魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』   作:カゲロー

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『無印』編 決着!

2012.11.24 誤字修正


雷纏う親娘の別れ、魔人との邂逅

――時の庭園 最上階 王座の間――

 

暴走する九個のジュエルシード。空間がきしみを上げ、虚数空間への亀裂を生み出す蒼い輝きに照らされた部屋の中にて、プレシア・テスタロッサは殺意に満ちた視線を虚空に投げかけていた。

彼女の視線の先には、宙に展開されたディスプレイに映るリンディ・ハラオウンの姿。

妖精を想わせる薄い緑色の羽を生やした管理局の提督は、凛とした態度を持って、紫電の大魔女に通人越しに相対していた。

 

『ここまでです、プレシア・テスタロッサ。次元震は私が抑えて、もう間も無くして武装隊が動力炉を停止させます。これ以上の抵抗は無意味です。降伏を』

 

通信越しに告げられたリンディの降伏勧告。それはプレシアの悲願、失われた都市“アルハザード”へと赴く道が閉ざされたことを意味していた。

歯を剥き出しにするほどに噛み締めた唇からは赤い雫が流れ落ち、デバイスを握る指先はワナワナと怒りで震えていた。

もう少しだった。理論は完璧だった。虚数空間の奥底に存在するといわれる伝説の古代都市“アルハザード”。

死者蘇生すら可能とする技術が眠るといわれたあの場所ならば、最愛の娘を、アリシアを目覚めさせることが出来るはずだった。

次元干渉能力を有するジュエルシードを、時の庭園の動力炉とリンクさせて暴走させ、生じた空間の穴から“アルハザード”へと到達するはずだった。

だが、回収できたジュエルシードの数が予定より少なかったこと、管理局がかぎつけるのが予想以上に早かったことなどが要因で不確定要素が生まれすぎてしまった。その結果がこれだ。

手駒の筈の人形どもは裏切り、ジュエルシードこそ未だにプレシアの手元にあるものの、庭園のほぼ総てを掌握され、最重要場所に続くこの場所にまで局員の侵入を許してしまった。

目の前には頭から血を流し、息を荒げながらも戦意の全く衰えていない執務官クロノ・ハラオウンが、プレシアの悲願を阻むように立ちふさがっていた。

『世界はこんなはずじゃないことばっかりだ!』などと言っていた様だが、もうプレシアの耳には、心には響かない。誰かの声など、もう届かない。

冷静な大魔女の頭脳は、この絶体絶命の状況下においても、この状況を打開できるあらゆる可能性を模索していた。

正面から戦う? 却下だ。いかにSランクオーバーの実力を持つプレシアでも、病に冒された今の身体では満足に戦闘行為など行えはしない。

アリシアをつれて逃走するか? 不可能だ。アリシアのポッドはかなりの重量があり、転移させるとしても時間がかかる。何より、無理に動かそうとすれば、最悪アリシアの身体が取り返しのつかないことになりかねない。

 

(何か! 何か無いの!? 考えなさい、プレシア・テスタロッサ! たとえどんな代価を払うことになるとしてもアリシアだけは――ッ!!)

 

唐突に魔女の脳裏に電撃が走る。

それは悪魔の囁きに等しく、しかしこの状況においては現状を打開できる可能性の残された最後の切り札。

しかしそれを切ることは、己の大切なものを失うことに――――!

 

「ふ、ふふふ……アハハハハハ!! そう! そうよね! そんなの今更よね! あの娘よりも大切なものなんてあるはず無かったものねぇ!!」

 

突然狂ったように高笑いを上げるプレシアを警戒するクロノの後ろにあった重厚な扉が、まるでトラックが突っ込んできたかのように派手な音を立てつつ吹き飛ぶ。粉塵の舞う中、文字通り飛ぶようにして進入してきた人影がその姿を現す。

それは人の形を成す六つの影。

動力炉へのつゆ払いを任されていたなのはたちが追いついてきたのだ。

かなりの傷を負ってはいるものの、花梨とバサラの姿も見て取れる。無力化した“Ⅳ”を武装隊員に引渡し、軽い治療を受けてすぐに駆けつけてきたため、疲労を顕わに、肩で息をしている様はまさに満身創痍一歩手前といった有様だ。

しかし、体力の消耗に半比例するように、二人の両目には燃え盛る炎の如き意思が浮かび上がっていた。

 

「母さん!」

『クロノ(君) !!』

 

なのはたちがクロノの傍へと駆け寄る中、ただ一人フェイトだけはデバイスを下げ、母に向かい合う。

 

「……何しに来たの。消えなさい。あなたに用はないわ」

 

狂ったような笑いを止め、殺意すら含まれた冷たい視線を放つプレシアに、フェイトはひるまずにまっすぐな視線で愛する母に語りかける。

 

「あなたに言いたいことがあって来ました。……私はアリシア・テスタロッサではありません。あなたの作った人形なのかもしれません。だけど、私は……フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出されて、あなたに育てられた――あなたの娘です」

「だから何? 今更、私に味方して、そこにいる管理局員共と戦うとでも言うつもり?」

「――あなたが、娘としての私にそれを望むのなら」

 

静寂。向かい合う母娘の間から一切の音が消える。

現在も空間の歪みによる崩壊が進行している時の庭園の中にあって、たしかな静寂が玉座の間を包み込んでいた。

僅かな間を空け、プレシアは小さく溜息を吐いた。

それは捨てたはずの人形がこうしてまた己の前に現れたことによる呆れなのか、それとも迷い無きフェイトの言葉に何かしら思うところがあったゆえの驚きなのかはわからない。

けれども、プレシアの表情から、一瞬ではあったものの確かに狂気の色が消えたように見えた風に、母娘の相対を見守っていた者たちには感じられた。

 

これはもしかしたら?

 

思いもよらぬ淡く儚い希望が生まれ出たことに誰もが胸にある可能性を……母と娘が和解するという未来を幻想した。

だが――

 

「くだらないわ」

 

魔女は娘の請願を一言で切って捨てた。

淡い希望を打ち砕く、非情なる鉄槌となる言葉(ぼうりょく)が少女の想いを容赦なく踏みにじる。

 

「か、かあさ――」

「ねえ、どうせ視ているんでしょう? 私の声は聞こえているかしら? ……以前に持ちかけられた例の取引、受けてあげるわ」

 

フェイトの言葉などもう聞こえていないように、虚空を見上げながらプレシアは呟く。

 

(まさかこの場に彼女の協力者がいるのか!?)

 

念話でないことが引っかかるものの、大魔導師と呼ばれた人物ならば、今の状況も見越して更なる隠し玉を伏せていた可能性もあることに気付いたクロノは慌てて周囲に魔力サーチを行う。だがなんの反応も見受けられなかった。

まるで独り言のように誰もいない空間に語り掛けるプレシアを不気味に感じたのか、なのはやユーノはもちろん、プレシアに明確な敵意を抱いていたアルフや、転生者である花梨とバサラですら戸惑っていた。

 

「私の願いはアリシアの幸福、唯一つだけ……いい? 必ず叶えなさいよ? その代価として私は――」

 

トン……、とプレシアは左の人差し指を彼女の身体を包むドレス状のバリアジャケット、その大きく開かれた胸元に押し当て、

 

「――私の命を差し出すわ」

 

次の瞬間、プレシアの胸元から赤黒いナニカを掴んだ腕が生まれ出た。

 

「え?」

 

はたしてそれは誰の漏らした言葉だったのだろうか?

プレシアと向かい合っていたフェイトはもちろん、クロノが、なのはが、ユーノが、アルフが、そろいも揃って呆けたような表情を浮かべる。

花梨とバサラは一瞬、もう少し先の未来で出会う筈の騎士の一人か? と思うものの、明らかに彼女らの記憶にあるソレと異なりすぎていることに気付く。

プレシアの胸元から突き出されたのは白い甲冑に包まれた腕。その手の平に収まるのは、赤黒い液体を撒き散らしつつ、揺るやかに鼓動を繰り返している肉片――プレシアの心臓。

ソレをつかむ指先も、人間のそれではなく、緑色で機械的な鋭い爪が備わっており、ホラー映画のクリーチャーを連想させる非常に禍々しい気配を漂わせていた。

思考が追いついていかないらしく、その場にいる皆が呆然と眺めている中、プレシアの心臓を鷲掴みにした誰かの腕が勢いよく引き抜かれる。

その瞬間、ぽっかりと風穴の開いた胸元から噴出す鮮血。支えを失い、糸の切れたマネキン人形のように崩れ落ちるプレシアの身体。

ナニカが引きちぎられる音が、いやに生々しく花梨たちの耳に届いたところで、漸く自我が目覚めたらしいフェイトの悲鳴が王座の間に響き渡った。

 

「い、いやぁあああああああああっ!!? かあさぁぁぁぁあああああああんっ!!!」

 

錯乱し、両手で覆った自分の顔を掻き毟しりながら崩れ落ちるフェイトの身体を後ろから抱きしめるようにアルフが支える。

バルディッシュを放り落としたことにも気付かず、フェイトはとめどなく涙を流し、絶叫を上げることしか出来ない。

 

「――契約成立だ、プレシア・テスタロッサ」

 

限界まで見開き、虚ろな色を浮かべるフェイトの耳に、母親を奪った相手の声が響く。

焦点の合わない目線を向けた先には、ヒトに近い姿をした、けれどもあきらかに人ではないナニカが佇んでいた。

それは一見すると十代半ばの日本人らしき青年。

首から下をプレシアの身体を貫く腕と同じ装飾の鎧状のバリアジャケットが覆い、胸元や肩など全身に赤い宝珠を思わせる装飾品があしらわれ、それらが怪しい輝きを放っている。

何より目を引くのが彼の左目。そこに備わっていたのは、本来なら黒曜を思わせる瞳ではなく、漆黒に照らされる黒い宝珠。

デバイスのコアと思われるソレが、目の代わりとばかりに少年の左目の部分に埋め込まれていた。

異形の左目を覆うように装着されたアイマスクが、彼の不気味さを増幅させている。

突然の乱入者は自分に向けられるデバイスの杖先など気にした風も無く、己の右手に掴んだプレシアの心臓をしげしげと眺めると、ポツリと一言、

 

「――良し。これなら上手くいけそうだな」

 

そう呟くと右手を掲げるように持ち上げ、右目を瞑り、予めこのためだけに構築していた彼独自の術式を起動させる。

 

「展開」

 

そう呟くと同時に、手の平から黒い炎らしきものが噴出し、プレシアの心臓がそれに包まれる。

 

「分解」

 

続けての呟きに応えるように、プレシアの心臓は炎に焼け焦げることも無く、光の粒子へと変換されていく。

後に残るのは、心臓と同時に取り出されていた紫の光を放つ光球。

 

「あれは……リンカーコア?」

 

花梨がポツリと零したとおり、光球の正体は大魔女プレシア・テスタロッサのリンカーコアだった。

リンカーコアとは魔導師の体内に存在する器官の一つで、魔力の生成をおこなう働きをする。

体外に取り出された、大魔導師と呼ばれた人物のリンカーコア。その輝きは宿主から切り離された今でも彼女の魔力光である紫色に輝いていた。

 

「再構築」

 

かつて心臓であった光の粒子が渦巻き、リンカーコアを包み込んでいく。

時に溶け合うようにリンカーコアの内に取り込まれ、時に表面を覆うヴェールのようにリンカーコアを覆っていく。

やがて光の粒子が総てリンカーコアとの融合を終えた後には、眩いほどの輝きを放ち、心臓のように鼓動を繰り返すリンカーコアが残されていた。

 

「術式“再誕”、第一段階完了……よし、上手くいったな。さて、次は――」

 

異形の存在が振り向く先にあるのは円柱のカプセルの内でその身を漂わせる少女――アリシア・テスタロッサ。

生気の無いその表情はまるで人形ではないかと思わせるが、時折口元から気泡が零れ落ちていることから、少なくとも彼女の肉体のほうは最低限の生命活動をおこなってはいるようだった。一瞬だけ、耳を引かれるような仕草を見せた異形の存在は、右手に持ったプレシアのリンカーコアをアリシアに向けて掲げる。

 

「蘇生、開始」

 

小さく呟き、差し出すように振るわれた手の平から、力強い鼓動を繰り返すリンカーコアが浮かび上がる。

ふわり、と宙を舞ったソレは、まるで引き寄せられるようにアリシアの胸元へと寄ってゆく。

カプセルをすり抜け、培養液に漂うアリシアの胸元……心臓のある辺りに到達すると、そのまま彼女の身体の中へと沈み込んでいった。

 

――ドクンッ!!

 

アリシアの身体にリンカーコアが吸い込まれた瞬間、ビクンッ! と少女の身体が痙攣を起こす。次いで、薄く開かれたアリシアの口元から次々と気泡が溢れ出してゆく。それを満足そうに確認した異形の存在はごく自然に片腕を振るい、その指先が空間に線を走らせた。

 

ピッ……! ズズッ……!!

 

まず聞こえたのは薄紙をペーパーナイフで切り裂いたような音。次いでガラスの擦れるような音が響くと、アリシアの入ったカプセルが中ほどから切り裂かれ、ズレ落ちてゆく。

腕を振るった際に発生した風圧で分厚い強化ガラスのカプセル容器を真っ二つにした異形の存在が、カプセルが完全に砕け落ちる前に手を伸ばし、零れ落ちる培養液の中から目当ての少女の身体を抱き上げる。

彼女の母親の命を奪った人間離れした太い腕に抱かれ、虚空から取り出した白いケープで裸体を包まれたアリシアの閉じられた目蓋がピクリ、と反応して、

 

「……けほっ」

 

小さく咳き込んだ。

血の気の失せていた真っ白な肌は、彼女の身体が『イノチ』の脈動を再開したことで血の巡りを徐々に取り戻し、徐々に色合いを取り戻してゆく。

慎ましやかな少女の胸元はゆっくりと上下運動を繰り返し、時折小さく声が漏れだす。

そして、二十数年前に閉ざされた目蓋がゆるゆると持ち上げられ、ルビーを思わせる紅玉色の瞳が己を抱き上げる異形の存在を見上げる。

パチクリ、と擬音のつきそうな幼い動きで両目を瞬かせたアリシアの口元が笑みをカタチどってゆく。

眠り姫、そう呼ばれるほどの時をいつ終わるともしれない孤独の中を過ごしていた少女が、まるで蕾が花開く様に顔をほころばせた。この場に存在するもう一人の黄金の魔法少女、彼女と同じ容姿でありながらも幾ばくか幼い外見をしている少女。

満開に咲き誇る花の様に可憐な笑顔を浮かべる少女は目覚めたばかりでまだ上手く動かせない両腕を異形の首へと回し、その胸元に顔をこすり付ける。

その様子は、まるで子猫が自分の縄張りを主張しているような愛らしい動きであった。

「起きたばっかりのくせに元気だな? なんなら降りても構わないが?」

最も、彼は存外にニブチンであったために、その反応は少女の望んだものとは違う、淡白そのものであったが。

 

「ぶぅ~……ダークちゃんてば、オトメゴコロをわかってないんだよ」

「そんな事を期待されてもな……。それよりも身体の調子はどうだ? なにか違和感は?」

「へ? ん~~……ん~ん! なんだか身体が重たくて動きにくいような気がするけど、だいじょ~ぶ! なんだよっ!」

「そうか。まあ、蘇った直後だからだろう。……彼女となにか話しておくか?」

「……ううん。ママとはもういっぱいお話ししたから――だから、大丈夫だよ」

 

どこか満足そうにも見える表情で倒れ伏すプレシアを見て悲しげな笑みを浮かべたアリシアの姿に、自然と彼女を抱きかかえる手に力が篭る。

 

「……そうか、わかった。――ともかくこれで、“再誕”第二段階完了、だ。……プレシア・テスタロッサ。本当の願いとは若干異なるカタチになってしまったが……それでも、貴方の願いは確かに叶えたぞ? それでは約定どおり……アリシアは俺が貰っていく。ああ、ついでにコイツも貰っておくとしようか」

 

心なしか満足そうな笑みを浮かべたプレシアの亡骸の脇に投げ出された、彼女の杖型デバイスをひょいと抱え上げると、チラリ、となのはたちを……正確には花梨とバサラを視界に納める。

瞬間、脳髄を凍りつかされたと錯覚する程の寒気が、あまりにも明確な“死の恐怖”が二人の身体を犯す。

それはただの殺気。しかし、強い弱い以前に、あまりにも内包する力の次元に差がありすぎたが故に、異形にとっては軽い牽制程度のシロモノであっても、花梨たちからしてみれば、いきなり目の前にゴジラが現れて睨み下ろされたようなものに等しかった。

瞳は焦点を失い、両手で二の腕を掴むように身体を抱きしめ、身体が小刻みに震えだす。

冷や汗が止まらず、呼吸も荒い。ガチガチと歯は上手く噛み合わず、膝が折れそうになるのを何とか堪えるのが精々だった。だが、二人の起こした突然の異変を誰もが指摘できなかった。なぜなら、他の皆もまた、殺気の余波を浴びてしまっていたのだから。

膝を折らないでいられたのはクロノくらいで、なのはたちは声も出せずに尻餅をついて、震えながら呆然とした視線を向けてくることしか出来ないでいた。

その様子をしばらく眺めていた異形の存在だったが、やがて視線をずらし、上方へと向ける。その視線の先には、プレシアが暴走させようとしていた九つのジュエルシード。リンディによって次元震が押さえ込まれているためか、いまは小康状態を保っていた。

 

「万物の願いを叶えし蒼き宝石、ジュエルシードよ……汝らの主たる我が命ず。我が身に宿りて、己があるべき姿へと回帰せよ」

 

異形の存在がそう呟くと、彼の身に纏った鎧状のバリアジャケットに取り付いている紅い宝玉が輝きを放ち、それらから幾何学模様の描かれた光の帯が宙に漂うジュエルシードへと伸びてゆく。

光の帯が個別にジュエルシードを絡めとリ、引き寄せ、宝玉の中へと取り込んでゆく。

円形の紅い宝玉の中に、青い眼球のようにも見える風に納まったジュエルシードは、暴走する素振りが一切見られなかったどころか、暖かな魔力を放出し、異形を、そして彼の腕に抱かれたアリシアを包み込む。

その光景に、解析担当でもあるオペレーターのエイミィが悲鳴じみた叫びを上げた。

 

『そんな……ウソでしょ!? 封印もされていないのに、ジュエルシードが安定してる!? こんな事って……!?』

『それは本当なの、エイミィ!?』

『は、はい! 間違いありません! あの異形は……あれだけの数のジュエルシードを完全に制御しています!』

 

告げられた報告にリンディは絶句した。ジュエルシードは次元干渉能力を有しているため制御が事実上不可能と考えられている。

というのも、ジュエルシードの“願いを叶える”という 能力の発動にはある落とし穴があったからだ。

それは、持ち主のあらゆる願いを叶えてしまおうとすること。

人間に関わらず動物に至るまで、ほぼ総ての生命体には“欲望”という感情が存在する。

一つだけ願いを叶えられると聞けば、誰もが悩み、いくつもの願いを思い浮かべることだろう。

たとえば“強くなりたい”という願いがあったとしよう。この目的をかなえるための方法はいくつも存在する。

“自分が強くなる”という方法もあれば、逆に“相手を自分より弱くさせる”という方法もある。

“自分が強くなる”という願いでも、“力”を強くしたり、“頭”を良くしたりと様々な可能性が存在する。

ジュエルシードは、そういった“あやふやな願い”を総て纏めて叶えようとしてしまうために、願いが歪んだ形で顕現してしまい、その結果、暴走という流れになってしまうわけだ。

要約すると、ジュルシードは雑念に非常に弱いため、唯一つの純粋な願い、あるいはブレの無い、欲望を制御できる強い精神力を持つものならば正しく願いを叶えられるということになる。

これは、かつて月村邸にて、子猫が願った結果、身体が大きくなっただけで性格に変容をきたしていなかったことからも窺える。

プレシアほどの大魔導師でもジュエルシードを制御できていなかったのは、彼女の願いは『アリシアと過ごしていた、幸福だった時間を取り戻す』ことであり、これを叶えるには“アリシアの蘇生”、“平穏な日々のために、管理局の追っ手を巻く”、“プレシアの病気を完治させる”等といったいくつもの願いを集約させたものであったために、いくつもの願いからなる《あやふやな願い》と、とられてしまっていたからだ。

 

ならば何故ここにいる異形の存在はジュエルシードの制御が可能なのだろうか?

それは彼が無限に等しい願いや欲望を内包しつつ、自我を保ち続けられるからであるのだが、その理由は後ほど語ることとしよう。

 

「ジュエルシード九個の吸収完了。俺の持っていた一つと合わせて、計十個を手に入れられたわけか。首尾は上々だな……さてと」

 

取り込んだジュエルシードの具合を確かめるように、鍵爪のような指を握ったり開いたりと繰り返しつつ、異形の存在は花梨たちに向かい合う。

先ほどのような一瞥するだけではない、正面から視線をぶつけ合う、相対の姿勢で。

 

一方で、かの大魔女が狂気に身を染め上げてすら望んだ奇跡――死者蘇生の成功を目撃したなのはたちの精神は、立て続けに繰り広げられた光景を目にして完全にフリーズしてしまっていたのだが、深遠を思わせる黒い右目と無機質な左目、そして異形の腕の中に抱かれながらも何故かニコニコしながら花梨たちを見遣る紅玉の双眼に、なんとか心を奮い立たせた花梨がルミナスハートを構えながら叫ぶ。

 

「アンタは……! アンタは一体誰なのよ!?」

「……」

 

まるで何かに突き動かされるように叫ぶ花梨。その声には明らかな戸惑いと……恐れが含まれていた。

 

自分はこの怪物と対峙している。それは紛れもない事実。事実の筈だ。だがこれはなんだ?

正面から向き合っているのに、目の前にいるという実感が感じられない。奇妙な違和感が花梨の精神を焦燥させていく。相手はただそこに在るだけ。

なのに、どうして自分は眼前に刃を向けられたような錯覚を抱いてしまうのか。

 

『立っている場所が違う』

 

ふと――脳裏にそんな言葉が浮かんだ。胸に抱いた“覚悟”の重さが、その身に宿した純然たる“チカラ”が、ありとあらゆるものが違い過ぎる。

己が内より湧き出さんとする“とある感情”を意志の力で無理やり押し込め、沈黙を破るように再度叫ぶ。

 

「何とか言いなさいよ! アンタはいった――」

「――それはフリか? それとも本当に気づいていないのか?」

 

平穏な声。まるで何ら興味も抱いていないかのような、道端を這いずり回るアリを見下ろすかのような無色の瞳を向けられ、おもわず花梨は二の句を飲み込んでしまう。

それが恐怖からくるものであろうことは誰の目にも明らかだった。

 

「……本当にわからなかったのか? 海鳴市中にサーチャーをばら撒いていたのは貴様らだと読んでいたんだがな? 港で俺の存在を感知していなかったか?」

「ッ!? じゃ、じゃあ……アンタが、“Ⅰ”ッ!?」

「なっ!?」

 

驚愕の声を上げるのはその名の示す意味を知るバサラのみ。

彼らは知っていた。“ゲーム”の中で、最も警戒しなければならない存在を。

彼だと思われる人物が、一度だけ海鳴市に現れたのは花梨も知っていた。注意するようにと、葉月からの進言も受けていた。

だが、それ以降に対象を補足出来たことは無く、動きも無くなかったはずだった。だからこそ、油断していたところもあるし、傍観に徹しているのだろうという希望的願望を思い込んでいた。

しかし、まさかこのタイミングで介入してくるなどと、予想外もいいところだった。

さらに二人にとって状況が悪いのは、先ほどまで“Ⅳ”と戦い、かなり消耗してしまっていることだ。

二対一という状況下にありながら、数の不利を覆すほどの戦闘力を持ち、好き放題に暴れまわった“Ⅳ”を何とか無力化、捕らえることこそできたものの、今の二人にはさらに転生者と――それも“ゲーム”勝利者の最有力候補とも呼ばれる相手と――戦うことなど不可能を通り越して無謀、蛮勇でしかなかった。

それに気付いているのか、異形の存在――“Ⅰ”はふと何かを思い出したかのような表情を浮かべたかと思うと、自身の敵となりうる存在……“Ⅵ”と“Ⅴ”に向けて声をかけた。

 

「まずは素直に謝罪しよう。すまなかった」

 

突然に頭を下げる“Ⅰ”の行動に一同は驚き、次いでそれがプレシアを殺めたことだと当たりをつけ――

 

「“Ⅵ”、お前は“ゲーム”に否定的だと、積極的に潰しあうようなことはしないと思い込んでいたよ……それなのに、一番最初に参加者を倒したのがお前になるとはな……いやはや、これも戦略か? 自分から戦わない、みんなで協力しようと言いながら、裏で参加者を潰していく。大した戦略家だよ、お前は……」

「な、なにを言ってるのよ!? 私は誰も殺してなんて……!!」

「おいおい、今更誤魔化すな。“Ⅳ”はお前たちが倒したんだろう? 奴の存在は俺もサーチしていたが、管理局の戦艦の中でつい先ほど、奴の生命反応が消えたのは確認済みだ。無力化し、武器を取り上げた上で拠点に収容、拷問してあらいざらい情報を吐かせた上で始末したんだろう? なかなか、えげつないことをするじゃないか?」

「な、なにを言って……!?」 

 

投げかけられた賞賛の言葉が花梨の耳を素通りする。その言葉を、言葉の意味を理解することを、花梨は無意識下で拒絶していたからだ。

 

「……? おい、どうし――」

「ウソ言わないでっ!!」

 

少女の叫び声が木霊する。“Ⅰ”が視線を横にずらすと、“Ⅵ”と同じ顔、似通ったデザインのバリアジャケットを纏った少女――高町なのはが、“Ⅰ”を睨みつけていた。

 

「お姉ちゃんは……! お姉ちゃんはそんな事しないっ! 人を殺したりなんか、絶対にしないんだからっ!!」

 

姉を殺人者呼ばわりされたことがよほど腹に据えたのだろう。

“Ⅰ”に向けるレイジングハートの杖先には、すぐさま発射できる状態にまでチャージされた魔力砲が展開されており、うかつな発言をすれば、なのは躊躇なくそれを打ち出すことだろう。

そしてこの場には、なのは以外にも“Ⅰ”に敵意、否、殺意にも似た感情を向ける人物が存在した。

 

「フェイト!?」

「バルディッシュ……!!」

【Yes sir! Thunder Smasher get set】

 

フェイトの左手に金色の魔力が収束してゆく。母の命を、分かり合えたかもしれない未来すら自分から奪いさった憎い仇。彼女の怒りに呼応するように、手の平の光球はどんどんその大きさを増してゆく。

 

「フェイト駄目だ! それ以上の魔力を収束するのはフェイトの身体の方が持たないよ!?」

 

無茶な魔力の収束のせいで、少女の細腕を切り裂き、内より真紅の血液が飛び出す。

バリアジャケットも所々焼け焦げ、消し飛ぶが、フェイトはそんな事お構いなしに、ありったけの魔力を注ぎ込み続け、とうとう直径数メートルに及ぶかと言う巨大な魔力球が生成された。

 

「そんな……!? いくらなんでも、滅茶苦茶だ! 止めろ、フェイト・テスタロッサ! 本当に死んでしまうぞ!?」

「サンダァァアアアア……!」

 

クロノの警告も、アルフの悲鳴ももはや彼女には聞こえていなかった。限界以上に魔力を注ぎ込まれ、今にも飽和しそうな魔力(ソレ)を、フェイトは戸惑いも見せずに解き放った。

 

「スマッシャァァアアアアアアアア!!」

 

怒りと悲しみの注ぎ込まれた金色の奔流が、玉座の間の床を削り、空間を軋ませながら憎い仇目掛けて直進する。

なのはがフェイトの行動に驚き、巻き添えを受けないようユーノに引っ張られたことでレイジングハートに収束していた魔力を雲散させる中、金色の奔流はアリシアを抱き上げたまま無防備な“Ⅰ”へと迫り――

 

「ミスト・ウォール」

 

無造作に振るわれた片腕から発生した魔力障壁により、難なく受け止められた。

腕の装甲に刻まれた十文字に酷似した文様が輝くと同時に、振るった指先をなぞるように展開された霧状の障壁は、サンダースマッシャーを容易く受け止めて尚微塵も揺るがず、“Ⅰ”にダメージどころか、かすり傷を負わせることすら出来なかった。眼前に迫る死を告げる雷を涼しげに霧の障壁で受け止める“Ⅰ”の周囲に漂う魔力の燐光が、更なる暴風となって玉座の間を吹き荒れる。

 

『なっ!?』

 

目算でもSランクオーバーに相当する程の一撃を難なく防がれたことに一同が驚愕し、総てを飲み干すほどの膨大な魔法力の奔流に本能的な恐れを抱く中、憎しみに支配されたフェイトだけは次の行動へと移っていた。

 

「アークセイバー!!」

 

魔法力の暴風の隙間を潜り抜け、ブリッツアクションで一瞬のうちに距離を詰めたフェイトが、“Ⅰ”の首筋目掛けて金色の鎌を振るう。

攻撃を防いだ直後の隙を狙って放たれた殺傷設定の一撃は寸分の狂い無く“Ⅰ”の首筋に突き刺さる。

だが――

 

「……弱い、な」

「そっ、そんな!?」

 

全力で振るわれた斬撃は、魔力刃の先端部、僅か一ミリも皮膚に食い込まずに静止する結果に留まった。

フェイトの放った一撃は間違いなく必殺と呼んでよい攻撃だった。

狙い通り、剥き出しの首筋目掛けた斬撃は間違いなく命中した。したはずなのに――!

 

「失せろ」

「ガッ!!?」

 

驚きで硬直するフェイトの顔面に突き刺さるのは、魔力強化もされていないただの裏拳。

しかし冗談みたいな威力の込められた一撃を顔面に叩き込まれ、フェイトの身体がボールのように吹き飛ぶ。吹き飛んだ先は空間が崩壊し、虚数空間が剥き出しになっていた。

落下すれば最後、脱出は――如何なる者であっても不可能!

 

「フェイ――!」

「ほれ、返すぞ?」

 

虚数空間へ一直線に吹き飛ばされたフェイトの姿に、なのはたちが悲鳴を上げるより早く、吹き飛ぶフェイトの吹き飛ぶ先にまるで瞬間移動したかのように現れた“Ⅰ”が前蹴り――俗に言うヤクザキックを叩き込んだ。

 

「――――ッ!!?」

 

バリアジャケットを纏っていなければ間違いなく全身の骨が砕かれたであろう一撃に、もはや悲鳴を上げることも出来ないフェイトは、まさにサッカーボール宜しく、ベクトルを一八〇度反転させ、入り口付近の壁へと叩き飛ばされてしまった。

数枚の壁をぶち破り、瓦礫に埋もれる主に悲鳴を上げながら駆け寄るアルフ。なのは、ユーノ、花梨も僅かに遅れて駆け出し、クロノは“Ⅰ”への警戒も顕わに、デバイスを構えながらジリジリと後ずさる。

 

「クソッ……! 正真正銘のバケモノか……!? (なのは、ユーノ、アルフ、花梨、バサラ! これ以上の戦闘は無茶を通り越して無謀だ! フェイトを救出しつつ、一時アースラまで撤退する!!)」

 

執務官として、そして魔導師としての経験が、クロノの脳内で警告を叫び続けていた。

間違いなく、この怪物は今の自分たちで相手取れるレベルを超えている!

恐怖に震える身体を叱咤し、執務官として判断を下したクロノが念話で撤退を命じる中、異形の怪物目掛け、飛び出す人影があった。

 

「バサラ!?」

「おい!? 君は何をやって……!?」

 

皆の制止の声を振り切り、バサラは能力を最大展開しつつ、“Ⅰ”目掛けて跳ぶ。

決して譲れない、彼の大切なものを傷つけた敵を討ち滅ぼすために、魔力を、能力を、命を注ぎ込んだ最強の技を放つ。

 

「うぉぉおおおおああああ!! クタバリヤガレェエエ!! 『運命を貫く雷光(トールハンマー)』ーーーー!!!」

 

”Ⅳ”をも倒したそれは、雷神の槌の名を仮す雷光の一撃。

自身の身体を『超電磁砲』の弾丸として打ち出し、全魔力を電気へと変換、槍先のただ一点に収束して放つ突撃(チャージ)

自分の身体にも相応の反動は覚悟しなければならないが、命中すれば確実に相手を屠ることが出来るバサラ最強の一撃だった。

 

――勝った!

 

文字通り雷光と化して繰り出された、回避不可能な突撃を放ちながら、バサラは己の勝利を確信していた。だが――

 

「なあ、“Ⅴ”?」

(――ッ!?)

 

バサラの怒りや覚悟を嘲け笑うように、白き魔神は彼らの想像の上をいく。

 

「無駄な努力、って言葉の意味を知っているか?」

 

それはありえないことだった。光の速さで移動しているバサラの耳に、まるで世間話をするかのように投げかけられた“Ⅰ”の言葉が届く。

バサラが攻撃を繰り出してから攻撃が着弾するまで、時間的に一秒にも満たないはず。

なのに、何故かバサラには時間が止まってしまったのではないか? と思わずにはいられなかった。

静止した時間の中で“Ⅰ”の視線がバサラを捉える。

小柄なアリシアの身体を左手のみで支え、幼い彼女を抱きかかえたまま右腕を振り上げる。

指先は手刀の形をとなり、黒とも金色にも見える炎のような揺らぎが収束する。

絶望が形になればきっとこういう光景を言うんだろう。思考の端でそんな言葉が浮かぶ。

 

そして――奇しくも、その考えは現実のものとなった。

 

「クライシス・エンド」

 

“Ⅰ”が振りかぶった右腕を右上から左下へと袈裟切りに振り下ろす。

怒りに燃える若き雷神の手向けとして、世界の終わりを齎す断罪の一撃が放たれた。

空間に光の線が走り、それが己に向かって迫ってくるのを、突撃(チャージ)の体勢を維持したまま身体が動かせないバサラはまるで他人事のように眺めることしかできない。

 

「あ――?」

 

雷と炎が交差した瞬間、崩壊する玉座の間に新たな鮮血が吹き溢れた。

 

 

 

 

――熱い。

 

宙を舞い、視界がクルクルと回る中、俺の頭に浮かんできたのはそんな言葉だった。

視界の端に映る仲間、と呼んでよいものかわからないが、それでも、まあ、それなりに認めてやってもいい連中の姿が見える。

俺を見て、目を限界まで見開いた管理局執務官クロノ・ハラオウン。

奴は始めて接触した時から気に食わない奴だった。俺のフェイトに攻撃をかましやがるなんて、たとえどんな理由があっても許せるもんじゃねぇ。だから、この後のジュエルシード争奪戦でも、おれは最優先にクロノを狙って攻撃を仕掛けていた。――まあ、大概“Ⅵ”の奴がクロノの援護に乱入しやがるから倒しきれなかったがな!

 

口元に両手を当て、信じられないような表情を浮かべた高町なのは。

思えば、彼女には少々悪いことをしてしまったと思う。彼女は悲しそうな目をしたフェイトを思ってずっと気に掛けてくれていた。

俺がフェイトの傍についていながら、あの娘に本当の笑顔を浮かべさせてあげることが出来なかった。

なのに俺はフェイトを捕られそうな気がして、つい彼女にも辛く当たってしまった。もし次に話せる機会ががあったら、一言謝っておくべきかな……?

 

痛々しそうに顔を背け、瓦礫の山から助け出したフェイトに回復魔法をかけているユーノ・スクライア。

彼のおかげでと言ってよいのか判らないが、彼がジュエルシードを発掘してくれたおかげで結果的にフェイトを苦しみの連鎖から逃すことが出来たのだと思う。

プレシアのことは残念だったが、高町なのはや彼らがいればきっと大丈夫だろう。

 

フェイトを抱きしめながら、泣き腫らした顔で俺を見るアルフ。

姉御肌な彼女の事だ、きっとフェイトを立ち直らせてくれるはずだ。だって、ただ一人残された家族なのだから……あ、アリシアも入れると二人になるのか? ……まあ、いいか。

 

宙を舞う俺に駆け寄ろうと、腰を上げかけている少女。敵であり、味方でもあった変な奴。“Ⅵ”こと高町花梨。海鳴では幾度と無く槍を、杖を交えた敵で、時の庭園(ここ)では肩を並べ、背中を任せられる戦友でもあった少女。“ゲーム”の参加者同士は敵対するのが普通だろうと思っていた俺の考えを一蹴し、『きっと分かり合える。手を取り合うことだって出来る』と宣言した変わった奴。でも、まあ、“Ⅳ”の野朗と戦っている時に感じた安心感というか、信頼感? これは本物だったかもしれないな、うん。――ハズイから絶対言わないけど。

 

最後に、血塗れで気絶している最愛の女の子、フェイト・テスタロッサ。俺の生きる理由であり、宝であり、総てだった。

元々、俺は前世の頃から『フェイト・テスタロッサ』というキャラクターに恋焦がれていたのだと思う。

母親に拒絶され、普通の人では無い身体に生れ落ち、数々の苦難と試練に晒されながらも、それらを乗り越え、成長していった一人の少女。

その強烈な生き様は、架空の人物であったとしても、俺は想い、尊敬していた。

だから、フェイトの傍にいられるよう転生させてくれると神から聞いた時、俺は歓喜した。これでフェイトの横に立つことができる!

そう思い、幸福の絶頂にいた俺は、転生直後に奈落の底へと突き落とされることとなってしまった。

俺の意識が目覚めた場所は、アリシアの入れられていたような円柱のカプセルの中だった。

培養液に身を漂わせつつ、何とか錯乱しないで暴れずにすんだ俺の耳に、カプセルの外でなにやら呟いているプレシアの声が聞こえてきたのだ。

 

『やはりテロメアが短すぎるわね……目覚める前に、ある程度身体を成長させたことが原因かしら? これじゃあ、数年持てばよいほうだけど……まあ、良いわ。所詮は失敗作。アリシアになれなかった出来損ないの再利用でしかないわけだしね……まあ、人形が例の物を回収終えるまで持てば良いわ』

『……!!?』

 

俺が転生したのはアリシアクローンの一体で、性別が男になったために失敗作として早々と見切りを付けられ、放置されていた固体だった。

そのため調整も不十分で、ある意味で完成体のフェイトのように人並みに寿命を全うすることも出来ない、出来損ないの身体。

俺の意識が目覚めたのはジュエルシード回収を始める三ヶ月前で、一月の調整の得た後、フェイトと共に地球へと送り込まれた。

俺に残された命は、プレシアの言葉を信じるなら無印終了までしかなく、それ以降に生きていられる保証は無い。

しかも、『Strikers』まで“ゲーム”に参加しない奴もいるから俺の寿命が尽きる前に“ゲーム”に勝ち残り、神になって生き延びることも出来ない。

俺は最初から敗者になる事が運命付けられていたというわけだ。

そう考えると、つい笑ってしまう。もしあの時、フェイトの傍に転生したいと願わなければこうは成らなかったのだろうか?

 

――いや、そうじゃない。そうじゃないだろう、俺?

 

俺はフェイトに惹かれたんだ。彼女に笑って欲しいんだ。彼女の力になりたくて、傍に居たくて転生してきたんだ。

たとえ短くても、俺の出来ることを総て彼女のためだけに注ぎ込もう。俺の命は彼女のために費やそう。

俺は、バサラ・ストレイターはそう決意したんだ。

だから許せなかった。フェイトを傷つけ、悲しませた“Ⅰ”を。

後悔はしていない。俺は最善の行動を取ったと確信している。

だけど――

 

「――……ッ、ゴポッ! とっ、届かなか……った、の、か……ゲフッ!!」

 

視界の端でドサリ、と床に投げだされるように転がる俺の下半身を捕らえながら、そう呟く。

喉は逆流してきた血が詰まり、呼吸のたびに咳き込み、血を吐き出してしまう。左の肩から右の脇腹にかけて真っ二つに両断された自分の体の有様に、苦笑することも出来ない。だが、あまり痛みは感じなかった。

神さまが恩赦を与えてくれたのだろうか? もう助からない俺を哀れんでくれたのかもしれないな……。

 

『バサラッ(君) !!』

 

床に力なく転がった俺に皆が駆け寄ってくる。皆、目元に光るものが見えるから、俺のために泣いてくれていることがわかる。

それがどうしようもなく嬉しくて、俺も自然と涙が溢れてきてしまう。

 

「バサラッ! しっかり、しっかりしなよ! ホラ、フェイトは大丈夫だよ! 気絶してるだけなんだよ。だからアンタもさあ……!」

「アル、フ……あり、が……」

「なんだい!? 聞こえないよ!! 気をしっかりもって、はっきりいいなよ! アンタは、男……だ、ろう……ッ!!」

「……ああ、そ、だな……」

 

涙を零し、嗚咽まみれで俺に呼びかけてくるアルフの後ろでは、肩を震わせユーノ・スクライアの胸元に額を埋める高町なのはの姿があった。ユーノ・スクライアは下唇を咬み、血が流れ落ちている。己の無力さに怒っているのかもしれない。俺のために涙を流してくれることに、周りには敵しかいないと思い込んでいた俺の胸元が温かくなってくる。

 

「“Ⅵ”……、悪い、な。俺、は……ここまで、だょ……」

「バサラ……!」

「フェ、イトに、つたえ、……ゴメン、て」

「うん……! うん! 伝えるから! 絶対、絶対に伝えるから!!」

 

その言葉に笑みを浮かべ、自分に涙してくれる『戦友』を見上げながら、愛しくも優しい少女の勝利を願いつつ”Ⅴ“は満足げな笑みを浮かべる。短くも満足した”生“を貫くことが出来た少年は、その身を魔力粒子(エーテル)へと還しつつ、消え去っていく。

 

「バサラ……!?」

 

バサラを見届けたアルフが驚愕の声を上げる。

彼の身体が、光の粒子へと変わっていったからだ。

それは離れた位置にある彼の半身も同様で、肉体も、バリアジャケットも、デバイスすらも、輝く粒子へと変わってゆく。

 

「そんな!? これは一体……!?」

「なんだ、いまさらそんな事で驚くのか?」

 

掛けられた台詞は“Ⅰ”のもの。すぐに一同の視線が“Ⅰ”に集まる。

 

「俺たち“ゲーム”の参加者が敗退すれば、彼らに与えられた俺たちという存在が消える。無論この世界ではご禁制もののデバイスみたいにこの世界へ持ち込んできたものや、記録したデータ類とかも同様だ。そしてこれは“Ⅴ”だけではなく、この俺も、そして――お前も例外では無いぞ? “高町花梨”」

『ッ!?』

「そん、な……!?」

「嘘だと思うなら、“Ⅳ”の事を確認したらどうだ? お前たちが息の根を止めていないのなら、まだいるはずだろう? 最も、もう消えているだろうがな……」

「っ!? え、エイミィさん! 捕まえた新藤荒貴の身柄はどうなっていますか!?」

『え!? ちょ、ちょっとまって! 今すぐモニターをかくに……嘘!? 居ない!? 保管してたはずのデバイスまで!? なんで!?』

『エイミィ! 監視モニターの記録を巻き戻して確認するんだ! もし、彼がバサラと同じだとしたら……!』

『わ、わかった!』

 

クロノの指示を受け、新藤荒貴を拘束している部屋の監視画像を巻き戻すエイミィ。デバイスにその映像をモニターとして展開させたクロノや花梨の目には、“Ⅰ”の言葉が正しいことを証明する光景が残されていた。

拘束室の中、魔力を封じられた状態で椅子に縛り付けられている荒貴。

その彼が突如なにかに怯えるように身を揺さぶった瞬間、彼の首筋から鮮血が噴出す。

部屋の中には荒貴以外に人の姿は見えないが、たしかに誰かがそこにいて、荒貴を手に掛けたのは誰の目にも明らかだった。

荒貴は引き裂かれた首筋から真紅の飛沫を飛び散らせながら幾度と無く痙攣を繰り返していたが、やがて力なくグッタリと頭を垂れる。すると彼の身体が、バサラと同じ光の粒子へと変わってゆく。そして荒貴の総てが光へと変わり、その光の粒子もまた空間に溶け込むように消え去ってゆく。後に残されたのは無人の拘束室のみ。吹き出した血だまりすら光へと変わった後には、文字通り何も残されてはいなかった。

 

「そんな……! 一体、何がどうしたって言うのよ……!?」

「――なるほど、な。たしかにお前らが止めを刺したわけではないようだ。と言うことは……フン、そういうことか。」

 

呆然とモニターを眺めていた花梨たちを余所に、納得気にうなずきを繰り返す“Ⅰ”。

すると彼は身を翻し、右手を虚空へと伸ばして、呟く。

 

「次元境界門開放……!」

 

翳した手の先に展開されるのは、幾何学模様で描かれた魔法陣。

花梨たちの知るソレとは異なる、異常なプレッシャーを放つ魔法陣に気圧される中、“Ⅰ”は首だけ振り返ると、

 

「“ゲーム”とはなにか? 参加者とはどういう意味か? 聞きたいことはいろいろあるだろうが……どうしても聞きたいなら、そこにいる“Ⅵ”、いや高町花梨に聞いてみろ。まあ、聞き出せるかどうかは知らんがな? だが、少なくとも事情はそいつも知っているぞ? なんせ、そいつは――俺と同じ存在なのだからな。 それでは、“闇の傀儡”共が目覚め始める頃にまた会おう。 ――転移開始」

「それじゃ~ね~。フェイトによろしく言っといて~♪」

 

最後にアリシアの無邪気な声を残して、“Ⅰ”とアリシアは魔法陣を潜り、時の庭園からその姿を消す。

 

「……エイミィ?」

『……ゴメン、クロノ君。術式が全く解析できなくて、追尾できそうも無いの……本当にごめんなさい……』

「いや、君を責めることは出来ないさ。奴があまりに規格外すぎるんだ……」

 

術式そのものが彼女らの知るものからあまりにも異なりすぎるために、アースラでも追尾しきれなかった。エイミィは己の無力さに、パネルに顔を沈み込ませていた。

責任を感じている友人に慰めの声をかけながら、クロノはなのはたちに詰め寄られている花梨を見遣る。

言いたくても言えない。

そう言いたげな表情を浮かべる花梨の姿。クロノは思わず天を仰ぐ。

事件解決と思いきや、次々に明らかになる更なる問題に頭が痛くなりそうだった。

 

「いったい、この世界で何が起きようとしているんだ……?」

 

クロノの漏らした呟きは、虚数空間の中へと吸い込まれていき、答えが返ってくることは無かった。

 

 

 

 

【中間報告】

“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印

現在の転生者総数:八名 → 六名

【現地状況】

“Ⅰ”:プレシアの命を代価に『アリシア・テスタロッサ』を蘇生。プレシアのデバイス、彼女の保有していたジュエルシードを手にしたのち、姿を消す。

“Ⅳ”:“Ⅴ”、“Ⅵ”と戦闘の後、身柄を拘束される。拘束室の中にて、何者かの手により殺害される。

“Ⅴ”:フェイトを傷つけられたことに激高し、“Ⅰ”に攻撃を仕掛けるも返り討ちにあう。仲間たちに囲まれながら、“Ⅵ”の勝利を祈りつつ死亡。

“Ⅵ”:なのはたちと共にアースラへと帰還。フェイトの治療を見守りつつ、“ゲーム”について問いただしてくるクロノたちを誤魔化し中。

 

【ジュエルシード回収結果】

“Ⅰ”:十個(正しくは“封印”ではなく“融合”だが)

“Ⅲ”、“Ⅶ”:なし(なのはとフェイトの一騎打ち前に、前回収分を“Ⅵ”に譲渡したため)

“Ⅵ”及び原作チーム:十一個(封印処理の上、アースラにて管理局本局へ移送)

 

 




作中に登場した魔法解説

・クライシス・エンド(Crysis End)
 使用者:ダークネス
 炎を思わせる魔力を纏わせた手刀で対象を切り捨てる技。膨大な魔力を圧縮させているので
 魔導師の障壁やバリアジャケットであろうとも容易く切り裂く威力を持つ。

・ミスト・ウォール(Mist Wall)
 使用者:ダークネス
 霧状の魔力を散布して、外部からの攻撃を防ぐ防御魔法。物理、魔法両方に効果を発揮する上
 有効範囲は実に半径三十メートルにも達する。

・再誕
 使用者:ダークネス
 人類には実現不可能とされてきた奇跡である『死者蘇生』魔法。
 対象者(本作ではアリシア)の魂が現世に留まっていることや、対象の血縁者(プレシア)の命を奪 うことが前提となっている術式のため、多用することは不可能とされる。

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