。至ってシンプルな思考をもって、ダークネスは今、此処にいる。

 

だが。

 

「しかしまぁ、なんだ……正直に言うとな? 俺はお前たちのその在り様が嫌いじゃない……寧ろ好意すら抱いている」

「は?」

 

先ほどとはうって変わり、予想外の言葉を告げられた花梨は思わずぽかんとした表情を浮かべてしまう。

 

「『“神造遊戯(ゲーム)”という縛りに囚われて戦うのは嫌だ』、『大切な人たちを守りたい』、『誰かが悲しい思いをするのを見て見ぬふりなどできない』 ……立派じゃないか。俺の目にはとてもまぶしく映るよ」

「だったら……!」

「でもだめだ。いや、無理だと言った方がいいか? 俺は“神造遊戯(ゲーム)”を肯定し、お前たちを殺すことに戸惑いは無く、罪悪感もない。俺にとってお前たちはどこまで行っても敵でしかなく、それ以上にもそれ以下にもならない。分かり合うことはできるかもしれない。言葉を交わし、友になることもできるかもしれない。それでも最後に俺は俺が生き続けるために、お前たちを殺すだろう」

「そんなことにはならない!! 私たちは“神造遊戯(ゲーム)”から逃れる方法を探し続けてる! 一人じゃ無理でも、皆で力を合わせればきっと……!!」

「見つかったのか?」

「そっ、それはまだ、だけど……でも、きっと何時かは!!」

「そうか。ま、がんばれ? 俺にはそんな方法思いつかないし、そもそも逃れようとも思わんしな……なんだ? 『私たちが“神造遊戯(ゲーム)”から逃れる方法を見つけますから戦いをやめましょう』 とでもいうつもりか? もし本気でそう思っているなら滑稽でしかないぞ? せめて具体的な方法を見つけることができてから、そういう事はほざくんだな」

「ずいぶんと他力本願な言い方ね……!」

「ああ、そうだが? それがどうかしたのか? 俺は俺が生きていられればそれでいい。参加者を始末するのも、“神造遊戯(ゲーム)”の期間終了時に俺の他にも生存者がいれば俺自身も消えてしまうだろう? だからお前たちを始末しようとしているにすぎん」

 

花梨たちの願うとおり、殺し合い外の方法で“ゲーム”の縛りから逃れられるというのならそれでもかまわない。確実な方法があるというのならば協力も一つの手だ。

だが、皆で協力すればいつか思いつくかも? などという確実性に欠ける手段を取ろうとしている連中に協力する気はない。協力してほしければ、ちゃんとしたプランを提示して見せろ。

それができないのなら、“()”がお前たちを全員葬るだけだ。子どもの我儘と断じた花梨の事を言えない、どうしようもないほどに自分勝手な暴論。

自分にとって都合の良いことだけに手を伸ばし、考えることを他人に任せ、それが成功すれば自分も便乗し、出来なければ“神造遊戯(ゲーム)”のルール通りに自分以外の全員を葬り去る。

なまじ、最強であるが故に性質が悪い。自分勝手すぎる暴論も、それを成すだけの力が彼には備わっているのだから。

 

「さて、時間稼ぎもその辺でいいだろう? そろそろ死人が出ることを覚悟してもらおう……かあっ!!」

 

瞬間、その場からダークネスの姿が掻き消える。

転移魔法でも瞬間移動でもない。ただ単に、花梨たちに認識できないほどのスピードで動いただけ。言うは容易いが、それは高速機動を得意とするフェイトすら凌駕しており、彼女ほどの反応速度を持ち得ない彼女らにその動きを感知することなど出来るはずもなく――

 

「あっ――がは……っ!?」

「――ッ!? なのはぁっ!?」

 

オートで展開された障壁も、相当の堅硬さを誇るバリアジャケットも何ら意味をなさず、なのはの脇腹にダークネスの拳が深々と突き刺さる。

意識を失ったのか、完全に脱力した小柄な少女を、近くのビルに向けてゴミの様に投げつける。某メジャーリーガ―のレーザービームも霞んで見えるほどの速度で投げつけられたなのはの身体は、高層ビルの窓に激突、勢いを殺さぬままビルの内壁のコンクリートの壁に叩き付けられた。

その光景に激昂した花梨と意識を取り戻したユーノ、そしてクロノが飛び掛かる。フィールドバリアを前方に展開したユーノが突撃し、その後方から花梨の集束砲撃が撃ち放たれる。

クロノは数発のスティンガースナイプをダークネスの周囲を包囲するように放つ。

ユーノの突撃を交わしたとしても、追撃で花梨の砲撃が。その場から距離を取うとしても周囲に展開したスティンガースナイプの包囲網に捕まってしまう。

即席ではあるが三段構えの連携に三人は内心で確かな手ごたえを感じていたが、ダークネスはそのさらに上をいく。

ダークネスはユーノの突進を正面から片手で受け止め、フィールドに食い込ませた指先に力を込める。

人外の斥力からもたらされた握撃は、万全ではないユーノの防御障壁を容易く砕く。そのまま驚愕で目を剥くユーノの頭部をわし掴みにすると、追撃で放たれた花梨の砲撃の横っ腹を反射魔法を部分展開した足で蹴り飛ばし、その先にあったスティンガースナイプの囲いに穴をあける。その刹那の瞬間に生まれた包囲網の抜け道を通り抜け、第三撃すら無傷で回避しきると再度加速、最も警戒すべき相手と認識した少年……クロノへと接近する。

 

「っ、な!?」

「お前を放置すると厄介そうだからな……この小僧もろとも、眠っていろ!!」

 

頭部を掴まれ、もがくユーノの身体を軽々と振り回してクロノへと叩き付ける。

肺の中の空気をすべて吐き出すほどの衝撃に襲われた少年二人は、一瞬で意識がブラックアウトしてコンクリートの道路に叩き落されてしまう。

その衝撃は道路の表層を粉砕し、小さなクレーターを生み出すほどのもの。その衝撃はバリアジャケットを通して内臓を押しつぶし、落下の際に頭を打ち付けてしまったせいで脳震盪を起こしていた。

全身の至る所から血を流し、手足もあらぬ方向へと捻じ曲がっている光景を見下ろすダークネスの瞳には、微塵も罪悪感などの負の感情は浮かんではいない。

彼にとって、命を奪わない程度の怪我であるのなら、その程度は気にするようなものでもないからだ。

自身のデバイスと義眼という形で半融合しているダークネスの回復力は並みではなく、腕が切り落とされても魔力を通せばすぐにくっ付いてしまうほどなのだ。故に、この程度のことで彼の罪悪感が刺激されるはずもなかった。

それでも、地面へと落下していくクロノ達の姿を目で追ってしまうのは、胸の奥底に僅かに残った罪悪感からか。それとも、単なる気まぐれだったのか。

しかし、ほんのわずかに生まれた一瞬の隙、それこそが彼女らに残された千載一遇の好機には変わりなく――

 

「レイジングハートッ!!」

「ルミナスハートッ!!」

【【Dual Struggle Bind!!】】

「――ッ!? 複合型の拘束魔法か!?」

 

僅かに気を逸らしたダークネスの身体を二色に輝く紐が雁字搦めに縛り上げ、中空に縫い付ける。ギリギリのところで致命傷を避けることができたなのはが隙をついてユーノと合流、治療魔法の重ね掛けによるその場凌ぎの手当てを終えて、復帰してきたのだ。

しかし二人がかりで発動させた強固な拘束魔法ですら、ダークネスにとっては時間稼ぎにしかならず、瞬く間に光の紐が千切れ跳び、引き千切られてゆく。

ガシュンッ! とカートリッジから薬莢が飛び出し、魔力の残光を煌めかせながら落ちていく。

元より、拘束程度で彼がおとなしくなるとは思ってなどいない。理解できなくとも、彼にも、ダークネスにも決して揺るがぬ強い意志が宿っているのだということがわかったから。

言葉を交わすだけじゃダメだ。想いを魔法に乗せて全身でぶつからないと、この人に私の想いは伝わらない!

決して揺るがぬ思いを胸に抱く少女は、禁じられていた切り札を切ることを決断していた。

なのはのレイジングハートが主の想いに応えようと、その姿を変えていく。先端部は鋭利な槍を思わせるフォルムへと変貌し、柄部分の長大さと相まって、杖と言うよりも戦槍と呼ぶがふさわしいかもしれない。

 

『フルドライブモード “エクセリオン”』

 

カートリッジのブーストを受け、フレームが軋みを上げるのを両の腕に感じながら、それでも何も言わずに自分に付き合ってくれている相棒に感謝を抱きつつ、桜色の少女が飛ぶ。

 

「ACS……ドライブッ!!」

 

デバイスの先端部分が展開し、桜色の魔力刃が形成される。桜色の羽のカタチをした魔力残滓を舞い散らしながら、拘束から抜け出さんともがくダークネスの胸元……そこに装着された真紅の宝玉の中で漂うジュエルシードに向け飛翔する。

狙いはジュエルシードのゼロ距離封印。時の庭園で未封印状態のジュエルシードを吸収し、それらが内包する莫大な魔力を己が力として行使しているソレを外部から強制封印すればどうなるか?

ジュエルシードは互いに干渉しあう特性を持っている。もし一つでも封印できれば、連鎖的に安定状態の他のジュエルシードにまで何らかの影響が現れるのではないだろうか?

それこそがなのはの狙い。単純な戦闘能力では太刀打ちできない相手を『倒す』のではなく『制する』ために放たれた一撃が、魔人の胸元に突き刺さる!

 

「ブレイクぅぅううううう……!」

【Shoot!!】

 

直撃した魔力刃の先端部に桜色の光が集束し、怒濤の奔流となってダークネスの身体を呑み込んでいく。

未だバインドから抜け出すことができていなかったダークネスに逃げる術は無く、光の奔流に押しやられ、射線上に在るビルの外壁に激突、さらに外壁をブチ破りながら吹き飛び続けていく。

崩れ落ちるビル群の粉塵が舞い散る中、なのはは油断なく粉塵の向こう側に存在する彼を警戒し、デバイスの切っ先を向けたまま警戒を緩めない。

手ごたえはあった、間違いなく直撃したはずだ。なのに何故だろう……こんなに『怖い』と感じてしまうのは。

 

「――ッ!? なのはぁ! 逃げなさいっ!」

 

血を吐くような花梨の叫び。見れば、必死の形相で手を伸ばす姉の姿が。

どうかしたの? と問いかけようと口を開く。だがなのはの口から放たれたのは問いを投げる言葉ではなく――

 

「ごぷっ……、っえ?」

 

真っ赤な血の塊だった。

動揺で揺れる眼で己の身を確認するも、傷を受けた形跡はなく、己が相棒も無反応のままだ。

もしなのはが気づけないほどの速度による攻撃を受けたのだとしても、痛みが一切無いのはどういうことなのか。混乱に追い打ちをかける様に、突如として吹雪の中に身一つで放り出されたかのような寒気がなのはの全身を襲う。

全身ががくがく震え出し、カチカチと歯が音を立てる。そんななのはの視界の端、月を翳るようにソレはそこに在った。

己が想いを乗せた必殺の一撃を受けてなお、悠然と天に存在する魔神。身に纏う黒い鎧甲を闇色の漆黒に染め上げ、全身から人成らざる者の気配を放っている。

 

「『死の言霊』……」

 

漆黒の鎧甲から溢れ出す純然たる魔力に載せて、ダークネスが言葉を放つ。向けられた視線の先に在るなのはに向けられたものだということは明確だった。

 

「言葉にはチカラが宿る。俺はお前に死を内包させた言葉を直接送り込んだ。身体の中に注がれた『死』は確たる事実と成ってその者の魂を犯す。『呪詛』……という奴だ」

 

淡々とした様子で言葉を投げかけるダークネスとは対照的に、なのはは己の内側から滲み出してくる明確な『死』の感覚に恐れ、震えることしか出来なかった。

呼吸を荒げ、瞳の焦点が合わなくなって、ついには相棒たるデバイスを握る握力すら失ってしまう。零れ落ち、奈落を思わせる闇に支配された地へと落ちていくレイジングハート。

と同時に、なのはの姿もバリアジャケットから私服へと変わってしまった。

そうなれば当然、飛行魔法の維持も不可能となる。ぐらり、と崩れ落ちる様に地面へと落ちていくなのはの身体を慌てて花梨が抱き留める。

何とか助けられたかと安どのため息を漏らし、次いで妹へと目を向けると、彼女の端正な表情が凍りついた。己の手の中で眠る様に瞼を閉じた妹の姿はまさに死に体と言うべき有様であった。

血の気の引いた顔、力無く垂れ下がった手足、全身の穴という穴からとめどなく溢れ出す鮮血。

喉の奥で血が詰まっているのか、呼吸も乱れてしまっており、彼女が小さく咽ればその度に鮮血の血飛沫が舞う。ダークネスに注がれた『死の言霊』によって、妹は今まさに絶対的な死に直面している。

 

「……終わったな」

「いいえ、終わらない! まだ終わってないわ!!」

 

見下ろし、漏れ出した呟きに、花梨は激情を以て反論する。

諦めるのはまだ早すぎる! なのははまだ生きているのだから!

 

「“Ⅰ”ッ!! なのはに掛けた呪いを解きなさい! 今すぐにっ!!」

 

凄まじい殺気を噴出させながら、花梨は吠える。

大切な妹を救うために。激情を魔力へと変え、デバイスの先端に集束させる。

懇願ではなく明らかな脅しの行為を前にしても尚、ダークネスに動揺は見られない。逆につまらないものを見たかのような表情を浮かべていた。どこか失望した風にも見えるのは果たして気のせいなのか。

同時に確信する。高町 花梨は、まだ参加者止まりであり、『神成るモノ』という存在に至っていないのだということ。

ダークネスは他者に対して過大評価も過小評価もしない。

文字通り『最強』である彼にとって、この世界の統べての存在は己よりも下位の存在でしかないからだ。だからこそ、相対する存在の有する力を冷静に見極め、脅威となりうる可能性を秘めているのであれば相応の態度を以て接する。

この戦場において花梨個人(・・)を優先的に狙ったのは、“神造遊戯(ゲーム)”を勝ち進む上で将来的に彼女が最大の障害となりうる存在だと認めたからだ。

 

今より遡ること数年程前、当時に存在が確認できていた他の転生者たちの調査を行っていた時、花梨の存在を知った。

そして、本人の在り様、“ゲーム”内での立ち位置や方針、実力などを『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』によって解析した結果、彼女は己が敵と認めるにふさわしい好敵手だと直感した。

と同時に、胸の奥に熱いものがこみあげてきたのを、ダークネスは今でも明確に思い出すことができる。

『勝ち残り、生き残る』という目的のみに執着していた以前の自分は、他の俗事に思考を割る余裕がなかった。まるで見えない何かに追われるかの如く焦燥感に駆られて生き急いでいたと思う。

“ゲーム”開始前に転生者たちを始末していたのも、裏を返せば自分を信じきれていない弱い人間特有の焦りのような物があったせいだろう。

反則行為を禁止され、自身を鍛え直すことで『確たる強者』としての誇りと自負を手に入れることはできた。だが、心に余裕がなかったのは相変わらずだった。『超戦略級広域解析瞳(フリズスキャルヴ)』の反作用により周囲はすべて敵であるという事実も追い打ちとなり、余裕のない脆い強さしか手に入れることはできなかった。

だがあの日、高町 花梨という存在を識ったあの日、ダークネスの世界の何かが変わった。

自分とは何もかもが違う生き方。その在り様。

孤独の中に在る者と人の環の中に在る者。闇の中で一筋の光を求めて足掻く者と優しい光に満たされた居場所を手に入れた者。

陰と陽、光と影、両極の端に背中合わせに立つ、決して交わらぬ因果の道を歩む二人、だからこそ――面白い!

気づいた時には口元に笑みが浮かんでいた。全身を焼き尽くすかのごとき熱が全身を奔り、まるで熱に侵されているかのようだった。

不確かな未来しか見えなかった視界がまるで世界総てを見通せるほどに広がり、自他の戦力差を冷静に分析する余裕が生まれる。次いで、全身から溢れ出すのは覇気。絶対なる強者のオーラ。

覚悟を決めた気になってはいたが、どうやらとんだお門違いだったようだ。

『確たる強者』? くだらない。

本当の強さとは周囲総てを見下し、中身の無い暴力に縋り付くことなどではない。真の強さとは挑む勇気を宿す者。未知を恐れず、他者を認め、何よりも自分自身を信じ抜くことが出来る者こそ、新なる強者。

相手の力量を読み取る“能力”を得て、自分の方が強いと確信した上でこそこそと暗躍する程度の小物が、命を懸けた殺し合いを生き抜けられるはずがあろうか。

花梨の強さは絆の強さ。仲間を増やし、力を合わせることで天井知らずに力を増していく人種らしい。『勝者一人のサバイバルゲームでありながら他者と協力し合う』という自分が早々に切り捨てた選択肢をあえて選び、何よりもやさしい未来を掴み取ろうと願う彼女の強さにはある種の尊敬すら感じる。

対する己のソレは孤独の強さ。己が力でこの強大な敵に立ち向かわなければならない。だったら、己も目覚めてみせよう。

自分だけの強さ、他ならぬ自分自身が己を信じ抜けるだけの絶対的な強さを!

口元に浮かぶ獰猛な笑みは、まさに遥かな高みに挑み掛からんとする挑戦者のそれ。

そう、高町花梨という確たる好敵手を見出すことで、ダークネスは『決断』したのだ。他人を認め、己を信じぬくということを。その上で、必ずや“ゲーム”を勝ち抜いてみせるという『決断』を。

覚悟を決め、人間の領域を飛び越えた高みに立つダークネスにとって、花梨という存在は『好敵手』であり『きっかけをくれた恩人』でもある。

そう、ダークネスが“ゲーム”の参加者の中で誰よりも認めているのが高町 花梨という少女なのだ。

だからこそ、失望を禁じ得ない。己が好敵手と定めた相手の無様で滑稽な姿は見るに堪えない。死の淵に在る妹を抱きしめながらヒステリックに叫び続けている花梨に向ける眼がすっ、と細められる。

 

「キャンキャン泣き叫ぶだけなら野良犬にもできるぞ、高町 花梨。どうすればいいのか自分で考えたらどうだ?」

「なんですってっ!?」

「貴様も俺と同じ存在だろうに……ならばお前にもできるんじゃないのか? 俺が掛けた呪いを解除することが」

「え……」

 

予想外の言葉に困惑を隠せない。

 

「『神成るモノ』……そこに至ることができれば、或いは妹を救えるかもしれないがな」

「『神成るモノ』……?」

「言葉の意味がわからなくとも、時が来れば自ずと理解もできるようになるだろう。……お前は俺が敵と認めた存在だ。この程度の窮地、脱してみせろ。――まあ、だからと言って手加減してやるつもりはないが」

 

刹那――振るった腕より顕出した黄金色の斬閃が大気を切り裂きながら花梨に向けて放たれる。

それはまさに、光の軌跡が描く無慈悲なる断罪の刃……足枷(なのは)を庇う花梨に回避できる可能性など在りえない。

 

「――っ!?」

 

文字通り、必殺の一撃と成りし刃は瞬く間に花梨の眼前へと迫る。

予想外の不意打ちに一瞬硬直してしまった花梨に逃れる術は残されていなかった。

 

「マズーー!? 」

 

迫る死の刃を前に、花梨の思考が高速で演算を繰り返す。求めるは最愛の妹を救う方法。されども、今の花梨は眼前の脅威に対してあまりにも無力だった。

その瞬間、花梨は自らの敗北()を覚悟する……! 

 

 

 

 

「――――『孤独な道化師(アッカリ~ン)』――――」

 

張りつめた空間の中、唐突にそんな間抜けな言葉が夜空に響いた気がした。




作中で登場した魔法解説

・デュアル・ストラグルバインド(Dual Struggle Bind)
 使用者:高町 花梨 & 高町 なのは
姉妹二人がかりで放つ複合型の拘束魔法。【レイジングハート】と【ルミナスハート】をリンクさせることでコンマ数秒の狂いもない同時魔法の発動を可能としている。拘束の強度も相乗効果で強化されており、単体で放ったものに比べ、約三倍に相当する。


死屍崩落炎(しきほうらくえん)
 使用者:ダークネス
強烈な殺気を浴びせることで対象を怯ませた上で、死霊に襲われるという幻影を見せる幻術系魔法。作中で『半実体化させた本物の死霊』と述べられているが、これは会話や虚偽の情報を利用した心理作戦の一環であり、さりげない会話の中にすら戦闘を有利に運ぶための布石を仕掛けるという目的があった。


()言霊(ことだま)
 使用者:ダークネス
『死』という概念そのものを込めた魔力を言葉に乗せて送り込む。言葉とは即ち声であり突き詰めてしまえば空気の振動である。故に、耳を塞さいだ程度では防ぐことは出来ない。だがあくまでも魔力を媒体とした”魔法”であるため、術者の込めた力以上の魔力を用いなければ解除は不可能とされる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。