魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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ヴォルケンリッターの過去については独自解釈です。
彼女らにとって、ややキツイ内容になっておりますのでご注意を。


守り抜く覚悟と壊しつくす覚悟

「反応、途絶! 散布していたサーチャーの反応も、一切が消失しました!」

「結界外で待機していた武装隊員たちは全員無事です! ですが、展開されたあの空間については全くわからない、未知の術式であるらしく、手が出せないこの事です!」

「執務官、及び民間協力者たちとの通信、一切不能! デバイスへの通信も反応ありません! か、艦長!?」

 

悲鳴とも怒号とも取れる叫び声が室内に木霊する。

海鳴市の一角に立てられたマンションの一室、アースラスタッフたちが持ち込んだ機材で、近未来的な内装となった暫定の司令室で、リンディは混乱する部下たちの報告を受けながら、的確な指示を飛ばしていた。

 

「皆、落ち着きなさい!! とにかく外部からの進入が一切不可能だということなら、この状況を打破するためにも少しでも情報を集めるしかないわ。武装隊には引き続き外部からの警戒と、あの結界の調査を! エイミィ! 管理局のデータベースにアクセスして何かしらの情報が残されていないか、もう一度洗い直して!」

「り、了解です! あ、あの、艦長……クロノ君たちの事は……」

「あら? 貴方は執務官たちを信じられないのかしら? 大丈夫、あの子達はきっと無事よ。――……だからね、エイミィ? 私たちは、私たちに出来ることをしましょう?」

「はっ、はい!!」

 

不敵な笑みを浮かべるリンディの様子を見て漸く冷静さを取り戻してきたのか、涙を拭って敬礼してみせるエイミィ。

その様子に深々と頷きを返しながらも、しかしその内心は不安と混乱でグチャグチャになっていた。

それでも、表面上は冷静そのものといった風体を維持できたのは、ひとえに彼女の優秀さゆえか。

 

(クロノ……貴方もなのはさんたちも無事、よね……?)

 

母として息子の身を案じながらも、管理局提督としての誇りと自覚が、彼女の心を奮い立たせて俯くことを許さない。彼女の視線の先、正面モニターに映るのは黒い半円状のドームのようなもの。

所々が金色に輝いて見える不可解極まりない空間は、ダークネスの手の平で黒い魔力が破裂した瞬間に展開されたものだった。

ヴォルケンリッターたちを逃がさないように、管理局が展開していた結界をさらに覆うよう広がったこの空間は、彼らの知るものとは明らかに違う術式で構成されており、触れれば弾き返され、解析魔法をかけようとも、幾層にも妨害術式が張り巡らせてあり、微塵も解析できないでいた。

内部との通信も一切が遮断され、声も念話も通じない。まさに完全な閉鎖空間と呼んでも過言では無いだろう。

 

――クロノ……皆……どうか無事でいて……!

 

今のリンディに出来る事は、深遠の如き闇の向こう側にいるのであろう息子たちに向けて、祈りの言葉を投げかけるくらいしかなかった。

 

街も、ビルも、道路沿いに植えられた木々も、そして夜空すらも、ありとあらゆるものが黒に締め上げられた世界の中で、突然現れた異常な世界に慌てて辺りを見渡す者、念話を通そうとしても叶わずに混乱する者、呆けたように漆黒の空を見上げる者等々、多岐に渡る反応を見せていた。

その世界の中心たる異形の存在たるダークネスは、突き出した右手の人差し指をスッ……、と宙を走らせてとある地点へと向ける。その先にあるものとは――

 

「“闇の傀儡”の一つ、湖の騎士……奴はこの先にあるビルの上にいるぞ? ――ああ、あの“中古本”、もとい“闇の書”も在るようだな。ふむ、結界の外にいる奴を逃げられないようにするために“封鎖の刻印”の効果範囲を広げてみたが……存外に上手くいったようだ」

『――ッ!!?』

「――キャは」

 

黒い世界に鳴り響く、笑い声。最初は小さかったそれも、だんだんと大きく、狂った叫びへと変わっていく。

 

「きゃ羽は――……ぎャは破ははァぁアア嗚呼!!!」

 

狂人が嗤う、笑う、哂う!

胸の奥底より、活火山のマグマが吹き荒れるかのように、湧き出す憎悪と怒りを振りまき、狂ったように嗤い続ける。

三日月の如き吊り上った笑みを貼り付けたディーノは、背負った大剣の柄に手を掛けながら、身を低く下げる。その姿はまさに飢えた肉食獣のそれ。

 

「この管理局どもは俺が相手をしてやる……お前は存分に復讐を果たすといい」

「ッしゃオら羅ぁァぁあアアア嗚呼ア!!!」

 

その言葉が引き金になったのか、弾丸の如きスピードで宙を翔ける。向かう先にいるのは憎き仇の一人――湖の騎士 シャマル。

 

「っ!? 不味い、シャマル!?」

 

煌く夜天が染め上げられた黒い世界を、狂気を振りまく黒勇者が駆け抜ける。

僅かに遅れて飛び出すシグナムたちが悲鳴じみた念話を飛ばしながら、仲間の救援にむけ動き出す。

 

一方の花梨たち管理局勢はというと――

 

「っ!? あなたはっ!!」

 

目の前に悠然と佇むダークネスに阻まれ、身動きが取れないでいた。人数だけを見ても花梨たちの方が上である以上、数名に足止めを任せて、残りが“Ⅹ”と呼ばれた少年の対応に当たれば良い。そんな花梨の思惑をあざ笑うかのように、さらなる威圧感を滲み出すダークネス。彼と対峙した誰もが、背中を見せた瞬間に首を落とされる未来の映像を幻視してしまう。それほどまでに今のダークネスには戦意が溢れていた。思い返せば、ファーストコンタクトとなった“時の庭園”では全くといって良いほどに戦意が無かった。バサラを手に掛けた事も、フェイトを傷つけた事も、本人的には虫を払うかのような、なんでもないかのように振舞っていた気がする。つまり、今こうして花梨たちを阻むかのように立ちふさがり、覇気と闘気を溢れさせているダークネスは、確実に花梨たちを敵とみなしていると言うことになる。

僅かな油断が命取り。相手は既にその手を鮮血に染め上げている危険人物。気を抜けば……殺られる!

本能で直感した死の恐怖に、数々の次元世界で起こる事件を解決に導いてきたクロノたち管理局員ですら背筋に冷たい物が走るのだから、本物の命のやり取りを経験していないなのはたちが思わず身を竦め、怯えの感情を顕わにしてしまうのも、仕方の無いことだろう。そんな訳で、花梨たちは完全に足止めされたまま動けないでいるのだ。

 

「あいつの邪魔をするな。これはある意味で当然の権利なのだから」

「どういう意味だ!!」

 

油断無くデバイスを突きつけながら、クロノはしたり顔を浮かべるダークネスを問い詰める。

問われたダークネスは僅かに思案していたが、やがて「まあ、別にいいか……」と呟いてから口を開く。

 

「いいだろう、教えてやる。あいつが闇の書に並々ならぬ憎悪を燃やす理由……それはあいつの総てを闇の書が奪ったからだ」

 

向かい合う花梨たちが告げられた言葉に表情を変える中、ダークネスは先ほど“Ⅹ”が飛んでいった方角へ視線を向ける。

その視線の先では、倒れ伏す金髪の女性、鮮血を振り撒きながら宙を舞う片腕、叫び声をあげる仮面をつけた謎の人物。そして返り血で顔を真っ赤に染め上げつつ歪んだ笑みを浮かべる黒い勇者の姿があった。

 

 

 

 

――時間は僅かにさかのぼる。

 

ヴォルケンリッターの参謀、『湖の騎士』シャマルは管理局の結界に囚われた仲間たちを救うべく、結界の外から術式の解析を行っていた。彼女の傍らに浮かぶ古ぼけた意匠の魔道書……闇の書に蓄えられた魔力を使えばこの結界を破ることは容易いだろう。

だがそれは今までに蒐集してきた魔力を放出することであり、必然的に消耗した魔力を再度集める必要が出てくる。主であるはやての体調を考えると、出来る限り速やかに蒐集を完了させたいところでり、その考えが彼女に闇の書の魔力を使わせることを躊躇させていた。

 

「やっぱり駄目……これを破るにはシグナムの『ファルケン』かヴィータちゃんの『ギガント』位じゃないと……。私一人じゃ、どうやったって――っ!? なっ、なに!?」

 

顎に手を当て、思考の海に漂いかけていたシャマルの視界が一瞬で染まる。

 

それは『黄金色に輝く黒』

 

ありえない色合いの炎のような光が結界の中から溢れ出したかと思うと、それは一瞬で広がり、シャマルの立っていたビル群までも飲み込んでゆく。突然の事態に慌てて周囲を見回すシャマルに、仲間たちから怒鳴るような念話が届く。

 

『――シャマル! 今すぐそこから離れろ!!』

『え? シグナム? いったいどうし――』

 

自分たちの将の静さを失った叫びに呆気にとられた彼女の視界に、どす黒い瘴気を思わせる魔力を放ちながら急接近してくる敵の姿が映る。それは一人の年若い少年。だが、彼女は知っていた。あの少年の内包する危険性を。

 

「っ!? あの子は!? なんでよりにもよってこのタイミングでっ!?」

 

悲鳴じみた叫び声を上げ、慌てて目の前で宙に浮かんでいた闇の書を引っ掴み脇に抱えると、即座に逃走に移る。

支援型である自分では狂っているとしか言い表せないあの少年を相手どるには、あまりにも分が悪すぎる。

自相の戦力差を瞬時に見抜き、最適な行動にうつれたのは流石というべきだが、しかしすべては遅すぎた。

 

「――っかぁはは母葉ハァァぁあ唖!!」

『Earth Saber』

 

瞬く間に距離を詰めたディーノが背負った大剣を抜刀した勢いそのままに、斬線を斜めに走らせる。鋭すぎるその残光は闇の書を守るように身をよじったシャマルの背を容赦なく切り裂く。

漏れかけた悲鳴を歯を食いしばることでこらえ、傷口がもたらす激痛を意図的にシャットアウトしながら、シャマルは生き残るために全力で術式の構築を行い、展開する。

 

(皆のところへ転移を……っ!!)

 

彼女の本分はあくまでサポート、回復をメインとする参謀役。無論彼女も歴戦の勇士であるがゆえに戦闘も熟せるが、この相手に直接戦闘を仕掛けるのは無謀を通り越して唯の無謀でしかない。

剣線の鋭さもさることながら、常時展開している防御障壁ごと騎士甲冑をやすやすと切り裂く攻撃力。

威力だけでいえば自分たちの将すら上回るかもしれない。そして何より、あの殺気。基本不殺を心がける管理局とは違い、明らかに自分たちの命を狙っている。

この少年の顔に見覚えはないが、闇の書やヴォルケンリッターを知っている素振りから見て、おそらくは過去の闇の書事件で肉親、あるいは親しい人々が被害にあったのだと推測できる。

ならば、おぞましいという言葉すら生ぬるい狂気を纏ったこの少年の行動もしっくりくる。

 

(そうだとしても今はまだやられるわけには――!!)

 

やらねばならないことがある。助けたい人がいる。許されるわけはないとわかっている! それでも、大好きな主を助けたいから……立ち止まるわけにはいかない!

そんな一人の少女を想うシャマルの意志に、天が心動かされたのかもしれない。

 

――ガキンッ!!

 

「「!?」」

 

振りぬいた勢いを殺さぬよう、全身ごと回転するように放たれたディーノの追撃はシャマルの身に届かず、甲高い金属音を響かせるにとどまった。

仇を目の前にして周囲への注意が散漫になっていたのか、仲間を助けるために全速力で駆け付けたシグナムのレヴァンティンが、黒い勇者の大剣に真横から叩き付けられた。

予想だにしなかった横やりに思わず体勢が崩れ、ディーノの小柄な体が吹き飛ぶ。

だが、彼もまたさる者。クルリと軽業師のように身をひるがえすと、ビルの屋上に危なげなく着地する。

僅かに呆けた表情を浮かべていたが、己の邪魔をしたのもまた憎き仇であることに気づいたらしく、さらに濃密な殺気を振りまきながら身構える。

いまだ年若い少年から向けられるあまりに濃密な殺気に、思わず息をのんだのは果たしてどちらだったのか。

今にも飛び掛からんとする少年から視線を外さず、シグナムはシャマルへと確認の問いかけを投げた。

 

「どうやら無事のようだな」

「まあ、ね……正直助かったわ」

 

恐怖と背を走る痛みで表情は青いままではあるが、この程度の傷ながら騎士であるこの身は耐えられる。そう言外に告げながら傷口に治療魔法をかけるものの、すぐにその表情がくしゃりと歪む。

 

「……そんな。こんなことって……!」

「シャマル?」

「傷が……回復しない……ッ!? 気を付けてシグナム! あの剣には私たちを……“闇の書を破壊する”能力が付与さえているみたい……!!」

「なっ!?」

 

悲鳴じみたシャマルの叫びに、シグナムの両目が限界まで見開かれる。

プログラム生命体であるヴォルケンリッターは常人よりもはるかに頑丈で、回復力も優れている。さらに構成プログラムにまで達するダメージを負ったとしても本体ともいえる闇の書の中に一時収納されることで、あらゆる損傷から回復することが可能だった。だがもしシャマルの言うように対闇の書用のプログラムのようなものがあの大剣に仕込まれていたとするならば、それはまさにウイルスプログラムそのもの。

あの大剣で傷を受けた騎士たちには回復する手立てがなく、もし闇の書の中へ戻ったとしたら騎士たちを通してウイルスが闇の書を侵食するかもしれない。そうなってしまえば、終わりだ。主を救う手だては永遠に牛われるどころか、彼女と闇の書との間に構築されているパスを通して彼女の命を脅かす可能性すら考えられる。

要するに、あの大剣で傷を受けた最後、治療も回復も出来ず、ただ己が肉体を構成するプログラムがウイルスに侵食されていくのに黙って耐えるしかない訳だ。

これこそが“Ⅹ”こと黒き勇者 ディーノの愛機【ディーノの剣】の有する能力『魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』。

まさにプログラム生命体であるヴォルケンリッター殺しと呼ぶにふさわしい能力あった。

 

「ッしャァァ唖ああ嗚呼!!」

 

胸の奥から際限なく溢れ出す殺意の感情とそれがもたらす途方もない破壊衝動に身を委ね、ディーノが振りかぶった大剣を振るう。

対峙するシグナムは、相対する少年の瞳の奥に宿る己たちへの明確な殺意に感じるものがあったのか、僅かに表情をゆがめるものの、技術も何もなく力任せに振り回されているだけの剣戟を受け止め、いなし、受け流していく。だが反撃とまでには至らず、むしろ相手の勢いに気圧されたかのように一歩、また一歩と僅かに後退を余儀なくされていった。

剣士として完成された剣技を有するシグナムが、なぜ剣の腕が素人そのものなディーノ相手に劣性に立たされているのか?

それは偏に、ディーノの振るう剣戟の“重さ”にあった。

 

(ぐぅうっ!? な、なんという攻撃の重さなのだ!? この少年の攻撃……その一つ一つがヴィータの“ギガント”クラスはあるぞ!?)

 

ディーノが鍛えていることは外気にさらされた腕の筋肉の付き具合から見て取れるが、それにしてもこの威力は単純な筋力の問題ではない。いったいどれほどの魔力で強化すればこれほどの威力を叩き出せるのかシグナムの背筋に冷たいものが流れる。

いくら魔力で筋力を強化しようとも、元となる人体には相応の限界値というものが存在する。その限界以上の力を引き出そうものなら、肉体のほうにそれ相応以上の負荷が掛かるのは当然の理である。だがこの少年は明らかに自身の身を顧みない、捨て身の戦法をとっていた。

今こうして打ち合っている剣戟についてもそうだ。防御に意識を一切割り当てず、ただひたすら自分たち敵を切り捨てんと全身をぶつける様に剣を振るう。

剣の業を修めたものとしては確固として認められない無謀な行為、だが憎悪を振りまき復讐に燃える少年に、己がそんなことを言う資格などはない

 

(何を偉そうなことを……私などにそのようなことを口にする資格などあるはずが……)

「シグナム!!」

「――っは!?」

 

胸の中で自嘲を漏らしたのが仇となった。僅かに意識のそれたシグナムが晒した僅かな隙。

騎士として決してしてはならない愚行をとってしまった彼女の脳天目掛け、汚れきった魔力光を纏わせた斬撃が振り下ろされる。

背中に庇ったシャマルの叫びにハッ、と我に返ったシグナムはほとんど条件反射のように体を後方へ大きくのけぞらせることで何とか直撃を躱す。だが――

 

「ぐうっ……!?」

 

左手で額を抑え、苦痛のうめき声を漏らすシグナムの指の間からドロリとした真紅の液体が零れ落ちる。

頭蓋にまでは達してこそいない。が、ディーノの持つ剣に付与された『魔道生命体殺し(マギウス・スレイヤー)』の効果により、回復魔法による治療も自然治癒も叶わないことを鑑みると近接戦闘を主とする彼女にとって途方もない痛手であった。

額に負った傷は、傷自体が浅くとも大量に出血してしまう場合が多い。流れ出た血液は粘りけが強く、目に入ろうものなら視界を狭めてしまい、高度な駆け引きが必要とされる近接戦闘においては特に大きなハンデとなってしまう。

相対しているこの少年のようにこちらを上回る力を有する相手と打ち合うには経験や技量もさることながら、相手との間合いや攻撃を見切る視力が必要不可欠なのだ。

 

(なんと迂闊……!! 私は新兵か!?)

 

将としてあらねばならない立場だという自分が犯してしまった愚行に憤慨するシグナムに、やはりと言うべきかディーノが容赦するはずもなく、片手の塞がった手負いの剣士の首を刎ねんと振るわれる剣舞はさらに勢いを増す。

防戦一方となってしまったシグナムが勢いに呑まれ、思わず下げてしまった足元の床に亀裂が走った。

暴風と言わんばかりに振るわれるディーノの大剣が起こした風圧、それが真空の刃となってビルの屋上にいくつもの亀裂を生みだしていたのだ。

それがたまたまシグナムが踏みしめた事による負荷をトリガーとして崩れさせてしまったのだ。

 

「くっ!? し、しまった!?」

 

足を取られ、体勢を崩してしまったシグナムの首筋目掛け、必殺の念の込められた追撃が襲い掛かる。

シャマルの悲鳴とディーノの狂ったような嗤い声が上がる中、すさまじい速度と威力のある死神の鎌がシグナムを両断せんと迫り――

 

ガキンッ!!

 

突然現れた仮面の男に完璧に防がれた。

 

「「な!?」」

「――ァあ?」

 

驚きの声を上げる3人に構わず、両手を十字のように交差させるクロスアームブロックでディーノの攻撃を受け止めた仮面の男は、その仮面の奥で冷や汗を流していた。

難なく受け止めたかに見えた彼女だったが、実はかなり限界ギリギリであった。

 

「くっ……!? (なんて馬鹿力!? プログラム共が押されてたのは単にこいつらが役立たずなだけかと思ってたけど……!? とにかく、このままじゃマズイ!!) ――……使え」

「え?」

 

予期せぬ救援に呆然としていたシャマルに向けて――正確には彼女の手に抱えられたままの闇の書にだが――素っ気なく声を投げかける。

彼女の呆けたような反応に若干の苛立ちを感じつつ、仮面の男は視線を目の前にいる“自分たちの同類”であろう少年から逸らさぬまま、再度言葉を投げる。

 

「お前の抱える闇の書……その魔力を使え。強大な破壊の力を宿すそれならば、この少年も退けることが出来るはずだ」

 

突然出てきた上に、闇の書について何やら知っている素振りを見せる仮面の男に警戒を高めるシグナムとは異なり、参謀であり守護騎士たちのブレーンであるシャマルは仮面の男の提案を頭の中で思案する。

 

(怪しさ満点な正体不明の仮面の男……少なくとも手放しで信用なんてできるもんじゃないわ。――けれどもこの状況。仮面の男はどうやらあの子を抑えるので精一杯みたいね。かく言う私たちも偉そうなことは言える状況じゃない……。シグナムは手傷を負っているし、私も背中の傷が熱を持ち始めてる……! そのせいか頭がぼーっとしてきてるし、このままだと本当に手詰まりになっちゃう……。何故かヴィータちゃんたちがこっちに来られていない以上、ここは彼の言うとおりに闇の書の力を使うしか……!?)

 

そう判断を下したシャマルは、闇の書を掲げるとその力を解放せんと意識を集中させる。

闇の書のページが勢いよく捲られ、そこに刻まれた古代ベルカ文字が黒い輝きを放つ。

その輝きに比例するかのように闇の書からその名にふさわしい闇色の魔力を溢れさせる。

膨大な魔力の放出を背に感じた仮面の男は、これで目的を達せられると仮面の奥でほくそえみ――

 

「イイ加げンに……憂ッと緒シイ」

 

――ザシュ!!

 

「――……ぇ?」

 

仮面越しのくぐもった呆けたような声を漏らしながら、呆然と視界に映る、よく見知ったソレを見つめる仮面の男。

仮面を通して見えるのは切り口から真紅の鮮血を吹き出しながら宙に舞うのは間違いなく――切り落とされた自分自身の両腕。

それが何を意味するのか、彼女の脳がようやく理解できた瞬間、真紅に発光するほどに熱せられた焼き石を押し当てられたかのような熱さと痛みが彼女の全身を駆け巡る。

 

「ぐっ、う、あああああぁぁぁぁああああああっ!? ――ガアッ!?」

「五月蠅イ」

 

膝をつき、吹き出す出血で身に纏うバリアジャケットを赤黒く染め上げていく仮面の男の鳩尾に、何の感情も映っていない目をしたディーノの靴の爪先が撃ち込まれる。

十字受けで止められた大剣を振るう腕に、さらに魔力を注ぎこんで筋力強化をしたディーノの押し込んだ大剣で両腕を切り飛ばされた仮面の男は、激しい痛みと急激に失われていく血液のせいもあり、なすすべもなく崩れ落ちる。

両腕を失ったというのに、それでも意識を繋ぎ止めつつ止血魔法を自分にかけているのは流石というべきか。しかしそれもすでに限界だったようだ。崩れ落ちた仮面の男の全身を淡い青色の魔力光が包むやいなや、その輝きはまるで蛍のように四方へと霧散していく。光が収まった後に残されたのは、真実の姿を隠していた変身魔法が解除され、荒い呼吸を繰り返す少女の姿。

頭や臀部から人ならざる者の証である、ネコ科のそれを思わせる猫耳やシッポが力なく垂れ下がっていた。

足元に転がる邪魔者を一瞥し、その背中を容赦なく踏みつけながら、返り血の浴びた頬を拭うディーノが小さく呟く。

 

芥ガ――、と。

 

 

「シャマル! シグナム! ――……っな!?」

「くっ!」

「そんな……!?」

 

血だまりの中を平然と歩き、ひれ伏す仮面の男だった女性にとどめを刺さんとディーノが大剣を振りかぶったちょうどその時、ヴィータとザフィーラ、そしてコウタがようやくこの場へとたどり着いた。

彼らの到着が遅れたのは、シャマルを救わんと己の身体にかかる負担を顧みないほどに無茶な加速をして先行していたシグナムとは異なり、万全の状態で駆け付けようという判断を下したからであった。

 

『あの少年は万全の状態であったとしても、決してたやすく組せる相手ではない。先行してシャマルを援護する役目と、後詰めの役をわけるべきだ』

 

シグナムはそう判断を下し、自身は複数のカートリッジを使用して己の身を顧みないブースト魔法を掛けることでシャマルが一刀のもとに切り捨てられるのを防ぐことができたのだ。

もっともその反動として、現在のシグナムはシャマルから全力の回復魔法をかけてもらえねばならないほどに消耗してしまっていたのだが。

 

「く、く木キキキ効き……!!」

「こいつ……!? まともな精神状態じゃないのか!?」

 

集合した仇共を見回しながらディーノの口から低い嗤い声が漏れ出す。彼自身どうしようもなく堪え切れそうもない程の殺意がの奔流が体の内側で渦巻き、まともな会話すらできないほどまでに狂ってしまっていた。その異様な姿に守護騎士たちは改めて目の前にいる狂人の危険性を再確認し、各々が警戒の色濃い表情を浮かべつつデバイスを構えだす。自分たちを援護しようとしていた? 謎の人物については今のところ放置している。敵か味方かもわからない……いや、変身魔法がきれたせいで管理局員らしき服装をしていることが見て取れることから、この気絶している猫耳の女性は管理局員、またはその関係者でほぼ間違いないだろう。法の守護者を名乗る管理局員が正体を隠ぺいして、犯罪者であるはずの自分たちの援護をしようとしていた。――あからさまに怪しいとしか言えない。

そのような人物を信用することも、ましてや危険な敵の前で、彼女を治療するような余裕も、騎士たちにはありはしなかった。

片や無言で、片や低く嗤い続けるという異様な空気の中、一人の少年が同胞たる狂人へと怒鳴るように叫ぶ。

 

「なん、でっ……!? なんでこんなことをするんだ!? どうして君は僕の家族を傷つけようとする!? みんなが君に、いったい何をしたって言うんだっ!?」

 

叫びを上げる少年……“No.Ⅸ”八神コウタにはわからなかった。なぜこの少年は守護騎士たちをこれほどまでに憎悪するのかを。

確かに、彼女たちもそもそもの発端である『闇の書』に関しても、決して良いものであるとは言えない。むしろ無秩序な破壊と殺戮を繰り返してきた、その名の通りの呪われたロストロギアである。

だが『夜天の書』が歴代の主の改変によって『闇の書』へと変貌してしまい、無限転生システムが暴走してしまっていることはコウタと同じ転生者であり“ゲーム”の参加者である“Ⅹ”も知識として知っているはずだ。コウタはディーノの事を聞かされた時、最初は原作アンチを是とする人物なのかと思った。確かに原作では八神はやてと守護騎士たちは破格の条件で管理局の保護下に置かれており、過去の闇の書事件の被害者たちの遺恨などは原作アニメの中では語られることはなかった。だからこそ、二次創作物ではこのことについて不満の声を上げ、はやてたちにちゃんとした罰を与えるべきだというアンチ者たちが存在していた。なのでディーノの事も、きっとこういった人々と同じ考えを持っているのだ思い込み、それならきちんと話をすればわかってくれると楽観視していた。

だがこうして実際に相対してみて、その考えはあまりにも浅はかだったのだと痛感していた。

誰かの命を奪うことを全く意にかさない本物の殺意。

向けられる憎悪と憎しみに染まりきった眼。

そして何より、実際に傷つけられた仲間の姿に、コウタはディーノという人物の本質がほんの少しだけわかったような気がしていた。

 

「(彼はただ原作の内容が気に入らないというだけじゃない……。彼の憎悪は間違いなく大切な誰かを奪われた人のものだ……!)」

 

だとしたら、彼をあそこまで追いつめてしまったのは多分――

 

「“Ⅹ”……。僕の声が聞こえているかい?」

「ケひゃ、けひ、絎けケ……」

「聞こえていなくてもいい。それでもどうか聞いてほしい……僕は君と同じ存在なんだ。」

 

ピクリ、とディーノの指先が小さく震える。

 

「僕の名は八神コウタ。君の知っている通り『闇の書』の主である八神はやての弟であり……君と同じくこの儀式に参加している者の一人だよ」

「っ!? コウタ、テメェ!? 何考えてやがる!?」

 

激高したヴィータがコウタの襟首を掴みあげる。隠し通さなければならない主の正体をあっさりとばらしたのだから彼女の反応も当然の事だろう。

他の騎士たちからもどういうことだと言わんばかりの鋭い眼光が突き刺さる中、コウタはいたって平然とした顔のまま、逆にヴィータをたしなめる様に手をかざしながら言葉を続ける。

 

「ヴィータ、それにほかの皆も。頼むから落ち着いてほしい。これには相応の理由があるし、何よりも彼はもちろん、向こうにいた何人かには、はやて姉のことは知られているんだから」

「なっ……!? そっ、そいつは一体どういう意味なんだよっ!? なっ、なんで奴らが!?」

「詳しいことは言えないんだ。ゴメン……それでもこれだけは言えるよ。はやて姉の事を知っているのは目の前の彼のほかに少なくとも二人。一人は管理局に協力していたポニーテールの方の白い魔導師、まあ彼女はこちらの事情を知っているのに今まで何のアクションもとっていないことから見て、たぶん大丈夫だと思う……。けれども問題はもう一人の方なんだ……そのもう一人っていうのが実はあの怪物なんだ」

『――ッ!?』

「さっきまでの会話で彼はこの“Ⅹ”に協力している節がある。だからもしかしたら……」

「主にまで危害が及ぶ可能性が高いと言いたいのか!?」

「多分……その可能性は極めて高いとしか言いようがないよ……実際、彼は今までに管理局の協力者を含めて何人かを殺めているらしいんだ」

「そっ……そんな!?」

 

シグナムの治療を終えたシャマルから悲鳴が上がる。それはそうだろう。なにしろあの怪物はつい先日に、守護騎士最硬の盾である守護獣ザフィーラを消滅寸前にまで追い込み、ヴィータに深手を負わせられていたのだから。あの時のことを思い出そうとすると自然と恐怖で全身が震えだす。それでも勇気を振りしぼってあの時のことを思い返してみると、相手は全く本気を出していない。と、言うよりも敵としてすら見られていなかったのだと思い知らされてしまう。

何故ならあの化け物が自分たちに明確な敵意を、殺気を向けてきたのは自分たちが逃げ出そうと転移魔法を展開したあの瞬間のみ。本人は威嚇のつもりで放ったものだったのかも知れないが、それでもシャマルたちはあの瞬間、間違いなく己の消滅を幻視したのだ。この狂人のように自分たちの天敵となりえる力を持つわけでもなく、ただ単に生物としてのポテンシャルが、内包する純然たる力の次元が違い過ぎるという事実に気づいてしまったから。

シグナムやヴィータなど戦闘担当者はそれでも恐怖に震えることを是とはせず、次に戦うことがあれば必ず打倒してみせると修練を繰り返し、ザフィーラも盾の守護獣としてのプライドゆえに『次こそは……!』と静かな闘志を燃やしていた。だがもともと後方支援型であるシャマルには、そのように割り切ることができなかった。

なまじ、参謀役として長き月日を重ね知識と戦略眼を磨き続けてきた彼女だからこそわかってしまっていたのだ。

己たちがどれほど修練を積んだとしても、けっしてあの化け物の立つ領域には届かないのだということを。

だからこそ彼女は恐れる。あの化け物が自分たちを、『闇の書』を滅ぼさんと動き出すことを。

だがコウタの言を信じるならば、あの化け物は今こうして相対している狂人たる少年に協力しているのだという。唯でさえこの少年の相手をするのは、厄介極まりないのだというのにこれ以上状況が悪化することだけは何としても阻止しなければならない。

 

「――ねえ“Ⅹ”、君? あなたはなぜそこまで私たちを憎むの?」

 

考えをまとめた彼女の動きは早かった。まずはこの狂人と化している少年をなんとかしなければと思い、まずは何故『闇の書』を憎んでいるのか? これをはっきりさせておかなければならない。

少年の様子から見て、十中八九過去の『闇の書』事件の際に大切な誰かを失ってしまったのだという事は推測できる。だが、過去に自分たちがおこした蒐集活動の被害者であるならば、その原因はそれを命じた過去の主にある。

実際に手を汚した自分たちが許されるはずなどないことはわかっているが、それでも彼の憎しみの対象を『闇の書』そのものから自分たち守護騎士へと逸らせることができるかもしれない。

そうなれば、無害な少女である現主に危害を加えられる可能性を下げることができる。自分たちに何かあれば、優しい主は悲しむかもしれない。それでも彼女に降りかかる禍の種を減らせるというのなら、自分たちの命など安いものだ。

もとより自分たちが『闇の書』の完成を急ぐのは彼女を救うためであり、その願いがかなえられた後に相応の罰を受けるつもりであった。

どれほど悪だと罵られようとも、自分たちに心を与えてくれた主を救うことができるのならば、他には何もいらない。

悲壮なる決意を以て投げかけられた問いであったが、意外な反応が返ってきた。

 

「ク、フフフ……ッ、アハハハハハハハハ!!」

『ッ!?』

 

漆黒に塗りつぶされた空に響き渡る狂笑。

心底おかしくて仕方がないと言わんばかりに腹を押さえ、笑っていた。

 

「くっくくく……ああ、そうか。そうだったな。そういやお前らバグってぶっ壊れてんだっけなぁ? それじゃあ、貴様らが殺した人たちの事なんて気にしなくても当然ってかぁ?」

 

狂気が収まったのだろうか? ある程度の理性を取り戻したかのようなディーノが嘲りの視線をコウタたちに投げつける。

 

「バグ……? いったい何を言っている?」

「ケッ! 貴様らに都合のいいとこだけ覚えてて他は全部きれいさっぱり忘れましただと? ――ふざけているのか貴様らぁ!? 俺の! 俺の父を! 母を! 妹を! 家族を! そして……俺の故郷の皆を皆殺しにしやがった殺人プログラム風情がぁあああ!!」

『!?』

「今でも夢に見る……! 烈火の将! お前は俺たち家族を守ろうと身を挺して戦った父さんを雑魚呼ばわりして切り刻んだ! 鉄槌の騎士! お前は幼い妹を抱きしめながら『この娘だけはどうか助けてください』って懇願する母さんの頭をその鈍器でゴミみたいに叩き潰した! 盾の守護獣! お前は生まれて間もなかった妹をその爪でボロ雑巾みたいに引き裂いた! そして湖の騎士! お前は俺の故郷の皆から無理やりリンカーコアを引き抜いて闇の書のエサにしやがった! 皆、苦しんでた……助けてって、死にたくないって……泣いて、叫んでいた! そんな皆を、貴様らが殺した俺の家族の亡骸を見下ろしながらお前らはこう言ったんだよ! 『それなりの数がいたくせにショボイ魔力しか持ってね~な、コイツラ』、『わが剣と切り結ぶことができる強者もいなかった……無駄足だったか?』、『そう言うな……それでもその辺の魔法生物よりかは効率が良いだろう。獲物としての価値は下の下であったがな』、『まあまあ……たいして役にも立たなかったけど、こんなのでも多少は闇の書の糧になるんだから我慢しましょう?』――ってなぁ!!」

「うっ、嘘だっ!? 皆がそんなことをするわけが……!!」

「“Ⅸ”ッ! テメェも知ってんだろうが! そいつらが闇の書のバグのせいで過去の事をほとんど忘れてるっていることを! しかも自分たちで覚えていないことをいいことに、都合の悪いこと、過去にそいつらが起こした犯罪の原因を統べて主のせいにしてるってことをよぉ!! ふざけんなよ……!? 皆を殺したときのお前ら確かに笑っていやがったよ! 嬉しそうに! 闇の書の主に命令されたからじゃない! 確かなお前ら自身の心の思うままになぁ!!」

「ちっ、ちが……!?」

「ちがわねぇよ!! お前らは嫌々蒐集活動をしていたんじゃない! お前らは楽しんでいたんだ! 闇の書を完成させるというお前らの存在理由を果たすために、自分たちの闘争心を満たせる獲物を狩れることを心の底から楽しんでいたんだよ!! 少なくとも! 俺の故郷を滅ぼして立ち去るまでの間! 俺に聞こえていたお前らの会話の中に『主』って単語はひとっ……つも無かったよ! そして何よりも! お前らが今の主の命を無視して勝手に魔力の蒐集を行っていることや、魔力の吸い出しで相手を殺さない程度で留めているのが! お前らは主の命令に背くことができるって事、魔力の蒐集で相手を殺さないように手心を加えることもできていたのに、今まではそれをわざとしていなかったっつ~事の何よりの証拠だろうが!! 違うか!?」

 

誰も言葉を発せない。深い悲しみと絶望に染まりきってしまったディーノの叫びに、守護騎士たちはもちろん、コウタすらも言葉を発することができなかった。

涙を流し慟哭の叫びを上げるディーノの語る言葉が真実であるのだと、否応なしに理解させられてしまったから。

ディーノの抱く悲しみとそれが転じて誕生した復讐の狂気。一人の少年を蝕む憎悪を生み出したのは他ならぬ、闇の書とその守護騎士たる自分たちなのだという事を……。

コウタもまた理解してしまっていた。ディーノと目が合った瞬間、類稀なる観察眼を身に付けていた彼は気づいてしまった。ディーノの瞳の奥の奥、のそのまた奥にドロドロと渦巻く底なしの混沌と狂気と悲しみの感情が渦巻いている光景を幻視し、それが決して己に理解できる物ではないという事を理解してしまったからだ。

 

「……僕には君の気持ちはわからないよ」

「だろうな」

「うん……幼いころに両親がいなくなって、グレアムさんの援助を受けながら、ずっとはやて姉と二人で暮らしてきた……さみしくなかったといえば嘘になるし、道端ですれ違う家族連れを見るたびになんで僕たちには両親がいないんだろう、って思ったことも一度や二度じゃないからね。それでも僕は……間違いなく幸せだったよ。だって、大切なお姉ちゃんがいてくれたし、今じゃあ、ホラ。ヴィータにシグナムさんにシャマルさんにザフィーラ……四人も新しい家族ができたからね……。だから、さ……結局のところ、僕が何を言ったところで君に届く事は無いと思うんだ……悲しいことだけどね……」

「別に気にすることも無いと思うが? 俺は復讐を止めるつもりなんてのは更々無いし、お前らも黙ってぶっ壊させてくれないだろ?」

「そうだね。君には同情もする。後ろめたさもある。何とかしてあげたいという願いもある。それでも僕は……皆を、僕の大切な人たちを救いたい。守りたいんだ。だから――」

「……ああ、そうだ。これ以上言葉なんてモンは不要だろ……俺たちは所詮、殺し合うことでしか互いを分かり合えない!」

 

コウタは最初、傷ましいものを見るかのような表情を浮かべていたが、会話が途切れると共にいまだ幼さの残る少年の顔が覚悟を決めた男のそれへと変わっていく。なぜなら、彼は『決断』したからだ。何があろうとも、大切な人を守り抜く『盾』となることを。

 

ディーノもまた、コウタと会話を交わす間には僅かな微笑を浮かべていたが、会話が途切れた瞬間に突然スイッチが切り替わったかのようにその表情が歪んでいく。

微笑から暗い笑いへ、そして――どす黒い狂気に染まりきった嗤いへと。

ディーノの心の奥底に一時的に抑え込まれていた狂気が、その密度をはるかに増しながらさらなる憎悪と悪意を引出しつつ解放される。すべてを壊す『剣』となる『決断』は、あの時、故郷に別れを告げる際に終わらせている。ならば自分がここですべきことは、唯一つ――!

 

「大層な事を言うつもりはねぇ……殺された皆のためってのも確かにある……けどなぁ!! 何よりも俺の故郷を滅ぼした奴らが今こうしてのうのうと生きていやがるのがたまらなく不愉快でしょうがなくてなぁあああああっ!! 殺して磨り潰して切り刻んでバラバラにして肉片一つ残さず殺しつくしてやらぁぁぁあああああ!!!」

 

耳を劈く慟哭がコウタたちを撃つ。

大気を揺らさんばかりに放たれたそれを正面から浴びながらも、それでもコウタの心は揺るがない。

彼もまた決めたから。決して許されない我儘なのだとしても、それでも自分は家族を守り切ってみせると。自分はそのためにこの力を振るうのだと自身に誓いを立てたから。故に、その心は揺れない。

大剣を振り上げて正面から突撃してくるディーノに対し、コウタもまた己が愛剣を構えながら振りかぶる。練り上げた魔力が全身を包み込み、常人のそれを大きく上回った斥力を以て“打倒さねばならない敵”だと再認識した同郷の少年へと空間ごと叩き伏せる斬撃を叩き込む。

 

「復讐する者とされる者……どちらが生き残るのか、この場でハッキリさせようか! 所詮、世の中は!」

「ア阿……! 強イ奴の我が通ルん鷹ラ名ァぁ嗚呼ああ!!」

 

狂気と怨念が込められし黒勇者の凶刃と覚悟と優しい想いが詰まった騎士の剣線が交差し、バギィン! という金属音が響き渡る。

それを合図として守護騎士たちも動き出す。

自分たちは罪を犯し過ぎたのだ。いつかは罰を受けるだろう。だが……すべては優しい主をお救いしてからだ!

 

覚悟を決めた騎士と復讐者。さだめの導きに従うまま、互いの統べてを懸けた舞踏の幕が切って下ろされた。

 




作中に登場した魔法解説

・大地斬(Earth Saber)
 使用者:ディーノ
 大地をも割断する破壊力を秘めた斬撃。防御貫通効果が付与されており、たとえ斬撃を受け止め
 たとしても、魔力素を振動させることで発生させた衝撃を武器を通じて叩き込む。


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