魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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新たな力、新たな想い

時空の海に漂う巨大な人口建築物。

時空を航行するための船が出入りするこの場所こそ、次元世界の平和と秩序を守るために設立された組織、時空管理局の本局である。

そんな本局内に在るとある一室、単に医務室であると見て取れる薬の匂いと清潔さを感じとれる病室内で、今まさに一人の少女が目覚めようとしていた。

 

「う、ううん……?」

 

白い入院着に着替えさせられている栗色の髪をした少女は、視界に飛び込んできた見慣れぬ天井にしばし呆然とする。

 

(あれ……? ここ何処なんだろう……?)

 

なんだか身体が重く感じられ、上手く力が入らない。それでも何とか身を起こそうと身体をねじり、四つんばいになって両手に力を入れ上半身を起こす。流石に立ち上がることは出来そうも無いので、ぺたんと両足を崩した正座のような体勢で体を起こすと、キョロキョロと部屋の中を見回してみる。寝かされていたベッドの脇には見慣れない機械らしきものがあるだけで他にはなにもないシンプルな病室。ふと窓の外へと目を向けると、そこには明らかに地球のものではない、独創的な、ぶっちゃけるとへんてこなビルが立ち並んでいる風景が飛び込んできた。

 

――いや、ホントにここ何処!?

 

軽くパニックを起こしかけた少女――高町 花梨の耳に、シュン! という扉の開くような音が聞こえ、反射的にそちらへと視線を向ける。するとそこには、驚いたような、それでいて呆れたような表情の黒髪の少年――クロノ・ハラオウンの姿が。

もうこれが私服なんじゃね? と突っ込まれること請け負いなしな風体……バリアジャケット(トゲ付き)を纏ったままで病室に現れた少年は、ふぅ、と息を吐く。

安堵と呆れの両方が含まれた視線を向けてくるクロノを見て、ようやく花梨の思考も回復して来たらしく、顔色を朱色に染めていく。

 

「まったく君はという子は……なのはもそうだけど、もう少し自分の身体を――」

 

労わった方が良い、そう闇の書の騎士に襲撃されたであろう花梨に、彼女の身を案じた言葉を投げかけようとしたクロノだったのだが何分、タイミングと相手というものが悪かった。

クロノは失念していたのだ。

いくら精神年齢いいとこいっている花梨と言えども、華も恥らう少女だということを。そして寝起きの、それも薄着しか着ていない少女の部屋に、ノックも無しに男が入ってしまうことが何を意味するのかを。

 

「き……」

「『き』?」

「――ッ、きゃぁぁああああああああああ!? バカ! エッチ! 色情魔!! ノック位しなさいよ、このバカクロノ!!」

「へ? ――ぶは!? ちょ!? いきなり枕を投げつけるな!? わ、わかった! ノックをしなかったことは謝る! だからそれ以上騒ぐ――」

「「「「クロノ(君)?」」」」

 

真っ赤になって叫ぶ花梨を何とか宥めようとしたクロノの背中に投げかけられた非っ常に冷たいお声。

ビクンッ! と身体を震わせ、恐る恐る振り向いてみると、そこにはあら不思議! いつの間にかリンディ、エイミィ、なのは、フェイトの四人がスタンバっいらっしゃりました。

皆さん、非常に冷たいおめめをされており、リンディとフェイトに至っては、手の平で魔力球を弄んでいらっしゃる。

 

こいつはヤベェぜ! 冷や汗が止まらねェ……!

 

「あ、その、これは、そう! 違うんだ! ほんの小さな誤解で……!」

「「「「ちょっと、こっちに来なさい」」」」

「……はい」

 

あわれ弁解をする機会すら与えられず、母親と友人に両腕を固められた少年は、背中に姉(友達)に不届きなことをしようとしたと思い込んでいる二人の少女の冷たい視線を浴びせられながら、人気の無い場所へと連行されていった。

時空管理局執務官 クロノ・ハラオウン

男卑女尊という言葉の意味を、身を持って知ることとなった十四才の出来事であった。

 

 

「検査の結果、花梨さん、そしてなのはさんの怪我の具合はたいしたことは無いそうだよ。ただし、リンカーコアが通常時と比べると異常なほど小さくなっているの。だからしばらくの間は魔法が使えないから注意してちょうだいね?」

 

息子へのちょうきょ……もとい、教育的指導を終えて再び花梨の病室へと現れたリンディご一行は、ベッド脇の椅子に腰掛けながら診察の結果を説明していた。

今現在、この病室にいるのはベッドに半身を起こした状態の花梨、彼女の手を取り、心配そうな表情を浮かべたこれまた入院着を着たなのはと黒いワンピース姿のフェイト。少し離れた位置に腰を下ろしたリンディと診察結果の書かれた資料らしきものを読み上げているエイミィだ。クロノ君は医務室に絆創膏とシップ薬を貰いに向かっている最中なのでここにはいない。

「なぜ、病室の中でそんな怪我をすることになるのかね?」と女医さんからどこかジト目を向けられたクロノがしどろもどろに説明していることなぞ完全にスルーしている一児の母リンディさんマジパネェ。

それはともかく、なのはと花梨、普段なら『一般人』とカテゴライズされ、守るべき立場にあるはずの少女たちが襲撃されたという事実に、管理局員であるリンディとエイミィは怒りを堪えきる事ができず、その表情もどこか硬い。

 

「あの……リンディさん。私やなのはを襲った人たちって一体……?」

 

二人の雰囲気に感じるところがあったのか、花梨はおずおずと言った風に問いかける。

 

「そうね……もう無関係って訳には行きそうも無いものね……エイミィ?」

「あ、はい! えっと……これですね」

 

エイミィが目の前の空間に指を走らせなにやら操作すると、花梨の正面に空間モニターが映し出される。そこに映っているのはなのはたちへと襲い掛かった五人の襲撃者の映像。

ピンクのポニーテールが目を惹く、剣を振るう女剣士。

手足に手甲らしきものを装着した青い毛並みの狼。

淡い翠色のバリアジャケットを纏った金髪の女性。

脇に古い意匠を感じられる金色の十字架が描かれた本を持った真紅の少女。

そして――最初になのはへと襲い掛かった、栗色の髪と青いロングコートが映える黄金の剣を振るう少年剣士。

 

(あの髪の色、それにどこと無く顔のつくりが『あの子』に似てるわね……どうやらビンゴみたいね)

 

映し出された“同胞”らしき少年の映像を食い入るように見つめながら、花梨は内心で確信の声を上げる。

なのはたちに確認すると、ヴォルケンリッターたちから『コウタ』と呼ばれ、見慣れない魔法を使ったのだという。

何でも、「炎の矢!」の一言で魔法陣も発生させずに、とんでもない数の燃え盛る炎を放ったのだと言う。まず、間違いないだろう。

 

「あの……この子は? なんだか他の四人と違う毛色を感じるんですけど?」

「ああ、その子ね……う~~ん、ゴメン! まだ情報がまとまって無いの。他の四人については管理局のデータベースに情報が残されているから大体の情報は手に入れられるんだけど、その子については一切の情報が無いんだよ」

「でも、彼らに協力しているのはまず間違いないでしょうね。私たちの知らない魔法体系を扱う事もそうだけど、彼個人の目的も何もまだわからないわ」

 

リンディは歯切れ悪そうに呟く。

第一級のロストロギアである闇の書については、彼女も浅からぬ因縁がある。

当然、それに関する情報はかなりの量を把握しているがゆえに、アレに関わろうとする人間が危険な思想を持っている場合が多々あることもまた理解していた。なのはたちとそう変わらないあのような少年がその身のうちにかなりの悪意を抱えていると断言する程には、リンディは冷徹な人間ではなかった。

だが、だからこそ、目的がわからずに困惑してしまっているのだが。“闇の書 = 破壊をばら撒く危険な存在”という方程式が彼女の内で成り立っているために、純粋に闇の書の主を救うために蒐集活動を行っているという考えに至ることができないでいた。

 

「ねえ、花梨さん? それになのはさんも……」

 

俯き、言い辛そうに言葉に詰まりながらも、リンディは覚悟を決めた眼差しを二人の少女へと向ける。

 

「今回の件、おそらくは私たちアースラスタッフがロストロギア『闇の書』の捜索、及び、魔道師襲撃事件の操作を担当する事になります。ただ、肝心のアースラがここ本局でのメンテナンスのため暫らく使えない都合上、事件発生地の近隣に臨時作戦本部を置く事になります。そこであなたたちの故郷である地球の海鳴市に駐屯地を供えようと思うのだけれど……」

 

そこまで言って、リンディは一度言葉を止め、次いで覚悟を決めた目つきで管理局提督としての立場として提案を持ちかける。

 

「ヴォルケンリッターとその協力者の持つ戦力をかんがみるに、現状のアースラの戦力では心許無いの……こんな言い方卑怯だとはわかっているのだけどそれでも言わせて頂戴……高町 花梨さん、高町 なのはさん。今回の事件にあなたたちへの協力をお願いできませんでしょうか」

 

言うなり深々と頭を下げるリンディに慌てたのは花梨たちだ。もとより高町姉妹は自分から協力をお願いしようと思っていたところだったわけなのだから(花梨は“神造遊戯(ゲーム)”に関することで、なのはは闇の書の騎士たちが悪い人に見えなかったという理由で)、先手を取られて、わたわたしていた。

 

「か、顔を上げてください、リンディさん! 元々、私たちのほうから協力させてもらえるようにお願いするはずだったんですから! ねぇ、なのは!?」

「へぅあ!? ――って、う、うん! そうですよ! 私もお手伝いしたいです!」

「花梨さん……なのはさん……」

「うんうん!二人ともホントいい子だよねぇ~~……お姉さん、嬉しい!」

「誰がお姉さんだ全く……」

 

一歩離れた場所から事態の推移を見守っていたエイミィは、ドラマのワンシーンをみた視聴者宜しく、感動したかのように目じりをそっと拭う。そんなアースラの実質副長な友人に疲れたように突っ込みを入れるのは、ややシップ臭いクロノだった。

片手でコンコンとノックをしつつ、入室してきたクロノは、自分に視線が集まるのを待って、ここに来る前に確認してきた彼女らの愛機の情報を伝える。

 

「花梨、なのは、フェイト。キミたちのデバイスは現在デバイスルームで修理中なんだが、三機ともコアに深刻な破損は入っていないそうだ。これならそう掛からずに修復が出来るだろうとの事だ」

「「「本当!?」」」

 

思わず身を乗り出したせいで、ベッドの下に落ちそうになったおっちょこちょいな姉を、妹と友人が慌てて支える姿に苦笑を浮かべていたクロノだったが、すっ、と目を細めると疑念の色を映す瞳を花梨へと向けた。

「ただし、花梨……キミのデバイスについては少々問題がある」

「え? な、何……?」

 

先の喜びを浮かべていた表情が一転、困惑で瞳を揺らす花梨に、クロノは先ほどデバイスルームで聴かされたある情報について問いかけた。

 

「キミのデバイスのルミナスハートについてなんだけれど……肉眼での目視以外、あらゆる機器でデータが測定できない訳なんだが……それについて、いい加減に説明をくれないか? 技術部の人たちも困惑していたよ。修復速度を見ただけでもそうだ。レイジングハートたちも大概高性能だが、ルミナスハートははっきり言って“異常”そのものなのだそうだ」

「や、や~~ねぇクロノってば大げさな……ちょっと曰くつきなだけで、そこまで言うようなものじゃ――」

「外部からの強化パーツを追加で組み込んだわけでもないのに、自己進化で性能を異常なまでに強化させている規格外デバイスを“異常”と呼ばずして何と呼べばいいのか、ボクには皆目検討もつかないよ。どうして専用の追加部品も使わずに、自力でカートリッジシステム内蔵型機構へと強化できるんだ? 自己進化能力なんて馬鹿げているにもほどがあるぞ……」

 

儀式で圧縮した魔力を込めた特殊な弾丸をデバイスに組み込んだ機能をカートリッジシステムと呼ぶ。

これにより、デバイスや術者の肉体への負荷が増大する変わりに、瞬間的に爆発的な破壊力を発揮できるようになる。

ただし、先に述べたとおり反動や負荷が大きいため、通常はヴォルケンリッターたちのような近接戦闘に特化したベルカの騎士達が愛用する強固なアームドデバイスに組み込まれるのが定石である。

ミッド式のインテリジェントタイプのデバイスは繊細な調整がなされているがゆえに、カートリッジとの相性が良いとは決して言えない――最も、どこぞの不屈の魂や雷の斧はそのリスクを負っても主と共に勝利を目指さんとこのシステムを組み込むことを要求することになるワケだが――そんなシステムを自己進化で生み出し、あまつさえ術者への負担が殆どない仕様(困惑する研究員にルミナスハートが得意げに説明したらしい)なのだから、デバイス一筋ン十年な局員たちが挙って資料や工具を壁に向かって投げつけたのは仕方のないことだと言えよう。

一気に混沌と化したデバイスルームを逃げるように後にしたクロノの説明を聞かされた花梨は、先ほどとは違う意味で顔を青くしていた。

 

(あの子一体、何やってんのぉぉおおおおお!?)

 

親友の愉快型魔道書しかり、己の相棒しかり、神様印のデバイスには、その性能とAIの機能が反比例する理でもあるのだろうか?

先ほどとは違う意味で痛み出した額を押さえながら、なんとも言いたげなクロノの追及をどうやってかわすか、戦闘時並の集中力で考えを巡らせる。

 

打開策その一:正直に話してみる

「あの子は神さまから貰ったデバイスなの! チートな性能もそのせいなのよ!」

「……そう、なの。――……花梨さん?」

「はい?」

「身体を楽にしていいのよ? 横になってゆっくり休みなさい? 大丈夫、十分な睡眠をとって安静にしてたら、きっと頭の具合もよくなるからね?」

「いえ!? あの、その違うんですよ!? リンディさ……って、なんで皆そんな何とも言いたげな表情浮かべちゃってるの!? やめて!? 私、痛い子じゃないからぁあああ!?」

 

 結果 → 頭の痛い子認定される。

 

打開策その二:○ナン君的に対処してみる

「えぇ~~? そうなの? 私、子供だから良くわかんないわ~~」

『花梨(さん)(ちゃん)(お姉ちゃん)……気持ち悪い』

「気持ち悪い言うなや!? もうちっと、オブラートに包みなさいよ!?」

 

 結果 → おもっくそに引かれる。

 

打開策その三:誤魔化す

「へ、へぇ~~、そうなんだ~~……そんな機能が在るなんて私にも秘密にしてるなんて、ルミナスハートってば、おっちょこちょいさんよね~~」

『…………』

「ちょ!? 何よその目は!? ほ、本当に私も知らなかったんだって!?」

「……まあ、いい。君の秘密主義は今に始まったところじゃないからな……ただし! 時期が来れば、洗い浚い説明してもらうぞ? 君一人で何もかも背負い込まなくても良いんだからな?」

「クロノ……」

 

つっけんしながらも思いやりの込められた言葉を掛けられ、思わずホロリとしてしまう程には、高町花梨という少女はスレていなかったらしい。目じりに浮かぶ光る雫を拭いながら、フッ、と小さな笑みをクロノへと送る。

年下の少女が浮かべる、どこか大人びたその仕草に思わずドキッ、と跳ね上がった胸の鼓動を気付かれないようわざとらしく咳払いをつくクロノ。

背伸びをする少年の見得に気付いたリンディは、最近あまり見られなくなってきた息子の歳相応な反応に口元を緩めながら、今後のアースラスタッフの行動方針を頭の中で組み立てていくのだった。

 

この後、正式に第一級危険指定物『闇の書』の探索、及び、魔導師連続襲撃事件の捜査を命じられる事となった。

旗艦であるアースラは本局でのメンテ中につき動かせないため、花梨たちの回復を待ってからリンディを初めとするアースラスタッフは事件発生地域である海鳴市に臨時の作戦本部を設置する事となる。

 

 

人々が寝静まった深夜の住宅街。

その上空、星々の煌きが降り注ぐ雲一つない夜空を翔ける二つの影が存在した。

それは真紅の少女と青い男性。ヴォルケンリッターのヴィータとザフィーラであった。

彼らは何かに急かされているような焦りの表情を浮かべながら、深夜の都市部を翔けていた。

 

「やっべぇ……早く帰えらねぇと、夕飯に間に合わねぇ!」

「うむ……唯でさえ、蒐集をはじめてから主には心配をかけているのだ……これ以上、あの方を悲しませる訳にはいかんな」

「ああ! ――ところでよ、ザフィーラ? 今晩の夕飯て何だっけ?」

「ぬ? 今日は確かハンバー……」

「アイゼン! カートリッジロ――!!」

「いや、待て待て待て!? いきなり何をしようとしているのだ、お前は!?」

「ハァ!? そんなん、カートリッジでブーストすんに決まってんだろ!? はやてのギガうめぇハンバークが待ってんだぞ!?」

「アホかお前は!? そんな事のためにカートリッジを使うつもりか!? 無駄使い極まりないわ!! 毎晩、夜なべしてカートリッジに魔力を積めてくれているシャマルに悪いと思わんのか!?」

「うっせーー!! アタシん中じゃ『シャマル<<<越えられない壁<<<ハンバーク』なんだよ! 大体、シャマルが夜にカートリッジを作っているのだって、昼間に昼寝しすぎて夜眠れないから夜にやってるだけなんだぞ!? ……まあ、昼間に作ろうとしたとこをはやてに見つかって『何しとるん?』って聞かれた時、トチ狂って『ざ、ザフィーラ用の座薬を作ってるの! ホラ、ペット用のお薬とか用意しておいたほうが、何かと便利じゃない!?』ってな事があったから、はやてに見つかる訳にはいかないみたいなことも言ってたけどな」

「シャマルぅぅううううう!? ここ最近、何故か主から私に身体の調子は悪くないかと尋ねられていたのはそういう訳かぁぁああああ!!」

 

ザフィーラは知らないことだが、ザフィーラが慢性的な便秘なのだと勘違いしてしまったはやてによって、最近の夕飯にそれとなく胃腸の薬(ペット用)を混ぜられていたりするのだが、それを知るのははやてのみである。

 

「ほれ、んな事ど~でもいいから、とにかく急いで帰んぞ?」

「……俺にとっては途轍もなく重大な事なのだがな……。帰宅してから、急ぎ主に物申さなくては……」

 

なにやらブツブツ呟きだしてしまったザフィーラを急かしつつ、ヴィータは早く帰ろうと飛翔する速度を上げようとした瞬間、

 

――ヴォンッ!!

 

「なっ!?」

「っム!? これは……管理局か!!」

 

空を翔けていた二人の行く手を阻むように、その周りを囲う形で円状の隊列を組んだ管理局魔導師が転送されてきた。

彼らは各々のデバイスを構え、油断なくヴィータとザフィーラを見据える。そこから間を空けずに展開されるのは、騎士たちを封じ込めるために用意された、強固な封時結界だ。

突然の事態に最初は驚きこそしたものの、戦士としての経験から即座にその力量を見抜いたヴィータは、グラーフアイゼンを構えながら、不適に鼻を鳴らす。

 

「ハッ! ちっとは骨がありそうだけど、チャラいぜ、こいつら! 返り討ちにしてやるよ!!」

 

獲物が向こうからやってきただけだと判断し、意気込むヴィータが獰猛な笑みを浮かべるのを横目で確認しながら、ザフィーラは相手の動きに小さな違和感を感じていた。

 

――何故、投降を呼びかけない? それが連中のセオリーであったはず……。それにこの連中の動きはいったい……?

 

一歩前に踏み出したヴィータにあわせるように、魔導師たちもまた僅かに後方へと下がる。

一定の距離を保とうとしているその動きをみたザフィーラの脳内に、激しい警笛が鳴り響く。背筋を走る冷たい感覚に、反射的に上空を見上げたザフィーラの両目が驚愕で見開かれる。

 

「ッ!? ヴィータ! 上だ!!」

「んな!?」

 

ザフィーラの叫びが響き渡るのと、魔導師たちが一斉に離れるのは、ほぼ同時の事だった。

ザフィーラとヴィータの見上げる先、2人のいるところよりも更に上空に佇むのはクロノ・ハラオウン。

彼の周囲には青い魔力光を放つ無数の剣軍が宙を泳ぎ、主の命令を今か今かと待ち兼ねていた。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 

まるで指揮者のタクトのように、振り下ろされたデバイスの動きに従い、一〇〇はあろうかという無数の剣軍が騎士たちへと降り注ぐ。

直撃する刹那の瞬間、ヴィータを守るように前に出たザフィーラが障壁を展開したものの、圧倒的な物量差による剣舞の嵐は瞬く間に騎士たちの姿を粉塵の向こう側へと隠してしまう。

総ての剣を射出し終わったクロノは、肩で息をしながら油断なく構える。

 

「ハァ……ハァ……、少しは、通ったか?」

 

その呟きに応えるように、頬を撫でる夜風が煙を散らしていく。その先にいたのは、

 

「お、おい、ザフィーラ!?」

「問題ない……この程度で盾の守護獣たる我は……砕けぬ!!」

 

障壁を貫通してきた青い剣が右腕に突き刺さりながらも、仲間をその身で守りぬいた雄雄しき盾の守護獣の姿があった。

 

「さすがに……手強いな」

「いや、防御も、障壁の強度もギリギリだった。我らの注意を逸らす魔導師たちの動きと言い、お前たちの力量、決して軽んじてよいものではないらしい」

「お褒めいただいて光栄だよ……さて、と。僕たちから攻撃を仕掛けた以上、意味は無いだろうが念のために確認させてほしい――……投降するつもりは無いか? もし主の命令でやむなく襲撃事件を起こしているのだとしたら可能な限り便宜を図る所存なんだが?」

 

クロノ個人としては騎士たちや『闇の書』に思うところも、遺恨もある。だが今の自分はあくまで管理局員クロノ・ハラオウンとしてここにいる。私情を殺し、救える命を救ってみせてこそ、自分は父と肩を並べることが出来るのでは無いか? 彼らが耳を貸す可能性は限りなく低いが、それでも矛を交える確率を減らせるのであれば。そう考えた故の言葉であったのだが、やはりというか彼らにその言葉を受け入れることは出来なかった。

 

「申し訳ないが、その提案を受けることは出来ない。我らにも譲れぬものがあるのでな」

「命令なんてされてねーーよ! アタシらは自分の意思でやってんだ!」

 

静かに、けれども強固な意志を表すザフィーラと、主を侮辱されたと感じたヴィータが激高の叫びを上げる。

もとより、自分たちの行動が悪だということは十分承知しているものの、はやての命を救うためにはその悪の行動を続けなければならない。総てが終わった後には、相応の報いを受ける覚悟は出来ているが、少なくともそれは今ではない。

『闇の書』を完成させるまでは立ち止まることは出来ないと、覚悟を瞳に映し、己が拳とデバイスを構える騎士たちの姿に、やはりこうなったか……、と息を整えたクロノもまた、愛機たるS2Uを構える。

一触即発の空気が両雄の間に満ちる空気を張り詰める中、トン……、と小さな足音が響き渡った。

 

「っ!? あいつら!?」

 

音の主を認めたヴィータが声を荒げる先で、三人の魔法少女が戦場へと馳せ参じた。

己が半身たる愛機を携え、強い意思を胸に抱いた可憐な少女たち。

彼女らが愛機を天に掲げた瞬間、眩い光が夜空を染め上げる。

普段とは異なるその光景に、眼をパチクリさせていた少女たちだったが、生まれ変わった愛機の説明をオペレーターのエイミィから聞き、その名を呼ぶ。

新生した愛機に与えられた、新たなる名前を――!!

 

高町 なのはが――

「レイジングハート・エクセリオン!」

 

フェイト・テスタロッサが――

「バルディッシュ・アサルト!」

 

そして、高町 花梨が――

「ルミナスハート・アンブレイカル!」

 

各々の思いを胸に宿し、戦いのゴングを鳴らす!

「「「セットアップ!!!」」」

 

 

後の世でこう語り告げられている。

この夜に繰り広げられた一連の戦いこそが、“闇の書事件”の混迷を象徴する出来事であったのだと。

 

迫りくる混沌に彼女らが飲み込まれるまで、あと僅か――――

 

 

 

【中間報告】

“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:A’s

現在の転生者総数:八名

【現地状況】

“Ⅵ”:なのはたちと共にヴォルケンリッターと対峙

【追加報告】

複数のUnknownが戦場へと接近中。

 




クロノの降伏勧告は違和感があったかもしれませんね……。
でも魔導師襲撃事件で先に仕掛けてきたのはヴォルケン側。『撃ったら撃ち返される』の理論で、先の襲撃と今回クロノがおこなった奇襲とで手打ちにしようという考えがあったので、こういう形になりました。

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