魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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ヒモ小動物&お嬢さまコンビの日常話です。
この二人に視点を当てると、どうしてもギャグ方向に話が……解せぬ。



”紳士”という称号の意味とは?

「ふぅ……まあ、こんなところでしょうか」

 

地元では月村やバニングスに次ぐ有力者である如月家の屋敷。

海の見える小高い丘の上に構えられた洋風な屋敷の一室で、手に持った書物を閉じながら如月葉月はそう漏らしていた。

ソファーに腰を沈める彼女の周囲には、無数のディスプレイが中空に浮かびあがっており、それぞれが異なる海鳴市の映像をリアルタイムで映し出している。監視カメラよりも鮮明な画質の映像を映し出す数十にも上るディスプレイ。

これこそが、葉月が独自に考案、開発した自動探知魔法『メフィスト』である。

マーキングを打ち込み、そこを中心に一定範囲をサーチするという以前のものとは異なり、この『メフィスト』は放ったマーキングを自動稼動型に変更、さらに周囲の魔力素を取り込み、街中をオートで探索する自立性を持たせたものだ。おまけに、認識阻害や気配隠蔽能力も有しており、一度放てば後は勝手に映像を送信してくれる優れものだ。

スフィア一つ一つは消費魔力が非常に低燃費であるため、大気中の魔力素の薄い地球でも問題なく稼動できる。

難点を挙げるとするならば、散布したスフィアは予め決めておいた移動ルートをなぞる様にしか動けないくらいだが、そのあたりは『戦いは数だよ! 兄貴!』と某中将のお言葉通りに数でカバーしている。

もはや海鳴市全域は完全に葉月の感知領域に覆われており、外部からの侵入者はもとより、内部に存在する不審な存在も完全にサーチできるはずだが、葉月の表情は硬い。

 

「――やはり反応は無し、ですか。おかしいですね……なぜ八神家内部をトレース出来ないのでしょうか……?」

 

葉月が厳しい視線を向けるディスプレイの一つ、そこに映し出されているのはどこにでもあるようなごくごく平凡な一軒家。――ただし、表札にはこう記されていた……『八神』と。

 

A’s編のキーパーソンであるロストロギア“闇の書”の主である少女『八神はやて』。

“闇の書”の騎士である四人のプログラム『ヴォルケンリッター』。そしておそらく、はやての肉親として存在しているであろう、まだ見ぬ『転生者』。

高町花梨という前例がある以上、主要人物の身内に転生者が生まれている可能性は非常に高い。いや、むしろ葉月は間違いなくいるだろうと半ば確信していた。その理由こそが、八神家周囲を『メフィスト』で探らせたにもかかわらず、一切の情報が得られていないからである。

ヴォルケンリッターの一人、湖の騎士ならば探知阻害の結界を展開できる可能性は考えられる。しかし『メフィスト』で探らせた結果、しばらく前に結界が展開されて八神家を覆ったのは確かに確認している。しかし、結界の発生する前、即ち“ヴォルケンリッターが出現するはやての誕生日前から、すでに探知魔法が何らかの方法で無効化されていた”のだ。『メフィスト』は無印開始前から散布し始めており、高町家や月村邸、八神家などの物語の重要拠点を優先的に調査、監視するようにしてきた。だからこそ、八神家には転生者が存在し、その人物が葉月の調査を妨害しているとしか考えられないのだ。

 

「八神はやての近くに転生者が存在することは疑いようが無いでしょう。しかし……問題はその人物の狙いがなんなのかという事ですわね。私たちと協力関係が結べる話のわかる相手なのか……それとも、“Ⅳ”のような人種なのか……。もしそうなるならば、狙いははやて自身ということに……いえ、ヴォルケンリッターという可能性も――」

「今帰ったぜ~。いや~、ひっさしぶりにいい汗掻いた~」

 

白魚の如き穢れの無い指先を顎にあて、姿の見えない新たな転生者について考えを纏めてゆく葉月の後ろから、何も考えていないようにしか感じられない、ノーテンキな少年の声が聞こえてきた。

思考を乱された葉月は、いかにも不機嫌そうに鼻を鳴らすと、腰を沈めるソファーから首だけ後ろに回して、お気楽そうな友人に声をかけた。

 

「ハァ~……アルクさん? あまり人間の姿で屋敷の中をうろつかないでいただけませんか? もし誰かに姿を見られたらいかがなされるおつもりですか?」

「へ? あ~、んなのだいじょ~ぶだって! オマエんちで暮らして長いけど、お手伝いさんとか、人はあんまいないだろ?」

「だからと言って、全く居無いと言うわけでは……それになんですかその格好は! レディの部屋に上半身裸で侵入するとは何事です! 恥を知りなさい!!」

「うを!? そんな台詞をナマで聞く日がこようとはな……ちょっと感動」

「ア・レ・ク・サ・ン……!?」

「おーけーだ、落ち着こう、うん。そんなにカッカしてたら血管切れちまうぞ? ほら、その握り締めた拳を解いて、解いて」

「いったい誰のせいだと……! ハァ……もう良いですわ」

 

部屋に備えつけられた冷蔵庫から勝手にスポーツドリンクを取り出してラッパ飲みしているアレクに怒る気も失せたのか、葉月は再びモニターへと視線を戻す。

 

「おっ? それって新しく仕掛けた盗撮カメラの映像だよな?」

「せめて探査魔法って言ってくれません!? 人聞きの悪い!!」

「いやだって『(ガチャリ) お嬢様、失礼いたしま――』 へ?」

「え? へ? あ、あるべると……!?」

 

ノックも無しに入室してきたのは老年のジェントルマンとしか表現の仕様が無い男性だった。

白髪をオールバックに纏め、口髭は天を貫くように吊り上っている。

その身を包む紳士服ははち切れんばかりに盛り上がり、その内に強靭な筋肉が宿っている事が感じ取れる。

彼の名は『アルベルト・ヒュースタング』。如月家現党首である葉月の父親の教育係を勤め、現在は葉月のボディーガード、兼、執事としての役を受け持つ、“如月家最強の紳士”である。

そんな紳士の歴戦の勇士もかくやという鋭い瞳は驚愕で見開かれ、真っ直ぐ葉月とアレクを……正確には大切なお嬢様(はつき)の部屋に押し入った挙句、なれなれしくお嬢様(はつき)の肩に手を置いた、上半身裸の変態を睨みつけていた。

もう、質量でも持っているんじゃね? と思わずにはいられない程に痛い視線に射すくめられ、アレクの全身から、ぶわっ! と冷や汗が溢れ出す。逸れはまさに、メントスを放り込んだコーラという名の炭酸飲料の如し。

つい先ほどまで、トレーニングをして流した気持ちの良い汗とは正反対のそれを流しながら、アルクはなんとかこの状況を打開せんと、あまり宜しくない脳みそをフル稼働させる。

 

「お嬢様……その男は一体、何者なのでしょうか?」

 

地の底から響き、這いずり出てくるかのような重低音の声色。思わず「ヒッ!?」と小さく叫びを上げたアルクを決して臆病と呼んではいけない。なぜなら目の前の紳士から沸きあがる闘気が六つの腕を持つ真紅の鬼のように見えているのだから。

気絶しないだけでも、賞賛の拍手を送りたいほどである。

 

「お、落ち着いてくださいな、爺。この方は、その……(友達? でも爺たちに気付かれないようにどうやって部屋まで上げたのかを聞かれたら答えられる訳ありませんし……困りましたわね)」

 

悩むように言いよどむ葉月の姿に合点が言ったとばかりに、アルベルトは闘気を静めながらにっこりと笑みを浮かべる。

 

「……なるほど。この爺めにも軽々しく口に出来ぬ理由がおありと言う訳ですね?」

「あっ! う、うん! そうなのよ! ごめんなさいね?」

「いいえ、とんでもございませんよ、お嬢様。お嬢様もお年頃のレディであらせられますならば……乙女の秘密を暴くような無粋な真似は、このアルベルト・ヒュースタング、【世界紳士連盟】会員No.三十九を冠する者として決して致しませぬ」

 

「「(いや、【世界紳士連盟】ってナンデスカーーーー!!? 貴方、普段は一体何やってんのーーーー!!?)」」

 

右手を左胸に当て、片膝をつく従者の鏡たるアルベルトの姿に内心のツッコミを吐き出すのを必死で堪える葉月とアルク。

よくわからないが、なんか納得しかけているみたいだし余計な荒波は立てないほうが良いと思ったらしい。

そんな二人を余所に、顔を上げてにっこりと好々爺じみた笑みを葉月に贈ると、アルベルトはすっくと立ち上がり、

 

「では、この男の身体に聞くと致しましょうか」

 

アルベルトがそう言ってヒョイ、と片手を上げると、そこにはあら不思議、いつの間にか首根っこを掴み上げられたアルクの姿が。

 

「え? へ? うぇええええ!? いっ、いつの間に!?」

「紳士の嗜みです。では……」

 

爽やかに笑いながら踵を返すアルベルトに、慌てて葉月が制止の声を上げる。

 

「ちょ!? 待って、爺!? アルクさんに何する気ですかっ!?」

「ホゥ? アルクと言うのですね? この小僧は……まあソレはさて置き、何と言われればお嬢様との関係などを聞き出そうと言うだけですよ。ご心配なく」

「いやいやいや!? 心配も何も、もう既に落ちてますからね!? 直接、首を絞められて、気絶されてますからね!? 糸の切れたマリオネット宜しく、手足がプランプランいってますからね!?」

「ホッホッホッ……ご心配は無用でございますよ? わたくしめは執事であり紳士でもありますゆえ……蘇生技術も習得しておりますれば。ではこれにて失礼……」

 

「あ、ちょ――」

 

パタン!

 

伸ばした手が力なく垂れ下がる。哀れ、ネックブリーカーで落とされたアルクはアルベルトと共に部屋の外へと消えていった。

 

『お疲れ様です。アルベルトさん――おや? その少年は……?』

『ああ、高坂君ですか。丁度良いところに。急ぎ屋敷の執事に収集をかけて頂けますかな?』

『はい? そりゃまた、どうし――』

『この半裸の変態小僧がお嬢様の部屋に押し入り、お嬢様が口にされた(かも知れない) ドリンクに口を付け、あまつさえお嬢様の若枝の如きしなやかな御肩に手を掛けていたのですよ』

『屋敷内にいる野朗共、全員集合ーー!! 葉月お嬢様に淫行を働こうとした愚か者に天誅を掛けんぞグォラァアアアアア!!』

『『『『『な、なんだってーー!!?』』』』』』

『チクショウ! 俺たちのお嬢様になんて真似を!! どこの組の者じゃゴラァアアアア!!』

『おい! 石畳だ! 石畳を持ってこい!!』

『こんなこともあろうかと、用意しておいたぜ!!』

『よし! それから自白材もありったけ持ってこい! 洗い浚い吐かせてやる!!』

『任せろ!!』

『お待ちなさい!! 貴方たちはお嬢様のお住まいになるこの屋敷内を血で染めるつもりですか!?』

『『『『『あ、アルベルトさん!? しかしっ!!?』』』』』』

『全く貴方たちは……こんな事もあろうかと作られていた地下拷問場の存在を忘れていたのですか?』

『『『『『おおっ!! 確かに!! 流石はアルベルトさん!!』』』』』』

『さあ皆さん! 共に行きましょうか!!』

『『『『『Yes sir!!!』』』』』』

 

「あ、ああああ……すみません、アルクさん……」

 

手と膝をついてがっくりとうな垂れる葉月の耳に次々と届く使用人(“漢”限定。“男”ではなく、『かん』と書いて“オトコ“と読む方) の野太い声、声、声。

なんで家に拷問場があるんだよ!? とか、防音対策されているこの部屋の壁越しになんで叫び声が聞こえてくるの!? とか、いろいろと声を張り上げたい衝動を何とか抑えつつ、葉月はこの屋敷で働くやたらと武闘派な執事たちに連れ去られたアルクの身を案じ事しか出来ないのであった。

 

 

ちなみに……後日、ギリギリのところでオコジョ化して逃げ出してきたアルクの脳裏には、しっかりと「紳士怖い」という言葉が刷り込まれてしまっていたのだった。

 


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