いや、嬉しいんだけどね。一瞬トリスタンかと思ったから。
β月※日
月も変わり、今日は待ちに待ったリディアン音楽院の文化祭、学院の生徒達が総出で贈るこの催し物に自分を含め沢山の一般客が参加し、祭りは賑わいを見せ、その盛り上がりは大成功と言わんばかりだった。
一般公開を許した今回の文化祭、お化け屋敷や展示物、屋台の飲食品など一通り見回った自分は本日のメインイベントである歌唱大会、その舞台となる講堂に足を運んだ。
音楽院の生徒から一般客まで、乱入ありの音楽イベント、何れも歌唱力の高い音楽院の生徒達による歌の祭典はそのレベルも高く、毎年多くの人がこの大会を楽しみにしているのだとか。
そんな音楽の大会にクリスちゃんが出場する。事前に響ちゃん達から情報を受けていた自分はこの日の為に用意していたカメラと集音声の高いマイクを駆使し、初舞台となるクリスちゃんのお披露目を永久保存する事にした。
そして迎えたクリスちゃんの番、退場する創世ちゃん達の後に出てきたクリスちゃんが満を持して歌声を奏でた瞬間───講堂は感動の沈黙に包まれた。
もうね、素晴らしいの一言に尽きた。歌は言語という壁を越えて人の心を揺さぶると聞いていたが、クリスちゃんのあの歌は正にそんな感じだった。自分を支えてくれた人達への感謝、不器用ながらも自分の想いを精一杯歌うクリスちゃんの姿はどこかあの日の幼馴染と重なって見えた。
自分の為に歌い、同時に周りの人の為に歌う。これまでの自分とこれからの自分、そして一緒に歩いていく仲間達に向けて捧げられた彼女の歌声は講堂にいる全ての人達に伝わり、何より美しかった。彼女が歌い切ると講堂は拍手喝采に包まれる。
勿論、自分も諸手を挙げて喜んだ一人である。年甲斐もなくはしゃぐ自分に隣で一緒に見に来ていた奏ちゃんはドン引きしていたけど、そんな事などお構いなしだった。
クリスちゃんの歌は全部余すことなく撮り終えた。後は保存用、観賞用、布教用と分け頼まれた人達に配るだけである。特に弦十郎さんはクリスちゃんの学院生活を心配していた人の一人だから映像加工はせず、そのままの映像で彼の下へ転送した。
その後、満足した自分は早足に講堂を去った。カメラに収まった映画を確認したかったし、何よりクリスちゃんの番が最後だったから乱入する人もいないだろうと判断したからだ。
けれど、自分が講堂から抜け出した直後、なにやら二人の女の子が乱入したらしく、暫定チャンピオンのクリスちゃんに挑戦したらしいのだ。
で、その挑戦者というのが先日自分の店にやって来た調ちゃんと切歌ちゃんだった。外で映像をチェックしていたら走っていく二人を見かけたので興味本意で後を追ってみたら、響ちゃんやクリスちゃん達に挟まれ、身動きが取れなくなっていたのだ。
何だか剣呑な雰囲気だったから気になって声を掛けてみたのだが、自分を見掛けた瞬間切歌ちゃんは大声を挙げて自分を指差してきたのだ。
何でも自分の作った麻婆のせいでマムとやらが火を吐き昏倒、その後は妙にハツラツとして元気が出てきたのだとか。
成る程、どうやら自分の作ったスペシャル麻婆が効果を発揮したらしい。怒っているのか礼を言いたいのか良く分からない態度の二人に取り敢えず自分はどういたしましてと返した。
すると、切歌ちゃんはグヌヌと押し黙り、調ちゃんはプクーと頬を膨らませ、その後二人は覚えていろと何故か捨て台詞を吐いて学院を後にした。自分達のやり取りを見て呆然としていた響ちゃん達はしまったと我に返るも時すでに遅し、二人の姿は既に確認出来ない所まで逃げていた。
自分は悪いことをしたかなと翼ちゃんに謝るが、気にしないで下さいと返される。けれど流石にこのまま放置って訳にも行かないので今夜、決闘の場所であるリディアン音楽院(新)の跡地に向かおうと思う。
…………何故自分がそんな事を知ってるのかって? 言った筈だ。この日の為に集音声の高いマイクも用意していたと。
◇
「立花ァァッ!!」
満月が照らし出す大地に翼の悲痛な叫びが響く。彼女の視線の先に映るのは片腕を化け物に喰い千切られた響とそれを遠巻きに眺めて歓喜するウェル博士の姿があった。
何故、こんな事になった。捕獲型のノイズの粘液によって身動きを封じられていた翼は抱き抱えている気絶したクリスに視線を落としながら己の無力を嘆いた。遠くではノイズの大群によって足止めされた奏が怒りの雄叫びを上げながらノイズを蹴散らしている。
この現状を作り出した元凶、ウェルはその手に握られたソロモンの珠を掲げながらしてやったりと叫ぶ。その顔には有らん限りの欲望が渦巻いており、彼の胸中には自らが英雄になるための物語が既に完成されつつあった。
月落下の阻止という大義名分を掲げる彼等を止めるものは誰もいないのか、腕を喰われたショックで再び響が暴走状態に陥りかけたその時、────ソイツは現れた。
「やれやれ、こんな月が綺麗な夜に随分と血生臭い事をするものだ」
「な、何だお前は!?」
蒼い仮面を被り、白のコートに身を包んだ謎の男、明らかなイレギュラーな存在の登場に途端にウェルの表情は焦りで曇る。
狼狽する彼を前にして仮面の男は鼻で笑いながら言葉を紡ぐ。
「私の名は蒼のカリスマ。F.I.S.とやらに所属していた貴方ならば私の事は多少知っていると思いますが?」
「あ、蒼のカリスマだとォォッ!?」
「そしてもう一つ、貴方方にお伝えしたい事がありましてね。月の話についてですが…………聞きたいですか?」
いきなり現れておいて何故か疑問系の男、蒼のカリスマと名乗るその男にウェルは手にしたソロモンの珠を使い彼の周囲に無数のノイズを展開する。
シンフォギアを纏わなければ抗うことすら出来ないノイズの軍勢、しかし蒼のカリスマはそんな死の大群を前に…………。
「さて───対話の時間だ」
襲い来るノイズの群れに拳を握って構えるのだった。
次回、英雄願望VS魔人
負けないでウェル博士!
次回もまた見てボッチノシ