魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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タイトル通り、ここから『A's』編となります。
ヴォルケンズには一部厳しい表現がありますが、最終的にはハッピーエンドを目指しているので、温かい眼で見守って頂ければ幸いです。


『A's』編
『A's』 プレリュード


「ほぉ? これはまた……」

「んにゃ?」

 

魔力の波動が身体を通り抜ける感覚に、顔の左半分を包帯で覆った青年……ダークネスと、白いワンピースに身を包んだアリシアは挙って宙を見上げた。

穏やかな青空が広がっていた草原は赤みを帯びた色に風景を染め上げ、先ほどまで感じられていた動物の気配が感じられなくなった。魔力を持つ者以外の存在を排除する広域封時結界に囚われた二人は、しかし慌てた様子も見せない。

ダークネスは座り込んだブルーシートの上で、魔法瓶に入れておいたお茶をコップ代わりの蓋に注ぎ、アリシアは胡坐をかいたダークネスの膝の上で、お茶を注がれ、手渡されたコップ(蓋)を傾ける。

 

「(ズズッ……)あ~、おいし~♪」

「どれどれ……(ズズッ……)っむ! これは確かに上手いな。流石はグルメ雑誌に取り上げられる程の名品だな。並んだ甲斐があったというものだ」

ちなみに二人が味わっているお茶は、最近二人が滞在しているこの世界で発売されたばかりの新作で、今日のピクニックのために朝一番に並んで手に入れたほどの代物である。

……この二人には、管理局に追われている自覚があるのだろうか?

 

「――ぉぃ」

「だよね~♪ ――って、あ! ケーキもあるんだっけ! ダークちゃん、早く、早く食べよ~よ!」

「やれやれ、もうすこし落ち着いて――」

「~~ッ! おい! 無視すんじゃねー! テメーラ!!」

 

アリシアに急かされたダークネスが、脇においていたケーキ(ちなみに中身は、苺をふんだんに取り入れたロールケーキである)を入れているバスケットへと手を伸ばした所で、頭上から苛立ちの混じった怒声が響いてきた。

 

「ん?」

「ふぇ?」

 

声に反応した二人が宙を見上げてみると、真紅の衣装に身を包んだ三つ編みの少女が片手に持ったハンマーをこちらへと突きつけながら、二人を見下ろしていた

敵意と怒りが混じった強い視線を向けてくる見なれぬ少女に、アリシアはコテン? と可愛らしく首をかしげ、ダークネスは「ああ、そう言えばもうそんな時期か……」と完全に忘れかけていた記憶を掘り起こしていく。

刹那の間に、ダークネスは己の記憶にあるとある人物の姿と、目の前の少女の特徴が一致することを確認すると、口を開く。

 

「鉄槌の騎士……。何かと思えば“闇の傀儡”の一つか」

「っ!? テメェ!? 何でアタシの事を知ってんだ!?」

「フン……壊れた玩具に興味は無い。とっとと失せるなら、見逃してやるが?」

 

感情の込められていない声で放つのは明らかな挑発の言葉。

「お前達の事を知っているぞ?」と思わせぶりな言葉を並べつつ、その包帯に包まれていない右目の視線は鋭く、鉄槌の騎士……ヴィータの反応を観察していた。

だがそれは、彼女を脅威と見なしたからくるものではない。路傍の石、足元を這いずる蟻を見下ろすかのようなものだ。

この世界における絶対者として在るダークネスにとって、彼女など取るに足らない存在でしかないのだから。

「テメェ……ッ!? (なんだコイツ――ヤバイッ!?)」

 

彼女――ヴィータは第一級のロストロギアである『闇の書』の騎士の一人であるプログラム生命体であった。

人でないが故に数百年にも及ぶ戦士としての記憶と戦いの経験を積み重ねており、その戦士としての勘が警告を上げていた。

 

――この化け物からすぐにニゲロ、と

 

寒さに震えるかのように、全身を悪寒が駆け巡る。それは騎士たる彼女が久しく感じていなかった感情……生物であるならば誰もが有している原初の感情の一つ、『恐怖』であった。

 

「冗談じゃ、ねえっ!!」

 

咆哮一閃。自身を鼓舞するかの様に大きく叫ぶ。

使命を、否、己自身の願いのために、あえてヴィ―タは己の戦士としての本能を封殺した。

彼女の脳裏に浮かぶのは一人の少女の姿。下半身が不自由のために車椅子での生活を余儀なくされながらも、気高く、優しい主。大好きな主は自分たちに心をくれた。暖かい生活を、騎士としてでもなく、プログラムとしてでもない、“人間”としての幸せを、あの小さな少女は与えてくれた。そんな彼女は今、自分たちのせいで死の淵へと手を掛けつつある。

だから願った。願ってしまったのだ。

生きて欲しいと。自分たちに与えてくれた幸福以上の幸せな未来を迎えて欲しいから。

主を救うためには、闇の書を完成させるしかない。その考えに至ったからこそ、自分たちは生物のリンカーコアから魔力を奪い取る“蒐集”という行為を行っているのだから。

そして今、自分が見下ろすこの二人は共にかなりの大物だった。

包帯を巻いた男のほうは、軽く見積もっても十頁くらいは行きそうだし、金髪の少女の方は更にその上をいく。

もしかしたら数十頁を埋めかねない程の魔力を内包している。時間が限られている自分たちにとって、見逃すにはあまりにも惜しい獲物だ。

 

「アタシはベルカの騎士だ……! ベルカの騎士に敗北も、逃げもねぇ!! アイゼンッ!!」

【Ja!】

 

ヴィータの想いに応えるように、彼女のデバイス【グラーフアイゼン】が薬莢を吐き出し、その形状を変える。

ハンマーの片側にドリルのようなスパイクが生まれ、反対側にはロケットのブースターのようなものへと変化する。

ブースターから炎が噴出し、ヴィータの小柄な身体がまるで独楽のように回転を繰り返し、その勢いを殺さずに標的……いまだビニールシートに座り込んでいるダークネスとアリシア目掛けて突貫する。

突進してくる少女の姿に「ふむ」と一声呟いたダークネスはアリシアを膝の上から下ろし背中に庇うと、左腕を構える。

 

「ぶち抜けぇええええええ!! ラケーテンハンマーーーー!!」

 

円運動から齎される必殺の一撃は、ダークネスの掲げた左腕に吸い込まれるように叩き込まれ――

 

「甘い」

 

スパイクを正面から握り込むように掴み取られる事となった。

 

「なっ!? なんだと!?」

 

ヴィータの表情が驚愕で染まる。だがそれも当然の事だろう。一体、誰が高速回転するスパイクを正面から手の平で受け止め、あまつさえスパイクの側面に指を突き立てて、その回転すら止められるなどと予想できたであろうか。

カートリッジから注ぎ込まれた魔力を総てのエネルギーへと変換し、この怪物を貫かんとグラーフアイゼンが唸りを上げるが、ダークネスの身体は微動だにせず、逆にダークネスの指がアイゼンにめり込むだけに終わってしまう。

 

「くっ!? アイゼン!? テメェ、離し――」

「逃がすと思うか?」

 

ボゴン! という音と共に、ダークネスの右腕がヴィータの鳩尾へと突き刺さる。

それはまさに、某ベビーフェイスなチャンピオンの得意技、かつての必殺技の一つであるガゼルパンチであった。バリアジャケットの防御など意味を成さないとばかりに、途方も無く重い一撃が少女の意識を刈り取らんと襲い掛かる。

ヴィータの小柄な身体が宙を舞い、草原の上を転がってゆく。

意識が朦朧する中でさえ、己がデバイスを取り落とさないのはさすがと言えるが、ヴィータのダメージは深刻だった。身体の芯を貫くような一撃は、並みの魔導師であればバリアジャケットごと身体を貫通されていてもおかしくないものだった。

明らかな“殺意”の込められた攻撃を、ヴィータは直撃の刹那に身体を僅かにズラして支点をずらしたのだ。それはほんの僅かなものであったが、その僅かな差がヴィータの命を救っていた。

 

「ぐっ、そ……!」

「ほぉ……よく耐えられたな? なら――次はどうかな?」

 

痛みに地に伏すヴィータをかすかな驚きの目で見下ろしていたダークネスは、かすり傷一つついていない左手の指先を、顔の左半分を覆う包帯へと掻ける。

そのままシュルシュル、と包帯を緩め、解かれた包帯がシートの上へと落ちてゆく。

程なくして総ての包帯を取り払った奥にあった目蓋の閉じられた左目をゆっくりと開いてゆく。

完全に開かれた目蓋の奥にあるのは、人間の瞳ではなく――闇色を映し出す漆黒の宝石。その無機質の輝きに射すくめられたように、ヴィータの背筋に冷たいものが奔る。

 

「お~……!!」

「な……なんだよ、ソレ……!?」

 

少女たちの漏らすそれぞれの驚きの声を聞き流しながら、ダークネスは意識を集中させるようにゆっくりと息を吐き出し、ある言葉を口にする。己が内に宿る真なるチカラを具象化するための”言霊を”――!

 

 

「――――『起源接続(アクセス)』――――!!」

 

 

その言葉は『鍵』。

ぬるま湯の様に心地良い平穏の日々から、死の蔓延る戦場へと意識を切り替える”言霊(トリガー)”。

その声が響くと同時に、ダークネスの周囲から金色に輝く漆黒の炎が噴出す。

黄金色と闇色が混ぜ合わさったような、けれども完全に交じり合っていない、奇妙極まりない炎の様な魔力に覆われたダークネスの身体が変貌を始める。

展開されたのは金のラインの入った重厚な鎧状のバリアジャケット。だがまるで、肉体そのものが変容を遂げているかのようにも見える。時の庭園に現れた頃は白だった装甲は、暗黒に染め上げられたかのような『闇色』。

そこからさらに全身の装甲が展開し、より巨大に、より禍々しく変貌を始める。両肩の装甲は咢を開く獣とも悪魔とも取れる禍々しきものへと姿を変え、両足先には猛禽類のような太く巨大な三本爪が備わり、その背には展開した背装甲が禍々しい翼と化し、腰部からは鋭利な刃物が連なったかのような尻尾が伸びる。

全身の至る所にジュエルシードを取り込んだ真紅の宝玉が怪しく光り、左目のみを覆うアイマスクも竜を連想させる先鋭的な形状へと変化していく。

そして炎のような魔力が火の子となって舞い散るように掻き消えると、そこには左目を怪しく輝かせる異形の怪物が佇んでいた。

この姿こそ、ダークネスの『神成るモノ』としての全力であるフルドライブ形態。

とある世界において”邪悪に染まりし竜神”と呼ばれる存在と似通った意匠を感じさせる、異形のバケモノがここに顕現した。

 

 

まるで身体の具合を確かめるように右手を握ったり開いたりしていたダークネスがゆっくりと視線をヴィータへと向ける。

ダメージと疲労と恐怖で四肢を震えさせながら、デバイスを杖代わりにして漸く立ち上がれているヴィータを見下ろしながら、ダークネスが動きを見せる。

ヴィータに向けて突き出された右手の平に黒金色の光が集まり、眩いスパークを奔らせる。

奈落の底を思わせる漆黒の魔力球から迸る黄金色の雷光が地面を焼き、青々しい草花を無残な塵芥と化していく。

 

「ア……」

 

その光景を前に、ヴィータはようやく己の認識の甘さを悟る。

戦場にいるというに余裕ある態度を崩さず、むしろふざけているかのような言動を繰り返すダークネス達の言動は、されど絶対的に正しいものだったのだということを。

なぜならば、彼らにとってヴィータ如きの存在など、何ら脅威を感じる必要などありはしないのだから……!!

 

突き出された腕を連環型魔法陣が包み込み、魔力素ではない未知なるチカラ……“魔法力(マナ)”が収束していく。

唯人には決して扱えず、感じられず、理解することもできない原初のチカラ――その一つが“魔法力(マナ)”。世界中どこにでも存在している意志の力、その集合体そのもの。

魔導師たちがごくごく当たり前のように感知し、使用している魔力素は、実は“魔法力(マナ)”のごく一部の欠片に過ぎない。

魔法力(マナ)”そのものを完全に制御するには、世界を満たす膨大な意志を制御する必要があるが、普通の人間にそんな真似ができようはずもなく、

魔法力(マナ)”を正しく制御できるのは人ならざる存在の因子を宿すモノ……即ち、“神成る者”に他ならない。

 

そして――人を超越せしモノが、人に生み出された程度の存在如きに敗北する理由など在りはしない!!

 

荒れ狂う魔力粒子(エーテル)が渦を巻き、一つの光へと練り上げられる。

彼の手に集う“魔法力(マナ)”は、まさしく世界すら飲み干すほどの暴力(チカラ)を秘めた、究極の剣だった。

ただ純粋に破壊のためだけに存在するエネルギーが収束され、それが臨界に達した瞬間、膨大と言う言葉すら話にならぬほどの光の奔流が解き放たれる!

 

「――――『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』――――ッ!!」

 

それは眩くも恐ろしい『光輝く闇』。

矛盾する概念を体現させた神なる蛇は、幼い少女の姿をした敵を屠るためだけにこの世界ごと破壊せんと突き進む。

 

 

――――『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』――――

 

それは余波だけで惑星を破壊するほどの威力を内包した究極の超破壊魔導砲。

魔法的な概念こそ込められていない純粋な破壊光線であるが故に、この無慈悲な砲撃の前にはいかなる対魔法障壁も無意味と化す。

その眩いまでの輝きは世界をまるごと灼熱の炎で焼き払い、どこまでも暗い闇が一切も残さずに飲み込み、消滅させる。

旧神話において総てを超えしモノたる全竜(リヴァイアサン)と同一であるともされる、世界を支えるほどの体躯を持つ大蛇の名を冠したこの砲撃は、いかなる世界の理も意に介さずに相手を飲み込み、ただ“零”へと成す。世界を支えるという事はすなわち、背負った世界そのものの世間与奪の権利を与えられていることと同義であるとも言えるだろう。

古の伝承に伝えられる究極なるチカラの前に、たかが魔道生命体如きが叶うはずも無く、もはや少女の眼前へと迫る死の閃光から逃れる術などありはしない――――!

 

 

視界を埋め尽くす黒と金に彩られた破壊光線がヴィータの小柄な身体を容赦なく飲み込まんと唸りを上げる。しかし――

 

「やらせん!!」

 

ヴィータは消滅する事は無く、絶対なる死を与えるはずの極光は彼女の主から与えられた騎士甲冑、その真紅のスカートの端を掠るのみに留まった。

ヴィータは己が窮地を救ってくれた、青い毛並みの狼の姿に驚愕を顕わにする。

 

「ザ、ザフィーラ!? なんでお前がここにいんだよ!?」

「なにやら胸騒ぎがしてな……。ふっ、我の直感も捨てたものでは無いらしい」

「何かっこつけ――ッ!? おい、ザフィーラ!? お前、その足……!?」

「気にするな。掠った程度だ」

 

鋭い牙の立ち並ぶ口元を歪ませながら放たれたザフィーラの言葉を、ヴィータには真に受けることが出来るはずもなかった。

なぜなら――ザフィーラの左後ろ足は膝上までしか存在していなかったからだ。

そう、確かに『総てを飲み干す世界蛇の凶牙(ヨルムンガルド)』は彼の足に僅かに掠った程度だった。だがしかし、彼らの不幸は、その内包された破壊力が常軌を逸脱していた事だろう。

爪先を掠っただけの筈の破壊の奔流は、その余波だけで盾の守護獣と呼ばれたザフィーラの片足を消し飛ばす程の威力が込められていたのだ。

彼の足から出血こそしていないものの、それは単に傷口があまりの熱量で炭化ししてしまっているに過ぎない。

 

「かなりの大物ということはわかっていた事だが……まさかここまでの怪物であったとはな……。これほどまでに禍々しい匂いを嗅いだのは初めてかもしれん」

「あー、そうだな……シグナムなら喜ぶんじゃねーの?」

 

お互いに軽口を叩きあいながらも、ヴィータとザフィーラの全身から脂汗がとめどなく流れ落ち、焼き付けるような激痛が二人を容赦なく襲う。

 

(ヴィータ、ここは撤退するぞ……この相手には我ら全員で掛からねば対処できそうも無いだろう)

(ンな事はわーってるよ……けどよ、奴さんやる気満々だぜ? どうやって逃げんだよ?)

 

細められた二人の視線の先には、金髪の少女――アリシアを左肩に乗せたダークネスがゆっくりと彼らのほうへと歩いてきている。

全身から火の粉のような魔力を放出させながら、右手を振り上げる姿にヴィータとザフィーラの脳内に最大級の警鐘が鳴り響く。

 

「クライシス・エッジッ!」

 

振り下ろされた手刀から放出された三日月状の斬撃が、大地を切り裂きながら二人に襲い掛かる。

ザフィーラはいまだ動くことの出来ないヴィータを庇うように彼女の小柄な身体の前に出ると、残された三肢で大地を踏みしめ、全魔力を注ぎ込んだ最硬の障壁を作り出す。

そして――衝突。

漆黒の斬撃が青いシールドとぶつかり合い、火花が飛び散る。

ガリガリ……! と硬い金属にチェーンソウを叩きつけたような甲高い音が鳴り響き、驚いたアリシアが咄嗟に両手で耳を塞ぐ。

程なくして斬撃は火の粉が舞い散るように、その形を崩壊させてゆき、魔力の粒子へと戻っていく。

後に残されたのは、深い皹が入ってこそいるものの、いまだ立てとしての役割を残すシールドのみ。

まさに盾の守護獣の面目尺所と言わんばかりの結果に、疲労で息を荒げるザフィーラへとヴィータが声をかけようとした瞬間、展開されたままの障壁の向こうで黄金の光が煌き――

 

「誰が、一発だけだと言った?」

 

漆黒の斬撃に遜色無い魔力の込められた黄金の斬撃が迫り来る。

 

「ぐっ!? ……ぬぉおおおおおおお!!」

 

咆哮を上げ、皹の入った障壁に魔力を注ぎ込むものの、先ほどの一撃を防げたのがやっとという状態であったザフィーラに、更なる一撃を防ぐ手立ては残されていなかった。

 

バキィイインッ……!!

 

ガラスの割れたような甲高い音が鳴り響くと同時に、

 

「ぐううっ……ぐぅおおおおおおお!!」

 

ザフィーラの悲鳴が木霊した。

 

「ザフィーラ!?」

 

ヴィータの悲鳴が虚しく響く中、その身に深々と食い込んだ黄金の斬撃によって全身を切り裂かれたザフィーラは、噴水のように鮮血を撒き散らしながら地に倒れ伏した。

それでも後ろにいる仲間には攻撃の余波すら通さなかったのは、彼の守護獣としての矜持か。

 

「てっ、てめぇぇえええええええ!?」

 

真紅に染め上げられてゆく仲間の青い毛並みを呆然と見下ろしていたヴィータの理性が弾けとび、反射的に飛び出そうとした刹那、彼女の前に降り立つ二つの影の存在があった。

その後姿に、ヴィータの良く知る仲間の背中に、ヴィータは思わず飛び出しそうになった身体を止めてしまう。

 

「シグナム!? シャマル!?」

「二人とも、だいじ……――ザフィーラ!?」

「クッ……! おのれ……!」

 

突如、この場に転移して現れた二人の騎士。“烈火の将“シグナムと“湖の騎士”シャマルであった。

ヴィータたちの帰りがあまりに遅すぎたために、駆けつけてきた二人の内、シャマルは慌てて危険な状態のザフィーラへと駆け寄り、シグナムは愛剣たるデバイス【レヴァンティン】を構えながら、鋭い目で仲間をここまでの瀕死に追いやった敵の姿を睨みつける。

 

一方のダークネスはと言うと、勢ぞろいした“ヴォルケンリッター”の姿と数に違和感を感じつつ眉を顰めていた。

 

(妙だな……こいつらだけか? てっきり“参加者”の一人でも同行しているものと思っていたんだが……。あるいは、まだ守られている立場に甘んじているのか?)

 

”原作”を知るものであるなら、間違いなく一人は『八神はやて』に接触するだろうと考えていたダークネスは、仲間の危機にも駆けつけてくる様子の無い“参加者”たちに拍子抜けしたように嘆息する。

あわよくば、この場で矛を交えるのも一興か、と思ったのでわざわざ“鉄槌の騎士”と“盾の守護獣”と遊んでいたと言うのに、いまだ駆けつける様子の無いところを見ると、己の推測も凡そ外れていないらしい。

いっそのこと、アリシアの訓練も兼ねて彼女に戦わせてみても良かったか? と思わないでもないが、今更言ったところでどうにもならない。ならば、精々こちらに有意義に事態が動くように、種を蒔いておくのも一興だろう。

 

「ねぇねぇ、ダークちゃん? この人たちって、誰なのかな?」

 

ただ一人、事態が理解できていないアリシアがちょこん、と首をかしげて問いかけてきた。

彼女からすれば、のんびりピクニックしていたのに、何故かとんとん拍子でバトルが始まったので(しかも、アリシアの事は半ば放置の形で) 、いい加減に説明して欲しいのだろう。

こちらを睨んでくるポニーテールの巨乳さん(シグナム) や、血塗れのおっきなワンこ(ザフィーラ) に必死に呼びかけるハンマーっこ(ヴィータ) と、何と無くうっかりそうなお姉さん(シャマル) たちは明らかに「お友達になりましょう」的な人では無いということくらいは判っているらしく、左手を右手首に装着された腕輪にそっと手を当てている。

色とりどりの宝石のような石を組み合わせて作られたようなこの腕輪こそ、アリシアのデバイス【天雷の箒 ヴィントブルーム】の待機状態である。

一見するとのんきそうな少女のようでありながら警戒を怠らないその判断に、ダークネスは満足気な表情を浮かべる。

己と共にある以上、闘争の運命から逃れることは出来ないのだから。とっさにどんな反応も取れるよう教えた甲斐があったというものだ。

 

「良いか、アリシア? こいつらの名はヴォルケンリッターと言ってな。闇の書とか言う中古品の付属品みたいなモンだ。お前も見たと思うが、己の欲望を満たすためだけに他人に襲い掛かる不届き者だ。つまりは――俺たちの敵だな。OK?」

「いえぇ~す♪ えっとお、要するに……悪いヒトなんだね!? あ、でも、中古品て、どういう意味~?」

「フム? それは――(まあ、言っても良いか?)……実はな――」

 

――ミツケタ

 

ゾクッ!!

 

「「「!?」」」

「ん? (こいつは……?)」

「ふえ!? な、何々!?」

 

突如周囲に撒き散らされた濃密な殺気に気絶したザフィーラを除くヴォルケンリッターは僅かに怯み、警戒の態勢をとり、ダークネスは殺気をサラリと流して殺気の放たれているであろう方向へと目を向け、アリシアは純粋に驚きキョロキョロ辺りを見渡す。

そして一同の視線がただ一点、結界に侵入してきた侵入者へと集められた。

そこに居たのは十代前半とおぼしき、一人の少年。喪服のように黒い軽鎧に身を包み、背中には西洋の両刃剣が背負われている。俯きがちのために前髪で隠れたその奥から、爛々と輝く真紅の瞳。

そこに映る憎悪と殺意に、少年に真っ直ぐ直視されるヴォルケンリッターの面々が、気圧されたように身を下げる。

その様子を、戦意を霧散させたダークネスは面白そうに腕組をしつつ事態の推移を見物していた。

アリシアも空気を呼んで、大人しくしている(と言っても、実は念話でダークネスと会話していたのだが)。

 

 

「――見つけた。ああ、やっとだ。やっと……」

 

やらゆらと幽鬼のような危なげな足取りで近づいてくる少年に愛剣を突きつけながら、警戒を顕わにしたシグナムが問いを投げる。

 

「貴君、いったい何者だ? 何の目的があって此処に居る?」

「見つけた見つけた見つけた……クッ、クククク……」

 

まるで壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返す少年にシグナムの言葉が届いた様子は無い。

シグナムは再度、語尾を強めて叫ぶように問いかけた。

 

「もう一度だけ訊く……お前は何者だ? その殺気……返答なき場合、我らに敵意あるものと判断させてもらうが?」

 

剣呑さを滲ませたシグナムの声がようやく届いたのか、少年は足を止め、顔を上げる。

少年とシグナムの視線が交差した瞬間、彼女の瞳に奇妙なものが映りこんだ。

 

三日月のような孤月を描く、歪みきった少年の口元を。

そして、見開かれた真紅の瞳が憎悪と、殺意と、歓喜で染まりあがってゆくのを。

 

「あは――」

 

歪んだ口から漏れた笑い声が、

 

「あははははハハハはハはははハはははは!!!」

 

爆発したように溢れ出した哄笑が結界内に響き渡った。

 

「――ッ!?」

 

感極まったように、狂ったように笑い出した口元以外を一切動かさずに嗤い続ける少年に各々が驚愕の表情を浮かべる。

程なくして、散々笑って気が済んだのか、少年は先ほどまでの無表情が嘘のように感情を顕わにしていた。

殺意、怒り、憎しみ。憎悪とカテゴライズされる、およそあらゆる感情を浮かべて。

尋常ではない様子の相手に、シグナムのデバイスを握る手に汗が滲む。

 

「見つけた見つけたミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタぁぁあああああああっ!! 会いたかったぜぇぇえええええええ!! ヴォルケンリッタぁあああああああああ!!!」

 

殺意の咆哮を上げながら、背負った剣で抜刀の要領で袈裟切りに振り下ろされた一撃を、シグナムは反射的に己がデバイスで受け止める。しかし、そこに込められた凄まじく重いプレッシャーに、受け止めた体勢のシグナムの足元が陥没する。

 

「グゥッ!! な、なんという重い一撃だ……!」

 

鍔競り合いになり、至近距離でにらみ合う体勢になった両者は、各々の心情を己が瞳に写して相手を睨みつける。

シグナムは、何故これほどまでに殺意を向けられるのかわからない故の『困惑』を。

少年は、“仇“の一人の反応から、己の大切なものを奪った事を忘れていることに気付いた故の『激怒』を。

両者は弾かれる様に離れて間合いを取ると、再び少年が間髪入れずに飛び掛っていく。大振りに振りかぶられた剣型デバイスが魔力を放出する。

少年の怒りを映し出したかのようなどす黒い魔力光が剣の表面を包み込み、五メートルはあろうかと言う巨大な大剣へと姿を変える。巨大化した愛機を、重さをまるで感じないように軽々と振り回した少年が大地を踏み鳴らしながら、突進する。

狙うのは――倒れ伏したまま、身動きの取れないザフィーラ!

 

「ッ!? いかん! シャマル! ヴィータ!」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇエエええエエえエ!!」

【Earth Saber】

 

弾き飛ばされたシグナムの位置からでは、距離が有るために間に合わない!

シャマルはザフィーラへと施していた回復魔法を維持できず、恐怖で身を竦めてしまう。

サポート役である彼女の障壁では、この狂気に染まった少年を防ぐことが出来ないと直感で察してしまったのだ。

震える彼女の眼前に、憎悪の炎の宿りし一撃が振り下ろされる。だが、その一撃がシャマルの身に届くことは無かった。

 

「ぐっ、ああああっ!! 踏ん張れ、アイゼン!!」

「やらせは……せんっ!!」

「ヴィータちゃん!? ザフィーラ!?」

 

いつの間に意識を取り戻したのか、ザフィーラとヴィータは二人掛りで防御障壁を展開、攻撃を受け止めていた。

激しくひび割れ、今にも砕かれそうな障壁の破片がぱらぱらと宙に舞いながら、それでも懸命に障壁を維持して、殺傷設定の攻撃を受け止め続ける。

 

「――ナンデ、イキてるンダよ……? 死ね死ねシネシネシネシネぇええええああああああ!!」

 

咆哮を上げながら押し込まれた刀身が、二人掛りで生み出した障壁へと食い込み、今まさに切り裂かんとした瞬間、少年の死角から烈火の一撃が叩き込まれる。

 

「紫電一閃!!」

「カハッ!?」

 

目の前の敵に気劣られすぎたせいで、完全に意識の外へと追いやってしまっていたシグナムの攻撃を防ぐ手立てなどあるわけも無く、少年は地面をバウンドしながら吹き飛んでゆく。

この期を逃すまいと、吹き飛んだ少年と、当初の狙いだった筈の二人組み双方を警戒しながら、仲間へ撤退を命じる。

 

「ここは退くぞ! これ以上の戦闘は危険すぎる!」

「りょ、了解!!」

 

自分たちの将の声に背を押されたように、慌ててシャマルが転移魔法の魔法陣を展開する。

四人全員を同時に転送するために若干のタイムロスがあるものの、現在展開されている封時結界はもとより彼女らの仕掛けたもの。自分たちは簡単にすり抜けられる上に、この明らかに普通じゃない怪物たちの足止めにもなるだろう。その僅かな隙に自分たちは安全圏へと離脱できる。

そう判断したシグナムたちの耳に、事態を傍観していたダークネスからある言葉が投げかけられた。

 

「貴様らを如何こうするつもりは無かったんだがな……。俺とこの娘(アリシア)を狙ったんだ。唯で済むと思うなよ? ……精々、地球にいるあの小娘の下で縮こまって震えているがいい」

『!!?』

 

“地球”それに“小娘”

 

普通ならば、それは何の意味も無さない筈の単語であった筈である。

しかしヴォルケンリッターにとっては、決して聞き逃すことの出来ない言葉だった。

驚愕を隠すことも出来ず、問い返そうとした彼らだったが、すでに展開していた転送魔法の光の中へと消えていく。

程なくして、ガラスの割れるような音と共に結界が砕け散る。見れば、先ほどシグナムに吹き飛ばされた少年が逆手に持った大剣を振りぬいた体勢をとっていた。

戦いの傷跡が消失し、後に残されたのは穏やかなどこまでも広がる草原とその一角に広げられたままの青いビニールシートとサンドイッチ入りのバスケットに水筒。

そして、

 

「逃げられた……? ――ッ!!! ユルサネェユルサネェユルサネェ……!! 絶対にニガサねぇぞ、ヴォルケンリッタァァアアアア!!!」

「そうか。なら、会わせてやろうか?」

 

喉が張り裂けるほどの絶叫を上げ、八つ当たりでデバイスと思われる大剣を振り回しながら美しい草原を荒らしまわってゆく狂った少年にダークネスが声をかける。

その言葉に、叫ぶのをピタリと止めた少年は、ギュルリ! と身体を捻じ切るような歪な動きでダークネスへと向き直る。

 

「――ホン当カ?」

「ああ、もちろんだとも。ただし……一つだけ、条件があるがな……?」

「うっわ~……ダークちゃん、わっるい顔してるんだよ~~」

 

焦点も不確かな、けれど見るものの心まで狂ってしまいそうな程の憎悪をまるで火山帯の間欠泉の如く沸きあがらせている少年に、ダークネスは笑みすら浮かべながら歩み寄る。

無防備に近づく様子から、まるで目の前の狂人が自分に敵対することなどありえないと悟りきっているかのようであった。

 

後にアリシアは語る。

この時ダークネスが浮かべていた表情は、間違いなくラスボスとか魔王様的なシロモノであった、と。

 

そして、こうも語っていた。

そんな悪っぽいダークちゃんも結構良いんだよ~♪、と。

 

 

とある管理外世界で繰り広げられた、魔神と魔女の狂った勇者と夜天の騎士たちとの出会い。

この邂逅こそが《神造遊戯事件》の第二幕、“闇の書事件”の開始となった事を、まだこの時は誰一人理解していなかったのだった。

 

 

 

 

【中間報告】

神造遊戯(ゲーム)”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:A’s開始直前

現在の転生者総数:八名

【現地状況】

“Ⅰ”:ヴォルケンリッター、及び『謎の少年』と接触。アリシアと少年と共に、戦いの舞台である地球へと移動中

“Ⅱ”:ミッドチルダにある隠れ家にて、のんびりとおやつタイム中。いろいろ魔改造したガジェットを海鳴へ放とうかと思案中

“Ⅲ”:“Ⅶ”の屋敷地下の拷問部屋にて紳士諸君による制裁中

“Ⅵ”:なのは、ユーノと共に魔法を、母である桃子からお菓子作りをそれぞれ修行中。

“Ⅶ”:『メフィスト』の散布を完了。引き続き、動作チェック中。

“Ⅷ”:――――(正体不明)

 

『A’s』より参入予定の“参加者”:“Ⅸ”、“Ⅹ”

 

『A’s』開始まで、残り一ヶ月と六日

 


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